日本の写真オークション市場最前線
「LIVE STREAM」@SBIアートオークション

欧米では写真はファインアート表現として定着しており、ギャラリーのプライマリーとともに、オークションのセカンダリー市場も大きな取り扱い規模を誇る。かつては、「Photographs」として独立した分野で取引されていたが、最近は写真が現代アートの表現方法のひとつだと考えられるようになり、その境界線はかなりあいまいになってきている。高額評価の作品は現代アートやコンテンポラリー分野で他のアート作品と一緒に取り扱われている。また中低価格帯は、「プリント / マルチプル」分野で版画などと一緒に売買される場合も多い。

最近は日本でも、SBIアートオークションが中低価格帯の写真作品をデザイン、オブジェ、ペインティング、イラストレーション、ペーパーワーク、プリントなどの幅広い分野のコレクタブルのカテゴリーの一部として主にオンライン・オークションで取り扱っている。たいがいは写真の出品数は少ないのだが、ちょうど4月10日から11日にかけて行われた「LIVE STREAM」オンライン・オークションでは珍しく65点の写真関連作品が取引された。日本の写真市場の今を知るために、今回はその結果を分析してみよう。なお銀塩写真以外に、オフセット・リトグラフ、フォトグラヴュール、ライトジェット・プリント、ポストカードも写真作品にカウントした。

内訳は出品65点のうち不落札は8点、落札率は約87.7%だった。総売上高は1189.1万円(15%の手数料込/税別)、落札予想価格の下限以下の落札が14点、上限越えは20件だった。やはり欧米市場と同じく20世紀写真の人気が今一つ盛り上がらなかったという印象だ。

杉本博司は出品6点すべてが上限越えでの落札だった。杉本は6月から東京国立近代美術館で「杉本博司 絶滅写真」展開催を控えている。今回は低価格帯のオフセット・リトグラフや印刷物が中心だったが、今後のオークションで人気の高い「海景」の銀塩写真が出品されると国内外のコレクターは大いに注目すると思われる。最近は安定していた作品相場が上振れする可能性があるかもしれない。

SBI ART AUCTION, 植田正治「小狐登場、1947」

最高額はLOT197の植田正治「小狐登場、1947」。東京都写真美術館にも収蔵されている有名作だ、イメージサイズ 13.7 X 20.7cmの銀塩写真、落札予想価格30万~50万円のところ149.5万円(手数料込)で落札された。カタログには作品の詳細の記載はないが、たぶん落札者は貴重な撮影時に近い時期にプリントされたものだと判断したと思われる。

今回の出品作の来歴で注目されたのが、ツァイト・フォト・サロンの取り扱い作が18点あったこと。アンドレ・ケルテス、エドワード・ウェストン、ロベルト・ドアノー、リー・フリードランダ―など欧米の20世紀写真の代表写真家を同ギャラリーが取り扱っていた事実がよくわかる。私が注目したのは、なんとファッション系のブルース・ウェバー作品も販売していたことだ。1983年にTwelvetrees Pressより刊行された初写真集「Bruce Weber」に収録されている2作品が出品されていた。改めて写真市場黎明期での、石原悦郎氏(1941-2016)の優れた目利きには本当に驚かされる。


ツァイト・フォト・サロン 取り扱い作品は、日本における写真市場の黎明期の80年代に輸入販売された作品になる。当時のコレクターはいまではかなり高齢になっていると思われる。今回の多くの出品作は終活を意識したコレクションの整理の一環だと思われる。これからは、バブル期の80年代後半から90年代前半に流通系企業ギャラリーが販売したファッション/ポートレート系の作品が市場に出てくると思われる。今後も日本のオークションにおける写真関連作品の出品状況に注目していきたい。

詳しい落札結果はコチラからどうぞ

写真がコレクタブルとして紹介!
雑誌ブルータス1980年8月号の予言

個人的な研究テーマの一つに、日本における写真作品の流通および市場の歴史がある。その一環として、写真がいつ頃からコレクションの対象だと認識されるようになったかの資料として、新聞や雑誌の記事を収集している。以前にも紹介したが、私が写真市場に興味を持ってギャラリーを開業したきっかけになったのは、雑誌ブルータスの1987年2月号に掲載された高橋周平氏によるコラム「写真経済論」だった。そこでは写真のオリジナル・プリントという概念を紹介して、写真がコレクションの対象になりつつある日本の状況の紹介と、その最大の生産地がニューヨークだと解説されていた。ツァイト・フォト・サロン、p.g.i、ギャラリーWIDE、ギャラリーMIN、プリンツなどの日本の写真コレクション市場の礎を築いたギャラリーと取り扱い作品が紹介されていた。ちなみにマイケル・ケンナやリチャード・ミズラックを日本に最初に紹介したのがギャラリーMINだった。ちょうど当時の住まいの近くのダイエー碑文谷店(現在のイオン・スタイル)の裏にあり、よく行ったものだ。

私は長らく日本で写真がコレクションの対象だと世間一般で認識されるようになったのは、80年代後半から90年代にかけてだと認識していた。ちょうど東京都写真美術館が1990年6月1日に第1次オープンし、写真を美術館が収集することが物珍しく、主要新聞や雑誌で取り上げられたのがきっかけだと考えていた。しかし、最近になって、なんとそれよりもはるか前の雑誌ブルータスの1980年8月号(Issue 2)の「Brutscope」という情報ページに写真オリジナル・プリントの記事を発見した。記事のタイトルは「1枚2万ドルもするA・アダムスの写真は別格として、オリジナル・プリントのコレクションはこれからの趣味だ。」というもの。記事内では、アンセル・アダムスが当時のアメリカで一番人気がある写真家で、1979年のクリスティーズのオークションで代表作の「Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941(ムーンライズ)」が2万ドルで落札され、当時の現存写真家の1枚のプリントの最高額を更新したと紹介されている。ちなみに1980年の年間平均ドル/円の為替レートは1ドル/226.7408円だったので、上記作品の円貨は約453万円だったことになる。しかしこれは事実ではなく、1948年にプリントされた貴重な初期作品はすでに1971年に7.15万ドルで取引されている。(同作は2006年のサザビーズのオークションに再出品され60.96万ドルで落札)

本作「ムーンライズ」は人気が高く、なんと約1300枚もプリントされたという。流通量が多いというのは市場に流動性を提供し、換金などのための取引が容易になる利点がある。本作は初期写真市場の成立に大きく貢献したと思われる。また本作はプリント制作時期とサイズによって相場は大きく異なる。1970年以前のプリントは、ネガの扱いが難しかったため非常に希少で高額だ。その後、アダムスはネガを作り直し、コントラストを強めることで、高品質なプリントを容易にできるようにしている。ブルータスの記事には、この2万ドルで落札された作品のプリント制作年などの詳細の記述はない。たぶん70年以降に大量にプリントされた作品だと思われる。ネガを作り直した後のプリントの最近の相場は、約40X50cmサイズで評価は4~6万ドル、あまり値上がりしていないという印象を持つ人もいるかもしれないが、1000点以上プリントされた20世紀写真でこれだけ高価な風景作品はほかにないだろう。ちなみに同作のオークション最高落札額は、103.8 x 150.4 cmの超巨大の壁画サイズ作品で、2021年10月にクリスティーズNYで93万ドルで落札されている。市場ではゾーンシステムという独自技法を開発し制作されたアンセル・アダムスの壁画サイズ作品は、いま高騰しているアンドレアス・グルスキーなどの現代アート系の風景写真の原点だという文脈が出来上がっている。ゾーンシステムはアナログの画像編集ソフトのフォトショップなのだという理解だ。

Ansel Adams, 「Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941」

記事でもう1枚大きく紹介されているのがリチャード・アヴェドンの有名なパリ・ファッション・ポートフォリオからの「Carmen, Homage To Munkasci, Coat By Cardin, Place François Premier, Paris, 1957」。ギャルリー・ワタリの取り扱い作で25万円と紹介されている。上記レートでドル換算すると約1,100ドルになる。ちなみに同作は2022年4月にクリスティーズNYのオークションで4.788万ドルで落札されている。2022年4月の平均為替レートは1ドル/125.98円なので、約603万円となる。数字だけ見ると1980年当時にアヴェドンを買っとけばよかったということだが、1980年ころの大卒の初任給は約10万だったので、まだ価値が定まってない25万円のファッション写真を買う勇気を持っていた人はあまりいなかったと思う。実はファッション写真は1990年代に再評価されて、今では最も人気があり、80年代と比べて相場が大きく上がっているファインアート写真のカテゴリーなのだ。

Richard Avedon 「Carmen, Homage To Munkasci, Coat By Cardin, Place François Premier, Paris, 1957」

記事の最後には1979年にフォト・ギャラリー・インターナショナル(現在のPGI)がオープンしたと紹介されていた。同ギャラリーは専門商社東機貿が運営に参加し経営が安定している。虎ノ門、芝浦を経て、現在でも東麻布で活動中だ。

神宮前のギャルリー・ワタリも積極的に写真と取り組んでいると書かれている。同ギャラリーは、現代アート系のアート・プログラムをさらに展開させ、1990年9月にワタリウム美術館をオープンさせ、現在に至っている。

今回は1980年8月号の雑誌ブルータスを紹介した。もしそれ以前に写真のオリジナルプリント関係の新聞や雑誌の記事情報を持っている人はぜひ資料のコピーを提供して欲しい。
その後、私の興味はコレクタブルのカテゴリーになった写真が、どのようにファインアートや現代アートの一部としてとして認識されるようになったかの探求に展開していく。機会を見てその長い変遷を紹介したいと考えている。