ブリッツでは様々なカテゴリーのフォトブックを紹介する「フォトブックコレクション2026」を開催している。しかし若い世代の人たちの来廊があまり多くない印象なのが気になる。どうも彼らのフォトブックに対する関心が下火になっているようだ。確かにいま新刊洋書フォトブックの販売価格が150ドルを超えるものも散見される。最近の円安と送料高騰の影響もあり、アマゾンでも2万~3万円する場合も珍しくない。絶版のフォトブックも相場はだいたい外貨建てなので、新刊同様に上昇している。特に送料は物価高と戦争の影響で高額になっており、欧米の専門店から航空便で取り寄せると送料だけでフォトブック本体よりも高い場合もあるくらいだ。
いま特にフォトブックを買わなくても、写真関連の情報はネット上に溢れている。またフォトブックはサイズが大きく重いのでのでコレクション数が増えてくると収納場所の確保が問題になる。スペース・パフォーマンスも極めて悪いのだ。財布にあまり余裕がない一般の写真好きレベルの消費者にはフォトブック購入は決してコストパフォーマンスが良くないのだ。

いまやフォトブックは、ファインアート写真での自己表現の可能性を考えている人、キュレーターやギャラリストを目指す人達向けの専門書になりつつあるようだ。写真表現の高みを目指す人たちには、フォトブックは最適の教科書になる。私が教えている大学院生向けのファインアート写真概論では、アーティスト志望の人にはまず最初に温故知新の重要性を強調する。それは過去の先人たちの作品を見て、考えて、内容を理解する行為になる。主に展覧会を見たりフォトブックから学ぶことになる。アマチュア写真家で満足している限り、自分の主観で撮影して楽しめばよいので先人から学ぶ必要はない。しかしアーティストやアートの目利きを目指すのならフォトブックとの意識的な対峙は、最優先で取り組むべき出発点/土台となる。これは単純な算数で説明できるのだが、あまり多くの人に理解されてないので念のために説明しておく。つまりアート/写真史の文脈で、オリジナルだと評価される創作は自分の内部の自我から生まれるのではない。それは過去の先人たちの仕事から新しいかけ合わせの発見や、突然変異を発生させて生成される。できるだけ多くの種類の創作を見て、自らが豊富なビジュアルやテーマ/コンセプトのデータベースに持っている方が数学的にかけ合わせのバリエーションが豊富で、新しい何かが生まれる可能性が高いのだ。見ている作品数が少なければ、単純に社会/文化的な刷り込みや認知バイアスが反映された限定的な創作にしかならないのだ。人間のこのような特性はよく心理学の認知バイアスであるダニング・クルーガー効果で説明されている。人はあるテーマについて知らなければ知らないほど、知識の総体も小さいと思い込む傾向があるということだ。

しかし、実際のところフォトブックは新刊/古書などを含めると膨大な数が世の中に存在し流通している。ファインアート分野での専門家を目指す人にとっても、どの本から始めたらよいかの選択は悩ましいと思う。この最初の段階はどうしても無駄が生じ、時間もかかる。まずは購入するフォトブックの絞り込みを行う。そのために出版社や専門販売サイトなどから定期的に送られてくるニュースメール、メールマガジンなどを参考にして情報収集すればよいだろう。それらには展覧会カタログも含まれるので美術館情報もカバーできる。
最初のステップのスクリーニング、つまり自分好みをふるいに変えて選ぶきっけは、やはり写真の表層の好みになるだろう。そして自分好みの写真を撮る人が見つかったら、ぜひもう一歩踏み込んで、作品の紹介文や写真家の発信しているメッセージを読んでみよう。いまは精度の高い翻訳ソフトがあるのですべて日本語で読めるので本当に便利な時代になった。そして、作品から写真家の何らかのメッセージを読み解くことができ、作品の背景にあるストーリーが浮かんでくるかどうか、そして自分がそれに何らかの意味を感じるかどうかを自問自答してみよう。写真家と自分とのコミュニケーションが生まれるかの検証になる。
もし写真スタイルが自分好みで、写真家のメッセージに共感するようなフォトブックとの出会いがあればぜひ本の現物を購入しよう。多少高額のフォトブックであっても自分がその内容に意味を見出せるのなら、決してお金の無駄遣いとは感じないはずだ。知的好奇心が刺激され、どうしても欲しいという気持ちが湧いてくるかが目安になる。入り口が見つかったら、次に過去に出版された同じ人のフォトブックの記録も要確認だ。そしてその写真家が写真史上で誰に影響を受けたか、また誰に影響を与えたかを調べて、それらもチェックするのだ。1冊のフォトブックからいろいろな関連が見えてくると、興味がさらに展開していくだろう。もし関心があまり広がらない場合は、探求をやめて次の1冊との出会いを求めるようにすればよい。
実はこのような一連の行為は写真を通して行う自分探しとも重なるのだ。実際のところ、何を撮ったらよいかわからない人は、流された人生を送っており、自分自身がどのような人間なのか理解/把握していない場合が多い。

私自身は、モノクロでお洒落な戦後のファッション写真が入り口だった。写真家だとリチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、リリアン・バスマンなど。単純にミーハーだったのだ。そして、彼らに影響を与えた伝説のロシア出身のアーティスト、アート・ディレクターのアレクセイ・ブロドビッチの存在が重要だった。彼はハ―パースバザーを手掛けるとともに、Design Laboratoryという写真教室も主宰していた。ちょうど90年代前半にはデザイナーのファビアン・バロンが雑誌ハーパースバザー米国版の刷新を行っており、彼が影響を受けたブロドビッチが再評価された時期だった。実は日本でも雑誌「Dune」(Art Days)のいまは亡きエディター林文浩も彼らの影響を受けていた、余白のあるデザインを熱く語っていたのを懐かしく思い出す。そしてブロドビッチは、マン・レイ、アンドレ・ケルテス、ロバート・フランク、アンリ・カルチェ=ブレッソン、ダイアン・アーバスなどにも影響を与えていた事実を知り、私のその他写真家への興味が大きく広がっていった。ブロドビッチを起点に20世紀の写真史を俯瞰できたのだ。画像はブロドビッチの1945年のフォトブック「Ballet」。当時の常識に反して、アレ・ブレ・ボケでダンサーの動きを表現した革新的な本。

このように自分が内容に意味を見出せる好みのフォトブックが増え、実際の世界での経験が蓄積されると、自然と写真に対する感性、直感などが養成されてくる。それらは持って生まれたものではなく、スキルアップ可能な能力なのだ。いまよく言われる、AIに勝つために求められる非認知スキル。そのなかの創造性の中の暗黙知のことだ。今までは読み取れなかった、展覧会やフォトブックが内包する複雑なメッセージの意味も、突然にまるで天から降ってきたようにすとんと理解できようになる。自分の写真リテラシー向上の実感は大きな快感だ。そして、これこそが自ら作品制作するときに、テーマやコンセプトに展開する可能性に気付く直観力、つまりひらめき力の養成につながる。ちなみにこのような自分のレベルアップを感じるのには、継続した努力が約10年程度はかかる、ライフワークだと考えて取り組むとようにと、学生向けの講義では解説している。タイパは非常に悪いが、他には優れた創作にたどり着く方法がないのだ。逆に言うと、このような時代だからこそ、結果がすぐに出ない努力を10年以上も継続する人は少ないと思われる。もし継続できればライバルはかなり少ないのではないだろうか。それが地道な努力を継続する人への唯一の慰めになるだろう。
有名ファインアート系写真家のオフィス写真を見ると、だいたい膨大な数のフォトブックが並んだ本棚がスペースを占領している。彼らは単にフォトブックを集めているのではない、それらはイメージとテーマ・コンセプトのヒント/手がかりが詰まった外部記憶装置で、創作の源泉になっているのだ。本棚にフォトブックが増えるに従い写真がうまくなる、という都市伝説は決して的外れではないのだ。アマチュア写真家でも、あまり費用対効果を考えすぎないで、写真センス向上のためだと思ってフォトブックに向き合ってほしい。興味ある人はぜひギャラリーに遊びに来てください!











































