カルロス アイエスタ +
ギョーム ブレッション 写真展
「Retrace our Steps/
ある日人々が消えた街」

日本人は過去を忘れやすい国民性を持つと、メディアなどでいわれることが多い。原発事故後の福島の報道は、5年が経過したいまは以前よりもはるかに少なくなってきている。
今回、銀座のシャネル・ネクサス・ホールで開催されている、ベネズエラ出身の写真家カルロス アイエスタ(Carlos Ayesta)とフランス人写真家のギョーム ブレッション(Guillaume Bression)による写真展「Retrace our Steps ある日人々が消えた街」は、原発事故後の福島を多方面からドキュメントしたものだ。この写真家デュオは、津波と原発事故が環境や人間生活にどのように影響を及ぼしたかを多様に表現するために、福島第1原発周辺の無人地帯に何度も訪れたという。
展示は「光影」、「悪夢」、「不穏な自然」、「パックショット」、「回顧」の5つのパートで構成されている。各内容を簡単に説明しておこう。
「光影」」(2011-2013)、避難地域の人気のない夜の街並みをフラッシュを利用して撮影。展示空間では暗闇を再現している。
「悪夢」(2013-2014)、放射能のような不可視のものを明らかにするために演出写真の手法を取り入れている。汚染地の境界線のあいまいさを表現するためにプラスチック製の巨大泡やセロハンを利用。
「不穏な自然」(2014-2015)、放置された地域が廃墟と化し、人工物の多くが木や草に覆い尽くされている状況を撮影。
「パックショット」、立ち入り禁止区域内のスーパーで見つけた、賞味期限が切れて遺物と化した食品などを現地のアスファルト上で撮影。
「回顧」(2014)、被災された人たちとのコラボ作品。帰宅困難地区の様々な場所に立ち入ってもらい、和食屋、ミュージックストアー、スーパー、美容院、パチンコ屋、オフィス、店舗などで、被災前に戻ったかののように振るまってもらい撮影。
本作の本質は現代社会における現象を伝えるドキュメンタリー写真だろう。アート的な様々な方法論が用いられているが、それらに特に目新しいものはない。
ギョーム・ブレッションは、インタビューで「どんなことが起きているのかを伝えることが僕たちの役目だと考えています。それを見た人たちが自分たちは何をしたのか、何をすべきかを考え始める。それが僕たちの狙いなのです」と語っている。またプレス資料やフライヤーの巻頭にも「僕たちの目的は、福島第一原発事故によって周辺地域に起きた影響を、つぶさに記録することだった。」というメッセージが引用されている。

アートの解釈法にもよるが、少なくとも制作者二人は現代アート的な意識で制作しているわけではないと思う。メイキングの映像を見るに作品はデジタルカメラで撮影され、展示作はインクジェットで出力されていると思われる。アート系の人はプリントの完成度を高めるために、デジタル技術に過度に頼ることなくもっと現場のライティングに技巧を凝らす。あえて大型フォーマットのアナログカメラを使用するかもしれないだろう。
だいたい現代アート系アーティストは積極的に大震災や原発事故を取り上げない。作品テーマの社会的インパクトが強すぎるので、その前にはどんな作家性も色あせてしまからだ。しかし、今回の展示会場がシャネル・ネクサス・ホールであることから、アート的な作品提示は絶対に必要であった事情はよく理解できる。

会場内の展示作品には一貫したトーンが感じられた。(真っ暗な空間で展示されていた「光影」シリーズ以外の作品)ただしこのあたりは技術的なイッシューだと解釈する人もいるかもしれない。私には現実というよりも、何か夢心地のようにシーンを見ている気分があった。それを伝えるのにどのような言葉が的確か考えてみた。もしかしたら死者が現社会に舞い戻ってかつて自分が存在した場所をみたら、このような感じになるのではないかと思いついた。私たちは死んだ後に霊になるのか、また霊界から一時的にかつていた場所に戻れるかなどは生きている限り知る由もない。しかし、生きている人間の想像できるのは、たぶん現実のリアリティーをあまり感じられない風に見えるだろうということだ。死んでいるがゆえに同じ場所でも存在する次元が違うはずだからだ。

作者たちがこのようなことを意識してプリント制作したかは不明だ。しかし、テーマが非常に重いものであるがゆえに、今回展示されていたやや現実とずれたトーンは単純なドキュメント写真ではないことを暗示している。作品テーマとの関連を語れると直感した。そう解釈すると、プラスチック製の巨大泡やセロハンを利用した演出写真の「悪夢」シリーズは、単独のシリーズにしたほうがよかったのではないか。これが本展に含められたのは、やや写真家たちの独りよがりのように感じさせられた。
アート的な作品提示は、それっぽい方法論のアプローチがなくても機能するのだと思う。しかし、非常に繊細なテーマを取り扱った写真作品であり、諸事情から確信犯で行ったとも解釈できる。
本展では、色々な展示方法や撮影アプローチに目を奪われることなく、彼らが慎重に計算した上で提示している原発事故が巻き起こした悲劇の本質をしっかりと受け止めたい。
 

AXISフォトマルシェ3
同床異夢の参加者による写真イベント

欧米の写真界では、ファイン・アート系のフォト・フェア、写真家が集うフォト・フェスティバル、インテリア・デザイン系の商品見本市が全く別に行われている。今回のフォトマルシェはそれらの個別分野のイベントが一体化して開催されたと理解すればよいだろう。まさに日本の写真の現状を見事に表しており、共通項は写真というメディアを使用しているという点だけだ。
参加者には、ファイン・アート系、現代アート系、インテリア・デザイン系、写真家のプロデュース系、個別の写真家系、日本独自のレンタル・ギャラリー系などが見られた。それぞれの目指す目的や夢、価値観が全く違う。同グループ内では交流するものの、違うとまったく互いに関心を持たず交流もない。
それら参加者のカテゴリー別のシェアー比率もまさに日本の写真の現状が反映されていた。中心となるのはインテリア・デザイン系、個別写真家系、レンタル・ギャラリー系となる。ファイン・アートや現代アート系は少数で、ほとんど存在感がない。
今回は4日の会期中に約1300名が来場したという。各カテゴリーの観客動員をみてみよう。それは膨大に存在しているアマチュア写真家との関連性で決まってくる。アマチュア写真家を多数取り込んでコミュニティーを作っている個別写真家系、写真展示の場を提供するレンタル・ギャラリー系、幅広い商品の品揃えを目指してアマチュア写真家を含む若手写真家をリクルートしているインテリア・デザイン系の観客が多くなっている。
アート系はそのギャラリーの特色を生かした少数のコレクターを意識した展示を心がけている。アマチュアは相手にしないので、動員力は他のカテゴリーより著しく劣る。

2000年代になってアジアでも、パリ・フォトやフォトグラフィー・ショー(NY)のような海外のフォト・フェアを意識したイベントが開催されてきた。しかし、コレクターがいないのに表層だけ海外のフェアの真似をしても長続きしない。市場規模が小さいアジアでは海外のギャラリー参加が必要不可欠となる。しかし彼らは純粋に利益目的で参加する。最低でも経費が出るほどの売り上げがないと、二度とフェアに戻ってこない。海外参加者は回を重ねるごとに、激減していったのだ。

写真が売れない現状を踏まえて、フェア主催者も新たな可能性探究を行ってきた。東京・フォトもソウル・フォトも、販売目的のフォト・フェアと写真家が集うフォト・フェスティバルを融合したイベントを試みた。しかし、方向性が違う写真を無理やり融合させたイベントは中途半端なものになってしまった。うまく機能しなかった原因は、アート系の市場規模を大きく見積もり過ぎていたからだと解釈している。アジアでの現実的なイベントは、もっとアート系の比率を落として、写真家やアマチュアの取り込みを中心としたスタイルだろう。そして欧米的基準の価格帯の写真が売れないことを前提に、参加費を安くすることが現実的な主催者の運営方法と考える。
今回のフォトマルシェは、このような日本写真の現状が見事に反映された、様々な写真がサラダボール的に展示された現実的なイベントだったといえるだろう。3回目のイベントにして、かなり”写真の蚤の市”に近いものになっていた。
様々な意見があるだろうが、もし参加者が現状を正しく認識していれば(これが難しそうだが)、私はこのような日本およびアジア独自のイベントがあってよいと考える。来年以降の更なる展開に期待したい。

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2016
古都京都で体験する写真の見立て

“KYOTOGRAPHIE”は、京都市内の15会場で写真作品を展示する今年で第4回目となる町興しのフォト・フェスティバルだ。昨今は、国内の主要観光地は海外からの人で溢れていると伝えられている。しかし日本人による国内旅行はあまり盛り上がってないとも聞く。関東出身の人なら、多くの人が修学旅行で京都を訪れた経験はあるだろう。しかし、よほどお寺回りや歴史好きの人でないと、わざわざ京都へ再度観光に訪れるきっかけはない。また関西地方在住でも京都に行く機会はあまりないという話も聞いたことがある。私も一時期、京都に近い高槻市に住んでいたことがあるが、京都はほとんど訪れなかった。
“KYOTOGRAPHIE”はカメラや写真趣味の人に「今一度、新緑の京都を訪れよう」という誘いかけなのだ。観客が展示会場を順に回ることで古都京都の魅力を再発見してもらおうという趣旨。京都にはカメラ好きには嬉しい撮影に最適の観光名所も数多い。
また本イベントでは、ギャラリーや美術館以外にもステレオタイプにとらわれない意外な場所での写真展示の試みも行われている。寺院内や古い京町屋での写真展示は、建築、インテリア、デザインが好きな人でも興味を持つことができるはずだ。

このようなフォト・フェスでは、集客力が期待できる核となる展覧会が必要不可欠となる。今回は京都市美術館別館で開催される「コンデナスト社のファッション写真でみる100年」がそれに当たる。これはフランスのラグジュアリー・ブランドであるシャネルの協賛により実現している。シャネルは毎年銀座のネクサスホールで年初に開催される美術館級の写真展を京都に巡回させることで”KYOTOGRAPHIE”を全面的にサポートしている。このイベントは、日本の古都京都とフランスの老舗シャネルという両強力ブランドによるコラボレーションでもある。その上、なんとこのフォト・フェスの中心となる展覧会は無料なのだ。文化支援とブランド構築に対する日本企業との考え方の違いを実感する。

 2013年の第1回以来の訪問になったが、今回も写真の”見立て”を意識した興味深い展示が多かった。作家のアイデアやコンセプトを提示するようなアート表現ではなく、京都という歴史伝統のある場所で、日本の伝統的な見立てを意識した写真の見せ方が提案されているのだ。展示場所が古い家屋や寺院などなどで、壁面にフック利用して行うような一般的な写真展示が不可能なことも理由だと思われる。写真家以外の、キュレーターによる写真をセレクションして、写真の展示方法つまり設えを考え、空間の取り合わせを意識した自己表現が楽しめるのだ。

古い家屋と見事にマッチングしていたのがサラ・ムーンの写真だった。ギャラリー素形/招喜庵(重森三玲旧宅主屋部)、何必館・京都現代美術館での展示は見事に空間に調和していた。ギャラリー素形では、壁面や障子の前に、屏風の骨組みだけ残したような細いつや消し黒色ポールが長方形に組まれており、それに額装されたプラチナプリント作品を吊っている。画像のように、ポール部分が全く目立たないで、写真がうす暗いスペースに浮いている感じだった。

何必館は壁面展時なのだが、額装写真が魯山人の陶芸作品と違和感なく存在していた。これらは、サラ・ムーンの写真作品が絵画的で柔らかな佇まいで、あまり強く自己主張していないから成立するのではないか。このような写真は見立てやすいのだ。日本で彼女の人気が高い理由はそのあたりにもあるだろう。
写真はいまやテーマやコンセプト重視の現代アートの一部として存在している。
展示のなかには、強く作家性が表現された作品も見られた。
ロームシアター京都で展示されていた銭海峰(チェン・ハイフェン/中国)の”The Great Train”は、展示スペースが合板のベニヤ板で新たに造作されていた。壁面はなにも加工されておらず、裏打ちされた作品が直接展示されている。壁面一部には窓のような穴が開けられており外界とつながっている。(上記画像の右側)中国で最も安く乗れる客車の緑皮車で8年間にわたり撮影されてきた写真には、一般大衆への人間性あふれる眼差しと中国の生の活力が感じられる。それらが無造作に作られた安っぽい板による展示スペースと見事に調和しているのだ。
 それと対極だったのが、両足院(建仁寺内)での、アルノ・ラファエル・ミンキネン(フィンランド)の展示だ。自然風景とともに撮影されるセルフ・ヌード作品が中心なのだが、ヴィジュアルと歴史と伝統のある禅寺空間との空気感がやや対立している印象だった。見方を変えると東洋文化と西洋文化との違いを象徴的に示した展示内容といえるだろう。もしかしたら他のとの対比を強調する意味での、主催者の確信犯での演出かもしれない。
誉田屋源兵衛 黒蔵での、クリス・ジョーダン(アメリカ)+ヨーガン・レール(ドイツ)の展示は環境問題をテーマのした作品展示だった。この蔵は普段は非公開とのことだ。
特に印象に残ったのがデザイナーのヨーガン・レールによる作品。彼は晩年を石垣島で過ごし、日課で清掃していた浜辺で拾ったゴミで照明器具を制作していた。本来は醜いゴミなのだが、それらはポストモダン的な光のオブジェとして蔵内部の天井高の曲面の空間で新たな意味を与えられていた。光輝くオブジェの照明はとてもカラフル、ポップで美しいのだ。これとともに、ミッドウェー島で行われた、ゴミによる海鳥への影響を告発したクリス・ジョーダンの写真作品がテーマつながりで展示されている。
今回の外国人作家の展示では、テーマ性が分かり難い、複雑な技法による抽象的なヴィジュアルが多かった。イメージを作る方法論が目的化しているように感じられるものも見られた。その点、誉田屋源兵衛 黒蔵での展示は作家のメッセージがストレートでわかり易かった。
写真家が参加するイベントとしては、”KG+”という約40の写真展示が市内で同期間に開催されている。趣旨は、「京都から新たな才能を国際的に発信することを目指し、世界を舞台に活躍する意欲ある参加者を公募し、約30の展覧会を選出します。国際的に活躍する写真家やアーティスト、国内外キュレーター、ギャラリストとの出会いの場と国際的な情報発信の機会を提供します」とのこと。やや無味乾燥気味な正式コメントのように感じるが、これだけ多くのイベントでの統一感演出は不可能だろう。
優れたアート表現を愛でるのが好きな人以外にも、写真を通して社会で認められたい考えている膨大なアマチュア写真家がいる。”KG+”そのような人にはとても興味深いイベントだろう。積極的に動く人には何らかの出会いがあるかもしれない。
今回は、ロームシアター京都やホテルなどの数カ所の展示しか見ることができなかった。私の訪れた先が公共スペースの一部での展示が多かったのだが、そこでは不思議と違和感なく空間の中に写真が溶け込んでいた。一種の写真によるパブリック・アートだった。公共空間での取り合わせが行われている意味では、”KYOTOGRAPHIE”が意識的に行っている展示と通底していると感じた。
“KYOTOGRAPHIE”は、アート写真の作家性の紹介とともに、作品展示自体に”見立て”の要素が感じられるところが大きな魅力だと考えている。東京で同様な試みが行われると「デザイン」として語られてしまうところが、京都の歴史的空間だと違うのだ。少なくとも私はそのように感じた。結果的に、写真を違和感なく日本家屋に展示するのは可能である事実が提示されている。しかし、それには適切な作品セレクション、額などの設え、展示方法、空間との取り合わせなどの極めて高度な見立てが必要であることも教えてくれる。さらに考えを推し進めると究極的な疑問がわいてくる。それでは写真がない元の空間と比べてどちらが居心地がよいのだろうか?これについての評価は観る側に委ねられるだろう。
また、作家性が全面に出た作品の展示は伝統的な日本家屋には難しいようだ。一方で、東京にもある多くのモダンなギャラリー空間での作品展示を見て感じたのは、テーマ性が明確に作家から語られないと、作る側の自己満足のヴィジュアル・デザイン重視のインテリア系写真作品になってしまうという厳しい現実だ。様々な会場を短期間に一気に見て回ることで、目が肥えた観客はそれらの違いを明確に感じてしまうだろう。
“KYOTOGRAPHIE”は、古都京都の様々な場所で、写真を見て、感じて、考えるきっかけを与えてくれる楽しいフォト・フェスだ。会期は5月22日まで。東京からは日帰りでも主要会場だけなら鑑賞可能、一泊すればだいたいの場所は見て回れる。ただし、月曜休みの会場も多いので注意してほしい。
(番外編)

この時期の京都では”KYOTOGRAPHIE”以外にも興味深い写真作品の展示が行われている。

○「杉本博司 趣味と芸術-味占郷(みせんきょう)」
  細見美術館
京都市美術館別館の近くの細見美術館では「杉本博司 趣味と芸術-味占郷(みせんきょう)」が6月19日まで開催されている。平安時代から江戸時代の作品を中心に、西洋伝来の作品、昭和の珍品を含む杉本コレクションで25の床飾りのしつらえを作りあげている。昨年に千葉市美術館で開催された展覧会の巡回展となる。
本展は、古美術~現代アートを好む人向けの展示だ。しかし写真好きには、杉本の代表作の「海景」シリーズから、”Yellow
Sea,Cheju,1992″も展示されている。
世界のアート・シーンの最先端を行くアーティストによる究極の”見立て”だ。
○「ロベール・ドアノー写真展」
  ライカギャラリー京都
建仁寺に行く途中にあるライカギャラリー京都では、5月15日まで「ロベール・ドアノー写真展」を開催している。
・住所:京都市東山区祇園町南側570-120
・営業時間:11時~19時
・定休日:月曜日 入場無料

「コンデナスト社のファッション写真で見る100年」 シャネル・ネクサス・ホール ファッション写真の現在・過去・未来を考える

ファッション写真ファンは絶対の見逃せない日本巡回展が先週から銀座のシャネル・ネクサス・ホールで始まった。
「コンデナスト社のファッション写真で見る100年」では、1911~2011年までの各国版のヴォーグ誌をはじめとしたコンデナスト社のファッション誌に掲載された作品のオリジナルプリント約120点と実際のヴィンテージ・ファッション雑誌が展示されている。
同展は、2012年からC/O ベルリンで始まり、世界中を巡回してきた展覧会の東京展。企画は、FEP(Foundation for the Exhibition of Photography)、キュレーターは、スイス・エリゼ写真美術館元キュレーターのナタリー ヘルシュドルファー(Nathalie Herschdorfer)が担当。彼女がコンデナスト社のニューヨーク、パリ、ミラノ、ロンドンのアーカイブスから作品をセレクションしている。
展示されている写真家は、バロンド・メイヤー、ホルスト、エドワード・スタイケン、マン・レイ、ジョージ・ホイニンゲン・ヒューネ、アーウィン・ブルメンフェルド、ジョン・ローリングス、ウィリアム・クライン、ノーマン・パーキンソン、ヘルムート・ニュートン、ギイ・ブルダン、デビッド・ベイリー、デボラ・ターバヴィル、ピーター・リンドバーク、ブルース・ウェバー、コリーヌ・デイ、マリオ・テスティーノ、ティム・ウォーカー、マイルズ・オルドリッジ、ソルヴァ・スンツボなど。
キュレーターは写真史の専門家であることから、ファッション写真をアート写真の視点から評価。時代ごとのアイコン的な作品を中心としたセレクションではない。ファッション写真特有の時代性よりも、20世紀写真の評価軸を重視している。フォルムやデザイン性などの作品同士の連続性や関連性にも焦点を当てた展示だとも感じた。それゆえ写真家の知名度が低いが、写真的には魅力的な作品も多数展示されていた。ファッション写真の歴史を見せる展示ではなく、キュレーター視点で解釈された各時代の優れたファッション写真のセレクションとなっている。
すべての展示作が実際に雑誌で掲載されたファッション写真だ。初期のジョージ・ホイニンゲン・ヒューネやエドワード・スタイケンなどの写真は正真正銘のヴィンテージ・プリントだと思われる。ファッション写真にアート性が認められたのは80年代以降になってから。それ以前の写真でオリジナルプリントが厳密に管理されて残っているのは出版社のアーカイブのみだろう。資産価値を生むアート作品という認識がなかったので、写真家もネガは残していても、プリントは保存してない場合が多かったのだ。これだけの美術館クオリティーの貴重作品を一堂に鑑賞できるのは本当に貴重な体験だろう。
80年代のブルース・ウェバー、ハーブ・リッツ、70年代のアーサー・エルゴート、アルバート・ワトソン、パトリック・デマルシェリエ、60年代のヘルムート・ニュートンなど、有名写真家のキャリア初期の作品セレクションが多いのも本展の特徴だろう。
またダイアン・アーバスのタイプCプリント”Glamour, May 1948″も展示してあるので見逃さないでほしい。彼女はドキュメント系で知られる写真家だが、ファッションの仕事も行っていたのだ。
さて、本展では100年を以下の4つのパートでファッション写真の変遷を見せている。
パート1 1911~1939年、
パート2 1940~1959年、
パート3 1960~1979年、
パート4 1980~2011年になる。
各時代別のアートとしてのファッション写真の鑑賞方を簡単に解説しておこう。
ファッション写真の社会での役割は時代とともに変化してきた。戦前のファッション写真は階級制の中で上流階級の趣味を中産階級に紹介する機能があった。戦後は女性が社会に進出してファッションもそれに合わせて民主化される。欧米社会、特にアメリカでは、50~70年代にかけて大量生産と大量消費の経済システムが浸透して所得格差が少なくなり、中間層が生まれる。市民の努力が報われる可能性を持つ時代となり、多くの人が共有する価値観や夢が存在するようになる。ファッション写真は、そのような時代の気分や雰囲気を作品に取り込むとともに、さらに社会の理想や未来像までも反映させることが求められるようになる。ここまでが展示のパート3までだ。ところがその構図が80~90年代以降に徐々に変化してくる。情報革命が始まり、欧米諸国で経済グローバル化が広まっていく。日本では、それらの本格的な影響は2000年以降なのだが、90年代以降はバブル崩壊と金融危機で長期不況に突入する。結果的に今につながる中間層の没落と貧富の拡大がはじまる。社会で多くの人が共有する大きな物語がなくなり、価値観は多様化していった。そうなると、ファッション写真の肝である時代の気分や雰囲気は社会の各層でバラバラに存在することとなる。さらに2000年以降には携帯電話、インターネット普及などの高度情報化が進み、さらにソシアル・ネットワーキング・サービスが普及することで、ファッション自体がコミュニケーション・ツールとしての地位から没落していく。複数の要因により、かつての情報伝達手段としてのファッション写真が機能しなくなるのだ。
2012年刊の同展カタログ最終章”A New Generation”で、キュレーターのナタリー ヘルシュドルファーは、ファッションは作り物のイメージだが、リアリティーとつながっていることが必要で、読者に夢を提供しなければならなかった。しかし、いまや現実とかい離した、まるでSF映画の世界のような新しいアイデンティティーが創作されている、と指摘している。回りくどい言い方なのだが、彼女は、21世紀を迎えた最近のファッション写真はリアリティーとのつながりも、夢の提供もできなくなってきたと分析しているのだろう。これは写真家の能力の問題ではない。世界的な社会の構造変化とファッション自体の役割の変化により人々が持つリアリティーや夢が分散したことにより起きたのだ。
アートとしてのファッション写真の意味も変質するだろう。多数ではなく、個別もしくは少数の人たちの生き方や考え方が反映されたものになる。それは社会と関わるかなり絞り込まれたテーマ性が重視される現代アート作品とほとんど同じものになるだろう。ファッション写真家に求めるのは酷かもしれないが、撮影者が何を考えを持って生きているかが重要になってくる。
たぶん相変わらず、服の情報を提供するファッション写真は残るだろう。アート写真市場には、時代性を写したアートとしてのファッション写真として、多くの人が価値観を共有していた90年代前半くらいまでの作品群は残る。懐かしいという感じでその時代を生きた人とつながり、作品はコレクションされるだろう。
それ以降、特に21世紀以降になると、従来の基準のアートとしてのファッション写真はなくなり、ファッション的な要素がある、テーマ性を持つ現代アート的な写真になる。それらは、かつてのようにファッション雑誌の中ではなく、より自由な表現空間の、フォトブックや美術館やギャラリー展示から生まれるのだ。
それらが同展の最後のパートで展示されるべきなのだが、今回のような雑誌アーカイブからのセレクションでは限界があったと考えられる。上記の彼女の文章には、このあたりのキュレーターとしての苦しい心の内がにじみ溢れている。もし自由な展示ができるのならば、ファッション写真の未来像を提示したかったのだろう。しかしそれらはもはやファッション雑誌の中には存在しないかもしれないのだ。
鑑賞者は最終コーナーの作品展示を通して、ぜひ戦後のファッション写真の一時代の終わりを意識するとともに、それがどこに向かうのかにも思いを馳せてほしい。
本展はファッション写真の歴史を独自視点で見せているとともに、その最前線で起きている変化を見事に提示している。ファッション、アート、写真、経済、社会との複雑な関連性の解釈を試みた優れた展覧会だと評価したい。
◎開催情報
「Coming into Fashion A Century of Photography at Conde Nast
(コンデナスト社のファッション写真でみる100年)」
期間/2016年3月18日(金)~4月10日(日)  12:00~20:00
場所/シャネル・ネクサスホール
東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング4F
入場無料・無休
※2016年4月23日(土)~5月22日(日)、
京都市美術館別館で開催される「KYOTOGRAPHIE京都国際写真祭2016」で展示予定。

村上隆のスーパーフラット・コレクション ―蕭白、魯山人からキーファーまで―
横浜美術館
展覧会レビュー

世界の現代アート市場で活躍する数少ない日本人アーティストの村上隆(1962-)。現在、森美術館で「村上隆の五百羅漢図展」が開催中だ。村上隆は、アーティストとして精力的に活躍する一方で、キュレーター、ギャラリスト、プロデューサー、コレクターなどとしても活動している。
本展は 1950年代から現在までの国内外のアート作品、縄文時代の古陶、朝鮮・中国の陶磁器、桃山期の茶陶、ヨーロッパのスリップ・ウェアやアンティーク、現代陶芸、生活雑器、書、骨董品、古道具などにおよぶ、多様かつ膨大な村上隆コレクションを本格的に紹介するもの。ちなみに写真では、スターン・ツインズ、リチャード・プリンス、ヴォルフガング・ティルマンス、テリー・リチャードソン、藤原新也、荒木経惟、篠山紀信、畠山直哉、ヒロミックスなどが含まれていた。

村上隆は、コレクションはアートを理解するためのトレーニングだとしている。その意味あいは一般のアート・コレクションとは違うようだ。蒐集品を周りにおいて楽しむことはせず、買ったら倉庫へ直行とのこと。本展の提示に際して、学芸員は膨大な数の梱包用木枠の中身の照合に多大な時間を費やしたそうだ。
村上隆の公開された本展のコメントによると、彼はライフワークとして「芸術とは何か?」を追求してきたという。一部を転載すると、
「芸術はなんで高額で取引されるのか?」
「古いものはなぜ、高額になってゆくのか?」
「古くて、かつ、芸術的に高い価値のもつものとは何か?」
「有名な名物の古いものと、無名なものとの間にある差とは何か?」
「芸術における良し悪しとは何に起因しているのか?」
などだ。

その一環として、アーティストだけにとどまらず、コレクター、ギャラリスト、企業家などとして行動してきた。彼の人生での基本姿勢は、体験、体感しないと理解できない、というもの。今回のコレクションも、購入することが芸術をたしなむ行為だ、という認識のもとに、 作品の価値体系を把握するとともに、アート・コレクターの価値観を知るためにコレクションを行ってきたのだ。
行き当たりばったりで買っているというが、作品技巧、テーマ性やアイデア・コンセプトの直感的な評価で購入しているのだろう。最初は自らのフィールドの現代アートを購入していたのが、最近は陶芸や書のコレクションが中心とのこと。頭をこねくり回してテーマやアイデアを絞り出す現代アートから、自然世界のゆらぎとシンクロして無意識で作られる、民藝、工藝、現代陶芸へと興味がシフトしていったようだ。

そして作品価値が構築される過程の、見立てや目利きにも関心を持つようになった。彼は、千利休や柳宗悦らの上流階級の目線による見立てのさらに先にある可能性まで追求している。その極端な展示例が、アート界や骨董界では価値がない、雑巾と、コーヒー用の布製のフィルターの展示だろう。ともに使い古されてボロボロの状態なのだ。これは東京目白にある「古道具坂田」店主で、骨董界のカリスマといわれる坂田和實氏が見立てたものらしい。彼は富裕層出身ではない。裕福で趣味のよい金持ちでなくても、エゴを持たずにモノを素直に能動的に見ることができれば、そこに独自の美の見立ての可能性があることを提示している。

私たちは資本主義体制の高度消費社会というシステムの中で生かされており、今回の展示物はその中で価値が与えられ値段がつけられ売買されている。しかし、システムから一歩離れると、それらのモノは何ら本質的な価値を持つものではない。ボロ雑巾とコーヒー用の布製のフィルターをガラスケースの中で骨董やアート作品と同じ空間に展示することでその事実が見事に暗示されている。
最初は誰にも価値のないものなのだが、まず誰かがそれを見立てる。それをありがたがる人があらわれて初めて価値が創造されるという事実に気付かされる。 このようなコミュニケーションが成立してアート作品が出現する。また見立てる人がブランド化すると、その人が選んだだけでありがたがる人が出てくるというわけだ。
一方で、世の中は本質的に実体がないといっても、私たちにはそこで生きるしか選択肢はない。村上隆は、それを承知の上でシステムに乗っかって確信犯でアーティスト活動していることを意思表示しているのだ。

これらのコレクション展示はまさに彼の頭の中で考えていることそのものであり、ライフワークの「芸術とは何か?」をテーマとした村上隆作品とも理解できるだろう。 展示の一部に、雑多なものを等価に混在させた「村上隆の脳内世界」というパートがあるが、実は全体の展示が本人の脳内世界なのだ。アーティスト活動もその一部であることから、森美術館で開催中の「村上隆の五百羅漢図展」も含まれると解釈できる。
ちなみに横浜美術館の会期は4月3日までなのに、展覧会カタログは3月下旬に発行予定とのこと。通常なら、展覧会はカタログ印刷に合わせて3月下旬に開始されるものだろう。しかし森美術館の会期は3月6日までなのだ。彼が同時開催にこだわったのは、両方の展示でより大きな作品を形成するからと解釈できる。記者会見では、若手に対してのいまのスタンスにも触れていた。彼は参加型アートイベントのGEISAI(ゲイサイ)を長年にわたり企画開催して、若手を熱く支援してきた。しかし、「一緒にがんばろー」的なイベントは、世界的に成功したアーティストの上から目線の行動だったと反省しているという。村上自身は、世界で一流を目指すキャリア形成が重要だと考えるが、いまでは日本的な狭い範囲内で、少ない収入と支出のなかで活動を行うようなアーティストの生き方も否定してはいない。もはや期待もしないし無理強いもしない、また嫌われることを気にせず厳しく接するようにしているのだ。「共感」ではなく、一歩離れた「思いやり」の姿勢が重要で、その方が本当にやる気と才能のある人のためだということだろう。この展覧会はコレクション展示をアート表現とした、前代未聞のスケールを持つ村上隆の作品でもある。そうだとすると、総制作費はアート史上最もかかっているのではないか。世界の現代アート最前線で活躍する村上隆の圧倒的な存在感を実感させられるものだ。 たぶん彼のキャリア上の重要作と評価されるだろう。

現代アート、写真、骨董、陶芸などのファンはもちろんのこと、世の中の仕組みを理解したいというような、哲学的な興味を持つ人にも鑑賞を奨めたい。

トミオ・セイケ(Tomio Seike)「ウエスト・ピア(West Pier)」 抽象化されたタイポロジー的な作品

ブリッツ・ギャラリーで、トミオ・セイケ写真展「West
Pier(ウエスト・ピア)」のプレビュー(9月27日まで)が始まった。本展は10月21日から開始となる。

ウエスト・ピアは、英国イングランド南東部イースト・サセックス州にあるヴィクトリア朝の1866年に建築された観光目的の巨大な桟橋。イングリッシュ・ヘリテッジから指定建築物第1級に認定された貴重な歴史建造物だった。そこにはコンサートホールや各種の娯楽施設があり、長きにわたり人気観光名所として賑わっていた。しかし1975年に施設老朽化のために閉鎖。その後は複雑に絡み合う利害関係に翻弄され、補修されることなく放置されていた。老朽化が進む中、2002年にはハリケーンの影響で施設の一部が破壊。また度重なる原因不明の火災発生と悪天候により崩壊が進行し、いまや一部の鉄骨の骨組みを残すだけの存在になってしまった。興味ある人はネットで検索すると、現在や過去の画像などが見られるので参考にしてほしい。

ブライトン在住のセイケは、この放置され続けていた巨大な文化遺産がずっと気になる存在だったという。彼は2005年~2009年にかけて、次第に朽ち果て始めたウエスト・ピアを撮影。霧の中や降雪時など、様々な自然環境の中でたたずむ桟橋の姿を写している。
しかし、彼は決して桟橋が時間の経過と自然の力により崩壊する過程をドキュメンタリー的に撮ったのではない。その過程ごとの姿やフォルムを、それぞれ全く独立した抽象的な対象物として捉えている。晴天時には桟橋の背景に海原が広がっているのだが、あえて霧や曇りの時に撮影を行い鉄骨の存在自体を強調。一部には全体像がわかるイメージも含まれているが、これは極端に現代アート的な印象にならないことを意識したのだと思う。全体の展示では抽象的イメージが中心にセレクションされている。
観光名所の桟橋は、様々な利権が絡み合っており、多くの人々の欲やエゴの象徴ともいえる存在だった。彼は自然の力と人のエゴにより引き起こされた火災事故で、この地でかつて大きな存在感を誇っていたウエスト・ピアが次第に朽ち果てていく過程に引き込まれていったのだろう。彼はその崩壊過程の継続した撮影を通して、自然の持つ大きな力を実感した。そして巨大な宇宙のなかの人間のちっぽけな存在を直感的に意識させられのだ。ウェスト・ピアの撮影を通してセイケは自らを客観視することができたのだと思う。上にシルクハットを被った紳士の写真を掲載したが、彼こそがセイケ自身を象徴した存在なのだ。
本作は上記のような過程を経て崩壊していく建築物を、タイポロジー的(類型学)に提示した作品と解釈してよいだろう。何枚かの作品を連続して鑑賞してそのフォルムの変化や違いを見比べるとともに、崩壊する桟橋を前にした作家の感情にも思いを馳せてほしい。
タイポロジーの元祖であるベッヒャー夫妻は、対象物の違いを意識してもらうために写真をグリッド状に並べて見せている。本展では、壁面ごとに同サイズ、同方向の写真を、同寸法のマットとフレームに入れて並列に展示している。モノクロの小さな銀塩写真の展示は、非常にミニマムな印象が強い現代アートを感じさせる雰囲気になっている。
本作はややアート写真玄人向きの作品といえるだろう。セイケのキャリアや写真史やアート史の知識がない人には作品の本質や作家の意図を理解するのは難しいかもしれない。しかし、それらとは違うアプローチの写真グループも一壁面に展示されている。それらは積雪時にエプソンRD1Sで撮影され、DGSMプリント(デジタル・ゼラティン・シルバー・モノクローム・プリント)で制作された作品だ。こちらは、人物や、引いて撮影された風景などで構成されている。いわゆるセイケらしいイメージだ。雪の悪天候下のシーンはアナログでの表現が困難だ。本作品はデジタルとアナログの利点が巧みに生かされて制作された銀塩写真といえるだろう。これらはシグマDPシリーズ作品からセイケに興味を持つようになった、比較的新しいファンを意識してのセレクションだと思う。通常の銀塩写真は限定枚数15点だが、こちらは限定数を設けていない。しかし、たぶん写真展開催期間中以外の販売はないと思う。
本作の大きな魅力はその戦略的な販売価格だ。なんと他のアナログ銀塩写真の半額以下、昨年のインクジェット作品の約半額に設定されている。DGSMプリントの専門家である永嶋勝美氏は、本作をフィルムで撮影した銀塩写真だと勘違いした、という。それほど完成度の高い作品なのだ。セイケの作品を買いたいと考えている人にとっては銀塩写真をお値打ち価格で入手できる絶好のチャンスだと思う。
「ウエスト・ピア」の撮影データにも触れておこう。展示されてる全作は1930年代に制作された6X9cm判の折り畳み式蛇腹カメラのスーパーイコンタで撮影されている。レンズ交換などにより撮影過程が複雑になるよりは、自然環境の中で厳かに存在する被写体とシンプルに対峙したいという意図があったからだという。このカメラはセミ判枠をフィルムチェンバーにセットしてからフィルムを装填するとブローニー判の半分の4.5X6cmで16枚の撮影も可能だったそうだ。本作はすべてセミ判で撮影されている。セイケは約60mmになる画角が好みだったそうだ。特に意図があったのかは不明だが、結果的にこのカメラの使用により19世紀の鉄骨の遺物を客観的かつ抽象的に捉える作品となった。印画紙はフランスのベルゲール製を使用している。なお本作に関する彼のインタビューが現在販売中の「カメラマガジン10月号」(エイムック)に掲載されている。興味のある人は参考にしてほしい。

フレーム自体の作品化でアートの本質を問う 末永史尚「ミュージアムピース」愛知県美術館

現在、愛知県美術館で開催中の末永史尚(1974 -)の「ミュージアムピース」展は、作家と同館学芸員と共同で作られるAPMoAプロジェクト・アーチというシリーズの展覧会。「ミュージアムピース」は、美術館の作品という意味だが、同展は同館所蔵の名画のフレーム自体を中心モチーフとして描かれたものだ。洋画の額縁だけでなく掛け軸の表装を取り上げた作品もある。以下が同館のウェブサイトに掲載されている解説だ。
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ミュージアムピース、つまり美術館の展示室を飾るきらびやかな名画たちの多くには、その大切な画面を保護するために、額縁が付けられています。わたしたちが「作品を鑑賞する」にあたって、作品をぐるりと取り囲んでいるこの枠の存在を意識することは殆どありません。絵画というものが、実際には額縁を含んだ大きさと重さを持った物体としてそこに存在しているにもかかわらず、「作品を鑑賞する」という体験からは、額縁は除外されてしまうのです。
一方で額縁は、その内側にある画面に注目せよ、とわたしたちが鑑賞すべき対象を、暗に指し示してもいます。

末永史尚(1974-)は、愛知県美術館が所蔵する名画のいくつかを、額縁を含めた大きさのキャンバスへと置き換えます。しかしそこでは、本来注目すべき名画の主題や表現は消去され、逆にこれまで目の端のほうで焦点を結べずにいた額縁が画面の内側に入り込んでいます。そして、そのことに気づいた途端に、額縁の機能は損なわれ、わたしたちは何に注目すべきなのかわからなくなってしまいます。鑑賞をめぐる視覚の秩序をこのようなかたちで転倒させながら、「絵をみる」という行為に含まれているけれども普段は意識されることのない、不安定で曖昧なわたしたちの視線の存在を、末永は本展を通じて鮮やかに提示します。
(愛知県美術館のウェブサイトより転載)
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今回の展示作品はフレーム自体を描いたものだけではない。注意しないと見過ごしてしまうのだが、名画の横に設置されている作品情報を紹介する小さなキャプションも単色に塗られてフレームを描いたものと共に展示されている。
また立体作品もあり、同館独自規格のスポットライト、事務所に置かれた過去の展覧会カタログの束、作品輸送のための段ボールなどのオブジェも展示されている。ここの部分の創作は、オブジェを紙で制作して写真撮影するアーティストのトーマス・ディマンドを思い起こさせる。
これらの多様な作品群を見るに、末永の表現の目的は、現代社会における美術品が存在するシステム自体を明らかにすることではないかと思えてくる。実はそれは美術品だけではない。私たちが普段はあたりまえのように感じて、接している様々な価値基準は実は私たちの共同の思い込みでもあるのだ。お金、名声、社会的地位、またブランド品の価値などはその例だ。これが時に私たちの悩みや生きにくさの原因になったりする。しかし世の中のすべての価値など幻想で実態がないと達観しても、人間は社会の中でしか生きる選択肢がないのも事実。システムの中にいることを知ったうえで確信犯で生きていく方が少しは精神的に楽ではないかということだろう。そして忙しい社会生活の中で自分を見失いがちな時に、自分を客観視させてくれるのがアートの役割なのだ。末永史尚の「ミュージアムピース」は、アーティストにとっての普遍的なこの大きなテーマを、美術館でのアート展示自体を通じて追求した力作だと思う。

私はアート写真が専門なので、本作のアプローチを写真に当てはめるとどのような作品ができるかを考えてしまった。写真はまず、印画紙にプリントされるという性格上、ブック式のマットにセットされるのが一般的。白色の無酸紙に窓が切り抜かれているものだ。まずそれにより作品と環境とが隔てられている。それ故に写真入りのマットはシンプルなフレームにいれられることが一般的だ。写真作品がモノクロームで抽象化された世界が中心だったことも影響しているだろう。これらのフレームをただ撮影してもあまり面白味はなさそうだ。
しかし、写真でもフレームや額装方法にことだわる分野が存在する。最近の日本で市場が拡大しているインテリア展示を目的とした写真作品だ。業界ではそれらをラウンジフォトと呼ぶことが多い。欧米にも同様の市場が、アート系とは全く別に存在している。しかし日本では欧米的なアート写真市場規模が非常に小さいので、ラウンジフォトがアート写真のように思われることも多い。これらの写真の特徴は、インテリアに飾り易いモチーフのイメージであることだ。アートっぽい雰囲気になる抽象作品も非常に多くみられる。メッセージ性は希薄なのだが、それは写真家の感情の連なりを表現したと解説されることが多い。そして写真のコンテンツの弱さを補うためにフレームの設えに非常に凝るのだ。中にはこだわったデザイン性、カラーなどのフレームが主役で、それにあった写真を探している印象のものもある。
もし写真で「ミュージアムピース」的な作品を提示するなら現在の日本の写真界を象徴したラウンジフォトに焦点を当てると面白いのではないか。 眩い光輝く風景や花や、色彩がきれいな抽象など、あえて普通の写真を撮影したり引用して、凝ったデザインや作りのフレームにいれる。最終的にそれらをフレームを含めて撮影して作品として提示するのは面白いのではないか、などと考えてしまった。
展示方法についても色々と可能性があるだろう。作品の性格を重視して、単に裏打ちだけして直接展示するのが常道だろう。「ミュージアムピース」ではパネル張りで展示していた。
しかし写真なので、あえてブックマットに入れてシンプルなフレームにセットしても面白いのではないか。この方法による作品の肝は、どのようなテーマ性を写真家が提示できるかにかかっている。興味ある作家志望の人はぜひ考えてみてほしい。もしかしたら欧米ではすでにこのようなアプローチで作品を制作している人がいるかもしれない。

愛知県美術館では企画展の「これからの写真(Photography
Will Be)」が9月28日まで開催中だ。また展示室4では、巡回展「日本の写真史を飾った写真家の「私の1枚」
―フジフイルム・フォトコレクションによる」も開催中。日本の代表的な写真家101人の貴重なオリジナルプリントが鑑賞できる写真ファン必見の展示だ。
「ミュージアムピース」はコレクション展の一部として展示室6で展示されているので、見逃さないようにしてほしい。

岡村昭彦「生きること死ぬことのすべて」パーソナルな視点による戦争・紛争写真

本展は一般にはあまり知られていない戦争写真家、岡村昭彦(1929-1985)のキャリアを本格的に回顧するもの。
彼は1964年6月12日号の「ライフ」に9ページにわたり掲載されたベトナム戦争の写真でフォトジャーナリストとして国際的デビューを果たし「キャパを継ぐ男」として世界的に注目された写真家。学芸員の金子隆一氏によると、展示作品は5万点におよぶ写真原版にまで遡り、研究者と関係者の監修のもとに既発表、未発表を問わずに新たにセレクトをおこない、オリジナル・プリントとして制作したもの、とのことだ。知名度の高くない岡村の本格的紹介を試みた意欲的な展示といえるだろう。

私の写真に対する第一印象は予想とかなり違っていた。岡村は戦争や紛争を撮影していたと聞いていたが、特に被写体の悲惨さや残酷さを強調するものではなかった。フレーミングといい、モノクロではなくカラーで撮影されている点など、オーディエンスがその場にいて見ているような普通に感じるイメージが多いと感じた。
全くの畑違いの写真なのだが、ウォルフガンク・ティルマンス(1968-)の最近のフォトブック「Neue Welt」(2012年、Taschen刊)に収録されている、ストリートを撮影した写真に雰囲気が似ている気さえした。

写真展カタログに掲載されている写真研究者、戸田昌子氏のエッセー「目の中の傷」を読んだら、私がそのような印象を持った理由が良く理解できた。戸田氏は岡村の写真を「コンテンポラリー・フォトグラファーズ(社会的風景に向かって)」の流れで捉えているのだ。これはイーストマン・ハウスで1966年から3回にわたって開催された展覧会のこと。ブルース・デビットソン、リー・フリードランダー、ゲイリー・ウィノグランド、ダニー・ライアン、ドゥェイン・マイケルズらが選ばれている。彼らは記録目的のドキュメントの対象になるドラマチックな出来事ではなく、個人的な普通の日常の出来事に対して視点を向けているのが特徴だ。もちろん、その原点はロバート・フランクの「アメリカ人」とウィリアム・クラインの「ニューヨーク」にある。

かつて、写真は大衆に世界の様々なイベントを目撃させて真実を伝えることが可能だと考えられていた。その後、テレビがその役割を担うようになり、真実を伝えるという写真神話は崩壊した。 一方で写真が自己表現の可能性なメディアであることが認識されるようになった。それが写真表現にも変化を与え、それまでのタブーだった、アレ・ブレ・ボケなども表現方法として取り入れられるようになる。「コンテンポラリー・フォトグラファーズ」展はそのような状況変化を提示した60年代の写真動向を語るうえで重要な展覧会なのだ。

岡村がいままで美術館レベルであまり注目されなかったのは、戦争写真という性格上、ドキュメンタリーの視点からの評価しかされなかったからだろう。しかし、実際は戦地や紛争の場所が彼の日常だったのだ。写真家デビューが遅く、初期写真はピントが甘かったり、また決定的瞬間を重視した写真でなかったことも影響していたのだろう。しかし、彼がパーソナルな視点で戦争現場の出来事を撮影していたと解釈すると、その一見技術が劣ると感じる写真がとてつもなく魅力的になると思う。当時の感度の低いカラーフィルムで撮影したのも、戦争現場がモノクロで抽象化されインパクトを強めることを意識的に回避したからだろう。会場で配られている、モノクロ写真をコレクションしたパンフレット「monochrome」を見ると、それらはまさにステレオタイプの戦争写真だ。カラーとモノクロだと印象が全く変わってくることが良く理解できた。

戸田氏は「その衝撃度は日常的なまなざしであるカラー写真だからこそ増したのではないだろうか」と指摘している。そして岡村のパーソナルな視点で撮影されたベトナム戦争の写真がアメリカ人に戦争を「他者の問題」ではなく「自己の問題」として認識させるきっかけを作ったとしている。岡村の写真はグラフ・ジャーナリズムの崩壊を象徴しているというわけだ。これは写真史とアメリカ史を踏まえた的確な分析だと思う。
彼はベトナム戦争後も、ドミニカ、ハワイ、タヒチ、北アイルランド紛争、ビアフラ戦争などを取材している。戸田氏によると「岡村のテーマは、戦場だけではとらえきれない戦争の姿を探し続けることだった。日常の中に深く根を下ろした戦争の惨禍と傷みを、どのように受け止めていくのか、ということが岡村の仕事のすべてを貫く中心にある問題意識である」としている。そして彼のキャリアを通しての様々な活動を「戦争のすがたをあらゆる日常の中に見出す」姿勢から行われていると分析している。これこそが岡村の一貫した作品コンセプトということだろう。戸田氏の「目の中の傷」では、非常にわかり易い優れた写真家のテーマ分析が行われている。日本では感想文的なエッセーが多い。このような写真家の視点を明確にした写真評論は非常に珍しい。岡村昭彦の写真を写真史の中で再評価した優れた仕事だと思う。
なお都写真美術館は大規模改修工事に伴い2014年9月から約2年間休館する。本展は最後の美術館主催展にふさわしい、素晴らしい内容とメッセージ性を持つ展覧会だといえるだろう。ぜひ海外の美術館にも巡回してほしい。

スティーブン・ショア(Stephen Shore)の新作「WINSLOW ARIZONA (SEPTEMBER 19th, 2013)」

六本木のアクシスに今春オープンしたIMA Galleryの3回目の企画展「THE STREET GOES ON」が8月10日まで開催されている。
運営する(株)アマナは、季刊写真雑誌IMAの刊行を皮切りに、アート写真分野の幅広い業務に積極的に取り組んでいる。ギャラリー、ブックショップを含むコンセプトストアーの運営、ワークショップやセミナー開催、複数の写真ギャラリー経営者と共同での写真販売会社の設立、独自の業界団体の立ち上げ、フォトフェアの企画開催、写真集の出版、プラチナプリントの工房アマナサルト設立などを行っている。また現代アート・写真分野で活躍する日本人写真家・アーティストの作品を独自の視点から積極的にコレクションしている。

これらはすべて利害関係がからむことから、彼らの事業方針や方法論には様々な意見がある。しかし日本のアート写真市場はまだ黎明期で、市場がまだ非常に小さい規模にとどまっている。どんな形でも上場企業による先行投資は、市場拡大のための好ましい活動といえるだろう。もし彼らのここ数年の取り組みがなかったならば、いまの日本の写真界はいまよりもアマチュア写真が中心となり、アート写真は世間で忘れ去られた存在になっていただろう。

本展のIMA Galleryの案内コピーは「世界の写真家たちのストリートフォトの共演。路上を様々なアプローチで切り撮った7人の写真家の中からあなたのお気に入りの1枚を見つけてください」というもの。参加者は、スティーブン・ショア、マーク・コーエン、北島敬三、ホンマタカシ、ピーター・サザーランド、春木麻衣子、ロレンツォ・ヴィットォーリ、オスカー・モリソン。資料には特定のキュレーターのクレジットはないので、IMA編集部が中心になって参加者が選ばれたと思われる。

展示のメインはウィリアム・エグルストンとともにシリアス・カラー写真を代表する米国人写真家スティーブン・ショア(1947-)の新作「WINSLOW ARIZONA (SEPTEMBER 19th, 2013)」の展示だろう。
彼は、1970年代から米国中のロードトリップを敢行し、何気ない普通のアメリカン・シーンを撮影している。代表作に、35ミリカメラで撮影した写真によるロードムービー的な作品の「American Surfaces」や、大型8X10インチ・ビューカメラによる「Uncommon Places」がある。客観的な視点で撮影された一連のカラー作品は、アンドレアス・グルスキーやトーマス・シュトゥルートなどの現代アート系アーティストに多大な影響を与えている。いま市場を席巻している巨大風景作品の原点がショアだともいえるのだ。

本作は「アート・トレイン」で全米を横断するという、現代アート作家ダグ・エイケンの「Station to Station」プロジェクトにショアが参加した時に制作されている。これは、エイケンが列車を貸し切り、事前に決められている駅に到着するたびに参加しているアーティスト、映像作家、パフォーマーがその地に用意された会場で作品を展示したり、パフォーマンスを行うようなイベント。ショアは本プロジェクト参加に際し、単なる展示やフォトブックのために写真を撮るのではなくパフォーマンスを行いたいと考えたという。彼は、南カリフォルニアの小さな町バーストウが停車駅に含まれ、そこのドライビングシアターが発表の場であることを知らされていた。 彼は「American
Surfaces」の撮影の際に、バーストウの一つ前の駅となるアリゾナのウィンスローを訪れたかことがありそこには土地勘があったようだ。彼は、列車がウィンスローに到着する2日前に町に入り、その地で1日中撮影を行い、それらの写真をバーストウのドライビングシアターでスライドショーとして上映する計画を立てる。写真の編集は一切行わず、シークエンスもそのままで上映すれば写真撮影の行為自体が一種のパフォーマンスになるのではないかと考えたのだ。前半の写真撮影、後半の上映を通してのパフォーマンスということで、彼はこれを「Visual  Improvisation(即興映像)」と呼んでいる。実際のスライドショーでは、なんとロックバンドのノー・エイジとベックがライブ演奏する中で約180点が上映されたという。

撮影は8X10インチの大判カメラではなくニコンD3Xで行われている。しかし撮影スタイルは不変で、彼はひとつの被写体について1枚だけシャッターを押している。ギャラリーの資料によると、展示作品は50.8X61cmのサイズ、C-Print、エディション8枚とのこと。販売価格は売れた枚数により異なるが、人気アーティストであることから展示作はすべて100万円を超えていた。
なお「WINSLOW ARIZONA」は写真集化もされ、それには上映された180点のうち約64点が収録されている。パフォーマンスで使用された作品を、その当初の意図から離れて写真集化するのはどのような意味があるのかはやや気になるところだ。単にその資料として制作されたということだろうか?ショアというと私たちははどうしても「American Surfaces」や「Uncommon Places」を思い起こしてしまう。特に本作は撮影場所や写真フォーマットが「American Surfaces」と重なることから、オーディエンスはその延長上の作品と捉えてしまいがちになるだろう。
写真集のページをめくるに、どうも彼が21世紀のウィンスローに代表作を制作した70年代の残り香を求めているような印象を感じてしまう。当時の未発表作として提示されても信じる人が多いのではないか。シティー・スケープを撮影する場合、頻繁にモデルチェンジを繰り返す車に時代性が反映されることが多い。本作でショアは、ファイヤーバード・トランザムなど70年代以前の車を多く撮影している。また、古びて朽ち果てた看板、ネオンサイン、家屋や町の断片を意識的に撮影している。 またデジカメでの撮影なのだが人間は撮影されていない。ポートレートは髪型やファッションを通して時代の雰囲気が写真に現れることが多い。インテリアの写真がないのも同じ理由からだろう。「Visual Improvisation(即興映像)」ということは、アイデアやコンセプトはないオーディエンスは自由にヴィジュアルを見て楽しんで欲しいという意味だろう。しかし、普通で何気なく感じられる一連のイメージは、決してドキュメントではなくショアのパーソナルな視点で映し出された風景なのだ。
「Visual Improvisation(即興映像)」として作品を提示したのは、「Station to Station」の企画者であるダグ・エイケンへ敬意を表したということだろう。自分のスタイルを確立した写真家は、特に明確なコンセプトを提示しなくても観る側がどのように意識するかを想像できる。ショアは、本作のオーディエンスが自分の70年代の作品を思い浮かべることを最初から意識しているのだと思う。
彼は70年代のアメリカがすでに懐かしむ対象になっていることを示そうとしているのではないか。70年代は、石油危機、ベトナム戦争、スタグフレーションなどがあり経済や社会文化が決して良い時代ではなかったと思う。
だから、彼は当時の作品でアメリカン人の心に沁みるような原風景の残り香を提示し、消費文化が盛り上がった黄金の50年代の断片を皮肉を多少込めて表現した。それはかつてアメリカンドリームが描けた古き良き時代の象徴なのだ。

ではなぜ「WINSLOW ARIZONA」で、決して良い時代だと感じていなかった70年代の断片を求めたのだろうか?、それは現在と比べると、まだ当時の方が多くの人が将来に対して夢が描けたということなのだと思う。貧富の格差が広がり、中間層が没落している現在の状況を考えて欲しいという意図があるのだろう。かつて道の先にあると信じられていたアメリカンドリームは、いまやはるか遠い昔の記憶の中にしか存在しないということなのだ。
彼は、かつてインタビューで『私の作品は、写真、世の中、自分自身などを探求した結果として生まれている』と語っている。本作は今に生きるアメリカ人へのメッセージなのだと思う。過去を振り返ることは、いまを考えるきっかけにもなると伝えたいのだろう。そして現実をリアルに認識して、新たな生き方を見つけてほしいという願いが込められている。アメリカ文化の影響を受けた世代の日本人も、リアリティーを感じる作品ではないだろうか。

ジュリアン・レヴィ (Julien Levy)「Beauty Is You Chaos Is Me」展 欧米におけるアート写真最前線の表現!

シャネル・ネクサス・ホールは、数ある日本のアート作品展示スペースの中でも、最も熱心に最先端の欧米のビジュアル表現を紹介している。常にアーティストの展示意図をできる限り尊重する彼らの姿勢には敬意を表したい。 そこからは、日本とは違う欧米社会でのアート支援の基本姿勢が垣間見えてくると思う。

現在、同ホールではジュリアン・レヴィ(Julien Levy)「Beauty Is You Chaos Is Me」展が7月20日まで開催されている。レヴィは1982年パリ生まれ。現在はニューヨーク中心に活躍しているアーティスト。本展では、東京、パリ、ニューヨークで制作された、写真、映像、インスタレーション、フォトブックなどを複合的に展示している。それらはデジタル革命第2ステージを迎えた欧米の最先端のアート写真表現といえるだろう。

彼自身は「眼で見る詩のコレクション」と自作を語っているが、詩人が様々な映像手段を使用して3次元空間で表現していると解釈したほうがわかり易いかもしれない。
アストリッド・ベルジュ=フリスベ、水原希子などの女優たちのポートレートやメランコリックな風景が主なモチーフになっている。すべてが観る側が写真家の視点を共有できるようなカジュアルなスナップ的なヴィジュアルだ。 アート的な写真として非日常的に展示会場の壁面に存在するのではなく、あくまでも観る側が自分の視点の延長上にあるように感じるシーンが連なっている。
そのための仕掛けとして、フィルムの半分だけが露光されて写真や、大きなマットの中に数センチの四方の極小の写真をセットしてそれをルーペで拡大する方法、部屋のインスタレーションの中で見せる方法などが導入されている。私たちの頭の中で、浮かんでは消えていく過去の記憶イメージを表現するかのような布や壁へのビデオの映写もその一部なのだろう。
これらはすべて、観る側が作品に入り込んでリアリティーを感じてもらうための仕掛けなのだと思う。この部分の展示アイデアもが彼の作品コンセプトと一部になっている。
ただし、自由な表現を目指し、作品がフレームからも自由になろうとしながらもその中にあえて留まっている印象もある。個人的にはフレームでの展示パートにやや違和感を感じた。会場設営に1週間もかかったそうだが、広いシャネル・ネクサス・ホールでの短時間での展示には限界があったのだろう。

全体の様々な形態の作品を俯瞰するに、一種のヴィジュアル・ストーリーのような印象だ。会場がシャネル・ネクサス・ホールであることから美を追求するシャネルというブランドの世界観をビジュアルで表現しているような感じもする。同社のリシャール コラス氏は彼のことを”ジュリアン・レヴィの作品は私たちの心を揺さぶり、混沌と嵐、無垢と残酷、エレガンスと無頓着とを問いかける。過去に例の見ないポエティックな「美」の賛歌であり、シャネルがこれに関心を寄せたのは当然の成り行きであった”と評している。彼もそのような印象を持ったのだろう。

現代社会の中で自由に生きることもレヴィの重要なテーマとなっている。彼はココ・シャネルと自分は「美」のとらえ方が共通していると主張している。さらに続けて”「美」は、パーソナルで、形がなく、変化し続けるもの。闘って手に入れなければならないもの。与えられるのではなく、この手で掴みとるもの-。私にとって、美を渇望することは、独立宣言と同じなのです。”と語っているのだ。ここの「美」は全て「自由に生きる」に置き換えられるだろう。
生きにくい社会生活のなかでできる限り自由に生きるために、シャネルは服を通して、レヴィはヴィジュアル表現を通して、「美」を追求してきたのだ。
この点を正しく知っていないと、本展の趣旨は理解できないだろう。自由に生きることを自分の夢を一方的に追求すること、権威を否定することと勘違いしている人がとても多い。しかし自由とはある一定の条件の中で成し遂げられることなのだ。アーティストは好き勝手なことを行っている人ではない。それができるのはアマチュアだけだ。

シャネルのような有名ブランドとの仕事では、レヴィはアーティストとしてある程度の妥協が求められるだろう。時に納得がいかなくて精神的に落ち込むこともあるかもしれない。それは一般の社会人が行っている仕事と何ら変わらない。そこで自己主張だけを一方的に行えば仕事は成立しない。自由と不自由との落としどころを的確に見つけ出す能力がプロのアーティストには求められるのだ。
またそれは仕事を行う相手にもよっても変わってくるだろう。フランス人の彼は、同じような考えを持って苦労してブランドを構築したシャネルの生き方に敬意を払っている。だからこそ妥協点が見つけられるではないか。彼のように自分より上位のものを尊敬して、認められる人は自分自身をそこまで高めることができるのだ。それで逆に彼は自由を獲得しているといっても良いのではないか。またアートの世界で生きていくこと自体も、資本主義という大きなシステムの中で確信犯で自分をそれに合わせることを意味する。彼は、若い時は「美」を追及していたが、いまは「優雅」を追求しているという。その優雅「Grace」とはシステムをうまく乗りこなすという意味も含んでいるだと思う。 彼はアーティスト活動を続けていくうちに自由に生きるということの真の意味を理解して実践しているのだと思う。

本展では、欧米のアートシーン最前線で活躍するアーティストの写真表現を見ることができる。まさに「デジタル革命第2ステージ」の現場といえるだろう。特に写真表現でアーティストを目指す人には見て、考えて欲しい展覧会だ。