エドワード・スタイケンの
ヴィンテージプリントが
1184万ドルで落札!
故ポール・アレン・コレクション・オークション

クリスティーズ・ニューヨークは、11月9日に故マイクロソフトの共同創業者ポール・アレン(1953-2018)の「Visionary: The Paul G. Allen Collection」オークションを2回のパートで開催した。
アレン氏は1975年、高校時代からの友人ビル・ゲイツ氏とマイクロソフトを設立。その後、IT業界の先駆者として活躍したが、2018年にがんによる合併症で65歳で亡くなった。今回のオークションでは、ゴッホ、セザンヌ、スーラ、ゴーギャン、クリムトなどの傑作5点の絵画が1億ドル以上で落札され大きな話題となった。最高額はジョルジュ・スーラの「Les Poseuses, Ensemble (Petite version)」で、1億4920万ドルで高額落札された。第1部、第2部と合わせると合計売上高は16億2224万9500ドル(約2271億円)に達し、これは単一のオークションでの最高の合計売上だと発表されている。

実はこのオークションには、第1部にエドワード・スタイケン、2部には、マン・レイ、アンドレ・ケルテス、ポール・ストランド、アーヴィング・ペン、アンドレアス・グルスキー、トーマス・シュトゥルートの合計7点の写真作品も出品されている。世界的コレクションの中に写真作品が当たり前に含まれている事実は、写真はもはや独立したカテゴリーではなく、アート表現の一形態になっていることを意味すると思う。

Christie’s NY, EDWARD STEICHEN ,”The Flatiron, 1904″

最高額はエドワード・スタイケンの有名作「The Flatiron、1904」。1905年にプリントされた正真正銘のヴィンテージ・プリントで、落札予想価格200~300万ドルのところ、なんと1184万ドル(約16.57億円)で落札された。これは今年の5月に1240万ドル落札されたマン・レイの「Le Violon d’Ingres」に次ぐ、写真のオークション高額落札ランキングの第2位の記録となる。同オークションでは、ちょうど同じころに活躍した画家ジョージ・オキーフ(GEORGIA O’KEEFFE /1887-1986)の油彩画“Red Hills with Pedernal, White Clouds”がほぼ同じ価格帯の1229.8万ドル(約17.21億円)で落札されている。有名写真家の貴重なヴィンテージプリントは、1点ものの絵画と同じ価値があるのだ。いまやアート史では、写真家と画家が同じアーティストとして取り扱われるようになってきたといえるだろう。

有名写真家スタイケンの貴重な有名作が高額落札された一方で、本オークションに出品された他の写真作品の落札結果にはとても興味深い傾向が見られた。やや数字が細かくなるが、以下にその落札データを紹介しておこう。

Christie’s NY, ANDREAS GURSKY,”Bibliothek, 1999″

アンドレアス・グルスキー(ANDREAS GURSKY, 1955-)
“Bibliothek, 1999”
インクジェット・プリント/diasec表面加工、
(179 x 320.7 cm.)、エディション3/6
落札予想価格 180,000~250,000ドル
落札価格 604,800ドル

Christie’s NY, IRVING PENN, “12 Hands of Miles Davis and His Trumpet, New York, July 1, 1986”

・アーヴィング・ペン(IRVING PENN, 1917-2009)
“12 Hands of Miles Davis and His Trumpet, New York, July 1, 1986”
セレニウムトーン・シルバー・プリント
落札予想価格 30,000~50,000ドル
落札価格 195,300ドル

Christie’s NY, MAN RAY,” Swedish Landscape, 1925″

・マン・レイ(MAN RAY, 1890-1976)
“Swedish Landscape, 1925”
1点ものシルバー・プリント
落札予想価格 300,000~500,000ドル
落札価格 189,000ドル
(購入履歴)
“Photographs from the Collection of 7-Eleven, Inc., Sotheby’s, New York” 2000年4月5日、lot 26.
落札価格 258,750ドル(落札予想価格 120,000~180,000ドル)

Christie’s NY, ANDRE KERTESZ, “Cello Study, 1926”

・アンドレ・ケルテス(ANDRE KERTESZ, 1894-1985)
“Cello Study, 1926”
シルバー・プリント
落札予想価格 300,000~500,000ドル
落札価格 226,800ドル
(購入履歴)
“Christie’s, New York”
2000年4月5日、lot 214.
落札価格 314,000ドル(落札予想価格 180,000~220,000ドル)

Christie’s NY, PAUL STRAND, “Mullein Maine, 1927”

・ポール・ストランド(PAUL STRAND, 1890-1976)
“Mullein Maine, 1927”
プラチナ・プリント
落札予想価格 300,000~500,000ドル
落札価格 126,000ドル
(購入履歴)
“Phillips de Pury & Luxembourg, New York”
2002年4月15~16日、lot 42.
落札価格 607,500ドル(落札予想価格 250,000~350,000ドル)

Christie’s NY, THOMAS STRUTH, “Stellarator Wendelstein 7-X Detail, Max Planck IPP, Greifswald, Germany, 2009”

・トーマス・シュトゥルート(THOMAS STRUTH, 1954-)
“Stellarator Wendelstein 7-X Detail, Max Planck IPP, Greifswald, Germany, 2009”
タイプCプリント、エディション2/10、サイズ約165X214cm
落札予想価格 80,000~120,000ドル
落札価格 50,400ドル
(購入履歴)
“Sotheby’s, London, 2 July 2015, lot 413.”
2015年7月2日、lot 413.
落札価格 87,500ポンド(落札予想価格 70,000~90,000ポンド)

まず、スタイケン、グルスキー、ペンは落札予想価格上限を超えて落札されている。しかしそれ以外の、マン・レイ、アンドレ・ケルテス、ポール・ストランド、トーマス・シュトゥルートの作品は、今回クリスティーズが設定した落札予想価格下限以下での落札だった。本セールのすべての収益は、まだ指定されていない慈善団体に送られと発表されている。落札最低額のリザーブは、通常は落札予想価格下限の近くに設定されている。今回はセールのチャリティーの趣旨から、リザーブはかなり低く設定されていたか、未設定だった可能性がある。通常のオークションだったら不落札になっていただろう。

そして、これら4作品は、いずれも過去のオークションで落札されコレクションに加わっている。そして過去の落札履歴を調べてみると衝撃的な事実が明らかになった。なんと今回の4点すべての落札価格は取得価格よりも低くなっていた。つまり今回の売却で損失が出ているのだ。ポール・ストランドなどは2002年に約60万ドルで購入したのが12.6万ドルで落札されている。

今回の結果は現在のファインアート写真市場の状況をかなり的確に反映していると考える。有名写真家の貴重なヴィンテージ・プリントでも、コレクターが有名作/代表作を好むという傾向が明らかに見て取れるのだ。ヴィンテージ・プリントの中でも、スタイケンの「The Flatiron、1904」のような、ひと目で“あの写真家の作品”とわかる写真史に残るアイコン的な作品には人気が集中する。高額落札されたアンドレアス・グルスキー、アーヴィング・ペンの作品も人気のある絵柄だ。一方で、20世紀写真界の重鎮、マン・レイ、ポール・ストランド、アンドレ・ケルテスであっても、あまり知られていない絵柄の作品は骨董的価値はあるものの市場ではコレクター人気があまりないようだ。

今回は現代アート系のトーマス・シュトゥルート作品も出品されていた。2015年の落札価格はポンド建てなので、単純に当時のドル/ポンドのレート約1.5で換算すると約13.1万ドルとなる。為替レートは大きく変化しているものの今回の落札予想価格80,000~120,000ドルは購入価格を考慮した妥当の評価だろう。
一方で落札価格50,400ドルだった。本作はシュトゥルートの代表作とは言えないだろう。どうも現代アート分野においても、アーティストの代表作に市場の人気が集中する傾向は変わらないようだ。

市場での作品価値は、1.作家のアート性、2.作家の有名度/人気、3.絵柄の有名度/人気、4.希少性(エディション等)、5.プリント自体の歴史的価値(ヴィンテージ・プリント)、6.作品コンディション、7.来歴、などが総合的に吟味されて評価が下されている。最近は、その中でも”絵柄の有名度”の比重がかなり高くなっているようだ。

今回の結果に、あまり絵柄が知られていない貴重なヴィンテージプリントや現代アート系作品を持つ美術館やコレクターは動揺したと推測される。
(1ドル/140円で換算)