個人的な研究テーマの一つに、日本における写真作品の流通および市場の歴史がある。その一環として、写真がいつ頃からコレクションの対象だと認識されるようになったかの資料として、新聞や雑誌の記事を収集している。以前にも紹介したが、私が写真市場に興味を持ってギャラリーを開業したきっかけになったのは、雑誌ブルータスの1987年2月号に掲載された高橋周平氏によるコラム「写真経済論」だった。そこでは写真のオリジナル・プリントという概念を紹介して、写真がコレクションの対象になりつつある日本の状況の紹介と、その最大の生産地がニューヨークだと解説されていた。ツァイト・フォト・サロン、p.g.i、ギャラリーWIDE、ギャラリーMIN、プリンツなどの日本の写真コレクション市場の礎を築いたギャラリーと取り扱い作品が紹介されていた。ちなみにマイケル・ケンナやリチャード・ミズラックを日本に最初に紹介したのがギャラリーMINだった。ちょうど当時の住まいの近くのダイエー碑文谷店(現在のイオン・スタイル)の裏にあり、よく行ったものだ。

私は長らく日本で写真がコレクションの対象だと世間一般で認識されるようになったのは、80年代後半から90年代にかけてだと認識していた。ちょうど東京都写真美術館が1990年6月1日に第1次オープンし、写真を美術館が収集することが物珍しく、主要新聞や雑誌で取り上げられたのがきっかけだと考えていた。しかし、最近になって、なんとそれよりもはるか前の雑誌ブルータスの1980年8月号(Issue 2)の「Brutscope」という情報ページに写真オリジナル・プリントの記事を発見した。記事のタイトルは「1枚2万ドルもするA・アダムスの写真は別格として、オリジナル・プリントのコレクションはこれからの趣味だ。」というもの。記事内では、アンセル・アダムスが当時のアメリカで一番人気がある写真家で、1979年のクリスティーズのオークションで代表作の「Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941(ムーンライズ)」が2万ドルで落札され、当時の現存写真家の1枚のプリントの最高額を更新したと紹介されている。ちなみに1980年の年間平均ドル/円の為替レートは1ドル/226.7408円だったので、上記作品の円貨は約453万円だったことになる。しかしこれは事実ではなく、1948年にプリントされた貴重な初期作品はすでに1971年に7.15万ドルで取引されている。(同作は2006年のサザビーズのオークションに再出品され60.96万ドルで落札)

本作「ムーンライズ」は人気が高く、なんと約1300枚もプリントされたという。流通量が多いというのは市場に流動性を提供し、換金などのための取引が容易になる利点がある。本作は初期写真市場の成立に大きく貢献したと思われる。また本作はプリント制作時期とサイズによって相場は大きく異なる。1970年以前のプリントは、ネガの扱いが難しかったため非常に希少で高額だ。その後、アダムスはネガを作り直し、コントラストを強めることで、高品質なプリントを容易にできるようにしている。ブルータスの記事には、この2万ドルで落札された作品のプリント制作年などの詳細の記述はない。たぶん70年以降に大量にプリントされた作品だと思われる。ネガを作り直した後のプリントの最近の相場は、約40X50cmサイズで評価は4~6万ドル、あまり値上がりしていないという印象を持つ人もいるかもしれないが、1000点以上プリントされた20世紀写真でこれだけ高価な風景作品はほかにないだろう。ちなみに同作のオークション最高落札額は、103.8 x 150.4 cmの超巨大の壁画サイズ作品で、2021年10月にクリスティーズNYで93万ドルで落札されている。市場ではゾーンシステムという独自技法を開発し制作されたアンセル・アダムスの壁画サイズ作品は、いま高騰しているアンドレアス・グルスキーなどの現代アート系の風景写真の原点だという文脈が出来上がっている。ゾーンシステムはアナログの画像編集ソフトのフォトショップなのだという理解だ。

記事でもう1枚大きく紹介されているのがリチャード・アヴェドンの有名なパリ・ファッション・ポートフォリオからの「Carmen, Homage To Munkasci, Coat By Cardin, Place François Premier, Paris, 1957」。ギャルリー・ワタリの取り扱い作で25万円と紹介されている。上記レートでドル換算すると約1,100ドルになる。ちなみに同作は2022年4月にクリスティーズNYのオークションで4.788万ドルで落札されている。2022年4月の平均為替レートは1ドル/125.98円なので、約603万円となる。数字だけ見ると1980年当時にアヴェドンを買っとけばよかったということだが、1980年ころの大卒の初任給は約10万だったので、まだ価値が定まってない25万円のファッション写真を買う勇気を持っていた人はあまりいなかったと思う。実はファッション写真は1990年代に再評価されて、今では最も人気があり、80年代と比べて相場が大きく上がっているファインアート写真のカテゴリーなのだ。

記事の最後には1979年にフォト・ギャラリー・インターナショナル(現在のPGI)がオープンしたと紹介されていた。同ギャラリーは専門商社東機貿が運営に参加し経営が安定している。虎ノ門、芝浦を経て、現在でも東麻布で活動中だ。
神宮前のギャルリー・ワタリも積極的に写真と取り組んでいると書かれている。同ギャラリーは、現代アート系のアート・プログラムをさらに展開させ、1990年9月にワタリウム美術館をオープンさせ、現在に至っている。
今回は1980年8月号の雑誌ブルータスを紹介した。もしそれ以前に写真のオリジナルプリント関係の新聞や雑誌の記事情報を持っている人はぜひ資料のコピーを提供して欲しい。
その後、私の興味はコレクタブルのカテゴリーになった写真が、どのようにファインアートや現代アートの一部としてとして認識されるようになったかの探求に展開していく。機会を見てその長い変遷を紹介したいと考えている。
