マイケル・ドウェックの名作解説(2) “Mermaids”(2008年作品)

ブリッツ・ギャラリーでは、米国ニューヨーク出身の写真家/映画監督マイケル・ドウェック(1957-)の写真展「Michael Dweck Photographs 2002-2020」を開催中。彼が監督/制作した第2作目の長編ドキュメンタリー映画「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」の日本での劇場公開記念展となる。
本展では、「The Truffle Hunters (白いトリュフの宿る森)」からの作品と共に、ドウェックのいままでの主要シリーズ「The End: Montauk, N.Y.(ジ・エンド・モントーク、N.Y.)」、「Mermaids(マーメイド)」、「Habana Libre(ハバナ・リブレ)」のアイランド三部作から、代表作も含めた27点を展示している。
ブリッツのマイケル・ドウェック写真展は、2016年の「Michael Dweck : Paradise Lost」以来となる。最近になって彼の存在を知った人は、今までの作品をあまり知らないだろう。本展開催に際して、彼の代表作が生まれた背景や評価されている理由を解説する。

第2回は彼の第2作目で、出世作となった「Mermaids」を取り上げる。ブリッツでは、写真集「Mermaids」(Ditch Plain Press/2008年)の刊行に際して、2008年10月から12月かけて「American Mermaids」展として開催している。ドウェックは、デビュー作に続き本作でも、現代に残る古きよき時代の憧れのアメリカン・イメージの追求行っている。マーメイドというと、ロン・ハワード監督によるダリル・ハンナ主演の映画「スプラッシュ」や、ディズニー映画の「リトル・マーメイド」など、若く美しい女性像が思い浮かべる人が多いだろう。

ⓒ Michael Dweck 禁無断転載

本作では、現代に生きる実際のマーメイドたちのドキュメントを通して、理想のアメリカン・ガール像の提示に挑戦している。最初、本作を見た多くの人はモデルをプールで泳がせて撮影した作り物の作品だと勘違いした。本作ではフロリダ州の小さな漁村アリペカが主要な舞台になっている。被写体はすべて澄み切った水と共に実際に生活している現地の女性たちで、本作は彼女たちのドキュメンタリー作品なのだ。彼女たちは「ウォーターベイビース」と呼ばれており、まるで水中が住みかのように生活し、5~6分間も水中に潜ることができるとのこと。ドウェックは、現地の美女たちを現代のマーメイドに見立てているのだ。
ブロンドヘアーの女性たちはブルーやグリーンの美しい水中空間を背景に、光、影、反射、水のレンズ効果を駆使することでまるで抽象絵画のように表現されている。夜間の水中撮影では、彼女たちの美しい肉体フォルムが闇の中に、シンプルかつモダンに浮かび上がる。マーメイドたちは完璧なボディーフォルムを際立たせるために、大掛かりな投光機材を現場に持ち込んで撮影が行われたという。しかし、彼女たちの素顔がシルエットになり良く見えないなのが本作の特徴でもある。価値観が多様化した現代では、誰もが認める絶対的な美人などもはや存在しないだろう。見る側は顔がはっきり見えないマーメイドのイメージに想像力が掻き立てられ、それぞれが持つ理想のアメリカン・ガール像を重ね合わせる仕掛けなのだ。本作はマーメイド像を通して現代の価値観の多様化を表現する広義のファッション写真ともいえるだろう。
欧米文化の影響を受けた日本人にとってもマーメイドは憧れの西洋女性像の象徴だ。同展の来場者や写真集購入者は、自分の持つ理想像をドウェックのマーメイドたちの姿に重ね合わせたのではないだろうか。

ⓒ Michael Dweck 禁無断転載

ⓒ Michael Dweck 禁無断転載

2015年、ドウェックはシルエットで泳ぐマーメイドの姿を使ったサーフボード型の手作りオブジェの制作に挑戦する。このころになると、写真のデジタル技術が大きく進歩し、アーティストはアナログ時代の技術上の様々な制限から解放されて作品を自由に思い通りに制作できるようになる。デジタル写真の持つ様々な可能性が探求され、数多くのハイブリッドな作品が登場した時期と重なる。ドウェックの写真彫刻は、非常に手間がかかり、制作コストも高額だった。まずマーメイドのイメージをシルクにアーカイバル・ピグメントを使用してプリントし、ボード型のポリエステル・フォームに巻き付ける。その後、グラスファイバーと7層の高光沢樹脂でコーティングされている。本作はインクジェット技術の進歩により可能になった写真彫刻なのだ。
これらは写真のマルチプル作品として市場でも高く評価されている。2017年11月2日のフィリップス・ロンドンの“Photographs”オークションでは、サーフボード3枚に“Mermaid 18b”作品がプリントされた“Triple Gidget from Sculptural Forms, 2015”が、57,500ポンド(1ポンド150円/約862万円)で落札されている。従来の写真作品というよりも、写真表現を使った現代アート作品だと市場では認識されているのだ。

現在開催中の写真展では写真集「Mermaids」(Ditch Plain Press/2008年)と「Mermaids 18」 の大判ポスターを限定数だけ販売中。

〇開催情報「Michael Dweck Photographs 2002-2020」
(マイケル・ドウェック 写真展)
2022年 2月16日(水)~ 4月24日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料
(*ご注意)新型コロナウイルスの感染状況によっては入場制限や予約制を導入します。詳しくは公式サイトで発表します。
会場:ブリッツ・ギャラリー
〒153-0064 東京都目黒区下目黒6-20-29 アクセス

〇映画「白いトリュフの宿る森」大ヒット上映中
上映情報は公式サイトでご確認ください。