アート写真コレクション
中長期投資の可能性は?

前回、ササビーズ・ロンドンでデヴィッド・ボウイのコレクション約350点のオークション”The Bowie/Collector”が開催されたことを紹介した。ボウイの持つ優れたアートの見立て力が評価され、全作完売のホワイト・グローブ・オークションだった。オークションで最も話題になったのはジャン・ミッシェル・バスキアの2点だ。”Air Power、1984″が710万ポンド、(@135/約9.58億円)”Untitled、1984″が280万ポンド(@135/約3.78億円)で落札された。2点は1995年に購入されたもので、購入金額は前者が7.85万ポンド、後者が5.87万ポンドだったという。約21年で各90倍、47倍も価値が上昇している。
貴重な1点ものの絵画はアーティストの人気が高まると相場が急上昇する。価格が高いものほど将来の上昇率が大きいのだ。同時としては高額だったバスキア作品を購入したボウイの決断が見事だったということだろう。

アート・コレクションはコレクターの余裕資産によって購入する分野が違ってくる。高額な絵画などは富裕層が、エディション数がある版画や写真は中間層が購入してきた。

ちなみに90年代の写真作品の相場をいまと比べてみよう。
ヘルムート・ニュートンの”Private Property”というエディション75点のシリーズがある。これはフォトブックにもなっているので知っている人が多いと思う。90年代初頭の販売価格は1枚2500ドルだった。ちなみに為替レートは1991年が1ドル/約134円、1995年が1ドル/約94円。ニュートンは2004年に亡くなっているが、現在の”Private Property”の価値は絵柄の人気度によって7500~25000ドル。数が多いのに関わらず、だいたい3倍~10倍になっている。

ちなみにオープン・エディションが中心の欧州系写真家はもっと安かった。ジャンルー・シーフの14X17″作品は850ドル、ホルストの11X14″が1200ドルだった。二人ともいまは亡くなっており、相場は絵柄の人気度によってシーフが2500~12000ドル、ホルストが3500~15000ドル程度になっている。こちらもだいたい3倍~6倍だ。
まだ高いと感じる人に画集やフォトブックのコレクションはどうだろうか。ボウイのコレクション展で高額落札されたバスキアの例で思いだしたのが、1985年に刊行されたバスキアのエディション1000点のサイン本。当時渋谷パルコ・パート1の洋書ロゴスで8,000円くらいで売られていた。彼は1988年に亡くなっているが、現在の相場は3000ドルになっている。こちらはなんと30倍以上だ。
これらの例はファイン・アートとして売られている作品の中には、数十年で価値が驚くべく上昇するものがあることを示している。しかし一方で価値がゼロになるアート作品も存在するのだ。コレクション初心者は、何を基準に判断すべきか悩むだろう。もちろんアートは作品への情熱で買うのが本筋で投機目的は邪道といえる。しかし、価値上昇は自分の目利きが正しかったことが時間経過の中で証明され、結果的にコレクション価値に反映されたとも解釈できるだろう。

では何を基準にコレクションを始めればよいか簡単にアドバイスしてみよう。よく若手アーティストを支援するために彼らの作品を買うと主張する人がいる。富裕層の人はアート業界支援のためにぜひお金を使って欲しい。残念ながら、多くの若手新人の作品価値はあまり上昇しないという歴然たる事実がある。作品制作が継続できないからだ。彼らを支援する富裕層は、数多くの新人若手をコレクションして、その一部でも超有名になればよいと考えているのだ。資金的な余裕と情報収集力が必要不可欠になる。資金をより有効的に使いたい人には、新人作品だけを集中的に購入する手法はあまり推奨できない。

作品の価値はアーティストのキャリアの積み重ねによる業界での評価が関わってくる。それゆえ、ある程度のキャリアを持ち、コマーシャル・ギャラリーが作品を取り扱い、フォトブックの出版実績がある人が好ましい。ただし、まだオークション実績が低く、相場が高くない人を狙うべきだ。
彼らは新人より値段が高いものの、すでにベースの評価が確立しているので将来的に相場が上昇する確率は高いのだ。そしてアーティストが亡くなったりしてセカンダリーのオークションに出品されるようになると相場が本格的に上昇する。価格は需給で決まる。作品の供給が減ったり、途絶えても、欲しい人が多ければ作品がオークションで取引されるようになる。

また相場の上昇率は絵柄の人気度が影響する。絵柄選定で悩んだら、自分の予算内で多少高価でも写真集の表紙やフライヤー、カードへ採用された人気の高い方を選ぶべきだ。プライマリーでの多少の価値の違いは、セカンダリーでは非常に大きな差に広がっていく。ちなみに新作展の場合、だいたいすべての作品は同価格になっている。
またアーティストの年齢では、50代くらいまでのキャリア・ピーク時の代表シリーズから作品を選びたい。
写真家のプリント制作にこだわる必要もない。専門のプリンターが制作していれば価値に変わりはない。
将来の価値を予想するのは困難なのだが、上記の点に注意すれば質の高いコレクション構築の確率が高くなると考える。作品の将来性の予想には業界情報が非常に役に立つ。作品購入を通してギャラリストやディーラーと親しくなると各種の内部情報が聞こえてくる。例えば数年後の美術館展や有名な奨学金受給が決まっている人は、将来的に価値が上昇する可能性が高い。また価格上昇のきっかけになる、個別作品のエディション情報や個展の開催予定などには留意しておくべきだろう。これらの情報で、ディーラーやコレクターは相場を予想して行動しているのだ。

デヴィッド・ボウイ
“The Bowie/Collector” 評価された高い見立て力

“アートは、本当に真剣に、私が心から所有したかった唯一のものだ。それらは私に安定した栄養を与えてくれた。私はそれを利用した。私の朝の感じ方を変えてくれることができた。何を経験しているかによって、まったく同じ作品が全く違う私に変えてくれたのだ”
これはデヴィッド・ボウイのアートに対する姿勢があらわれている、としてよく引用される1998年のニューヨーク・タイムズのインタビューでの発言。下手な和訳で申し訳ありません。
11月10日、ササビーズ・ロンドンで彼の膨大な数のアート・コレクションのオークション”The Bowie/Collector”が開催された。マスコミ報道によるとロンドンで開催されたササビースのオークションで最も多くの入札希望者が登録したとのことだ。ロンドンで開催された内覧会には約5万人が参加、カタログは約2万冊が売れたそうだ。その結果は、予想をはるかに超えていた。356点の作品が全部落札されるホワイト・グローブ・オークションで、トータル売上は事前予想の約3倍の3290万ポンド (約44.41億円)だった。
オークションで最も話題になったのはジャン・ミッシェル・バスキアの2点だ。”Air  Power、1984″が710万ポンド(約9.58億円)、”Untitled、1984″が280万ポンド(約3.78置く円)で落札された。近年のバスキアの再評価の流れと、ボウイ所有という最上の来歴から高額落札が実現したのだ。

今回のオークションで、ボウイはミュージシャンであるとともに、情熱的かつ真剣なアートコレクターだったことが明らかになった。彼はアートを評価する目を持っていた多彩なアーティストとして新たに認められたのだ。今まで過小評価されていたアートに光を当てる行為は一種の自己表現だと考えられている。実際に彼はキャリアを通して絵画を描いてきた。また1990年代はアート雑誌で文章も書いている。

今回、今まであまり市場で知られたいなかった20世紀英国アートやイタリア・デザインの作品が高額で落札されている点が重要だ。その背景には彼の知名度とともに、その見立て力に対する信頼と評価がある。なんと20世紀の英国人アーティスト11人のオークション最高額落札が記録されたのだ。上記の画像はFrank Auerbachの” Head of Gerda Boehm, 1965″。約378万ポンド(約5.1億円)という、落札予想価格上限の約7.5倍で落札された。
イタリアの建築家・デザイナーのエットレ・ソットサス(Ettore Sottsass)とメンフィス・グループのデザイン関連の出品作などは、軒並み落札予想価格の何10倍で落札。ステレオ・キャビネットの”Achille and Pier Giacomo Castiglioni RADIO-PHONOGRAPH, MODEL NO. RR126″は落札予想価格上限1200ポンドの約200倍を超える25.7万ポンドで落札。また赤色のオリベッティー製で1969年デザインの”Ettore Sottsass and Perry King、Valentine”タイプライターは、落札予想価格上限500ポンドの約90倍の4.5万ポンドで落札されている。
ササビースは、特にデザイン関連の出品作に関してはボウイの見立て力を過小評価していたといえるだろう。今後、同オークションで落札されたアートやデザインの関連作品はボウイ見立て品という輝かしい来歴を持つことになるだろう。

さてデヴィッド・ボウイといえば、2017年1月8日からは、英国ヴィクトリア&アルバート美術館企画による”David Bowie is”の巡回展が、東京のテラダ倉庫GIビルディングで開催される。同展は、いままでに世界中を巡回し8会場で約150万人の来場者を動員したという。ちょうど1月8日は、彼が生きていれば70歳の誕生日、1月10日はボウイ1周忌に当たる。新年の日本はボウイ関連の話題で持ちきりになるだろう。

実は、私どもは同美術館展に作品を提供している、テリー・オニール、ブライアン・ダフィーなどを日本・アジアで取り扱うギャラリーでもある。それに合わせて、テリー・オニール(Terry O’Neill)、ブライアン・ダフィー(Brian Duffy)、鋤田正義(Masayoshi Sukita)、ジュスタン・デ・ヴィルヌーブ(Justin de Villeneuve)、マーカス・クリンコ (Markus Klinko) 、ギスバート・ハイネコート(Gijsbert Hanekroot)による、”Bowie : Faces”展を開催する。
開催場所は、代官山 蔦屋書店 2017年1月6日(金)~2月7日(火)、アクシスギャラリー・シンポジア 2月10日~11日、ブリッツ・ギャラリー 2月17日(金)~4月2日(日)を予定している。
また、ブリッツではブライアン・ダフィー(Brian Duffy / 1933-2010)の写真展「Duffy/Bowie-Five Sessions」(ダフィー・ボウイ・ファイブ・セッションズ)を2017年1月に開催する。「David Bowie is」では、メイン・ヴィジュアルにダフィーによるアラジン・セインのセッションで撮影されたボウイが目を開いたアザーカットが使用され話題になっている。これらの展示を通しては、ボウイのヴィジュアル・アートへ与えた多大な影響の軌跡を見てもらいたい。

(為替レート/1ポンド・135円で換算)

オークション・セールの最前線 キュレーション力が問われる時代

いままで各オークション業者は、アート写真を売るために多くの優れた作品を集め、写真史を意識しての作品提示に力を注いできた。これは作品のエディティングなどと呼ばれていた。取り扱いが20世紀写真だけの時代はそんなに難しいことではなく歴史の流れに沿って、ばらつきなく並べればよかった。20世紀の写真オークションはまさに写真史が反映されていた。オークションの下見会は下手な写真展よりも歴史的な名作を一堂に目にすることができたものだ。
90年代になりファッションやドキュメントがアートとして認められ、さらに21世紀になると現代アート分野の写真も登場してくる。オークションの出品作品のエディティングはどんどん複雑化してくるのだ。
2010年代になると、作品供給面でも壁にぶつかることになる。優れた作品の委託獲得が困難になるのだ。特に19世紀から20世紀初頭の名作写真は、ほとんどが美術館や有名コレクションの所蔵となり市場出品数が非常に少なくなった。
また、オークションに参加する顧客層も変化した。いままで写真を買っていたのはある程度の経験と知識を持つ中間層のマニア的コレクターが中心だった。彼らは自らの眼でアート史で過小評価されていたカテゴリーやアーティストを見つけ出していた。彼らの活動によりアート写真の価値観が多様化してきたともいえる。
それが急拡大した現代アート市場がアート写真を飲み込んでしまい、主要な客層が変化する。オークション参加者の中で経験や知識が蓄積されていない富裕層の比率が大幅に高まっていったのだ。またグローバル経済の進行により、従来の中間層コレクターの勢いがなくなっていく。
このような状況でオークションハウスには、作品の”見立て”と”提案力”が求められるようになってきた。いままで誰も気づかなかった視点で写真史や写真家を評価して新たな価値を創出し提案するということだ。アート写真オークションのセレクトショップ化ともいえるだろう。オークションの落札結果は、業者のキュレーション力の優劣により大きく左右されるようになってきた。当然それは人的能力により違いがでてくる。優秀な人材が豊富な大手が圧倒的に有利になる。
そのような状況が明確に見られたのは今秋にロンドンで行われたフィリップスとDreweatts & Bloomsburyのアート写真オークションだろう。
フィリップスは大手の中でも極めて明確にオークションのいままでの流れに新しい輪郭を作り上げようというキュレーションの意志が感じられる。複数の委託者の作品を集めるのが一般的の中で、作品のテイストが同じになる単一コレクションを積極的に導入したり、ULTIMATEという新セクションを構築し、様々なカテゴリーの作品からフィリップスのオークションでしか買えない作品を集めて毎回提示している。

オークションの格は、どれだけ過去の出品歴が少ない高額落札が期待できる有名作をメイン作品に採用できるかで決まってくる。今回、フリップスが持ってきたのはドイツのベッヒャー派の最重要人物の一人のトーマス・シュトルートの美術館シリーズから出品。90年にコレクションされてからずっと収蔵されていた逸品だ本作は、何と落札予想価格の上限の約4倍の、63.5万ポンド(約8572万円)で落札された。

またアーヴィング・ペン、リチャード・アヴェドン、ウィリアム・エグルストン、アニー・リーボビッツ、ニック・ナイトなどを持つGeorges Bermannコレクションを紹介。全体で89%という非常に高い落札率だった。特にウィリアム・エグルストンの”Untitled 1971-1974″は、落札予想価格の上限の約2倍を超える、19.7万ポンド(約2659円)で落札された。これは2012年に制作された 80.8 x 121.8 cm サイズのピグメント・プリント作品だ。リチャード・アヴェドンの”Blue Cloud Wright, slaughterhouse worker, Omaha, Nebraska, August 10, 1979″落札予想価格の上限の約2倍の、16.1万ポンド(約2173万円)で落札されている。
またフランス人コレクター所蔵の珍しい南アメリカ写真12点のオークションにも挑戦。こちらも12点中10点が落札されていた。
ULTIMATEでも、ヴォーグ誌のエクゼクティブ・ファッション・エディターを長年勤めるピュリス・ポゾニック(Phyllis
Posnick)に焦点を当てている。今秋に刊行される”Stoppers: Photographs from My Life at Vogue”とのコラボ企画が実現。”stopper”とはヴォーグ誌の伝説的なアート・ディレクターのアレクサンダー・リーバーマンがアーヴィング・ペンの写真を表現したもの。彼の写真を見た人は、その際立った魅力で急に立ち止まらされる、という意味。アービング・ペンの”Bee on Lips, 1995″をはじめ、スティーブン・クライン、パトリック・デマルシェリエ、ティム・ウォーカー、マリオ・テスティノという5名の超有名写真家のアートになり得るファッション写真をセレクションしている。今秋はファッション系はあまり元気がなかったが、今回の全作品は落札予想価格内で見事に落札された。全体の結果は最近のオークションでは異例の76.3%という高い落札率を記録した。総売上高も、予想落札価格上限合計額を超える274万ポンド(約3.69億円)だった。

一方、Dreweatts & Bloomsburyロンドンで行われた低価格帯作品中心262点の”Fine Photographs”オークションは総売上高14.1万ポンド(約1903万円)、落札率36%という対照的な結果だった。知名度の低い英国や欧州の写真家が多かったことが一番影響していると考えられる。

またこのオークションは20世紀から続く複数委託者の作品を並べるだけの従来型のもので、特に専門家によるキュレーションが積極的に行われた形跡はない。このような状況はかつては一般的で、従来は地元のシリアスなコレクターやディーラーが積極的に入札していた。やはり英国経済の先行きの不透明さからだろうか、どうも彼らはあまり積極的ではないようだ。
ただし世界的に美術館がコレクションするジュリア・マーガレット・キャメロンは、出品された4点がすべて落札予想価格を超える価格で落札されていた。また世界的に人気のあるセレブのアイコン的なポートレートも確実に落札されていた。これらはポンド安を享受している英国外からの入札ではないだろうか。
今週はパリ・フォトに合わせて、パリでクリスティーズとササビーズのオークションが、また12月かけて欧米の中小業者のオークションも開催される予定だ。2016年アート写真オークション・シーズンはいよいよ終盤を迎えつつある。
(為替 1ポンド/135円で換算)

2016年秋ニューヨーク中堅業者オークション 中低価格帯で進む市場の2極化現象

ニューヨークでは、大手3社の秋の定例アート写真セールに続いて、10月下旬にかけて、中堅業者のボンハムス(Bonhams)、ヘリテージ(Heritage Auctions)、スワン(Swann Auction  Galleries)による、中間~低価格帯中心のアート写真、ファウンド・フォト、フォトブックを取り扱うオークションが行われた。出品作品の価格帯を見ると、スワンでは一部に1万ドルを超える中間から5万ドルを超える高額作品が含まれていたが、他の2社はほとんどが1万ドルどころか5000ドル以下の低価格帯だった。
今シーズン好調だったのがスワン。珍しく落札結果のプレスリリースまで発表していた。
総売上は約182万ドル(約1.91億円)、平均落札率は70.88%だった。エドワード・カーティスの”The North American Indian”のコンプリート・セットが144万ドルの高額で落札された2012年秋以来の売上成績ではないだろうか。最高額は、ジュリア・マーガレット・キャメロンの”Portrait of Kate Keown, 1866″で、落札予想価格上限を大きく超える10.6万ドル(約1113万円)だった。その他の注目作品は、ロバート・フランク”Political Rally, Chicago, 1956″ が6万7500ドル(約703万円)、ヨゼフ・カーシュの15点のポートレートは8.75万ドル(約918万円)、マーガレット・バーク・ホワイト貴重なライフ誌掲載作品”At the Time of the Louisville Flood, Kentucky,1936″の6.5万ドル(約682万円)などだった。高価格帯の落札予想価格作品はすべて落札されている。
ヘリテージは、総売上は約69.6万ドル(約7308万円)、平均落札率は48.88%と低迷した。今回から同社は、ヴィンテージ・カメラやレンズのオークションを写真・フォトブックと同時開催している。
最高額はイアン・マクミラン(Iain Macmillan)による、ザ・ビートルズのLPアビーロードのヴァリエーション・カット6点、”The Beatles, Abbey Road (six rare alternate cover photograph outtakes), 1969″。6.25万ドル(656万円)で落札された。70年代後半にプリントされた、アンセル・アダムスの名作”Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1942″は、2万7500ドル(約288万円)だった。
ちなみにカメラ部門に出品された、アンセル・アダムス使用のアルカスイス4×5ビュー カメラ”Ansel Adams’ Arca-Swiss 4×5 View Camera Outfit used from 1964 to 1968 (Total: 2 Items)”は、落札予想価格7万~10万ドルだったが不落札だった。
ボンハムスの売り上げも不振。総売上は約29.8万ドル(約3129万円)、平均落札率43.33%だった。最高額はアンセル・アダムスの名作”Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1942″。1963~1973年にプリントされた作品で4万7500ドル(約498万円)だった。1万ドルを超える作品や、ジャンルー・シーフ以外の、ホルスト、ウィリアム・クラインなどのファッション系作品が不落札が目立った。

3社の合計を今春結果と比べると、出品数はほぼ同じで総売上合計は約282万ドル(約2.96億円)と約3.5%の伸びだった。中身はスワンの売り上げが大きく増えて、他の2社が大きく減少している構図だ。しかし平均落札率は61.9%から56.88%に低下。中高価格帯が中心の大手の秋のオークションの平均落札率が約65.16%なので、低価格帯作品市場の不振が反映された結果だったいえるだろう。しかし、適正な最低落札価格がついたアンセル・アダムスなどの巨匠の有名作は確実に落札されている。今回のオークションで不落札だった20世紀写真、ファッション系、現代アート系の作品相場は今後さらに調整されるだろう。

有名写真家でも不人気作の落札率はかなり低くなっており、人気度が普通の作品は落札されても90年代の相場レベルになっている。買うなら高くても人気写真家の人気作を、それ以外はいらない、という傾向が強いようだ。写真家とイメージの、人気・不人気による相場の2極化がいまだに進行中なのだ。しかし、写真家のブランドや有名作にこだわらなければ、かなり魅力的な価格の作品が数多くみられるようになってきた。個人的には買い場探しの時期が近づきつつあると考えている。
需給的には、相場の見通しがあまり良くないことから中価格帯以上の貴重で人気作品の出品が手控えられている中で、換金目的の低価格帯の出品が増えていると考えられる。まさにアート界全体の状況と市場環境の構図は変わらないわけだ。
アート写真市場の関心は11月に行われる大手3業者によるロンドン・パリで開催されるオークションに移っている。英国は為替が急激にポンド安になっており英国外のコレクターには魅力的な状況だ。しかし、10月20日にDreweatts & Bloomsburyロンドンで行われた低価格帯作品中心の”Fine Photographs”オークションは落札率36%とかなり厳しい結果だった。
今秋のロンドンでのオークションはフリップス・ロンドンだけになるが、中高価格帯作品の動向が注目される。
(為替レート 1ドル/105円で換算)

フォトブック・レビュー
“Ellsworth Kelly: Photographs”
(Aperture、2016年刊)

エルスワーズ・ケリー(1923-2015)は、シンプルでエレガントな絵画や彫刻で知られるミニマリスト系の米国人アーティスト。互いに厳密に分割された色面によって構成されたハード・エッジやカラー・フィールドの絵画で知られている。
実はケリーは1950年頃から借りもののライカで写真撮影を行ってきた。彼の写真作品の一部は、1987年に全米を巡回した「Ellsworth Kelly: Works on Paper」展で、スケッチ、ドローイング、コラージュとともに紹介されている。しかし写真作品は長らく忘れ去られていて、最近になって再発見されたとのことだ。たぶん写真自体がアート表現になり得るという認識が本人にも取り扱いギャラリーにもなかったのだろう。
今回の写真集は2016年春にニューヨークのMatthew Marks Galleryで開催された展覧会に際して刊行されたもの。1950~1982年までに撮影されたモノクロ写真約42点が年代ごとに収録されている。
彼が提示する抽象的な写真世界は、絵画で表現される様々なフォルムと重なっていると感じられる。写真では、3次元の世界が2次元になる。彼はそこに写真空間独特のフォルムを探求している。視覚に入ってくる様々なフォルムは自分の視点が動くと常にに変化する。彼はそのような世界を見る行為の中で、奇跡的なバランスを持つ瞬間を見つけ出そうとしている。
本書では、彼の視覚が木や枝葉などの自然から、しだいに風景、人工物、ストリート、家屋、壁などに広がっていく過程が垣間見れる。特に1968年には、ロングアイアランドの農家の納屋を重点的に撮影。そこに写されている、小屋の扉や壁面により分断される様々なパターン、屋根の形状などは、絵画や彫刻と類似している。
その他の写真では、太陽光線に照らされた明るい場所と影の部分との対比、新たに舗装された部分がある歩道、ペイントされた道路上の白いライン、割れた窓ガラスの一部分、雪に覆われたカーブした丘陵地帯、地下室への入り口の開放部分などが表現されている。
彼の研ぎ澄まされた視覚は、実体のない、ありそうもない場所で、驚くべき魅力的なフォルムを発見している。

ケリーの写真は、モノクロによる抽象写真のカテゴリーに含まれるだろう。この分野では、アーロン・シスキン(1903-1991)が有名だ。しかし、彼の抽象作品は壁面の落書きなど2次元空間のものが圧倒的に多い。一方でケリーの多くの作品は、3次元の空間から創作されている。より写真の特性が生かされているのだ。また写真作品の中に発見できる、様々なパターンやフォルムが、彼の有名な絵画や彫刻と類似している点も大きな特徴だろう。画家エルスワーズ・ケリーの代表作との関連性がわかりやすい写真なのだ。コレクターがそこに大きな価値を見出すことは容易に想像できる。

ちなみに、上記のMatthew Marks Galleryでは、2015~2016年にプリントされた、11X14″サイズでエディション6の作品が1万5千ドル(約157万円)で売られていた。ケリーの絵画をコレクションしている美術館やコレクターには、創作の背景を知る資料としても魅力的な写真作品だと思われる。

最近は「サイ・トゥオンブリーの写真-変奏のリリシズム-」展がDIC川村記念美術館(千葉)で開催されるなど、写真家以外のキャリアを持つアーティストによる写真作品が注目されるようになっている。この現象は、写真のデジタル化進行と現代アート市場の拡大で、写真による表現自体がアート業界で広く認知されてきたことによると理解すべきだろう。

・出版社のウェブサイト
・アート・フォト・サイト

ブリッツ次回展「As the Crows Flies」自然を愛する米国人写真家の二人展を開催!

ブリッツでは、10月20日(木)から米国人写真家テリ・ワイフェンバックとウィリアム・ウィリーの二人展「As the Crows Flies」を開催する。
ⓒWilliam Wylie
ワイフェンバックは日本でも知名度が高いが、ウィリーの名前は知らない人が多いだろう。彼は多方面の日本文化に興味持っていて、来年は歩いて四国八十八ヶ所の巡礼の旅を敢行するという。実は2年前にも来日していて、友人のワイフェンバックの紹介でブリッツに来ている。日本での個展開催を希望しており、それ以来ずっと定期的に連絡はとっていた。しかし、彼のはヴァージニア大学のアート部門の教授であり、米国ではそれなりにキャリアを持つ、写真集も数多く出版している写真家なのだが、日本では知名度が全くない。このような場合は非常に多く、ギャラリーは中長期的なスタンスで日本市場での写真家の名前の浸透を図るためのマーケティング努力を行うのだ。通常は、まずグループ展やアートフェアに展示してオーディアンスの反応を見ることになる。
本展の企画は、この長年の友人である同世代の二人の写真家の発案で始まった。2016年の年初、ニューヨークで行われた共通の友人の写真展会場で二人は偶然再開する。ワイフェンバックは、ちょうどワシントンD.C.の自宅裏庭で野鳥、自然風景、季節の移り変わりをテーマにしたカラー作品が完成したところだった。ウィリーも2015年から始めた、8X10大判カメラを使用して樹木を探求したモノクロ作品のシリーズ”Anatomy of Trees”(樹木の解剖学)を撮り終えたばかりだった。
二人の写真の表面的な印象は、カラーとモノクロということもあり全く違う。しかし、ともに撮影対象は植物や自然風景。ワイフェンバックが撮影している野鳥は、ウィリーが撮影している木々に住んでいるという関係性もある。また二人はともに自然世界を愛し崇拝する感覚を持って作品を制作している。
ちょうど、ウィリーが東京での個展開催を希望していることを知るワイフェンバックが私どもに二人展開催を提案してきたのだ。日本でのワイフェンバックの知名度を使って、ウィリーの作品を知ってもらうのは上記のギャラリーの中期的プログラムともマッチする。このような経緯で今春には秋の二人展開催が決定したのだ。今年の6月には二人展を意識してウィリーの「Route 36」シリーズをアクシスで開催されたフォトマルシェで展示してみたりした。

展覧会に際してウィリアム・ウィリーは来日を予定するとともに、教授を務めるヴァージニア大学の関係で日本の学校で学生に話す機会を求めていた。運よく日本大学芸術学部写真学科がレクチャー開催を快諾してくれた。これはギャラリーの営業活動と直接関係はないものの、写真家来日時のマネージメントはギャラリーの仕事の一部となる。写真家が気持ち良く仕事を行う環境作りは、信頼関係構築のために非常に重要なのだ。

レクチャーはちょうど17日に開催され、私も同行して彼の話を聞くことができた。彼は人前でのトークには慣れているようで、通訳付きの英語の話だったが非常にわかりやすかった。スライドで自作を見せながら、キャリア変遷、作品制作のきっかけ、背景、エピソードを聞かせてくれた。私が特に納得したのは、どうすればアーティストになれるかという部分だった。
彼は、”まず前提が「オリジナル(original)」な作品制作は難しいという認識を持つこと。写真やアートの長い歴史の影響を誰もが受けている。自分の風景作品もロバート・アダムスの影響がある。しかし、自分にしかできないこと、「インディビジュアル(indivisual)」な視点を大切にしてほしい。自分にしかできないことを継続していけば、ある日周りの人がそれをオリジナルだというようになるかもしれない”と語っていた。
レクチャー内ではないが、米国で今人気のある写真家名も聞かせてくれた。あくまでも独断だとしながらも、最初にあがったのがアレック・ソス。やはり、ウォーカー・エバンスからロバート・フランクへの流れかあっての評価のようだ。彼の地元写真家のサリー・マン。ドイツ・ベッヒャー系の、トーマス・シュトルート、アンドレアス・グルスキーも人気アーティストとのこと。
日本の写真家に対する米国での人気度についても面白かった。プロヴォーグ時代の、森山大道、荒木経惟、東松照明などは日本写真の教科書的なクラシックと考えられているらしい。現代では断トツに杉本博司、それに続くのはかなり離れて柴田敏雄とのことだ。若手では畠山直哉の作品は知っているとのこと。
さて二人展に戻るが、写真展タイトルの「As the Crows Flies」も二人で決めている。ワイフェンバックは自宅の庭で数々の飛ぶ回る鳥を撮影している。それを踏まえて感覚的につけたのだろう。ちなみに本作のシリーズ名は「The 20 x 35 Backyard」という。自宅の庭のサイズを表している。「Under the Sun」というタイトルも最後まで候補に残ったことを付け加えておこう。私たちは、忙しい現代生活の中、身の回りにある樹木などの自然や鳥などの動植物の存在を完全に忘れている。二人は本作をきっかけにして、それらに意識的に接してみて欲しいと希望しているのだ。アートに触れることで視点が変わると、当たり前だった環境が突然魅力的に感じるようになるかもしれない。
本展では、ワィフェンバックはカラー作品約15点、ウィリアム・ウィリーはモノクロ作品約15点を展示する。彼は8X10カメラを使用して撮影している。ともに全作がデジタル・アーカイヴァル・プリントとなる。
最後にウィリーの日本語読みについて触れておこう。アクセントにより聞え方にかなり幅があり、ワイリーの方が近いという人もいるようだ。実は彼の「Route 36」作品を今年6月のフォトマルシェで展示した時はウィリーの表記だった。混乱を避けるために今回も敢えて変更はしなかった。日本語読みは本当に微妙に違うことがあり悩ましい。ワイフェンバックもワイフェンバッハの方が響きが近いという人もいるのだ。母国語表記が基本で、日本語読みには正解や不正解はないと理解している。それゆえ、カタログと案内状にもあえて日本語表記を行っていない。
「As the Crow Flies」
テリ・ワイフェンバック & ウィリアム・ウィリー
2016年 10月20日(木)~ 12月17日(土)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 日・月曜日 / 入場無料
ブリッツ・ギャラリー

2016年秋のNYアート写真シーズン到来 最新オークション・レビュー(速報!)

まずはニューヨークのアート写真の前に、ロンドンでの現代アート関連の出来事に触れておこう。先週はロンドンの主要アートフェアであるFriezeが開催された。それに合わせて大手3社による現代アート・オークションが行われている。

ロンドン市場は、6月24日のブレグジット以来、様々な不安要素が語られ慎重な見方が多かった。弱めに推移する相場を意識して出品数は絞られ、落札予想価格もかなり控えめに設定されていた。ところがふたを開けてみると、現代アート作品への世界中からの需要は予想以上に堅調だった。3社ともに落札率は非常に高く、価格の大きな下落傾向は見られなかった。
ササビーズ・ロンドンでは、ジャン・ミッシェル・バスキアの”Hannibal,1982″が、約1060万ポンド(@130/約13.78億円)で落札。ゲルハルド・リヒターの”Garten,1982″が、約1020万ポンド(@130/約13.26億円)で落札された。
メディアの報道によると、アートフェアのFriezeも非常に好調な売れ行きだったそうだ。
私はアート作品の好調な売れ行きには為替が大きな影響を与えていたと見ている。対ドルで31年ぶりのポンド安になったことは報道されているとおりだ。最近になったブレグジットに対する悲観的な見方が強まり、為替相場でポンドがさらに急落している。ドル資産を持つ海外コレクターには、2014年と比べて約25%、ユーロも”1ユーロ=1ポンド”が現実味を帯びてきている。対円では1年目と比べて約30%も安くなっているのだ。適正な落札予想価格とポンド安が、優れたアート作品への割安感を生み、結果的に好調な売り上げにつながったのだろう。
さてニューヨークで開催された大手3社のアート写真オークションを分析してみよう。
まずこれまでの経緯の復習から始める。オークションの総売り上げは、リーマンショック後の2009年に大きく落ち込み、2013年春から2014年春にかけてやっとプラス傾向に転じた。しかし2014年秋以降は再び弱含みの推移が続き、ついに2015年秋にはリーマンショック後の2009年春以来の低いレベルに大きく落ち込んだ。2016年の春も同様の傾向が続いた。すべての価格帯で低迷が続いているのが現状だ。
さて今秋のニューヨークの結果だが、大手3社の総売り上げは約1135万ドル(約11.91億円)。今春よりは約5%弱の減少だった。1年前と比較すると約12%増加しているが、いまだにリーマンショック直後の2009年春以下のレベルにとどまった。平均落札率は約65.2%と、春の67.8%より低下、昨秋の62.1%よりは多少改善している。まだ約1/3の出品作が不落札という厳しい状況に変化はない。春と秋の定例オークションの落札額の総合計をみるに、2016年は約2326万ドル(約24.42億円)と、2009年以来の低い水準。直近のピークだった2013年と比べると約48%の水準にとどまっている。

クリスティーズは”Photographs”オークションを、10月4日のイーブニング・セールと5日のデイ・セールの2日間にかけておこなった。落札率は昨秋の56%から61%へ改善、しかし春の63%からはやや低下した。総売り上げも約272万ドルから約353万ドル(約3.71億円)に改善した。しかし春の約408万ドルよりは減少した。
イーブニング・セールの目玉だった最高金額落札が見込まれていたエドワード・ウェストンの”Shells, 6S, 1927″。落札予想価格40~60万ドル(約4~6千万円)は不落札。しかし、デイ・セールのロバート・メイプルソープの”Flag, 1987″は、48.75万ドル(約5118万円)で落札された。マン・レイの”Rayograph, 1922″も、29.55万ドル(約3102万円)で落札されている。

イーブニング・セールに出品された現代アート系のトーマス・シュトゥルートの約168X215cmの巨大作品”El Capitan (Yosemite National Park), 1999″は、18.75万ドル(約1968万円)で落札。ロバート・フランクの代表作の一つ”Hoboken, New Jersey, 1955″も 12.5万ドル(約1312万円)で落札。ともに落札予想価格の範囲内だった。
個人的に興味を持って見ていたのがアイデアが重視されたダグ・リカードの”@29.942566, New Orleans, LA (2008),
2009″。約64.8 x 104cmサイズの大作で5~7千ドルの落札予想のところ、6250ドル(約65万円)で落札された。

フィリップスも”Photographs”オークションを、10月5日のイーブニング・セールと6日のデイ・セールの2日間にかけて実施。落札率は昨秋の69%とほぼ同じ68%、ちなみに春も68%だった。総売り上げは約422万ドルから約492万ドル(約5.16億円)に約16%改善。春の約449万ドルよりも増加した。結果的には、フィリップスが今シーズンの最高売り上げを記録。2014年秋以来、連続してトップを独走している。

最高額の落札予想作の、ギルバート&ジョージの”Day,1978″。16点の写真作品からなるサイズ 202.3 x 162 cmの大作は落札予想価格内の67万ドル(約7035万円)で落札された。
注目作のカタログのカヴァー作品となるリチャード・アヴェドンによるバルドーのポートレート”Brigitte Bardot, hair by Alexandre, Paris, January 27, 1959″。こちらも落札予想価格内の25万ドル(約2625万円)で落札。
ダイアン・アーバスの子供が手榴弾を持ったアイコン的な有名作”Child with a toy hand grenade in Central Park, N.Y.C.,1962″。こちらはDoon Arbusサインの、Neil Selkirkによるプリント作品に関わらず、7~9万ドルの予想を大きく上回る15万ドル(約1575万円)で落札。
個人的には、ハーブ・リッツ以外のクラシック系、コンテンポラリー系のファッション作品に落札が目立ったのが気になった。ホルストやアーヴィング・ペンなどだ。一方で、リチャード・アヴェドンのポートレート作品はすべて落札されていた。これらは、いままで比較的過小評価されていた作品群だ。この分野は全般的にもう少し作品の正当な再評価と価格帯の見直しと修正が必要なのだろう。
ササビーズは”Photographs”オークションを10月7日に開催。落札率は昨秋の60%から66%に改善、しかし春の74%からは低下した。総売り上げは約322万ドルから約289万ドル(約3.04億円)に約10%悪化している。春の約332万ドルよりも悪化。ササビーズにとっては、今秋も厳しい結果だった。
最高額の落札が見込まれていた、アルフレッド・スティーグリッツによるオキーフのポートレート”Georgia ‘Keeffee”は、落札予想範囲の下限以下の25万ドル(約2625万円)で落札。
カメラ・ワーク誌の50号の完全セットも、落札予想範囲内の18.75万ドル(約1968万円)で落札。

カタログ表紙作品” Leap into the Void, 1960/late 1960s”は非常に珍しく、興味深い写真。アーティストのYves KleinとHarry Shunk、Janos Kenderとのコラボ作品。2枚のネガを重ねて空中にクラインが飛び出しているようなヴィジュアルを制作している。1960年にパロディー新聞の”Dimanche-Le Jornal d’un seoul jour”に発表されている。こちらは落札予想価格上限の約2倍を超える6.25万ドル(約656万円)で落札。

好調だったのがアンセル・アダムス。19点が出品され18点が落札。代表作の”MOONRISE, HERNANDEZ, NEW MEXICO、1941″は1969年ごろにプリントされた作品。落札予想価格の上限の20万ドル(約2100万円)で落札された。
今秋の結果を見るに、今の水準からの底割れ懸念はなさそうだ。しかし、年末にかけては米国の金利上昇で世界経済先行きへの不安感が高まる可能性がある。マイナス金利で苦しむ欧州銀行の信用不安、中国経済の失速や不動産バブルの崩壊リスクも囁かれている。不安要素が多く、急激な相場改善は予想しにくいだろう。これからじり貧相場が続く可能性も否定できない。しばらくは資産価値のある作品に需要が集中する相場展開は続きそうな気配だ。
とりあえず、11月3日に為替で揺れる英国で開催されるフリップス・ロンドン”Photographs”オークションには注目したい。
(為替レート 1ドル/105円で換算)

写真でアーティストを目指す人へ 誰からアドバイスをもらうべきか?

ファイン・アート系の写真は、誰かが作品に価値を見出すことで初めて存在する。最初から価値があるのではない。これらはアートの歴史の中で意味付けられ、資産価値が認められる。もっと具体的にいうと、21世紀の現代で、社会的に価値がある(独りよがりでない)メッセ―ジを発していると誰か認めるということ。
それを行うのは、美術館などのキュレーター、評論家、編集者、写真家、ギャラリーのディレクター、ギャラリー・オーナーであるギャラリスト、コレクターなどである。ファイン・アート系を目指すのなら、彼らから価値を認められなければならないのだ。
ただし、なかには単なる作品に対する好み、表層的な意見、感想を述べるだけの人もいるので注意が必要だろう。私は作品に対しての立場上の責任の重さにより、発言者の意見・感想の信頼度が左右されると考える。

一番信頼できるのは、経験豊富なベテラン・コレクターの発言だろう。もし高く評価した場合、自分がその作品を購入する可能性を意味するからだ。お金を出す価値があるかの判断は真剣勝負になる。

ギャラリストの発言も傾聴に値する。高い評価は自分がオーナーのギャラリーでの作品展示や購入の可能性につながるからだ。ディレクターの意見も信頼性はあるものの、最終判断はオーナーに伺わなければならない。どうしても前記の二人よりはやや軽くなる。
ただし、コレクターもギャラリー関係者も独自の方向性や好みを持っている点には注意が必要だ。自分の作品のテイストが彼らと全く違う場合は意見はあまり参考にならない。事前の情報収集が必要だろう。

キュレーターは、美術館クラスの作品を相手にしている場合が多い。一般写真家の作品に対して責任感を持って発言する機会は少ないだろう。欧米のキュレーターは一般人向けのポートフォリオ・レビューには参加しないものだ。

評論家、編集者、写真家は、しがらみが少なく最も自由に発言できる。ただし写真の技術論や幅広い感想になりがちでもある。具体的なアドバイスが欲しいファイン・アート系を目指す人には物足りないかもしれない。しかし、キャリア初期で自分の作品の方向性が見えないアマチュア写真家などには、彼らの様々な視点を持つ意見や感想は参考になるはずだ。写真が趣味で多くの仲間とコミュニケーションを図りたい人にも適切なアドバイスをしてくれる存在だと考える。

写真を評価してもらう時には、まず自分が目指す方向を明確に認識して欲しい。それによって見てもらうべき人がおのずと決まってくる。またどの職種の人でも、経験が長い人の意見の方が信頼できるだろう。単純に判断基準となる、ヴィジュアル、アイデア、コンセプトなどの情報蓄積量が豊富だからだ。ポートフォリオ・レビューなどでレビュアーを選ぶ際はそれらの点に注意するべきだろう。写真撮影やプリント制作が上手くなりたいアマチュアは、経験豊富なプロ写真家がよいだろう。アーティスト志望で責任を持った重い発言を受け止められる人は、作品ポートフォリオの完成度によって、コレクターやギャラリー関係者に見てもらうべきだ。もしあなたが自分の写真の評価やコメントに物足りなさや、違和感を感じているのなら、見せる相手が間違っているのかもしれない。

2016年秋のアート写真シーズン到来! ニューヨークのオークション・プレビュー

2016年になってアート市場は全体的に弱含みの展開が続いている。高額落札の可能性やオークション会社の高額保証が見込めなくなりつつある中、委託者が貴重な逸品の出品を見送っている状況だ。また2年前まで活況で、投機対象だった若手アーティストの抽象作品の相場が崩れたことも市場の雰囲気を悪くしている。9月20日にフィリップスのニューヨークで開催された“New Now”でもその傾向に変化はなかった。このセクターの厳しい相場下落は現地マスコミで話題になるほどだ。
アート写真市場だが、以前も述べたように昨年秋以降に本格的な調整局面を迎えている。高額価格帯はもたつき気味の現代アート市場の影響を受け元気がない。中間、低価格帯の低迷は、かつては市場の担い手だった中間層コレクターの購買力が落ちていることが影響している。また彼らは年齢的にもコレクションを整理する側に回ることが多い。それに続くと期待される若い世代のコレクターが育っていないのも気になるところだ。活気のある市場では、様々な種類や価格帯の作品が売買されている。いまそのような市場の多様性がかなり失われつつある印象だ。現状は、資産価値がある有名アーティストの代表作に人気が集中する傾向が一層強まっているといえるだろう。私はいまの状況は一時的な景気の循環により起きているのではなく、もしかしたら構造的な変化によるのではないかと疑っている。

経済状況をみてみよう。為替は、米国の金利引き上げが年内1回程度との予想となり、また日銀の長期金利0パーセント誘導という一種の金融引き締めの影響により動きが出てきた。ここにきて、ドル円為替は1ドル/100円台近くの円高水準になってきた。専門家の中長期的な為替の予想を見るに、ここ数年は円高になるが中期的には円安を見ている人が多い。日銀による国債買い入れの継続や厳しい財政状況のなかでの政府の大規模な財政出動を考慮してのことだ。
また、日本は自然災害が多い国だ。大地震や火山噴火などがいつどこで発生してもおかしくない。少なくとも、外貨建て資産をある程度持つ意味はあるだろう。

私は、相場の地合いと為替動向から、日本のコレクターは長期的な視野に立った作品購入の検討を始めて良い時期にきていると考えている。10月上旬には定例の大手オークションハウスによるニューヨークのアート写真オークションが開催される。相場はもう少し下押しする可能性があるかもしれないが、興味ある写真家作品の市場動向には目配りしておいた方が良いだろう。為替と相場のベストの時期を追いすぎると、なかなか決断できない。あくまでもトレンドの中で買い場を探すスタンスを心がけてほしい。
クリスティーズは”Photographs”オークションを、10月4日のイーブニング・セールと5日のデイ・セールの2日間にかけて行う。初日は27点の入札が予定されている。
最高額での落札予想はエドワード・ウェストンの”Shells, 6S,
1927″、40~60万ドル(約4~6千万円)となっている。続くのはマン・レイの”Rayograph, 1922″で、25~35万ドル(約2.5~3.5千万円)の落札予想となっている。イーブニング・セールのうち、5万ドル以上の高額落札予想作品は8点、残りは1万ドル以上の中間価格帯作品となる。
現代アート系では、トーマス・シュトゥルート、ギルバート&ジョージの作品が含まれている。デイ・セールでは158点が出品される。こちらでは、花、メール・ヌードからリサ・ライオンまでのロバート・メイプルソープ作品21点がまとめて出品される。全体的に20世紀写真が中心で、ファッション系と現代アート系はかなり少ないセレクションになっている印象。中間価格帯までの現代アート系に関しては、ニューヨーク、ロンドンで今週に開催される”First Open Post-War and Contemporary Art” での取り扱いにシフトしていると思われる。
 フイリップスも”Photographs”オークションを、10月5日のイーブニング・セールと6日のデイ・セールの2日間にかけて行う。初日には29点の入札が予定されている。
最高額の予想は、ギルバート&ジョージの”Day,1978″。16点の写真作品からなるサイズ 202.3 x 162 cmの大作で、60~80万ドル(約6~8千万円)の落札予想となっている。続くのは、カタログのカヴァー作品のリチャード・アヴェドンによるバルドーのポートレート”Brigitte Bardot, hair by Alexandre, Paris, January 27,
1959″。こちらは22~28万ドル(約2.2~2.8千万円)の落札予想。フイリップスは、クリスティーズのイーブニング・セールとは方針がかなり違う。5万ドル以上の高額作品中心の出品で、ほとんどの作品の落札予想価格上限は5万ドル以上になっている。
デイ・セールでは約228点が出品される。ダイアン・アーバス14点、リチャード・アヴェドン10点、、アーヴィング・ペン8点、ピーター・ベアード8点、ビル・ブランド7点、などが予定されている。
こちらも先週に開催された”New Now”オークションで、中間価格帯までの現代アート作品を取り扱っている。しかし他社と比べて現代アート系の出品は多めの印象。またファッション系、ポートレート系には3社中で一番力を入れている。
ササビーズは”Photographs”オークションを10月7日に開催する。20~21世紀の178点が出品。落札予想価格は3千ドル~50万ドル(約30万円~5千万円)。クリスティーズと同様に、ササビーズも中間価格帯までの現代アート作品を今週ニューヨークで開催される”Contemporary Curated”での取り扱いに仕訳しているようだ。したがって”Photographs”の取り扱いは、ほとんどが20世紀の写真作品。アンセル・アダムスが19点、ロバート・フランクが9点、アルフレッド・スティーグリッツが8点、エドワード・ウエストンが7点、ハリー・キャラハンが7点などとなる。最高額予想は、アルフレッド・スティーグリッツによるオキーフのポートレート”Georgia ‘Keeffee”で30~50万ドル(約3~5千万円)の落札予想となっている。本作は1920年代にオキーフの姉妹に購入されて以来、市場に一度も出ていない極めて貴重な作品となる。
アルフレッド・スティーグリッツが編集に携わったカメラ・ワーク誌の50号の完全セットも注目のロット。こちらは15~25万ドル(約1.5~2.5千万円)の落札予想だ。
2014年のMoMAでの回顧展以来、再評価が続いているロバート・ハイネッケン。”Lessons in Posing Subject”はポラロイドSX-70、316点からなる41作品の完全版。こちらは10~20万ドル(約1~2千万円)の落札予想となっている。

全体のオークション出品作品数は昨年同期比で約10%減、今春とはほぼ同数となる。出品作を見てみるに、各社とも重点を置く、出品カテゴリー、作家のセレクション、価格帯に独自の工夫を凝らしてきた印象だ。弱含んでいる市場にどのように活力を注入するかの考え方の違いが反映されていると思われる。
いよいよ来週に迫ってきた秋のニューヨーク・アート写真オークション。今後の市場動向を占う上で非常に重要なイベントになるだろう。

(為替レート 1ドル・100円で換算)

杉本博司 ロスト・ヒューマン
東京都写真美術館

世界的に活躍するアーティスト杉本博司(1948-)。彼の「ロスト・ヒューマン」は、9月にリニューアル・オープンした東京都写真美術館の総合開館20周年記念展となる。本展は、2年前の春にパリの現代美術館パレ・ド・トーキョーで開催された<今日 世界は死んだもしかすると昨日かもしれない>をベースとして、世界初公開となる<廃墟劇場>、インスタレーションで提示される<仏の海>の3シリーズで構成されている。展覧会カタログによると、本展は、人類と文明の終焉という壮大なテーマを、アーティストがアートを通して、近未来の世界を夢想する、形式で提示するものという。
本展の杉本のメッセージを読み解くヒントをカタログ内で探してみた。それは学芸員の丹羽晴美氏のエッセーの最後の一文から見つけることができた。以下に引用してみる。
“<今日 世界は死んだ>の多様な展示物の中から自らの身に刻んだ歴史や現実を拾い上げ、<廃墟劇場>のスクリーンの前で普遍的な道理と呼応させ、<仏の海>の前で無になる。そして日常へ帰っていく。杉本博司がつくりあげた21世紀の黙示録は、まるで十牛図そのもののようだ”と書いている。
この一文こそが本展の要旨を見事についていると直感した。
私が反応したのは「十牛図」(じゅうぎゅうず)という言葉だ。これは禅にでてくる一種の啓蒙書で、10枚続く絵画テキストから成る。牛(悟り)を求める子供が様々な経験を通して悟りにいたる様子が描かれている。禅修行を行い、悟りに至るステップををわかりやすく説くために牛の絵を利用した解説である。禅の解説書やネット上には必ず紹介されているので興味ある人は参考にしてほしい。ここでは本展を十牛図と照らし合わせて読み解いてみよう。
会場3階で展示されている<今日 世界は死んだもしかすると昨日かもしれない>の33の物語は、戦争、政治、経済、環境、人口、少子高齢化などの、現在すでに私たちが直面している事実をもとに、杉本がその行く末を想像して展開させている。最終的に文明が終わるストーリーを自身のコレクションや作品によるインスタレーションで表現したもの。会場は経年経過したトタン板で囲まれている。会場規模は決して大きくはないものの、その空間は細部まで綿密に計算され作り込まれている。そこに身を置くだけで場の圧力で圧倒される。見る側はアーティストの強い表現への思いを否応なく感じてしまう。それぞれの物語自体は現代アート的なテーマとして語られてもよいだろう。ここで現代社会の様々な問題点を見つけ出して提示しているとも解釈できる。この段階は、まだ「十牛図」の、最初の尋牛(じんぎゅう)という、 悟りを探すがどこにいるかわからず途方にくれた状況ではないか。
会場2階の”廃墟劇場”は、しだいに「十牛図」の5番目の牧牛(ぼくぎゅう)に続く過程だろう。ここで悟りに近づいていくわけだ。写真の中心に映画一本分の白いスクリーンが描写されている。これこそは私たち人間の一般的な社会の認識を意味する。つまり時間は過去から現在、そして未来に渡って連なっているという感覚。実は白いスクリーンは約17万枚の写真が投影された結果に現れている。過去、現在、未来が連なっているのではなく、写真1枚のように、ただこの瞬間のみが個別に存在する事実を暗に示している。禅の精神を知るための公案に近い作品群ともいえるだろう。
ここまでに、杉本は現代社会に横たわる様々な深刻で気の滅入るような問題点をあぶりだして展示している。それだけだとあまりにも救いがないので、2階の残り半分のスペースでは<仏の海>で解決策を提示している。京都の三十三間堂の千手観音を撮影した九点の作品と五輪塔一基からなるインスタレーション作品だ。杉本によるカタログ収録エッセーによると、平安時代当時の、末法の世に西方浄土を出現させたいという思いがこの建築には秘められている、という。ここでは、欧米の現代アート作家のようにアイデアやコンセプトを提供するのではない。杉本は、人の心の本当の姿は「無」なのだと展開する。末法再来を考える「私」自体は存在しないということ。まるで禅問答だ。
前回、トーマス・ルフの展覧会評で、”釈迦は、人間の行為そのものも結果も存在する。しかしそれを行った人間は存在しない”と語ったというエピソードを紹介した。<仏の海>もこれと同じ意味を持つ。杉本との違いはなにかというと、西洋人のルフは自己がある種の幻想や物語である点を意識しているものの、私という自己の存在と決断を肯定的にとらえる立場に立っていることだ。
「十牛図」の最後の絵では、悟りを開いた人が町に出て人と接している場面が描かれている。悟りを開いた禅者は人々と接して、人々が救われることが仏教の究極の目標であることを表している。これこそは杉本が考えている現代社会でのアーティストの使命、役割。その実践が本展ということを示唆しているのだろう。

作品テーマのスケールは、杉本のいままでの創作をひとまとめにするような大きなものだ。一見難解な作品展のようだが、彼は一般の人でもわかり易いヴィジュアル、オブジェを用い、インスタレーションなど駆使して表現している。

<今日 世界は死んだ>などは、非常にポップな面を持った展示になっている。<23 漁師の物語>では、アメリカ製のロブスターのおもちゃが突然立ち上がり歌い踊る。<20 ラブドール・アンジェ>では、ラブドール・アンジェが裸体のままカウチベットに横たわっている。
一般客を作品世界に誘うような様々な感情フックが散りばめられている。
前回も触れたが、これがトーマス・ルフ展との大きな違いだ。壮大で難解なテーマを、わかりやすく提示するのには非常に高度な創作能力が求められる。
世の中には様々なレベルのアート理解力を持つ人がいる。本展はそれぞれが、それなりに楽しめるように計算された上で制作されている。
私の周りの様々な人に感想を聞いてみたが、本展の評価はかなり高いようだ。杉本の作戦は見事に成功を収めていると思われる。アートや写真が好きな人は必見の展覧会だ。
「杉本博司 ロスト・ヒューマン」
2016年9月3日(土)~11月13日(日)
会場:東京都写真美術館 2・3階
時間:10:00~18:00(木・金曜は20:00まで、入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(ただし月曜が祝日の場合は開館、翌火曜休館)
料金:一般1000円 学生800円 中高生・65歳以上700円