2016年春のNYアート写真シーズン到来! 市場の2極化がさらに進行する
最新オークション・レビュー

春の訪れとともに、いよいよ定例の2016年ニューヨーク・アート写真シーズンが始まった。4月3~6日にかけて、大手のクリスティーズ、ササビーズ、フィリップスでオークションが開催された。
昨秋から半年の間に経済環境は再び大きく変化した。2016年の年明け以降、原油価格急落、中国経済のバブル崩壊懸念、欧州景気の低迷、米国での金利上昇予想などによる世界経済先行きへの不安感が高まり金融市場が不安定になった。米国の短期金利は昨年12月に約10年ぶりに引き上げられた。しかしその後は、新興国や資源国の経済の先行き不安などから利上げのペースが遅れるという見通しが強くなった。結果的にニューヨーク・ダウ平均株価は、年初に15000ドル台に急落したものの、春には再び17000ドル台に回復。株価はほぼ昨年秋時期のレベルに戻っている。
2015年秋のオークションはかなり厳しい結果だった。オークションの総売り上げは、2013年春から2014年春にかけてリーマンショック後の減少傾向からプラスに転じた。しかし2014年秋以降は再び弱含みの推移が続き、ついに昨秋にはリーマンショック後の2009年春以来の低いレベルに大きく落ち込んでしまったのだ。特にそれまで好調が続いていた高額価格帯が大きく失速したのが響いた。
今年は春の定例オークション前の2月17~18日に、”MODERN VISIONS (EXEPTIONAL
PHOTOGRAPHS)”という、大注目オークションがクリスティーズ・ニューヨークで開催された。落札結果は予想外に好調で。全279点が出品され落札率は驚異的な90.32%だった。総売り上げはなんと約889万ドル(約10.2億円)を記録した。同オークションのレビューでは、出品作は作品来歴もしっかりとしている極めて貴重なヴィンテージ・プリントが中心だったので、市場全体の趨勢を必ずしも反映されたものではないかもしれないと分析した。残念ながら予想は当たってしまったようで、今春シーズンは昨秋の弱めのトレンドからの大きな変化は見られなかった。大手3社の総売り上げは約1190万ドル(約13.32億円)。昨秋よりは約17%増加したものの、1年前と比較すると約32%減。いまだにリーマンショック直後の2009年春以下のレベルにとどまった。
平均落札率は約67.8%と、昨秋の62.1%より改善している。しかしこれでも約1/3の出品作は不落札ということだ。価格帯別の落札率に大きな違いは見られなかった。この数字から、今後に開催される中堅業者のオークションはかなり苦戦すると予想できるだろう。
ササビーズは4月3日に複数委託者による「PHOTOGRAPHS」を開催。
落札率73.68%、総売り上げ約332万ドル(約3億7200万円)だった。昨秋よりも出品数を絞ったものの落札率が向上したことでほぼ昨年並みの売り上げを達成した。
最高額はヘルムート・ニュートンの”Sie Kommen (Dressed) and Sie Kommen (Naked), 1981″。ヌードと洋服着用の約106X106cmサイズの巨大2点セット作品。最高落札予想価格の上限25万ドルの2倍を超える67万ドル(約7504万円)で落札。ちなみに来歴によると、同作はまだニュートンが存命だった2001年にクリスティーズ・ロサンゼルスで11.05万ドルで落札されたもの。約15年で名目約6倍の上昇率は決して悪い投資ではなかったといえるだろう。本作に関しては落札予想価格が低すぎたと思われる。
カタログ・カバーに掲載されていた、マン・レイの1点もの”Rayograph, 1924″は、落札予想価格の下限の25万ドル(約2800万円)だった。
最近続いている、アンセル・アダムスの巨大作品の人気は衰えていない。”Yosemite Vallery from Inspiration Point, circa 1940″は182X243cmの巨大作品。かつては銀行のオフィス用に制作されたもの。落札予想価格の上限の2倍近い11.875万ドル(約1330万円)だった。ちなみに来歴によると、同作は1999年にササビーズ・ニューヨークでわずか1.265万ドルで落札されたもの。21世紀になり、現代アートの価値基準でアート写真が再評価された。アンセル・アダムスがアナログ銀塩写真でのサイズの限界に挑戦していたことが認められ、昨今は相場が急上昇しているのだ。
フィリップスは、4月4日に、複数委託者による「PHOTOGRAPHS」を行った。落札率67.8%、総売り上げ約449万ドル(約5億370万円)だった。高額セクターが不調だったものの、出品作が264点と多かったことからフィリップスが今季の売上高トップを獲得した。高額落札の上位を占めたのは彼らが得意とする現代アート系だった。
最高額はアンドレアス・グルスキーの”Athens, 1995″。落札予想価格上限を超える40.1万万ドル(約4491万円)だった。続いたのはリチャード・プリンスの”Untitaled(Cowboy,1993)”。
落札予想価格の範囲内の約23.3万ドル(約2609万円)だった。
それ以外では、シンディー・シャーマン、アンドレ・セラノ、トーマス・スュトゥルート、トーマス・ルフなどが売り上げ上位を占めた。アート写真系では、リチャード・アヴェドンの”The Beatles, 1967″が、やや期待外れの落札予想価格下限付近の12.5万ドル(約1400万円)で落札された。
クリスティーズは、「PHOTOGRAPHS」を4月6日に開催。落札率は昨秋の56.2%から63.37%へ、総売り上げも約272万ドルから約408万ドル(約4.57億円)に改善した。今回は杉本博司の特集が組まれたことが注目された。”SPOTLIGHT:HIROSHI SUGIMOTO”として、彼の数10年にもわたるキャリアを振り返る15点が出品。結果は良好で、見事に13点が落札されている。カタログ表紙にもなった約149X119cmの大作”Church of the Light, Tadao Ando,1997″は、落札予想価格上限を超える23.3万ドル(約2609万円)で落札。人気の高い海景シリーズの”Caribbean Sea, Jamaica,
1980″は、落札予想価格上限の2倍の6万ドル(約672万円)で落札された。
最高額はポール・ストランドの”The Family, Luzzara, Italy, 1953″。世界中に現存しているこのイメージのプリントはわずか15枚で、ほとんどが美術館所有とい逸品。最高落札予想価格の上限を超える46.1万ドル(約5163万円)で落札された。続くのはダイアン・アーバスの”Boy with a straw hat waiting to march in a pro-war parade,N.Y.C., 1967″。こちらは落札予想価格の下限をやや超える、24.5万ドル(約2744万円)で落札。

1年前のレビューでアーヴィング・ペンの相場のピークアウトの予感に触れた。今シーズン、ペンは全オークションで24点が出品されて16点が落札。落札率はほぼ全体平均の約66%だった。しかし”Cigarette,#37,NY,1972″や”Two Guedras,Morocco,1972″などの人気作が不落札。リザーブ価格がまだ高すぎたのだろう。相場動向から代表作品が出品されなかった中でクリスティーズで”Gisele,  NY,1999″が13.7万ドル(約1534万円)で落札されている。ペン作品の中でも、有名モデルのファッション・イメージには根強い人気があるようだ。

一方で、もう一人の20世紀ファッションの巨匠のヘルムート・ニュートンはどうだったか?全オークションで20点が出品されて13点が落札。落札率はほぼ全体平均と同じ約65%だった。ササビーズで”Sie Kommen (Dressed) and Sie Kommen (Naked), 1981″が今季の最高額を記録するなど、ニュートン相場はしっかりしている。代表作は落札予想価格の上限近辺で落札されている。ただし、不人気、知名度が低いイメージは不落札が多かった。コレクターはイメージ選択にかなり慎重になっているようだ。
今シーズンで気になったのは、同じくファッションの巨匠だったリチャード・アヴェドンの相場動向だ。全オークションで14点が出品されて8点が落札。落札率は全体平均よりも低めの約57%にとどまっている。2点出品された”Nastassja Kinski and the Serpent, Los Angeles, California,1981″がいずれも不落札。その他、人気作でもエディション数が多い作品が不落札か、落札予想価格下限付近の落札にとどまっていた。アヴェドンが2004年に亡くなってから価格は上昇して、ずっと安定傾向だった。そろそろ相場はピークアウトしてきたと思われる。
リーマンショック後の回復過程で、市場では人気作家と不人気作家の2極化がすすんできた。最近ではそれが更に先鋭化して、同じ作家の中にも人気作と不人気作の2極化が見られるようになってきた。今春は、さらに人気作の中でも作品の希少性がより重要視されるようになった。つまり有名作家、希少性、代表作というような、より高い資産価値のある作品に人気が集中しているのだ。アート写真市場の多様性がかなり失われつつあるように感じている。いま世界で起きている資本主義の変貌がアート写真市場にも反映されているのではないだろうか。ぜひ詳しい背景分析を試みたいと考えている。