◎シーラ・メッツナー展 “Sheila Metzner : From Life” @米国ロサンゼルス「ゲッティー・センター(GETTY CENTER)」 会期:2023年10月31日~2024年2月18日
シーラ・メッツナーは、1939年ニューヨーク・ブルックリン生まれ。1960年代にドイル・デイン・ベルンバッハ広告代理店(Doyle Dane Bernbach)で初の女性アートディレクターとして活躍。その後、子育てを行いながら写真家キャリアをスタートさせる。1978年、彼女のポートレートがニューヨーク近代美術館で開催された「Mirrors and Windows: American Photography Since 1960」展で注目される。それがきっかけで、ギャラリー展やヴォーグ誌アレクサンダー・リバーマンからの仕事依頼へとキャリアが展開していく。当時のヴォーグ誌はリチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、デニス・ピールが中心的に仕事を行っていた。その状況下で、メッツナーはヴォーグから安定的に仕事を依頼された最初の女性写真家となる。
数十年にわたるキャリアの中で、シャネル、ディオール、ミュウミュウ、アズディン・アライア、エージェント・プロヴォケーター、ゲス、ジミー・チュウ、フェラガモ、アブソルートなど、数え切れないほどのブランドのキャンペーンを手がけ、地位を確立する。彼女の写真は、ヴォーグ、i-D、インタビュー、エル、ヴァニティー・フェア、グラムール、プレイボーイなどに頻繁に掲載。本展「This Side of Paradise」展のキュレーションは、SCAD FASH美術館のクリエイティブ・ディレクター、ラファエル・ゴメスが担当。
小作品による「Until the Wind Blows」については以前に詳しく解説した。ワイフェンバックは、一瞬穏やかなフランス郊外の田園地帯の風景を、良い時も悪い時もある、波乱万丈の人間の人生に重ね合わせている。様々な出来事に過度に喜んだり悲しんだりする必要はない、いまという瞬間を生きるのが重要だと示唆している。自然が撮影対象だがアーティストの人生を達観したリアリストの視点が文章から伝わってくる。ここでは彼女の言葉がヴィジュアルの理解や感じ方に大きな影響を与えている。
(C)Terri Weifenbach/ Cloud Physics
そして「Cloud Physics」では、SDG’sで謳っている持続可能な開発目標のひとつの「気候変動に具体的な対策を」が作品テーマと重なっている。「Until the Wind Blows」で表現されているのは、気候が大変動する前の嵐の前の静けさのシーンとも解釈できる。ここで「Until the Wind Blows」が提示する、アーティストの人間存在に対する冷徹な視線が、「Cloud Physics」の外部の社会的なテーマとつながるのだ。たぶん「Cloud Physics」だけの提示では、見る側が誤解する可能性があっただろう。彼女がこのテーマを長年追及している事実を知らない人は、今の世の中にある流行りの大きなテーマを取り上げたと理解するのではないか。それだと作品は見る側に感嘆は呼び起こすが、大きな感動はもたらさないのだ。彼女は本展で言葉を駆使して見る側に重層的にメッセージを伝えようとしている。本人が意識的に二つの作品を同時に提示しているかは、ぜひ今度聞いてみたいところだが、どちらにしても、この組み合わせからは現在においてのファインアート作品の新たな提示の可能性が感じられる。
(C)Terri Weifenbach/ Until the wind blows
ワイフェンバック作品には見る側の感情のフックに引っかかる様々な仕掛けが、ヴィジュアルと言葉でちりばめられている。どこで共感するかは、見る側のもつ経験と情報量で左右される。そして、それぞれが反応する所で立ち止まり、それらと能動的に対峙することになる。そして、彼女の深遠な写真世界に引き込まれていくのだ。彼女のフォトブックや写真作品のコレクションする人は、それらが提示する彼女の世界観に賛同していることの意志表明を行っているのだ。 「写真作品に触れることで、心動かされて、また世の中の見方が本当に変わることがあるのですね。」これはある女性の来廊者の感想だ。彼女は熱心に掲示されている彼女のメッセージを読み、時間をかけて作品を鑑賞し、最終的に 「Until the Wind Blows」 シリーズの作品を購入し写真集を予約してくれた。
アーティストは、前記のように特徴を明確化した次のステップとして、自らでそのまわりに共感するコアとなる人を囲い込む地道な努力が求められるのだ。コーリー・ハフ(Cory Huff)著の「How to sell your art online」には、50対50の法則が紹介されている。アーティストは、50%の時間を作品制作に使い、残りの50%を自らのマーケティングに費やせという意味だ。このルールは今やすべての新人アーティストに当てはまるだろう。自らの特徴を伝えるために、展覧会開催、フォトブック出版などの従来の方法だけでなく、SNSなどで情報発信を続け、できるだけ多くの支持者を集めファンを固めていくのだ。繰り返しになるが、マーケティングは自分のコアのメッセージを伝える手段だ。その行為自体を目的化しないように注意して欲しい。 もし社会との接点を持つメッセージを長期にわたり提示し続けたら、キュレーター、ギャラリスト、編集者、美術評論家など、誰かが必ず見立ててくれる。複数の人からの見立てが積み重なることで情報発信が重層的になり、アーティストとしてのブランドが次第に確立していくことになる。 新規参入するギャラリー、ディーラーなどの販売業者も全く同じ努力が求められる。独自の極を作り上げるために尽力しなければならない。その特徴に合致したアーティストを見立てて情報発信を行うのだ。複数の特徴が育っていけば、共感するファンとなる顧客が集まってきて経営が成り立つだろう。
海外では、2000年代になってから、写真集の一部のフォトブックは、アート写真の自己表現の一形態だと認識されコレクションの対象になった。歴史的写真集のガイドブック「The Book of 101 Books」(Andrew Roth、2001年刊)、フォトブックの初美術館展のカタログ「The Open Book」(Hasselblad Center、2004年刊)、「The Photobook : A History Volume 1 & 2」(Martin Parr & Gerry Badger、2004-2005年刊) など、過去の優れたフォトブックのガイドブックの出版が相次いだのがきっかけとなった。
ファッション誌の流行通信の関連会社インファスは、メディアミックス・マガジンと称して「スタジオ・ボイス」という月刊誌を出していた。毎号様々な若者カルチャーを特集していた。同誌の172号/1990年4月号は「特集PHOTO ALIVE 写真集の現在、全120冊」で写真集を本格的に特集した。文章は高橋周平氏が担当。同号では写真集の表紙写真と中身ページの写真を複写して紹介する手法を採用している。ブルース・ウェーバーの「O RIO DE JANEIRO」(Knopf、1986年刊)の見開きページ56点を、ピーター・ベアードの「THE END OF THE GAME」(Chronicle Books)は見開きページ68点を大々的に紹介。その後の写真ブームの盛り上がりと共に、「写真集の現在」は「スタジオ・ボイス」の定番のレギュラー特集となる。だいたい1~2年ごとにそれまでに刊行された人気写真集や絶版本を幅広く紹介していった。 ネット時代は情報へのアクセスや価格比較などで便利になったが、情報量が膨大になりすぎて自分の望む情報になかなかたどり着けない。「写真集の現在」は、雑誌1冊で主要写真集が網羅されていた。資料、レファレンスとして非常に役に立った。 352号/2005年4月号「写真集中毒のススメ」などは、当時の世界各都市のフォトブック・ショップやコレクター、写真家、コレクターを紹介したかなりディープでマニアックな特集号だった。 休刊前の373号/2007年1月号では「写真集の現在 特別総集編 写真のすべてを知るための最重要写真集250冊」が出されている。同誌が日本における写真集コレクションの火付け役だったのは間違いないだろう。