20世紀写真の高額落札が相次ぐ
ニューヨーク 20/21世紀/
現代アート系オークション

2024年春のニューヨーク・アート写真オークション・レポートでも触れたが、最近は写真で表現された作品と、絵画などのアート作品との区分けがあいまいになってきている。20世紀には写真作品は全く独立した分野で、他のアート・カテゴリーに出品されることはなかった。21世紀になり、写真がデジタル化して、かつては高い技術と経験が求められた写真表現の民主化が進行、写真家以外のアーティストも、カメラを使用するようになる。また現代アートが市場を席捲したことと相まって、写真はアートにおける一つの表現方法だと理解されるようになる。
そして2020年代になり、写真を含むアート作品は、希少性と市場価値がどこのオークションカテゴリーに出品されるかを大きく左右するようになった。今春のニューヨーク・オークションでは、その傾向が顕著だった。

20世紀写真の評価の高いダイアン・アーバス、アンドレ・ケルテス、エドワード・ウェストン、リチャード・アヴェドンなど有名写真家の貴重な銀塩のヴィンテージ・プリントや大判サイズ写真作品は、同程度の評価額の絵画などの作品が出品される、モダン、コンテンポラリーなどの20/21世紀や現代アート分野のカテゴリーに出品される傾向が強く見られた。主な高額落札を以下にリスト化したので参考にしてほしい。

〇クリスティーズ
「21st Century Evening Sale」、5月14日

・ダイアン・アーバス 「Identical twins, (Cathleen and Colleen), Roselle, New Jersey, 1966/1967-1969」

Christie’s「21st Century Evening Sale」, Diane Arbus, 「Identical twins, (Cathleen and Colleen), Roselle, New Jersey, 1966/1967-1969」

落札予想価格80万~120万ドルのところ、1,197,000ドル(@155/約1.85億円)で落札。本作は、1967~1969年にかけて、 ダイアン・アーバス本人によりプリントされた、イメージサイズ38.1 x 36.1 cmの極めて貴重なヴィンテージ作品。来歴を見ると、「Sotheby’s, New York, April 27, 2004, lot 11」 と記載されている。当時の落札価格は、約47.8万ドル、約20年で約2倍になっている。

・リチャード・アヴェドン 「Marilyn Monroe, Actress, New York City, 1957」

Christie’s「21st Century Evening Sale」, Richard Avedon, 「Marilyn Monroe, Actress, New York City, 1957」

アヴェドンの代表作が、落札予想価格60万~80万ドルのところ、882,000ドル(@155/約1.36億円)で落札。エディション10、AP2、イメージサイズ100.3 x 77.4 cmの大判サイズ作品。

〇クリスティーズ
「20th Century Evening Sale」、5月16日

・アンドレ・ケルテス 「Satiric Dancer, 1926」

Christie’s「20th Century Evening Sale」, ANDRÉ KERTÉSZ, 「Satiric Dancer, 1926」

落札予想価格50万~70万ドルのところ、567,000ドル(@155/約8788万円)で落札。本作は、イメージサイズ9.5 x 7.5 cmの極めて貴重なヴィンテージ作品。

・エドワード・ウェストン 「Shell (Nautilus), 1927」

Christie’s「20th Century Evening Sale」, Edward Weston, 「Shell (Nautilus), 1927」

落札予想価格80万~120万ドルのところ、1,071,000ドル(@155/約1.66億円)で落札。本作は、イメージサイズ24.1 x 18.4 cmのヴィンテージ作品。来歴を見ると、「Sotheby’s, New York, 13 April 2010, lot 122」 と記載されている。当時の落札価格は、落札予想価格30万~50万ドルのところ、評価上限の2倍の1,082,500ドルだった。約15年で価値がほとんど変わっていないのが興味深い。2010年、写真分野ではまだ20世紀写真の評価が高かった。たぶん落札者が過大評価したのだろう。

〇クリスティーズ
「POST-WAR AND CONTEMPORARY ART DAY SALE」、5月17日

・杉本博司 「North Pacific Ocean, Ohkurosaki, 2002」

Christie’s「POST-WAR AND CONTEMPORARY ART DAY SALE」, Hiroshi Sugimoto, 「North Pacific Ocean, Ohkurosaki, 2002」

落札予想価格25万~35万ドルのところ、327,600ドル(@155/約5077万円)で落札。エディション5、イメージサイズ119.4 x 149.2 cmの大判作品。2013年に、サンフランシスコのフレンケル・ギャラリーが販売した作品。

〇サザビーズ
「Contemporary Day Auction」、5月14日

・シンディー・シャーマン 「Untitled #420, 2004」

Sotheby’s「Contemporary Day Auction」, Cindy Sherman,「Untitled #420, 2004」

二つのパートから成るカラー作品、落札予想価格25万~35万ドルのところ、330,200ドル(@155/約5118万円)で落札。エディション6、イメージサイズはそれぞれ186.1 by 120 cmの大判作品。

いま写真の大判サイズ作品は20世紀写真を含めて現代アート作品の一部だと認識されている。一方で通常サイズの20世紀写真は、需要の強い高価格のものと、弱い低価格のものとの市場2極化が進んでいる。今回紹介した高額落札作品は前者のコレクター需要がある貴重な作品の例だといえるだろう。
一方で、需要が弱い方の作品は大手が取り扱わないので、中小業者のオークションに数多く出品されるようになった。残念ながら、最近のオークションでも有名写真家の代表的作品以外の落札率はかなり低迷している。今後もこの傾向は進むと思われる。
これは需給関係の悪化が理由の一つだろう。つまり20世紀にこの分野をコレクションしていた人が高齢になり作品整理を検討する中、若い層の新しいコレクターは違う価値観を持つので、結果的に需給が悪化しているということ。今後は20世紀写真の在庫を抱えるディーラーやコレクターの動向に注目したい。

この2極化傾向は、20世紀写真の写真作品だけではなく、フォトブックにも波及してくると思われる。実際に、最近は同分野のフォトブック作品のオークションでの取り扱いは大きく減少している。

(1ドル・155円で換算)

2024年春ニューヨーク
アート写真オークションレヴュー
経済見通しの不確実性から横ばいが続く

まず市場を取り巻く外部環境を見ておこう。3月の小売売上は好調、また雇用者数も20万人以上増加を4か月連続で上回っていた。米国経済は、年初から予想外の好調さを維持している。賃金インフレの懸念はないものの、インフレ指標のCPIは2%台のインフレ目標の達成には距離がある。FRBのパウエル議長がインフレ低下の確信を得るために「より長い時間がかかる」と述べ、利下げ開始を先延ばしする可能性を示唆。また昨年から予想されていた利下げ開始時期の後ずれを示唆するFRB高官発言が見られる。金融市場は年内の利下げ回数予想は当初の3回から1~2回の予想へと変更されるようになっている。米国株式市場は、2023年末から堅調な上昇が続いてきたものの、2024年4月に入ると利下げ観測の後退や中東情勢の悪化などのニュースが相場の上値を押さえるようになってきた。
政治経済の不確実性は、アート・オークション参加者に心理的な影響を与えると言われている。高額評価作品の出品が控えられる一方で、低価格帯作品の出品は増加する場合が多い。今春のニューヨーク・オークションもそのようなコレクター心理が反映されていた印象だった。

2024年春の大手業者によるニューヨーク定例アート写真オークションは、4月上旬から中旬にかけて、複数委託者、単独コレクションによるライブとオンラインの合計4件が開催された。
クリスティーズは、4月3日に複数委託者による“Photographs(Online)”(164点)を、フィリップスは、4月4日に単独コレクションのセール“ Photographs from the Martin Z. Margulies Foundation”(158点)、4月5日に複数委託者による“Photographs”(245点)を、サザビーズは、4月10日に複数委託者による“Photographs(Online)”(199点)を実施した。

さてオークション結果だが、3社合計で766点が出品され、563点が落札。全体の落札率は約73.5%と、ほぼ昨年の73.77%と同じだった。ちなみに2023年秋は出品668点で落札率70.4%、2023年春は555点で落札率77.8%だった。
総売り上げは約1159万ドル(約17.62億円)、昨秋の約903万ドル、昨春の約962万ドルより増加している。
落札作品1点の平均金額は約20,600ドルで、昨秋の約19,217ドルより微増、昨春の約22,273ドルよりは減少している。過去10回のオークションの落札額平均と比較したグラフを見ても、減少傾向が継続、マイナス幅も若干拡大がした。昨秋と比べると、経済先行きの不透明さが影響して、高価格帯の出品に変化がなく、中低価格帯出品数が増加。全体の落札率はほぼ横ばいで、中低価格帯作品の落札件数増により総売り上げは増加したといえる。
業者別では、売り上げ1位は昨秋と同じく約524万ドルのフィリップス(落札率75%)、2位は約358万ドルでサザビーズ(落札率72%)、3位は約277万ドルでクリスティーズ(落札率73%)だった。クリスティーズの売り上げが比較的少ないのは、既報の2月にエルトン・ジョンの単独コレクションセールの“The Collection of Sir Elton John”(合計364点)を行ったからだろう。

今シーズンの高額落札は、サザビーズ“Photographs(Online)”に出品された現代アート系2作品で、落札予想価格を大きく超えてともに38.1万ドル(約5791万円)で落札された。

ジェフ・ウォールの、「A Woman and Her Doctor, 1980-1981」は、落札予想価格7万~9万ドルで、上限の約4倍で落札。

Sotheby’s “Photographs(Online)”, Jeff Wall, 「A Woman and Her Doctor, 1980-1981」

デイヴィッド・ヴォイナロヴィッチの「Untitled (Face in Dirt), 1991/1992-1993 (posthumous)」は、落札予想価格3万~5万ドルで、上限の約7倍で落札された。

Sotheby’s “Photographs(Online)”, David Wojnarowicz, 「Untitled (Face in Dirt), 1991/1992-1993 (posthumous)」

同じササビーズのオークションに出品された、20世紀写真の巨匠アンセル・アダムスの「The Golden Gate (Before the Bridge)1932,1965」が第3位で、落札予想価格10万~15万ドルのところ、35.56万ドル(約5405万円)で落札。

Sotheby’s “Photographs(Online)”, Ansel Adams, The Golden Gate (Before the Bridge)1932,1965」

第4位は、クリスティーズ“Photographs(Online)”に出品された、アーヴィング・ペンの「The Hand of Miles Davis, New York, July 1, 1986, 1986」で、30.2万ドル(約4596万円)で落札されている。

Christie’s “Photographs(Online)”, Irving Penn「The Hand of Miles Davis, New York, July 1, 1986, 1986」

最近は20世紀写真の評価の高いダイアン・アーバス、アンドレ・ケルテス、リチャード・アヴェドンなど有名写真家の貴重なヴィンテージ・プリントや大判サイズ作は、同程度の評価の絵画などの作品が出品される、モダン、コンテンポラリーなどの20/21世紀や現代アート分野のカテゴリーに出品される傾向が強い。写真もアート表現の一部だと認識されることは喜ばしいのだが、写真カテゴリー(Photographs)での高額落札が生まれにくい環境になってきたといえるだろう。

(1ドル/152円で換算)

エルトン・ジョン・コレクション(続報)
オンライン・オークション開催!

前回にレポートした、クリスティーズNYで開催されたポップミュージック界の巨匠エルトン・ジョンの「The Collection of Sir Elton John」セール。ライブと同時に、2月9日から月末まで中低価格帯の、アート作品、衣装/装飾品、インテリアなどのオンライン・オークション、「Honky Château」、「Elton’s Versace」、「The Jewel Box」、「Elton’s Superstars」、「Love, Lust and Devotion」、「Out of the Closet」が開催された。

全593点の出品うち写真関係は177点。そのうち約75%が落札予想価格1万ドル以下の低価格帯、25%が1~5万ドルの中間価格帯、高額価格帯の出品はなかった。ライブオークションで取り扱われた高額価格帯の作品は、落札予想価格の範囲内での落ち着いた金額での取引がほとんどだった。高額落札上位3点も落札予想価格の下限付近での落札にとどまった。しかし中低価格帯では、落札予想価格上限を超える落札が多く、特に1万ドル以下のカテゴリーにはエルトン・ジョン・コレクションのプレミアムが明らかに見られた。

今回のオンライン・オークションでも引き続きその傾向が顕著だった。特にファッション系、ポートレート系の落札が極めて好調、落札予想価格上限を超える落札が多く見られた。
特筆すべきは、エディション付き作品、モダンプリントでも、落札予想価格上限を大きく超えての取引が多く見られたことだ。作品相場を熟知しており、作品の流動性が高く他オークションで購入可能だと知る、一般のファインアート写真コレクターなら絶対に買わない高価格レベルだ。また普段はあまりに人気が高くない、ブルース・ウェバー、ハーブ・リッツのメール・ヌードも落札予想価格上限をはるかに超えて落札されていた。

Christie’s NY, Terry O’Neill, 「Elton John Performing a Handstand, 1972」

またオークションの特性上当たり前なのだが、エルトン・ジョンが所有していた、エルトン自身が被写体の写真作品は高額で落札されている。普段のオークションだとあまり人気が高くない、テリー・オニールの1975年のドジャーズ・スタジアムのライブ写真も落札予想価格を超えて落札。エルトン作品の最高額は、「Elton’s Superstars」に出品された、テリー・オニールの「Elton John Performing a Handstand, 1972」で、50.&X60.6cmサイズのゼラチン・シルバー・プリント、落札予想価格8000~12000ドルのところ、2.268万ドル(約340万円)で落札されている。

Christie’s NY, ANDRÉ KERTÉSZ, 「Melancholic Tulip, 1939」

また「HONKY CHÂTEAU」に出品されたアンドレ・ケルテス作品にも注目したい。彼のアイコニック作品「Melancholic Tulip, 1939」は、普段のオークションでも見られる25 x 20 cmサイズのゼラチン・シルバーのモダンプリント作品。落札予想価格6000~8000ドルのところ、2.016万ドル(約302万円)で落札された。これは明らかに、ファインアート写真の価値だけではなく、高い名声を誇るエルトン・ジョンが所有していたことに価値を見出した新規コレクターが購入したのだと思われる。本作のフレーム裏には「Sir Elton John Photography collection」ラベル、美術館展出品の作品ラベルが貼られていた。最高の来歴だといえるだろう。

Christie’s NY, Bruce WEber, 「Peter at my loft, NYC, 1997」

メール・ヌード系では特にブルース・ウェバーが好調で、落札予想価格上限の10倍を超える驚異的な落札も見られた。「Love, Lust and Devotion」に出品された「Peter at my loft, NYC, 1997」は、35.2X27.6cmのエディション1/10のゼラチン・シルバー・プリント。落札予想価格2000~3000ドルのところ、なんと3.276万ドル(約491万円)で落札されている。

Christie’s NY, Shirin Neshat,「Stripped, from Women of Allah, 1995」

一連のオークションで高額評価で注目された写真作品が、「Love, Lust and Devotion」に出品されたシャリン・ネスハット(Shirin Neshat)の「Stripped, from Women of Allah, 1995」。彼女は、イラン生まれニューヨーク在住のアメリカ人アーティスト。写真、ビデオ、長編映画で、抑圧的な社会で女性がいかに自由を見出すかを探求している。同作は、121.6 x 81.9 cmサイズ、エディション2/3のゼラチン・シルバー・プリント。落札予想価格3~5万ドルだったが、2.772万ドル(約415万円)での落札だった。

Christie’s NY, Radcliffe Bailey,「PINNIN LEAVES、1999」

写真関連作品での最高額落札は、「Honky Château」に出品されたラドクリフ・ベイリー(Radcliffe Bailey/1968-2023)による、111.7 x 146 cmサイズの写真コラージュ作品「PINNIN LEAVES、1999」だった。彼は、ミックス・メディア、ペイント、彫刻、写真、既製のオブジェやイメージを通してアフリカ系アメリカ人の過去、現在、未来を探求してきた米国人アーティスト。落札予想価格1~1.5万ドルのところ、9.45万ドル(約1417万円)で落札されている。2023年11月に55歳で亡くなっていることも高額落札の背景にあるかもしれない。

Christie’s NY, 「CARTIER, PLATINUM AND DIAMOND-SET ‘SANTOS OCTAGON’ WITH ONYX DIAL, REF. 2965」

その他の私物ではコレクタブルとして人気の高い腕時計が高価で落札されていた。「The Jewel Box」に出品された「CARTIER, PLATINUM AND DIAMOND-SET ‘SANTOS OCTAGON’ WITH ONYX DIAL, REF. 2965」は、落札予想価格7000~10000ドルのところ、なんと8.19万ドル(約1228万円)で落札されている。やはりスーパースターが実際に身に着けていたことがコレクターに大きくアピールしたのだろう。

(為替レート 1ドル/150円で換算)

クリスティーズ

エルトン・ジョン・コレクション
クリスティーズNYでオークション開催!

ポップミュージック界の伝説的人物のエルトン・ジョン(1947-)。彼は1990年代に初頭にアメリカの拠点としてアトランタに4ベットルームの豪華マンションを購入している。
彼はその場所に気に入った写真作品を含む膨大なアート作品などをコレクションしていた。しかし、彼は公演活動からの引退後は家族とともに英国の邸宅を主な住居とすることを決め、アトランタの住居を722万5000ドルで売却。それに伴い、彼がマンション内に収蔵していた膨大なアート作品と私物がクリスティーズ・ニューヨークで「The Collection of Sir Elton John Goodbye to Peachtree Road」と命名された大規模オークションで売却された。売却リストには、アンディ・ウォーホル、バンクシー、キース・ヘリンング、シンディー・シャーマン、アンドレアス・グルスキー、ハーブ・リッツなどの珠玉のアート・コレクションだけにとどまらず、クローゼット・コレクションから、カスタム・デザインのジャンプスーツ、1970年代の象徴的なプラットフォーム・ブーツ、彼のトレードマークのワイルドなサングラス、ファッション・デザインのアイコンのジャンニ・ヴェルサーチのコレクション、ロレックス/カルティエなどの時計や宝飾品、家具類、また彼が海外旅行に持参した1990年製のベントレー・コンチネンタルなどまでが含まれていた。ライブとオンラインで写真作品352点を含む合計923点が出品された。

Christie’s NY, Banksy「Flower Thrower Triptych」

ライブ・オークションは、2月21日、22日、23日にかけて「The Collection of Sir Elton John: Opening Night and The Day Sale」として開催。2月21日の「The Collection of Sir Elton John: Opening Night」では49点がオークションに出品され、ほぼすべてが落札、最高額は彼がアーティストから2017年に直接購入したというバンクシーの組作品「Flower Thrower Triptych」(2017年)で、100~150万ドルの落札予想価格に対して192.55万ドル(約2.88億円)で落札された。

Christie’s NY, Cindy Sherman 「Untitled (Film Still #39),1979」

ライブ・オークションには写真作品は187点が出品され172点が落札、落札率は約92%、総売り上げ約582万ドル(約8.73億円)と極めて好調な結果だった。写真作品の最高額はシンディー・シャーマンの「Untitled (Film Still #39),1979」、落札予想価格30~50万ドルのところ、37.8万ドル(約5670万円)で落札。
2位はアンドレアス・グルスキーの「Dior Homme、2004」、187.2 x 373.4 cmサイズの大判作品で、落札予想価格30~50万ドルのところ、30.24万ドル(約4536万円)で落札。

Christie’s NY, Andreas Grusky 「Dior Homme、2004」

3位はヘルムート・ニュートンの「Tied Up Torso, Ramatuelle, France 1980」、109.8 x 109.8 cmサイズの大判作品で、落札予想価格20~30万ドルのところ、20.16万ドル(約3024万円)で落札。

Christie’s NY, Helmut Newton 「Tied Up Torso, Ramatuelle, France 1980」

真摯なアートコレクターが参加する高額価格帯の作品は落札予想価格の範囲内での落ち着いた金額での落札がほとんどだった。上記の上位3点も落札予想価格の下限付近での取引だった。市況が落ち着いていることも一因だろうが、この価格帯にはエルトン・ジョン所有による価格のプレミアムは特に見られなかった。
しかし中低価格帯では、落札予想価格上限を超える落札が多く、特に1万ドル以下のカテゴリーにはエルトン・ジョン・コレクションのプレミアムが見られた。テリー・オニールの「Elton John (Album Cover Variant), 1974」などは、落札予想価格6000~8000ドルのところ、2.079万ドル(約311万円)で落札。

Christie’s NY, Terry O’Neill 「Elton John (Album Cover Variant), 1974」

ちなみに、ベントレー・コンチネンタルは、落札予想価2.5~3.5万ドルのところ、44.1万ドル(6615万円)で落札されている。

その他のカテゴリーでは、高級腕時計の多くが落札予想価格の上限を大きく超える金額で落札されていた。これらはエルトン・ジョンが所有していたことに多くの人が大きな付加価値を見出したのだろう。

Christie’s NY, Bentley Convertible

上記のライブ・オークションとは別に以下の日程で低価格帯を中心に扱うオンライン・オークション同時も開催された。

2月9日から27日
「The Collection of Sir Elton John: Honky Château」 124点
「The Collection of Sir Elton John: Elton’s Versace」 73点
「The Collection of Sir Elton John: The Jewel Box」 124点

2月9日から28日
「The Collection of Sir Elton John: Elton’s Superstars」 65点、
「The Collection of Sir Elton John: Love, Lust and Devotion」 120点
「The Collection of Sir Elton John: Out of the Closet」 87点

こちらにも多くの写真作品が含まれるので、後日に結果を紹介したい。

(為替レート 1ドル/150円で換算)
詳細(クリスティーズ)

2023年アート写真オークション
高額落札ベスト10
高価格帯の市況が低迷する

2023年、米国では執拗なインフレ高進による米連邦準備理事会(FRB)の金融引き締め長期化が世界経済のリスクであるとの見通しから、投資家のリスク資産回避の動きが続いた。年末になり利上げ打ち止め観測から2024年の利下げ観測が徐々に市場に織り込まれる状況になり、株価が上昇し長期国債利回りは低下した。その後は、市場の2024年の過度の利下げ期待に対してFRB理事から牽制する発言が続いて金利は反転。今年の米国景気は、インフレが抑えられたうえで景気悪化を回避する「軟着陸」の見通しが強いものの、先行きはやや不透明感が増してきた。
日本では、日銀の早期のマイナス金利政策解除の観測期待があったものの、正月の令和6年能登半島地震の影響で現状維持の見通しがささやかれだした。昨年末には、約1ドル/140円付近まで円高が進んだものの、上記の2要因で再びドル安が進行している。しかし、少なくとも150円を超える為替レートがやや円高に振れているのは日本のコレクターには朗報だろう。

経済政治状況の見通しが不確かで、市場が様子見気分の時は、実は質の高い中間価格帯以下の作品が割安に購入できるチャンスでもなる。コレクターにとっては、世界的なインフレ見通しの改善見通しが強まれば、2024年は買い場探しの時期になる可能性があるかもしれない。ウクライナ戦争やイスラエル・ガザ戦争の停戦合意など市場外部環境の改善があれば様子見気分が強い相場の雰囲気が一転するかもしれない。相場の気分は急激に変化するので、コレクターは購入を検討している作品の相場動向には留意するように心がけてほしい。

さて2023年のオークションでの高額ランキングだが、2022年はマン・レイの「Le Violin d’Ingres, 1924」(1924年)が約1,240万ドル、エドワード・スタイケンの「The Flatiron, 1905」が約1,180万ドルという、写真としては異例の1000万ドル越えの超高額落札が2件あった。2023年の最高額は、これと比べるとはるかに低いリチャード・プリンスのカウボーイ作品「Untitled (Cowboy), 1999」で約156万ドルだった。これは2018年に次ぐ100万ドル台のという低い最高落札額で、2022年の超高額落札で歴史的な貴重作品の出品が続くという見通しが見事に裏切られた。
5位のエグルストン作品は、2012年3月12日にクリスティーズ・ニューヨークで行われた“Photographic Masterworks by William Eggleston Sold to Benefit the Eggleston Artistic Trust”で、57.85万ドルで落札された、約112X152cmサイズ、エディション2のピグメント・プリント。写真表現が現代アート市場に取り込まれたことが明らかになった象徴的作品。作品価値は約11年で約74%も上昇、以前も紹介したが1年複利で諸経費を無視して単純計算すると約11年で約5.17%で運用できたことになる。現代アート分野で取り扱われるエグルストンの大判代表作は、短期間で効率的なリターンを達成している。
なお5月にクリスティーズ・ニューヨークで行われた、“21st Century Evening Sale”では、ダイアン・アーバスの「A box of ten photographs, 1970」が、$1,008,000.(約1.42億円)で落札されている。しかしこれは10枚セットのポートフォリオなのでランキングからは除外した。
いま20世紀写真が、現代アート系のオークションに出品されるのは特に目新しい事例ではなくなった。作品の評価額によって、低中価格帯はデイ・セール、高額価格帯作品はイーブニング・セールに登場している。版画などを取り扱う、エディション・セールでも低価格帯の写真作品が普通に見られるようになっている。20世紀には独立したカテゴリーだった写真作品だが、 写真のデジタル化と現代アート市場の拡大により、 アーティストの一つの表現方法だという認識が着実に浸透中なのだと思う。

2023年オークション高額落札ランキング

1.リチャード・プリンス
「Untitled (Cowboy), 1999」

Christie’s New York, Richard Prince

クリスティーズ・ニューヨーク、“A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I and II”
2023年5月17-18日
$1,562,500.(約2.21億円)

2.ゲルハルト・リヒター
「Strip, 2015」

Sotheby’s New York, Gerhard Richter

サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Evening and Day Auctions”
2023年11月15-16日
$1,270,000.(約1.79億円)

3.バーバラ・クルーガー
「Untitled (Out of your mind) and Untitled (In your face), 1989」

Sotheby’S London, Barbara Kruger

サザビーズ・ロンドン、“Modern and Contemporary Art Evening and Day Sales”
2023年3月5日
GBP889,000.(約1.59億円)

4.ジョン・バルデッサリ
「Source, 1987」

Sotheby’s New York, John Baldessari

サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Evening and Day Auctions”
2023年5月15日
$1,079,500.(約1.52億円)

5.ウィリアム・エグルストン
「Untitled, 1970」

Christie’s New York, William Eglleston

クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening Sale”
2023年5月17-18日
$1,008,000.(約1.42億円)

6.シンディー・シャーマン
「Untitled Film Still #48, 1979」

Sotheby’s London, Cindy Sherman

サザビーズ・ロンドン、“Now Evening, Modern & Contemporary Evening and Day Auctions”
2022年5月10-13日
GBP762,000.(約1.36億円)

7.ロバート・フランク
「’Charleston S. C.’, 1955」

Sotheby’s New York, Robert Frank

サザビーズ・ニューヨーク、“Pier 24 Photography”
2023年5月1-2日
$952,500.(約1.34億円)

8.リチャード・プリンス
「Untitled (Fashion) 1982-84」

Sotheby’s New York, Richard Prince

サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Evening and Day Auctions”
2023年11月15-16日
$762,000.(約1.078億円)

9.アンドレアス・グルスキー
「Chicago, Board of Trade, 1997」

Christie’s New York, Andreas Grusky

クリスティーズ・ニューヨーク、“A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I and II”
2023年5月17-18日
$756,000.(約1.070億円)

10.シンディー・シャーマン
「Untitled, 1978」

Christie’s New York, Cindy Sherman

クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening and Post-War & Contemporary Art Day Sales”
2022年11月7-8日
$693,000.(約9810万円)

(為替レート/ドル円141.56円、ユーロ円153.50円、ポンド円178.86)
三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる2023年の平均為替レート

NYの現代アート系オークション
写真作品2点が100万ドル超で落札

秋のニューヨーク現代アート・オークションでは、11月7日/10日にクリスティーズで「21st Century Evening and Post-War & Contemporary Art Day Sales」、11月14/15日にフリップスで「20th Century & Contemporary Art Evening and Day Sales」、11月15/16日にサザビーズで「Contemporary Art Evening and Day Auctions」が開催。

サザビーズでは、ゲルハルド・リヒターとジョン・バルデッサリの写真作品2点が100万ドル越えで落札された。しかし全般的に動きは低調で、今年5月にクリスティーズ・ニューヨークの「A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I and II」で記録した、リチャード・プリンスの「Untitled (Cowboy), 1999」の、156.25万ドルを超えることはできなかった。

気になったのが、サザビーズのデイ・オークションに、ダイアン・アーバス、ロバート・メイプルソープ、ウィリアム・エグルストン、ナン・ゴールディン、ティナ・モデッティなど、普段は「Photographs」オークション中心に出品される写真家の中間価格帯の作品が含まれていたことだ。業者の判断にもよるが、今後は、幅広い価格帯の20世紀写真が現代アート系や版画などの「Print & Edition」オークションに出品されるケースが増加していく予感がする。

以下が今シーズンの100万ドル越えの写真系作品の詳細となる。2点ともサザビーズ・ニューヨークでの取引となる。

ゲルハルド・リヒター「Strip, 2015」、落札予想価格200万~300万ドルのところ、下限を下回るの127万ドル(約1.84億円)で落札。4つのパートからなる200 X 1101cmサイズの横長のデジタル・プリント作品。

Sotheby’s NY, Gerhard Richter, “Strip, 2015”

作品解説によると本作「Photo paintings」のぼかしの装置、「Farbens」の規則正しい色彩の配置、そして感覚に没入する「Abstrakte Bilder」など、リヒターのこれまでの最も重要なブレークスルー表現を統合している重要作品。リヒターはスペクトル内の色の順序や帯の太さをランダムにするプロセスに没頭しているとのこと。このシリーズは、テート(ロンドン)、ルイジアナ近代美術館(フンレベック)、アルベルティーナ美術館(ウィーン)、国立国際美術館(大阪)などの一流美術館に収蔵されている。

Sotheby’s NY, John Baldessari, “Source, 1987”

ジョン・バルデッサリ「Source, 1987」、落札予想価格70万~100万ドルのところ107.95万ドル(約1.56億円)で落札。153 x 121.9 cmサイズ、銀塩写真にペイントされた作品、ブランド・ギャラリーのSonnabend Gallery取り扱ったという来歴だ。

その他作品では、リチャード・プリンスの「Untitled (Fashion) 1982-84」が、76.2万ドル(サザビース)、シンディー・シャーマンの「Untitled, 1978」が、69.3万ドル(クリスティーズ)、バーバラ・クルーガーの「Untitled (Our prices are insane!), 1987」が、57.15万ドル(フィリップス)が落札されている。

Christie’s NY, Cindy Sherman, “Untitled, 1978”

2022年アート写真市場では、マン・レイ作品「Le Violon d’Ingres, 1924」とエドワード・スタイケン作品「The Flatiron, 1904/1905」の2点が1000万ドル越えで落札されて大きな話題になった。それに比べると2023年の結果は見劣りするといえるだろう。

2023年を通しての外部の経済環境を見てみると、米国の労働市場は相変わらず底堅く、また財政不安も背景にあり、長期金利の上昇が続いていた。また執拗なインフレ高進による当局の金融引き締めの長期化が世界経済のリスクであるとの見通しから投資家のリスク資産回避の動きがみられた。このような見通しの中、2023年は高額評価の作品のオークション出品が手控えられ、逆に低額作品の出品が増加したのだと思われる。

なお2023年の詳しい市場分析は年初のブログで行う予定だ。

(為替レート 1ドル/145円で換算)

海外オークション・レビュー 「Madonna x Meisel」
@クリスティーズ

2023年秋のニューヨーク・フォトグラフス・オークションでは、クリスティーズで10月6日行われたスティーブン・マイゼル撮影によるマドンナの写真集「SEX book」からのセール「Madonna x Meisel – The SEX Photographs」が大きな話題になった。1992年刊行のこの写真集はなんと世界中で150万部を販売したという。日本版は同朋舎出版から販売されている。

当時の日本はヘアヌードが解禁された時代だった。マスコミでは時代の歌姫マドンナのスキャンダラスなヘアヌードという話題性で紹介されていた。しかし、実際は超一流ファッション写真家スティーブン・マイゼルとハーパース・バザー誌米国版を刷新したアート・ディレクターのファビアン・バロンを起用した、かなりアート色が強い写真集だった。

同オークションは42点が出品され、落札16点、落札率は38.1%、総売り上げは133.45万ドル(1.97億円)だった。残念ながら26点が不落札という全くの期待外れの結果だった。落札内容もよくなく、買い手がついた作品の多くが落札予想価格の下限以下だった。ほとんどの作品は163.8 x 132.3 x 5.7 cmと巨大サイズ、マイゼルとマドンナの二人のサインが入った1点ものだった。
作品の人気度により落札予想価格は最低5万ドルから最高35万ドルと幅があった。内訳は、5~7万ドルが10点、8~10万ドルが1点、8~12万ドルが11点、10~15万ドルが10点、15~25万ドルが7点、20~30万ドルが1点、25~35万ドルが2点。写真集発売時にプレス用に利用され、幅広く流通したイメージが高額の評価だった。
最高額はロット4の「Madonna, New York, 1992」で、落札予想価格8~12万ドルのところ20.16万ドル(約2983万円)で落札されている。

Christie’s NY, Steven Meisel,「Madonna, New York, 1992」

過去のオークション・データを調べてみると、マイゼル作品のオークションでの出品数は思いのほか少なかった。今回の出品作と同様の大判サイズで、少ないエディションの作品を比べてみると、最高額は、2017年11月2日にフィリップス・ロンドンのULTIMATEオークションに出品された「CK One, New York City、1994」。これは93 x 274.3 cmという横長巨大サイズの1点もの作品が75,000ポンドで落札されている。当時は1ポンド=1.34程度だったで、約100,500ドルだったことになる。

Phillips London, 2017, Steven Meisel,「CK One, New York City、1994」

ほぼ同じサイズでは、やや古くなるがフィリップス・ニューヨークで2012年10月2日に行われたオークションで、「Walking in Paris, Linda Evangelista & Kristen McMenamy, Vogue, October 1992」がある。187 x 147.5 cmサイズの1点もので、86,500ドルで落札されている。同作は、写真集「In Vogue: The Illustrated History of the World’s Most Famous Fashion Magazine」(Rizzoli、2006年刊)の、カヴァーに採用された作品だ。

「In Vogue: The Illustrated History of the World’s Most Famous Fashion Magazine」(Rizzoli、2006年刊)

今回の一連の作品評価額とその落札結果からは、クリスティーズは写真家マイゼルの作家性、被写体マドンナと彼女のサインの価値を過大評価した可能性が高かったのではないか。同社は、本作をファインアート系のファッション写真であり、それを現代アート的なテイストの大判サイズ作品としてセールにかけた。
しかし、コレクターの多くは、本作はどちらかというとコレクション系アート作品だと認識したのではないかと思う。マドンナは、ファインアート系ファッションの世界で時代性を代表していたというよりも、ポップ・ミュージック界における時代のアイコン/セレブとして記号化され消費された存在だった。その価値は相対化されており、主観的に評価されていたのだ。つまり好きな人は好きだが、そうでない人は興味を持たないということ。今回の出品作はマドンナが大好きなファンが欲しがるコレクション系アート作品に近かったのだが、それらはファインアートとして高く評価された。残念ながら、多くの人たちには手が出なかったのだろう。

撮影したスティーブン・マイゼルは、ファッション写真家としては、時代を切り取ることに長けた優秀な表現者だった。しかし、彼が活躍したのが世の中の価値観が急激に多様化した時代だった。90年代中盤以降には、多くの人が共感するような時代性を持った作品の制作は、本人の能力と関係なく非常に困難な環境だったといえるだろう。今後のコレクションの対象になるマイゼル作品は、80年代から90年前後までの制作が中心になるのではないか。

(1ドル/148円で換算)

2023年秋ニューヨーク写真オークションレヴュー
外部環境の悪化により市況が低迷

ファインアート写真のニューヨーク定例オークションが10月上旬に開催された。外部環境を見てみると、米国の労働市場は相変わらず底堅く、また財政不安も背景にあり、長期金利の上昇が続いていた。また執拗なインフレ高進による当局の金融引き締めの長期化が世界経済のリスクであるとの見通しから投資家のリスク資産回避の動きもみられた。値動きが世界の景気の先行指標といわれる銅の国際相場も、中国の不動産市況悪化による需要低迷の連想から安値圏で推移していた。NYダウは2023年8月に35,630.68ドルだったがオークションが行われた10月上旬には一時33,002.38ドルまで下落している。経済や金融市場の動向はアート・オークションの参加者に心理的な影響を与えると言われている。オークション開催時の外部環境は、かなり厳しい状況だったといえるだろう。

さてオークションは出品者の違いにより2種類に分けられる。複数委託者の作品を1回にまとめて行うものと、単独の委託者によるコレクションを一括に販売するオークションだ。今秋は、複数委託者による「Phographs」オークション以外に、単独委託者によるオークションが複数開催された。

業者ごとのオークションをまとめると、クリスティーズは、10月3日に「A Century of Art: Photographs from The Gerald Fineberg Collection(Online)」、4日に複数委託者による「Photographs(Online)」、6日にスティーブン・マイゼルが撮影したマドンナの写真作品のセール「Madonna x Meisel – The SEX Photographs」を行っている。

サザビーズは、5日に「Photographs(Online)」、フィリップスは、10月11日に複数委託者による「Photographs」を開催した。サザビーズでは、「ピア24フォトグラフィー」閉鎖に伴う2回のオークションを春に続き開催。10月3日に「Photographer Unknown: Pier 24 Photography from the Pilara FamilyFoundation」、25日に「Pier 24 Photography from the Pilara Family Foundation」が行われている。
ただし春の売り上げをニューヨークのセールに含んでいないので、今秋の同セールも合計に含めないことにする。

さてオークション結果だが、3社合計で668点が出品され、470点が落札。全体の落札率は約70.4%で春の77.8%よりに悪化している。総売り上げは、約903万ドル(約13.27億円)で、今春の約966万ドル、昨秋の約1054万ドルからも減少。落札作品1点の平均金額は約19,217ドルで、今春の約22,273ドルより減少している。今春と比べると出品数が増加し、落札率が悪化したことから、総売り上げが減少し、落札単価も下落したことになる。不透明な経済状況から高額評価の作品の出品が控えられたことがわかる。

業者別では、売り上げ1位は約450万ドルのフィリップス(落札率78%)、2位は約346万ドルでクリスティーズ(落札率70%)、3位は106万ドルでサザビース(落札率48%)と、今春と同じ順位だった。サザビーズは複数委託者オークションの売り上げ、落札率ともに悪化している。しかし、これは特殊要因の影響による。同社は春から秋にかけて継続的に「ピア24フォトグラフィー」閉鎖に伴う4回のオークションを行い、総額1273万ドルの売り上げを記録している。
2023年、同社はセールの重点をすぐれた単独コレクションの一括セールに置いていたのだと判断できる。

Phillips NY「Photographs」、William Eggleston「Memphis, circa 1969」

今シーズンの高額落札は、フィリップス「Photographs」の、ウィリアム・エグルストンの代表作「Memphis, circa 1969」だった。1970年ごろに製作された、約30.5X 43.8cmの貴重なヴィンテージのダイ・トランスファー作品。落札予想価格25万~35万ドルのところ31.75万ドル(約4667万円)で落札された。

Phillips NY「Photographs」、Hiroshi Sugimoto「Opticks 161、2018」

2位も、フィリップス「Photographs」に出品された杉本博司の「Opticks 161、2018」だった。、118.7 X 119.4 cmサイズ、エディション1/1のChromogenic作品が落札予想価格10万~15万ドルのところ24.13万ドル(約3547万円)で落札されている。今シーズン杉本博司作品の人気は高かった。25日にサザビーズで開催された「ピア24 フォトグラフィー」で行われたセールでも、7点セットの作品「Henry VIII, Catherine of Aragon, Anne Boleyn, Jane Seymour, Anne of Cleves, Catherine Howard, and Catherine Parr、1999」が、落札予想価格40万~50万ドルのところ44.45万ドル(約6534万円)で落札されている。こちらは各149.2 X 119.4 cmサイズ、エディション5の銀塩作品。

Sotheby’s NY, Hiroshi Sugimoto 「Henry VIII, Catherine of Aragon, Anne Boleyn, Jane Seymour, Anne of Cleves, Catherine Howard, and Catherine Parr、1999」

2023年10月からロンドンのヘイワード・ギャラリーで彼の大規模回顧展「Hiroshi Sugimoto: Time Machine」がスタートしている。やはり有名美術館での展覧会開催はオークションでの相場に少なからず影響を与えているのだろう。

Christie’s NY,「Steven Meisel, Madonna, New York, 1992」

3位は、クリスティーズ「Madonna x Meisel – The SEX Photographs」の、「Steven Meisel, Madonna, New York, 1992」、163.8 x 132.3の1点もの、落札予想価格8万~12万ドルのところ20.16万ドル(約2963万円)で落札された。このオークション結果については後日に詳しく分析してみたい。

年間ベースでドルの売上を見比べると、現在の市場の状況が良く分かる。相場環境が悪いと、特に高額作品を持つコレクターは売却を先延ばしにする傾向がある。つまり高く売れない可能性が高いと無理をしないのだ。結果的に全体の売上高が伸び悩む傾向になる。政治経済見通しの不透明さが続く中、2023年のニューヨーク・セールの売り上げは約1865万ドル(落札率約73.7%)だった。ちなみに2022年の売り上げは約2029万ドル(落札率67.4%)だった。しかし、上記のように今年はサザビーズで、春から継続的に「ピア24フォトグラフィー」閉鎖に伴う4回のオークションが行われている。これを加えると2019年以来の3138万ドルの売り上げとなる。今回の一括セールを特殊要因だと判断するかで市場の現状評価が分かれるだろう。厳しい外部環境の影響で市場は調整期が続いている。しかし少なくとも新型コロナウイルスの感染拡大により落ち込んだ2020年の約2133万ドルレベルからは回復基調をたどっていると判断したい。

市場が様子見気分の時は、実は良い作品が割安に購入できるチャンスにもなる。しかし日本のコレクターは、いまの約1ドル/150円近い為替レートと、作品の運送コストの高止まりが続く中では積極的には動きにくいだろう。来春には、ウクライナ戦争やイスラエル・ガザ戦争の停戦合意や、世界的なインフレ見通しの改善など、市場環境の改善を期待したい。

(1ドル/147円で換算)

2023年前期の市場を振り返る
アート写真オークション高額落札

アート写真オークションは、今年はパンデミックの影響もなく、2023年前半の主要スケジュールが無事に終了した。通常7月からは、アート界は夏休みシーズンにはいる。次回は秋の大手業者によるニューヨークでの定例オークションとなる。
昨年前期と比べると、私どもがフォローして集計したアート写真関連オークション数は17から21に増加。出品数は2573点から3265点に大きく増えた、落札率は66.5%から71.6%に改善している。ただし、出品数の増加はほとんどが低価格帯で、このカテゴリーだけが671点増加した。
昨年来、インフレと米国の短期金利の利上げ継続、そして今年春には金融不安による信用収縮などが発生した。金融市場で先行きの不確実の高まりは、オークション参加者に心理的な影響を与えたと思われる。特に高額価格帯の作品では、コレクターは売買に対しての慎重姿勢が続いていた。逆に、低価格帯は出品が増加した。前半の総売り上げは約42.5億円で、昨年同期比で約42%アップしている。しかしこれは5月にサザビーズ・ニューヨークで開催された単独コレクションセール「Pier 24 Photography from the Pilara Family Foundation」による1062万ドル(約14.65億円)の売り上げ貢献による。これがなければ2023年前半の売り上げは、ほぼ2022年前半並みになる。
ピア24フォトグラフィー(Pier 24 Photography)は、2010年にサンフランシスコのエンバカデロ沿いの空き倉庫にオープンした写真専門の大規模展示スペース。しかし次回の契約更新で施設の家賃が3倍に上昇する事態に直面し、同館はやむなくリース期間が切れる2025年7月に正式に施設のクローズを決め、美術館コレクションの売却を今回のセールを皮切りに行うことになったのだ。個人コレクターではないので、彼らは経済見通しとは関係なく組織の決定を粛々と実行する。皮肉にもアメリカを襲う高インフレによる影響が、前半のオークション売り上げに大きく貢献していたのだ。そして多くの高額落札も同セールから生まれている。

私どもは現代アート系と19/20/21世紀写真中心のアート写真とを区別して継続分析を行っている。厳密には、アンドレアス・グルスキー、シンディー・シャーマン、マン・レイ、ウィリアム・エグルストン、ダイアン・アーバスなどは作品評価額によって両方のオークション・カテゴリーに出品される。しかし、ここでは統計の継続性などを鑑み、出品されたオークション別ではなく、作品分野別の高額落札作品のランキングを制作している。
それではアート写真オークションでの高額落札からみてみよう。

◎19/20/21世紀アート写真部門

1.ウィリアム・エグルストン
“Untitled, 1970”
クリスティーズ・ニューヨーク、21st Century Evening Sale、5月15日
落札予想価格100万~150万ドル
100.8万ドル(約1.28億円)

2.ダイアン・アーバス
“A box of ten photographs, 197”
クリスティーズ・ニューヨーク、21st Century Evening Sale、5月15日
落札予想価格90万~120万ドル
100.8万ドル(約1.28億円)

3. ロバート・フランク
“’Charleston S. C.’, 1955”
ササビーズ・ニューヨーク、Pier 24 Photography、5月1日~2日
落札予想価格25万~35万ドル、
95.2 万ドル(約1.31億円)
*ロバート・フランクのオークション落札最高額を更新。

4. マン・レイ
“Untitled (Solarized Nude, Paris), 1929”
クリスティーズ・ニューヨーク、21st Century Evening Sale、5月11日
落札予想価格30万~50万ドル
63万ドル(約8505万円)

5.ドロシア・ラング
“Migrant Mother, Nipomo, California, 1936”
ササビーズ・ニューヨーク、Pier 24 Photography、5月1日~2日
落札予想価格20万~30万ドル
60.96万ドル(約8229万円)

5. リー・フリードランダー
“The Little Screens(suite of 52 gelatin silver prints)”
ササビーズ・ニューヨーク、Pier 24 Photography、5月1日~2日
落札予想価格50万~70万ドル
60.96万ドル(約8229万円)

◎現代アート系写真
現代アート系ではリチャード・プリンス作品が150万ドル越えで落札されている。彼の作品は写真でも主に現代アートのカテゴリーで取り扱われている。またアンドレアス・グルスキーの高額評価の作品が市場に戻ってきた。

1.リチャード・プリンス
“Untitled (Cowboy), 1999”
クリスティーズ・ニューヨーク、A Century of Art: The Gerald Fineberg
Collection Parts I and II、5月17~18日
落札予想価格150万~200万ドル
156.25万ドル(約2.1億円)

2.シンディー・シャーマン
“Untitled Film Still #48, 1979”
サザビース・ロンドン、Now Evening, Modern & Contemporary Evening and Day Auctions、6月27~28日
落札予想価格60万~80万ポンド
76.2万ポンド(約1.28億円)

3.アンドレアス・グルスキー
“Chicago, Board of Trade, 1997”
クリスティーズ・ニューヨーク、A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I and II, 5月17-18日
落札予想価格60万~80万ドル
75.6万ドル(約1.02億円)

(1ドル/135円、1ポンド/168円)

2023年春NYの現代アート系オークション
リチャード・プリンスなどが100万ドル越えの落札

景気停滞を示す様々な経済指標やシグナルが見られる中で、5月にニューヨークで定例の大手業者による現代アート/モダン・戦後の20世紀アートのオークションが開催された。
昨年と比べると出品数は増加したものの売上高は減少し、比較的低調な結果に推移した。今後は特に高額価格帯では良品の出品が減少するとの見通しが強くなっている。

写真関係では、2022年のオークションではマン・レイの歴史的名作“Le Violon d’Ingres, 1924”が、写真作品最高落札額の12,412,500ドルで落札された。今年は市場最高落札額更新のようなサプライズはなかったものの、クリスティーズでは100万ドル越えの高額落札が3件見られた。

Christie’s NY, Richard Prince、“Untitled (Cowboy), 1999”

最高額は、クリスティーズ・ニューヨークで開催された、「A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I」に出品されたリチャード・プリンスの“Untitled (Cowboy), 1999”だった。落札予想価格150~200万ドルのところ、1,562,500ドル(約2.15億円)で落札された。エディション2、AP1のアーティスト・プルーフ作品、サイズは152.4 x 203.2 cmのエクタカラー・プリント(Ektacolor print)になる。本作はリチャード・プリンスが1980年代に開始したタバコ広告を挑発的に使用し、西部劇をテーマにした画期的なアプロプリエーション・シリーズがさらに発展した作品。彼は現存する広告写真をもとに、シーンを操作し、リフレーミングすることで、その制作と使用の意図を私たちに問いかけている。クリスティーズのロット・エッセイには、“彼の仮面剥ぎとりと解体は、消費者イメージの背後にある空虚さを暴露する…我々は、描写されているものから何らかの形で浮遊している表現を見る。…イメージは内実のない外観である…”というロゼッタ・ブルックスによるプリンスのカウボーイ作品の解説文章が引用されている。
(R. Brooks, “Survey: Prince of Light or Darkness ? ”, Richard Prince, London: Phaidon, 2003, p. 54)

それ以外では、クリスティーズ「21st Century Evening Sale」で、ダイアン・アーバスの貴重な10点のポートフォリオとウィリアム・エグルストンの代表作である3輪車の大判作品がともに100万ドル越えで落札された。アーバスの“A box of ten photographs”は、1970年に製作が開始されたシルバー・プリントの10枚セット。エディションは50だが、アーバスが1971年に亡くなっているので、ほとんどがニール・セルカーク(Neil Selkirk)によるプリントとなる。ほとんどのポートフォリオは主要美術館に収蔵されているか、または1枚づつばらして個別販売されているために、市場に完全セットが出品されるのは極めて珍しい。本セットは落札予想価格90~120万ドルのところ、1,008,000ドル(約1.39億円)で落札されている。
カタログの資料によると、本作は2003年10月のフィリップス・ニューヨークで(Phillips de Pury & Luxembourg)で落札予想価格9~12万ドルのところ、405,000ドルで落札されている。ちなみに1年複利で、手数料など諸経費を無視して単純計算すると約20年で約4.66%の運用だったことになる。

Christie’s NY, Diane Arbus “A box of ten photographs”

エグルストンの“Untitled, 1970”は、1976年にニューヨーク近代美術館で開催された彼のカラー写真の個展の際に刊行された、写真集“William Eggleston Guide”の表紙に使用されている代表作。同作は80年代に染料を転写してカラー画像を作り出すダイトランスファーでエディション付きで販売されて完売している。本作は2012年にデジタル写真のピグメント・プリントで新たに制作されて大きな話題になった、112 x 152 cmサイズ、エディション2の作品。落札予想価格100~150万ドルのところ、こちらも1,008,000ドル(約1.39億円)で落札されている。今回の出品作は、2012年3月のクリスティーズ・ニューヨークの「Photographic Masterworks by William Eggleston Sold to Benefit the Eggleston Artistic Trust」で、落札予想価格20~30万ドルのところ、578,500ドルで落札されている。ちなみに1年複利で、手数料など諸経費を無視して単純計算すると約11年で約5.17%の運用だったことになる。

現代アートの範疇で評価されているエグルストンの大判サイズの代表作は、貴重な20世紀写真と考えられているアーバスのポートフォリオよりも、短期間で効率的なリターンを得ることができたことになる。

Christie’s NY, William Eggleston, “Untitled, 1970”

不確実な経済動向の見通しの中、現代アート/モダン・戦後の20世紀アートのオークションに出品されたハイエンド写真作品の市場動向に注目が集まっていた。結果的に3点が100万ドル越えを記録したものの、手数料などを考慮すると落札額は予想落札価格の下限近辺だった。他分野のアート作品同様に、高額な貴重作品に対する需要には底堅さはあるものの、過熱感はなく非常に落ち着いた入札状況だったといえるだろう。

(1ドル/138円で換算)