
東京都写真美術館は、1990年6月に第1次オープンし、1995年に総合開館している。当時の新聞報道によると、都は開館前に約10億円かけ、国内外の写真コレクターや業者から写真史上の重要作品約6000点を購入。本格開館までの3年間でさらに約20億円の収集費があったという。高額作品は、1840年代にダゲレオタイプで撮られたショワズラーとラテルの「旧フロールの館とチュイルリー公園」の1600万円だったという。(朝日新聞90年5月30日夕刊) 当時は、写真市場がまだ黎明期で、他のアート作品と比べて写真は貴重なヴィンテージプリントでさえ非常に割安だった。当時はバブル経済で東京都の同館の開設関連予算は潤沢だった。同館は極めて有効に都民の税金を使って重要なコレクションの基礎を構築したのだ。
ちなみに、令和7年3月末現在の取集作品数は38,759点とのこと。今年、開館30周年を記念してTOPコレクション展が2期にわたって開催される。本展「トランスフィジカル」は「不易流行」に次ぐもので、学芸員4名による共同企画による。年齢も経験も違う男女の学芸員の多角的な視点からコレクションを紹介する試みで、若手学芸員を育成するという意図もあるとのことだ。

本展は、ファインアート写真コレクターには嬉しい、東京都写真美術館収蔵の珠玉の19~20世紀写真が一堂に鑑賞できる写真展だ。写真展タイトルの「トランスフィジカル」と、フライヤーの小本章と安村崇のシュールなカラー写真とからは、多くの人はややアヴァンギャルド系作品の展示を想像してしまうかもしれない。しかし、これらは企画側があくまでも注目を集めるために行った広報であり、本展は珠玉のファインアート写真をまとめて鑑賞できる純粋なコレクション展だと理解して欲しい。有名写真家による作品画像の展覧会フライヤーへの利用には、著作権クリアーのために様々な面倒なハードルがある。想像するにそれも影響しているのだろう。
20世紀写真分野のコレクターがこだわっているのが撮影後数年以内に本人により制作されたヴィンテージ・プリントだろう。それと比較されるのが、撮影後ある程度の時間経過して製作されたモダン・プリントだ。ヴィンテージは制作枚数が非常に少なく、モダン・プリントは数が多い。大体20世紀には、写真の初期プリントに美術的価値があるなど写真家は想像だにしていなかった。両者の市場価格も全く違い、状態や現存数など色々な条件にもよるが、ヴィンテージはモダン・プリントの数十倍以上に評価される場合がある。本展ではあの巨匠アンリ・カルチェ=ブレッソンの、同じ写真作品のヴィンテージとモダン・プリント3組を同時展示するという、コレクターが狂喜する素晴らしい展示が行われている。これは豊富なコレクションを持つ東京都写真美術館だから可能な展示で、コレクター、写真ファン、学生には本展での必見のパートだろう。ちなみに最近の市場では、カルチェ=ブレッソン作品は、約2000ドルから21万ドル程度の評価になっている。

多様な年代、種類、分野、有名無名の写真作品が大きなくくりで紹介されるコレクション展の場合、見る側の興味よって無限の鑑賞アプローチがあるだろう。本展は展示枚数が非常に多いので、どんなテイストを持った人でも間違いなく何点かの自分好みの作品と出会えるだろう。今後のコレクション展の希望だが、美術館のキュレーターが担当するとどうしてもニュートラルな作品セレクションになりがちだろう。もし機会があれば独自の世界観を持ったアーティスト、作家、学者、文化人などがキュレーションする、独断と偏見に満ちたコレクション展も見てみたい。
以下で、写真市場での評価という視点から個人的に必見だと思う作品の一部を紹介する。最初に作品番号を記載しているので写真を探す際に参考にしてほしい。
1-32 ゲルハルト・リヒター、「<MV.6><Museum Visit>2011」
リヒターのオーヴァーペインテッド・フォトグラフは写真と絵画を組み合わせた彼の小振りの実験的作品
2-1 マリオ・ジャコメリ、「I don’t have hands to caressmy face、1962-1963」
モノクロの抽象美が美しいジャコメリの有名作
2-13,14,15 ウィリアム・クライン、「Dance in Brooklyn 2, New York, 1955」
アレ、ブレ、ボケを多用してその後の多くの写真家に影響を与えたクライン。彼の初期代表作「ニューヨーク」(1956年刊)に収録の2点が展示されている
2-17 ハリー・キャラハン、「Detroit, 1942」
カラー写真の長時間露光で街などの活気ある雰囲気の表現に挑戦した作品
3-17 ウィリアム・エグルストン、「Jackson, Missisippi, c.1972」
写真集「William Eggleston’s Guide」のP47 に収録されているダイ・トランスファー・プリント作品
3-19 シンディー・シャーマン、「Untitled #123, 1983」
マス・メディアが作り上げた女性への固定観念を自らの肉体と変身を通してアート作品化したシャーマンの80年代のカラー作品
4-15~22 シンディー・シャーマン、 「Untitled Film still , #9,#16, #19,#22,#26,#33,#57,#58」
B級映画に描かれた多様な女性のステレオタイプのアイデンティティを自分で演じて表現した、1978年から1980年に8X10 ”カメラで製作された、キャリア初期のモノクロの代表シリーズ
5-2,3 アンセル・アダムス、「Clearing Winter Storm, Yosemite National Park, California C.1944」 、「Moon and Half Dome, Yosemitte Vallery, California, 1960」
“ゾーンシステム”という手法による高いプリントのクオリティー確立と芸術性を兼ね備える作品、アナログ時代に写真表現の限界拡大の可能性を追求したと現代でも再評価されている
総合開館30周年記念 TOPコレクション トランスフィジカル
東京都写真美術館
