2022年アート写真市場では、2点の1000万ドル越えの落札作品が最大の話題になった。ちなみにいままでの写真のオークション最高額は、2011年11月にクリスティーズ・ニューヨークで落札されたアンドレアス・グルスキー「Rhein II」の433.8万ドルだった。2022年はいきなり以前の最高額の2倍以上の高額落札が2点もあったのだ。
年間最高額の1241万ドルを記録したマン・レイ作品「Le Violon d’Ingres, 1924」は、5月にクリスティーズ・ニューヨークで開催された“The Surrealist World of Rosalind Gersten Jacobs and Melvin Jacobs”セールに、年間2位の1184万ドルのエドワード・スタイケン作品「The Flatiron, 1904/1905」は、11月にクリスティーズ・ニューヨークで行われた故マイクロソフトの共同創業者ポール・アレン(1953-2018)の“Visionary: The Paul G. Allen Collection Parts I and II”セールに出品された。いずれも写真に特化したカテゴリーのオークションではない。
ポール・アレン・コレクションのセールは、ゴッホ、セザンヌ、スーラ、ゴーギャン、クリムトなどの20世紀美術界巨匠のモダンアート絵画とともにスタイケンの写真作品が出品されている。落札額の1184万ドルは、同オークションでスタイケンと同時期に活躍した画家ジョージ・オキーフ(GEORGIA O’KEEFFE /1887-1986)の油彩画「Red Hills with Pedernal, White Clouds」の1229.8万ドルとほぼ同じ額になる。これは20世紀写真の貴重なヴィンテージプリントは、1点もの絵画と同じ価値があるという意味でもある。
アート作品のカテゴリー分けは固定的に決まっているわけではなく、いつの時代でも流動的に変化している。2022年は、写真とその他の分野のアート作品とのカテゴリー分けがより一層困難になった。かつては独立した分野として存在していた写真が、完全に大きなアート作品分野の中の一つの表現方法になったと理解してよいだろう。アート史で、写真家と画家が同じアーティストとして取り扱われるようになったともいえる。
アート・フォト・サイトの年間オークション売り上げは、主に写真に特化したセールの落札結果を集計している。いまや現代アート系オークションにはアーティスト制作の写真作品、20世紀モダンアートのオークションには、上記のマン・レイやスタイケンなどの高額20世紀写真が当たり前に出品されている。それらを取り出して、集計に加えるという考え方もあるが、ここでは今まで継続して行ってきた統計の一貫性を保つために除外している。ただし高額落札ランキングには、現代アート系/20世紀モダンアートのオークション結果も反映させている。しかしデイヴィッド・ヴォイナロヴィッチ(1954-1992/David Wojnarowicz)などの写真を使用したコラージュ作品は、写真作品に含めるかどうかの解釈は分かれると思う。今回は写真オークションへの出品実績が少ないことから除外した。
またオークションは世界中で開催されている。今回の集計から漏れた高額落札もあるかもしれない。
また為替レートは年間を通じて大きく変動している。どの時点のレートを採用するかによって、ランキング順位が変わる場合もある。2022年は為替レートが大きく乱高下した。ドル円の為替レートは年初の110円台から150円台まで下落して、その後年末には130円台まで戻している。例年はオークション開催月の為替レートを採用していたが、2022年は三菱UFJリサーチ&コンサルティングが発表している年間の平均TTSレートを採用した。ドル円132.43円、ユーロ円139.54円、ポンド円165.92となる。
これらの点はご了承いただくとともに、もし漏れた情報に気付いた人はぜひ情報の提供をお願いしたい。
以上から、以下のランキングは写真作品の客観的順位というよりも、アート・フォト・サイトの視点によるものと理解して欲しい。2022年は、新型コロナウイルスの感染拡大による大きな混乱はなくなり、ほぼ通常通りのスケジュールでオークションが開催された。しかしコロナ禍は収束が見えない中、ウクライナ戦争、エネルギー危機、インフレ、金利急上昇などの深刻な課題に直面した1年だった。2022年は世界中の写真作品中心の35オークションの売り上げを集計した。総売り上げは約56億円と、2021年比で約6%減少。出品点数は5080点とほぼ横ばい、落札率は約71.6%から約66.56%に低下している。1点の単純落札単価は168万円から165万円に微減した。合計金額は通貨がドル、ユーロ、ポンドと別れているので、円貨に換算して計算している。取引シェアが最大通貨のドルは、年平均で比較すると約20%もドル高/円安になっているので、円貨換算の総売り上げは為替の影響で過大評価されているといえるだろう。
したがってドルベースで結果を比較している、ニューヨークの春と秋シーズンの大手3社の定例オークション実績のほうが市場の実態を反映しているだろう。春と秋シーズンを合算した、年間ベースでドル建ての売上を見比べると、2022年の市場状況が良く分かる。政治経済の不透明さが続く中、2022年の売り上げは約2029万ドル(落札率67.4%)だった。新型コロナウイルスの感染拡大により落ち込んだ2020年の約2133万ドルを下回るレベルまで落ち込んでいる。これはリーマンショック後の2009年の約1980万ドルをわずかに上回る数字となる。
年間の落札率推移も、2019年70.8%、2020年71.6%、2021年71.8%から、2022年は67.4%に下落している。相場環境が悪いと、特に高額作品を持つ現役コレクターは売却時期を先延ばしにする傾向がある。つまり高額で売れない可能性が高いと無理をしないのだ。そして買う側も、将来的により安く買える可能性があると考える。結果的に全体の売上高と落札率が伸び悩む傾向になる。2022年はそのようなコレクター心理が反映された年だったといえるだろう。特に2022年秋は、私が専門としているファッション分野でも有名写真家の代表作品の不落札が散見された。コレクターは売買に慎重姿勢である事実がよく分かる。
さて2021年のオークション市場では、秋のクリスティーズ・ニューヨークのオ―クションに出品されたジャスティン・アベルサノ(Justin Aversano/1992-)の、「Twin Flames」シリーズのデジタルアート写真NFT(Non-Fungible Token)作品が落札予想価格10万~15万ドルの、予想をはるかに上回る111万ドル(約1.22億円)で落札され大きな話題になった。しかし、2022年は暗号資産市場は世界有数の暗号資産取引所のFTXの破綻などの影響で価格が大きく調整した。NFT市場の取引量も大きな影響を受けた。ブロックチェーン調査データを公開するDuneによると、2022年に入ってからNFT取引は急減し、9月末までに年初比で97%減少したという。金利が上昇した金融市場の動向もオークション参加者に心理的な影響を与え、かなり厳しい状況が続いた。中長期的には可能性のある市場だが、2021年のような価格レベルに市況が回復するにはかなりの時間と市場関係者の努力が必要だろう。
2022年オークション高額落札ランキング
1.マン・レイ「Le Violon d’Ingres, 1924」
クリスティーズ・ニューヨーク、“The Surrealist World of Rosalind Gersten Jacobs and Melvin Jacobs”、2022年5月14日
$12,412,500.(約16.43億円)
2.エドワード・スタイケン
「The Flatiron, 1904/1905」
クリスティーズ・ニューヨーク、“Visionary: The Paul G. Allen Collection Parts I and II”、2022年11月9日
$11,840,000.(約15.67億円)
3.マン・レイ
「Noire et Blanche, 1926」
クリスティーズ・ニューヨーク、“20th Century Evening, 21st Century Evening, and Post-War & Contemporary Art”、2022年11月17-18日
$4.020,000.(約5.32億円)
4.ヘルムート・ニュートン
「Big Nude III (Variation), Paris」
クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening and Post-War and Contemporary Art Day Sales”、2022年5月10-13日
$2,340,000.(約3.09億円)
5.バーバラ・クルーガー
「Untitled (My face is your fortune), 1982」
サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Evening and Day Auctions”、2022年11月16-17日
$1,562,500.(約2.06億円)
6.リチャード・プリンス
「Untitled(Cowboy), 1998」
サザビーズ・ロンドン、“Modern and Contemporary evening”、20221年6月29日
GBP942,500.(約1.56億円)
7.リチャード・アヴェドン
「The Beatles Portfolio: John Lennon, Ringo Starr, George Harrison and Paul McCartney, London, 1967/1990」
フィリップス・ロンドン、“Photographs”、2022年11月22日
GBP809,000.(約1.34億円)
8.シンディー・シャーマン
「Untitled, 1981」
クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening and Post-War and Contemporary Art Day Sales”、2022年5月10-13日
$882,000.(約1.16億円)
9.リチャード・プリンス
「Untitled (Cowboys), 1992」
サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Day Auction”、2022年5月20日
$724,000.(約9594万円)
10.ゲルハルド・リヒター
「Ema (Akt auf einer Treppe) (Ema <Nude on a Staircase>), 1992」
サザビーズ・ロンドン、“Contemporary Evening and Day Auctions”、2022年10月14-15日
GBP567,000.(約9407万円)
繰り返しになるが、いま市場での写真表現の定義は極めて複雑になっている。「ファインアート写真の見方」(玄光社/2021年刊)で詳しく触れているが、これからは「19-20世紀写真」、「21世紀写真」、「現代アート系写真」へと分かれていくとみている。21世紀になって制作された写真作品は、すべて現代アート系写真だという考えもある。しかし内容的には、19-20世紀写真の延長線上にある「21世紀写真」と「現代アート系」とに分かれるのではないだろうか。
オークションハウスのカテゴリーでは、戦後の20世紀写真/21世紀写真の中で、サイズの大きく、エディションが少ない作品は現代アート・カテゴリーに定着している。そして2022年には、1000万ドル越えの1945年以前の20世紀写真が誕生した。これにより高額ヴィンテージ作品は従来の「19-20世紀写真」とは区別して、新たに「モダンアート系写真」というカテゴリーで呼ぶのが適切ではないかと考えている。この新しい超高額分野が市場として確立するかは今後にどれだけ貴重な逸品がオークションに出品されるかにかかっている。
2023年は世界的な不況が到来するとの経済専門家の見通しが一般的だ。外国為替市場では日米の金利差縮小の期待から、年初から急激に円高が進行している。日本のコレクターにとってはもしかしたら買い場があるかもしれないと考えている。今年も引き続きアート写真市場の相場動向を注視していきたい。
(為替レート/ドル円132.43円、ユーロ円139.54円、ポンド円165.92)