定型ファインアート写真の可能性
Zen Space Photographyの提案 
第1回

久しぶりに「日本の新しい写真カテゴリー」への文章の追加になる。今回はいままでとは全く別の角度から日本的なファインアート写真の可能性を考えてみたい。
日本人はその文化的背景から、自分の考えや思いを他人に伝える習慣があまりない。いわゆる、忖度が中心で情緒的で空気を読むハイコンテクストの文化を持つ社会だからだ。文化のローコンテクスト型とハイコンテクスト型については、日本写真芸術学会の記念講演で紹介したようにエドワード・ホール(1914-2009)の「文化を超えて」(1976年)を参考にした。現代アートの必要十分条件の、テーマやアイデア/コンセプトを自分で論理的に考えて語る行為に日本人はなじみがないのだ。
それでは、一般の人がファインアートの視点を持って写真撮影を行う別の方法がないかを考え続けてきた。日本人の文化的な背景を考慮したときに浮かんできたのが、定型のファインアート写真の可能性だ。最初から作品テーマやアイデアなどを用意しておく、写真を撮る人はそれを意識したうえで、そのルールに従って創作を行えばよいのではないかと考えた。
例えば、日本の茶道、華道などもルールやパターンの型があり、その中で創作を行う。定型詩の俳句や、短歌の叙景歌なども日本人にはなじみがあるだろう。
写真で同じような方法を行うアイデアだ。私は、「ファインアート写真の見方」(玄光社/2021年刊)やブログなどで、創作を長年継続している写真家の、無意識のアート性を第三者が見立てる方法を主張してきた。それは継続するが、今度は新たなアプローチとして、最初に見立てありきで、その枠の中で写真を撮る行為の提案をしてみたい。

写真はビジュアルなので、本当に様々な定型創作の可能性はあるだろう。その中の一つとして私の頭の中でまとまってきたのが「Zen Space Photography」という、風景や都市ストリートを撮影する写真の考え方だ。風景写真では、文脈の中で写真家のメッセージが提示されるケースはあまりない。強いてあげると、グローバル経済や、環境破壊、地球温暖化などの非常に大きな問題になってしまう。それ以外は、カメラやレンズの性能検査になる、コンテスト応募用のアマチュア写真となる。この分野は定型ファインアート写真と相性が良いのではないかと考えたのだ。また都市やストリートのスナップの中にも同様の写真が含まれるだろう。
まずキーワードの、ややわざとらしく感じる「禅/Zen」。写真を撮ること自体が、「今という瞬間に生きる」禅の奥義につながる。「いまに生きる」手段の実践として、瞑想や座禅のように、写真撮影自体には可能性があるのだ。
定型のテーマ作りでヒントになったのは以前に「Heliotropism」というテリ・ワイフェンバックとのグループ展を行ったアメリカ人写真家ケイト・マクドネルの以下のような認識だ。「いまの宇宙/世界/自然界のどこかで、誰も気付かない、見たことがないようなシーンが発生していて、存在するはず。世の中の美しさやきらめき、つかの間の閃光など。私たちの知らないうちに世界のどこかで発生して、誰も気づかないうちに消えてしまっている」

「Heliotropism」展でのケイト・マクドネルの展示

彼女は、ネイチャー・ライティング系作家のアニー・ディラードの著作「ティンカー・クリークのほとりで」に影響され、上記のような世界観を写真で表現しようとしている。そのアニー・ディラードは、以下のように語っている。「美しさと優雅さは私たちがそれらを感じるかどうかに関係なく出現している。我々ができるせめてものことは、その場所に行こうとすることです」そのようなシーンの出現を求めて、目の前の世界や宇宙の観察に集中するのは、今に生きるという禅の奥義と通底している。瞑想のように心を無にして世界や自然と対峙し、丹念に観察する。頭に邪念が浮かんだら、それを意識的に考えないようにする。頭でデザイン的にバランスの良いシーンを求めるのではなく、心が動き「はっ、ドキッ」とする瞬間、調和して美しく整っている奇跡的な瞬間の訪れを待って作品化する。

「A Visual Inventory」John Pawson, Phaidon刊

しかし実際のところ、そのような奇跡的なシーンは簡単に、また頻繁に私たちの目の前に出現しないだろう。さらに探求していたら、ミニマリズム建築家として知られるジョン・ポーソンの2012年の写真集「A Visual Inventory」に行き着いて、その著作からもヒントをもらった。彼は1996年にPhaidon社から出版された「Minimum」で、様々な歴史的・文化的文脈におけるアート、建築、デザインにおけるシンプリシティという概念を検証し、それが体現したビジュアルを1冊の本にまとめている。ミニマムの視点で見立てたモノ、建築。アート、自然や都市のシーンを提示しているのだ。「A Visual Inventory」では、 自らが長年に渡り、世界中で撮影したスナップ・ショットを見開きのペアの写真にまとめて発表している。彼は、建築家やデザイナーとしての仕事に役立つようなパターン、ディテール、テクスチャー、空間の配置、偶然の瞬間を常に探し求めている。被写体は、モノの表面テクスチャーのクローズアップ、建築物の外観やインテリアのディテール、自然や都市の風景などまで。主観を排して、実際の事物に即して撮影しているのが特徴。トリミングなしの写真は、私たちが実際に見ている何気ないシーンに近いと感じられる。彼は「その瞬間には二度と起こらないようなことを、いつも見ているのだということを強く意識しています」と語っている。この本に含まれているのは、一部にデザイン的な視点の強いものあるが、ほとんどが「Zen Space Photography」の範疇に含まれると直感した。ポーソンの写真は、マクドネルが語る、「誰も気付かない、見たことがないようなシーン」は、何か特別なものではなく、普段は見過ごしてしまうような世界に現れるシーンの中にも存在する事実を教えてくれる。

「A Visual Inventory」John Pawson, Page 20-21

先日、世田谷美術館で開催されていた「藤原新也 祈り」展を鑑賞してきた。藤原は写真家というよりも、文章を書く作家、画家、書道家として多分野で創作しているアーティストだ。同展は半世紀にわたる彼が世界を見てきた批判的な視点を、写真、文章、書で本格的に回顧する展覧会だった。展示作品の一部には、文章が添えられていない、テーマが明確に提示されないスナップ、風景、ストリートなどの写真が含まれていた。それらは撮影場所などでカテゴライズされて展示されているのだが、まさにここで展開している「Zen Space Photography」に他ならないと直感した。それは、いろいろな人の作品の中に発見できるのだ。

「藤原新也 祈り」展 図録 世田谷美術館

人間は普段生活しているとき、常に頭で思考している。そして自らの作り上げた思考のフレームワークを通して、世界の中にある自分の見たいものだけに反応している。思考の過程で様々な解釈が行われるのだが、それは過去の経験との比較になる。自分の過去の経験の範囲内で比較対象がないシーンは見えていないのだ。「Zen Space Photography」の、心で「はっ、ドキッ」とする瞬間を撮影する行為は、思考にとらわれていない、今という瞬間に生きているときのビジュアルを記憶する行為になる。
通常のファインアート作品は、新しい視点の提示を通して見る側に自らの思い込みに気づくきっかけを提供する。ここで提案しているのは、思い込みにとらわれていない精神状態で撮影した写真を、決まり事として提示すること。撮影者が無心の状態で自然や世界と対峙して、心が動いた瞬間をとらえたビジュアルは、本人がエゴを捨て評価を求めないがゆえに、すべて「Zen Space Photography」になるなのだ。そのような無の状態での撮影の実践自体が、自らを客観視している行為だと理解して取り組めばよい。
本作では、それらが社会生活の中で様々な思い込みにとらわれている人たちに提示されるわけだ。デフォルトの撮影意図を理解したうえで接すれば、彼らにとっても、自分を違う視点から見直すきっかけになるかもしれない。これが定型ファインアート写真「Zen Space Photography」の作品コンセプトになる。この「禅/Zen」のタイトルゆえに、禅問答的になっているのをどうかご容赦いただきたい。
(以上が第1回。次回は 「Zen Space Photography」の心構えや実践のアイデアを詳しく解説する予定だ )

2022年アート写真オークション・レビュー
マン・レイ/エドワード・スタイケン作品
1000万ドル超えの衝撃落札!

2022年アート写真市場では、2点の1000万ドル越えの落札作品が最大の話題になった。ちなみにいままでの写真のオークション最高額は、2011年11月にクリスティーズ・ニューヨークで落札されたアンドレアス・グルスキー「Rhein II」の433.8万ドルだった。2022年はいきなり以前の最高額の2倍以上の高額落札が2点もあったのだ。
年間最高額の1241万ドルを記録したマン・レイ作品「Le Violon d’Ingres, 1924」は、5月にクリスティーズ・ニューヨークで開催された“The Surrealist World of Rosalind Gersten Jacobs and Melvin Jacobs”セールに、年間2位の1184万ドルのエドワード・スタイケン作品「The Flatiron, 1904/1905」は、11月にクリスティーズ・ニューヨークで行われた故マイクロソフトの共同創業者ポール・アレン(1953-2018)の“Visionary: The Paul G. Allen Collection Parts I and II”セールに出品された。いずれも写真に特化したカテゴリーのオークションではない。
ポール・アレン・コレクションのセールは、ゴッホ、セザンヌ、スーラ、ゴーギャン、クリムトなどの20世紀美術界巨匠のモダンアート絵画とともにスタイケンの写真作品が出品されている。落札額の1184万ドルは、同オークションでスタイケンと同時期に活躍した画家ジョージ・オキーフ(GEORGIA O’KEEFFE /1887-1986)の油彩画「Red Hills with Pedernal, White Clouds」の1229.8万ドルとほぼ同じ額になる。これは20世紀写真の貴重なヴィンテージプリントは、1点もの絵画と同じ価値があるという意味でもある。
アート作品のカテゴリー分けは固定的に決まっているわけではなく、いつの時代でも流動的に変化している。2022年は、写真とその他の分野のアート作品とのカテゴリー分けがより一層困難になった。かつては独立した分野として存在していた写真が、完全に大きなアート作品分野の中の一つの表現方法になったと理解してよいだろう。アート史で、写真家と画家が同じアーティストとして取り扱われるようになったともいえる。

アート・フォト・サイトの年間オークション売り上げは、主に写真に特化したセールの落札結果を集計している。いまや現代アート系オークションにはアーティスト制作の写真作品、20世紀モダンアートのオークションには、上記のマン・レイやスタイケンなどの高額20世紀写真が当たり前に出品されている。それらを取り出して、集計に加えるという考え方もあるが、ここでは今まで継続して行ってきた統計の一貫性を保つために除外している。ただし高額落札ランキングには、現代アート系/20世紀モダンアートのオークション結果も反映させている。しかしデイヴィッド・ヴォイナロヴィッチ(1954-1992/David Wojnarowicz)などの写真を使用したコラージュ作品は、写真作品に含めるかどうかの解釈は分かれると思う。今回は写真オークションへの出品実績が少ないことから除外した。
またオークションは世界中で開催されている。今回の集計から漏れた高額落札もあるかもしれない。
また為替レートは年間を通じて大きく変動している。どの時点のレートを採用するかによって、ランキング順位が変わる場合もある。2022年は為替レートが大きく乱高下した。ドル円の為替レートは年初の110円台から150円台まで下落して、その後年末には130円台まで戻している。例年はオークション開催月の為替レートを採用していたが、2022年は三菱UFJリサーチ&コンサルティングが発表している年間の平均TTSレートを採用した。ドル円132.43円、ユーロ円139.54円、ポンド円165.92となる。
これらの点はご了承いただくとともに、もし漏れた情報に気付いた人はぜひ情報の提供をお願いしたい。

以上から、以下のランキングは写真作品の客観的順位というよりも、アート・フォト・サイトの視点によるものと理解して欲しい。2022年は、新型コロナウイルスの感染拡大による大きな混乱はなくなり、ほぼ通常通りのスケジュールでオークションが開催された。しかしコロナ禍は収束が見えない中、ウクライナ戦争、エネルギー危機、インフレ、金利急上昇などの深刻な課題に直面した1年だった。2022年は世界中の写真作品中心の35オークションの売り上げを集計した。総売り上げは約56億円と、2021年比で約6%減少。出品点数は5080点とほぼ横ばい、落札率は約71.6%から約66.56%に低下している。1点の単純落札単価は168万円から165万円に微減した。合計金額は通貨がドル、ユーロ、ポンドと別れているので、円貨に換算して計算している。取引シェアが最大通貨のドルは、年平均で比較すると約20%もドル高/円安になっているので、円貨換算の総売り上げは為替の影響で過大評価されているといえるだろう。
したがってドルベースで結果を比較している、ニューヨークの春と秋シーズンの大手3社の定例オークション実績のほうが市場の実態を反映しているだろう。春と秋シーズンを合算した、年間ベースでドル建ての売上を見比べると、2022年の市場状況が良く分かる。政治経済の不透明さが続く中、2022年の売り上げは約2029万ドル(落札率67.4%)だった。新型コロナウイルスの感染拡大により落ち込んだ2020年の約2133万ドルを下回るレベルまで落ち込んでいる。これはリーマンショック後の2009年の約1980万ドルをわずかに上回る数字となる。
年間の落札率推移も、2019年70.8%、2020年71.6%、2021年71.8%から、2022年は67.4%に下落している。相場環境が悪いと、特に高額作品を持つ現役コレクターは売却時期を先延ばしにする傾向がある。つまり高額で売れない可能性が高いと無理をしないのだ。そして買う側も、将来的により安く買える可能性があると考える。結果的に全体の売上高と落札率が伸び悩む傾向になる。2022年はそのようなコレクター心理が反映された年だったといえるだろう。特に2022年秋は、私が専門としているファッション分野でも有名写真家の代表作品の不落札が散見された。コレクターは売買に慎重姿勢である事実がよく分かる。

さて2021年のオークション市場では、秋のクリスティーズ・ニューヨークのオ―クションに出品されたジャスティン・アベルサノ(Justin Aversano/1992-)の、「Twin Flames」シリーズのデジタルアート写真NFT(Non-Fungible Token)作品が落札予想価格10万~15万ドルの、予想をはるかに上回る111万ドル(約1.22億円)で落札され大きな話題になった。しかし、2022年は暗号資産市場は世界有数の暗号資産取引所のFTXの破綻などの影響で価格が大きく調整した。NFT市場の取引量も大きな影響を受けた。ブロックチェーン調査データを公開するDuneによると、2022年に入ってからNFT取引は急減し、9月末までに年初比で97%減少したという。金利が上昇した金融市場の動向もオークション参加者に心理的な影響を与え、かなり厳しい状況が続いた。中長期的には可能性のある市場だが、2021年のような価格レベルに市況が回復するにはかなりの時間と市場関係者の努力が必要だろう。

2022年オークション高額落札ランキング

1.マン・レイ「Le Violon d’Ingres, 1924」
クリスティーズ・ニューヨーク、“The Surrealist World of Rosalind Gersten Jacobs and Melvin Jacobs”、2022年5月14日
$12,412,500.(約16.43億円)

Man Ray「Le Violon d’Ingres, 1924」Christie’s NY

2.エドワード・スタイケン
「The Flatiron, 1904/1905」
クリスティーズ・ニューヨーク、“Visionary: The Paul G. Allen Collection Parts I and II”、2022年11月9日
$11,840,000.(約15.67億円)

Edward Steichen 「The Flatiron, 1904/1905」Christie’s NY

3.マン・レイ
「Noire et Blanche, 1926」
クリスティーズ・ニューヨーク、“20th Century Evening, 21st Century Evening, and Post-War & Contemporary Art”、2022年11月17-18日
$4.020,000.(約5.32億円)

Man Ray 「Noire et Blanche, 1926」Christie’s NY

4.ヘルムート・ニュートン
「Big Nude III (Variation), Paris」
クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening and Post-War and Contemporary Art Day Sales”、2022年5月10-13日
$2,340,000.(約3.09億円)

Helmut Newton「Big Nude III (Variation), Paris」 Christie’s NY

5.バーバラ・クルーガー
「Untitled (My face is your fortune), 1982」
サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Evening and Day Auctions”、2022年11月16-17日
$1,562,500.(約2.06億円)

Barbara Kruger「Untitled (My face is your fortune), 1982」 Sotheby’s NY

6.リチャード・プリンス
「Untitled(Cowboy), 1998」
サザビーズ・ロンドン、“Modern and Contemporary evening”、20221年6月29日
GBP942,500.(約1.56億円)

Richard Prince「Untitled(Cowboy), 1998」Sotheby’s London

7.リチャード・アヴェドン
「The Beatles Portfolio: John Lennon, Ringo Starr, George Harrison and Paul McCartney, London, 1967/1990」
フィリップス・ロンドン、“Photographs”、2022年11月22日
GBP809,000.(約1.34億円)

Richard Avedon「The Beatles Portfolio: John Lennon, Ringo Starr, George Harrison and Paul McCartney, London, 1967/1990」Phillips London

8.シンディー・シャーマン
「Untitled, 1981」
クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening and Post-War and Contemporary Art Day Sales”、2022年5月10-13日
$882,000.(約1.16億円)

Cindy Sherman「Untitled, 1981」Christie’s NY

9.リチャード・プリンス
「Untitled (Cowboys), 1992」
サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Day Auction”、2022年5月20日
$724,000.(約9594万円)

Richard Prince「Untitled (Cowboys), 1992」Sotheby’s NY

10.ゲルハルド・リヒター
「Ema (Akt auf einer Treppe) (Ema <Nude on a Staircase>), 1992」
サザビーズ・ロンドン、“Contemporary Evening and Day Auctions”、2022年10月14-15日
GBP567,000.(約9407万円)

Gerhard Richter「Ema (Akt auf einer Treppe) (Ema <Nude on a Staircase>), 1992」Sotheby’s London

繰り返しになるが、いま市場での写真表現の定義は極めて複雑になっている。「ファインアート写真の見方」(玄光社/2021年刊)で詳しく触れているが、これからは「19-20世紀写真」、「21世紀写真」、「現代アート系写真」へと分かれていくとみている。21世紀になって制作された写真作品は、すべて現代アート系写真だという考えもある。しかし内容的には、19-20世紀写真の延長線上にある「21世紀写真」と「現代アート系」とに分かれるのではないだろうか。
オークションハウスのカテゴリーでは、戦後の20世紀写真/21世紀写真の中で、サイズの大きく、エディションが少ない作品は現代アート・カテゴリーに定着している。そして2022年には、1000万ドル越えの1945年以前の20世紀写真が誕生した。これにより高額ヴィンテージ作品は従来の「19-20世紀写真」とは区別して、新たに「モダンアート系写真」というカテゴリーで呼ぶのが適切ではないかと考えている。この新しい超高額分野が市場として確立するかは今後にどれだけ貴重な逸品がオークションに出品されるかにかかっている。

2023年は世界的な不況が到来するとの経済専門家の見通しが一般的だ。外国為替市場では日米の金利差縮小の期待から、年初から急激に円高が進行している。日本のコレクターにとってはもしかしたら買い場があるかもしれないと考えている。今年も引き続きアート写真市場の相場動向を注視していきたい。

(為替レート/ドル円132.43円、ユーロ円139.54円、ポンド円165.92)

アート&トラベル
杉本博司 小田原文化財団
江之浦測候所

ブログのカテゴリーに「アート&トラベル」を新たに追加した。いま日本各地で地域振興のために現代アートを紹介するイベントが開催されている。また美術館の展覧会も東京中心ではなくなってきた。ファインアート写真のコレクターやアマチュア写真家の、写真趣味を刺激する旅の参考になるようなカテゴリーがあってもよいと考えた。ここではメディア取材のような情報提供ではなく、観客目線のよりパーソナルな感想を書きたい。

最初は日本を代表するアーティスト杉本博司(1948-)が手掛けた「小田原文化財団 江之浦測候所」を取り上げる。
杉本は、2009年に伝統芸能の次世代への継承と現代美術の振興発展に努め、世界的視野で日本文化の向上に寄与することを目的とする小田原文化財団を設立。2017年には箱根外輪山を望む小田原江之浦の地に、ギャラリー、茶室、庭園、光学硝子舞台、石舞台、門などを含む総合施設の江之浦測候所を開館した。同測候所は、なんと現代文明が滅びた後も古代遺跡として残ることを想定して作られているとのことだ。この地の詳しい見どころ/観光案内は、雑誌などいろいろなメデイアで取り上げられているのであえて触れない。

「小田原文化財団 江之浦測候所」

まずアーティストの頭の中にある様々な作品制作意図や世界へのまなざしなどが、実際の地球上の小田原の地に物理的に出現して、可視化されているいる事実に感動を覚えた。これは2016年に東京都写真美術館で開催された「ロスト・ヒューマン」展にかなり近い発想で作られていると感じる。同展では、いま私たちが直面している現実をもとに、最終的に文明が終わるというストーリーを想像し、杉本自身のコレクションや作品を組み合わせてインスタレーションで表現したもの。「江之浦測候所」は、美術館の枠をとびだし、小田原の約1万坪の広大な土地の中で、自らの想像力を思う存分展開させ「人類とアートの起源」という大きなテーマに取り組んだのだ。全体が杉本ワールドを総合的に表現したテーマパークで、一種のインスタレーション作品なのだ。

「小田原文化財団 江之浦測候所」

代表的建築物が「夏至光遥拝100メートルギャラリー」だ。
その中心線は夏至の太陽軸と同一線上にある、日の出の光は先端の展望台に直接当たる。現在、内部には杉本の代表作「海景(Seascapes)」の大判作品が展示してある。この作品制作の発想の原点となるのが、杉本が幼少の時に熱海から小田原に向かう湘南電車から見た相模湾の大海原のシーンだったという。100メートルギャラリー先の展望台からは、幼いに杉本が見たのと同じ海景が広がっていた。

もう一つの注目作の「冬至光遥拝隧道70メートルトンネル」は冬至の太陽軸上にあり、冬至の朝日はこの普段は暗いトンネル内を一直線に照らし、出口にある巨石に当たる仕掛けなのだ。受付時に入り口で配られるパンフレット表紙にその写真が紹介されている。
春分、秋分の日の出の方向には、古墳時代の石像鳥居、そして巨石で作られた石舞台の軸線が合わせて立てられている。

「小田原文化財団 江之浦測候所」

古の日本人は森羅万象に神が宿るという「八百万の神」の精神を持っていた。太陽の高度変化の周期で季節の移り変わりを意識していたのだ。北半球球にある日本では、夏至の頃に太陽の高度が高くなり、それだけ地表面が熱くなり夏になり、冬至の頃は反対に太陽高度が低くなり、地表面が冷えて冬になる。夏至、冬至、春分、秋分を意識する感覚は、農作業など生活に密着した自然歴に繋がっているわけだ。現代日本人が忘れ去っていた自然や太陽とともに生きるという感覚。この地の構造物と一種のインスタレーションは、来場者がその中に身を置くことで、直感的に昔の日本人の持っていた自然と共に生きる感覚を蘇らせて欲しいという、杉本の意図なのだろう。夏至方向の100メートルギャラリー棟のかなり下に、冬至方向の70メートルトンネルがあることは、「夏至の日」には太陽高度が高く、逆に「冬至の日」の太陽高度が低い事実にも気付かせてくれる。

「小田原文化財団 江之浦測候所」

ちなみに2022年の冬至は12月22日。天候が良くて冬至の朝日がこの中を貫く光景を見たいものだ。今年は日の出の6時48分ごろに合わせて、ライブ配信が予定されているとのこと。
https://www.odawara-af.com/ja/news/wwn2022winter/

広大な測候所の敷地内各所には長い時間が刻まれた様々な石材や石塔などが設置されている。それらはすべて、杉本が長年にわたり蒐集してきたものなのだ。パンフレットで石材の年代や来歴を確認すると、それらは、明治、江戸、室町、鎌倉、平安、白鳳、天平、飛鳥、桃山、縄文、古墳などの時代にまたがる。外部環境から隔離された美術館のような屋内ではなく、野外の自然環境で自分のコレクションを展示している。石材はこの地の自然環境の中で、さらにその歴史を積み重ねていくのだ。

「小田原文化財団 江之浦測候所」


測候所の案内では、この広い敷地内をすべて見て回るのには2時間から2時間30分くらいかかると書かれている。 ギャラリー棟から、茶室を回り、さらに榊の森の斜面を下っていくと道具小屋を改装した「化石窟」にいたる。そこには文字通り多種多様な化石や桃山時代の秀吉軍禁令立て札などがある。竹林エリアを更に下ると片浦稲荷大明神に行きつく。そこからみかん道を上って、展望台を経てギャラリー棟に戻ることになる。急こう配の上り下りがあるので、ここまでの全工程で60~90分となる。未舗装道なので、来場者はスニーカーなどを履いたほうが良いだろう。またトイレは待合棟にあるが、離れた竹林エリアにはない。スマホを確認したら歩数は全部で約7000程度だった。しかし高低差があったので、もっと歩いた感じだった。

「小田原文化財団 江之浦測候所」

多くの人は、点在する展示物をパンフレットの記載をみて、製作意図や年代などを頭で確認する。これは美術館でのアート鑑賞と同じ構図だろう。しかし高低差のある土地を長時間にわたり歩き筋肉を酷使すると、しだいに疲労が蓄積されてくる。しだいに様々な邪念が消えて、頭の中が空っぽになって杉本作品/コレクション/インスタレーションと無の境地で対峙できるようになるのだ。自然の中を歩き回って見る行為も杉本の仕掛けなのではないかと感じた。
100メートルギャラリー棟の下の崖部分はいま工事中だった。そこには2025年に新展示施設がお目見えするという。杉本の頭の中の創造の世界は今でもさらに広がっているようだ。

小田原文化財団 江之浦測候所

エドワード・スタイケンの
ヴィンテージプリントが
1184万ドルで落札!
故ポール・アレン・コレクション・オークション

クリスティーズ・ニューヨークは、11月9日に故マイクロソフトの共同創業者ポール・アレン(1953-2018)の「Visionary: The Paul G. Allen Collection」オークションを2回のパートで開催した。
アレン氏は1975年、高校時代からの友人ビル・ゲイツ氏とマイクロソフトを設立。その後、IT業界の先駆者として活躍したが、2018年にがんによる合併症で65歳で亡くなった。今回のオークションでは、ゴッホ、セザンヌ、スーラ、ゴーギャン、クリムトなどの傑作5点の絵画が1億ドル以上で落札され大きな話題となった。最高額はジョルジュ・スーラの「Les Poseuses, Ensemble (Petite version)」で、1億4920万ドルで高額落札された。第1部、第2部と合わせると合計売上高は16億2224万9500ドル(約2271億円)に達し、これは単一のオークションでの最高の合計売上だと発表されている。

実はこのオークションには、第1部にエドワード・スタイケン、2部には、マン・レイ、アンドレ・ケルテス、ポール・ストランド、アーヴィング・ペン、アンドレアス・グルスキー、トーマス・シュトゥルートの合計7点の写真作品も出品されている。世界的コレクションの中に写真作品が当たり前に含まれている事実は、写真はもはや独立したカテゴリーではなく、アート表現の一形態になっていることを意味すると思う。

Christie’s NY, EDWARD STEICHEN ,”The Flatiron, 1904″

最高額はエドワード・スタイケンの有名作「The Flatiron、1904」。1905年にプリントされた正真正銘のヴィンテージ・プリントで、落札予想価格200~300万ドルのところ、なんと1184万ドル(約16.57億円)で落札された。これは今年の5月に1240万ドル落札されたマン・レイの「Le Violon d’Ingres」に次ぐ、写真のオークション高額落札ランキングの第2位の記録となる。同オークションでは、ちょうど同じころに活躍した画家ジョージ・オキーフ(GEORGIA O’KEEFFE /1887-1986)の油彩画“Red Hills with Pedernal, White Clouds”がほぼ同じ価格帯の1229.8万ドル(約17.21億円)で落札されている。有名写真家の貴重なヴィンテージプリントは、1点ものの絵画と同じ価値があるのだ。いまやアート史では、写真家と画家が同じアーティストとして取り扱われるようになってきたといえるだろう。

有名写真家スタイケンの貴重な有名作が高額落札された一方で、本オークションに出品された他の写真作品の落札結果にはとても興味深い傾向が見られた。やや数字が細かくなるが、以下にその落札データを紹介しておこう。

Christie’s NY, ANDREAS GURSKY,”Bibliothek, 1999″

アンドレアス・グルスキー(ANDREAS GURSKY, 1955-)
“Bibliothek, 1999”
インクジェット・プリント/diasec表面加工、
(179 x 320.7 cm.)、エディション3/6
落札予想価格 180,000~250,000ドル
落札価格 604,800ドル

Christie’s NY, IRVING PENN, “12 Hands of Miles Davis and His Trumpet, New York, July 1, 1986”

・アーヴィング・ペン(IRVING PENN, 1917-2009)
“12 Hands of Miles Davis and His Trumpet, New York, July 1, 1986”
セレニウムトーン・シルバー・プリント
落札予想価格 30,000~50,000ドル
落札価格 195,300ドル

Christie’s NY, MAN RAY,” Swedish Landscape, 1925″

・マン・レイ(MAN RAY, 1890-1976)
“Swedish Landscape, 1925”
1点ものシルバー・プリント
落札予想価格 300,000~500,000ドル
落札価格 189,000ドル
(購入履歴)
“Photographs from the Collection of 7-Eleven, Inc., Sotheby’s, New York” 2000年4月5日、lot 26.
落札価格 258,750ドル(落札予想価格 120,000~180,000ドル)

Christie’s NY, ANDRE KERTESZ, “Cello Study, 1926”

・アンドレ・ケルテス(ANDRE KERTESZ, 1894-1985)
“Cello Study, 1926”
シルバー・プリント
落札予想価格 300,000~500,000ドル
落札価格 226,800ドル
(購入履歴)
“Christie’s, New York”
2000年4月5日、lot 214.
落札価格 314,000ドル(落札予想価格 180,000~220,000ドル)

Christie’s NY, PAUL STRAND, “Mullein Maine, 1927”

・ポール・ストランド(PAUL STRAND, 1890-1976)
“Mullein Maine, 1927”
プラチナ・プリント
落札予想価格 300,000~500,000ドル
落札価格 126,000ドル
(購入履歴)
“Phillips de Pury & Luxembourg, New York”
2002年4月15~16日、lot 42.
落札価格 607,500ドル(落札予想価格 250,000~350,000ドル)

Christie’s NY, THOMAS STRUTH, “Stellarator Wendelstein 7-X Detail, Max Planck IPP, Greifswald, Germany, 2009”

・トーマス・シュトゥルート(THOMAS STRUTH, 1954-)
“Stellarator Wendelstein 7-X Detail, Max Planck IPP, Greifswald, Germany, 2009”
タイプCプリント、エディション2/10、サイズ約165X214cm
落札予想価格 80,000~120,000ドル
落札価格 50,400ドル
(購入履歴)
“Sotheby’s, London, 2 July 2015, lot 413.”
2015年7月2日、lot 413.
落札価格 87,500ポンド(落札予想価格 70,000~90,000ポンド)

まず、スタイケン、グルスキー、ペンは落札予想価格上限を超えて落札されている。しかしそれ以外の、マン・レイ、アンドレ・ケルテス、ポール・ストランド、トーマス・シュトゥルートの作品は、今回クリスティーズが設定した落札予想価格下限以下での落札だった。本セールのすべての収益は、まだ指定されていない慈善団体に送られと発表されている。落札最低額のリザーブは、通常は落札予想価格下限の近くに設定されている。今回はセールのチャリティーの趣旨から、リザーブはかなり低く設定されていたか、未設定だった可能性がある。通常のオークションだったら不落札になっていただろう。

そして、これら4作品は、いずれも過去のオークションで落札されコレクションに加わっている。そして過去の落札履歴を調べてみると衝撃的な事実が明らかになった。なんと今回の4点すべての落札価格は取得価格よりも低くなっていた。つまり今回の売却で損失が出ているのだ。ポール・ストランドなどは2002年に約60万ドルで購入したのが12.6万ドルで落札されている。

今回の結果は現在のファインアート写真市場の状況をかなり的確に反映していると考える。有名写真家の貴重なヴィンテージ・プリントでも、コレクターが有名作/代表作を好むという傾向が明らかに見て取れるのだ。ヴィンテージ・プリントの中でも、スタイケンの「The Flatiron、1904」のような、ひと目で“あの写真家の作品”とわかる写真史に残るアイコン的な作品には人気が集中する。高額落札されたアンドレアス・グルスキー、アーヴィング・ペンの作品も人気のある絵柄だ。一方で、20世紀写真界の重鎮、マン・レイ、ポール・ストランド、アンドレ・ケルテスであっても、あまり知られていない絵柄の作品は骨董的価値はあるものの市場ではコレクター人気があまりないようだ。

今回は現代アート系のトーマス・シュトゥルート作品も出品されていた。2015年の落札価格はポンド建てなので、単純に当時のドル/ポンドのレート約1.5で換算すると約13.1万ドルとなる。為替レートは大きく変化しているものの今回の落札予想価格80,000~120,000ドルは購入価格を考慮した妥当の評価だろう。
一方で落札価格50,400ドルだった。本作はシュトゥルートの代表作とは言えないだろう。どうも現代アート分野においても、アーティストの代表作に市場の人気が集中する傾向は変わらないようだ。

市場での作品価値は、1.作家のアート性、2.作家の有名度/人気、3.絵柄の有名度/人気、4.希少性(エディション等)、5.プリント自体の歴史的価値(ヴィンテージ・プリント)、6.作品コンディション、7.来歴、などが総合的に吟味されて評価が下されている。最近は、その中でも”絵柄の有名度”の比重がかなり高くなっているようだ。

今回の結果に、あまり絵柄が知られていない貴重なヴィンテージプリントや現代アート系作品を持つ美術館やコレクターは動揺したと推測される。
(1ドル/140円で換算)

テリ・ワイフェンバック
「Saitama Notes」展
写真展の見どころ解説

ブリッツ・ギャラリーでは、テリ・ワイフェンバック写真展「Saitama Notes」を開催中だ。彼女は、2020年にさいたま市で開催された「さいたま国際芸術祭2020」に参加。総合ディレクターの映画監督/遠山昇司氏が芸術祭のテーマに選んだ「花 / Flower」を意識して、2019年春に同地を訪れ作品を撮影している。しかし2020年春に予定されていた芸術祭は新型コロナウイルスの感染拡大により開催が延期。写真作品は2020年11月にメイン会場の旧大宮区役所で短い期間だけ展示された。コロナ禍の中、残念ながら多くの人は会場に足を運ぶことができなかった。

本展は、同作を改めて本格的に紹介する写真展。パート1では「Flowers & Trees」を、パート2では、桜の開花時期に合わせて「Cherry Blossoms」を開催する。デジタル・アーカイバル・プリント作品による様々なサイズの約37点が2パートに分けて展示される。

ワイフェンバックは、2002年にイタリア北部の南チロル地方の自治体のラーナ(Lana)で集中的に撮影を行い、美しい写真集「Lana」Nazraeli Press)を制作している。今回は場所をさいたま市に移して、全く同様のスタイルと、被写体へのアプローチで同地を撮影している。作品からは「Lana」に近い、光と乾いた空気感が感じられる。タイトルの撮影地情報がなければ、見る側はイタリアやフランスのネイチャー・シーンだと勘違いするのではないか。同じ日本での作品でも、夏場の伊豆三島周辺で撮影された「The May Sun」では、対照的に湿った空気感が表現されている。

今回は「さいたま国際芸術祭2020」で展示した大判サイズの作品を再構成して紹介している。彼女の個展では、通常は作品をブックマットに入れ、額装して展示している。本展では写真サイズが大きいので、裏打ちして作品表面をそのまま見せる方法を採用している。フレームの枠から解放された、大きなサイズの写真はいつもの彼女の作品とはかなり趣が違う。彼女はもともと画家志望で、写真での抽象画の表現を意識していた。ピンボケ画面の中にシャープにピントがあった部分が存在するカラー写真が特徴だが、それはアナログ・カメラとフイルム時代に抽象的な表現を行う手段として行っていたのだ。デジタル・カメラで制作された今回の展示作は彼女の抽象表現の意図がより明確に感じられる。写真の展示であるという先入観を持たないと、多くの作品はまるで自然を被写体にした抽象画のように感じられるのだ。そのような印象を持つ理由は、作品の色味が大きく関係していると思う。つまり、例えば大判の広告写真などの場合、プリンターは濃く出力したがる傾向がある。広告の場合、商品アピールが極めて重要なのでプリントが薄いと失敗だと考えられがちなのだ。しかし、今回のワイフェンバック作品はそれらと比べるとかなり、色の濃度が穏やかなのだ。
私は、プルーフを本人と確認するオンライン会議やプリント出力に立ち会った。彼女は、何度も「density」に注意と、プリントの色の濃度を押さえることを指示していた。実際の、抽象画のような印象のプリントを見て、彼女の的確な指示に納得した。もし、もっと色の濃度が高かったら、大判のポスター写真っぽい印象になっていたと思われる。ぜひギャラリーで実際の作品を見て欲しい。

本展の象徴的な写真に、女性が手に桜の花を持ったイメージがある。先日、なんと手のご本人が来廊してくれた。作品の前で彼女の手を記念撮影してワイフェンバック本人に送ったところ、「このモデルのOさんはとても良いスピリチュアルな感覚を持っている。彼女と、その手と再会できて嬉しいです!」とのメッセージが返ってきた。人によっては、このような写真はアマチュアが好む、ややわざとらしい演出した作品だと感じる人もいるかもしれない。しかし、彼女はモデルのOさんに演技をさせたわけではない。彼女が、空間を舞う桜の花に手を差し伸べて、花弁が手のひらに落ちたシーンに、ワイフェンバックは一種の自然と人間との精神的な交わりを感じてシャッターを押したのではないだろうか。
彼女は以前に伊豆の三島に滞在して名作「The May Sun」を制作した時に、自然に神を感じる、古の日本の伝統的な美意識の「優美」を意識するようになった。たぶん日本人の血に流れる、自然に精神的なものを感じる感覚を、桜の舞う瞬間に直感したのではないだろうか。

「Saitama Notes」は、前作「Cloud Physics」で明らかになった、気候変動問題や自然環境保護という大きなテーマを踏襲している。彼女は前作で「私が言葉ではなく、写真で表現したいのは、気候変動によって失われるものは美しさだということです」というメッセージを寄せている。いま世界規模で様々な気候変動問題や地球温暖化による環境破壊が起きている。彼女はその残酷かつ悲惨な最前線を撮影するのではなく、あえて美しい理想化された自然を意識的に切り取って作品化している。私たちは彼女のヴィジュアルを見るに、こんな美しい地球の風景や、精一杯生きている鳥や植物たちを大切にしないといけないと、心で直感的に理解できるのだ。
本作は、個別作品としては「The May Sun」の続編にあたり、撮影アプローチは、イタリアで撮影した「Lana」やオランダを撮影した「Hidden Sites」の流れを汲んでいるといえるだろう。

ぜひワイフェンバックが見つけ出した、さいたま市の知られざる自然美をぜひご高覧ください!

「Saitama Notes」テリ・ワイフェンバック 写真展
Part 1「Flowers & Trees」 
2022年 10月14日(金)~ 12月25日(日)

Part 2「Cherry Blossoms」
2023年 1月14日(土)~ 4月2日(日)

1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料 

〇ギャラリー店頭では、テリ・ワイフェンバックの最新刊”GIVERNY, A YEAR AT THE GARDEN”(ATELER EXB,2022年刊) “(直筆サイン入り)を限定販売中です。

ドロシア・ラングの
ヴィンテージ作品が高額落札
NY中堅業者のアート写真オークションレビュー

2022年秋のニューヨーク・アート写真オークション。大手3社のオークションとともに、中堅業者のボナムス(Bonhams)とスワン・オークション・ギャラリース(Swann Auction Galleries)とで複数委託者による入札が10月に行われた。今期ドイル(Doyle)は、12月にオークションを開催する予定だ。
欧米のオークションでは、大手と中堅とでは業務の棲み分けがかなり明白に行われている。通常、高額落札が期待される中高価格帯作品は、優良顧客と世界的ネットワークを持つ大手業者に委託される場合が多い。中堅業者では、1万ドル以下の低価格帯の作品が中心に取引される。

Bonhams NY, Rodney Graham, 「Typewriter with Flour, 2003」

10月11日にボナムスが「Photographs」オークションを開催。88作品が出品されて落札率は約43%、総落札額は34.1万ドルにとどまった。低価格帯作品の出品が約62%だった。最高額落札は、カナダ出身でコンセプチュアルな写真作品で知られる現代アーティスト、ロドニー・グラハム(Rodney Graham)の、「Typewriter with Flour, 2003」。落札予想価格1.2~1.5万ドルのところ、46,955ドル(約680万円)で落札されている。残念ながら13点出品されたポール・ストランド作品は9点が不落札。特に注目された、1点もののヴィンテージのプラチナ・プリント「Central Park, New York,1915」は、落札予想価格5~7万ドルだったが不落札。

Swann Auction Galleries, Dorothea Lange, 「Migrant Mother, Nipomo, California (Destitute pea pickers in California. Mother of seven children. Age 32), 1936」

スワン・オークション・ギャラリースは、10月20日に「Fine Photographs」を開催。314点が出品されて落札率は約66.8%、総落札額は約115万ドルだった。 低価格帯作品の出品は約63%だった。
今回の目玉は中堅業者のオークションでは珍しいドロシア・ラングの有名作品「Migrant Mother, Nipomo, California (Destitute pea pickers in California. Mother of seven children. Age 32), 1936」の、極めて貴重なヴィンテージプリントの出品。落札予想価格10~15万ドルのところ、なんと30.5万ドル(約4425万円)で落札されている。これはニューヨーク市公立図書館ピクチャー・コレクションのキュレーターで、20世紀写真の歴史的かつ貴重なコレクションを作り上げたロマーナ・ジャヴィッツ(Romana Javitz)が所有していた由緒正しき作品。

20世紀写真では、歴史的に知名度が高い有名な絵柄の作品への需要が相変わらず強いようだ。今回のスワンで高額落札されたドロシア・ラングのアイコニック作品はまさにその好例だろう。
一方でボナムスに出品されたポール・ストランド作品の場合、貴重だが絵柄が地味で知名度が低い作品は苦戦していた。有名写真家の貴重な作品であっても、コレクターが有名作を好むという、いわゆる市場の2極化傾向は相変わらず続いているようだ。

アート写真オークションは、これから欧州、英国市場に舞台が移る。クリスティーズ・パリが10月25日~11月8日、サザビーズ・パリが11月10日~16日、フリップス・ロンドンは11月22日に相次いで開催される。

(為替 1ドル145円で換算)

2022年秋ニューヨーク写真オークションレビュー
外部環境悪化により市況が悪化

まず現在のアート市場を取り巻く外部の経済環境を見てみよう。
春以降、各国のインフレの勢いは全く衰えていない。ロシアのウクライナ侵攻でガスや食料品価格が高騰し、コロナ禍によるサプライチェーンの目詰まりも長期化した。米英では40年ぶり、ドイツでは70年ぶりのインフレの勢いだと報道されている。日本以外の、各国中央銀行は夏場にかけて一段と金融引き締めを行っている。さらに米国では11月にさらに0.75%の大幅利上げが行われるという警戒感が強まっている。9月末には米国の10年債利回りは12年ぶりに4%を超えた。値動きを示す10年の移動平均チャートでは、1980年代以降続いてきた金利低下の大きなトレンドがついに反転したと言われている。金利の急上昇は将来の景気後退につながるとの思惑から株安も進んだ。NYダウは2022年1月4日に36,799.65ドルだったのが、30,000ドルを割り込み、9月末には一時28,000ドル台まで下落、ハイテク株が多いNASDAQは、昨年11月に16,000ドル台まで上昇したものの、9月末には10,576ドルまで下落している。
また一時期ブームになって高額なデジタルアートも登場したNFT市場も取引量が急減。ブロックチェーン調査データを公開するDuneによると、2022年に入ってからNFT取引は急減し、9月末までに年初比で97%減少したという。
金融市場の動向はアート・オークションの参加者に心理的な影響を与える。いまかなり厳しい状況が続いているといえるだろう。

2022年秋の大手業者によるニューヨーク定例アート写真オークション、今回は10月上旬から10月中旬にかけて、複数委託者、単独コレクションによる合計5件が開催された。
クリスティーズは、10月1日に複数委託者による
“Photographs(Online)”を、サザビーズは、昨秋同様に10月7日に“Classic Photographs(Online)”と、“Contemporary Photographs(Online)”を開催した。フィリップスは、10月12日に複数委託者による“Photographs”、10月3~13日に“Drothea Lange:The Family collection(Online)”を開催している。
オークションハウスは新型コロナウイルスの影響により、開催時期の変更、オンライン開催などの対応を行ってきた。今秋はほぼ通常通りの開催モードに戻った印象だ。

さてオークション結果だが、3社合計で683点が出品され、440点が落札。全体の落札率は約64.4%に悪化している。ちなみに2021年秋は出品922点で落札率70.9%%、2022年春は702点で落札率70.4%。総売り上げは、約1050万ドル(約15.25億円)で、今春の約978万ドルより微増。ただし昨秋の約1484万ドルから大きく減少している。落札作品1点の平均金額は約23,876ドルで、今春の約19,810ドルより上昇している。今春と比べると落札率が悪化する中で、総売り上げが増加したのはこれが理由だ。
業者別では、売り上げ1位は約484万ドルのフィリップス(落札率69%)、2位は約312万ドルでクリスティーズ(落札率64%)、3位は253万ドルでサザビース(落札率55%)だった。これは今春と同じ順位で、売り上げと落札率でサザビーズが苦戦している。

今シーズンの高額落札は、市場での資産価値が確かな20世紀の代表作家の貴重なクラシック作品が多くを占めていた。
最高額は、クリスティーズ“Photographs(Online)”に出品されたマン・レイによる「Lee Miller, c1930」だった。落札予想価格10万~15万ドルのところ37.8万ドル(約5481万円)で落札されている。

Christie’s NY, Man Ray “Lee Miller, c1930″ 

2位は、クリスティーズ“Photographs(Online)”の、アルフレッド・スティーグリッツによるプラチナプリント「From the Back Window-‘291’,1915」落札予想価格30万~50万ドルのところ25.2万ドル(約3654万円)で落札された。

Christie’s NY, Alfred Stieglitz, “From the Back Window – ‘291’, 1915”

同額で2位は、サザビーズ“Classic Photographs(Online)”の、アンセル・アダムスの代表作「The Tetons and The Snake River, Grand Teton National Park, Wyoming, 1942/1973-1977」。落札予想価格15万~25万ドルのところ25.2万ドル(約3654万円)で落札されている。

Sotheby’s NY, Ansel Adams “The Tetons and The Snake River, Grand Teton National Park, Wyoming, 1942/1973-1977”

4位はサザビーズ“Contemporary Photographs(Online)”のウォルフガング・ティルマンズの抽象作品「Freischwimmer 117,2007」。228×170.2cmの大判サイズ、エディション1、AP1の作品。落札予想価格15万~25万ドルのところ20.16万ドル(約2923万円)で落札されている。ニューヨーク近代美術館で行われている“Wolfgang Tillmans To look without fear”展の影響もあるだろう。

Sotheby’s NY, Wolfgang Tillmans, “Freischwimmer 117, 2007”

年間ベースでドルの売上を見比べると、現在の市場の状況が良く分かる。相場環境が悪いと、特に高額作品を持つコレクターは売却を先延ばしにする傾向がある。つまり高く売れない可能性が高いと無理をしないのだ。結果的に全体の売上高が伸び悩む傾向になる。政治経済の不透明さが続く中、2022年の売り上げは約2029万ドル(落札率67.4%)で、新型コロナウイルスの感染拡大により落ち込んだ2020年の約2133万ドルを下回るレベルまで落ち込んでしまった。これはリーマンショック後の2009年の約1980万ドルをわずかに上回る数字となる。

年間の落札率も2019年70.8%、2020年71.6%、2021年71.8%から、2022年は67.4%に下落している。コレクターは売買に慎重姿勢であることが良く分かる。今秋は、私が専門としているファッション写真分野でも有名写真家の代表作品の不落札が散見された。
相場の調整期は通常は良い作品が割安に購入できるチャンスになる。しかし日本のコレクターは、約1ドル/150円が近い為替レートと、作品の運送コストの高止まりが続く中では積極的には動きにくいだろう。
来年の春には、ウクライナ戦争の停戦合意や、インフレ見通しの改善など、市場環境の改善を期待したい。

(1ドル/145円で換算)

ブリッツ今秋の予定!
フォトフェア参加/ワイフェンバック展開催

〇日比谷OKUROJI PHOTO FAIR 2022に参加

Norman Parkinson

ブリッツは、10月7日から10日にかけて開催される「日比谷OKUROJI PHOTO FAIR 2022」に参加する。展示予定作品が揃ってきたのでお伝えしよう。

展示は、「ファッション写真のセレクション」と、取り扱い作家の、鋤田正義、テリ・ワイフェンバック、マイケル・ドウェックの作品展示となる。

ファッションでは、ジャンルー・シーフ、ノーマン・パーキンソン、ホルスト、フランク・ホーヴァット、デボラ・ターバヴィル、ピーター・リンドバーク、ハーマン・レナードなどを展示する。今回はすべてモノクロの銀塩写真の作品となった。非常に美しいプリントのクオリティーをぜひご堪能いただきたい。

Deborah Turbeville

鋤田正義は約30年以上前に本人により手焼きされた1点ものの貴重なヴィンテージ作品の展示となる。デヴィッド・ボウイ、マーク・ボランなどの作品が含まれる。その他、彼の代表作や、昨年に出版された「SUKITA:ETERNITY」の特装版に付属する3種類のプリントの現物を紹介する。写真のコレクションを始めたいと考えている人の最初の1枚には最適の、極めてお買い得のオリジナルプリントだ。昨今の円安で、海外作品の輸入価格は軒並み急上昇している。鋤田作品は、主要な販売市場は欧米となるが、今回の特装版は円貨で販売価格が決められている。もしプリントの絵柄が好きならば、絶対に狙い目だといえるだろう。

テリ・ワイフェンバックは、彼女の近年の代表シリーズの「Between Maple and Chestnut」、「The May Sun」、「Des oiseaux」、「Saitama Notes 」、「Cloud Physics」からのセレクションとなる。

ⓒTerri Weifenbach

マイケル・ドウェックは、「The End : Montauk NY」からの作品を持っていくつもりだ。

フォトフェア開催中は、私はだいたい会場にいる予定だ。
いままでのコロナ禍の2年間では、ワークショップやセミナーが開催できなかった。今回のフェアでは、可能な限りコレクションに興味ある人に対応したい。「ファインアート写真の見方」に関する質問も大歓迎だ。会場で見かけたら遠慮なく声をかけてください!

日比谷OKUROJI PHOTO FAIR 2022開催概要
■会 場: 日比谷OKUROJI G-13, G-14, G-15, H03近辺
東京都千代田区内幸町1-7-1
■会 期: 2022年10月7日(金)~ 2022年10月10日(月・祝)
10/7(金) 14:00〜18:00プレビュー 18:00〜20:00オープニング
10/8(土) 12:00〜19:00フェア開催
10/9(日) 12:00〜19:00フェア開催
10/10(月・祝) 12:00〜18:00フェア開催 
■入場料: 無料
公式サイト


〇テリ・ワイフェンバック「Saitama Notes」展開催

ⓒ Terri Weifenbach

ブリッツは、テリ・ワイフェンバックの写真展「Saitama Notes」を10月14日から開催する。ワイフェンバックは、2020年にさいたま市で開催された「さいたま国際芸術祭2020」に参加。総合ディレクターの映画監督の遠山昇司氏が芸術祭のテーマに選んだのは「花 / Flower」。遠山監督は2017年にIZU PHOTO MUSEUMで開催された「The May Sun」などを見て、ワイフェンバックの世界観に共感していた。招待作家として彼女に白羽の矢が立ったのだ。彼女は2019年春、ちょうど桜開花時期の前後にさいたま市を訪れ撮影を集中的に行った。
しかし2020年春に予定されていた芸術祭は新型コロナウイルスの感染拡大により開催が延期され、写真作品は2020年11月にメイン会場の旧大宮区役所で短い期間だけ展示された。コロナ禍の中、残念ながら多くの人は会場に足を運ぶことができなかった。
本展は、同作を改めて本格的に紹介する写真展。パート1では「Flowers & Trees」を、そしてパート2 では、桜の開花時期に合わせて「Cherry Blossoms」を開催する。

ワイフェンバックは2002年にイタリア北部の南チロル地方の自治体のラーナ(Lana)で撮影を行い、美しい写真集「Lana」(Nazraeli Press)を制作している。今回は撮影場所をさいたま市に移して、全く同様のスタイルと、被写体へのアプローチで同市内の各地を撮影した。タイトルの撮影地情報がなければ、見る側はイタリアやフランスのネイチャー・シーンだと勘違いするのではないだろうか。さいたま市の撮影場所は、市民の森・見沼グリーンセンター、深井家長屋門、氷川女體神社、井沼方公園、見沼通船堀、見沼代用水東縁、見沼代用水西縁、見沼氷川公園、見沼自然公園、見沼臨時グラウンド、武蔵第六天神社、尾島農園、さぎ山記念公園 青少年野外活動センター、芝川第一調節池、田島ケ原サクラソウ自生地など。今回の写真展をきっかけに、美しい自然を持つさいたま市が間違いなく再発見され、これらの地はワイフェンバックが撮影した聖地となり、自然を被写体にするアマチュア写真家が巡礼する場所になるかもしれない。本展では、「Saitama Notes」シリーズから、デジタル・アーカイヴァル・プリント作品による大小様々なサイズの約37点が2回のパートで展示される。一部の主要作品は2会期にわたって重複展示される。
会場では彼女が美術館の依頼でフランス・ジベルニーの庭の花や草木を撮影した最新写真集”GIVERNY, A YEAR AT THE GARDEN”(ATELER EXB,2022年刊)も販売予定。

「Saitama Notes」テリ・ワイフェンバック 写真展

Part 1「Flowers & Trees」
2022年 10月14日(金)~ 12月25日(日)

Part 2「Cherry Blossoms」
2023年 1月14日(土)~ 4月2日(日)

1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料
Blitz Gallery

以上、たくさんの方のご来場をお待ちしています!

ブリッツの最新情報/今秋の予定 日比谷OKUROJI PHOTO FAIR 2022に参加

ブリッツは、10月には「日比谷OKUROJI PHOTO FAIR 2022」に参加する。
これは日比谷の奥にある高架下「日比谷OKUROJI」に7つのギャラリーと8つの出版社/書店が集結にて開催される写真に特化した新しいアートフェア。
この開催場所はまだあまりなじみがないかもしれない。東京の中心地である日比谷・銀座の「奥」にあることに加え、高架下通路の秘めたムードを「路地」という言葉に置き換えることで「日比谷OKUROJI」と命名されたとのことだ。JR東日本(山手線、京浜東北線、東海道本線)と、JR東海(新幹線)が通る鉄道高架橋の下を300メートルにわたる施設となる。この地の象徴的な煉瓦アーチは、1910年(明治43年)にベルリンの高架橋をモデルにドイツ人技師の指導のもと建設されている。
なお同フェアは同時期に東京駅付近にて行われる「T3 PHOTO FESTIVAL」と連携して開催される。  

昨今のアートフェアはだいたい高額な入場料がかかるもの。しかし、同フェアはなんと入場無料となる。ぜひ多くの写真コレクションに興味ある人やプロ/アマチュア写真家に遊びに来て欲しい。

ブリッツの展示予定作品に触れておこう。目玉になるのは、鋤田正義の初公開となる約30年以上前に本人により手焼きされた1点ものの貴重なヴィンテージ作品5点の展示となる。デヴィッド・ボウイ、マーク・ボランなどの作品が含まれる。その他作品のセレクションは現在進行形。テリー・オニール、ハーマン・レナード、ノーマン・パーキンソンや、ブリッツの人気作家テリ・ワイフェンバック、マイケル・ドウェック、珠玉のファッション写真のセレクションも持ち込む予定にしている。
また昨年に出版された鋤田正義の「SUKITA:ETERNITY」の特装版。こちらの3種類のプリントを見たことがないという顧客からの意見があるので、同フェアには現物を持ち込むつもりだ。こちらは一部のセットは残数が極めて少なくなっている。興味ある人はぜひ実際のプリントを見極めてコレクションの対象として検討して欲しい。

フォトフェア開催中は、私はだいたい会場にいる予定。可能な限りコレクションなどの質問に対応したい。遠慮なく声をかけてください。

〇日比谷OKUROJI PHOTO FAIR 2022開催概要
■会 場: 日比谷OKUROJI
東京都千代田区内幸町1-7-1
■会 期: 2022年10月7日(金)~ 2022年10月10日(月・祝)
■ギャラリー:
Blitz Gallery
BLOOM GALLERY
KANA KAWANISHI GALLERY
PGI
POETIC SCAPE
The Third Gallery Aya
和田画廊
■出版社:
ふげん社
銀座 蔦屋書店
KANA KAWANISHI ART OFFICE
リブロアルテ
PURPLE/赤々舎
青幻舎
Shelf
torch press   ※アルファベット順

■入場料: 無料
■主 催: 日比谷OKUROJIアートフェア実行委員会
■会場協力: 株式会社ジェイアール東日本都市開発
■後 援: 千代田区
■同時期開催連携イベント: T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO 2022
公式サイト

〇ブリッツ・ギャラリー今秋の予定
次回は10月14日からテリ・ワイフェンバック「Saitama Notes」展となる。今回は2つのパートに分けて、展示架け替えを行って来年まで開催する予定。開催の詳細については次回に案内したい。詳細

60歳で写真を始めたアーティスト
カッタネオ・アドルノのコロナ禍の気付き

日本では多くの人が会社に勤めて仕事を行っている。
経済評論家の加谷珪一氏が指摘しているように、この国は社会の自由度が低く、不寛容だ。いまでも多くの日本人は、人生で主体的に行動するのは難しく、選択肢の幅は狭く、そのうえで運がよくなければ成功しないと考えている。多くの人は会社にしがみつく人生を止む無く選択している。
一方で、会社人生を選択して定年をむかえた人は、社会との接点がなくなり生きる目的が希薄になったりする。そのような人が考える一つの選択肢が、アートで社会とつながり、生きがいを見つけることだろう。抑圧的な息苦しい社会で生きてきた人には、アートは夢のような響きを持った世界だろう。アート表現の中で、写真は機械を通してビジュアルを作るので、最も敷居が低い手段だと言えよう。かつてのアナログ写真は技術的な経験の積み重ねが求められたが、デジタル化によって本当に誰でも気軽に比較的低予算でも表現が可能となった。

今回はそのように考えている多くにとってあこがれの人、ブラジル出身の女性写真家サンドラ・カッタネオ・アドルノ(1954-)を紹介する。
2013年、彼女は60歳の時に写真を始めている。大学で写真を専攻する娘から、バルセロナで開催される写真家アレックス・ウェッブ氏による5日間の写真教室に一緒に参加するという誕生日祝いの誘いを受けたのがきっかけなのだ。彼女はそれまで写真をほとんど撮ったことがなく、まともなカメラを持っていなかったという。「カメラの使い方はまったくわからず、明らかにクラスで一番下手くそな生徒でした。しかしなぜか、とても面白くて魅力的に思えたのです。写真をやるなんて考えたこともなかったのに、最初のクリックで恋に落ちました」と当時を振り返っている。
趣味として始めた写真だが、すぐに彼女の日常的な活動へと発展していく。彼女は、写真を始める前から、すでに仕事で世界中を旅する環境に身を置いていた。写真という新しい情熱に没頭するにつれ、彼女は世界中の旅先で撮影を行う。そして専門知識やスキルを身につけ、編集方法を学び、インスタグラムを通して作品を発表するようになる。
彼女の写真は強い太陽が照る出身地ブラジルの影響があり、強い光と大胆な色彩が特徴。数年にわたり、彼女のオンライン・フォロワーは増えていき、他の写真家や業界の人々とつながりが構築されるのだ。そして2016年、彼女の1枚の写真がSony Awardsを受賞してロンドンのサマーセット・ハウスで展示される。これはストリート写真部門の60点のうちの1点で、なんと応募総数は15万点だった。それ以来、彼女の夢のような成功物語が始まる。彼女の存在は受賞をきっかけに広く写真界で認められるようになる。作品は「Women Street Photographers (Prestel, 2021年刊)」、「 Portrait of Humanity (Hoxton Mini Press, 2019)年刊」に収録される。 また2020年、2021年の「Julia Margaret Cameron Awards」など数々の写真賞を受賞。自らの写真集も「The Other Half of the Sky(Adorno、2019年刊)」、「Águas de Ouro (Radius Books, 2020年刊)」を相次いで発表している。彼女のインスタグラムのフォロワーはいまや5万人を超えているのだ。

Sandra Cattaneo Adorno, 写真集「Scarti di Tempo」

私が今回入手した「Scarti di Tempo」は、カッタネオ・アドルノの3冊目の写真集。タイトルは「時間の不一致」、「時間の切れ端」というような意味だという。2020年3月、パンデミックによって世界が停止したとき、彼女は時間が奇妙に動き始めたと感じるのだ。しかし、そのような違和感は保存されなければ、まるで何もなかったかのように、記憶から消えてしまうと感じた。そして、彼女はまるで自分が時間の「切れ端」を積み重ねているような感覚を覚えるようになったという。この経験を、写真が時間の断片を保存し、また再配置することができることを利用して形にしようと思い立つのだ。彼女は自分の想像力の内側を旅するようになり、自分の過去のアーカイブを掘り起こし、関連性のないイメージをコラージュすることで、現実と幻想の境界を曖昧にし、心のメタファーのような一連の新作を創り出すようになる。彼女は、時間、記憶、つながり、現実と幻想の境界が、どのように知覚されるかを作品で表現しようとしている。写真の組み合わせで、ストリート写真でまるで白昼夢のような抽象世界の表現を試みているともいえるだろう。

普段、私たちは時間は連続して、過去、現在、未来へと連なっているという世界観を持っている。タイトルの「時間の不一致」から解釈すると、彼女はコロナ禍においてそのような時間の流れの認識や、それを前提とする人間の人生が幻想だと気付いたのだ。私はいまのような世界情勢の変革期にアーティストが創作を行うときには、激しく変動する自分の外部ではなく、自分の内面と対峙することをすすめている。そして自分との対話から何らかの時代と連なるキーワードを見つけ出し、それが感情のフックとなるビジュアルを集めたり創作することが効果的だと考えている。カッタネオ・アドルノは、本書でこの難しい試みを見事に実践していると評価したい。フォトブック自体も、写真、デザイン、印刷、ページのシークエンス、装丁などが妥協なく見事にまとめられている。さらに本来の表現から離れ、抽象化された写真は、私たちを音楽や詩と共有するような別の領域へと運んでくれる。同書には、作家の夫が作曲したオリジナル楽譜にリンクするQRコードも収録。イメージとサウンドの重なり合うハーモニーを体感できる仕掛けが組み込まれているのだ。「Scarti di Tempo」は、所有することが楽しくなる、写真を使用した一種のマルチプル作品なのだ。

カッタネオ・アドルノのキャリアは、プロとして活躍し続けていたソール・ライターがキャリア後期に注目されてのでも、アマチュア写真家として長年にわたり写真を撮り続けていたヴィヴィアン・マイヤーが死後に写真界で再評価さられたのとも違う。60歳に初めて本格的に写真を始めた女性が僅か5年程度で写真界で認められるのはとても珍しい事例だろう。まるでアマチュア写真家の神話のような、自らの隠されていた創作の才能が60歳から一気に開花して社会で認められたのだ。インタビューを読んでみると彼女の成功の秘密の断片が見えてくるので少し紹介しておこう。

「イタリアで触れた多くのアート作品は、私の目を養ってくれました。そのおかげで目が鍛えられたのでしょう。私は気づかないうちに、それらを見て、観察していたのです。私の脳には、自らがカタログ化したアートが蓄積されていたのです」と冷静に分析を行っているのだ。これは彼女にはビジュアルのデータベースがすでに構築されていたとも解釈可能だろう
また興味深いのは、ビジネスウーマンとしてのスキル・アップが写真家としての目を鍛えたとの洞察だ。「私は役員会に参加するときに、参加者の表情に気を使います。その場で語られないことを読み解こうとするのです。この観察することはいまや私の一部になっています。これが写真撮影の時の観察眼を養うことになったと感じています」と語っている。彼女はそれまでのキャリアを通して、意識的に被写体と対峙してその表情や動作の背景を読み解く習慣を無意識のうちに身につけていたのだ。普段の趣味、生活、仕事において、常に意識的に生きてきたことが良く分かるエピソードだ。
そして、年齢を重ねた後になって写真を始めたことのもキャリアにプラスだったと考えているという。彼女はすでにビジネスウーマンとして、妻や家庭人としてそれなりに充実した人生を歩んできた。つまり、写真は彼女にとって人生のプラスアルファであり、若い人のようにこれで成功するかどうかに命を懸けているのではないという意味なのだ。
自分でも気づかないうちに培われていたアートのバックボーンと経験、そしてこの心の余裕こそが彼女の成功の秘訣なのだろう。世の中に対して能動的に行動し、また精神的に余裕をもった人生を歩んでいると、社会に横たわる誰も気づかないような視点が見えてくるのだろう。彼女のキャリアは、アートはライフワークであり、アーティストとは生き方そのものを意味する事実を教えてくれる。

“Sandra Cattaneo Adorno: Scarti di Tempo” Radius Books (2022年刊)
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