ブリッツでは、過去に何度も写真展(個展)を開催している。ギャラリーが広尾にあった1993年に「TERRY O’NEILL:Superstars of 70s」、目黒に移ってからは 「50 Years in the Frontline of Fame」(2015年)、「All About Bond」(2016年)、「Rare and Unseen」(2019年)を行っている。 2015年には初来日している思い出深い写真家だ。世界的に知名度があり、華麗なキャリアを持つ人なのに、偉ぶることなく誰にでもとても気さくに接してくれていた。かなりの冊数の写真集のサインにも嫌がることなく笑顔で応じてくれたのが印象に残っている。たぶんどんな有名人に対してでも、同じように普通に接することで被写体の自然体の表情を引き出したのだろうと感じた。
Terry O’Neill “Diamond Dogs, London, 1971” (C) Iconic Images
30年前、ファッションやポートレート写真のアート性はまだ市場で全く認識されていなかった。販売価格はバルドー作品が185ポンドと驚くほど安かったと記憶している。亡くなる前の彼のギャラリー店頭価格は16 x 20″サイズで最低1750ポンドからだった。約30年間で相場が約9.5倍に上昇したことになる。ただし上記の2点のような代表作は既に完売している。既に生前からオークションで高額で取引されていた。
アナログからデジタル時代になり、私たち一般人にとっての「写真」の意味合いが大きく変わってきた。それがどのような変化なのか、どこに向かっているかの個人的な感想を述べる人は数多くいる。しかし現状の客観的な分析と考察はあまり見ることがない。 2019年3月30日~8月4日まで、サンフランシスコ現代美術館でシニア・キュレターのクレマン・シェルー(Clément Chéroux)企画により開催された「snap+share」展では、いまの「写真」の現状分析を「写真をスナップして/送る/シェアする」という視点からかなり突っ込んで行っている。本書は、同名の展覧会のカタログ。サブタイトルは、「transmitting photographs from mail art to social network」。
Peter J. Cohenは、作者不詳のファウンド・フォトのポートレートのなかに「Me(私)」とペンで書かれたものをコレクションしている。まさに自撮りセルフィーの原点だ。
Stephen Shore, Greeting from Amarillo, “Tall in Texas”, 1971
写真家のスティーブン・ショア―の「Greeting from Amarillo, “Tall in Texas”」では、アメリカの西部と南部の交差点として有名なルート66の主要都市アマリロ・テキサスが舞台。ショア―は、この地の様々な建物を撮影して、大量生産のポストカードを商業的に制作した。彼は、自らの全米のロードトリップの際に各地の店のポストカード・ラックにそれらを入れていった。カードには意図してアマリロを記載しなかったことから、それらは各地におけるアメリカの原風景の写真となったという。どの地でも画一的な建築が多い事実が明らかになる。
On Kawara, 29,771 days I Got Up… 1975
コンセプチュアル・アートの第一人者として知られる河原 温の「29,771 days I Got Up… 1975」も取り上げられている。彼は1968年から1979年にかけて継続的にメールアートに取り組んでいた。毎日、朝起きると、起きた時間を記したツーリスト用カード2枚を友人や同僚に郵送し続けた。このシステマチックな仕事の記録は、時間の経過と人間の存在の証拠を提示しているという。
オランダのアーティストErik Kesselsによる膨大なインスタレーション「24 HRS in Photo, 2011」では、24時間にイメージ・シェアリング・サイトと、ソシアル・ネットワークにアップロードされた画像すべてをプリントアウト。同館の展示ではそれらからの数千枚の写真を展示会場内に山のようにうず高く積み上げている。インターネット時代の画像の洪水を視覚化し物理的作品として提示。物として感じられる写真と、ネット上のはかない存在の写真との緊張感を表現している。
Corinne Vionnet, Agra,Paris, Beijin, and San Francisco,from the series Photo Opportunities, 2006-07
Corinne Vionnetの「Agra,Paris, Beijin, and San Francisco,from the series Photo Opportunities, 2006-07」では、彼女はエッフェル塔、タージマハル、天安門広場、ゴールデンゲイト・ブリッジなどの有名観光地のオンライン・キーワード検索を行い、数千点にも及ぶスナップ・ショットを収集。それらを合体させ重ね合わせて精妙な構造の1枚のヴィジュアルを制作。写真をシェアする文化において、有名な場所では多くの人は執拗に同じような写真を撮影していることを提示している。
Eva and Franco Mattes, Various iteration of the orijinal ceiling cat meme
本書の表紙に掲載されている。天井から頭を出して覗いている子猫の作品は、イタリアのカップルEva and Franco Mattesによる作品「Various iteration of the orijinal
ceiling cat meme」。作品には「天井の猫があなたを監視している」というテキストが書かれている。猫はSNSで最も多くシェアーされている画像の一つ。作品の猫はインターネット自体の暗喩の意味を持っており、ウェブの総監視システムを非難している。
Helmut Newton「Panoramic Nude, Woman with Gun, Villa d’ Este, Como, 1989」
最高額はヘルムート・ニュートンの「Panoramic Nude, Woman with Gun, Villa d’ Este, Como, 1989」で、落札予想価格30~50万ドルのところ39.9万ドル(約4389万円)で落札。ニュートンの本作が、今シーズン最高額落札となった。2018年5月18日にフィリップス・ロンドンで別カットの1点もの作品が72.9万ポンド(当時の為替レート/約1.09億円)で落札されたのは記憶に新しい。サイズがほぼ同じだがこちらはエディション3となる。ちなみに本作は2006年4月22日のササビーズ・ニューヨークで12万ドルで落札された作品。約13年の所有で約3.3倍、年単利の複利計算で約9.68%で運用できたことになる。 続いたのは、カタログの表紙を飾るラズロ・モホリ=ナギの「From the Radio Tower, Berlin, 1928」。落札予想価格20~30万ドルのところ27.5万ドル(約3025万円)で落札された。(カタログ・イメージは前回紹介) ピーター・ベアード人気はまだ衰えていないようだ。高額が期待された「Gardeners of Eden, 1984」は不落札だったが、「Orphaned Cheetah Cubs, Mweiga, Kenya, 1968」が、落札予想価格20~30万ドルのところ25万ドル(約2750万円)で落札。「World-Class Black Rhino, Aberdare Forest, 1972」は、落札予想価格4~6万ドルのところ、なんと25万ドル(約2750万円)で落札されている。
総売り上げは約426.7万ドル(約4.69億円)、落札率は約64%だった。1年前の2018年秋と比較すると売り上げは約6%増加。この二つのカテゴリーはコレクター層が違うことがあるので、今後は同様の分類が多くなると思われる。写真が現代アート表現の一部と考えられるようになったので、オークションハウスは常に試行錯誤を重ねている。ちなみに1点の落札単価は前者が約3.4万ドル、後者が約2.5万ドルだった。 女性アーティストの高額落札が目立ち、シンディー・シャーマンの「Untitled Film Still #10, 1978」が、30万ドル(約3300万円)でプリンストン大学美術館により落札されている。フランチェスカ・ウッドマンが学生時代の1976年に制作した「Polka Dots, 1976」は、落札予想価格5万~7万ドルのところ、なんと20万ドル(約2200万円)で落札。これはウッドマン作品のオークション落札最高額記録となる。
Sotheby’s NY Contemporary Photographs Auction Catalogue
フィリップスは、10月1日に「Photographs」(247点)を開催。総売り上げは約353.4万ドル(約3.88億円)、落札率は66.4%だった。1年前の2018年秋と比較すると売り上げは約38%減少。 最高額はハンナ・ウィルケ「S.O.S. Starification Object Series (Performalist Self-Portrait with Les Wollam)、1974」。このサイズの作品は極めて貴重であることから、落札予想価格18~28万ドルのところ22.5万ドル(約2,475万円)で落札された。ハンナ・ウィルケは、フェミニズム美術を手がけたパフォーミング・アーティスト、画家、彫刻家、写真家。彼女は女性としてのセクシュアリティやエロティシズムを、生涯を通して一貫して視覚化を試みる表現活動に従事していた。 ウィルケとともに注目されていた、女性パフォーマンス・アーティストとして知られるマリーナ・アブラモビッチの「Cleaning the Floor、2004」は、カタログのカバー作品。こちらは落札予想価格6~8万ドルのところ7.5万ドル(約825万円)で落札されている。 続いたのは、9月に亡くなったロバート・フランク作品。「Parade, Hoboken, New Jersey、1955」が、落札予想価格7~9万ドルのところ16.25万ドル(約1,787万円)で落札。同じくフランクの代表作「Trolley, New Orleans、1955」は、落札予想価格5~7万ドルのところ15万ドル(約1,650万円)で落札された。しかし、フランク作品全部が高額落札されたわけではなかった。9点が出品されて5点の落札にとどまっている。写真集「The Americans」収録の有名な「Chicago-Political Rally,1956」は、落札予想価格3~5万ドルだったが不落札だった。フランクはすでに94歳と高齢だった。本人の死亡が相場に与える影響はあまり大きくないと思われる。
今秋は特に5万ドル以上の高額価格帯カテゴリーでの成績に業者間で大きな差が見られた。クリスティーズは好調で、落札率約69%で、20点の落札で約295万ドル(約3.25億円)を売り上げた。落札予想価格6~9百万ドルのエドワード・カーティスの「The North American Indian (20 portfolios and 20 text volumes), 1907-1930」こそは不落札だったものの、最高額のニュートン作品を含む10万ドル以上の落札点数が13件あった。 ササビーズは、クラシックとコンテンポラリー合計で、落札率約85%、17点の落札で約186.65万ドル(約2.05億円)の売り上げ。10万ドル以上の落札点数は5件だった。 一方でフィリップスは苦戦し、落札率約50%、11点の落札で約111.5万ドル(約1.22億円)の売り上げ。高額の落札予想額が提示されていた、ロバート・メイプルソープ、シンディー・シャーマンが不落札。10万ドル以上の落札点数は4件だった。
ウィリアム・ワイリーの「The Anatomy of Trees」では、コロラドの高地平原地帯の魅力的な光で、単独で生育している大木をモノクロで撮影。それぞれの木々の枝ぶりなどの表情を人間の人生に重ね合わせて表現している。8X10″の大判カメラで撮影し、インクジェットで制作。タイトルの和訳は「木々の解剖学」となる。
伊藤雅浩「陽はまた昇る / The Sun Also Rises」東日本大震災(2011/3/11)
伊藤雅浩「陽はまた昇る / The Sun Also Rises」は、21世紀の現代アート的視点で制作された風景作品としてセレクションした。本シリーズの特徴はカメラを使用しないで作品が制作されている点だろう。黒色の背景に分布している様々な大きさのカラフルなサークルは実は日本地図と重なる。伊藤は視覚で把握できない地震の作品化に挑戦。巨大地震の発生日を中心とし、前後6か月間に発生した震度1以上の地震を深度ごとに分類し、さらに各記号の直径を震度で表現し,地震規模と地震分布を可視化している。震源データは気象庁ウェブページ・震度データベースより引用。東日本大震災(2011/3/11)、阪神淡路大震災(1995/01/17)、熊本地震(2016/04/14)など、全9作品を展示。 彼の新作は、地球規模の環境を意識して制作された「植生図シリーズ」。これも21世紀の風景写真として秀逸だ。今回は展示できなかったが、シートで見せることは可能。興味ある人は声をかけてほしい。
Henri Cartier-Bresson,”Behind the Gare, St.Lazare,Paris France, 1932″ /TOP Collection:Reading Images
最近のカルチェ=ブレッソンの相場は、人気のある絵柄とそれ以外でかなり価格の幅が広くなってきている。本作は2017年10月にクリスティーズ・で行われたニューヨーク近代美術館の重複収蔵作品を売却するオンランオークションに出品されている。1964年にプリントされた約50X36cmの今回よりも大きめの作品。1.5~2.5万ドルの落札予想価格のところ8.125万ドル(@113/約918万円)で落札されている。MoMAコレクションのプレミアムが付いたのだろう。2011年11月に、クリスティーズ・パリの「HCB : 100 photographies provenant de la Fondation Henri
Cartier-Bresson」には、同作の現存する最古と言われている1946年プリントの、23X35cmサイズ作品が出品されている。こちらは12万から18万ユーロの落札予想価格のところ、43.3万ユーロ(@105円/約4546万円)で落札されている。
シンディー・シャーマンの初期代表作「Untitled Film Still」シリーズからも、1978年から1980年の4点が展示されている。
Cindy Sherman, “Untitled still #9, 1978” /TOP Collection:Reading Images
彼女はセルフ・ポートレート写真で知られる有名アーティスト。1977年、大学卒業後の23歳のときに本シリーズに取り組み始める。最初は自らがブロンドの映画女優に扮することから実験的に始め、その後、マリリン・モンローやソフィア・ローレンのなどの映画のワンシーンの架空のスティール写真を自らがヒロインとなるセルフポートレートとして製作していく。彼女はポップアート同様に映画という戦後の大衆文化を作品に取りこもうとしている。そして、ナルシシズムを感じさせる作品は、自作自演に酔うだけではなく、みずからが被写体になることでフィクションの中にリアリティーを見出そうとしている。同シリーズは1995年にニューヨーク近代美術館がAPを一括購入して相場は上昇した。展示されている作品とだいたい同サイズの約20x25cmサイズ、エディション10作品は、絵柄の人気度にもよるがだいたい12万~18万ドル程度からの評価となる。同シリーズの最高額は2015年5月にクリスティーズ・ニューヨークで取引された「Untitled Film Still#48」。エディション3、約76X101cmの巨大作品が、296.5万ドル(@120円/約3.55億円)で落札されている。
Hiroshi Sugimoto, “Regency, San Francisco,1992” /TOP Collection:Reading Images
今回のコレクション展に出品された「劇場(Theaters)」は、「海景(Seascapes)」と並ぶ杉本の代表シリーズ。彼は約40年間に渡り、消えゆく歴史的な劇場のインテリアを映画上映の光だけを利用して大判カメラで撮影している。カメラでの撮影は、映画の上映時間に合わせて行われる。結果的にスクリーンは輝く白い部分として残り、周囲の光が劇場内部を細部の装飾までを精緻に写し出している。彼は主に20~30年代に作られたクラシックな映画館を撮影。凝った作りのインテリアは、当時の急成長していた映画産業の文化的な証拠といえるだろう。 今コレクション展の中で杉本作品は特別扱い。「劇場(Theaters)」9点のための閉じた専用展示スペースが用意されている。423X541mmサイズ、エディション25の作品の相場は絵柄の人気度により1.5万~5万ドル。最近はやや勢いが衰えている印象だ。今回展示されている作品リスト061の“Regency, San Francisco,1992”は、2015年10月にフィリップス・ニューヨークで開催されたオークションで3.75万ドル(@120/約450万円)で落札されている。杉本の8×10″の大判カメラと長時間露光で制作された銀塩プリントは時間を凝縮した静寂の中に豊かな美しさを持っている。ぜひ近くに寄って劇場の細部まで鑑賞したい。
エドワード・ルシェの有名フォトブック「サンセット・ストリップのすべての建物,1966」も注目作品。
Edward Ruscha, “Every Building on the Sunset Strip, 1966” (フォトブックの部分画像) /TOP Collection:Reading Images
(2)「Norman Parkinson : Always in Fashion 」 (ノーマン・パーキンソン展)
From the roof of the Condé Nast building on Lexington Avenue. With a view of the Chrysler and Empire State buildings, New York, American Vogue, 15 October 1949.
Iconic Images/The Norman Parkinson Archive