2020年秋/ロンドン・パリ アート写真オークションレビュー

通常は11月に開催されるフォトフェアー「Paris Photo」に合わせて行われる大手業者によるパリ/ロンドンの定例公開アート写真オークション。今シーズンは、春と同様にコロナウイルスの影響により、開催時期の変更、オンライン開催などと各社がそれぞれの対応を行った。

フィリップスは、“Photographs”オークションを日程前倒しで9月25日にロンドンで開催。ササビーズは、10月14日にロンドンで“Photographs”をオンライン開催、クリスティーズは、11月10日にパリで“Photographies”を開催している。
個別の結果は、業者によってかなりばらつきがあった。

フィリップス・ロンドンの“Photographs”は、予想外に良い結果で市場関係者を驚かせた。総売り上げ約270万ポンド(約3.78億円)、173点が出品されて149点が落札、落札率は約86.1%と良好な結果だった。
高額落札には、リチャード・アヴェドン、マリオ・テスティーノ、ハーブ・リッツなどのアート系ファッション写真が続いた。最高額はマリオ・テスティーノの、“Exposed, Kate Moss, London, 2008”だった。

Phillips London “Photographs”, Mario Testino “Exposed, Kate Moss, London, 2008”

これは230X170cm、エディション2の大判カラー作品。ヴォーグ誌英国版の2008年10月号に掲載された作品。落札予想価格8~12万ポンドのところ、23.5万ポンド(約3,290万円)で落札された。
続くはリチャード・アヴェドンの“Brigitte Bardot, hair by Alexandre, Paris, January 27, 1959”。約58.7X51cmサイズ、エディション35もモノクロ銀塩作品。ハ―パース・バザー誌1959年3月号に掲載された作品。落札予想価格18~22万ポンドのところ、21.25万ポンド(約2,975万円)で落札されている。

一方で、ササビーズ・ロンドンのオンライン開催の“Photographs”は苦戦を強いられた。総売り上げ約107.7万ポンド(約1.50億円)、149点が出品されて77点が落札、落札率は約51.6%と非常に厳しい結果だった。
特に高額価格帯が不調で、最高額の落札予想作品だった、今年亡くなったピーター・ベアードの巨大サイズ作品“Large Mugger Crocodile, Circa 15-16 Feet, Uganda,1966”は、落札予想価格10~15万ポンドだったものの不落札。トーマス・シュトルートの“MUSEE D’ORSAY I’, PARIS, 1989”も、落札予想価格8~12万ポンドだったが不落札だった。最高額で落札されたのは、これもフィリップス・ロンドンと同じマリオ・テスティーノの、“Exposed, Kate Moss, London, 2008”だった。こちらは、サイズが多少小さい180X125cm、エディション3の作品。落札予想価格6~8万ポンドのところ、7.56万ポンド(約1,058万円)で落札された。
この中で好調な結果を残したのが、ウォルフガング・テイルマンズ。8点が出品されて7点が落札。そのうち5点が落札予想価格上限越えの高値による落札だった。

Sotheby’s London “Photographs”, Wolfgang Tillmans ““PLAN, 2007”

最高額は人気の高い抽象作品“PLAN, 2007”。61X50.7cmサイズの1点もの作品。落札予想価格3~4万ポンドのところ、4.78万ポンド(約669万円)で落札された。

クリスティーズ・パリの“Photographies”は、結果が極端だった上記2つのオークションと比べるとちょうど平均的だった。総売り上げ約209.9万ユーロ(約2.62億円)、129点が出品されて90点が落札、落札率は約69.7%だった。
最高額はヘルムート・ニュートンの代表作“Elsa Peretti as a Bunny, Costume by Halston, New York, 1975”だった。

Christie’s Paris “Photographies”, Helmut Newton “Elsa Peretti as a Bunny, Costume by Halston, New York, 1975”

これは102X67cmの大判作品。落札予想価格12~18万ユーロのところ、なんと40万ユーロ(約5000万円)で落札された。同作は2005年10月にクリスティーズ・ニューヨークで開催された“The Elfering Collection”に出品され9.84万ドルで落札されている。為替レートの違いで単純比較はできないが、円貨に直すとが2005年当時のドル円は1ドル/114円だったので、約1,121万円、2020年11月のユーロ円レートが125円なので約5,000万円になった計算になる。約15年で1年複利で約10.482%で運用できた計算になる。
続いたのはアーヴィング・ペンの「Small Trades」シリーズからの約49X37cmサイズのプラチナプリント“Lorry Washers, London, 1951”。落札予想価格6~8万ユーロのところ、11.875万ユーロ(約1484万円)で落札されている。ちなみにペンの同シリーズからは4点が出品されているがいずれも落札予想価格範囲内から上限越で落札。高額落札順位では2位~5位を占めていた。

今秋のロンドンとパリで開催された大手業者によるオークションでは、コロナ禍でもファインアート写真市場が十分に機能していることが明らかになった。開催地の通貨が違うので円貨換算して昨年同期と単純比較すると、合計売上は2019年の約7.64億円に対して2020年は7.87億円とほぼ同額。落札率は2019年の約75.6%に対して、2020年は約70%となっている。米国市場の売り上げが落ち込んでいるのと比べて英国/欧州市場は検討したと評価できるだろう。セカンダリー市場はオンラインなどを取り入れることで、コロナ禍でも十分対応できることが証明された。この非常時における関係者の努力に心より敬意を表したい。
ただし落札作品の内容を見ると、絵柄が分かりやすい有名写真家のアイコン的アート系ファッション写真が高額売り上げの上位を占めていた。人気作と不人気作の2極化が続いているのだ。今後もこの傾向が続くのか、来春以降の市場動向を注視していきたい。

(1ポンド・140円、1ユーロ・125円で換算)

2020年秋ニューヨーク
アート写真オークションレヴュー
コロナ禍でも市場は機能/売上額は減少

通常は10月に集中的日程で行われる大手業者によるニューヨーク定例公開アート写真オークション。今シーズンは春と同様に、コロナウイルスの影響により、開催時期の変更、オンライン開催などと各社がそれぞれの対応を行った。

クリスティーズは、9月30日に複数委託者による“Photographs”を、10月14日には単独コレクションからのセール“The Unseen Eye: Photographs from the W.M. Hunt Collection”をともにオンラインで開催した。
ササビーズは “Photographs”を、“Contemporary Photographs”と“Classic Photographs”の2部にわけて10月1日に開催。
フィリップスは、“Photographs”オークションを日程を10月14日にずらして開催している。

今秋のオークションは、コロナウイルスの影響が本格的に反映される初めての機会として注目された。結果は、3社合計で709点が出品され、480点が落札。不落札率は約32.3%だった。最終的な出品点数は2019年秋の772点(不落札率33.4.8%)から若干減少。不落札率はほぼ同様な水準で推移している。しかし2020年春の、1079点で799点落札、不落札率約25.6%と比べると、出品数が約34%減少、落札率も約6.7%悪化している。総売り上げは、約765万ドル(約8.42億円)で、2020年春の約1368万ドル(約15億円)、2019年秋の約1381万ドル(約15.2億円)から大きく減少。落札作品1点の平均落札額は約16,000ドル。2020年春の約17,000ドル、2019年秋の26,800ドル、2019年春の約38,000ドルルから大きく減少している。

各シーズンごとの合計売上の数字を比較すると、リーマンショック後に急激に落ち込んだ2019年春の約582万ドル以来の低い結果だった。2020年春秋合計のニューヨーク大手オークション売上は約2133万ドルで、2019年の年間約3528万ドルから約39.5%減少した。これも2009年の約1980万ドル以来の低水準だった。2020年のコロナウイルスの影響は、売り上げで見るとリーマンショック級のインパクトを市場に与えたということだろう。市場の先行きの見通しが不透明なときには、貴重な高額評価の作品は市場に出てこなくなる。どうしても中低価格の作品中心の売買となり、落札単価が下がり全体の売上高は減少する。

Phillips NY “Photographs”, László Moholy-Nagy, “Fotogramm1925-1928”

今シーズンの写真作品の最高額は、フィリップス “Photographs”オークションに出品されたラースロー・モホリ=ナジ(1895-1946)の、“Fotogramm, 1925-1928,1929”だった。落札予想価格8万~12万ドルのところ37.5万ドル(約4125万円)で落札された。
続いたのはクリスティーズ “Photographs”に出品されたリチャード・アヴェドンの大判156.2 x 149.8 cmサイズの“Tom Stroud, oil field worker, Velma, Oklahoma, June 12, 1980,1985”。落札予想価格8万~12万ドルのところ35万ドル(約3850万円)で落札された。本作は2000年10月13日のクリスティーズ・ニューヨークのオークションで3.525万ドルで落札された作品。ちなみに1年複利で諸経費を無視して単純計算すると約20年で約12.16%で運用できたことになる。

Christie’s NY “Photographs”, Richard Avedon “Tom Stroud, oil field worker, Velma, Oklahoma, June 12, 1980,1985”

ササビーズの“Classic Photographs”には、アンセル・アダムスの39.7X48.9cmサイズの30年代後半から40年代前半にプリントされた貴重な
“Clearing Winter Storm, Yosemite National Park, California, 1937”が出品された。こちらは落札予想価格20万~30万ドルのところ約27.7万ドル(約3047万円)で落札されている。

Sotheby’s NY “Classic Photographs” Ansel Adams “Clearing Winter Storm, Yosemite National Park, California, 1937”

今秋のオークションでは高額落札が期待された作品の不落札が目立った。
フィリップスでは、アンドレス・グルスキーの“Sao Paulo, Se, 2002”、落札予想価格40万~60万ドル、ササビーズの“Classic Photographs”に出品されたダイアン・アーバスの“A Family on their Lawn One Sunday in Westchester, N.Y., 1968”と、ヘルムート・ニュートン“Charlotte Rampling at the Hotel Nord Pinus II, Arles, 1973”がともに落札予想価格30万~50万ドルだったが不落札だった。

いまグルスキーをはじめドイツのベッヒャー派の作品相場は10年前と比べて大きく下落しているという。2011年に現代ドイツの写真家の作品はオークションで合計2,100万ドルを売り上げているが、2019年には総額が50%近く減少し、1,060万ドルになったとアートネット・ニュースは報じている。(アートネット価格データベースによる)今シーズンは相場がやや調整局面の中で、更なるコロナウイルスの影響による心理的要因が重なり、売り手も買い手が積極的にならなかったのだろう。だがグルスキーなどの市場での高評価に変わりはない。彼の人気の高い作品は既に美術館などの主要コレクションに収蔵されており、それらは再び市場に出ることがない。もし代表作がオークションに出品されることがあれば売上高も再び上昇するだろう。

いまニューヨークの株価は金融緩和の継続やワクチン開発期待を背景に高値で推移している。株価とアート市場とは関連があると言われている。富裕層のコレクターは株を持っているからだ。来春のシーズンには、コロナウイルスの感染者数が減少に転じ、株価も順調に推移すれば、高額作品の出品も増えてオークションの売り上げも回復してくるのではないだろうか。
ちなみにリーマンショック後の2019年春には売り上げが激減したものの、秋には急回復している。

(1ドル/110円で換算)