フォトブック・コレクションへの誘い
Blitz Photobook Collection 2022 開催中!

ブリッツでは国内外の貴重な写真集、限定本、サイン本、プリント付き写真集を紹介する「ブリッツ・フォトブック・コレクション2022」を開催している。

5月はブリッツにとって写真集を紹介する季節だ。私どもは、1990年代から2000年代にかけて、かなり積極的に貴重な絶版写真集を取り扱っていた。特に2000年代には、いまはなき渋谷のパルコパート1のロゴスギャラリーで「フォトブック・コレクション」展を5月の連休明けに開催していた。2004年から2010年までに7回行っている。
インターネットの普及前の時代は、絶版になった人気写真集の入手はかなり困難だった。今では信じられないだろうが、海外の専門店が定期発行する在庫目録を郵送してもらい、希望する本をファックスで注文していた。決裁はクレジットカードで、荷物が届くのに早くても1か月くらいかかったものだ。
画像などないので、本の状態は受け取るまでは正確には分からなかった。「Very Good」という海外の状態表記が、日本人の感覚ではかなり傷みがある「普通」状態なのだと実体験を通して学んだものだ。その後、インターネットが一般に普及するようになり、大手のアマゾンやヤフオクでも絶版写真集を取り扱うようになる。市場での本の相場は、だれでもネット検索で調べられるようになる。その結果、利益率が大幅に縮小して、ビジネスとして成立しなくなるのだ。ブリッツは2010年代には絶版写真集の輸入販売からは撤退することになる。そして、ギャラリーでは数年に1回程度、オリジナル・プリントとともに絶版写真集を展示するイベントを開催するようになる。この辺の経緯は「ファインアート写真の見方」(玄光社2021年刊)に詳しく書いた。興味ある人はどうか読んで欲しい。

過去20年ぐらいで写真のデジタル化が進行し、写真表現は写真家以外の幅広い分野のアーティストに広く取り入れられるようになった。いまでは写真はアート表現のひとつの方法として一般化しているといえるだろう。そして多数のヴィジュアルをシークエンスで紹介する写真集フォーマットがアーティストの世界観やコンセプトを伝えるのに適していると認識されるようになった。いまでは、ファインアート系の写真を収録した写真集は、単なるコレクターの資料ではなく、それ自体が資産価値を持ったアート作品と認められているのだ。海外市場では、いま一般的な写真を多数収録したフォト・イラストレイテッド・ブックと区別されて、それらはフォトブックと呼ばれるようになった。

今年の企画では、フォトブックと写真のオリジナル・プリント作品の関係性を探求した。ブリッツが取り扱う写真家/アーティストの名作フォトブックと、収録されている写真作品を壁面で紹介するコーナーを設けている。またコレクター人気の高いファインアート系ファッション写真のコーナーも設置。多くの名作と関連フォトブック、60年代のヴィンテージ・ファッション・マガジンを紹介している。もちろん、すでに絶版になって入手が困難なレアブックも多数展示している。いま海外では、優れたフォトブックはオークションでも取り扱われるようになり、コレクション市場も拡大している。販売価格が数万円するフォトブックも数多く存在している。コレクターはそれらをコレクションの資料ではなく、フォトブック形式のエディション数が大きな写真のマルチプル作品だと考えているのだ。本としては高価だが、ファインアート作品だと認識すると非常にリーズナブルなのだ。特にコレクターは高価でもサイン本を購入する傾向が強いのだ。

ファインアート系写真のコレクションに興味を持っている人は多いだろう。しかし、有名写真家の作品は以前と比べてかなり高価になってしまった。また最近の円安傾向や輸送費高騰により、特に海外作品の価格の上昇傾向が強まっている。しかし、フォトブックのコレクションならまだリーズナブルな価格のものが数多くある。さすがに海外の有名アーティストのプリント付きのフォトブックとなると価格は決して安くはない。しかし、最近はそれらを外貨資産を持つような意識で抵抗なくコレクションする人も見られるようになった。まずはフォトブックから始めて、次第に高額な写真作品をコレクションするようになる人が日本でも増加している印象だ。フォトブック分野は、コレクター初心者にとっては、アート・コレクションが低予算で始められる最後の魅力的分野だといえるだろう。今回のイベントがそのきっかけになることを願いたい。

・写真家別のフォトブック&オリジナルプリント コーナー
テリ・ワイフェンバック
「Between Maple and Chestnuts」、「Cloud Physics」、「Instruction Manual」や過去のレアブックなど

マイケル・ドウィック
「The End: Montauk NY」(10周年記念版)、「Mermaids」など

鋤田正義
「Sukita : Eternity」、「Bowie Icons」、「Bowie X Sukita」など

テリー・オニール
「Rare and Unseen」、「Every picture tells a story」、「Terry O’Neill’s Rock ‘n’ Roll Album」など

・ファッション写真コーナー
ノーマン・パーキンソン、ホルスト、ジャンルー・シーフ、ダフィー、デボラ・ターバヴィル、ベッテイナ・ランスなどの写真作品、60年代のヴィンテージ・ファッション・マガジン、各種ファッション系フォトブックを展示

・サイン入りフォトブック
リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ウィリアム・エグルストン、メルヴィン・ソコルスキー、ジャック・ピアソン、マリオ・ソレンティ、ライアン・マッキンレイ、トッド・ハイド、シンディー・シャーマンなど

・オリジナル・プリント付フォトブック
メルヴィン・ソコルスキー、マイケル・デウィック、テリー・オニール、鋤田正義、テリ・ワイフェンバック、アレック・ソスなど

(ブリッツ・フォトブック・コレクション 2022)
2022年 5月11日(水)~ 6月26日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜 /入場無料 

2022年春ニューヨーク写真オークションレヴュー
高額セクターに相場調整の気配

Christie’s NY, “Photographs from the Richard Gere Collection(Online), ”František Drtikol「Temná vlna (The Dark Wave), 1926」

2022年の大手3業者によるニューヨーク定例アート写真オークションは、昨年同様に各社の判断で、オンラインとライブにより4月に集中して開催された。複数委託者による”Photographs”オークションは、クリスティーズが4月5日(オンライン)、フィリップスは、4月6日(ライブ)、サザビーズは、4月13日(オンライン)に行われた。また前回紹介したように、クリスティーズは4月7日に俳優リチャード・ギア(1949-)の写真コレクションの単独セール”Photographs from the Richard Gere Collection”をオンラインで開催した。今回は4月に行われた4つのオークション結果の分析を行いたい。
ちなみに、平常時はオークション開催時期に同じくニューヨークで行われるファインアート写真の世界的フェアのipad主催のThe Photography show。2022年は、5月20日~22日にニューヨーク市のCenter415で開催される予定だ。

さて現在のアート市場を取り巻く外部の経済環境を見てみよう。昨年までは世界的な新型コロナウイルスの感染拡大に翻弄されていた。いま世界的に注目されているのはインフレ懸念の高まりだ。新型コロナウイルス対策後の世界的景気回復により特に米国で消費が拡大した。さらにウクライナ危機による資源価格急騰、また米国では名目賃金も上昇しはじめてインフレ懸念が強まっている。コロナウイルスの感染拡大によるサプライチェーンの混乱により、効率的だった経済のグローバル化の見直しが迫れれている。これもコスト上昇要因になる。米ミシガン大の3月の消費者調査(速報)によると、人々の1年先の物価見通しを示す予想インフレ率が5.4%と約40年ぶりの高水準になったと報道されている。以上の状況により米国の中央銀行にあたるFRBは、インフレ対策のため3月には量的緩和を終了。その後は、かなり急激な複数回の利上げが予想されている。インフレによる消費者の購買力低下予想などが反映され、株価も変動が大きくなっている。NYダウは2022年1月4日に36,799.65ドルだったのが、3月8日には32,632.64まで下落、いまでも33,000前後で取引されている。
ハイテク株が多いNASDAQは、昨年11月に16,000ドル台まで上昇したもののその後は下落傾向が続き、いまは12,000ドル台まで下落している。株価動向はオークションの入札者に心理的な影響を与えると言われている。また高額評価作品の出品が控えられる傾向も強くなる。アート市場を取り巻く環境は決して良好とは言えないだろう。

さて今春のオークション結果だが、3社合計で702点が出品され、494点が落札。不落札率は約29.6%だった。ちなみに2021年秋は922点で不落札率29.1%、2021年春は557点で不落札率26.8%。
総売り上げは、約978万ドル(約11.7億円)で、昨秋の約1484万ドルから大きく減少、ほぼ2021年春の約969万ドルと同じレベルにとどまった。
落札作品1点の平均金額は約19,810ドルと、2021年秋の約22,692ドルから約12.7%下落、2021年春の23,774ドルも下回る。昨秋とは出品数が増加するなか、落札率は同水準で、総売り上げが減少したことによる。
業者別では、売り上げ1位は約393万ドルのフィリップス(落札率76%)、2位は約384万ドルでクリスティーズ(落札率73%)、3位は200万ドルでサザビース(落札率59%)だった。

厳しい外部環境の中、高額落札が期待された作品が苦戦し、5万ドル以上の高額作品の不落札率は54.4%と高かった。フィリップス“Photographs”では、シンディー・シャーマンの「Untitled #580, 2016」、落札予想価格25万~35万ドルなど、高額落札が期待された彼女の3作品が不落札、アーヴィング・ペンの「Woman in Chicken Hat (Lisa Fonssagrives-Penn) (A), New York,1949」も、落札予想価格8万~12万ドルが不落札。
サザビーズ“Photographs(Online)”では、リチャード・アヴェドンの代表作「Dovima with Elephants, Evening Dress by Dior, Cirque d’Hiver, Paris, 1955/1980」、57.4 x 45.7 cmサイズ、エディション50の作品が、落札予想価格18万~28万ドルのところ不落札。1979年プリントの同じ作品は、クリスティーズ“Photographs(Online)”で、落札予想価格15万~25万ドルのところ、なんと12.6万ドル(約1512万円)で落札されている。
サザビーズのオークションでは、高額落札が期待された、ダイアン・アーバスの本人サイン入りの代表作「Family on Lawn One Sunday in Westchester, N.Y」、イモージン・カニンガムのヴィンテージ・プリント「False Hellebore (Glacial Lily)」が不落札だった。
今春のオークションでは、入札には高値を追うような力強さが欠けており、特に高額価格帯のファッション、ドキュメンタリー系が弱い印象だった。

今シーズンの最高額は、クリスティーズ“Photographs from the Richard Gere Collection(Online)”に出品されたチェコ出身のモダニスト写真家フランチシェク・ドルチコル(František Drtikol)による希少性の高い女性ヌード作品 「Temná vlna (The Dark Wave), 1926」だった。落札予想価格10万~15万ドルのところ35.28万ドル(約4233万円)で落札されている。

2位は、サザビーズ“Photographs(Online)”の、トーマス・イーキンズ(Thomas Eakins)の19世紀写真「Untitled (Male Nudes Boxing), c1883」だった。落札予想価格3万~5万ドルのところ、なんと上限の6倍以上の32.76万ドル(約3931万円)で落札されている。ヌードの若い男性がボクシングをしている、とても小さい9.5X12.1cmサイズの鶏卵紙(albumen print)作品だ。

Sotheby’s, “Photographs(Online)”, Thomas Eakins「Untitled (Male Nudes Boxing), c1883」

3位もクリスティーズ“Photographs from the Richard Gere Collection(Online)”の、アルフレッド・スティーグリッツ(Alfred Stieglitz)によるオキーフのポートレート「Georgia O’Keeffe, 1918」。落札予想価格30万~50万ドルのところ30.24万ドル(約3628万円)で落札されている。

昨秋にジャスティン・アベルサノ(Justin Aversano/1992-)の、“Twin Flames”シリーズのNFT(Non-Fungible Token)写真作品を出品して話題をさらったクリスティーズ。今春も、複数アーティストによるNFTの12セットとなる「Quantum Art: Season One, 2021-2022」を出品させている。落札予想価格15万~20万ドルのところ16.38万ドル(約1965万円)で落札、これは同社の今シーズンの最高額落札になった。

Christie’s NY, “Photographs”, Various Artists「Quantum Art: Season One, 2021-2022」

余談になるが、最近の外国為替市場での急激なドル高/ユーロ高/円安の進行で、ギャラリーでは知名度の高い写外国人真家の作品への問い合わせが増加している。海外市場で取引されている写真家の有名作品のコレクションは、外貨資産を持つと同じ意味になる。約25年以上もそのように説明してきたが、やっと多くの人が急激な円安進行によりこの事実に気付き始めてくれた印象だ。

(1ドル/120円で換算)

リチャード・ギア写真コレクション・セール
クリスティーズでオンライン開催

2022年春の大手業者によるファインアート写真の定例オークションは、3月下旬から4月中旬にかけてニューヨークで開催された。今シーズンで注目されたのが、米国の俳優リチャード・ギア(1949-)の写真コレクションの単独セール「Photographs from the Richard Gere Collection」だった。クリスティーズが、3月23日から4月7日にかけてオンラインで開催した。

Christie’s, Diane Arbus, “Audience with projection booth, N.Y.C., 1958” Sold at $75,600.

ギアは「愛と青春の旅だち」、「プリティー・ウーマン」などの映画で主演を演じている有名俳優。実はシリアスな写真コレクターとしても業界では知られている。今回の単独オークションで、そのコレクションの全貌が初めて明らかになった。その中には、エドワード・S・カーティス、ギュスターヴ・ル・グレイなどの19世紀写真、アルフレッド・スティーグリッツ、エドワード・ウェストンといった20世紀初期作品、リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ダイアン・アーバスといった20世紀作品まで、写真メディアの巨匠たちの有名作が多数含まれていた。クリスティーズの国際写真部門責任者のダリウス・ヒメス氏は、「非常に高いレベル」のコレクションだと賞賛している。

クリスティーズのメディア資料によると、ギアは、ボーイスカウト時代に母親から贈られたコダック・ブローニーカメラがきっかけで写真表現に魅了されるようになったという。1970年代半ばにキャリアを舞台から映画へと移行したことで、彼の写真への興味はさらに深まる。複数のカメラアングルにより物語が構築されることを目の当たりにし、「それぞれの写真が異なる物語を語る」ことを実感したという。ニューヨークとロサンゼルスで過ごした若かりし時代には、本屋でアーヴィング・ペンやエドワード・カーティスなどの写真集を立ち読みしていたそうだ。
本格的に映画デビューする前のギアは、これも写真家デビュー前のハーブ・リッツ(1952-2002)とプライベートで親しくなる。2人は、それぞれが俳優とカメラマンとして成功の階段を上っていく。リッツは、巨匠ブルース・ウェバーとの出会いがきっかけで、ファッション写真家として成功をつかむことになる。そして、同じく俳優として有名になっていくギアの写真をほぼ専属カメラマンとして撮影するようになるのだ。さらにギアは、仕事先で「美しいものを見るのが目的として」展覧会に行ったり、リッツと一緒にアート・オークションに参加するなど写真の趣味を広げていく。そしてギアの言うところの「自分の目と感性を鍛えるための進化プロセス」の一部として、本格的に写真コレクションを開始する。リッツが撮影した若かりしギアの写真「Richard Gere, San Bernadine, 1979」は写真集「Herb Ritts Pictures」(Twin Palms, 1988年刊)に収録されている。

“Herb Ritts Pictures” (Twin Palms),「Richard Gere, San Bernadine, 1979」

クリスティーズが紹介しているインタビューでは、「俳優である私の基本的なツールは感情、つまりストーリーテリングです。私が反応する写真のほとんどにはストーリーがあると思います」、また「これらの写真は、私が彼らに何かを感じたからこそ、私の人生に届いたのです。これらの写真には魂があり、人間らしさがある。技術的なことは関係ない」と、ギアは自らのコレクションを語っている。彼が写真をファインアート作品と認識していた事実がよく分かるコメントだ。

さて、今回のリチャード・ギア単独オークションでは、写真史を網羅する珠玉の139点が出品され、106点が落札、不落札率は約23.7%、総売上高は約242.23万ドル(約2.9億円)という結果だった。
俳優リチャード・ギアが所有していたという輝かしい来歴を持った作品群のオ―クションだったことから、ダイアン・アーバス、サリー・マンなどの一部作品は落札予想価格上限を大きく上回る落札が見られた。しかし、全体的には落ち着いた結果だったといえるだろう。

最高額は、チェコ出身のモダニスト写真家フランチシェク・ドルチコル(František Drtikol)による希少性の高い女性ヌード作品 「Temná vlna (The Dark Wave), 1926」だった。落札予想価格10万~15万ドルのところ35.28万ドル(約4233万円)で落札されている。

Christie’s, František Drtikol, “Temná vlna (The Dark Wave), 1926”

2位は、アルフレッド・スティーグリッツ(Alfred Stieglitz)によるオキーフのポートレート「Georgia O’Keeffe, 1918」。落札予想価格30万~50万ドルのところ30.24万ドル(約3628万円)で落札されている。

Christie’s, Alfred Stieglitz,”Georgia O’Keeffe, 1918″

3位は、エドワード・ウェストン(Edward Weston)の「Nude on Sand, Oceano, 1936」。落札予想価格7万~10万ドルのところ10.71万ドル(約1285万円)で落札されている。

Christie’s, Herb Ritts, “Djimon with Octopus, Hollywood, 1989”

リチャード・ギアの友人だったハーブ・リッツ作品は12点出品され10点が落札されている。最高額は「Djimon with Octopus, Hollywood, 1989」、83.8 x 68.5 cmサイズでエディション12の作品。落札予想価格2.5万~3.5万ドルのところ4.788万ドル(約574万円)で落札されている。

Christie’s/「Photographs from the Richard Gere Collection」

2022年ニュ-ヨーク春の大手業者によるその他のオークション結果は現在集計中。次回にレポートをお届けする。

(為替レートは1ドル120円で換算)

マイケル・ドウェックの名作解説(3) “Habana Libre”(2011年作品)

ブリッツ・ギャラリーは、米国ニューヨーク出身の写真家/映画監督マイケル・ドウェック(1957-)の写真展「Michael Dweck Photographs 2002-2020」を開催中。彼が監督/制作した第2作目の長編ドキュメンタリー映画「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」の日本での劇場公開記念展となる。

本展では、「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」からの作品と共に、ドウェックのいままでの主要シリーズ「The End: Montauk, N.Y.」、「Mermaids」、「Habana Libre」のアイランド三部作から、代表作も含めた27点を展示中。最近になってドウェックの存在を知った人は、今までの作品をあまり知らないだろう。本展開催に際して、彼の代表作が生まれた背景や評価されている理由を解説してきた。

第3回はアイランド3部作の完結編「Habana Libre」を取り上げる。
ブリッツでは、写真集「Habana Libre」(Damiani/2011年)の刊行に際して、2011年12月から2012年2月かけて写真展を開催している。同作でドウィックが舞台に選んだのは共産主義国家のキューバ。彼は2009年以来、同地を8回も訪問しフィルム約500ロール分の撮影を行っている。本作で撮影されているのは、ナイトクラブのパーティー、若者のナイトライフ、スケートボーダー、ファッションショー、音楽ライブ、ビーチライフ、サーフィンなどのシーン。まるでマイアミや南米リオデジャネイロなどの観光地のような写真作品だが、撮影場所はキューバなのだ。
本作で、ドウィックは階級がないはずの共産主義国キューバに存在するクリエィティブな特権階級のファッショナブルな生活を探求している。西側はもちろん、キューバでも知られていない同国内のシークレット・ライフを初めて紹介するドキュメント作品なのだ。 ドウィック によると、かれらのコミュニティーはまるで多分野の芸術家、文化人が集った30年代のパリのサロンの雰囲気を彷彿させたとのこと。

ⓒ Michael Dweck

「Habana Libre」も 、前2作と同様に被写体はモデルのようなカッコイイ人たちばかりだ。しかし決してファッション写真の様なモデルを起用して撮影した作り物のイメージではない。
撮影にはキューバ政府が非常に協力的だったという、カメラ機材の持ち込みにも配慮があったそうだ。その背景には、当時高齢だった最高指導者フィデル・カストロ(1926-2016)後のキューバの青写真があったようだ。将来的に文化観光事業を国の根幹の産業に育てたいという意図があり、ドウィックのキューバでの作品制作はその意図に合致していたのだろう。
キューバというと、ライ・クーダとヴィム・ヴェンダース監督による「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の、古い街並みと50年代の古いアメリカ車が走っているイメージがあるだろう。いまでも多くの住民は経済的には非常に貧乏だという。しかしキューバ社会には、本作で紹介されたような、アーティスト、作家、俳優、モデル、ミュージシャンたちの階級が存在するのだ。彼らの生活で重要なのはお金ではなく、社会的コネクションなのだという。それは、お互いの才能を認め合った多分野のクリエイティブな人たちのコミュニティーなのだ。なんとその中には、革命家のチェ・ゲバラ、フィデル・カストロの息子二人も含まれている。ドウィックは彼らの貴重なポートレートも撮影、それらは写真集に収録されている。
この分野の人材が育ったのは、1959年の革命以来、キューバ政府が文化振興に力を入れたという歴史的背景があるそうだ。この状況を的確に言い表しているのが、“キューバは経済的には貧乏だが、人材的には豊かだ” というキューバUNICEFの副代表Viviana Limpias氏のコメント(同名写真集に収録)。これは、お金がなくてもそれぞれが自分を磨いて魅力的になれば、周りに人が集まり幸せになれる、ということ。これこそは、過度にお金を追求し続ける現代アメリカ人に対しての、本作を通してのドウィックからのメッセージではないだろうか。
なお同写真展はハバナのFototeca de Cuba museumでも2012年に開催されている。これはキューバ革命後、アメリカ人写真家による初めての個展だったという。米国とキューバとの文化的な関係性を取り上げるとともに、オバマ政権下の2015年の国交再開を示唆した作品として注目された。

ⓒ Michael Dweck

会場では、写真集「Hbana Libre」(2011年Damiani刊)の限定100部のプリント付き、サイン入り特装版が限定数販売されている。彼のほとんどの作品は今やかなり高額になっている。この特装版は極めてお買い得といえるだろう!

ⓒ Michael Dweck

〇開催情報

「Michael Dweck Photographs 2002-2020」
(マイケル・ドウェック 写真展)
2022年 2月16日(水)~ 4月24日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料
(*ご注意)新型コロナウイルスの感染状況によっては入場制限や予約制を導入します。詳しくは公式サイトで発表します。

ブリッツ・ギャラリー
〒153-0064 東京都目黒区下目黒6-20-29

映画「白いトリュフの宿る森」
公式サイト

マイケル・ドウェックの名作解説(2) “Mermaids”(2008年作品)

ブリッツ・ギャラリーでは、米国ニューヨーク出身の写真家/映画監督マイケル・ドウェック(1957-)の写真展「Michael Dweck Photographs 2002-2020」を開催中。彼が監督/制作した第2作目の長編ドキュメンタリー映画「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」の日本での劇場公開記念展となる。
本展では、「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」からの作品と共に、ドウェックのいままでの主要シリーズ「The End: Montauk, N.Y.(ジ・エンド・モントーク、N.Y.)」、「Mermaids(マーメイド)」、「Habana Libre(ハバナ・リブレ)」のアイランド三部作から、代表作も含めた27点を展示している。
ブリッツのマイケル・ドウェック写真展は、2016年の「Michael Dweck : Paradise Lost」以来となる。最近になって彼の存在を知った人は、今までの作品をあまり知らないだろう。本展開催に際して、彼の代表作が生まれた背景や評価されている理由を解説する。

第2回は彼の第2作目で、出世作となった「Mermaids」を取り上げる。ブリッツでは、写真集「Mermaids」(Ditch Plain Press/2008年)の刊行に際して、2008年10月から12月かけて「American Mermaids」展として開催している。ドウェックは、デビュー作に続き本作でも、現代に残る古きよき時代の憧れのアメリカン・イメージの追求行っている。マーメイドというと、ロン・ハワード監督によるダリル・ハンナ主演の映画「スプラッシュ」や、ディズニー映画の「リトル・マーメイド」など、若く美しい女性像が思い浮かべる人が多いだろう。

ⓒ Michael Dweck 禁無断転載

本作では、現代に生きる実際のマーメイドたちのドキュメントを通して、理想のアメリカン・ガール像の提示に挑戦している。最初、本作を見た多くの人はモデルをプールで泳がせて撮影した作り物の作品だと勘違いした。本作ではフロリダ州の小さな漁村アリペカが主要な舞台になっている。被写体はすべて澄み切った水と共に実際に生活している現地の女性たちで、本作は彼女たちのドキュメンタリー作品なのだ。彼女たちは「ウォーターベイビース」と呼ばれており、まるで水中が住みかのように生活し、5~6分間も水中に潜ることができるとのこと。ドウェックは、現地の美女たちを現代のマーメイドに見立てているのだ。
ブロンドヘアーの女性たちはブルーやグリーンの美しい水中空間を背景に、光、影、反射、水のレンズ効果を駆使することでまるで抽象絵画のように表現されている。夜間の水中撮影では、彼女たちの美しい肉体フォルムが闇の中に、シンプルかつモダンに浮かび上がる。マーメイドたちは完璧なボディーフォルムを際立たせるために、大掛かりな投光機材を現場に持ち込んで撮影が行われたという。しかし、彼女たちの素顔がシルエットになり良く見えないなのが本作の特徴でもある。価値観が多様化した現代では、誰もが認める絶対的な美人などもはや存在しないだろう。見る側は顔がはっきり見えないマーメイドのイメージに想像力が掻き立てられ、それぞれが持つ理想のアメリカン・ガール像を重ね合わせる仕掛けなのだ。本作はマーメイド像を通して現代の価値観の多様化を表現する広義のファッション写真ともいえるだろう。
欧米文化の影響を受けた日本人にとってもマーメイドは憧れの西洋女性像の象徴だ。同展の来場者や写真集購入者は、自分の持つ理想像をドウェックのマーメイドたちの姿に重ね合わせたのではないだろうか。

ⓒ Michael Dweck 禁無断転載

ⓒ Michael Dweck 禁無断転載

2015年、ドウェックはシルエットで泳ぐマーメイドの姿を使ったサーフボード型の手作りオブジェの制作に挑戦する。このころになると、写真のデジタル技術が大きく進歩し、アーティストはアナログ時代の技術上の様々な制限から解放されて作品を自由に思い通りに制作できるようになる。デジタル写真の持つ様々な可能性が探求され、数多くのハイブリッドな作品が登場した時期と重なる。ドウェックの写真彫刻は、非常に手間がかかり、制作コストも高額だった。まずマーメイドのイメージをシルクにアーカイバル・ピグメントを使用してプリントし、ボード型のポリエステル・フォームに巻き付ける。その後、グラスファイバーと7層の高光沢樹脂でコーティングされている。本作はインクジェット技術の進歩により可能になった写真彫刻なのだ。
これらは写真のマルチプル作品として市場でも高く評価されている。2017年11月2日のフィリップス・ロンドンの“Photographs”オークションでは、サーフボード3枚に“Mermaid 18b”作品がプリントされた“Triple Gidget from Sculptural Forms, 2015”が、57,500ポンド(1ポンド150円/約862万円)で落札されている。従来の写真作品というよりも、写真表現を使った現代アート作品だと市場では認識されているのだ。

現在開催中の写真展では写真集「Mermaids」(Ditch Plain Press/2008年)と「Mermaids 18」 の大判ポスターを限定数だけ販売中。

〇開催情報「Michael Dweck Photographs 2002-2020」
(マイケル・ドウェック 写真展)
2022年 2月16日(水)~ 4月24日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料
(*ご注意)新型コロナウイルスの感染状況によっては入場制限や予約制を導入します。詳しくは公式サイトで発表します。
会場:ブリッツ・ギャラリー
〒153-0064 東京都目黒区下目黒6-20-29 アクセス

〇映画「白いトリュフの宿る森」大ヒット上映中
上映情報は公式サイトでご確認ください。

アンセル・アダムスの
単独オークション
サザビーズ・ニューヨークで開催!

今年最初の大手業者による写真オークションが2月17日にサザビーズ・ニューヨークで開催された。これは投資家デビッド・H・アリントン・コレクションからのアンセル・アダムス(1902-1984)作品約100点の単独オークションとなる。2020年12月に行われ、約640万ドルを売り上げて大成功を収めた同コレクションからアンセル・アダムス単独の“A Grand Vision: The David H. Arrington Collection of Ansel Adams Masterworks”セールのフォローアップ・オークションとなる。
近年、来歴の良いアンセル・アダムス作品に対する需要は極めて高い。特にサイズの大きな作品は現代アートの視点から再評価が進行して高騰している。いまや彼はアナログ時代に「ゾーンシステム」などの技法を駆使して、銀塩写真の表現の可能性拡大に挑戦してきた先駆的アーティストだと考えられているのだ。今回の結果でも貴重なアダムス作品の人気の高さが改めては確認された。
100点のうち不落札は僅か2点で、落札率は驚異の98%。落札額合計は約380万ドル(約4.37億円)だった。入札も活発で、落札予想価格上限を超える落札も数多く見られた。

Ansel Adams “Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941” / Sotheby’s New York

最高額は、20世紀写真を代表する名作“Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941”。極めて貴重な1940年代にプリントされた、イメージサイズ31.1 X 40.7 cmのヴィンテージ・プリント。落札予想価格50万~70万ドルのところ、50万4,000ドル(約5796万円)で落札された。
アンセル・アダムスの同作“Moonrise”は極めて暗室でのプリントが困難なことで知られている。 かつてアダムスは、“It is safe to say that no two prints are precisely the same.”「正確に同じプリントは2つとないといってもいい」と語っている。実は彼は、1948年12月にネガの再処理という苦渋の決断をしている。それ以降のプリントは数十年にわたり次第に濃くなり、1970年代後半には空が真夜中の黒の様に変化していった。従って、今回のようなオリジナルネガによる空部分があまり濃くない初期プリントは極めて貴重で高価になっているのだ。

実は同作“Moonrise”のオークション最高落札価格は、2021年10月6日にクリスティーズ複数委託者による“Photographs”に出品されたプリント。60年代後半にプリントされた103.8 x 150.4 cmサイズの超大判作品。このサイズは15~20作品位しか存在しないと言われている。落札予想価格50万~70万ドルの上限を超える93万ドルで落札されている。
この落札価格93万ドルと、今回の50.4万ドルとの違いは現代のマーケット状況が反映されている。市場を席巻する現代アート分野のコレクターが好む大判サイズという事実が、かつての20世紀写真でのヴィンテージプリントの貴重性を上回って評価されているのだ。

ちなみにアダムス作品のオークション作家最高額は、サザビーズ・ニューヨークで2020年12月に行われた第1回目のデビッド・H・アリントン・コレクション・セールに出品された、“The Grand Tetons and the Snake River, Grand Teton National Park, Wyoming, 1942”。60年代にプリントされた、大判約98X131cmサイズの銀塩作品で98.8万ドルで落札されている。

Ansel Adams “Clearing Winter Storm, Yosemite National Park,c1937” / Sotheby’s New York

さて今回のオークションの高額落札の2位は、“Clearing Winter Storm, Yosemite National Park, c1937”だった。 やや低めの落札予想価格3万~5万ドルのところ、22.68万ドル(約2608万円)で落札されている。
3位は“The Teton Range & the Snake River,1942”で、
こちらも低めの落札予想価格5万~7万ドルのところ、20.16万ドル(約2318万円)で落札されている。

実はいまここで紹介したアダムスの名作”Moonrise”が日本で鑑賞できる。東京恵比寿の東京都写真美術館で「TOPコレクション 光のメディア」が2022年6月5日まで開催されている。同展は、同館コレクションを中心に、29人の写真家の作品を担当キュレーターがパーソナルな視点で選んで展示する企画だ。アンセル・アダムス作品も6点が紹介され、”Moonrise”も含まれている。プリント時期の詳細な情報はないが、空の部分はかなり暗い印象。 後期のプリントだと思われる。興味ある人はぜひじっくりと珠玉のプリント・クオリティーを鑑賞して欲しい。
同展は、その他にもアルフレッド・スティーグリッツの有名作
“Equivalent, 20 No.9,1929″、アンドレ・ケルテスのヴィンテージ・プリントと思われる超貴重作品”Notre-Dame, 1925″や、ヨゼフ・スデク、ポール・ストランドなど数多くの20世紀写真の傑作を見ることができる。ファインアート写真コレクションに興味ある人は必見の写真展だ。

(為替レートは1ドル115円で換算)

マイケル・ドウェックの名作解説(1) “The End: Montauk, N.Y.”

ブリッツ・ギャラリーは、米国ニューヨーク出身の写真家/映画監督マイケル・ドウェック(1957-)の写真展「Michael Dweck Photographs 2002-2020」を2月16日から開催する。

彼の日本語表記だが、今回から「ドウェック」とした。これは本展が彼が監督/制作した第2作目の長編ドキュメンタリー映画「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」の日本での劇場公開を記念して開催されるから。映画での表記に合わせて変更した。
ブリッツが彼の写真展「ザ・サーフィング・ライフ」展を開催したのは2006年5月になる。実はその前、ある洋服ブランドの青山本店のリニューアル・オープンに合わせて、彼の作品が展示された。その時の表記「デウィック」をずっと踏襲して使用してきたと記憶している。

さて、本展では、「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」作品と共に、ドウェックのいままでの主要シリーズ「The End: Montauk, N.Y.(ジ・エンド・モントーク、N.Y.)」、「Mermaids(マーメイド)」、「Habana Libre(ハバナ・リブレ)」のアイランド三部作から、代表作も含めた27点を展示している。
写真から映像作品まで、幅広い分野で活躍するヴィジュアル・アーティストのドウェックのいままでのキャリアを本格的に回顧する写真展となっている。早いもので彼の最初の写真展示から約16年が経過している。また多くのフォトブックはレアブックとなり、高額になっている。最近になって彼の存在を知った人は、今までの作品をあまり知らないだろう。本展に際して、彼の代表作が生まれた背景や評価されている理由を解説したいと思う。

まず第1回は彼のデビュー作「The End: Montauk, N.Y.」を取り上げる。


Sonya Poles, Montauk, New York, 2002 ⓒ Michael Dweck 禁無断転載

本作の撮影場所モントークは、ニューヨーク州ロングアイランドの東端に位置する。島の一番最後の地であることから「The End」と呼ばれており、作品タイトルはこれを意味する。ブリッツでは、2006年5月に行った写真展「ザ・サーフィング・ライフ」で一連の作品を紹介している。代表的ビジュアルは、写真集「THE END:MONTAUK N.Y.」(2004年、Harry N. Abrams 刊)の表紙のイメージ。オールヌードの若い女性がサーフボードを抱えて走る写真なのだが、卑猥さなど微塵も感じない透明感あふれる健康的で美しいモノクロ作品だ。当時のギャラリーのオーディエンスは、男女を問わず本作を「エロカッコイイ」と呼んで評価していた記憶がある。また写真集を見た多くの人は、プロのモデルをモントークで撮影したファッション写真だと信じていた。実は本作はドキュメント写真のアプローチで制作されている。この象徴的イメージを含めて、写真集収録写真の被写体はすべてモントークで暮らすローカル・サーファーだったのだ。

モントークはニューヨーク市マンハッタンから100マイルほどにある。ニューヨーク生まれのドウェックは、1975年以来この地を頻繁に訪れてきたという。かつては地元の人だけがサーファーを楽しんでいる静かな漁村だったそうだ。よそ者の視線を気にする必要がないので、水着を付けないでサーフィンが出来るほど自由な環境が本当にあったという。みんなが仲間同士で、そのコミュニティーの中で部外者を寄せつけずに、自分たちだけのルールを守り自由気ままに生きていたのだ。90年代になり、ヤッピーたちがマンハッタンから大挙してモントークを訪れるようになる。いまではイーストコースとのサーファーズ・パラダイスになっている。古くからこの地を知るドウェックは、町の魅力が急激に失われていくことに危機感をいだく。彼は消えゆく古き良き時代のシーンをドキュメントしようと考え、2000年初めにプロジェクトを開始するのだ。
ドウェックはまず、サーファー・コミュニティーに入り込み、彼らとの関係性構築を模索する。サーファーたちの佇まいや表情が自然に感じられるのは、彼がコミュニティーの内側から撮影していることによる。彼らにとって、ドウェックは仲間の一人であり、もはやカメラの存在を意識しなくなっているのだ。このスタイルは、その後のドウェック 作品でも不変だ。映画「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」でも、イタリア北部のトリュフハンターの老人たちと親しくなってから撮影を開始している。

彼が撮影を始めた時、すでにモントークはかなり観光地化が進行していた。しかし、平日の早朝や夕方などの時間帯には、かつての時代の残り香が残るシーンの断片が見られたのだ。オール・ヌードの若い女性がサーフボードを抱えて砂浜を颯爽とジャンプしながら走っている代表作もその一部なのだ。彼のカメラはそれらのシーンを追い求め続け、最終的に写真集の形式でモントークを人々が真に自由に生きる理想郷として描き出したのだ。
写真集が刊行されるや否や、多くのアメリカ人はドウェックの写真世界に完全に魅了されてしまった。それはドウェックの写真世界の中に、多くの人が幼少時代に垣間見た、今はなき理想のアメリカンシーンを見出したからにほかならない。また2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件により、当時の多くのアメリカ人が自信を失っていた。古き良き時代とは、かつて世界を主導した力強いアメリカ像と重なったことも作品の高い人気の背景にあっただろう。
ドウェックは日本人にとっても魅惑的な写真世界を提供している。彼が追い求めていたシーンは、多くの日本人が戦後に抱いていた理想とするアメリカンシーンでもある。テーマのサーフィン自体が戦後の日本人が憧れたアメリカ文化の象徴そのものだ。若い美しい男女がサーフィンを楽しみながら自由に生きるようなライフスタイルは、共同体のくびきの中で生きていた日本人が憧れる世界なのだ。テーマとしては、巨大消費システムに組み込まれたツーリズム、そして地域コミュニティーの崩壊を考えさせられる作品だと言えるだろう。

会場では「The End: Montauk, N.Y.」10周年特別版などの写真集を限定数販売する。2004年刊の、帯付のオリジナル版は、発売後わずか数週間で 5000 部を完売したという。いまでもレアブック市場で高額で販売されている。たぶん状態が非常に良い本の実売価格は500ドル(約5.75万円)~だろう。2015年に10周年記念の拡大版が刊行されたがすぐに完売。今回が限定2000部の待望の第3刷となる。

〇「The End: Montauk,N.Y.」10 周年記念 増補版
“The End: Montauk, N.Y. 2015” by Michael Dweck 10th Anniversary Expanded Edition(third edition/printing)
エッセー:マイケル・ドウェック(Michael Dweck)、
ピーター・ベアード(Peter Beard)、
ラスティー・ドラム(Rusty Drumm)
刊行:Ditch Plains Press、限定2000部
ハードカバー、サイズ 27.94 x 35.56 cm、約226ページ、モノクロ約260点、カラー15点、3点の折込ページ、オリジナル同様の半透明の帯付。
予価 22,000円(税込み)

〇開催情報

「Michael Dweck Photographs 2002-2020」
(マイケル・ドウェック 写真展)
2022年 2月16日(水)~ 4月24日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料
(*ご注意)新型コロナウイルスの感染状況によっては入場制限や予約制を導入します。詳しくは公式サイトで発表します。

ブリッツ・ギャラリー
〒153-0064 東京都目黒区下目黒6-20-29

〇映画「白いトリュフの宿る森」公式サイト

ブリッツ次回の写真展は
マイケル・ドウェック
映画「白いトリュフの宿る森」公開記念展

ブリッツ・ギャラリーの次回展は、マイケル・ドウェック(1957-)の写真展「Michael Dweck Photographs 2002-2020」となる。
ドウェックは、長年広告業界で活躍した後、40歳代に写真家に転身。ロングアイランドのモントークにおける、観光地化により消え行く地元サーフィン文化をドキュメントした「The End: Montauk, N.Y.」で2002年に作家デビュー。2008年に「Mermaids(マーメイド)」、2011年に「Habana Libre(ハバナ・リブレ)」を相次いで発表して、作家としての地位を確立する。作品は世界中のギャラリー、美術館で展示されるとともに、アート・オークションでも頻繁に取引されている。


Sonya, Poles Montauk, New York, 2002 ⓒ Michael Dweck

初期代表作“Sonya, Poles Montauk, New York, 2002”の大判サイズ作品は、2018年10月のササビーズ・ニューヨークのオークションにおいて168,750ドル(@112/約1890万円)で落札された。現存する写真家としては異例の高額落札で、市場関係者を驚かせた。2004年に刊行された彼デビュー写真集「The End: Montauk, N.Y.」(Harry N.Abrams, Inc.,刊)は、発売後わずか数週間で5000部を完売。その後レア・フォトブック市場で一時期1万ドル(@115円/約115万円)で取引されたという伝説の写真集だ。

その後のドウェックの創作活動はドキュメンタリ映画の監督/制作にシフトしている。もともと彼の写真作品や写真集は、明確なテーマと、それを伝えるストーリー性を持つヴィジュアルのシークエンスが見られた。複雑な作品テーマは静止画よりも動画の方が表現しやすい面があるのだろう。2018年には、米国地方都市の消えゆく伝統的ストックカーレースを舞台にした初の長編ドキュメンタリー映画「The Last Race」を、グレゴリー・カーショウとともに監督/制作している。


ⓒMichael Dweck and Gregory Kershaw

本展は、ドウェックがカーショウとともに監督/制作した第2作目の長編ドキュメンタリー映画「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」の日本での劇場公開を記念して開催される。この映画は北イタリア ピエンモンテ州の秘密の森で、世界で最も高価な食品とされる<白トリュフ>を探し求める老人と忠実な犬たちの物語となる。ドウェックは、何世代にもわたって伝えられてきた伝統的なトリュフの発掘方法を知るごく少数の寡黙な人々と3年をかけて交流し信頼関係を構築する。そして現代社会では忘れ去られた、まるでおとぎ話の世界の様なトリュフ・ハンターたちのシンプルで美しいライフスタイルの映像化に初めて成功するのだ。

本展では同映画から、トリュフ・ハンターと犬、北イタリアの美しい自然風景などの写真作品を5点セレクションして展示。作品の販売収益の一部は映画の制作地であるイタリアのトリュフの森を守るための保護プログラム「Friends of the Truffle Hunters Conservation Program」(*1)に寄付される。
また、ドウェックのいままでの主要シリーズ「The End: Montauk, N.Y.(ジ・エンド・モントーク、N.Y.)」、「Mermaids(マーメイド)」、「Habana Libre(ハバナ・リブレ)」のアイランド三部作から、代表作も含めた約18点を展示する。写真から映像作品まで、幅広い分野で活躍するヴィジュアル・アーティストのドウェック。本展は彼のいままでのキャリアを本格的に回顧する写真展となる。会場では「The End: Montauk, N.Y.」10周年特別版など、過去の写真集を限定数販売する予定だ。

ⓒMichael Dweck and Gregory Kershaw

〇映画「白いトリュフの宿る森」について
マイケル・ドウェックがグレゴリー・カーショウとともに共同で監督/制作した第2作目の長編ドキュメンタリー映画。第73回全米監督協会賞ドキュメンタリー映画監督賞、第35回全米撮影監督協会ドキュメンタリー賞等を受賞している。
世界で最も希少な高額食材のアルバ産<白トリュフ>。未だかつて栽培が行われたことはなく、どのように、なぜそこに育つのか解明されていない。ドウェックは、その産地である北イタリアのピエモンテ州を旅した時に、夜になると森に<白トリュフ>を探しに出かける老人たちがいる……という言い伝えを耳にする。彼がその話に興味をもったことがきっかけで、映画制作の企画が動き出す。危険のつきまとう森の奥深く、老人たちは訓練された犬たちと共に、何世代にも伝わる伝統的な方法で<白トリュフ>を探し出す。ドウェックは約3年間にわたり彼らに密着して行動を共にする。そして信頼関係を構築したうえ、誰も成し遂げたことがない彼らの昔ながらのライフスタイルの撮影に成功したのだ。そこに映し出されるのは、大地に寄り添い、人や動物とのつながりを大切にする、まるでおとぎ話のような世界で生きる人たちだった。
ドウェックのカメラは、彼らの昔ながらの生活と現在のトリュフをとりまく様々な状況との間を行き来する。そして、現代社会に横たわる気候変動、森林破壊、貧富の格差拡大、循環経済への転換の必要性などが提示されるのだ。

同作は2022年2月18日から、Bunkamura ル・シネマ他でロードショーされる。公式サイト

(*1)「Friends of the Truffle Hunters Conservation Program」
マイケル・ドウェックとグレゴリー・カーショウは、同作を撮影中にトリュフ・ハンターとその世界に魅了された。そして撮影地の森を保全・保護するためにこのプログラムを結成する。これは映画を支えてくれた多くの個人篤志家の人々の惜しみない寄付によって成り立っている。彼らが最初に行ったのは、ピエモンテ地方にある55エーカーのトリュフの森を購入し、保護することだった。この保護活動は、15人のトリュフ・ハンターのグループ(Terre Di Tartufi)がボランティアとして現地で管理し、保護活動のサポートや将来の世代への教育を行っている。作品の販売収益の一部は、このプログラムに寄付される。

(開催情報)
「Michael Dweck Photographs 2002-2020」
(マイケル・ドウェック 写真展)
2022年 2月16日(水)~ 4月24日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料
(*ご注意)
新型コロナウイルスの感染状況によっては入場制限や予約制を導入します。詳しくは公式サイトで発表します。
ブリッツ・ギャラリー
〒153-0064 東京都目黒区下目黒6-20-29

2021年のアート写真オークション
現代アート系で300万ドル超えの落札が続出

2020年のオークション市場は、世界的なパンデミックの影響で総売上高が2019年比で約31%も急減した。2021年も感染状況はあまり好転しなかった。しかし、各オークションハウスは、前年の経験からライブとオンラインとの組み合わせでほぼ通常期通りの開催予定を消化した。
総売り上げも約61.1億円と、2021年比で約20%増加した。出品点数は6276点から5063点に減少、落札率は約67.8%から71.6%に上昇している。落札点数の減少に関わらず、前記のように落札金額合計は約20%増加した。これは1点の単純落札単価が119万円から168万円に大きく増加したことによる。
2020年は、高額評価作品では出品の先送り傾向が見られ、中低価格帯では多数の換金売り的な売却が見られた。2021年になって、市場は一時のパニック状態から冷静になり、投げ売りが減少し、高額価格帯の出品が戻ってきたのだろう。なおオークションは、開催地の通貨が違うのですべて円貨換算して比較を行っている。

2021年は世界中の写真作品中心の38オークションをフォローした。いまや現代アート系オークションにアーティスト制作の写真作品や、高額なリチャード・アヴェドン、ダイアン・アーバス、アンセル・アダムスなどの20世紀写真が当たり前に出品されている。それらを取り出して、集計に加えるという考え方もあるが、ここでは今まで継続して行ってきた統計の一貫性を保つために除外している。ただし、総合の高額落札ランキングには現代アート系オークションの結果を反映させている。しかし、例えば11月のササビーズ・ニューヨークのContemporary Artオークションに出品されたロマーレ・ビアデン(Romare Bearden/1911-1988)の作品などは、写真素材を使ったコラージュ作品だ。写真作品に含めるかどうかの解釈は分かれると思う。今回の集計では、オークションへの出品実績が少ないことから除外している。
またオークションは世界中で開催されている。今回の集計から漏れた高額落札もあるかもしれない。また為替レートは年間を通じて大きく変動している。どの時点のレートを採用するかによって、ランキング順位が変わる場合もある。
それらの点はご了承いただくとともに、漏れた情報に気付いた人はぜひ情報の提供をお願いしたい。以上から、本ランキングは写真作品の客観的なランキングというよりも、アート・フォト・サイトの視点によるものと理解して欲しい。

「Twin Flames #83. Bahareh & Farzaneh, accompanied by Twin Flames Full Physical Collection (100 prints), 2017-2018」,Christie`s NY “Photographs”

さて2021年のオークション市場で特筆すべきは、やはりクリスティーズ・ニューヨークの秋のオ―クションに出品されたジャスティン・アベルサノ(Justin Aversano/1992-)による、“Twin Flames”シリーズの写真NFT作品だろう。本作は主要オークションハウスが写真オークションでNFT(Non-Fungible Token)写真作品を出品した最初の事例となった。出品されたのは、アベルサノの作品集のカバー作品「Twin Flames #83. Bahareh & Farzaneh」に対するNFTと、100枚の同シリーズの物理的なプリント作品が含まれる。落札予想価格10万~15万ドルが、予想をはるかに上回る111万ドル(約1.22億円)で落札された。写真オークションで初めて落札されたNFTであり、写真NFTの世界記録となる。
またクリスティーズの2021年の写真(Photographs)部門での最高額となった。知名度があまり高くない人の作品の落札価格が、ダイアン・アーバス、アンセル・アダムス、マン・レイなどの希少なヴィンテージ作品を遥かに上回ったことは大きな驚きだった。歴史的にも、オークションでの高額取引の実績は市場ルールを変えるきっかけになっている。果たして今回の落札がNFTブームが反映された特殊例なのか、それとも写真の伝統的市場がさらに流動化する兆候なのか?2022年の展開を注意深くを見守りたい。

高額落札総合ランキングでは、ここ数年の市場の低迷から特に現代アート系の高額落札件数が大きく減少していた。つまり市況が良くないので、高額評価の作品の出品が控えられていたということ。2016年以来、300万ドル越えの高額落札はなかった。2020年の最高額の落札は、現代アート系のリチャード・プリンスを差し置いて、リチャード・アヴェドン「Dovima with Elephants, Evening Dress by Dior, Cirque d’Hiver, Paris, 1955」の約1.99億円だった。(クリスティーズ、“ONE, a global 20th-cantury art auction”、2020年7月10日)
しかし2021年は、好調な現代アート市場の影響により状況が一変した。11月9日にクリスティーズ・ニューヨークで開催された“21st Century Evening Sale”で、久しぶりにシンディー・シャーマンとリチャード・プリンスの作品が300万ドル越えで落札された。特に年後半に現代アート系中心に100万ドル越えの落札が続出した。2020年1位のアヴェドン作品は、2021年では6位でしかない。

総合順位

1.シンディー・シャーマン「Untitled, 1981」
クリスティーズ・ニューヨーク、 “21st Century Evening Sale” 、
2021年11月9日
約3.46億円

Christie’s New York, Cindy Sherman

2.リチャード・プリンス「Untitled (Cowboy), 1997」
クリスティーズ・ニューヨーク、 “21st Century Evening Sale” 、
2021年11月9日
約3.33億円

3.リチャード・プリンス「Untitled (Cowboy), 2000」
クリスティーズ・ニューヨーク、 “21st Century Evening Sale” 、
2021年5月11日
約2.4億円

4.シンディー・シャーマン「Untitled, 1981」
クリスティーズ・ニューヨーク、 “21st Century Evening Sale” 、
2021年11月9日
約2.27億円

5.ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット「Henry Fox Talbot’s Gifts to his Sister: Horatia Gaisford’s Collection of Photographs and Ephemera, 1820-1824, 1844, 1845-1846」
サザビーズ・ニューヨーク、“50 Masterworks to Celebrate 50 Years of Sotheby’s Photographs”、
2021年4月21日
約2.15億円

6.シンディー・シャーマン「Untitled, 1981」
クリスティーズ・ニューヨーク、 “21st Century Evening Sale” 、
2021年11月9日
約1.74億円

7.ゲルハルド・リヒター「Strip, 2012」
クリスティーズ・ロンドン、“20th/21st Century Evening Sale and Post-War and Contemporary Art ”、
2021年10月15日
約1.4億円

8.バーバラ・クルーガー「Untitled (Your Manias Become Science), 1981」
クリスティーズ・ニューヨーク、 “21st Century Evening Sale” 、
2021年11月9日

約1.28億円

9.ジャスティン・アベルサノ「Twin Flames #83. Bahareh & Farzaneh, accompanied by Twin Flames Full Physical Collection (100 prints), 2017-2018」
クリスティーズ・ニューヨーク、“Photographs”、
2021年10月6日
約1.21億円

10.リチャード・アヴェドン「The Beatles, London, August 11, 1967」
クリスティーズ・ロンドン、“20th/21st Century Evening Sale and Post-War and Contemporary Art ”、
2021年10月15日
約1.12億円

◎出品カテゴリー別ランキング

・19/20/21世紀アート写真(Photographs)

William Henly Fox Talbot, Sotheby`s NY, “50 Masterworks to Celebrate 50 Years of Sotheby’s Photographs”

1.ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット 2.15億円

2.ジャスティン・アベルサノ 1.21億円

3.アンセル・アダムス 1.02億円

4.ダイアン・アーバス 6875万円

5.ヘルムート・ニュートン 6703万円

最高額は、4月21日にササビーズ・ニューヨークで開催された、“50 Masterworks to Celebrate 50 Years of Sotheby’s Photographs”に出品されたウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットのサルトプリントの写真とアルバムのセット作品。落札予想価格30-50万ドルが、195万ドル(約2.15億円)で落札(上記掲載画像はその1点)。

・現代アート系

1.シンディー・シャーマン 3.46億円

2.リチャード・プリンス 3.33億円

Richard Prince”Untitled (Cowboy), 1997″, Christie’s NY , “21st Century Evening Sale”

3.リチャード・プリンス 2.4億円

4.シンディー・シャーマン 2.27億円

5.シンディー・シャーマン 1.74億円

現代アート系では、上位20位のなかにシンディー・シャーマンが7点、リチャード・プリンスが5点、ジョン・バルデッサリが2点含まれる。代表作の出品がなかったアンドレアス・グルスキーは1点にとどまっている。

上記のように、いま市場での写真表現の定義は極めて複雑になっている。「ファインアート写真の見方」(玄光社/2021年刊)で詳しく触れているが、これからは「19-20世紀写真」、「21世紀写真」、「現代アート系」へと分かれていくとみている。21世紀になって制作された写真作品は、すべて現代アート系写真だという考えもある。しかし内容的には、19-20世紀写真の延長線上にある「21世紀写真」と「現代アート系」とに分かれるのではないだろうか。
オークションハウスによるカテゴリー分けでは、中期的には19-20世紀写真の貴重で高額作品、21世紀写真のサイズの大きくエディションが少ない高額作品が現代アート・カテゴリーに定着し、その他の「19-20世紀写真」、「21世紀写真」が「Photographs」カテゴリーへ分類されていくと予想している。

(1ドル/110円、1ポンド・152円、1ユーロ・130円)

大転換期のアート作品
いま何が求められているのか?

(C)Terri Weifenbach/ Cloud Physics

2020年代のいま、社会は従来の価値基準の大転換期を迎えているといえるだろう。キーワードを思いつくだけ挙げてみても、幅広い分野に及ぶ。
それらは、気候変動、脱炭素化、SDG’s、コロナの世界的感染、グローバル化の揺れ戻し、所得/地域格差の拡大、民主主義の危機などがある。また経済的には、インフレ懸念、過剰債務問題、ワクチン格差、中国の不動産バブル崩壊、再生エネルギー転換による原油高騰、コロナ禍による在宅勤務、リモートワーク、オンライン会議の一般化、など枚挙いとまがない。今まで内在化していた変化の兆しが、地球温暖化防止の流れ、コロナウイルスの世界的な感染拡大がきっかけで、一気に顕在化してきた感じだ。

このような時にいままでのようなアートは機能するのだろうか?私が最近ずっと抱いている素朴な疑問だ。
社会が長期に渡り安定しているときの方が、人は様々な先入観に影響され、思い込みに囚われやすくなる。変化が少ない時の方が、それらが強化されるからだ。そのような時には、アーティストが一般人の気付かない社会に横たわる問題点を発見して、新しい視点を提示する。人々を客観視させるような行為には意味がある。しかし社会で次々と起こる大きな変動や問題点の噴出の前に、アーティストが紡ぎだす視点の影響力は弱くなるのではないか?いままでのように、アーティストが世の中の何かに心が動かされ、情報を収集したうえで新たな視点を獲得し、それを社会と関わるテーマとして作品で提示するのは極めて難しい状況だともいえる。個人レベルで提示されるテーマやアイデア、コンセプトはあまりにも小さいのだ。いま世の中では、アートがなくても誰もが容易に意識でき、気付くテーマだらけなのだ。このような現実を前に、多くの個人は生き残りに必死で、社会経済的な思い込みに囚われているどころではないのだ。
最近は欧米のアート界でも、NFTなどの新しい仕組みのみが注目され、また市場でもブランドが確立した人の作品に人気が集中するのは、このような状況が反映されているからではないだろうか。

変動や不安定を誰もが当たり前に意識する時代には、自分の外側に広がる、社会的、文化的な事柄への視線を持つ作品ではなく、より本源的な人間の存在に向いた作品が求められているのではないか。人間は空蝉(うつせみ)のような空虚な存在と言われるが、幻想である世界に生きていくしかないことに気付かせてくれる何かだ。私はそれこそがすべてのアーティストが表現を行う究極の動機だと考えている。しかし、それが果たしてアートで、また写真でどのように表現可能なのかと常に思い悩んでいた。例えば悟りの境地と言われる円相などをヴィジュアルで象徴的に表現したような、ややわざとらしいようなものしか思いつかなかった。人間の存在自体を問う表現とはどのようなヴィジュアルなのだろうか。

そのように悩んでいるときに、今回のテリ・ワイフェンバックによる2つの写真展示に関わることになった。そしてそのような作品では、人間は究極的に孤独であると、その存在をリアルな視点で見ているアーティストによる発せられる言葉が重要な役割を果たすかもしれないと気付いた。

小作品による「Until the Wind Blows」については以前に詳しく解説した。ワイフェンバックは、一瞬穏やかなフランス郊外の田園地帯の風景を、良い時も悪い時もある、波乱万丈の人間の人生に重ね合わせている。様々な出来事に過度に喜んだり悲しんだりする必要はない、いまという瞬間を生きるのが重要だと示唆している。自然が撮影対象だがアーティストの人生を達観したリアリストの視点が文章から伝わってくる。ここでは彼女の言葉がヴィジュアルの理解や感じ方に大きな影響を与えている。

(C)Terri Weifenbach/ Cloud Physics

そして「Cloud Physics」では、SDG’sで謳っている持続可能な開発目標のひとつの「気候変動に具体的な対策を」が作品テーマと重なっている。「Until the Wind Blows」で表現されているのは、気候が大変動する前の嵐の前の静けさのシーンとも解釈できる。ここで「Until the Wind Blows」が提示する、アーティストの人間存在に対する冷徹な視線が、「Cloud Physics」の外部の社会的なテーマとつながるのだ。たぶん「Cloud Physics」だけの提示では、見る側が誤解する可能性があっただろう。彼女がこのテーマを長年追及している事実を知らない人は、今の世の中にある流行りの大きなテーマを取り上げたと理解するのではないか。それだと作品は見る側に感嘆は呼び起こすが、大きな感動はもたらさないのだ。彼女は本展で言葉を駆使して見る側に重層的にメッセージを伝えようとしている。本人が意識的に二つの作品を同時に提示しているかは、ぜひ今度聞いてみたいところだが、どちらにしても、この組み合わせからは現在においてのファインアート作品の新たな提示の可能性が感じられる。

(C)Terri Weifenbach/ Until the wind blows

ワイフェンバック作品には見る側の感情のフックに引っかかる様々な仕掛けが、ヴィジュアルと言葉でちりばめられている。どこで共感するかは、見る側のもつ経験と情報量で左右される。そして、それぞれが反応する所で立ち止まり、それらと能動的に対峙することになる。そして、彼女の深遠な写真世界に引き込まれていくのだ。彼女のフォトブックや写真作品のコレクションする人は、それらが提示する彼女の世界観に賛同していることの意志表明を行っているのだ。
「写真作品に触れることで、心動かされて、また世の中の見方が本当に変わることがあるのですね。」これはある女性の来廊者の感想だ。彼女は熱心に掲示されている彼女のメッセージを読み、時間をかけて作品を鑑賞し、最終的に
「Until the Wind Blows」 シリーズの作品を購入し写真集を予約してくれた。

(C)Terri Weifenbach/ Until the wind blows

「ファインアート写真の見方」(玄光社、2021年刊)でも指摘したが、写真作品に対して能動的に接して、アーティストのメッセージを読み解こうという意思を持った新しい世代の人が増加している。そのような人たちが、この時代で求めているのが、まさに今回のワイフェンバック作品のような、複数のレイヤーを持つ作品ではないだろうか。ややわかり難い、小難しい解説となったが、今回の気付きはもう少し深く掘り下げてみたい。もう少し分かりやすい解説を試みたいと考えている。これから「大転換期のアート作品”のパート2に展開していきたい。