2023-1-20

  

アンドレ・ケルテス

KERTESZ, Andre (1894-1985)

20世紀で最も重要な写真家のひとりと言われるアンドレ・ケルテスはハンガリーのブタペスト生まれです。ブタペスト証券取引所で働きながら18歳の時にカメラを買い、はじめはブタペスト近郊の風景や人物写真を撮影していました。その後、写真でヴィジュアル日記を制作するようになります。 第一次世界大戦で軍隊に招集されても、アマチュアとして軍隊生活を撮影しています。
1925年に写真で生きていこうと決心してパリに移り住み、フランスとドイツのグラフ誌のフリーの写真家として働きます。レジェ、シャガール、マン・レイ、モンドリアンなど多くのアーティストと 交流を持ち、彼らのポートレートも撮影しています。1927年には35ミリのライカ・カメラを購入します。何気ないパリの街や、人々の風景の中から自分が魅力を感じた題材だけを鋭い視線で選び出し、小型カメラでスナップ撮影していきました。

彼のイメージは計算された構図とデザイン、そして軽妙な面白さに特徴がありました。どこにでもありそうな普通の風景が彼の手にかかると不思議な魅力を持ったアート作品になるのです。 小型カメラで写真撮影し、フォトジャーナリズムの先駆者的な働きをしたケルテスは、あの“決定的瞬間"で有名なカルチェ=ブレッソンやブラッサイに多大な影響を与えたことでも知られています。
彼のこの当時の作品はスナップショット的な写真だけにとどまらず、題材も作風も多種多様でした。実験的な写真にも挑戦しており、鏡を使用してイメージを歪ませた“ディストーション・シリーズ”のヌードや静物写真も1930年代に制作しています。

彼の知名度は徐々にアメリカでも高まり、1936年にニューヨークを訪れています。結局、戦争の為にアメリカに移住することになり、1944年に市民権を得ています。米国では、不本意であったものの生活のために商業写真に手を染めます。1949~1969年まではコンデ・ナストの下でファッションやインテリア写真を 撮影しました。作品は“ヴォーグ”、“ハウス&ガーデン”の他“ハーパース・バザー”にも発表されています。

ケルテスのヨーロッパ的な写真は当時のアメリカでは主流にはなり得ず、彼の仕事はあまり知られることがありませんでした。しかし彼はひたすら作品を撮り続け作品の内容をより充実させていきます。特に住居があったワシントンスクエアー公園に面したアパートからは数々の名作を 生みだしています。1947年にはシカゴの美術研究所で個展を開催し関心を集めます。

1963年にベニスのビエンナーレで金賞を受賞、同年パリのフランス国立図書館で大規模な個展が開催されます。1964年、70歳の時にニューヨーク近代美術館で個展が開催され彼の評価は高まり始めます。現在では世界中の主な美術館が 彼のオリジナルプリントをコレクションしています。