マイケル・ドウェックの名作解説(1) “The End: Montauk, N.Y.”

ブリッツ・ギャラリーは、米国ニューヨーク出身の写真家/映画監督マイケル・ドウェック(1957-)の写真展「Michael Dweck Photographs 2002-2020」を2月16日から開催する。

彼の日本語表記だが、今回から「ドウェック」とした。これは本展が彼が監督/制作した第2作目の長編ドキュメンタリー映画「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」の日本での劇場公開を記念して開催されるから。映画での表記に合わせて変更した。
ブリッツが彼の写真展「ザ・サーフィング・ライフ」展を開催したのは2006年5月になる。実はその前、ある洋服ブランドの青山本店のリニューアル・オープンに合わせて、彼の作品が展示された。その時の表記「デウィック」をずっと踏襲して使用してきたと記憶している。

さて、本展では、「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」作品と共に、ドウェックのいままでの主要シリーズ「The End: Montauk, N.Y.(ジ・エンド・モントーク、N.Y.)」、「Mermaids(マーメイド)」、「Habana Libre(ハバナ・リブレ)」のアイランド三部作から、代表作も含めた27点を展示している。
写真から映像作品まで、幅広い分野で活躍するヴィジュアル・アーティストのドウェックのいままでのキャリアを本格的に回顧する写真展となっている。早いもので彼の最初の写真展示から約16年が経過している。また多くのフォトブックはレアブックとなり、高額になっている。最近になって彼の存在を知った人は、今までの作品をあまり知らないだろう。本展に際して、彼の代表作が生まれた背景や評価されている理由を解説したいと思う。

まず第1回は彼のデビュー作「The End: Montauk, N.Y.」を取り上げる。


Sonya Poles, Montauk, New York, 2002 ⓒ Michael Dweck 禁無断転載

本作の撮影場所モントークは、ニューヨーク州ロングアイランドの東端に位置する。島の一番最後の地であることから「The End」と呼ばれており、作品タイトルはこれを意味する。ブリッツでは、2006年5月に行った写真展「ザ・サーフィング・ライフ」で一連の作品を紹介している。代表的ビジュアルは、写真集「THE END:MONTAUK N.Y.」(2004年、Harry N. Abrams 刊)の表紙のイメージ。オールヌードの若い女性がサーフボードを抱えて走る写真なのだが、卑猥さなど微塵も感じない透明感あふれる健康的で美しいモノクロ作品だ。当時のギャラリーのオーディエンスは、男女を問わず本作を「エロカッコイイ」と呼んで評価していた記憶がある。また写真集を見た多くの人は、プロのモデルをモントークで撮影したファッション写真だと信じていた。実は本作はドキュメント写真のアプローチで制作されている。この象徴的イメージを含めて、写真集収録写真の被写体はすべてモントークで暮らすローカル・サーファーだったのだ。

モントークはニューヨーク市マンハッタンから100マイルほどにある。ニューヨーク生まれのドウェックは、1975年以来この地を頻繁に訪れてきたという。かつては地元の人だけがサーファーを楽しんでいる静かな漁村だったそうだ。よそ者の視線を気にする必要がないので、水着を付けないでサーフィンが出来るほど自由な環境が本当にあったという。みんなが仲間同士で、そのコミュニティーの中で部外者を寄せつけずに、自分たちだけのルールを守り自由気ままに生きていたのだ。90年代になり、ヤッピーたちがマンハッタンから大挙してモントークを訪れるようになる。いまではイーストコースとのサーファーズ・パラダイスになっている。古くからこの地を知るドウェックは、町の魅力が急激に失われていくことに危機感をいだく。彼は消えゆく古き良き時代のシーンをドキュメントしようと考え、2000年初めにプロジェクトを開始するのだ。
ドウェックはまず、サーファー・コミュニティーに入り込み、彼らとの関係性構築を模索する。サーファーたちの佇まいや表情が自然に感じられるのは、彼がコミュニティーの内側から撮影していることによる。彼らにとって、ドウェックは仲間の一人であり、もはやカメラの存在を意識しなくなっているのだ。このスタイルは、その後のドウェック 作品でも不変だ。映画「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」でも、イタリア北部のトリュフハンターの老人たちと親しくなってから撮影を開始している。

彼が撮影を始めた時、すでにモントークはかなり観光地化が進行していた。しかし、平日の早朝や夕方などの時間帯には、かつての時代の残り香が残るシーンの断片が見られたのだ。オール・ヌードの若い女性がサーフボードを抱えて砂浜を颯爽とジャンプしながら走っている代表作もその一部なのだ。彼のカメラはそれらのシーンを追い求め続け、最終的に写真集の形式でモントークを人々が真に自由に生きる理想郷として描き出したのだ。
写真集が刊行されるや否や、多くのアメリカ人はドウェックの写真世界に完全に魅了されてしまった。それはドウェックの写真世界の中に、多くの人が幼少時代に垣間見た、今はなき理想のアメリカンシーンを見出したからにほかならない。また2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件により、当時の多くのアメリカ人が自信を失っていた。古き良き時代とは、かつて世界を主導した力強いアメリカ像と重なったことも作品の高い人気の背景にあっただろう。
ドウェックは日本人にとっても魅惑的な写真世界を提供している。彼が追い求めていたシーンは、多くの日本人が戦後に抱いていた理想とするアメリカンシーンでもある。テーマのサーフィン自体が戦後の日本人が憧れたアメリカ文化の象徴そのものだ。若い美しい男女がサーフィンを楽しみながら自由に生きるようなライフスタイルは、共同体のくびきの中で生きていた日本人が憧れる世界なのだ。テーマとしては、巨大消費システムに組み込まれたツーリズム、そして地域コミュニティーの崩壊を考えさせられる作品だと言えるだろう。

会場では「The End: Montauk, N.Y.」10周年特別版などの写真集を限定数販売する。2004年刊の、帯付のオリジナル版は、発売後わずか数週間で 5000 部を完売したという。いまでもレアブック市場で高額で販売されている。たぶん状態が非常に良い本の実売価格は500ドル(約5.75万円)~だろう。2015年に10周年記念の拡大版が刊行されたがすぐに完売。今回が限定2000部の待望の第3刷となる。

〇「The End: Montauk,N.Y.」10 周年記念 増補版
“The End: Montauk, N.Y. 2015” by Michael Dweck 10th Anniversary Expanded Edition(third edition/printing)
エッセー:マイケル・ドウェック(Michael Dweck)、
ピーター・ベアード(Peter Beard)、
ラスティー・ドラム(Rusty Drumm)
刊行:Ditch Plains Press、限定2000部
ハードカバー、サイズ 27.94 x 35.56 cm、約226ページ、モノクロ約260点、カラー15点、3点の折込ページ、オリジナル同様の半透明の帯付。
予価 22,000円(税込み)

〇開催情報

「Michael Dweck Photographs 2002-2020」
(マイケル・ドウェック 写真展)
2022年 2月16日(水)~ 4月24日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料
(*ご注意)新型コロナウイルスの感染状況によっては入場制限や予約制を導入します。詳しくは公式サイトで発表します。

ブリッツ・ギャラリー
〒153-0064 東京都目黒区下目黒6-20-29

〇映画「白いトリュフの宿る森」公式サイト

ブリッツ次回の写真展は
マイケル・ドウェック
映画「白いトリュフの宿る森」公開記念展

ブリッツ・ギャラリーの次回展は、マイケル・ドウェック(1957-)の写真展「Michael Dweck Photographs 2002-2020」となる。
ドウェックは、長年広告業界で活躍した後、40歳代に写真家に転身。ロングアイランドのモントークにおける、観光地化により消え行く地元サーフィン文化をドキュメントした「The End: Montauk, N.Y.」で2002年に作家デビュー。2008年に「Mermaids(マーメイド)」、2011年に「Habana Libre(ハバナ・リブレ)」を相次いで発表して、作家としての地位を確立する。作品は世界中のギャラリー、美術館で展示されるとともに、アート・オークションでも頻繁に取引されている。


Sonya, Poles Montauk, New York, 2002 ⓒ Michael Dweck

初期代表作“Sonya, Poles Montauk, New York, 2002”の大判サイズ作品は、2018年10月のササビーズ・ニューヨークのオークションにおいて168,750ドル(@112/約1890万円)で落札された。現存する写真家としては異例の高額落札で、市場関係者を驚かせた。2004年に刊行された彼デビュー写真集「The End: Montauk, N.Y.」(Harry N.Abrams, Inc.,刊)は、発売後わずか数週間で5000部を完売。その後レア・フォトブック市場で一時期1万ドル(@115円/約115万円)で取引されたという伝説の写真集だ。

その後のドウェックの創作活動はドキュメンタリ映画の監督/制作にシフトしている。もともと彼の写真作品や写真集は、明確なテーマと、それを伝えるストーリー性を持つヴィジュアルのシークエンスが見られた。複雑な作品テーマは静止画よりも動画の方が表現しやすい面があるのだろう。2018年には、米国地方都市の消えゆく伝統的ストックカーレースを舞台にした初の長編ドキュメンタリー映画「The Last Race」を、グレゴリー・カーショウとともに監督/制作している。


ⓒMichael Dweck and Gregory Kershaw

本展は、ドウェックがカーショウとともに監督/制作した第2作目の長編ドキュメンタリー映画「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」の日本での劇場公開を記念して開催される。この映画は北イタリア ピエンモンテ州の秘密の森で、世界で最も高価な食品とされる<白トリュフ>を探し求める老人と忠実な犬たちの物語となる。ドウェックは、何世代にもわたって伝えられてきた伝統的なトリュフの発掘方法を知るごく少数の寡黙な人々と3年をかけて交流し信頼関係を構築する。そして現代社会では忘れ去られた、まるでおとぎ話の世界の様なトリュフ・ハンターたちのシンプルで美しいライフスタイルの映像化に初めて成功するのだ。

本展では同映画から、トリュフ・ハンターと犬、北イタリアの美しい自然風景などの写真作品を5点セレクションして展示。作品の販売収益の一部は映画の制作地であるイタリアのトリュフの森を守るための保護プログラム「Friends of the Truffle Hunters Conservation Program」(*1)に寄付される。
また、ドウェックのいままでの主要シリーズ「The End: Montauk, N.Y.(ジ・エンド・モントーク、N.Y.)」、「Mermaids(マーメイド)」、「Habana Libre(ハバナ・リブレ)」のアイランド三部作から、代表作も含めた約18点を展示する。写真から映像作品まで、幅広い分野で活躍するヴィジュアル・アーティストのドウェック。本展は彼のいままでのキャリアを本格的に回顧する写真展となる。会場では「The End: Montauk, N.Y.」10周年特別版など、過去の写真集を限定数販売する予定だ。

ⓒMichael Dweck and Gregory Kershaw

〇映画「白いトリュフの宿る森」について
マイケル・ドウェックがグレゴリー・カーショウとともに共同で監督/制作した第2作目の長編ドキュメンタリー映画。第73回全米監督協会賞ドキュメンタリー映画監督賞、第35回全米撮影監督協会ドキュメンタリー賞等を受賞している。
世界で最も希少な高額食材のアルバ産<白トリュフ>。未だかつて栽培が行われたことはなく、どのように、なぜそこに育つのか解明されていない。ドウェックは、その産地である北イタリアのピエモンテ州を旅した時に、夜になると森に<白トリュフ>を探しに出かける老人たちがいる……という言い伝えを耳にする。彼がその話に興味をもったことがきっかけで、映画制作の企画が動き出す。危険のつきまとう森の奥深く、老人たちは訓練された犬たちと共に、何世代にも伝わる伝統的な方法で<白トリュフ>を探し出す。ドウェックは約3年間にわたり彼らに密着して行動を共にする。そして信頼関係を構築したうえ、誰も成し遂げたことがない彼らの昔ながらのライフスタイルの撮影に成功したのだ。そこに映し出されるのは、大地に寄り添い、人や動物とのつながりを大切にする、まるでおとぎ話のような世界で生きる人たちだった。
ドウェックのカメラは、彼らの昔ながらの生活と現在のトリュフをとりまく様々な状況との間を行き来する。そして、現代社会に横たわる気候変動、森林破壊、貧富の格差拡大、循環経済への転換の必要性などが提示されるのだ。

同作は2022年2月18日から、Bunkamura ル・シネマ他でロードショーされる。公式サイト

(*1)「Friends of the Truffle Hunters Conservation Program」
マイケル・ドウェックとグレゴリー・カーショウは、同作を撮影中にトリュフ・ハンターとその世界に魅了された。そして撮影地の森を保全・保護するためにこのプログラムを結成する。これは映画を支えてくれた多くの個人篤志家の人々の惜しみない寄付によって成り立っている。彼らが最初に行ったのは、ピエモンテ地方にある55エーカーのトリュフの森を購入し、保護することだった。この保護活動は、15人のトリュフ・ハンターのグループ(Terre Di Tartufi)がボランティアとして現地で管理し、保護活動のサポートや将来の世代への教育を行っている。作品の販売収益の一部は、このプログラムに寄付される。

(開催情報)
「Michael Dweck Photographs 2002-2020」
(マイケル・ドウェック 写真展)
2022年 2月16日(水)~ 4月24日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料
(*ご注意)
新型コロナウイルスの感染状況によっては入場制限や予約制を導入します。詳しくは公式サイトで発表します。
ブリッツ・ギャラリー
〒153-0064 東京都目黒区下目黒6-20-29