“Every picture tells a story” ポートレート写真のアート性と投資価値

先週末にアクシス・シンポジア・ギャラリーでBOWIE:FACES展が開催された。(17日よりブリッツへ巡回)
同展にあわせて、テリー・オニールのエージェントである英国アイコニック・イメージスのロビン・モーガン氏が来日。在日米国商業会議所メンバーの前で、”Passion Investing in Fine Photographs”という講演を行なった。
講演タイトルを和訳すると”アート写真投資への情熱”というような意味になる。他の美術品とくらべて写真市場はまだ歴史が浅く、いまでも比較的低価格で質の高いコレクション構築が可能というような趣旨だ。このあたりのアート作品間の比較分析は特に目新しくはないだろう。
興味深かったのは、彼が頻繁に引用した”エヴリ・ピクチャー・テルズ・ア・ストーリー”というキーワードだ。直訳すれば、ここでは「写真」だが、すべての絵がそれぞれの物語を語るという意味。ロッド・スチュワートの1971年の名作LPを思いだしてしまうのだが、これはアート写真の中でどの分野を買えばよいかという流れで語られた。もちろん、彼が取り扱うテリー・オニール氏のポートレート系写真作品を念頭に置いているのは明らかだ。
彼の発言はだいたい以下のような内容だ。コレクターが写真を購入して、自宅に飾った場合、友人や仲間に写真が撮影制作されたバックグランドを語って自慢したいもの。複数のレイヤーのストーリーを持つ作品ほど人気が高く、投資的な将来性が高い。もちろん自分が好きで気に入った作品を選ぶのが一番重要。しかし、写真の選択肢は非常に幅広い。判断に悩んだ時は、出来るだけ自分の心が踊る様々なストーリーを持つ写真を選ぶべきということだ。それは、見る側が持つ多種多様な感情のフックに引っかかりを持つ写真を意味すると思われる。
例えばファイン・アート系写真の場合、語られるストーリーとはアーティストの提示する現代社会の様々な問題点などのテーマ性になる。それらは時にコレクターと見る人の高いレベルの知識と理解力が求められる。しかし、モーガン氏が重視するポートレート作品撮影時の様々な逸話には、特に高い理解力は必要とされないのだ。私はこれはアートとしてのファッション写真の評価軸と似ていると直感した。アート系ファッション写真と同様に、撮影された時代の気分や雰囲気が反映されたストーリーが提供されることで、コレクターの興味が喚起されるという意味だと感じたのだ。ただし単に撮影秘話や背景のようなストーリーが語られれば良いのではない。この点は勘違いしがちなので注意が必要だろう。
ヴィジュアルに含まれる情報が多いファッション写真と比べて、ポートレートは、写真を見ただけではなかなか作品の時代性までが読み解けない場合が多い。そこで時代性を持つストーリーが語られることでコレクターの持つ感情のフックへの引っ掛かりが提供されるのだ。様々な情報が伝わることで、撮影された時代背景が見る側で明確化してくるわけだ。ここにポートレート写真がアート作品になり得る可能性を見ることができるだろう。
またモーガン氏は触れていなかったが、ポートレート写真の持つ時代性を見立て、情報として伝えるキュレーター、編集者、ギャラリストが必要とされるのも明らかだ。
BOWIE:FACES展のカタログには、ボウイのポートレート写真とともに、それぞれの写真家のプロフィールや撮影時の様々な興味深いストーリーが紹介されている。これらは、ボウイ好きなコレクターに当時の時代が持っていた気分や雰囲気を思い起こさせる仕掛けとして作用する。それらが自分のパーソナルな経験と重なると、ボウイのポートレートを通して、コレクターと写真家とのコミュニケーションが生まれる。それなくして写真を買おうという気持ちは起きないのだ。
BOWIE:FACES展では、ボウイのスナップやライブ写真の割合が非常に低い。それは、それらの写真は記録的要素が強く、多くを語ることが難しいからだろう。被写体に重きが置かれたブロマイド的な写真と、写真家と被写体とのコラボで作り上げられたアート作品との違いでもある。ファッション写真が1990年代以降にその価値観が体系化され再評価されたように、いまポートレート写真もアート性の再評価が進行しているのだ。その一端を類まれなアーティストでもあったボウイのポートレート作品に見ることができる。
BOWIE:FACES展
ブリッツ・ギャラリー(東京・目黒)
東京都目黒区下目黒 6-20-29 TEL  03-3714-0552
2017年2月17日(金)~4月2日(日)
13:00~18:00入場無料、本展は日曜も開催(月・火曜休廊)

2016年アート写真オークション
高額落札トップ10

毎年オークションでの取引実績の分析や高額落札のランキングの集計を行っている。特に最近は、アート市場のグルーバル化進行と写真メディアの多様化で分析がますます複雑になってきたと感じる。客観的な比較がかなり難しくなってきたのだ。2010年代になって、従来の”Photographs”と現代アートのカテゴリーの写真の垣根がますます消失してきた。ここでは、”Photographs”のオークション結果を集計し分析しているが、現代アートオークションに出品される写真関連作品が増加している。オークション・ハウスによる作品のカテゴリー振り分けは落札予想価格の金額によると理解している。つまり高額価格帯の落札予想のものは現代アート、中価格帯以下は”Photographs”のカテゴリーになる。ほとんどが高額価格帯になるリチャード・プリンスなどはわかりやすい。しかし、シンディー・シャーマン、トーマス・シュトルート、アンドレアス・グルスキー、杉本博司などは落札予想価格の違いで両方のカテゴリーに出品される。また更に状況を複雑化しているのは、例えばダイアン・アーバスの高価なビンテージ・プリントが現代アート系に出品されるケースが散見されることだ。
また、昨年特に気になったのが為替レートの大きな変動だ。オークションは、米国、英国、欧州で取引される、それぞれが、ドル、ポンド、ユーロ建ての取引になる。英国のEC離脱投票の影響でポンドの価値が大きく下がった。私どもは円に換算して比較しているのだが、為替レートの変動により価値が大きく変動する。年間で比較すると、ランキング順位への影響が見られるようになっているのだ。
円の為替の平均レートは、2015年は、1ドル/121.04円、1ユーロ/134.29円、1ポンド/184.99円で換算。2016年は、1ドル/108.79円、1ユーロ/120.33円、1ポンド/147.62円。ドルは年央に円高になった、トランプ新大統領の経済政策期待から再び円安になっている。
それなら単純に高額ランキングを集計すればよいというツッコミがはいるかもしれない。しかし、そうなると上位はすべて現代アート系というような面白味のない結果になってしまう。
ちなみに2016年は、単純な金額ベースでは上位4位までがリチャード・プリンスの作品というような極端な結果になるのだ。将来的には、オークション別ではなく、現代アート系、19世紀/20世紀写真、コンテンポラリー写真のようにアーティストのカテゴリーをもっと細かくしたうえでのランキングが必要なのだと感じている。どちらにしても、写真というメディアの評価基準は非常に流動的になっているのだ。
今回も”Photographs”のカテゴリーに出品された作品中心にランキングを集計している。しかし上記のような条件での結果であることを理解した上でコレクションの参考にしてほしい。また2016年は世界中の34の主要アート写真オークションをフォローしたが、それらがすべてではない。もしデータに見落としがあれば、より正確にするためにぜひ指摘して欲しい。
さて最高額落札だが、現代アート系オークションで落札された写真作品を含めると、5月にクリスティーズ・ニューヨークの”Post-War and Contemporary Art”イーブニング・セールで落札されたリチャード・プリンス(1949-)の”Untitled (Cowboy),2000″だった。

エクタクローム・プリントによる121.3 x 195.6 cmサイズの有名なマルボロ・マンを引用したカウボーイ作品で、落札予想価格のほぼ上限の352.5万ドル(約3.8億円)で落札されている。

上位5位までが100万ドル越え、すべてが現代アート系。なんと4位までがリチャード・プリンスで、5位がシンディー・シャーマン。ちなみに2015年の1位はシンディー・シャーマンの “Untitled Film Still #48, 1979″で、296.5万ドルだった。
現代アート・オークション出品作を除外したアート写真の高額落札ベスト10は以下の通りになった。ギュスターヴ・ル・グレイ作品は別格としても、骨董的価値よりも作家性を重視する、現代写真の評価基準が反映された結果といえるだろう。
  1. ギュスターヴ・ル・グレイ(Gustave Le Gray)
    “Bateaux Quittant le Port du Havre,1856-1857″
    クリスティーズ、NY、2月17日”Modern vision”
    US$965,000 (約1.04億円)
  2. トーマス・シュトゥルート(Thomas Struth)
    “Art Institute of Chicago II, Chicago, 1990”
    フリップス、LDN、11月3日
    £635,000 (約9373万円)
  3. ギルバート&ジョージ(Gilbert & George)
    “Day,1978”
    フリップス、NY、10月5日、6日
    US$670,000 (約7288万円)
  4. ヘルムート・ニュートン(Helmut Newton)
    “Sie Kommen (Dressed) and Sie Kommen (Naked), 1981”
    (2点セット)
    ササビーズ、NY、4月3日
    US$670,000 (約7288万円)
  5. エドワード・スタイケン(Edward Steichen)
    “In Memoriam, 1901″
    クリスティーズ、NY、2月17日”Modern vision”
    US$665,000 (約7234万円)
  6. ピーター・ベアード(Peter Beard)
    “Heart Attack City, 1972”
    クリスティーズ、LDN、5月20日
    £434,000 (約6406万円)
  7. ロバート・メイプルソープ(Robert Mapplethorpe)
    “Flag, 1987”
    クリスティーズ、NY、10月4日、5日
    US$487,500 (約5303万円)
  8. ポール・ストランド(Paul Strand)
    “The Family, Luzzara, Italy, 1953”
    クリスティーズ、NY、4月6日
    US$461,000 (約5015万円)
  9. アンドレアス・グルスキー(Andreas Grusuky)
    “Athens, 1995″(2連作)
    フリップス、NY、4月4日
    US$401,000 (約4362万円)
  10. ドロシア・ラング(Dorothea Lange)
    “Migrant Mother”
    クリスティーズ、NY、2月17日”Modern vision”
    US$389,000 (約4231万円)2016年の平均レート
    1ドル/108.79円、1ポンド/147.62円で換算。

2016年に売れた写真集
荒木経惟の復刊フォトブック「センチメンタルな旅」が1位 !

アート・フォト・サイトはネットでの写真集売り上げをベースにフォトブック人気ランキングを毎年発表している。2016年の速報データが揃ったので概要を紹介しよう。
洋書に関しては、ここ数年のアベノミクスによる短期的かつ急激な円安で販売価格が上昇し、売上高・販売冊数の減少傾向が続いていた。2016年は英国のEU離脱や米国大統領選挙の不透明さから一時為替が円高に振れたが、トランプ大統領選出後は、新政権への政策期待から大方の予想に反して再度円安に逆戻りしてしまった。しかし、年間平均の為替レートは2015年の1ドル121.044円から108.7929円へと円高になっている。結果的に、洋書の売上冊数、売上高ともに改善傾向を示している。購入者が今の為替レートのレベルに慣れてきた点もあるだろう。現在のドル高傾向の継続がやや気がかりだが、とりあえず直近の洋書の売り上げの底は2014年で、市場縮小にやっと歯止めがかかったと判断したい。
リーマンショック後に長らく続いていたのは、当たり外れのない歴史的名作・人気本の再版・改訂版への根強い人気だ。出版社も、売り上げ予想が不明なものよりも、確実性が高いこの種の本の発掘と出版に力を入れている。ちなみに2015年の1位は、カルチェ=ブレッソンの歴史的名作”The Decisive Moment”の復刊本だった。
2016年もこの流れに変化はなかった。今回の1位は荒木経惟の復活した名作フォトブック「センチメンタルな旅」が獲得。
 和書がトップになったのはフォトブック人気ランキング史上初めてだ。同書のオリジナルは、1971年に私家版で約1000部が刊行されている。フォトブックの代表的ガイドブック”The Book Of 101 Books”(Andrew Roth、2001年刊)、”The Photobook:A History volume 1″(Martin Parr/Gerry Badger、2004年刊)にも収録されているコレクターズアイテムだ。荒木と陽子との新婚旅行の全貌が収録されたこの幻のフォトブックは、これまでは長きにわたって新潮社版「センチメンタルな旅・冬の旅」に収められた21点のダイジェストでしか見ることができなかった。本書はオリジナル版の108点がすべて収録されて限定復刻されたもの。納得の1位獲得といえるだろう。

その他の新刊では、ジョエル・マイロウィッツがイタリア人画家ジョルジョ・モランディのオブジェ類をイタリア・ボローニャのアトリエで撮影した”Morandi’s Objects”、

ジャック=アンリ・ラルティーグのカラー作品を初めて本格的に紹介した”Lartigue: Life in Color”、

サラ・ムーンのドイツ・ハンブルグのダイヒトーアホール美術館写真館(House of photography of the Deichtorhallen)で開催された展覧会に際して刊行された”SARAH MOON NOW AND THEN”、ピーター・リンドバークの”A Different Vision on Fashion Photography”、マイケル・デウィックの幻の写真集が未収録作を追加して復刊した”The End: Montauk, N.Y. ” (10th Anniversary Expanded Edition)が入っている。

その他、ヴィヴィアン・マイヤー、ティム・ウォーカー、スティーブン・ショアなどの有名フォトブックはランキングの常連になっている。
2015年暮れに発売されたウィリアム・エグルストンの”William Eggleston: The Democratic Forest”は10分冊の豪華版写真集。さすがに高額本なのでベストテンには入らなかったが、予想以上の売り上げだった。2016年の年末にかけて同書から新たにセレクション・編集された廉価版が刊行されている。2017年には間違いなく売上の上位に登場するだろう。
2016年ランキング速報
  1.  センチメンタルな旅, 荒木経惟
  2. Morandi’s Objects, Joel Meyerowitz, 2016
  3. Vivian Maier: Street Photographer, 2011
  4. Tim Walker Pictures, 2015
  5. Uncommon Places: The Complete Works, 2004
  6. Lartigue: Life in Color, 2016
  7. The End: Montauk, N.Y., Michael Dweck, 2016
  8. Sarah Moon: Now And Then, 2016
  9. Peter Lindbergh:A Different Vision on Fashion Photography, 2016
  10. What We Have Seen, Robert Frank, 2016
ランキングの詳細は、近日中にアート・フォト・サイトで公開します。

カール・ラガーフェルド写真展 “太陽の宮殿 ヴェルサイユの光と影” @シャネル・ネクサス・ホール

ヴェルサイユ宮殿を撮影した作品というと、米国人女性写真家デボラ・ターバヴィル (1932-2013) の代表作”Unseen Versaille”(Doubleday、1981年刊)を思い起こす人が多いだろう。

彼女は、一般の人が立ち入って見ることのできない宮殿内部を主に撮影。絵画のような雰囲気を持つソフト・フォーカスなヴィジュアルで、この特別な場所の幻想的な雰囲気を表現しようとした。

一方で、本展はドイツ出身のデザイナーでアーティストのカール・ラガーフェルド(1933-)によるもの。彼のほとんどの被写体は宮殿の外見や庭園など。ターバヴィルとは対極のヴェルサイユ宮殿の姿を提示している。写真は本当にオ―ソドックスなモノクロ写真だ。彼は宮殿で生活していた王族が何気なくみていたようなシーンを紡ぎだしている。広大な敷地の中でそのような場所を探し出して撮影したのだろう。この特別な世界遺産の各所で、観光客がいない何気ないシーンを見つけ出すのは非常に困難だと思う。作品の中に、一部人影は発見できるがほとんどが小さいシルエットとして表現されている。彼はこの一見普通の写真を撮るために特別な許可を得て作品制作に取り組んだのだ。
写されているのは、宮殿外観、庭園の野外彫刻・花瓶、人工池、階段など。それらの中には、フランス人写真家ウジェーヌ・アジェ(1857-1927)が撮影したのと似たようなシーンも散見される。アジェは1901年ごろから約12年にわたりヴェルサイユ宮殿と庭園を撮影。それらは彼の最も美しい作品群と評価されている。ラガーフェルドは間違いなく19世紀のフランスの残り香を表現したアジェを意識していたと思う。個人的な印象だが、アジェの客観的でシュールにさえ感じるな視点での撮影と比べて、ラガーフェルドの写真の方がよりグラフィック的な要素を強く感じる。興味ある人はぜひ20世紀前半のアジェのヴェルサイユと見比べて欲しい。

ニューヨーク近代美術館が1983年に刊行した有名なアジェの4巻本”The Work of Atget”の第3巻”The Ancient Regime”に多くが紹介されている。
ラガーフェルドは、これらの写真を通して、宮殿が持つ過去、現在そして未来への歴史の流れを表現しているのではないか。17世紀後半に建造されたヴェルサイユ宮殿は、21世紀の現在はもちろんん、未来にも不変な存在であることを念頭に置いているのだろう。それはシャネルという彼がデザインを手掛けるブランドの歴史とも重ね合わせていると思う。アジェを意識しているのであれば、写真やアートの歴史も本品に取り込んでいるとも解釈できる。ラガーフェルドは、抽象的な歴史という概念を、宮殿、ブランド、写真という具体的な要素を重ね合わせて表現しているのだ。これこそが彼のヴェルサイユ宮殿に向けられたユニークかつパーソナルな視点の意味なのだ。
プリントは、羊皮紙を模した紙を使い、スクリーンプリントの古い技法によって制作されたものとのこと。時間と歴史の経過と流れを意識した作品であることから、あえて取り入れたと想像できる。作品が額なしで直接壁面に展示されているのもプリントの質感を見せたかったからだろう。決してプリント手法が目的化されたのではなく、それ自体も作品テーマの一部なのだ。

カール ラガーフェルド写真展
“VERSAILLES A L’OMBRE DU SOLEIL”
(太陽の宮殿 ヴェルサイユの光と影)

会期/2017年1月18日 – 2月26日 入場無料・無休
会場/シャネル・ネクサス・ホール 中央区銀座3-5-3シャネル銀座ビルディング4F

デヴィッド・ボウイのビジュアル・ワーク アート系ファッション写真との共通性

私は決してボウイ専門家ではないが、学生時代の1978年に武道館で開催されたボウイ日本公演に行ったファンの端くれだ。ここでは、専門のアートとしてファッション写真の見地からボウイを評価してみたい。

まず、”ポップ文化のモナリザ”と評価されることもあるという、1973年のアラジン・セインのカバー写真を見てみよう。

“Aladdin Sane” いまではこのヴァージョンの写真は”クラシック”と呼ばれている

本作を撮影したブライアン・ダフィーは、ロンドンで当時すでに有名ファッション写真家だった。実はこの作品、1973年用に前年に制作されたタイヤメーカー・ピレリの販促用カレンダーとの関わりがあるのだ。写真ファンなら知っていると思うが、ピレリ・カレンダーはその時代の最高の写真家とモデルを起用して制作される販促物。1964年から現在まで長きにわたり制作され続けている。販売用でなくVIPや重要顧客に配布されることから、入手困難なコレクターズ・アイテムとしても知られている。

その50年以上の歴史の中で極めて話題性が高かったのは英国人ポップ・アーティストのアレン・ジョーンズ(Allen Jones、1937- )が起用された上記の1973年判なのだ。彼がデザインとアートディレクションを手掛け、ブライアン・ダフィーが写真撮影、映画”時計じかけのオレンジ”のポスター手掛けたフィリップ・カストルがエアブラシを使用してその二つを合体させて制作したという異例のカレンダーなのだ。ファイン・アートが写真カレンダーの世界を侵略したとも言われた。制作過程でアーティスト間で様々な確執があったことや、発売わずか1か月前に社会に誤解を生む可能性があるとのことで一部写真作品が不採用になったエピソードなどでも知られている。当時アレン・ジョーンズを取り扱っていたマルボロ・ギャラリーは、販促用に無料配布されたカレンダーを求める多くの人々にとり囲まれたそうだ。ボンテージ、フェティシュ系の写真作品は、いま見るとたいしたことはない。しかし70年代としてはかなり斬新かつ挑発的だったようだ。
ピレリー・カレンダー関連の写真集は多数出版されている。興味ある人はアマゾンや洋書店で探してほしい。
さてボウイのアラジン・セインだが、全体のアートディレクションはダフィーがボウイと相談の上で行っている。カメラは中判のハッセルブラッド、コダック・エクタロ―ムというリバーサル・フィルムを使用。フィルムの特性上やや青白い仕上がりになっているが、逆にそれがヴィジュアルのシュールな雰囲気を高めている。稲妻のメイクもダフィーの発案。彼はローリングストンーズの1970年に制作された赤い舌のロゴマーク「tongue」を意識したらしい。
メイク自体はピエール・ラロシェが担当、鎖骨の水の滴はピレリ・カレンダーで一緒に仕事をしたフィリップ・カストルによりエアブラシを使用してイメージ上に描かれている。LP内側の見開き部分では、ボウイの全身のイメージが収録されているが、胸から下部分はエアブラシのデザインワークが見て取れる。同様のスタイルはピレリーカレンダー6月の写真にも発見できる。
英国ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で開催された”DAVID BOWIE is”展では、メイン・ヴィジュアルに2011年に再発見されたアラジン・セインのセッションでのボウイが目を開いた未使用カットが使用され話題になった。この2枚の大きな違いは、目開きの写真の方には、涙がなくボウイの胸毛が見られることだ。1973年のクラシック・イメージではこの部分はエアブラシで修正され白くなっている。顔の部分も目閉じがやや赤らみ、クラシックはやや白い。たぶんここにも加工がされているのだろう。目開きの写真は、フィリップ・カストルの手が入っていないダフィーによるオリジナル写真なのだ。こちらの方がボウイの肉体の生々しいリアルさが感じられる。実はカストルの匠の技は細かいところまでなされている。クラシック・イメージの目を閉じたボウイのまつ毛のマスカラ部分は彼の手で書き加えられているという。アイラインも描かれているようで、作品を近くから見るとその痕跡が発見できる。
ブリッツで開催中の写真展では2枚が同じ壁面に展示してある。ぜひじっくりと見比べて欲しい。
私が最もファッション写真らしく感じるのは、ジュスタン・デ・ヴィルヌーヴが撮影したボウイ初のカバー・アルバム”Pin Ups”(1973年制作)のジャケット写真だ。
実はそう感じるのも当然、この写真は当初はヴォーグ誌の表紙用に制作されたものだったのだ。写真家のヴィルヌーヴは、ボウイと一緒に写っている元祖スーパーモデルのツイッギーのマネージャーでパートナーだった人物だ。彼は、ロサンゼルスで歌手ピーター・フランプトンがLPのアラジン・セインを持ってきたことでボウイの存在を知る。一部の歌詞にツイッギーを連想させる部分があり、彼はロンドンに帰るとボウイと面会してヴォーグ誌のカバー撮影の提案をしている。ボウイとツイッギーのヴォーグ・カバー案は早々に認められ、撮影はボウイが”Pin Ups”のレコーディングを行っているパリで行われた。撮影時のエピソードも面白い。ちょうど、ツイッギーはカリブ海のバハマ帰りで日焼けしていった一方で、ボウイの肌は真っ白だったのだ。そこでメイク・アーティストのピエール・ラロシェが二人の顔に同じ色のマスクを描くことでこの有名作品が完成するのだ。ボウイはテスト用のポラロイド写真をたいへん気にいり、レコーディング中の”Pin Ups”のジャケットに使用したいと提案。ヴィルヌーヴは悩んだものの、ボウイのLPは百万以上の販売見込みがあり写真は歴史に残る、一方でヴォーグの発行部数8万で発売後すぐに写真は忘れ去られることを熟考して提案を受け入れたのだ。しかし、彼には二度とヴォーグ誌の仕事の依頼はなかったとのこと。21世紀の現在でも”Pin Ups”の写真は多くのボウイ・ファンに愛でられている。結果的に、彼が1973年に下した判断は正しかったのだ。

ボウイはその時代の才能ある写真家、デザイナーなどのクリエーターを見つけ出して、彼らとコラボレーションすることで自らを作品として提示してきた。結果的に、自らをモデルとしたヴィジュアルは時代の気分や雰囲気を色濃く反映された作品に仕上がっていた。彼の関わった写真をいま多くの人が懐かしく感じるのは、それを通して当時の自分を思い起こしているからに他ならない。まさにアート作品として認められているファッション写真と同じコミュニケーションが起きているのだ。
ボウイの関わったヴィジュアルの変遷を見ると、彼が決してマンネリに陥ることなく、果敢に変化してきた過程がよくわかる。アーティストは、いったん成功するとその体験にとらわれて変化を避けるようになる場合がある。そのような人は一発屋としてすぐに消えてしまう。また変化を目的化し、自己満足を追求し奇をてらった表現に陥る人も多くみられる。ボウイのヴィジュアルは明らかにそれらとは違う。彼のような長年にわたってブランドを確立してきたアーティストは、自分の見立て力を生かして多くの才能を積極的に取り込み、新しいボウイのスタイルを作り上げてきたのだ。この点が非常に重要だと考える。

アーティストを目指す人、とくに独りよがりになりがちな若い人には、ボウイのキャリア分析は非常に参考になると思う。

ボウイは、自分自身のブランディングへのヴィジュアルの効果を誰よりも理解していて、キャリアを通してそれを的確に利用してきたアーティストなのではないだろうか。

“BOWIE:FACES”展と、”Duffy Bowie Five Sessions”展は、その軌跡を垣間見ることができる展示になっている。ボウイのファンはもちろん、アート系のファッション写真に興味ある人もぜひ見てほしい写真展だ。
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1.”BOWIE : FACES”展
1月6日から4月2日までの期間に、代官山蔦屋書店、アクシス・ギャラリー・シンポジア、ブリッツの都内3会場で開催
参加写真家は、ブライアン・ダフィー(Brian Duffy)、テリー・オニール(Terry O’Neill)、
鋤田正義(Masayoshi Sukita)、ジュスタン・デ・ヴィルヌーヴ(Justin de Villeneuve)、
ギスバート・ハイネコート(Gijsbert Hanekroot)、マーカス・クリンコ (Markus Klinko)、
ジェラルド・ファーンリー (Gerald Fearnley)。
・オフィシャルサイト
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2.ブライアン・ダフィー写真展
“Duffy/Bowie-Five Sessions”
(ダフィー・ボウイ・ファイブ・セッションズ)
2月5日まで、ブリッツ・ギャラリーで開催
本展ではダフィーによる、デヴィッド・ボウイの5シリーズからのベスト作品約18点を展示。
参考図書
・Duffy Bowie Five Sessions、ACC、 2014
・BOWIE:FACES Exhibition Catalogue、2017
・The Pirelli Calendar Album、Pavilion、1988

2016年市場を振り返る
アート写真オークション

本年もよろしくお願いします。
まずは、2016年のアート写真市場を振り返ってみよう。
昨年も、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、ケルン、ウィーンの各都市において、Christie’s、Sotheby’s、Phillips、Dreweatts & Bloomsbury、Bonham、Heritage、Swann  Auction Gallerie、WestLicht、Villa Grisebach、Lempertzにより開催された34のオークションをフォローした。いまや写真は現代アートのカテゴリーの一つになった。現代アート・オークションにも写真作品が多数出品されている。私どものはあくまでも従来のアート写真に特化したオークションに限って集計している。したがってアート写真カテゴリーに出品される現代アート系作品は含まれるが、リチャード・プリンスなどの多くの現代アート系写真作品は含まれない。また欧米では小規模の写真オークションが数多く開催されているが、すべては網羅されていない。
もし上記以外で興味ある内容のオークションがある場合はぜひ情報を提供して欲しい。
さて2016年オークションの内容を見てみよう。
出品数は7310点、落札数は4515点と、前年比約13%と11%増加、落札率は63%から61.7%へ微減。地域別では、北米は出品数が約27%増、落札数約26%増、欧州は出品数が横這い、落札数約4%減だった。総売り上げは、通貨がドル、ポンド、ユーロにまたがり、為替レートが変動するので単純比較は難しい。私どもは円換算して比較しているが、それだと総売り上げは約67.5億円で、前年比8.1%減少している。北米が約4%減、欧州が約14%減。欧州の減少は、ポンドがEU離脱で急落したことが影響していると思われる。
アート写真の市場規模は、リーマンショックで2009年に大きく落ち込んだものの、2014年にかけて回復してきた。しかし2015年後半に再び調整局面を迎え、2016年もほぼ同じ水準にとどまったといえるだろう。
主要市場での高額落札の上位20位の落札総額を比べると、2015年比で約15%増加している。高額セクターは比較的順調だった。これは2016年2月クリスティーズ・ニューヨークで行われた、珠玉のヴィンテージ作品多数そろえた”Modern vision”オークションの影響だと思われる。ちなみに2016年の最高落札は上記オークションに出品されたギュスターヴ・ル・グレイ(Gustave Le Gray)による、港を去っているフランスの皇帝の艦隊帆船のイメージ”Bateaux quittant le port du Havre (navires de la flotte de Napoleon III)、1856-57″で、落札予想価格上限を大きく上回る96.5万ドル(@115/約1.1億円)だった。

 出品数は、特に北米で低・中価格帯作品が増加したようだ。結果的に1点の落札単価は、北米市場で24%も減少。欧州は約10%減。トータルでは約17%減少している。アート写真市場では、低・中価格帯作品を売りたい人が増加しているが単価は低下している。結果的に、人気作品に需要が集中して、不人気作の流動性低下が続いている。

これは、供給増、需要減という典型的な景気低迷期の構図だといえよう。長年写真を集めてきた中間層がコレクションを手放しているような構造的変化とも解釈できる。その傾向は、北米では1年を通してみられる、欧州では特に年後半に顕在化している。
市場では2015年後半から相場が全体的に弱含んできた。2016年も同様の傾向が続いたことから、2017年では市場の2極化がさらに続くだろう。特に不人気作の最低落札価格の低下が進むと思われる。
米国の株価は秋のオークション・シーズン終了後のトランプ相場でニューヨーク・ダウが2万ドル寸前までラリーしている。しかしこれは本格的な景気回復によるものではない。予想外の選挙結果による、売り手の損失覚悟の買戻しから始まった、将来の政策期待による上昇だ。現時点で。4月のオークション・シーズンに、どのような経済状況になっているかを見通すのは非常に困難だ。
日本のコレクターからみると、トランプ後の円高局面の急激かつ大幅な転換はせっかくの購入意欲を完全にそぐものだった。いま思えば秋のオークションは絶好の買い場だったのだ。しかし、相場、為替ともにベストのタイミングでのコレクション構築は非常に困難だ。どちらかが有利な状況の時には打診買いを行ってもよいと考える。2017年は、自分が狙っている作品の市場動向には注視が必要だろう。

“BOWIE:FACES”&”Duffy/Bowie” 2017年はデヴィッド・ボウイでスタート!

2017年1月からはデヴィッド・ボウイ関連の二つの写真展を開催する。ちょうど1月8日は、彼が生きていれば70歳の誕生日、そして1月10日は1周忌に当たる。また1月8日からは、英国ヴィクトリア&アルバート美術館企画による”DAVID BOWIE is”の巡回展が、東京天王洲の寺田倉庫G1ビルで開催。今回の二つの写真展は、これらのボウイや彼のファンにとって重要な日程に合わせて1月~4月にかけて都内複数の場所で行う予定だ。ぜひこれらの展示を通して、ボウイのヴィジュアル・アートへ与えた多大な影響の軌跡を見てもらいたい。もちろん会場では、様々な価格帯の各種オリジナル・プリント、写真集、展覧会カタログなどが販売される。
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1.”BOWIE : FACES”展

1月6日から4月2日までの期間に、代官山蔦屋書店、アクシス・ギャラリー・シンポジア、ブリッツの都内3会場で開催。
本展は、テリー・オニール、ブライアン・ダフィー、鋤田正義など、7名の有名写真家による、1967年~2002年までに制作されたデヴィッド・ボウイの珠玉のポートレート、写真家とのコラボレート作品を紹介する写真展。ボウイによる9枚のアルバムのオリジナル写真、および関連するアート作品が含まれる。

参加写真家は、ブライアン・ダフィー(Brian Duffy)、テリー・オニール(Terry O’Neill)、鋤田正義(Masayoshi Sukita)、ジュスタン・デ・ヴィルヌーヴ(Justin de Villeneuve)、ギスバート・ハイネコート(Gijsbert Hanekroot)、マーカス・クリンコ (Markus Klinko)、ジェラルド・ファーンリー (Gerald Fearnley)。なお彼ら全員が、ヴィクトリア&アルバート美術館の”DAVID BOWIE
is”展に協力している。
・プレスリリース
・オフィシャルサイト
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2.ブライアン・ダフィー写真展
“Duffy/Bowie-Five Sessions”
(ダフィー・ボウイ・ファイブ・セッションズ)
1月8日から2月5日まで、ブリッツ・ギャラリーで開催
ブライン・ダフィーは60~70年代に活躍した英国人のファッション・ポートレート写真家。彼はまた70年代にデヴィッド・ボウイと5回の撮影セッションを行っている。”ジギー・スターダスト Ziggy Stardust “(1972年)、”アラジン・セイン Aladdin Sane” (1973年)、”シン・ホワイト・デューク The Thin White Duke”(1975年)、”ロジャー Lodger”(1979年)、”スケアリー・モンスターズ Scary Monsters”(1980年)だ。特にアラジン・セインのアルバムジャケットに使用された写真は有名で、”ポップ・カルチャーにおけるモナリザ”とも呼ばれている。写真家ダフィーの名前を知らない人でもこの写真は見たことがあるだろう。
2013年夏、英国ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で開催された”DAVID BOWIE is”展では、メイン・ヴィジュアルにアラジン・セインのセッションでのボウイが目を開いた未使用カットが使用され話題になっている。
本展ではダフィーによる、デヴィッド・ボウイの5シリーズからのベスト作品約18点を展示する。
・プレスリリース、プレス用プリント
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ヴィクトリア&アルバート美術館の”DAVID BOWIE is”はボウイ・ファンには必見の展覧会だ。一方”BOWIE: FACES”と”Duffy/Bowie”は、ボウイ・ファンはもちろん、アートやファッション写真のファンも十分に楽しめる写真展だ。多くの写真家たちが、彼に多大な刺激を受けていた状況がヴィジュアルで体験できる。こちらは入場無料。ご来場をお待ちしています!

テリ・ワイフェンバックの写真世界 デジタルで広がる表現の可能性!

現在、ブリッツで開催中の”As the Crow Flies”展。長年にわたる友人のテリ・ワイフェンバックとウィリアム・ウィリーによる二人展だ。10月に始まった写真展の会期も今週末までとなった。
ここで改めて写真展の見どころを紹介しておこう。以前、ウィリアム・ウィリーの詳しい解説は行ったので、今回はテリ・ワイフェンバックを取り上げる。
Ⓒ Terri Weifenbach 禁無断転載
ワイフェンバックは長年ライカ・カメラを使用してタイプCプリントで作品制作してきた。今回の作品は、ソニーα7RⅡというデジタルカメラで撮影され、インクジェットで制作されている。レンズは彼女が長年使用してきたライカ・カメラのものを利用している。彼女はデジタルカメラを使用して表現の幅を大きく広げている。私たちが普段見過ごしている自然をカメラを通して提示することが彼女の大きな作品テーマだ。今回写真展タイトルにもはいっている鳥。彼女は、自然の一部として常に気にかけていた。しかし鳥は動きが早いのでアナログのフィルムではうまく表現することができない。彼女の過去の作品にも、空中で静止している蜂やトンボなどの昆虫類は登場するものの鳥はでてこない。デジタルカメラを手にしたことでかなり早いシャッタースピードでの撮影が可能になった。デジタルの採用により鳥が作品の中心として登場可能になったのだ。
また今回の作品で彼女は自宅裏庭の自然風景の四季を表現している。個別タイトルの”The 20X35 Backyard”は彼女の裏庭の広さを意味する。季節によっては光線が弱い時期もあるわけで、フイルムでは限界があった状況でもデジタル利用で撮影が可能になったと推測できる。
もう一つの新しい表現は、抽象的な作品が含まれていること。デジタルの方が抽象的なヴィジュアルを作りやすいかどうかは私は専門家でないので判断できないが、明らかに絵画を感じさせる表現が増えている。フィルムだと現像しないと画像がわからないが、デジタルはその場で確認できる。たぶんそのような作成過程の違いが、抽象的なヴィジュアル探求のきっかけになったのだろう。彼女は元々は絵を描くアーティストなので、新たな方向性としてカメラによる絵画制作に挑戦していると思われる。
ワイフェンバックは来年4月に静岡県三島のIZU PHOTO MUSEUMの個展が決定している。伊豆で撮り下ろされた作品群を中心に、2005年のモノクロ作品”The Politics of Flowers”も展示されるという。新作の一部を見せてもらったが、古の日本人が山河で感じた自然の神々しさが表現されているように感じた。そこにも抽象画を感じさせるような作品が含まれていた。同展ではかなり大きなサイズの作品が展示されるという。これもデジタル写真の恩恵といえるだろう。全貌が明らかになるのが非常に楽しみだ。
なお、ブリッツでも4月にテリ・ワイフェンバックの個展開催を予定している。

“As the Crow Flies”展は、アート写真のコレクターはもちろん、写真撮影を趣味とする人にも技術的に興味深い展示だ。ワイフェンバックはフルサイズのデジタル・カメラで、ウィリーは8X10のアナログ・カメラを使用。両者の写真には、絞り解放のカラーと絞り込んだモノクロという明確な違いがある。そしてともにインクジェットで制作された作品なのだ。ワイフェンバックは元々はCプリントのプリントを自身で行っていた。いまでも学校で写真とプリントを教えている。今回のカラーの展示プリントもプリント専門家の彼女により制作されている。

ウィリーの作品は専門のプリンターがスキャンからプリントまでを手掛けた現在のアメリカのインクジェットによるモノクロ・ファイン・プリントのスタンダードだ。銀塩写真の表現力を凌駕しているという意見も聞かれるクオリティーだ。アマチュアはもちろん作家を目指す人もプリント基準を知るために必見だ。
「As the Crow Flies」
テリ・ワイフェンバック & ウィリアム・ウィリー
2016年12月17日(土)まで開催
1:00PM~6:00PM/ 入場無料
ブリッツ・ギャラリー
(*ギャラリー特別オープンのご案内)
好評につき12月18日の日曜日もブリッツはオープンします。
日曜しか来廊できない人はぜひお出でください!
1:00PM~5:00PM

東京・TOKYO 日本の新進作家vol.13 東京都写真美術館 21世紀東京の表現アプローチを探る!

21世紀のいま、写真家にとって”東京”をテーマに作品制作するのは極めて難しいだろう。それは展示企画するキュレーターにも当てはまる。世界中の大都市と同様に、東京には無数の問題点が横たわっている。しかし戦後の昭和のように、経済成長優先という多くの人が共有できた大きな価値観はもはや社会に存在しない。したがって、多くの戦後に生きた写真家がテーマにした、社会のダークサイドなどはもはや明確ではない。定常型社会化した東京では、多くの人とコミュニケーションが交換出来るような作品制作は非常に困難なのだ。
実際この地で暮らす人々には東京というキーワードは既に無意識化しており、それぞれが日々の生活に追われている。大都市であるがゆえに多種多様な価値観を持つ人が生活しているわけで、個別になされる問題提起も大都会の片隅に存在するわずかなノイズでしかありえない。それが偶然に見る側とコミュニケートする確率はもはや非常に低いと思われる。
一人の写真家の叫びも、価値が多様化した世界では激しい反発にあうことなどなく、ただスルーされるだけだ。東京をテーマにする写真家は、そのような表現者にとって最も残酷な状況に直面する可能性が高いといえるだろう。
いまそのような状況で多くみられるのは、様々な撮影技法や画像処理を駆使したもの、デザイン的感覚を重視した写真だ。見る側が少なくともその撮影アプローチやビジュアル自体に関心を示すからだ。いわゆる方法論の目的化で、それらはどうしても表層的で深みがない東京の作品になってしまう。それはパリやプラハの中世の面影が残る風景を撮影しても作品になり得ないのと同様の構図だ。

 

本展では上記のような方法論が目的化してない、誰もが違和感を感じない写真がセレクションされている。参加者は強いテーマ性を提示することなく、パーソナルな視点で東京という場所で淡々と写真を撮影している。大都市に横たわる局地的な現象や価値観を提示している作品をキュレーターがすくい上げているともいえるだろう。
個人の興味の違いによって、被写体は都市の風景、生活する人間、ヌードなどに、またプリントはカラーとモノクロ、制作手法はアナログとデジタルと、見事にばらけてセレクションされている。彼ら自体が現在の東京の多様な価値観そのものを反映させている存在だ。見る側は個別の写真家の作品に能動的に対峙するのではなく、展示全体がキュレーターが創作した一つの作品ととらえるとわかりやすいだろう。
ただし参加写真家の人数がやや少ないのではないかとも感じた。今回は新進の写真家を選出するという展示の性格上難しかっただろうが、東京はもっと多種多様なので紹介する写真家の人数を増やした方がより面白い展示になったのでないか。
それは同時開催されている「TOPコレクション展」のような様々な時代に生きた約40名もの写真家の展示ではなく、現代に生きる写真家10~15人展くらいが適当ではないかと考える。将来的により多数の写真家が参加する何らかの企画展に発展することを望みたい。
本展では、現在の東京における価値観の流動化もしくはカオス化が提示されている。21世紀東京の表現に挑戦した優れた企画だと思う。企画者の独断的な視点の押しつけがないことが展示全体の調和を見事にもたらしていた。
しかし、それが高度であるがゆえに文脈の説明を少し丁寧かつ明確に行ってほしかった。
東京の写真なので、一般来場者も感情的には親しみを持ちやすい。きっかけが提示されれば、さらに意識のフックへの引っ掛かりがもたらされるかもしれない。そこに新たなコミュニケーションが生まれる可能性があると考える。このあたりが現代社会でアートが果たすべき役割でもあるだろう。
・展示写真家
小島康敬、佐藤信太郎、田代一倫、中藤毅彦、野村恵子、元田敬三
・開催情報
11月22日(土)~17年1月29日(日)
10:00~18:00 (木金は20:00まで) 入館は閉館の30分前まで、 休館日 月曜日
・料金
一般 700円/学生 600円/中高生・65歳以上 500円

デジタル・プリントの最前線 ファインアート系プリントのスタンダード

ⒸWilliam Wylie

現在、”As the Crow Flies”展をテリ・ワイフェンバックとともに開催中の米国人写真家ウィリアム・ウィリー(1957-)。ヴァージニア大学アート部門の教授も務めているベテラン写真家だ。彼の展示作品”The Anatomy of Trees”(木の解剖学)”シリーズは、全作が8X10の大判カメラで撮影され、インクジェット・プリンターで制作されている。アクリル越しという理由もあるかもしれないが、銀塩写真だと思いこんでいる人もいるくらいだ。多くの人がプリントの高いクオリティーに驚いている。

作品制作は、スキャニング、プリント出力までも経験豊富な専門業者に委託しているという。(ただしデジタル・ファイルは自らが制作している)来日した本人に話を聞いてみるに、米国でのファインアート系のインクジェット作品制作の認識が日本とかなり違うことに気付かされた。
日本ではまだ写真のインクジェット出力はアマチュアのものだという認識を持つ人が多いだろう。しかし、米国では専門業者に依頼すればインクジェットでもアート用のファイン・プリントが制作できると考えられているようだ。(彼のようなモノクロ写真でも当てはまるとのこと)いまではほとんどの写真家やアーティストは専門業者に発注しており、美術館も普通にそれら作品をコレクションしているという。ちなみに彼のプリントも、ワシントンD.C.のアダムソン・エディションに依頼している。今ではインクジェット用ペーパーの方が、アナログ用よりもはるかに種類が豊富になっている状況らしい。特にこの10年でテクノロジーがハード・ソフト両面で格段に進化して、また制作ノウハウが専門家に蓄積されたという。現在では、専門業者による仕事がデジタルによるファイン・プリントのスタンダードだと認識されるようになったと断言していた。
このような状況に至ったのは、2000年代に現代アート系のアーティストがデジタル写真での表現を採用するようになったことがある。それがきっかけで、かつては個別に存在していたアート写真と現代アートの市場が急激に融合していくのだ。しかしここの部分を説明すると非常に長くなるので本稿では触れないことにする。
私は欧米でプリント技術が進歩した背景には、マーケットの存在が大きいと考えている。たとえデジタルでも、ファインプリント制作には、すべての作業過程で多大なコストがかかる。しかし、大きな規模の市場があれば作品が売れるので技術への投資が可能になる。そのような状況で、ハード面の技術進歩とともに、デジタル時代のインクジェット・プリントのノウハウがプリント業者に蓄積されてきた。
私は世界中のアート写真オークションをフォローしているが、2016年にはいままで28の写真専門オークションが開催され売り上げは約64億円だ。これでも減少傾向なのだ。これにギャラリーの店頭市場がある。市場規模はオークションの約2倍程度といわれている。大まかな計算だがだいたい192億円くらいのアート写真市場が存在しているのだ。これには現代アート系写真は含まれていない。
一方で、日本には写真専門のオークションはないし、コマ―シャル・ギャラリーも数えるほどしか存在しない。作品が売れないので高いコストを支払ってプリントを制作する人はあまりいない。写真家が民生用プリンターで作品制作する場合も見られる。業者依頼は大判のロール紙にプリントするときが中心になっている。したがって、アート系デジタル・プリントのノウハウがプリント業者に蓄積されていない。現状ではデジタル・プリントの品質にはかなりのばらつきが見られる。一部には、アナログのCプリントや銀塩プリントと比べてイメージ再現力が不自然に感じる作品も散見される。したがって、写真家やシリアスなコレクターはいまだにアナログの銀塩プリントを好む状況が強く残っているのだ。
上記のウィリー氏によると、10年前の米国でもインクジェットの品質が悪く、銀塩写真の優位性を主張する人が多かったそうだ。日本はいまだにその状況にとどまっているのではないか。写真が売れないといわれて久しい日本市場。デジタル時代を迎え、その状況はさらに混沌としてきたようだ。

今回の”As the Crow Flies”展では、テリ・ワイフェンバックがカラー、ウィリアム・ウィリーがモノクロのインクジェット作品を展示している。米国のスタンダートになっているデジタルによるファイン・プリント2種類を見比べることができる絶好の機会といえるだろう。ブリッツでの写真展は12月17日まで開催しています。