テリ・ワイフェンバック
「Saitama Notes」展
写真展の見どころ解説

ブリッツ・ギャラリーでは、テリ・ワイフェンバック写真展「Saitama Notes」を開催中だ。彼女は、2020年にさいたま市で開催された「さいたま国際芸術祭2020」に参加。総合ディレクターの映画監督/遠山昇司氏が芸術祭のテーマに選んだ「花 / Flower」を意識して、2019年春に同地を訪れ作品を撮影している。しかし2020年春に予定されていた芸術祭は新型コロナウイルスの感染拡大により開催が延期。写真作品は2020年11月にメイン会場の旧大宮区役所で短い期間だけ展示された。コロナ禍の中、残念ながら多くの人は会場に足を運ぶことができなかった。

本展は、同作を改めて本格的に紹介する写真展。パート1では「Flowers & Trees」を、パート2では、桜の開花時期に合わせて「Cherry Blossoms」を開催する。デジタル・アーカイバル・プリント作品による様々なサイズの約37点が2パートに分けて展示される。

ワイフェンバックは、2002年にイタリア北部の南チロル地方の自治体のラーナ(Lana)で集中的に撮影を行い、美しい写真集「Lana」Nazraeli Press)を制作している。今回は場所をさいたま市に移して、全く同様のスタイルと、被写体へのアプローチで同地を撮影している。作品からは「Lana」に近い、光と乾いた空気感が感じられる。タイトルの撮影地情報がなければ、見る側はイタリアやフランスのネイチャー・シーンだと勘違いするのではないか。同じ日本での作品でも、夏場の伊豆三島周辺で撮影された「The May Sun」では、対照的に湿った空気感が表現されている。

今回は「さいたま国際芸術祭2020」で展示した大判サイズの作品を再構成して紹介している。彼女の個展では、通常は作品をブックマットに入れ、額装して展示している。本展では写真サイズが大きいので、裏打ちして作品表面をそのまま見せる方法を採用している。フレームの枠から解放された、大きなサイズの写真はいつもの彼女の作品とはかなり趣が違う。彼女はもともと画家志望で、写真での抽象画の表現を意識していた。ピンボケ画面の中にシャープにピントがあった部分が存在するカラー写真が特徴だが、それはアナログ・カメラとフイルム時代に抽象的な表現を行う手段として行っていたのだ。デジタル・カメラで制作された今回の展示作は彼女の抽象表現の意図がより明確に感じられる。写真の展示であるという先入観を持たないと、多くの作品はまるで自然を被写体にした抽象画のように感じられるのだ。そのような印象を持つ理由は、作品の色味が大きく関係していると思う。つまり、例えば大判の広告写真などの場合、プリンターは濃く出力したがる傾向がある。広告の場合、商品アピールが極めて重要なのでプリントが薄いと失敗だと考えられがちなのだ。しかし、今回のワイフェンバック作品はそれらと比べるとかなり、色の濃度が穏やかなのだ。
私は、プルーフを本人と確認するオンライン会議やプリント出力に立ち会った。彼女は、何度も「density」に注意と、プリントの色の濃度を押さえることを指示していた。実際の、抽象画のような印象のプリントを見て、彼女の的確な指示に納得した。もし、もっと色の濃度が高かったら、大判のポスター写真っぽい印象になっていたと思われる。ぜひギャラリーで実際の作品を見て欲しい。

本展の象徴的な写真に、女性が手に桜の花を持ったイメージがある。先日、なんと手のご本人が来廊してくれた。作品の前で彼女の手を記念撮影してワイフェンバック本人に送ったところ、「このモデルのOさんはとても良いスピリチュアルな感覚を持っている。彼女と、その手と再会できて嬉しいです!」とのメッセージが返ってきた。人によっては、このような写真はアマチュアが好む、ややわざとらしい演出した作品だと感じる人もいるかもしれない。しかし、彼女はモデルのOさんに演技をさせたわけではない。彼女が、空間を舞う桜の花に手を差し伸べて、花弁が手のひらに落ちたシーンに、ワイフェンバックは一種の自然と人間との精神的な交わりを感じてシャッターを押したのではないだろうか。
彼女は以前に伊豆の三島に滞在して名作「The May Sun」を制作した時に、自然に神を感じる、古の日本の伝統的な美意識の「優美」を意識するようになった。たぶん日本人の血に流れる、自然に精神的なものを感じる感覚を、桜の舞う瞬間に直感したのではないだろうか。

「Saitama Notes」は、前作「Cloud Physics」で明らかになった、気候変動問題や自然環境保護という大きなテーマを踏襲している。彼女は前作で「私が言葉ではなく、写真で表現したいのは、気候変動によって失われるものは美しさだということです」というメッセージを寄せている。いま世界規模で様々な気候変動問題や地球温暖化による環境破壊が起きている。彼女はその残酷かつ悲惨な最前線を撮影するのではなく、あえて美しい理想化された自然を意識的に切り取って作品化している。私たちは彼女のヴィジュアルを見るに、こんな美しい地球の風景や、精一杯生きている鳥や植物たちを大切にしないといけないと、心で直感的に理解できるのだ。
本作は、個別作品としては「The May Sun」の続編にあたり、撮影アプローチは、イタリアで撮影した「Lana」やオランダを撮影した「Hidden Sites」の流れを汲んでいるといえるだろう。

ぜひワイフェンバックが見つけ出した、さいたま市の知られざる自然美をぜひご高覧ください!

「Saitama Notes」テリ・ワイフェンバック 写真展
Part 1「Flowers & Trees」 
2022年 10月14日(金)~ 12月25日(日)

Part 2「Cherry Blossoms」
2023年 1月14日(土)~ 4月2日(日)

1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料 

〇ギャラリー店頭では、テリ・ワイフェンバックの最新刊”GIVERNY, A YEAR AT THE GARDEN”(ATELER EXB,2022年刊) “(直筆サイン入り)を限定販売中です。