2023年春NYの現代アート系オークション
リチャード・プリンスなどが100万ドル越えの落札

景気停滞を示す様々な経済指標やシグナルが見られる中で、5月にニューヨークで定例の大手業者による現代アート/モダン・戦後の20世紀アートのオークションが開催された。
昨年と比べると出品数は増加したものの売上高は減少し、比較的低調な結果に推移した。今後は特に高額価格帯では良品の出品が減少するとの見通しが強くなっている。

写真関係では、2022年のオークションではマン・レイの歴史的名作“Le Violon d’Ingres, 1924”が、写真作品最高落札額の12,412,500ドルで落札された。今年は市場最高落札額更新のようなサプライズはなかったものの、クリスティーズでは100万ドル越えの高額落札が3件見られた。

Christie’s NY, Richard Prince、“Untitled (Cowboy), 1999”

最高額は、クリスティーズ・ニューヨークで開催された、「A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I」に出品されたリチャード・プリンスの“Untitled (Cowboy), 1999”だった。落札予想価格150~200万ドルのところ、1,562,500ドル(約2.15億円)で落札された。エディション2、AP1のアーティスト・プルーフ作品、サイズは152.4 x 203.2 cmのエクタカラー・プリント(Ektacolor print)になる。本作はリチャード・プリンスが1980年代に開始したタバコ広告を挑発的に使用し、西部劇をテーマにした画期的なアプロプリエーション・シリーズがさらに発展した作品。彼は現存する広告写真をもとに、シーンを操作し、リフレーミングすることで、その制作と使用の意図を私たちに問いかけている。クリスティーズのロット・エッセイには、“彼の仮面剥ぎとりと解体は、消費者イメージの背後にある空虚さを暴露する…我々は、描写されているものから何らかの形で浮遊している表現を見る。…イメージは内実のない外観である…”というロゼッタ・ブルックスによるプリンスのカウボーイ作品の解説文章が引用されている。
(R. Brooks, “Survey: Prince of Light or Darkness ? ”, Richard Prince, London: Phaidon, 2003, p. 54)

それ以外では、クリスティーズ「21st Century Evening Sale」で、ダイアン・アーバスの貴重な10点のポートフォリオとウィリアム・エグルストンの代表作である3輪車の大判作品がともに100万ドル越えで落札された。アーバスの“A box of ten photographs”は、1970年に製作が開始されたシルバー・プリントの10枚セット。エディションは50だが、アーバスが1971年に亡くなっているので、ほとんどがニール・セルカーク(Neil Selkirk)によるプリントとなる。ほとんどのポートフォリオは主要美術館に収蔵されているか、または1枚づつばらして個別販売されているために、市場に完全セットが出品されるのは極めて珍しい。本セットは落札予想価格90~120万ドルのところ、1,008,000ドル(約1.39億円)で落札されている。
カタログの資料によると、本作は2003年10月のフィリップス・ニューヨークで(Phillips de Pury & Luxembourg)で落札予想価格9~12万ドルのところ、405,000ドルで落札されている。ちなみに1年複利で、手数料など諸経費を無視して単純計算すると約20年で約4.66%の運用だったことになる。

Christie’s NY, Diane Arbus “A box of ten photographs”

エグルストンの“Untitled, 1970”は、1976年にニューヨーク近代美術館で開催された彼のカラー写真の個展の際に刊行された、写真集“William Eggleston Guide”の表紙に使用されている代表作。同作は80年代に染料を転写してカラー画像を作り出すダイトランスファーでエディション付きで販売されて完売している。本作は2012年にデジタル写真のピグメント・プリントで新たに制作されて大きな話題になった、112 x 152 cmサイズ、エディション2の作品。落札予想価格100~150万ドルのところ、こちらも1,008,000ドル(約1.39億円)で落札されている。今回の出品作は、2012年3月のクリスティーズ・ニューヨークの「Photographic Masterworks by William Eggleston Sold to Benefit the Eggleston Artistic Trust」で、落札予想価格20~30万ドルのところ、578,500ドルで落札されている。ちなみに1年複利で、手数料など諸経費を無視して単純計算すると約11年で約5.17%の運用だったことになる。

現代アートの範疇で評価されているエグルストンの大判サイズの代表作は、貴重な20世紀写真と考えられているアーバスのポートフォリオよりも、短期間で効率的なリターンを得ることができたことになる。

Christie’s NY, William Eggleston, “Untitled, 1970”

不確実な経済動向の見通しの中、現代アート/モダン・戦後の20世紀アートのオークションに出品されたハイエンド写真作品の市場動向に注目が集まっていた。結果的に3点が100万ドル越えを記録したものの、手数料などを考慮すると落札額は予想落札価格の下限近辺だった。他分野のアート作品同様に、高額な貴重作品に対する需要には底堅さはあるものの、過熱感はなく非常に落ち着いた入札状況だったといえるだろう。

(1ドル/138円で換算)

Pier 24 Photography単独オークション開催
珠玉の20世紀写真が高額落札!

写真に特化した大規模な単独コレクション・セールの“Pier 24 Photography from the Pilara Family Foundation Sold to Benefit Charitable Organizations Sale”が、5月1日~2日にサザビーズ・ニューヨークにおいて2部構成で開催された。

ピア24フォトグラフィー(Pier 24 Photography)は、コレクターのアンディとメアリー・ピララの発案により、2010年にサンフランシスコのエンバカデロ沿いの空き倉庫にオープンした写真専門の大規模展示スペース。今までに11の大規模展を企画し、約20冊の写真関連書籍を出版、500名の写真家によるや約4000点のコレクションを誇っていた。
メディア報道によると、アメリカを襲う高インフレの波は極めて酷く、なんと次回の契約更新で施設の家賃が3倍に上昇する事態に直面。同館はやむなくリース期間が切れる2025年7月に正式に施設のクローズを決め、美術館コレクションの売却を今回のセールを皮切りに行うことになったのだ。運営していたピララ基金は、ピア24フォトグラフィーを閉鎖し、医療研究、教育、芸術を専門とする団体を支援する助成財団に移行する予定と報道されている。

オークションは5月1日に55点のイーブニングセール、2日に128点のデイセールが行われた。
販売総額は1062万ドル(約14.65億円)を達成。合計183点が出品され177点が落札、不落札率は驚異的な約3%だった。ちなみに春の大手複数業者のニューヨーク定例オークションの結果は、総売り上げ約962万ドル、不落札率22.2%だった。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Robert Frank

最高額の落札作品は、ロバート・フランクの「’Charleston S. C.’, 1955」だった。写真集「The Americans」にも収録されている、アメリカ南部の人種差別をドキュメントした代表作。本作は32件の入札数を記録し、落札予想価格25万~35万ドルのところ、なんと952,500ドル(1.31億円)で落札。フランクのこれまでのオークション落札最高額を更新した。
同作カタログの作品解説では、珍しいロバート・フランクの以下のコメントが引用されている。
「初めて南部に行き、初めて本当に人種差別を目にしたのです。白人が自分の子どもを黒人の女性に預け、その女性がドラッグストアで自分のそばに座ることを許さないというのは、異常だと思った。私はこのような政治的な主張をするような写真はほとんど撮らなかった」。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Lee Friedlander

続いたのはリー・フリードランダーの52点のポートフォリオ「The Little Screens」。1961-70年に撮影され、42点が60年代のプリントになる。今セールでは本作の評価が一番高く、落札予想価格は50万~70万ドルだった。結果は609,600ドル(約8412万円)で落札。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”,Dorothea Lange

同じくドロシア・ラングの代表作「Migrant Mother, Nipomo, California、1936」も、落札予想価格20万~30万ドルのところ、609,600ドル(約8412万円)と、フリードランダーと同額で落札。もちろん同イメージの最高落札価格となる。本作は58.4X45.7cmの大判サイズで、1940年代にプリントされたヴィンテージ作品となる。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Hiroshi Sugimoto

杉本博司の「The Music Lesson、1999」も高額で落札された。同作は1999年にベルリンのグッゲンハイム美術館から依頼された「ポートレート」シリーズのひとつ。マダム・タッソー館アムステルダムは、ヨハネス・フェルメールの名作「Lady at the Virginal with a Gentleman」をモチーフにした蝋人形を制作していた。杉本は、フェルメールがイーゼルを置いたであろう場所に三脚を立て、同作を撮影。こちらは2004年制作のエディション5、135.5X106 cmサイズの作品。落札予想価格30万~50万ドルのところ、508,000ドル(約7010万円)で落札された。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Richard Avedon, 「Juan Patricio Lobato, Carney, Rocky Ford, Colorado, August 23, 1980」

生誕100周年を迎えたリチャード・アヴェドンの人気は全く衰えない。特に大判サイズ作品への需要の強さを感じる。2枚組作「Clarence Lippard, Drifter, Interstate 80, Sparks, Nevada, 29 August 1983」と、1985年プリントの142.9X114.3 cmサイズの「Juan Patricio Lobato, Carney, Rocky Ford, Colorado, August 23, 1980」が、ともに落札予想価格20万~30万ドルのところ、444,500ドル(約6134万円)の同額で落札されている。その他のいままではあまり人気がなかったアヴェドンのポートレートも再評価されており、軒並み落札予想価格以上で落札されている。

春のニューヨークの定例オークションが低調だったので、特に高額/中間価格帯中心の今回のオークションの動向には大きな注目が集まっていた。しかし心配をよそに3分の2の出品作が事前の予想価格以上で落札され、販売総額は事前予想価格の約120%にあたる1062万ドルの達成という、極めて好調な入札/落札結果だった。これは不確実な経済動向の見通しに関わらずハイエンドの貴重な作品への需要の強さを証明したといえるだろう。
サザビーズは、「世界23カ国からの入札、そしてきわめて好調だった今回の落札結果により、このコレクションが現代アートと写真の歴史的な交わりを描き、現代文化におけるイメージの力を反映させたかつてないほど充実したものであることが証明されました」と発表している。

(1ドル/138円で換算)