鋤田正義 写真展「Rock Faces by Sukita」展
博多で9月21日まで開催!

福岡県直方市出身の写真家・鋤田正義の写真展 ”Rock Faces by Sukita” (Sukita’s Works + Collections)が9月12日(金)より博多のギャラリー OVERGROUNDにてスタートした。
鋤田は長年にわたり東京世田谷の経堂に事務所を構えていたが、最近になって活動拠点を故郷福岡へ移している。本展は地元の人たちへ「ただいま」のメッセージとともに、これからは福岡から世界へ情報発信を行う意思/覚悟を広くアナウンスする目的の写真展になる。
アートファンだけでなく、地元のロックファンの来館を見込んでいるようで、鋤田の写真家のキャリアから、デヴィッド・ボウイ、イギー・ポップ、T. Rex、YMO、シーナ&ロケッツなど、特にロック系ポートレートの代表作を中心に紹介する展示となる。展覧会ポスターに使用されたメインビジュアルは福岡出身アーティストシーナ&ロケッツの名作「Main Songs, (Album Cover), 1985, Tokyo」だ。

地元と音楽関係イベントに合わせて行われる短期間のギャラリー展で、展示作品は過去のイベントで展示された額付きプリントからセレクションされていると思われる。一部はシート作品が壁面にカジュアルに直接に貼られている。展示会場は、ニューヨークのソーホーにあるような、古き良き時代の「寂び」の趣を感じるような展示スペースで、過去に製作されたややユーズド感のあるプリントや額との相性がとても良いと感じた。日本伝統工芸のエッセンスが散りばめられた、主催者のセンスが光る見事な会場設営/プロデュースだと思う。

また本展では、鋤田が個人的に所有している写真プリント・コレクションを初展示している。お互いにリスペクトし合う関係性を持つ海外の写真家同志は、自らの写真を交換し合うという習慣がある。実は鋤田も多くの海外写真家と交流があり、エディションが付かないアーティスト・プルーフ(A/P)の写真を交換している。展示されているのは鋤田の海外の有名写真家との華麗な交流を垣間見ることができる作品群となる。ボウイやエルトン・ジョン、フェイ・ダナウェイなどのハリウッドスターの撮影で有名なテリー・オニール作品、初期ビートルズの写真で知られるアストリッド・キルヒャー作品、またリンダ・マッカートニーから贈られた作品などが鑑賞できる。ヒプノシスのジョン・ブレイクがデザインした「Pink Floyd, Atom Heart Mother(原子心母), 1970」は、東京経堂の事務所玄関に展示してあり、長年にわたり来訪者を出迎えてくれた作品だ。個人的には、若くして亡くなったマーク・ボランが直接サインした「Get it on, London, 1972」の小振りサイズのヴィンテージ・プリントに目が釘付けになった。

ギャラリー OVERGROUNDは、徒歩だと博多駅から約20分程度、古い佇まいの「鏡屋」さんの先、セブンイレブンの裏側の外階段を登った2階にある。開催期間は9月21日(日)までになる。

期間:2025年9月12日(金)〜9月21日(日)
場所:ギャラリー OVERGROUND
福岡市博多区美野島1-17-5寿ビル2F  14:00〜20:00
812-0017 福岡市博多区美野島1-17-5 寿ビル2F
+81 92 984 0896
入場料:一般 500円、学生 無料(学生証の提示)

(ブリッツ・ギャラリー 写真展情報 / 鋤田正義 写真展
“SUKITA : Photographs from Early Fashion to Rock Icons”開催!)
ブリッツ・ギャラリーでは10月下旬から鋤田正義の初期ファッションを中心にした写真展を開催する予定です。60~80年代の未発表ファッション作品約22点とロック系・ポートレートの新作を展示します。ボウイを魅了したことで知られる鋤田のシュールな雰囲気のファッション写真は一見の価値ありです。近日中にプレスリリースを公式サイトに公開予定。会期はまだ先になりますが、ぜひお立ち寄りください!

2025年夏休みのフォトブック三昧
アレクセイ・ブロドビッチ、エドワード・バーティンスキーなど

仕事柄、気になったフォトブックは新刊、古書に関わらずできる限り購入するようにしている。しかし、普段は雑用に追われていて、なかなか購入したフォトブックの中身をゆっくりと読む機会がない。
夏休み期間は現状維持バイアスに陥りがちに自分を律するために、日常と違った生活のペースで過ごすことを心がけている。いつもは絶対読まない分野の本を手に取ったりしている。その一環として買いだめていたフォトブックの、収録写真をじっくり観察するとともに、解説やエッセーも興味が続く限り読むようにしている。最近は円安と物価高の影響で新刊の洋書が本当に高価になってきた。フォトブックが高級品だった1990年代前半と同じような感じだ。当時は1ドル150円くらいの円安の時もあった。まさに今と同じ為替水準だ。その上で当時と比べ海外の物価は大きく上昇し、制作コストや送料が販売価格に影響を与えている。現地価格が75ドルや100ドルも珍しくない。円貨だといま新刊の洋書はアマゾンなどでも1万円越えは当たり前だ。それゆえに、最近はかなり慎重に吟味したうえで購入するようになった。

またかつては価格が割安の海外の書店/古書店や出版社から直接に購入していた。それらはクレジットカード払いの通販扱いだった。しかし、最近は海外のサイトではカードが決済されない場合が非常に多くなっている。クレジットカードの不正使用が世界的に増加している影響だと思われる。個人的にも、いまでは海外の業者にクレジットカード情報を提供するのにはかなり抵抗がある。したがって最近は多少高くても、安心できる大手の業者か、国内代理店の利用が一般的になっている。

 Alexey Brodovitch
「BALLET: 104 PHOTOGRAPHS」
 Little Steidl、2024年刊

さて2025年前半に自腹で買ったフォトブックだが、個人的に一番満足したのは2024年後半にドイツのLittle Steidlから刊行されたアレクセイ・ブロドビッチの「Ballet」の復刻版(リ・イッシュー)だった。ハ―パースバザー誌のアート・ディレクターだったブロドビッチは写真家としても活躍していた、オリジナル版は1935~1937年に35㎜カメラで、バレエのスピード感や舞台の盛り上がりを表現した1945年刊の幻のフォトブック。本書はオリジナルに忠実に、こだわりぬいて制作されている。現存する当時に近い古い印刷機のヴィンテージ 1993 ローランド 200 オフセットリトグラフ印刷機を使用して再現された印刷は素晴らしい完成度だ。出版社が再版ではなく、オリジナル版を現在の技術を駆使して再現した復刻版(リ・イッシュー)だとのたまう理由もよくわかる。ページをめくると、紙とインクの織りなす何か懐かしい匂いまでする心憎い演出がなされている。技術的な詳細は出版社の以下の公式サイト記載されているので、参考にしてほしい。復刻版の現地販売価格は190ユーロ、送料を入れると円安/ユーロ高の影響もあり4万円越えになる。
私はファッション写真を専門にしているので、ブロドビッチは神様のような存在。雑誌「Portofolio」や彼がデザインを手掛けたフォトブックはだいたいコレクションしている。しかし「Ballet」だけは、ページ自体を複写したErrata Editions(2021年刊)版しか持っていなかった。オリジナル版の市場動向は常にチェックしていたが、なにせ限定500部の古い本なので、状態と販売価格で納得のいく個体との出会いはなかった。いまでも古書市場ではオリジナル版は3000ドル(約45万円)以上する。バリュー・フォー・マネー、つまり金額に見合った価値で判断すると、私は今この復刻版で十分満足だという気持ちになっている。

Alexy Brodovitch: Ballet

 Edward Burtynsky
「Essential Elements 」
 Thames & Hudson、2016年刊

エドワード・バーティンスキー(1955-)は、カナダ出身のアーティスト。彼は、鉱山の尾鉱(びこう/廃棄物)、採石場、スクラップの山、中国の巨大工場、バングラデシュの船舶解体、世界の石油産業の企み、有毒物質の流出、塩田、水資源、森林伐採されたジャングル、死にゆくサンゴ礁など、工業化の進展とそれが自然と人間の存在に与える影響を表すシーンを世界中で撮影。手付かずの生態系から人間のニーズによって形成された人工地形までを連続体ととらえて大判写真作品で表現している。アート史的には、1960年代から1970年代に出現したEarth Art、1975年の「New Topographics : Photographs of a Man-Altered Landscape」の流れの延長線上で評価されている。彼の写真は、美しい色彩、幾何学的、抽象的な構図が大きな特徴。マグナム出身のサルガドなどとは違い、オーディエンスが写されて環境に直接に介入しないように配慮されている。見る側は過激な産業化や消費主義の結果を目撃するが、その地球的、政治的意味を静かに熟考させようとしているのだ。つまりこの問題は単純に2分法で判断できるものではなく非常に複雑であり、写真作品は単純に環境破壊を非難するのではない。作品を通してまず現状を的確に認識してその存在を認め、そこから問いかけや対話を生み出すための仕掛けにしようとしているのだ。
本書は彼の過去の一連の作品を新しい視点からセレクションして編集したもの。新刊は売り切れで古書で購入した。いまのアマゾンの相場は8,810円~。彼の今までのフォトブックは人気が高く、ほぼ完売して古書市場では高価なレアブックになっている。
本書の序文を書いているのはキュレーターのWilliam A. Ewing。 解説文の最初に、本書の趣旨を的確に言いあらわしている、イギリスの著作家で、後にアメリカ合衆国に移住したオルダス・ハクスリーによる、1928年の文章を紹介している。
“近年における莫大な物質的拡大は、おそらく一時的で一過性の現象に過ぎないでしょう。私たちは資本を消費して生きているからこそ豊かであるのです。私たちが無謀に消費している石炭、石油、リン酸塩は、決して代替可能なものではありません。供給が尽きれば、人間はそれらを諦めざるを得なくなるでしょう……それは究極の災厄として感じられるでしょう。”
                      オルダス・ハクスリー

Alexy Brodovitch: Ballet

 Jeff Wall
「Landscape and Other Pictures」
 Kuntsmuseum, Germany, 1996年刊

ジェフ・ウォール(1946-)は、演出され制作された大規模バックライト付きカラー写真で知られるカナダ人アーティスト。現代ドイツ写真の巨匠グルスキーはウォールを主要な影響を受けた作家に挙げている。ウォールの大規模写真と研究された構図は、アンドレアス・グルスキー、トーマス・シュトゥルート、トーマス・ルフ、カンディダ・ヘーファーなどデュッセルドルフ学校に影響を与えている。
90年代初頭から、デジタル技術を使用し、俳優、セット、特殊効果の組み合わせで制作された様々なネガのモンタージュを作成、それらを1枚の写真のように統合したフォトモンタージュ「シネマトグラフィック」写真に取り組む。代表作は、1993年の「突然の突風」(北斎以後)。葛飾北斎の木版画、富嶽三十六景「駿州江尻」(すんしゅうえじり) (1832年頃)を題材に、19世紀日本の風景を現代のブリティッシュコロンビア州で再現している。

Jeff Wall “A Sudden Gust of Wind (after Hokusai), 1993”

本書は彼の80~90年代の風景写真を紹介。1996年5月25日から8月25日までヴォルフスブルク美術館で開催された展覧会の機会に出版されたカタログ。本で見ると何気ない都市や自然のスナップ的な風景写真なのだが、実際の展示作は大規模バックライト付きチバクロームの写真作品。表紙の「The Pine on the Corner, 1990」のサイズは、なんと165X135cmもある 。フォトブックの写真とは全く印象が違うと思われる。展覧会で大きな現物を見たかったと感じた。すでに絶版なので古書で購入。アマゾンでは13,000円程度で販売されている。

写真展レビュー
TOPコレクション トランスフィジカル
@東京都写真美術館

TOPコレクション トランスフィジカル / 東京都写真美術館

東京都写真美術館は、1990年6月に第1次オープンし、1995年に総合開館している。当時の新聞報道によると、都は開館前に約10億円かけ、国内外の写真コレクターや業者から写真史上の重要作品約6000点を購入。本格開館までの3年間でさらに約20億円の収集費があったという。高額作品は、1840年代にダゲレオタイプで撮られたショワズラーとラテルの「旧フロールの館とチュイルリー公園」の1600万円だったという。(朝日新聞90年5月30日夕刊) 当時は、写真市場がまだ黎明期で、他のアート作品と比べて写真は貴重なヴィンテージプリントでさえ非常に割安だった。当時はバブル経済で東京都の同館の開設関連予算は潤沢だった。同館は極めて有効に都民の税金を使って重要なコレクションの基礎を構築したのだ。
ちなみに、令和7年3月末現在の取集作品数は38,759点とのこと。今年、開館30周年を記念してTOPコレクション展が2期にわたって開催される。本展「トランスフィジカル」は「不易流行」に次ぐもので、学芸員4名による共同企画による。年齢も経験も違う男女の学芸員の多角的な視点からコレクションを紹介する試みで、若手学芸員を育成するという意図もあるとのことだ。

本展は、ファインアート写真コレクターには嬉しい、東京都写真美術館収蔵の珠玉の19~20世紀写真が一堂に鑑賞できる写真展だ。写真展タイトルの「トランスフィジカル」と、フライヤーの小本章と安村崇のシュールなカラー写真とからは、多くの人はややアヴァンギャルド系作品の展示を想像してしまうかもしれない。しかし、これらは企画側があくまでも注目を集めるために行った広報であり、本展は珠玉のファインアート写真をまとめて鑑賞できる純粋なコレクション展だと理解して欲しい。有名写真家による作品画像の展覧会フライヤーへの利用には、著作権クリアーのために様々な面倒なハードルがある。想像するにそれも影響しているのだろう。

20世紀写真分野のコレクターがこだわっているのが撮影後数年以内に本人により制作されたヴィンテージ・プリントだろう。それと比較されるのが、撮影後ある程度の時間経過して製作されたモダン・プリントだ。ヴィンテージは制作枚数が非常に少なく、モダン・プリントは数が多い。大体20世紀には、写真の初期プリントに美術的価値があるなど写真家は想像だにしていなかった。両者の市場価格も全く違い、状態や現存数など色々な条件にもよるが、ヴィンテージはモダン・プリントの数十倍以上に評価される場合がある。本展ではあの巨匠アンリ・カルチェ=ブレッソンの、同じ写真作品のヴィンテージとモダン・プリント3組を同時展示するという、コレクターが狂喜する素晴らしい展示が行われている。これは豊富なコレクションを持つ東京都写真美術館だから可能な展示で、コレクター、写真ファン、学生には本展での必見のパートだろう。ちなみに最近の市場では、カルチェ=ブレッソン作品は、約2000ドルから21万ドル程度の評価になっている。

TOPコレクション トランスフィジカル / 東京都写真美術館

多様な年代、種類、分野、有名無名の写真作品が大きなくくりで紹介されるコレクション展の場合、見る側の興味よって無限の鑑賞アプローチがあるだろう。本展は展示枚数が非常に多いので、どんなテイストを持った人でも間違いなく何点かの自分好みの作品と出会えるだろう。今後のコレクション展の希望だが、美術館のキュレーターが担当するとどうしてもニュートラルな作品セレクションになりがちだろう。もし機会があれば独自の世界観を持ったアーティスト、作家、学者、文化人などがキュレーションする、独断と偏見に満ちたコレクション展も見てみたい。

以下で、写真市場での評価という視点から個人的に必見だと思う作品の一部を紹介する。最初に作品番号を記載しているので写真を探す際に参考にしてほしい。

1-32 ゲルハルト・リヒター、「<MV.6><Museum Visit>2011」
リヒターのオーヴァーペインテッド・フォトグラフは写真と絵画を組み合わせた彼の小振りの実験的作品

2-1 マリオ・ジャコメリ、「I don’t have hands to caressmy face、1962-1963」
モノクロの抽象美が美しいジャコメリの有名作

2-13,14,15 ウィリアム・クライン、「Dance  in Brooklyn 2, New York, 1955」
アレ、ブレ、ボケを多用してその後の多くの写真家に影響を与えたクライン。彼の初期代表作「ニューヨーク」(1956年刊)に収録の2点が展示されている

2-17 ハリー・キャラハン、「Detroit, 1942」
カラー写真の長時間露光で街などの活気ある雰囲気の表現に挑戦した作品

3-17  ウィリアム・エグルストン、「Jackson, Missisippi, c.1972」
写真集「William Eggleston’s Guide」のP47 に収録されているダイ・トランスファー・プリント作品

3-19  シンディー・シャーマン、「Untitled #123, 1983」
マス・メディアが作り上げた女性への固定観念を自らの肉体と変身を通してアート作品化したシャーマンの80年代のカラー作品

4-15~22 シンディー・シャーマン、 「Untitled Film still , #9,#16, #19,#22,#26,#33,#57,#58」
B級映画に描かれた多様な女性のステレオタイプのアイデンティティを自分で演じて表現した、1978年から1980年に8X10 ”カメラで製作された、キャリア初期のモノクロの代表シリーズ

5-2,3 アンセル・アダムス、「Clearing Winter Storm, Yosemite National Park, California C.1944」 、「Moon and Half Dome, Yosemitte Vallery, California, 1960」
“ゾーンシステム”という手法による高いプリントのクオリティー確立と芸術性を兼ね備える作品、アナログ時代に写真表現の限界拡大の可能性を追求したと現代でも再評価されている

総合開館30周年記念 TOPコレクション トランスフィジカル
東京都写真美術館

ルイジ・ギッリ「終わらない風景」
写真展レビュー@TOP MUSEUM

この世の中には客観的な現実の環境などなく、私たちはそれまでの人生で認識してきたものを積み上げて、それぞれが個別の世界を構築している。言い方を変えると、私たちは私的に作り上げた幻想を持っており、自分の見たいものだけを見ているのだ。これは動物行動学者の日高敏隆、心理学者の岸田秀をはじめ、近代以降の多くの哲学者が語っている見方だ。たぶん、ルイジ・ギッリは人間の存在について、このような世界観を持っていたのではないだろうか。彼の何気ない特徴がない風景写真には、私たちが普段は見過ごしがちなシーンが切り取られている。彼はそれらの作品を通して、私たちは様々な思い込みにとらわれて社会で生きている事実に気付かせようとしているのではないか。つまり人の目を引くような特徴的な被写体がセンターに写された風景写真は、思い込みにとらわれた人に見えている世界なのであえて避けて、逆説的な写真を提示しているのだ。

私は写真家の中に、風景写真を長年撮影しているが、自らが作品制作の背景にあるアイデア、コンセプト、テーマなどのメッセージを語らない人が多く存在する事実に注目している。ルイジ・ギッリもそのような写真家の一人だと認識している。それらは、アマチュア写真家が目指す、きれいな写真、グラフィカル/色彩的にデザインされたものと真逆な写真で、写真家からそれらのエゴ/邪念が消失した無心状態で心が動いた瞬間に撮影される。また偶然から生まれた奇跡的なシーンに美を見出すような作品が多いと分析している。

現代のアート界で求められる作品テーマやアイデア、コンセプトは、自分の外部に広がる社会文化の中に求めるものと、人間の内側を志向するものの2種類がある。現代のアート界では思考から生まれる前者が中心だ。自分の心の内面を向いた作品は、本人がそれに気づいていない場合が多く、また語りにくいことから見過ごされてしまいがちだ。これらの風景写真は、人間の本源的な存在に関わる内面を向いた表現だと評価している。仏教には「諸行無常」という基本の考えがあり、人間は空蝉(うつせみ)のような空虚な存在だと言われる。これらの風景写真は、実態がない世界に生きていくしか選択肢がない人間の存在に気付かせてくれる。これがこれら風景写真に隠された語られない作品メッセージだと見立てている。ここに分類できる写真家の撮影の実践自体が、彼ら自身を客観視する行為であり、作品コンセプトと重なるともいえるだろう。このような作品は忙しい日常生活で様々な思い込みにとらわれて生きる現代人を客観視させ、違う視点から自らを見直すきっかけを提供してくれる。ちなみに私は写真家自身が自作を語らない場合、第3者が作品のテーマを見立ててもよいと考えている。

彼らが無意識に求めているシーンは、以前にも紹介したネイチャー・ライティング系作家アニー・ディラードは「ティンカー・クリークのほとりで」(1974年刊)で、“美しさと優雅さは私たちがそれらを感じるかどうかに関係なく出現している。我々ができるせめてものことは、その場所に行こうとすることです”。と的確に表している。創作の背景に、いま存在する宇宙や自然界、また都市のストリートのどこかで、誰も気付かない、見たことがない、心が揺さぶられるシーンが発生しているはずというアーティストの認識/感覚があるのだ。キーワードは「禅/Zen」、写真撮影自体が、瞑想や座禅のように、思考にとらわれずに「今という瞬間に生きる」禅の奥義、マインドフルネス的アプローチにつながる。

このカテゴリーの風景写真は、接写/近景/中景/遠景を撮影している人に分けられる。大きく平面の2次元空間と広がりのある3次元空間という分け方もある。セミナーや学校の講義では、アーロン・シスキン、アンソニー・ヘルナンデス、ジャン=マルク・タンゴー、ウィリアム・クリステンベリー、エドガー・マーチン、ヘンリー・ウェッセル、ソール・ライター、ウィリアム・エグルストン、ヴィム・ヴェンダース、テリ・ワイフェンバック、百瀬俊哉などの風景写真の一部がこのカテゴリーに当てはまると解説している。
ルイジ・ギッリとの関係では、ウィリアム・エグルストンと映画監督のヴィム・ヴェンダースが興味深い。エグルストンはギッリが影響を受けた可能性がある写真家だと言われている。彼の写真スタイルは既存の価値観(画面の真ん中に人やモノが写っている)を無効にするパーソナルな視点で世界を切り取る「デモクラティック」だと評されている。人は見たいモノしか見ていないし、それで安心しており、各種バイアス、ヒューリステック(経験則)にとらわれていることを暴いている。彼の視線は、外の世界ではなく、内側を見ている。それは鋭い「ミクロ」を追い求める視点/まなざしなのだ。
また、ヴェンダースはギッリの著作『写真講義』(邦訳:みすず書房)の帯に「私の机の前には、ルイジ・ギッリの写真がかかっている。私は彼の写真が好きだ。そして写真と同じくらい、彼が書くものにも心動かされる。ルイジ・ギッリは最後の、真のイメージの開拓者だった。そして間違いなく、20世紀写真の巨匠のひとりだ」とコメントしている。
ギッリを含む彼らの写真には、人間の存在をリアルにとらえた人たちのクールかつ覚めた視点が感じられる。だからそれらの普通のシーンは私たち見る側の心に沁みるのだろう。

TOP MUSEUM 展覧会カタログ

さて今回の展示では時代が経過した70年代~のプリントと思われる小さめなサイズのカラー作品を鑑賞できる。「第1章」ではChromogenic Printのほか一部にインクジェット・プリントがあり、色味を当時のものに合わせていた。両者の違いはキャプションを見ないとわからないくらいだ。会場には来日中の写真家のお嬢さんも来ていた。作品制作の監修ができる直系の親族がいるのなら、次回の展示では、デジタル化してオリジナルのネガからギッリがファインダー越しに実際に見た当時の色味を再現したプリントを、大きなサイズで見てみたいものだ。しかしこの一種のリマスター作業は膨大な費用がかかるので、作品にあまり市場性がないと難しいかもしれない。
展示作品では、初期のコダクローム・シリーズと市場人気の高い画家ジョルジュ・モランディ―のアトリエを撮影した人気シリーズは必見だろう。また彼の代表作が掲載されたフォトブックで入手可能なものは少ないので、展覧会カタログはぜひ入手したい。なぜだか意図は不明だが、写真家ホンマタカシ氏のギッリに関連したフィクションも掲載されている。

Sotheby’s Paris, 2014-11「Photographies 」, Luigi Ghirri 「Atelier Morandi, 1992」

ファインアート写真市場では、20世紀美術史上で重要なイタリア人画家ジョルジュ・モランディ―(1890-1964)の創作が生まれた美意識や気配が感じられるアトリエ・シリーズの人気が高い。オークションでは、2014年11月のサザビーズ・パリ「Photographies 」 で、1992年にエディション・コントルジュール・パリで制作された「Atelier Morandi, 1992」のポートフォリオ23点が、落札予想価格3~4万ユーロのところ、51,900ユーロ(当時のレート/1ユーロ/145円、約752万円)で落札されている。ギャラリーでは、ニューヨークのMatthew Marksで、2023年に「Luigi Ghirri : Mediation」、2020年に「Luigi Ghirri : The Idea of Building」が開催されている。プライマリー市場では1970年から1991年に製作されたType C-print、Chibachrome printによるヴィンテージ作品が約1~2万ドルで販売されている。オークションでの出品は多くないが、だいたい1000~5万ドルのレンジの評価がなされている。

よくコレクターや学生から、何でルイジ・ギッリは評価されているのですか、という素朴な質問を受ける。このあたりの明確な解説はあまり見られないからだろう。まず人気の高いモランディ―のアトリエを撮影したシリーズは、写真家個人とともに、画家モランディ―の評価が市場価値に影響している。ギッリの1970年代のカラー作品は21世紀になって欧州以外でも再評価されるようになった。そのきっかけは2004年刊行のフォトブックガイド「The Photobook: Volume I」(Phaidon)。著者のマーティン・パーとジェリー・バジャーは、彼を「戦後ヨーロッパにおける創造的なカラー写真の先駆者の一人」とし、1978年のフォトブック「コダクローム」を、「ウィリアム・エグルストンのフォトブックのエグルストン・ガイド(MoMA、1976年刊)と同じくらい重要で、またウォーカー・エバンスの“American Photographs”の、写真は世界をドキュメントする行為ではなく、世界を見る視点が写真により形作られる、というテーマと間接的につながっている」と評価している。しかし、これはあくまでの20世紀カラー写真としての再評価だ。2004年以降は写真がデジタル化し現代アートと写真表現が一体化していく。あのエグルストンも2012年春のクリスティーズ・ニューヨークでの有名な大判デジタル作品による単独セールの完売をきっかけに現代アートの視点から再評価された。しかし、このような市場環境の大変動にかかわらず、ギッリはその後もヴィンテージ写真の展示が中心だった。評価もプリントの希少性と表層にとどまり、社会との接点を持つ背景にあるメッセージ性が十分に語られていなかった。この辺が現代アート表現の写真が中心になった最大市場の米国での評価が盛り上がらない理由だと思う。私はコダクローム・シリーズやイタリアの風景シリーズなどの風景写真を、上記の説明のように人間の存在を直視し、自分の内面に創作動機を求めたと作家のテーマ性を見立てるべきで、その上で現代アートの文脈や他のカラー写真との比較を行い、再評価すべきだと考えている。

総合開館30周年記念
ルイジ・ギッリ 終わらない風景
東京都写真美術館
会期・時間:7月3日(木)~9月28日(日)、10:00~18:00(木金は20:00まで)

海外オークション情報@ロンドン
サザビーズでマン・レイの代表作が高額落札!

Sotheby’s London, “Modern & Contemporary Evening, Contemporary Day Auctions”, Man Ray 「Noire et blanche (Black and White), 1926」

6月24~25日にサザビーズ・ロンドンで開催された“Modern & Contemporary Evening, Contemporary Day Auctions”で、シュルレアリスムの象徴であり、20世紀で最も称賛されているアート作品の一点と言われているマン・レイの「Noire et blanche (Black and White), 1926」が、2,114,000 ポンドで落札された。作品サイズは、17.5X 22.8cm、制作年は1926年で1935年までにプリントされた初期のゼラチン・シルバー・プリント。落札予想価格は1,500,000 – 2,000,000ポンド、落札額は1ポンド/1.37ドルで換算すると、2,896,180ドル、1ポンド/197円で換算すると約4.16億円となる。

本作「Noire et Blanche」は、マン・レイの恋人でありミューズでもあるキキの「完璧な楕円形」の頭と様式化されたバウレ族のマスクを対比させたもの、制作から100年近く経った今でも画期的で斬新なイメージだ。1926年5月にパリ版『ヴォーグ』に初めて掲載された、1920年代半ばにおけるパリでのマン·レイとキキの驚くべき創造的なコラボの象徴だと言われている。当時のマン・レイは米国291ギャラリーのスティーグリッツとの交流があったものの、パリではダダイストの仲間、デュシャンとトリスタン・ツァラに励まされたと言われている。彼は当時の主流だった写真制作の慣習に逆らい、想像力を駆使することで現実を代替的に提示する写真の可能性を追求した。

作品の来歴も極めて由緒正しいといえるだろう。オークションの作品解説によると、本作はロンドンで写真オークションが開始されてから数年後の1978年に、サザビーズ・ベルグラビアで取引された写真作品のうちの一点とのこと。次に、1980年11月にクリスティーズ・イーストのオークションに出品され、 米国の写真商業ギャラリーの創始者のひとりのMargaret W. Westonのコレクションに加わっている。彼女のコレクションは、2007年4月にサザビーズ・ニューヨークでオークションにかけられ、本作は落札予想価格は200,000 – 300,000ドルのところ、落札額396,000ドルで今回のコレクターが入手している。2025年までの約18年の利回りは各種手数料などのコストを考慮しなくて1年複利で単純計算すると約11.68%となる。

マン・レイは決して失敗を恐れない実験家で、その作品制作では常に即興的なアプローチを行っていた。この「Noire et Blanche」のプリントは、意図的な異なるトリミング、多種多様な写真用紙の使用、そして異なるレベルのレタッチにより、厳密には2つとして同じものは存在しないと言われている。現存するほとんどの作品は、修正が施されたプリントより作成されたインターネガティブから制作されている。しかし、今回出品されたプリントは、2つの顔の形状とその影のバランスが慎重に計算されており、キキの腕と彼女が頭を乗せている表面に影が落ちている他のプリントとは異なる点が見られる。 専門家はこの特徴的な緊密なトリミングと明らかな修正の痕跡から、マン・レイのカンパーニュ・プルミエール通りの暗室で、オリジナルのガラスプレートネガティブから直接制作された可能性が高いと評価している。本作同様のトリミングを施した初期プリントは、ヒューストン美術館のマンフレッド・ハイティング・コレクションに所蔵されている。 


Modern print from a copy negative at Centre Pompidou

ちなみにこ「Noire et Blanche」の最高額落札は、2022年11月17-18日のクリスティーズ・ニューヨーク、“20th Century Evening, 21st Century Evening, and Post-War & Contemporary Art”で落札された4,020,000ドル。同プリントは、マン・レイがカンパーニュ・プルミエール通りの暗室で、オリジナルのネガから制作したもの。おそらく、より大判の、よりタイトにトリミングされ、その後何枚ものコンタクトプリントを制作するネガ制作以前の貴重なものだと高く評価されたのだ。同様のプリントはMoMAに収蔵されている。

今回の出品作のような初期プリントのほとんどは美術館のコレクションに収められており、コレクターの入手機会は極めて稀なのだ。それに加えて、上記のような高い作品評価や一流の来歴が今回の高額落札の理由だと考えられる。マン・レイ作品は、市場では写真ではなく絵画同様の価値があると認識されているのだ。

百瀬俊哉「Silent -scape」展
心に沁みる写真/見どころを紹介

ブリッツ・ギャラリーでは百瀬俊哉「Silent-scape」を開催中。
本シリーズでは、以前に解説したように地球環境問題が意識され、「水」をモチーフにした、ノルウェー、アルゼンティン、エジプト・カイロ、ツバル、ウズベキスタン、ベニスの作品が多くセレクションされている。一見すると外国の美しい都市や風景の写真に見えるが、その背景には私たち人間が宇宙/自然の一部である事実を思い起こさせるアーティストのメッセージが込められている。
作品の背景にあるアイデア/コンセプトが一番わかりやすいのは、7月にソニーイメージングギャラリーで展示する最新シリーズ「地の理 (Chinokotowari) セレニッシマ/ヴェネチア(7月11日~7月24日)」展用の案内状に使用されている水没したベニス市街地の写真だろう。実は地球温暖化の被害が顕在化した最前線の写真なのだが、百瀬はまばゆい色彩の一種ミステリアスな静謐な風景として作品を提示している。逆説的にそのような美しいシーンが地球環境の変化により危機に直面している事実を私たちに訴えているのだ。

「Silent-scape」シリーズの写真は、百瀬独自の一定の撮影ルーティンを経て、自分自身を客観視しながら撮られている。そこには、アマチュア写真家のような風光明媚な風景を撮ろうというエゴが一切ない。それゆえに、彼の風景写真は決して特別な世界ではなく、逆にそれが大きな魅力になっている。それらの写真は、撮影場所がどこであれ、普通に旅先で遭遇するさりげないシーンなのだ。そして、ありきたりの世界だからこそ、私たちは自分の存在を彼の写真世界の中に自然と重ね合わせことができる。見る側は写真家とのコミュニケーションを通して、百瀬の風景写真の魅力に引き込まれていく。

百瀬の撮影地は、日本の東京や博多などの近代的大都市からみれば、辺境と呼べる地域や途上国だろう。しかし特に古代遺跡や未踏のジャングルなどの記録を目指してはいない。ほとんどのイメージに人間の姿はないが、人の気配を感じる、生活の痕跡が残るシーンを多く撮っている。喧騒に満ちた現地マーケットやコミュニティーの中に入り込んで、直接に現地人と対峙してドキュメントするのではなく、あえて距離を置いているように感じる。たぶん彼は誰も知り合いがいない、言葉も通じない外国の地に身を置いて、写真撮影を通して自分自身と向き合っているのだろう。そして一見普通のイメージが私たちの心に沁みるのは、そこに人間の人生や存在をリアルにとらえた彼の生き方が反映されているからだろう。それは、日本独特のムラ意識や皆が一蓮托生のような認識ではなく、アーティストとして孤独と自由を求めて生きる姿勢が反映されている。人はどのように生きようが、所詮一人で生きて死んでいく存在だという、冷徹な人生を見つめる感覚が反映された写真作品は私たちの心を揺さぶるのだ。

本展では、本人制作によるピグメント・インクジェット・プリントも見どころだといえるだろう。使用しているのは、フレスコジグレー・ペーパー(Fresco Giclee paper)。漆喰のシート化技術を応用して開発された表現力豊かな高級ペーパーだ。その特徴は、デジタル画像データを元にしながら、アナログ的な自然な奥行き感のある画像が得られること。再現される画像は、一般インクジェット用紙のようなインク受像層を持たず、光透過性と独自のテクスチャーを持つ「未硬化の漆喰」に顔料インクが浸透することで生まれるとのこと。使用されている漆喰は自然素材「石灰石」で、山口県秋吉台の良質な石灰岩を原材料にしているとメーカーは公表している。興味深いのは、プリント後に漆喰の炭酸化反応によって顔料インクがCaCO₃=炭酸カルシウムの薄膜で覆われ、有機物である顔料インクの酸化劣化を抑える構造に変化するという特徴だ。百瀬によると、プリント後に時間が経過すると、表面に被膜ができて写真が落ち着いてくるという。ただし制作時の取り扱いにはかなり気を遣うと語っていた。特に古い壁面や建築物などの素材、またクルマなどの質感がとても表情豊かに感じる。興味のある人はぜひ会場で実物を見て確かめてほしい。ちなみに、7月にソニーイメージングギャラリーで展示する百瀬の最新シリーズ「地の理 (Chinokotowari) セレニッシマ/ヴェネチア(7.11-7.24)」展では、表面にアクリルを使用しない展示方法が採用されるという。フレスコジグレー・ペーパーの質感そのものが直に確認できるだろう。

百瀬俊哉 写真展 「Silent Scape 静寂の風景」
2025年5月16日(金)~7月6日(日)
プレスリリースは公式サイトで公開中

なお百瀬の在廊予定は、6/28(土)時間未定、6/29(日)終日、を予定。ただし、事前の告知なしに予定を変更、中止する場合があります。あらかじめ、どうかご了解ください。目黒方面にお出かけの際はぜひご来廊ください。

2025年春NewYork写真オークションレヴュー
アンセル・アダムスの名作が高額落札!

2025年春の大手3業者によるニューヨーク定例アート写真オークション、今回は4月上旬から中旬にかけて、複数委託者によるライブとオンラインの合計3件が開催された。
フィリップスは、4月2日に複数委託者による”Photographs”(223点)、サザビーズは、4月3日に複数委託者による”Photographs(Online)”(128点)、クリスティーズは、4月17日に”Photographs(Online)”(222点)を開催した。
さてオークション結果だが、3社合計で573点が出品され、451点が落札。全体の落札率は約78.7%と秋の約75.6%よりも若干改善した。ちなみに2024年秋は出品737点で落札率75.6%、2024年春は出品766点で落札率73.5%だった。総売り上げは約1009万ドル(約14.9億円)、昨秋の1466万ドル、昨春の約1159万ドルより減少している。落札作品1点の平均落札金額は21,691ドルで、昨秋の約26,328ドルより減少、ほぼ昨春の約20,600ドルと同じレベルだった。

過去10回のオークションの落札額平均と比較したグラフを見ても、総売上高は再び減少に転じている。今年も、ダイアン・アーバス、エル・リシツキーなどの高額評価のヴィンテージ作品が現代アート系オークションに出品されている。”Photographs”分野は中低価格帯の作品が中心になるので、売り上げの減少傾向は続きそうだ。

業者別では、売り上げ1位は久しぶりに約374万ドルを達成したクリスティーズ(落札率76%)、2位は約353万ドルのフィリップス(落札率80%)、3位は約281万ドルでサザビーズ(落札率80%)という結果だった。

しかしフィリップスは、2025年3月18日にウィリアム・エグルストンによるダイ・トランスファー作品43ロットの単独オークション「Color Vision: Masterworks by William Eggleston from Guy Stricherz and Irene Malli」を行い、約566万ドルを売り上げている。実際はフィリップスが売り上げ1位だったといえるだろう。

Sotheby’s NY, Ansel Adams,”Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941″

今シーズンの最高額落札は、サザビーズ”Photographs(Online)”に出品されたアンセル・アダムスの”Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941/c1942″だった。イメージサイズは37.5×47cm、落札予想価格50~70万ドルのところ63.5万ドル(約9398万円)で落札された。本作は、40年代初頭にプリントされた、現存数が少ない1948年12月のネガ再処理以前の貴重な初期プリントの1枚。

Phillips NY, Richard Avedon, “Avedon/Paris, 1947-1957”

第2位は、フィリップスに出品されたリチャード・アヴェドンのファッションの有名作”Avedon/Paris, 1947-1957, 1978”だった。本作は、1947年から1957年にかけてハーパーズ・バザーのスタッフ・フォトグラファーとして撮影された初期の写真で構成されたポートフォリオ11点。1978年にメトロポリタン美術館で開催されたアヴェドンのキャリア初期の回顧展のために編集。1950年代の「ニュールック」ファッションを定義したファッション写真だと言われている。落札予想価格15~20万のとろ、21.59万ドル(約3195万円)で落札されている。

Christie’s NY, Alfred Steieglitz, ”The Hand of Man, 1902”

高額落札第3位は、いずれもクリスティーズに出品された、アルフレッド・スティーグリッツによる、24 x 31.7 cmサイズのphotogravure作品”The Hand of Man, 1902/c1910”と、アンセル・アダムスのポートフォリオ15点の”Portfolio Two: The National Parks and Monuments”で、ともに17.64万ドル(約2610万円)だった。

米国経済は、トランプ政権による通貨や通商の秩序を変えようとする動きで不確定要素が多くなってきている。関税、財政、インフレなどの先行きが非常に読みにくい状況だといえるだろう。米国の中央銀行に当たるFRBは「様子見姿勢」を明確にするなど、早期の利下げも遠のいたようだ。このような社会・経済の環境の中、アートの高額価格帯市場では、知名度の高いアーティストの資産価値が確かな代表作に人気が集中し、20世紀写真や若手新人のコレクションは様子見のような状況が続いている。また一時よりも円高になったものの、今の為替レベルは肌感覚ではまだまだ円安水準といえるだろう。日本のコレクターは、積極的購入には動き難くい状況だと思われる。輸送費の高騰も心理的に影響しているだろう。最近は日本のSBIアートオークションなどに良質の海外アーティストの写真作品が出品されるケーズが散見される。これらは、今の為替レートよりも円高のレベルで作品が評価されていると思われる。また国内だと作品輸送費が低く抑えられるメリットもある。まだ写真作品は少ないが、今後の出品状況を注視したい。

(1ドル/148 円で換算)

静謐でミステリアスな風景
百瀬俊哉「Silent -scape」展

ブリッツ・ギャラリーは、5月16日(金)から、写真家 百瀬俊哉(1968-)の「Silent-scape(静寂の風景)」展を開催する。当ギャラリーでは、2013年に開催した「Silent Cityscapes」以来の個展で、本展はその続編となる。百瀬は東京都出身、九州産業大学大学院芸術研究科修了。90年代より世界の都市風景を撮影し、写真展や写真集で作品を発表している。作品は、清里フォトアートミュージアム、東京都写真美術館、九州産業大学美術館で収蔵。現在、九州産業大学芸術学部教授を務めている。

百瀬は、7月にソニーイメージングギャラリーで最新シリーズ「地の理 (Chinokotowari) セレニッシマ/ヴェネチア」の個展を開催する。ブリッツの展示は、彼の過去約14年の作品を振り返ることで、ヴェネチアの最新作へと展開していった創作の経緯を紹介する意味合いを持つ。また本展は、前回の写真展後に亡くなった、百瀬の写真集を数多く手がけた窓社の名編集者の西山俊一氏を追悼する写真展でもある。

百瀬の風景写真は、ただ感覚的に優雅で美しいシーンを探して撮影しているのではない。彼には、いま宇宙、自然界、また都市のストリートのどこかで、誰も気付かない見たことがない、心が「はっ、ドキッ」とする、美しく整っている奇跡的な瞬間が出現しているはずだという認識がある。「Silent-scape」シリーズは、そのような日常に出現した宇宙の神秘的シーンを発見し、その瞬間を撮影して集める行為なのだ。撮影時に、彼は自分をニュートラルな心理状態にして、一般的な良い写真を求めるエゴから自由になろうとする。あえて外国に行くのは、自分が生まれ育った日本だと、無意識のうちに様々な歴史文化や社会的な価値観の影響を受けてしまうから。彼は意識的に先入観が全くない外国の環境に身を置いて創作しているのだ。

そして撮影地に着いたら、市内地図を買って、撮影用の4×5インチサイズの大判カメラを持って、全ての通りをひたすら歩き観察を続ける。それは1日8時間にもおよぶこともあるそうだ。外国での撮影なので、時差と疲労により途中で睡魔が襲うこともあるだろう。このように自らを極限に近い状態に追い込んでの撮影では、湧き上がってくる様々な雑念やエゴは完全に消え去っている。撮影セッションは座禅や瞑想も近いような行為で、彼は宇宙もしくは自然のリズムと一体化し、過去にも未来にも囚われずに真に今という時間を生きて、心が「はっ、ドキッ」とする奇跡的な瞬間の訪れを待つのだ。

いま写真は広い意味で現代アートのひとつの表現法になっている。写真家は作品制作した理由をオーディエンスに説明する責任を負う。しかし自然や都市を撮影した写真はアート作品としてのテーマ性を提示するのが非常に難しいカテゴリーだと言われている。今回の百瀬の「Silent-scape」シリーズでは、地球環境問題が意識されている。21世紀のいま、化石燃料を消費して経済成長を続けていく近代の経済モデルは、それが原因で急激な気候変動や環境破壊を世界的に引き起こし、誰もが持続不可能だと感じている。彼は頭で思考するのではなく、自分の内面に向かい心で世界と対峙してこの問題に取り組んでいる。彼は心を落ち着かせて日常にある宇宙の神秘を世界中で探し求める。そして、まばゆい色彩の一種ミステリアスな静謐な風景を通して、逆説的にそのような美しいシーンが地球環境の変化により失われつつある事実を私たちに訴えている。いま地球温暖化によりツバルやベニスの海面水位が上昇しているとマスコミで盛んに報道されている。百瀬のこの地で撮影された風景写真を見て、それらの美しい地が水没の危機に瀕しているという事実に多くの人は気づくのではないだろうか。

また私たちは本作をきっかけにして、広大な宇宙に思いをはせることができるだろう。普段は忘れている宇宙の中の小さな自分の存在に気付かされ、忙しい日常生活を送るなかで、思い込みにとらわれている自分を客観視できるのだ。「Silent-scape」シリーズは、旅立ちから撮影までの一連の創作行為自体が作品の一部になっている。一見すると外国の美しい都市や風景の写真に見えるが、その背景には私たち人間が宇宙/自然の一部であることをもっと意識して行動しようという深淵な現代社会へのメッセージが込められているのだ。

本展では、2011~2024年までにノルウェー、アルゼンティン、エジプト・カイロ、ツバル、ウズベキスタン、イタリア・ベニスで撮影された作品が初公開される。全作品が本人制作によるピグメント・インクジェット・プリントで、漆喰のシート化技術を応用して開発された表現力豊かなフレスコジグレー・ペーパー(Fresco Giclee paper)が使用されている。

ぜひ世界中で撮影された、百瀬俊哉の心洗われる、ミステリアスで静謐な写真世界を堪能して欲しい。

百瀬俊哉 写真展「Silent-scape 静寂の風景」
2025年5月16日(金)~7月6日(日)

公式サイトでは展示作品画像などを公開中

ファッション写真を特集したオークション開催
フィリップス・NY・PHOTOGRAPHS

Phillips NY” PHOTOGRAPHS”, Horst P. Horst “Mainbocher Corset, Paris, 1939”

フィリップス・ニューヨークで開催された春のオークション「PHOTOGRAPHS」では、ファッション写真の特集が興味深かった。ミッドセンチュリーのリチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ヘルムート・ニュートン、ウィリアム・クライン、フランク・ホーヴァット、リリアン・バスマンなどの戦後時代のファッション写真と、単独コレクションから「VENUS」と命名された、主に80年代から2000年代のコンテンポラリーのファッション写真を絶妙に織り交ぜてセレクションされていた。たぶんオークション内覧会に行くと、20世紀ファッション写真を網羅する展覧会のような構成になっていると思われる。

Phillips NY” PHOTOGRAPHS”,Chuck Close “Kate Moss (diptych)、2008”

単独コレクションから出品された「VENUS」は、理想化された女性像の神話的な姿を意味するとのこと。落札結果のウェブ上のオークションカタログを見ると、Horst P. Horstの戦前の名作“Mainbocher Corset, Paris, 1939”から、2000年代のChuck Closeによる “Kate Moss (diptych)、2008”までの20ロットが紹介されている。解説文には22点と書かれているので、もしかしたら2点は出品取りやめになったのかもしれない。出品作の中心は80年代と90年代で、各6点と8点。
写真家も当時を代表する11人が名を連ねている。内訳は、パトリック・デマルシェリエ(Patrick Demarchelier) 4点、アルバート・ワトソン(Albert Watson) とハーブ・リッツ(Herb Ritts)が 3点、サンテ・ドラツィオ(Sante D’Orazio) とホルスト(Horst P. Horst) が2点、デボラ・ターバヴィル(Deborah Turbeville)、チャック・クロース(Chuck Close) 、ブル-ス・ウェバー(Bruce Weber) 、アーサー・エルゴート(Arthur Elgort) 、 マイケル・ドウェック (Michael Dweck) 、ランキン(Rankin) が1点となる。被写体は当時のスーパーモデルたちだが、ケイト・モスの写真が8点と多く、なんと7名の写真家が撮影、続くのがクリスティー・ターリントンが4点、シンディー・クロフォードが2点となる。ケイト・モスはこの時代に多くの写真家の創作意欲を掻き立てた代表的なミューズだった事実がよくわかる。

Phillips NY” PHOTOGRAPHS”, Michael Dweck “Mermaid 128, Aripeka, FL, 2002″

個人的にはブリッツ・ギャラリーが取り扱う、最近は映画監督としても有名な
マイケル・ドウェックの「Mermaids」シリーズ作が含まれていたことが嬉しかった。“Mermaid 128, Aripeka, FL, 2002”は、落札予想価格3,000~5,000ドルのところ、4,445ドル(@150/約66.6万円)で落札。同シリーズは実はドキュメント作なのだが、間違いなく広義では時代性が反映されたファッション写真だと思う。

「VENUS」のオークション結果だが、20点が落札。落札予想価格の上限以上の落札が15点、予想範囲内が5点、下限以下の落札はないという、好調な結果だった。このようにカテゴリーを特集したオークションは、とても宣伝効果が強い。今回も間違いなく、インテリアにも相性が良いこの分野のコレクターが注目したのだと思う。また、いまやファインアート系のファッション写真のカテゴリーは、人気コレクション分野として確立している事実が改めて印象付けられた。

Phillips NY” PHOTOGRAPHS”,Deborah Turbeville, “Three Nudes, 1986”

最高額はChuck Closeによる“Kate Moss (diptych)、2008”。落札予想価格15,000~25,000ドルのところ、24,130ドル(@150/約362万円)で落札されている。ちなみに、デボラ・ターバヴィルの“Three Nudes, 1986”は、落札予想価格3,000~5,000ドルのところ、8,890ドル(@150/約133万円)で落札。これは作家のオークション・最高落札額になるとのことだ。近年進行している、女性ファッション写真家再評価の流れが影響していると思われる。

Phillips NY” PHOTOGRAPHS”, Richard Avedon “Avedon/Paris, 1947-1957, 1978”

全てのオークションでのファッション系最高額はリチャード・アヴェドンの有名な“Avedon/Paris, 1947-1957, 1978”だった。本作は、1947年から1957年にかけてハーパーズ・バザーのスタッフ・フォトグラファーとして撮影された初期の写真で構成されたポートフォリオ11点。1978年にメトロポリタン美術館で開催されたアヴェドンのキャリア初期の回顧展「Avedon: Photographs 1947-1977 」のために編集。当時の劇的な社会文化の変化に対応した、ストリートや野外で撮影された動きのある映画的なアプローチの作品が収録されている。それらは、1950年代の「ニュールック」ファッションを定義したファッション写真だと言われている。いま見ても十分に斬新でカッコいいイメージ群だ。落札予想価格15~20万のところ、215,900ドル(@150/約3238万円)で落札されている。個別作品には、もちろん人気・不人気があるが、平均すると1点はだいたい294万円くらいになる。アヴェドンの代表的なパリのファッション作品なら、決して高価すぎないように感じるのは私だけだろうか。

2025年春のニューヨーク・ファインアート写真オークションはまだ一部が17日まで行われている。近日中に全体レビューをお届けしたいと思う。

ウィリアム・エグルストンの珠玉のダイ・トランスファー作品
単独オークションがフィリップスNYで開催!

2025年3月18日、フィリップス・ニューヨークで マスター・ダイトランスファー・プリンターのギー・ストリチャーズ(Guy Stricherz)とアイリーン・マッリ(Irene Malli)のコレクションからのウィリアム・エグルストンによるダイ・トランスファー作品43ロットの単独オークション「Color Vision: Masterworks by William Eggleston from Guy Stricherz and Irene Malli」が開催された。
同コレクションからは、ヒロ、ブルース・ダビッドソン、ジョエル・スタンフェルドなどのカラー作品のセールが2025年を通して開催予定という。
カラーのダイ・トランスファー・プリントは、1994年にコダック社がこの手法に関連する感材の製造を中止しているので、新たに作品が制作されることはない。従って、本オークションは美術館やシリアスなコレクターにとって、有名写真家による本プロセスで制作された最高の作品を手に入れるまたとない機会となり、多くの市場関係者の注目を集めた。
結果は、予想通りに出品43ロット完売、業界用語のホワイトグローブ・オークションとなった。ほとんどの作品が落札予想価格の上限超えで落札、落札予想価格下限以下の落札はわずか3点、総売り上げは、5,665,950ドル(約8.5億円)を達成した。

Phillips NY,「Color Vision: Masterworks by William Eggleston from Guy Stricherz and Irene Malli」

今回の目玉は、1965年~1974年までに撮影されたエグルストンの代表作「Los Alamos」のポートフォリオ。今回、オリジナルの75点のセットに、2組の各13点からなるダイ・トランスファー作品の「Cousins」と「Lost and Found」が追加されており、プリント総数は101点におよぶ。今回のような、オリジナル・ポートフォリオを含む包括的なシリーズのオークション出品は初めてとのこと。落札予想価格は、200~300万ドルのところ、 1,875,000ドル(約2.81億円)で落札。これはアーティスト単一ロットとしては新記録となる。
ちなみに以前の最高額は、2024年11月にクリスティーズ・ニューヨーク、「Christie’s 21st Century Evening Sale」で落札されたフレームサイズ60 x 44 in(約152 x 112 cm)、2012年制作のエディション1/2のピグメント・プリント「Untitled, c.1971-1974」。落札予想価格70~90万ドルのところ、手数料込み1,441,500ドルで落札されている。

Phillips NY, 「Color Vision: Masterworks by William Eggleston from Guy Stricherz and Irene Malli」William Eggleston「Memphis (tricycle)、1970」

もう一つのハイライトは、2015年に制作された「The Magificent Seven」として知られる大判ダイ・トランスファー・プリント作品の出品。このグループは、エグルストンの最もよく知られた象徴的な作品7点が本人により厳選されたもの。70年以上にわたる彼の芸術的業績といえる作品群。このプロジェクト実現のために、エグルストンは、コダックが製造中止して久しいダイ・トランスファー材料の在庫を調達していたマスター・プリンターのストリチャーズとマッリと緊密に協力している。最終的に、エグルストンは、7点の厳選した作品をダイ・トランスファー・プリントで10点ずつ完成させている。いずれも、このプロセスでこれまでに制作された最大サイズの作品。この「マグニフィセント・セブン」の全作品がオークションに出品されるのは今回が初めてとのことだ。
同シリーズ中の最高額は写真集表紙にも掲載されている代表作「Memphis (tricycle)、1970」。イメージサイズ43.2 x 67.9 cm、エディション10、落札予想価格30~50万ドルのところ508,000ドル(約7620万円)で落札。
もちろん、これはダイ・トランスファー作品のオークション最高落札額となる。

Phillips NY, 「Color Vision: Masterworks by William Eggleston from Guy Stricherz and Irene Malli」William Eggleston「Untitled (Peachs!),1973」

続いたのは、「Untitled (Peaches!)、1973」。イメージサイズ43.8 x 67.9 cm、エディション10、落札予想価格15~25万ドルのところ482,600ドル(約7230万ドル)で落札されている。

第3位の高額落札は「Greenwood, Mississippi (red ceiling)、1973」。イメージサイズ44.5x 67.9 cm、エディション10、落札予想価格25~35万ドルのところ431,800ドル(約6477万円)で落札されている。

Phillips NY, 「Color Vision: Masterworks by William Eggleston from Guy Stricherz and Irene Malli」William Eggleston,「Greenwood, Mississippi (red ceiling)、1973」

いまや2012年制作のエディション2の大型サイズのピグメント・プリントは、写真ではなく現代アート分野の作品と認識され、落札予想価格の上限以上での取引が一般化している。一方で今回の目玉だった「Los Alamos」の101点の包括的で貴重なダイ・トランスファーのポートフォリオは、落札予想価格の下限以下での落札だった。かつての20世紀写真の時代、ダイ・トランスファーなどのプリント制作手法は作品価値の最重要素の一つだった。いまや、それと作品の市場価値とは関連性はあるものの、絶対的な要素でなくなっているようだ。
しかし今回のダイ・トランスファー作品のオークション高額落札は、間違いなく今後出品される大型サイズのピグメント・プリントの更なる高額評価につながると思われる。

(為替レート 1ドル/150円で換算)