鋤田正義のキャリアを回顧する SUKITA : ETERNITY
6月下旬に発売!!

鋤田正義のキャリアを本格的に回顧する「SUKITA : ETERNITY」が 6月中旬に英国のACC Art Booksから刊行される。(6月14日発売予定)日本版も6月下旬に玄光社から発売される。この写真集刊行の意義は「ファインアート写真の見方」で詳しく分析しているのでここでは触れないことにする。鋤田ファンの人にはぜひ読んでいただきたい。

今回は、日本版のいくつかの特徴をいち早く紹介したい。実は、本書はオリジナルの英語版を再編集した日本語版ではないのだ。国内出版社による日本語版を毛嫌いするフォトブックコレクターは多いと思う。実は私もその一人で、洋書英語版と日本版が存在する場合、いくらテキストが日本語訳で読みやすくても絶対に洋書を購入する。オリジナルの英文を日本語に訳した本だと、どうしてもオリジナル版でのテキストと写真とのデザインの調和が崩れて、全体的にアンバランスな印象が強くなるのだ。違和感を感じるともいえるだろう。しかし、今回の「SUKITA : ETERNITY」は、コレクション志向が強い人の好みを十分に配慮している。日本版といっても、印刷は洋書と同様のベルギーの工場で行っているのだ。つまり日本版でも写真はもちろん中身は英国版と全く同じ、テキストもすべて英語表記なのだ。唯一の違いは出版情報を掲載する奥付け部分の記載のみが日本語になっているだけ。そして、英文テキストの日本語訳が小冊子として付いてくるのだ。クルマ好きの人なら、ホンダの「シビックタイプR」などの日本仕様車が英国工場で生産され輸入されている構図を思い起こしてほしい。

写真集サンプルを持つ鋤田正義。左側がACC版、右側が玄光社版。

ただし、表紙周りの仕様が若干違う。英語版は布張りで写真が貼られている。日本版はダストジャケット付きで帯も追加される。嬉しいことに日本版の販売価格は洋書より若干安くなる予定だ。
表紙の作品はともに鋤田のデヴィッド・ボウイ代表作「Just for one day, 1977」。ただし裏表紙は違う。英語版は鋤田の母親の写真、日本版はこれも鋤田のマーク・ボランの代表作「Get It On, 1972」となる。
ハード版、サイズは約33.1X257cm、約257ページで、”Early Work”, “T Rex”, “David Bowie”, “Iggy Pop”, “YMO”, “East”, “West”, “Theatre & Cinema”, “Journeys”の9章で構成。代表作、未発表作を含む多数のカラー/モノクロ図版が収録されている。アマゾンでは現在洋書の英国ACC社版の予約のみが公開されている。近日中に日本語訳小冊子付の日本版の価格が正式決定される。
アマゾンや玄光社の公式サイトで予約受付が近日中に開始される予定なので、どうか今しばらお待ちいただきたい。写真集の発送開始は6月下旬から7月上旬と思われる。

“David Bowie, Dawn of Hope, 1973” (C)SUKITA

今回、注目して欲しいのが日本版のプリント付きの限定特装版。豪華な布張りの特製ケース付きのコレクターズ・アイテムだ。

“David Bowie, Dawn of Hope, 1973”, “David Bowie, from “Heroes” Session, 1977″、”Tate Modern, 2008″ の3種類の作品が用意されている。

“David Bowie, from “Heroes” Session, 1977″ (C) SUKITA

すべて鋤田正義の直筆サイン入りだ。写真サイズは8X10″(約20.3X25.4cm)を予定している。そして3種類の仕様の限定特装版が販売予定だ。コレクター向けに全作が収録される3枚セットが70点、特にボウイ・ファンのために、”David Bowie, Dawn of Hope, 1973″と”Tate Modern, 2008″の2枚セットが90点、”David Bowie, from “Heroes” Session, 1977″ と”Tate Modern, 2008″の2枚セットが40点の2種類用意される。

“Tate Modern, 2008” (C) SUKITA

海外では、鋤田正義作品はファインアート作品だと考えられている。しかし、日本では写真全般がファインアートだとは考えられていない。したがって市場規模は欧米と比べてはるかに小さい。今回はそのような日本市場の特殊性に配慮して、国内限定販売としてかなり魅力的な価格設定を予定している。
3枚セットは税込み7万円台、2種類ある2枚セットは税込み4万円台になりそうだ。鋤田の40X50cmサイズの、エディション30の作品は約20.6万円(税込み)から、エディション完売が近い人気作品は高額だ。今回のセットはエディション数が多く、サイズが小さいものの、極めてお買い得だといえるだろう。これは、日本でも写真がファインアート作品としてコレクションの対象になってほしいという鋤田の願いが込められている。ぜひ最初の1枚のコレクションとして今回のプリント付き特装版を検討して欲しいということなのだ。

3種類のセットすべてに、モノクロのパーソナルワークが含まれる、これはボウイのポートレートがきっかけで、優れた写真作品の魅力にも気付いてほしいという思いが反映されている。現在、最終的なコスト計算が行われている。プリント付き特装版の予約受付開始の時期、受付方法、販売価格はいまのところ未定。正式決定後に玄光社、ブリッツの公式サイト、アートフォトサイトなどで発表します。

鋤田正義写真集“SUKITA : ETERNITY”
B4変型判(33.1X257cm)/上製本256ページ/翻訳小冊子付き

鋤田正義の代表的な写真ともいえるデヴィット・ボウイを代表するミュージシャンのポートレートのほか、キャリアを通して撮影してきたストリート、風景、静物などが初めて明らかになる写真集。鋤田が半生を振り返ったとき、「あこがれ」を追い求めてきたと語る作品が収録された集大成とも言えるこの写真集は、鋤田の作家性の再評価が始まると言える 1 冊です。

「ファインアート写真の見方」発売
写真はアート?評価基準は?
すべての疑問を解消!

ブリッツは昨年の3月から約1年間、ずっと完全予約制での営業を余儀なくされてきた。つまり、ギャラリーは基本クローズで、予約が入った時間帯のみに感染対策を行いオープンするというものだ。この間は不要不急の外出自粛が求められていたので、集客をアピールするような告知活動はできなかった。
個人的には、昨年秋に開催した「Pictures of Hope」などは、時節が反映されたとても良くキュレーションされたグループ展だったと思っている。多くの人に見てもらえなくてとても残念だった。
長年行っている講座やワークショップは、多くの人が集まって写真作品を前に議論を交わす密になりがちな場だ。これも感染防止から1年間以上に渡り開催を自粛してきた。

ギャラリーが閉まっているので、さぞかし暇を持て余していたと思われるかもしれない。実は状況は真逆で、特に昨年夏場以降は極めて忙しかった。実は「ファインアート写真の見方」(玄光社)という本の執筆をずっと行ってきたのだ。本を書こうとしたきっかけは、ギャラリー店頭で来廊者から聞かれる素朴な疑問からだった。最近、特に若い世代の人たちから、日本で写真作品が評価される理由が理解できない、教えて欲しいという質問を多く投げかけられた。年齢的には、2000年以降に成人を迎えたミレニアル世代以降の人たちだと思う。具体的な疑問は、美術館/ギャラリーの写真展での企画意図や、木村伊兵衛写真賞やキャノン写真新世紀などの写真賞の選考理由が不明などというものだった。一般の人は、ファインアートの写真は専門家だけにしかわからない難解で特別な世界だと考えるようになっていると感じた。それゆえに本書の帯のコピーは「今こそ知りたい!評価される写真の規準と値段 すべての写真ファンの疑問を解消」となっている。
そのような人たちへの説明には、とても時間がかかった。質問者の持つ知識や情報量にはかなりばらつきがあり、解説前にまず前提条件を説明する必要があったからだ。ギャラリーの立ち話では断片的な説明しかできないので、いままでは講座やワークショップへの参加を促していた。しかし、コロナウィルスの感染拡大で、それらの開催は長期に渡り自粛が求められた。
それならば、本にまとめれば需要があるのではないかと考えたのだ。調べてみると、現代アートの見方の解説本はあまたあるが、写真をファインアートの視点から系統立てて解説する本は日本ではまだ書かれていなかった。
しかし本書はあくまでも一人のギャラリストによる、パーソナルな視点の一般向けの入門書である点は強調しておきたい。世の中には様々な意見があるのは承知している。本書は市場での取引実績を基準にして書かれている。しかし、市場を重視しない考え方もある。本書に書かれたことが絶対ではなく、数多あるファインアート写真ルールのひとつにすぎないのだ。当たり前だが、研究者や学者が書いた、専門家対象の高尚な学術書の類ではない。

本のベースは、20年くらい継続して行っている「ファインアート・フォトグラファー講座」の内容だ。これは写真をギャラリーで売りたい、という写真家の人たちへの対応がきっかけで始まった。最初のうちは、質問者に対して個別に対応し、ファインアート写真の定義、マーケットの仕組み、ポートフォリオの制作方法など、海外市場での一般的な考え方を説明してきた。その後、同様の問い合わせが非常に多かったのでセミナー形式にしたのだ。
最初はプロ・アマチュアの写真家が参加者の中心だった。次第にコレクションに興味ある人、自分でギャラリーを運営したい人なども増えて内容の範囲がひろがった。本書で展開してきた考え方は、すべて現場での参加者とのやり取りを通して生まれてきた。
今回、講座初期のレジメを見直す機会があった。本書でも触れているが、時間と共にファインアート写真の評価ルールがどんどん更新され、講座内容も変化してきた事実が確認できた。特に写真のデジタル化と現代アート市場の隆盛が、従来からある20世紀写真に大きな影響をもたらした事実が再確認できた。
2010年代になると、海外市場の方法論を日本にそのまま導入するのには無理がある事実に気付いた。それまで、セミナーを継続してきたが、その内容を参考にして作品制作を継続する人がほとんど生まれなかったからだ。そこで日本独自のファインアート写真の価値基準の提示を思いついた。本ブログの読者にはなじみのある「写真の見立て」だ。本書ではその内容の一部を紹介している。

本書は、写真好きの一般の人、アマチュア・プロ写真家、コレクターなどを対象に、ファインアート写真の見方をステップアップで学べる入門書として書かれている。実はファインアート写真には、その時々の評価ルールがあり、それを学んでいくことで見方が獲得できるのだ。

しかし、決して簡単で単純なノウハウが存在していて、それを学べば誰でもすぐに理解できるわけではない。本書を読み進めればと分かると思うが、かなり複雑な内容を含み、前提とする知識の積み上げなしには理解しにくい箇所もあるのだ。私はライフワークとして一生付き合っていける高度な知的遊戯だと考えている。教養としてファインアート写真に興味のある人、コレクションに興味ある人には最適な本だと思う。

また具体例として市場で作品人気の高い写真家/アーティストの評価理由も解説している。ロバート・フランク、ソール・ライター、アンドレ・ケルテス、スティーブンス・ショア、ウィリアム・エグルストン、ヘルムート・ニュートン、リチャード・アヴェドン、アンドレアス・グルスキー、ピーター・ビアード、ヴォルフガング・ティルマンズ、マイケル・デウイック、テリ・ワイフェンバック、アレック・ソス、ライアン・マッギンレー、鋤田正義、ヴィヴィアン・マイヤー、ノーマン・パーキンソンなどをディープに分析している。

もちろん写真表現でアーティストを目指す人も意識して書かれている。現在、新型コロナウィルス感染症の影響で写真撮影や写真展開催などの創作活動の制限を余儀なくされている人が数多くいると思う。アーティスト志望者は、まさに自らを客観視して、創作活動を基本から見直す良い時期ではないだろうか。なかなか知ることのできない、作品テーマの見つけ方、成功するキャリアの秘訣、ギャラリーの写真評価方法、フォトブック制作方法なども解説しているのでぜひ参考にしてほしい。

コレクションに興味を持つ人ももちろん対象だ。作品の価値がどのように決まるかを、20世紀写真、21世紀写真に分けて解説している。具体的に何を買うか、情報収集法、指南書ガイド、コレクション展示方や収蔵方にも触れている。また過去にファインアート・フォトグラファー講座に参加した人は、受講内容の復習にもなるだろう。

本書は、4月5日に発売予定です。約352ページのかなり分厚い本になりました。ぜひ店頭で手に取ってご覧になってみてください。
https://www.artphoto-site.com/news.html

アマゾンでもご予約可能です。

出版社のウェブサイト

テリー・オニール写真展
「Every Picture Tells a Story」
会期延長が決定!

ブリッツは英国人写真家テリー・オニール(1938 – 2019)の追悼写真展「Every Picture Tells a Story」を1月15日から完全予約制で開催中だ。
しかし開催期間はずっと緊急事態宣言が継続されており、不要不急の外出が求められていた。また感染状況が一向に改善しないことから宣言は3月21日まで延長されることになった。東京では新規感染者数の下げ止まり傾向との報道もあり、現段階では21日に解除されるかは不透明な状況だ。

本展はテリー・オニールの生前に制作された、本人の直筆サイン入りの貴重なライフタイム・プリントの展示となる。一部の代表作は既にエディションが完売しており、オークションでの取り扱いのみになっている。残念ながら、緊急事態宣言により、多くのお客様に来廊を積極的にすすめることが困難な状況が続いていた。また会期終了の28日が近いことから、問い合わせが増加し、緊急事態宣言下に無理して来廊するお客様の増加も予想される。
したがって、ブリッツではいったん3月28日に会期を終了するものの、4月7日から5月9日まで、新たに約1か月程度期間を延長して写真展を開催すことを決定した。展示内容には変更がない予定だ。従って、会期末に来廊を予定していた人は、どうか無理しないでほしい。4月になり、暖かくなることで新型コロナウイルスの感染状況が改善することを心から願いたい。
完全予約制を継続するか、それとも一般公開とするかの対応は、緊急事態宣言が解除されてから検討したい。

テリー・オニール作品の人気は死後も全く衰えていない。サザビーズ・ロンドンでは2021年3月16日まで「Made in Britan」をオンライン開催している。

Sotheby’s London「Made in Britain」

これは英国を舞台に活躍しているアーティストによる、絵画、版画、写真、デザイン、オブジェ、セラミックなどの作品を販売する企画オークション。写真は26点が出品されているが、テリー・オニール作品は、エルトン・ジョン、デヴィッド・ボウイ、オードリー・ヘップバーン、ブリジッド・バルドー、ショーン・コネリー、ラクウェル・ウェルチの6作品が出品されている。
代表作の<<Brigitte Bardot, Spain, 1971>>も、ロンドンのHackelBury Fine Artが販売した16X20″の銀塩作品が出品されている。

Terry O’Neill , Brigitte Bardot, Spain, 1971, (C)Iconic Images

本作はエディションが完売しているので、欲しい人はオークションで購入するしかない。落札予想価格は5000~7000ポンド(@150/約75~105万円) 、すでに3月15日時点で8000ポンド(約120万円)のビットが入っている。

Sotheby’s 「Made in Britan」

「時間~TIME 鋤田正義写真展」
京都で開催

新型コロナウィルスの感染拡大の影響で延期されていた「時間~TIME 鋤田正義写真展」。4月3日から美術館「えき」KYOTOで開催されることが発表された。1980年3月、ボウイは広告の仕事で京都を訪れている。彼は仕事が終わった後に、鋤田を京都に招待して共にプライベートな時間を過ごしている。鋤田はロックのカリスマの鎧を脱いだ素のボウイを、京都の街並みを背景にドキュメント風に撮影。数々の名作がこの時のセッションから生まれている。電話ボックス、古川町商店街、阪急電車、旅館で写された写真などは、ボウイのファンなら見覚えがあるだろう。

2020年、鋤田はコロナ禍の京都で約40年前にボウイを撮影した場所を再訪している。展覧会タイトルのように、ボウイを通して悠久の都「京都」における、写真による時間経過の可視化に挑戦している。展覧会ディレクションは、プロデューサー立川直樹氏が行っている。会期中は、鋤田正義と立川直樹とのトークイベント開催の可能性も模索されているとのこと。しかし新型コロナウィルス感染拡大の影響で詳細は現時点では決まっていないそうだ。もし開催が決定された場合は、以下の美術館公式サイトで情報が発表される見込みだ。

以下が立川直樹氏の展覧会の紹介文。
この展覧会はその時にボウイと訪れた場所を鋤田が40年の時を超えて撮影した写真の組み合わせにより歴史や、文化、伝統、前衛が入り交じった京都の地で”時間”と題して開催される。BOWIE X KYOTO X SUKITAという時空を超えたコラボレーションは、2人のマスターの魂の交歓が結実したもので魔法のような時間に観客を誘ってくれる。(プロデューサー 立川直樹)

なお鋤田正義のキャリアを回顧する写真集「SUKITA ETERNITY」だが、こちらも新型コロナウィルスの感染拡大により出版予定が遅れている。全ての作品セレクション、デザイン、色校正が終了し、やっと印刷が開始されたところだ。残念ながら京都の展覧会には発売は間に合わないと思われる。しかし、春以降の発売時にはブリッツで記念写真展などの開催を構想中。楽しみにしていてください!

・「時間~TIME 鋤田正義写真展」
2021年4月3日~5月5日
美術館「えき」KYOTO

https://kyoto.wjr-isetan.co.jp/museum/exhibition_2104.html

セレブリティー写真のアート性
テリー・ニール作品人気の秘密

現在開催中のテリー・オニール追悼写真展。予約制で開催しているので、会場では熱心なコレクターや来場者と話す機会が多い。もちろん感染対策を講じた上でソーシャル・ディスタンスを強く意識して対応している。
会話の中でよく良く受ける質問は、「ポートレート写真はファインアートなのか」というものだ。実はそれに対する回答と、展示の見どころを2015年のテリー・オニール来日記念展開催時のブログに書いている。今回は当時のブログに加筆して改めて以下に紹介しておく。読んだ後に来廊するとテリー・オニール写真展がより堪能できるだろう。

2015年来日時のテリー・オニール

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(2015年4月28日掲載分を加筆)

世の中には各界のセレブリティ―を撮影したポートレート写真を取り扱うギャラリー、販売店が数多くある。そのなかには単なるスナップ写真で、被写体が写っていることのみに価値が置かれたブロマイド的写真も多くある。しかしその一部には、写真家の作家性と被写体の知名度がともに愛でられた、ファインアート作品として認知されている写真もある。これは、ファッション写真と同様の構図だ。そこにも単に洋服の情報を提供するだけのものと、撮影された時代性が反映されたアート系ファッション写真が混在している。

セレブリティ―を撮影したポートレート写真がファインアート作品になるかどうかは、被写体、クライエント、エディター、デザイナー、写真家など、撮影に関わる人たちの関係性と、それぞれの創作意図により決まってくる。まず被写体と写真家が同等のポジションでないと優れた写真は撮影できない。多くの場合、写真撮影される機会が多い有名人は、どのようなアングルやポーズが最も見映えが良いかを熟知している。被写体が写真家をリードして、一般受けするありきたりの写真を撮らせることが多い。それらは被写体情報がメインのアーティストの広告宣伝用写真といえるだろう。しかし彼らがキャリアの転換点などで、いままでにない新しい姿の写真を撮って欲しいと考えるときがある。そのような時に世界的に知名度が高い有名写真家に撮影を依頼する場合が多い。だいたい彼らは既に友人関係であり、そのようなセッションではセレブリティーの意識が全く違う。彼らは写真家とともに一種のアート作品を共に制作するような意図を持つ。それらは写真家の自己表現の作品であるとともに、被写体とのコラボ作品にもなり得るのだ。

テリー・オニールを例に詳しく説明してみよう。
中流家庭出身のオニールが、セレブリティ―たちと親しくなれたのは幸運に恵まれたからだ。時は1963年のロンドン。彼は新聞社の若手スタッフ写真家だった。若者に人気のあるバンドがアビーロード・スタジオでレコーディングしているので撮影することになった。彼はミュージシャンらと同年だったことから早々に現場に派遣される。当時はミュージシャンの写真の重要度は低く、若い写真家に振り分けられていたのだ。
それが、1962年にシングル・デビューしたばかりのザ・ビートルズだった。諸説あるが、その時は1963年春に英国で発売されるファースト・アルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」の収録だったと言われている。彼がスタジオの裏庭で撮影した写真はバンドの公式写真となり、それが初めての一般紙でのバンドの紹介となり、掲載紙は瞬く間に完売したという。

それがきっかけとなり、彼はまだ無名のザ・ローリング・ストーンズやデビット・ボウイを撮影することになる。彼らが親しくなったのには年齢が近いからだけではなかった。実はテリー・オニールは、写真家になる前はジャズ・ドラマーを目指していた。彼は当時のバンド・メンバーより、自分の方が技術は上だったと語っている。彼らはともにミュージシャン仲間だという意識があったからすぐに親しくなったのだろう。
周知の通りに、ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、デビット・ボウイはその後に世界的なスターに上り詰めていく。それに伴って、彼らを初期から撮影していたテリー・オニールの写真家のステイタスも上昇していったのだ。そして、撮影の依頼は音楽界だけにとどまらず、映画界、政界からも殺到するようになる。その後に世界的な女優フェイ・ダナウェイと一時期結婚していたことで、彼自身がセレブリティ―写真家として広く認知されることになるのだ。
英国エリザベス女王、自動車レースの最高峰Fー1ドライバーの集合写真、英国歴代首相、007シリーズなど、特別な舞台での撮影に彼は英国を代表する写真家として指名されるようになる。
テリー・オニールのライフタイムプリント作品の中には、ブリジット・バルドー、ロジャー・ムーア、ラクウェル・ウェルチ、フェイ・ダナウェイなどの被写体自身もサインをいれた、作家とのダブル・サイン作品もある。彼がどれだけ親しい関係を継続してきたかの証しだろう。

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撮影を依頼するクライエント側と写真家との関係性はどうだろうか。作品のアート性は撮影時にどれだけ自由裁量が写真家に与えられるかによる。有名写真家になるほど、撮影スタイルが確立している。依頼者は完成する写真が想像できるので写真家の自由度が高くなる。テリー・オニールの活躍した60~70年代の主流はグラフ雑誌のフォトエッセーだった。ファッション、ポートレートは、はるかに写真家の自由度は高かったといわれている。
その後80年代から次第に撮影に指示や制限が加えられるようになっていく。ファッションやミュージックがビック・ビジネスとなり、そのヴィジュアルを取り扱う出版社やエディターが様々な事態を想定して自己規制を行うようになったのだ。健康被害を思い起こすタバコ、宗教的、人種差別、性差別などに事前に配慮したヴィジュアルが求められるようになるのだ。その後、自由な表現を追求したい写真家とエディター、エージェント、クライエントとの戦いが繰り返されることになる。多くの写真家は、この分野の自由な表現の可能性に見切りを捨てて業界を去ったり、ファインアートを目指すようになる。
21世紀になりデジタル化が進行したことで、写真家に与えられる自由裁量はさらに狭まっているのは多くが知るところだ。最近ではクライエント、デザイナー、エディタ―の指示でカメラを操作するオペレーターのような存在になっている。このような不自由な状況では、かつてのようにポートレート写真から時代に残るようなアート作品が生まれ難くなってしまった。テリー・オニールがキャリア後期にあまり撮影をしなくなった理由は、年齢だけではないのだ。最後の自分が納得のいった仕事はネルソン・マンデラの撮影だったという。

セレブリティ―写真がアートになるには、上記の前提とともに写真家の持つ創造性も重要となる。テリー・オニールは、世界的なセレブリティ―たちの自然な表情を引き出して撮影することで定評があった。彼のドキュメンタリー性を兼ね備えた作風が広くアート界でも認識されているのだ。彼は自然な表情を撮影するための環境造りが重要で、あとは瞬間を切りとるだけだと語っていた。最も尊敬する写真家はユージン・スミス。彼も撮影環境作りを重視し、被写体が写真家を意識しなくなるまでカメラを取り出さなかったという。テリー・オニールも、同じアプローチを実践していたのだ。彼は時に被写体と行動を共にし、また姿を隠したりしてシャッターチャンスを待ったという。

“Frank Sinatora on the Boardwalk, Miami, 1968” (c)Terry O’Neill/Iconic Images 本作は未展示

彼は写真家として成功する秘訣は、自らの存在を消し、あまり目立たないことだと語っている。その意味は最初は良くわからなかった。来日時に本人といろいろ話してみて、被写体にとって写真家が自然の存在になることで良い写真が初めて可能になるという意味だと分かった。彼の写真は、セレブリティーが被写体のドキュメンタリーなのだ。そしてセレブリティ―の顔自体が時代性を反映していることはよく知られている。アーヴィング・ペンは、それを意識したうえで白バックで有名人のポートレートを近寄って撮影している。時代の顔を切り取ったテリー・オニール作品も、同様に広義のアート系ファッション写真であるとも解釈できるのだ。

ポートレートがファインアート作品と評価されるには、それらの写真を受け入れるオーディエンスとその時代背景も重要になる。戦後から90年代前半までは、先進国の多くの人たちが、「明日はより経済的に豊かになれる」という共通の将来の夢が持てた時代だった。そのような時代の気分が反映されていたのが、テリー・オニールの写真だった。いまは人々が持つ価値観は多様化してばらけてしまった。現代の写真家が、それらを世の中から見つけ出して作品として提示するのが極めて難しくなった。
21世紀は、多くの人に共通に愛でられるような、ファインアート作品になり得るポートレート写真、ファッション写真が非常に生まれにくくなった。それゆえ、多くの人が共通の夢が見れた時代に対する懐かしさを持つようになる。それらはザ・ビートルズやデヴィッド・ボウイなどのロック音楽や、60~80年代のファッション写真であり、テリー・オニールのポートレート写真なのだ。

このような世界的な流れは今でも続いている。テリー・オニール作品の人気は死後も全く衰えを見せない。「Bardot, Spain 1971」などの代表作は大手業者によるオークションでも高額で落札されている。一般の人にとって、セレブリティーが被写体の写真はみんな同じブロマイド的写真にみえるかもしれない。しかし、数多あるポートレート写真の中に、将来的に資産価値を持つファインアート系の作品も混在しているのだ。

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今回のテリー・オニール追悼写真展はそのような作品を発見する機会にしてほしい。現在の新型コロナウイルスの感染拡大の状況では、なかなかギャラリーには来にくいと思う。しかし、展示は3月下旬まで行っている。春になって、状況が落ち着いたらぜひ見に来て欲しい。

テリー・オニール 写真展
「Terry O’Neill: Every Picture Tells a Story」
ブリッツ・ギャラリー
2021年 1月15日(土)~3月28日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 完全予約制 / 入場無料

新年ブリッツの予定:テリー・オニール 追悼写真展
“Terry O’Neill:
Every Picture Tells a Story”

国内外の珠玉の作品を展示している「Pictures of Hope」展は12月20日まで予約制で開催中。どうぞお見逃しないように!

2021年は、2019年11月16日に81歳で亡くなった、英国人写真家テリー・オニール(1938 – 2019)の追悼写真展 「Terry O’Neill : Every Picture Tells a Story 」を開催する。なお、本展はいまだに収束の兆しが見えない新型コロナウイルス感染防止対策を行った上で、完全予約制での開催となる。東京での感染状況の悪化によっては中止や延期になる可能性もある。

2015年に来日したテリー・オニールさん、写真展会場にて

テリー・オニールは、ブリッツで過去に何度も写真展を開催している思い出深い写真家だ。ギャラリーが広尾にあった1993年に「TERRY O’NEILL : Superstars of 70s」、目黒に移ってからは 「50 Years in the Frontline of Fame」(2015年)、「All About Bond」(2016年)、「Rare and Unseen」(2019年)を行っている。2015年には待望の初来日を果たしている。
写真展のタイトルは、2015年にテリー・オニールと共に来日したアイコニック・イメージ代表のロビン・モーガン氏が行った講演のタイトルから取らしてもらった。「Every Picture Tells a Story」は、「1枚1枚の写真が物語を語る」といった意味。彼によると、コレクターが好むのは、作品を壁に飾った時に、ゲストに対して撮影時の様々な背景や裏話が語れる写真。テリー・オニールの写真の人気が高い一因は、様々なエピソードが語れる写真だからだという。そして、彼の代表作が生まれたエピソードを本人との対話の中で披露してくれた。
撮影秘話があるのは、写真家と被写体とのコミュニケーションが濃密だった事実の裏返しだ。ただ有名人を仕事で撮影したり、スナップしただけだと何もエピソードは生まれないだろう。その後、同名の写真集「Terry O’Neill: Every Picture Tells a Story」(ACC、2016年刊)が」刊行されている。

かつて有名人を撮影したオリジナルプリントは、有名人のブロマイド写真と同じでアート性が低いと考えられていた。しかし世の中の価値観が大きく変化し、写真家と被写体との間に強いコミュニケーションがあった上で撮影されたポートレート系作品のオリジナリティーが認識されるようになった。いまそれらは有名人が生きた時代と、写真家の作家性が反映されたアート表現だと考えられ、大手のアート写真オークションでも頻繁に取引されている。
テリー・オニールは、この分野における先駆者だったのだ。2019年に本人が亡くなったことで、オニールの作品相場は上昇傾向、特にバルドー、シナトラなどの代表作の大判サイズに人気が集まっている。

ササビーズ・ロンドンの2020年10月14日に開催された「Photographs」オークションでは、約146X121cmサイズ、エディション50の「Brigitte Bardot, Spain, 1971」が、27,720ポンド(@145/約401万円)で落札されている。

“Brigitte Bardot, Spain, 1971″(C)Terry O’Neill / Iconic Images

本展ではテリー・オニールの約60年にわたる長いキャリアの中から、ブリジッド・バルドー、オードリー・ヘップバーン、フェイ・ダナウェイ、エリザベス・テイラー、ポール・ニューマン、ショーン・コネリー、ロジャー・ムーア、ケイト・モス、ナオミ・キャンベル、ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、ザ・フー、デヴィット・ボウイなどを撮影したベスト作品約30点(モノクロ/カラー)を展示する予定。すべて生前に制作され、本人のサインが入った貴重な作品(ライフタイム・プリント)の展示となる。

“Faye Dunaway, 1977” (C)Terry O’Neill / Iconic Images

本展をきっかけに、多くの人がセレブリティーたちの数多くの代表イメージは、実はオニール撮影だったという事実を発見できると思う。

テリー・オニール 写真展
「Terry O’Neill: Every Picture Tells a Story」
(エヴリ・ピクチャー・テルズ・ア・ストーリー)

ブリッツ・ギャラリー
2021年 1月15日(土)~3月28日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日
完全予約制 / 入場無料

「さいたま国際芸術祭2020」が
10月17日から開催決定!
「テリ・ワイフェンバック/
Saitama Notes」が初公開


Saitama Triennale 2020 / Photo: MARUO Ryuichi

今春開幕を予定していた数々のアート関連イベントは、新型コロナウィルスの感染拡大と政府の緊急事態宣言発令により中止や延期になった。

「さいたま国際芸術祭2020」も、今回のディレクター遠山昇司が掲げるテーマ「花/flower」をもとに、当初3月14日~5月17日に開催される予定だった。残念ながら感染者の急増を受けて延期となってしまった。
私どもの取り扱い作家テリ・ワイフェンバックも、「Saitama Notes」シリーズをメイン会場の旧大宮区役所で展示する予定だった。実は作品展示は既に終了していたのだが、延期の決定を受けていったん全作品を撤収したという経緯がある。現在パリ在住のワイフェンバック本人も3月5日に来日してオープニングに備える予定だったが、こちらも急遽キャンセルになってしまった。


Saitama Triennale 2020 / Photo: MARUO Ryuichi

約6か月が経過しても新型コロナウィルスの感染拡大はまだ収束していない状況だ。私たちはウイルスと共存しながら社会活動を行うニューノーマルの時代を生きなくてはならなくなった。
「さいたま国際芸術祭2020」も、すでに多くの作品が完成していたことから、新型コロナウィルス禍が続く中、感染予防に対応した新しいスタイルでの開催を迫られた。当初予定していた50組以上のアーティストやプロジェクトが参加する大規模での開幕は残念ながら変更され、ウィズコロナ時代に対応したオンラインとオンサイト2つの作品鑑賞スタイルを採用し、感染予防のために完全予約制(日時指定)で開催することになった。


Saitama Triennale 2020 / Photo: MARUO Ryuichi

テリ・ワイフェンバックの「Saitama Notes」シリーズも、当初の予定通りメインサイト(旧大宮区役所)で展示される。これは彼女が2019年春に来日して浦和に滞在し、約2週間にわたり埼玉県各地を精力的に回り、桜の花などを含む自然風景を撮影した珠玉の作品。彼女の作品スタイルは日本の埼玉でも不変だ。誰も見たことのないような埼玉の自然風景が作品化されている。
「さいたま国際芸術祭2020」開催期間はわずか1か月に短縮されたので、ぜひお見逃しのないように!完全予約制(日時指定)で入館日の2日前までに予約が必要となる。オンラインでワイフェンバック作品のエッセンスを伝える動画も最近公開された。


Saitama Triennale 2020 / Photo: MARUO Ryuichi

ブリッツも同芸術祭での展示に合わせて、ブリッツ・アネックスでテリ・ワイフェンバック作品を展示する。内容は今春に2週間開催して延期になり、その後に予約制で再開した「Certain Places」からのセレクションとなる。コンパクトに彼女の写真家キャリアを回顧できる内容だ。ただしスペースの関係で春に紹介された全作品の展示は行わない。作品はもちろん購入可能、希望作品の海外からの取り寄せも行う。限定数だが、写真集や過去のカタログの販売も行う。一部にはサイン本も含まれる。今春の写真展に来られなかったワイフェンバックのファンはぜひこの機会に来廊してほしい。
ブリッツで現在開催中の「Pictures of Hope」展と同じく完全予約制となる。

また伊豆三島のヴァンジ彫刻庭園美術館でも、テリ・ワイフェンバック作品を含むグループ展「センス・オブ・ワンダー もうひとつの庭へ」が10月31日まで開催中だ。

本来は春に、三島、東京、大宮の3か所でワイフェンバック作品の同時展示を企画していた。新型コロナウイルスの影響で延期されていたが、やっと10月にそれが実現することになった。しかし残念ながら作家本人の来日は中止となってしまった。

1.「さいたま国際芸術祭2020 (花 / flower)」
 「テリ・ワイフェンバック/Saitama Notes)」
開催期間:2020年10月17日(土)- 11月15日(日)
*完全予約制(日時指定)
会場:メインサイト:旧大宮区役所
   アネックスサイト:旧大宮図書館
   スプラッシュサイト:宇宙劇場、大宮図書館、埼玉会館ほか

公式サイト

予約サイト

2.「テリ・ワイフェンバック/Certain Places(アンコール開催)」
開催期間:2020年10月17日(土)- 11月15日(日)
     1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料 
*完全予約制(日時指定)   
会場 : ブリッツ・アネックス

(ご注意)今春に開催した「Certain Places」からのセレクションです。ただしスペースの関係で春に紹介したすべての作品の展示は行いません。

ブリッツ・ギャラリー公式サイト

予約フォーム

3.「センス・オブ・ワンダー もうひとつの庭へ」
参加作家:テリ・ワイフェンバック、杉戸洋、須藤由希子、ロゼリネ・ルドヴィコ、クリスティアーネ・レーア、須田悦弘、川内倫子
開催期間:2020年3月20日(金)- 10月31日(土)
     10:00~17:00/ 休廊 水曜日 / 入館料 大人1200円

・公式サイトhttps://www.clematis-no-oka.co.jp/vangi-museum/

80年代にアフリカ系米国人の希望を作品化
中村ノブオ「ハーレムの瞳」

今年はアフリカ系米国人に対する警察の残虐行為に抗議して、米国各地でデモが相次いだ。その後、非暴力的な市民的不服従を唱えるブラック・ライヴズ・マター (BLM)運動が世界中で注目されるようになった。また全米オープンテニス優勝者の大坂なおみ氏が、黒人襲撃の抗議のために過去の犠牲者の名前を記したマスクを着用したことも大きなニュースとして紹介された。
私が少し驚いたのは、多くの企業が自らの政治的な立場を明らかにしたことだった。従来は、異なる考えを持つ関係者への配慮から、企業は社会的な問題にはニュートラルな立場を貫いていた。つまりなにも発言しないということだ。アート業界でも差別に反対する声明が多くのアーティスト、ギャラリー、美術館から発せられた。私のもとにも自らの立場を明確にするメッセ―ジが書かれたメールが各所から数多く届いた。沈黙することは現状容認を意味するという強い意思表示が感じた。

私はこの一連の動き見て、即座に中村ノブオの写真作品「ハーレムの瞳」を思い出した。そして、どんな形でもこの時期に日本の人に彼の作品を見せなければならないと考えた。

ⓒ Nobuo Nakamura

同作は80年代にニューヨークのハーレムで暮らす人たちの日常を、社会の内側からディアドルフ8X10”大型カメラでドキュメントしたもの。アフリカ系米国人たちへの高いリスペクトが感じられる作品としていま現地でも再注目されている。作品が永久保存されているブルックリン国立博物館が最近発行した、ブラックコミュニティーと権利を主張する為に「みなで選挙に行きましょう!」と呼び掛けるニュースレターにも、中村の作品が紹介されている。

ⓒ Nobuo Nakamura

中村ノブオは、1946年福島県三春町出身。東京写真専門学校卒業後、1970年に何もコネクションを持たずにプロの写真家を目指して無謀にもニューヨークへ渡る。写真で独立するという自らの強い信念が幾多もの幸運を呼び寄せ、広告写真家のアシスタントに採用される。その後、写真撮影の経験を積み1981年にはフリーカメラマンとして憧れの地で独立する。
30歳代の中村が写真家の可能性を試すために行なったのが、当時は治安が極端に悪かったアフリカ系米国人が多く住むハーレムでの写真撮影だった。若きチャレンジ精神豊かな中村は、大胆にも誰も行なっていない8X10”の大型ビューカメラでの撮影に挑戦する。ハーレムでの撮影といえばブルース・デビッドソン(1933 – )の「East 100th Street」(1970年刊)が有名だが、彼はリンホフ・テヒニカの4X5”カメラを使用している。中村によると、ハーレムのストリートで三脚を立て、暗幕の中でピントを合わせるときは、緊張で心臓の鼓動が聞こえ、冷や汗が流れたそうだ。どこからともなくブルースが流れるハーレムの町中での撮影中、中村の頭の中では日本ブルース、演歌のメロディーが流れていたそうだ。色々な幸運に恵まれて週末のハーレムでの撮影が数年間続く。治安が悪いことを恐れて隠し撮りしなかったこと、奥さん、子供を同伴させたこと、撮影した被写体の人には後日写真をプリントしてプレゼントしたこと、などが住民の暖かい撮影のサポートが得られた理由だったかもしれない、と中村は語っている。

ⓒ Nobuo Nakamura

様々な努力の結果、彼はハーレムの住民のコミュニティーの中に見入り込むのに見事に成功している。彼の作品のモデル達は皆リラックスしている。その表情には緊張感を全く感じられないどころか、笑顔が見られる作品も多い。中村のカメラはハーレムの人々の隠された穏やかな人間性までも引き出しているのだ。当時の事情を知らない若い人は、作品を見て「笑顔が絶えないハート・ウォーミングな街ハーレム」のような印象を持つのではないだろうか。中村の作品は、当時の「危険で怖いアフリカ系米国人が住む街ハーレム」は、アップタウンに住む白人や旅行者の抱いていたイメージだった事実を明らかにしてくれる。
またハーレムに住む人々のドキュメントは、まるで綿密に何気なさが計算された高度なファッション写真のようにも見えてくる。いや1980年代のニューヨークの雰囲気、気分、スタイルをとらえた一流のアート系ファッション写真としても通用するだろう。

ⓒ Nobuo Nakamura

1980~1984年に撮影された一連の作品はニューヨークの写真界で高く評価され、ブルックリン国立博物館、ニューヨーク市立図書館ショーンバークセンター、ニューヨーク市立博物館などでコレクションされている。また中村が1984年に帰国後、1985年に写真集『ハーレムの瞳』(築摩書房刊)としてまとめられている。80年代中ごろに帰国し東京に事務所を開き、その後は広告分野で活躍。2000年に新宿コニカ・プラザで個展「MIHARU」を開催している。
ブリッツでは、アート・フォトサイト・ギャラリーで2004年に「New York City Blues」、2006年に「How’s your Life?」を開催。「Pictures of Hope」展では、中村ノブオ「ハーレムの瞳」を特別展示。代表作と貴重なヴィンテージ・プリントを特集して展示している。80年代にいち早くアフリカ系米国人の未来への「Hope(希望)」を意識して作品制作を行っていた中村の業績にぜひ再注目したい。

「Pictures of Hope」-ギャラリー・コレクション展 –
2020年9月18日(金)~ 12月20日(日)
予約制で開催/1:00PM~6:00PM/休廊 月・火曜日/入場無料
ブリッツ・ギャラリー

・来場予約は公式サイト予約フォームからどうぞ 

「Pictures of Hope」展
9月18日より予約制で開催!

ブリッツ・ギャラリーは、国内外の複数写真家による、Hope(希望)が感じられる、想像できる写真作品をコレクションしたグループ展「Pictures of Hope」を9月18日から開催する。
ギャラリーは美術館などと違い展示スペースが狭い。多くの集客を目指すような写真展は来廊者のソーシャル・ディスタンスがとりにくく、新型コロナウイルス感染が終息するまでは開催が困難だ。本展はウイルス感染防止対策を行った上で、事前の完全予約制での開催となる。

2000年代に話題になった山田昌弘の「希望格差社会」(2004年、筑摩書房刊)では、社会心理学者ランドルフ・ネッセによる「希望とは努力が報われると思うときに生じる、絶望は努力してもしなくても同じだと思うときに生じる」という定義を紹介している。同書では、ポスト工業社会への移行がさらに進み、経済格差拡大が希望格差につながり、社会の活力を大きく損なう時代の到来を予言していた。2010年代以降、それは現実となり格差社会はさらに進行。そのような状況の中、今年春に新型コロナウイルスが世界的猛威を振るい、いまだに感染が続いている。いま私たちはコロナウイルスと共に生きるという、新しい生活様式への対応を求められている状況だ。また追い打ちをかけるように、地球温暖化による猛暑や豪雨などの気候変動も多発している。
厚生労働省と警察庁の集計によると、8月の自殺者数が1849人(速報値)となり、前年同月比で246人増加したという。いま多くの人が急激な環境変化に対応できず、心が折れてしまい、希望までもなくしてしまうような状況なのではないだろうか。

左から”Norman Parkinson”,”Robert Doisneau”,”Elliott Erwitt”の作品

このような時代だからこそ、あえてベタな「Hope(希望)」を思い起こさせる写真をギャラリー・コレクションからセレクトしてみた。それらは、人間愛、愛情、協力、ハーモニー、ポジティブさを感じさせる、未来志向でダイナミックな写真。本展は、ネガティブに陥りがちな私たちの気持ちを、ひと時でも新たな視点から見直すきっかけを提供してくれるかも知れないと期待したい。

すでに亡くなった20世紀の有名写真家から、現在活躍中の写真家までのモノクロ、カラーによる珠玉の約30点を展示する。

“Rehearsal at the Hudson River, 1983” ⓒ Nobuo Nakamura

(特集) 中村ノブオ「ハーレムの瞳」

いまアフリカ系アメリカ人に対する警察の残虐行為に抗議して、非暴力的な市民的不服従を唱えるブラック・ライヴズ・マター (BLM)運動が世界中で注目されている。80年代にハーレムで暮らす人たちの日常を、社会の内側から、デアドルフ8X10”大型カメラでドキュメントした中村ノブオ「ハーレムの瞳」シリーズは、アフリカ系アメリカ人たちへの高いリスペクトが感じられる作品としていま再注目されている。作品が永久保存されているブルックリン国立博物館が最近発行した、ブラックコミュニティーと権利を主張する為に、「みなで選挙に行きましょう!」と呼び掛けるニュースレターにも、中村の作品が紹介されている。80年代、彼はいち早くアフリカ系アメリカ人の「Hope(希望)」を意識して作品制作を行っていたのだ。
「Pictures of Hope」展では、中村ノブオ「ハーレムの瞳」を特集する。代表作と貴重な当時にプリントされたヴィンテージ・プリントを展示する。80年代のハーレムのファッションも必見だ。

予約はフォームにて承ります。

(参加アーティスト)

ロベール・ドアノー (Robert Doisneau, 1912-1994)
マイケル・デウィック (Michael Dweck)
エリオット・アーウイット (Elliott Erwitt)
ケイト・マクドネル (Kate MacDonnell)
マーカス・クリンコ (Markus Klinko)
カート・マーカス (Kurt Markus)
テリー・オニール (Terry O’Neill, 1938-2019)
ノーマン・パーキンソン (Norman Parkinson, 1913-1990) 
ハーブ・リッツ (Herb Ritts, 1952-2002)
ウィリー・ロニス (Willy Ronis, 1910-2009)
ジャンル―・シーフ (Jeanloup Sieff, 1933-2000)
デボラ・ターバヴィル (Deborah Turbeville, 1932-2013)
テリ・ワイフェンバック (Terri Weifenbach)
鋤田 正義 (Masayoshi Sukita)
中村 ノブオ (Nobuo Nakamura)
ハービー・山口 (Herbie Yamaguchi)
など

「Pictures of Hope」-ギャラリー・コレクション展 –

2020年9月18日(金)~ 12月20日(日)
1:00PM~6:00PM/休廊 月・火曜日/入場無料
*予約制

ブリッツ・ギャラリー
〒153-0064  東京都目黒区下目黒6-20-29  TEL 03-3714-0552 http://www.blitz-gallery.com

ギャラリー今後の予定 「レアフォトブック・コレクション 2020」予約制で開催

緊急事態宣言が解除になり、都内の美術館やギャラリ―も6月から慎重に営業を再開する見通しだ。

ブリッツは、ノーマン・パーキンソンなど6名の有名アーティストが撮影したオードリー・ヘップバーンの珠玉のポートレート展の「Always Audrey」開催を予定していた。

「Always Audrey」2020年秋に開催予定。写真はNorman Parkinson撮影

デパートではヘップバーンの映画スティールを展示するようなイベントが数多く開催されている。しかし、本展はロンドンのギャラリーで企画されたファインアート作品として認識されているポートレート写真を展示する企画だった。世界巡回展の東京展で、同名洋書写真集の日本版刊行に際しての開催だった。しかし、ロンドンがいまだにロックダウン状態が続いており、現地からの作品発送が困難となり秋への延期となった。

したがって、夏に予定していたフォトブック・コレクター向けの「レアフォトブック・コレクション 2020」を前倒しで完全予約制にて開催することにした。
完全予約制にしたのは、フォトブックのイベントだから。写真展のように来廊者が距離を開けて鑑賞するのではなく、どうしてもコレクターは欲しい本を手に取り中身や状態を確認する。来場者が多くなるとどうしても感染リスクが高くなってしまう。

2000年代の日本は、洋書写真集のコレクションがミニ・ブームだった。当時、ブリッツはレア・フォトブックを積極的に取り扱っていた。2004年から6年間に渡り、毎年5月の連休明けに絶版写真集やレアブック約150~200冊を販売するイベントを渋谷パルコのロゴスギャラリー(現在は閉廊)で企画開催していた。同ギャラリーは洋書販売のロゴス書店の横にあるパルコ主催のイベントスペース。新刊とレアブックの相乗効果を狙った企画だった。2週間の会期で、毎年それなりの売り上げを達成していた。この時期は洋書写真集がブームとなり、同時に絶版写真集も注目されたのだ。

以前のブログで当時の状況を次のように分析している(2016年7月)
「このブームのきっかけはネット普及によりアマゾンで洋書がかなり割安で購入できるようになったからだと分析している。90年代、洋書店で売られていた写真集は高額の高級品だった。よく雑誌のインテリア特集のページ内でお洒落な小物として使用されていた。私は約30年洋書を買っているが、かつてのニューヨーク出張ではスーツケースの持ち手が破損するくらい膨大な数の重い写真集を持ち帰ったものだ。アマゾンの登場は衝撃だった。とにかく重い写真集が送料込みで、ほぼ現地価格で入手可能になったのだ。最初は欧米のアマゾンでの購入だったが、2000年11月に日本語サイト“amazon.co.jp”が登場して日本の一般客も今まで高価だった洋書写真集がほぼ現地価格で購入可能になったのだ。
2008年のリーマン・ショックまで続いたブームは、かつては高価で高級品だった洋書写真集が低価格で買えるようになったから起きたのではないか。一種のバブルだったのだ。今まで高額だったカジュアルウェアをユニクロが高機能かつ低価格で発売してブームになったのと同じような現象だった。時間経過とともに、洋書が安く買えるという驚きがさめ、その価格の認識が一般化し始めたころにリーマン・ショックが起きたのだ。アート系商品は、心は豊かにするが、お腹を満たしてくれない不要不急の際たるものだ。それ以降は、本当にアート写真が趣味の人が興味を持つ写真家の本を購入するという従来のパターンに戻ったのだ。2010年代には、アベノミクスによる円安で輸入価格が上昇して、景気の長期低迷とともに市場規模は縮小均衡してしまった」

その後、レア・フォトブックを専門に取り扱う業務はショップ/オンライン共に非常に厳しい環境に直面する。かつてのブーム時には、写真集コレクターの人が自らの在庫を販売する形でショップ業務を開始することがあった。しかし、在庫がなくなり、新たに仕入れを行うようになってからが厳しいのだ。ネット普及以前は、相場を知らない人からかなり安い仕入れが可能だった。しかし、いまや人気写真集の相場はネット検索で全くの素人でも把握可能になった。ネットのオークションやフリマで自ら売ることも可能だ。もちろん、コレクターもネット検索して相場を確認したうえで、状態と販売価格から総合的に購入先を判断する。人気の高いフォトブックの場合、情報と価格の格差が縮小し、業者として売買ビジネスが完全に成立しなくなったのだ。業者はいまだ未評価の本をいち早く見つけ出す、高い目利き力が求められるようになった。

「レアフォトブック・コレクション 2020」も、このような状況を意識して行う。多くは販売価格の値札をつけないで時価とする予定だ。つまり、その時点でのネットの価格を参考にして、同じ状態の本と同じ値段にする。買いたい人は、その場でスマホを使い相場をチェックするからだ。会場はブリッツ・アネックスを予定している。フォトブックの中には、ブリッツ・コレクションも混在している。おもにファッション系なのだが、それらは参考資料なので、内容の確認は可能だが販売はしない。もし購入希望者がいたら、販売しているネット古書店を紹介してそちらで買ってもらう予定だ。商品はあるが「販売しないイベント」なのだ。

今回は、フォトブック・ガイド本に掲載されているレア・フォトブック、サイン本、プリント付きフォトブックなど多数を紹介する予定。展示内容については、公式インスタグラムなどで順次紹介していく。また完全予約制なので、マニアックなコレクターへの情報提供とコレクションの各種啓蒙活動が可能だと考えている。

「ブリッツ・フォトブック・コレクション 2020」
会期:6月5日(金)~ 8月9日(日)*完全予約制
休廊:月、火曜日、オープン時間 1時~6時

主要出品フォトブック

・サイン入りフォトブック
リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ウィリアム・エグルストン、ブルース・ダビットソン、ピーター・ベアード、ジャック・ピアソン、ライアン・マッキンレイ、テリー・オニール、シンディー・シャーマンなど

・オリジナル・プリント付フォトブック
メルヴィン・ソコルスキー、マイケル・デウィック、テリー・オニール、テリ・ワイフェンバック、アレック・ソスなど

・オリジナル・プリントの展示
ギャラリー・コレクションから珠玉のオリジナル・プリント約15点が会場の壁面に展示されます。

・プレスリリース、画像資料は以下でご覧いただけます。
http://www.artphoto-site.com/inf_press_87.pdf