2020年秋ニューヨーク
アート写真オークションレヴュー
コロナ禍でも市場は機能/売上額は減少

通常は10月に集中的日程で行われる大手業者によるニューヨーク定例公開アート写真オークション。今シーズンは春と同様に、コロナウイルスの影響により、開催時期の変更、オンライン開催などと各社がそれぞれの対応を行った。

クリスティーズは、9月30日に複数委託者による“Photographs”を、10月14日には単独コレクションからのセール“The Unseen Eye: Photographs from the W.M. Hunt Collection”をともにオンラインで開催した。
ササビーズは “Photographs”を、“Contemporary Photographs”と“Classic Photographs”の2部にわけて10月1日に開催。
フィリップスは、“Photographs”オークションを日程を10月14日にずらして開催している。

今秋のオークションは、コロナウイルスの影響が本格的に反映される初めての機会として注目された。結果は、3社合計で709点が出品され、480点が落札。不落札率は約32.3%だった。最終的な出品点数は2019年秋の772点(不落札率33.4.8%)から若干減少。不落札率はほぼ同様な水準で推移している。しかし2020年春の、1079点で799点落札、不落札率約25.6%と比べると、出品数が約34%減少、落札率も約6.7%悪化している。総売り上げは、約765万ドル(約8.42億円)で、2020年春の約1368万ドル(約15億円)、2019年秋の約1381万ドル(約15.2億円)から大きく減少。落札作品1点の平均落札額は約16,000ドル。2020年春の約17,000ドル、2019年秋の26,800ドル、2019年春の約38,000ドルルから大きく減少している。

各シーズンごとの合計売上の数字を比較すると、リーマンショック後に急激に落ち込んだ2019年春の約582万ドル以来の低い結果だった。2020年春秋合計のニューヨーク大手オークション売上は約2133万ドルで、2019年の年間約3528万ドルから約39.5%減少した。これも2009年の約1980万ドル以来の低水準だった。2020年のコロナウイルスの影響は、売り上げで見るとリーマンショック級のインパクトを市場に与えたということだろう。市場の先行きの見通しが不透明なときには、貴重な高額評価の作品は市場に出てこなくなる。どうしても中低価格の作品中心の売買となり、落札単価が下がり全体の売上高は減少する。

Phillips NY “Photographs”, László Moholy-Nagy, “Fotogramm1925-1928”

今シーズンの写真作品の最高額は、フィリップス “Photographs”オークションに出品されたラースロー・モホリ=ナジ(1895-1946)の、“Fotogramm, 1925-1928,1929”だった。落札予想価格8万~12万ドルのところ37.5万ドル(約4125万円)で落札された。
続いたのはクリスティーズ “Photographs”に出品されたリチャード・アヴェドンの大判156.2 x 149.8 cmサイズの“Tom Stroud, oil field worker, Velma, Oklahoma, June 12, 1980,1985”。落札予想価格8万~12万ドルのところ35万ドル(約3850万円)で落札された。本作は2000年10月13日のクリスティーズ・ニューヨークのオークションで3.525万ドルで落札された作品。ちなみに1年複利で諸経費を無視して単純計算すると約20年で約12.16%で運用できたことになる。

Christie’s NY “Photographs”, Richard Avedon “Tom Stroud, oil field worker, Velma, Oklahoma, June 12, 1980,1985”

ササビーズの“Classic Photographs”には、アンセル・アダムスの39.7X48.9cmサイズの30年代後半から40年代前半にプリントされた貴重な
“Clearing Winter Storm, Yosemite National Park, California, 1937”が出品された。こちらは落札予想価格20万~30万ドルのところ約27.7万ドル(約3047万円)で落札されている。

Sotheby’s NY “Classic Photographs” Ansel Adams “Clearing Winter Storm, Yosemite National Park, California, 1937”

今秋のオークションでは高額落札が期待された作品の不落札が目立った。
フィリップスでは、アンドレス・グルスキーの“Sao Paulo, Se, 2002”、落札予想価格40万~60万ドル、ササビーズの“Classic Photographs”に出品されたダイアン・アーバスの“A Family on their Lawn One Sunday in Westchester, N.Y., 1968”と、ヘルムート・ニュートン“Charlotte Rampling at the Hotel Nord Pinus II, Arles, 1973”がともに落札予想価格30万~50万ドルだったが不落札だった。

いまグルスキーをはじめドイツのベッヒャー派の作品相場は10年前と比べて大きく下落しているという。2011年に現代ドイツの写真家の作品はオークションで合計2,100万ドルを売り上げているが、2019年には総額が50%近く減少し、1,060万ドルになったとアートネット・ニュースは報じている。(アートネット価格データベースによる)今シーズンは相場がやや調整局面の中で、更なるコロナウイルスの影響による心理的要因が重なり、売り手も買い手が積極的にならなかったのだろう。だがグルスキーなどの市場での高評価に変わりはない。彼の人気の高い作品は既に美術館などの主要コレクションに収蔵されており、それらは再び市場に出ることがない。もし代表作がオークションに出品されることがあれば売上高も再び上昇するだろう。

いまニューヨークの株価は金融緩和の継続やワクチン開発期待を背景に高値で推移している。株価とアート市場とは関連があると言われている。富裕層のコレクターは株を持っているからだ。来春のシーズンには、コロナウイルスの感染者数が減少に転じ、株価も順調に推移すれば、高額作品の出品も増えてオークションの売り上げも回復してくるのではないだろうか。
ちなみにリーマンショック後の2019年春には売り上げが激減したものの、秋には急回復している。

(1ドル/110円で換算)

「テリ・ワイフェンバック/
Saitama Notes」  
@さいたま国際芸術祭2020

「さいたま国際芸術祭2020」は、今春に開催予定だったが新型コロナウイルスの感染拡大を受け延期になっていた。このたびウィズコロナ時代に対応したオンラインとオンサイト2つの作品鑑賞スタイルを採用し、感染予防のために完全予約制(日時指定)により開催が決定した。私どもの取り扱い作家テリ・ワイフェンバックの「Saitama Notes」シリーズもメイン会場の旧大宮区役所での展示がついに実現した。
今回のディレクターは映画監督の遠山昇司氏。彼はもともとワイフェンバック作品を写真集で見ていて、彼女の世界観を気に入っていたとのこと。彼が掲げたテーマは「花/flower」で、ぜひ彼女に埼玉の自然と花(特に桜)を撮って欲しい、という熱い希望により今回のプロジェクトは実現した。

テリ・ワイフェンバックとディレクター遠山昇司氏、2019年3月28日県庁にて

ワイフェンバックは2019年春に来日して浦和市に滞在。約2週間にわたり埼玉県各地を回り、見沼田んぼ周辺、見沼自然公園、名もなき小道などを積極的に散策して、桜の花などを含む自然風景を撮影した。
彼女の作品スタイルは日本の埼玉でも不変だ。誰も見たことのないような同地域の自然風景が作品化されている。撮影はソニーのα7Rシリーズで行われ、インクジェットプリントで出力後にアルミ複合板にマウント加工して、様々なサイズの約37点の作品が展示されている。
テストプリントを彼女の住むパリに何度も送り、スカイプを利用して色校正の指示を受けて手直しを行い、最終の展示作品を日本でプリント制作した。日本の業者は特に大きなサイズのプリントの場合、色を濃い目に調整しがちだ。彼女からは、多くのテストプリントの濃度が濃すぎると指摘された。
彼女の初期写真集の印刷は色彩が濃い目にプリントされている。それが意図的と勘違いする人もいるが、実際のオリジナルプリントはもっと色彩が抑えられているのだ。写真集とオリジナルプリントは全くの別物だと理解していると彼女は語っている。

会場の旧大宮区役所では、昭和の残り香が残る、やや廃墟然とした会場のたたずまいを、作品一部に取り込んで表現しているアーティストが多かった。しかしテリ・ワイフェンバックのスペースだけは壁面と照明がほぼ美術館同様に設営されている。主催者の作家への高いリスペクトを感じた。展示会場の一部には窓部分があり、外光を取り入れる会場の設計になっている。これは当初開催が予定されていた3月~4月にかけては、窓越しに桜並木が見られることによって企画された。窓越しの桜と、ワイフェンバックの大判の桜の作品のコレボレーション的な効果を考えたアイデアだった。 会期が秋になってしまい、残念ながら本物の桜との夢のコラボは実現しなかった。

2019年春の撮影直後には、彼女は埼玉の作品は2002年のイタリアで撮影された写真集「Lana」の延長線上にあると感じると語っていた。光の具合と空気の湿り気はイタリアと埼玉ではかなり違う。しかし展示作品のベースとなる画像をパソコン画像上で順番に見ていくと「Lana」と同じような印象の作品が多いと感じた。しかし、実際の展示を見た印象は予想とかなり違っていた。大きなサイズの、やや抽象的な作品を組で見せたり、咲いて散っていく桜の作品を並べて時間の流れとともに見せたり、つぼみの芽吹きや花が咲いていく過程を連作で提示し自然のダイナミックな動きを可視化し、壁面ごとに見せ方を工夫したかなりリズミカルな展示になっている。会場のレイアウトもすべてワイフェンバックのディレクション。これはアナログ時代には制作できなかった大判サイズの作品制作がデジタル技術の進歩により可能になったのだと思う。

彼女は写真のデジタル化により、鳥のような動きの速い被写体や、また光が弱い時間帯での撮影が可能になり、また抽象的作品の制作がより容易になった。同時にプリント作品制作と展示においてもより自由な表現が可能になったのだ。アナログ時代の彼女の展示では、大きめのタイプCプリントで制作された作品は整然とフレームに入れられて並べられていた。アーティストは自分のシャッターを押した時の感動を写真展でできるだけ忠実に再現したいと考える。しかし、アナログ時代はプリントサイズなどに限界があり、ある程度の妥協が求められたのだろう。

デジタル時代になり、IZU PHOTO MUSEUMで開催された「The May Sun」展あたりから、彼女は表現の一部として自由に空間を演出するようになった。今回は本人不在にもかかわらず、彼女の意図がほぼ正確に反映された展示になっていると思う。会場設営の実務を的確に行った実行委員会のチームがとても良い仕事をしたと評価したい。

本展では、アーティストの感動から生み出された自然風景の作品が、どのように解釈されて実際の展示に落とし込まれるかが見事に例示されている。展示自体も本展の見どころになっている。風景で作品を制作している写真家は必見だろう。今回の写真作品は、特徴がないと見逃されていた埼玉の自然風景が、多くのアマチュア写真家に再発見されるきっかけになるのは間違いないだろう。私は主催者に、絶対にテリ・ワイフェンバックの撮影した場所を地図化して一般に公表すべきだと提案したくらいだ。北海道にはマイケル・ケンナが写真撮影したということでアマチュア写真家の聖地となった洞爺湖畔などの地がある。埼玉にもテリ・ワイフェンバックが撮影したことで有名になる場所がいくつも生まれるのではないだろうか。彼女の写真を見たことで、個人的にも見沼自然公園とその周辺には行ってみようと考えている。

最近のワイフェンバックは、日本でのプロジェクトが続いている。2015年に静岡、奈良、そして2019年に埼玉を撮影している。特に、2015年に伊豆三島に長期間滞在して撮影された「The May Sun」は、彼女のライフワーク的な風景作品に重要な意味をもたらすことになる。彼女は場所の持つ気配を感じ取って写真表現するのを得意とする。2005年には、オランダ北東部のフローニンゲン(Groningen)で行われた「Hidden Sites」プロジェクトに参加。時代の変遷により歴史から消えた場所(Hidden Sites)の気配を写真作品で新たに蘇らせている。伊豆三島では、歴史を大きく遡って古の日本人が伊豆の山河に感じた神々しさ、言い変えると八百万の神を意識し、自然に美を見出す「優美」の表現に挑戦している。西欧人作家による日本の伝統的な美意識への気付きは極めて重要だ。同作は視点を変えると、自然を神の創造物ととらえ、人間が支配管理するという近代西洋の考え方の限界を提示しているとも解釈できる。初期作から続く日常の自然風景の作品は、日本の自然美が加わったことで、いま世界的に広がっている地球の温暖化対策や環境保護という大きなテーマにつながったのだ。
今回も全く同じスタンスで埼玉を撮影している。一貫した大きなテーマは不変で、その延長線上として埼玉の春の美しい自然風景を紡ぎだしたのが今回の展示なのだ。IZU PHOTO MUSEUMでの「The May Sun」の作品展示を見た人なら、会場に足を踏み入れた瞬間にその意味が直感的に理解できるのではないだろうか。
会期は11月15日まで、週末はあと2回だけ。ぜひお見逃しなく!

「さいたま国際芸術祭2020 (花 / flower)」
「テリ・ワイフェンバック/Saitama Notes)」
開催期間:2020年10月17日(土)- 11月15日(日)/完全予約制(日時指定)
会場:メインサイト 旧大宮区役所2階

公式サイト

予約サイト

「さいたま国際芸術祭2020」が
10月17日から開催決定!
「テリ・ワイフェンバック/
Saitama Notes」が初公開


Saitama Triennale 2020 / Photo: MARUO Ryuichi

今春開幕を予定していた数々のアート関連イベントは、新型コロナウィルスの感染拡大と政府の緊急事態宣言発令により中止や延期になった。

「さいたま国際芸術祭2020」も、今回のディレクター遠山昇司が掲げるテーマ「花/flower」をもとに、当初3月14日~5月17日に開催される予定だった。残念ながら感染者の急増を受けて延期となってしまった。
私どもの取り扱い作家テリ・ワイフェンバックも、「Saitama Notes」シリーズをメイン会場の旧大宮区役所で展示する予定だった。実は作品展示は既に終了していたのだが、延期の決定を受けていったん全作品を撤収したという経緯がある。現在パリ在住のワイフェンバック本人も3月5日に来日してオープニングに備える予定だったが、こちらも急遽キャンセルになってしまった。


Saitama Triennale 2020 / Photo: MARUO Ryuichi

約6か月が経過しても新型コロナウィルスの感染拡大はまだ収束していない状況だ。私たちはウイルスと共存しながら社会活動を行うニューノーマルの時代を生きなくてはならなくなった。
「さいたま国際芸術祭2020」も、すでに多くの作品が完成していたことから、新型コロナウィルス禍が続く中、感染予防に対応した新しいスタイルでの開催を迫られた。当初予定していた50組以上のアーティストやプロジェクトが参加する大規模での開幕は残念ながら変更され、ウィズコロナ時代に対応したオンラインとオンサイト2つの作品鑑賞スタイルを採用し、感染予防のために完全予約制(日時指定)で開催することになった。


Saitama Triennale 2020 / Photo: MARUO Ryuichi

テリ・ワイフェンバックの「Saitama Notes」シリーズも、当初の予定通りメインサイト(旧大宮区役所)で展示される。これは彼女が2019年春に来日して浦和に滞在し、約2週間にわたり埼玉県各地を精力的に回り、桜の花などを含む自然風景を撮影した珠玉の作品。彼女の作品スタイルは日本の埼玉でも不変だ。誰も見たことのないような埼玉の自然風景が作品化されている。
「さいたま国際芸術祭2020」開催期間はわずか1か月に短縮されたので、ぜひお見逃しのないように!完全予約制(日時指定)で入館日の2日前までに予約が必要となる。オンラインでワイフェンバック作品のエッセンスを伝える動画も最近公開された。


Saitama Triennale 2020 / Photo: MARUO Ryuichi

ブリッツも同芸術祭での展示に合わせて、ブリッツ・アネックスでテリ・ワイフェンバック作品を展示する。内容は今春に2週間開催して延期になり、その後に予約制で再開した「Certain Places」からのセレクションとなる。コンパクトに彼女の写真家キャリアを回顧できる内容だ。ただしスペースの関係で春に紹介された全作品の展示は行わない。作品はもちろん購入可能、希望作品の海外からの取り寄せも行う。限定数だが、写真集や過去のカタログの販売も行う。一部にはサイン本も含まれる。今春の写真展に来られなかったワイフェンバックのファンはぜひこの機会に来廊してほしい。
ブリッツで現在開催中の「Pictures of Hope」展と同じく完全予約制となる。

また伊豆三島のヴァンジ彫刻庭園美術館でも、テリ・ワイフェンバック作品を含むグループ展「センス・オブ・ワンダー もうひとつの庭へ」が10月31日まで開催中だ。

本来は春に、三島、東京、大宮の3か所でワイフェンバック作品の同時展示を企画していた。新型コロナウイルスの影響で延期されていたが、やっと10月にそれが実現することになった。しかし残念ながら作家本人の来日は中止となってしまった。

1.「さいたま国際芸術祭2020 (花 / flower)」
 「テリ・ワイフェンバック/Saitama Notes)」
開催期間:2020年10月17日(土)- 11月15日(日)
*完全予約制(日時指定)
会場:メインサイト:旧大宮区役所
   アネックスサイト:旧大宮図書館
   スプラッシュサイト:宇宙劇場、大宮図書館、埼玉会館ほか

公式サイト

予約サイト

2.「テリ・ワイフェンバック/Certain Places(アンコール開催)」
開催期間:2020年10月17日(土)- 11月15日(日)
     1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料 
*完全予約制(日時指定)   
会場 : ブリッツ・アネックス

(ご注意)今春に開催した「Certain Places」からのセレクションです。ただしスペースの関係で春に紹介したすべての作品の展示は行いません。

ブリッツ・ギャラリー公式サイト

予約フォーム

3.「センス・オブ・ワンダー もうひとつの庭へ」
参加作家:テリ・ワイフェンバック、杉戸洋、須藤由希子、ロゼリネ・ルドヴィコ、クリスティアーネ・レーア、須田悦弘、川内倫子
開催期間:2020年3月20日(金)- 10月31日(土)
     10:00~17:00/ 休廊 水曜日 / 入館料 大人1200円

・公式サイトhttps://www.clematis-no-oka.co.jp/vangi-museum/

80年代にアフリカ系米国人の希望を作品化
中村ノブオ「ハーレムの瞳」

今年はアフリカ系米国人に対する警察の残虐行為に抗議して、米国各地でデモが相次いだ。その後、非暴力的な市民的不服従を唱えるブラック・ライヴズ・マター (BLM)運動が世界中で注目されるようになった。また全米オープンテニス優勝者の大坂なおみ氏が、黒人襲撃の抗議のために過去の犠牲者の名前を記したマスクを着用したことも大きなニュースとして紹介された。
私が少し驚いたのは、多くの企業が自らの政治的な立場を明らかにしたことだった。従来は、異なる考えを持つ関係者への配慮から、企業は社会的な問題にはニュートラルな立場を貫いていた。つまりなにも発言しないということだ。アート業界でも差別に反対する声明が多くのアーティスト、ギャラリー、美術館から発せられた。私のもとにも自らの立場を明確にするメッセ―ジが書かれたメールが各所から数多く届いた。沈黙することは現状容認を意味するという強い意思表示が感じた。

私はこの一連の動き見て、即座に中村ノブオの写真作品「ハーレムの瞳」を思い出した。そして、どんな形でもこの時期に日本の人に彼の作品を見せなければならないと考えた。

ⓒ Nobuo Nakamura

同作は80年代にニューヨークのハーレムで暮らす人たちの日常を、社会の内側からディアドルフ8X10”大型カメラでドキュメントしたもの。アフリカ系米国人たちへの高いリスペクトが感じられる作品としていま現地でも再注目されている。作品が永久保存されているブルックリン国立博物館が最近発行した、ブラックコミュニティーと権利を主張する為に「みなで選挙に行きましょう!」と呼び掛けるニュースレターにも、中村の作品が紹介されている。

ⓒ Nobuo Nakamura

中村ノブオは、1946年福島県三春町出身。東京写真専門学校卒業後、1970年に何もコネクションを持たずにプロの写真家を目指して無謀にもニューヨークへ渡る。写真で独立するという自らの強い信念が幾多もの幸運を呼び寄せ、広告写真家のアシスタントに採用される。その後、写真撮影の経験を積み1981年にはフリーカメラマンとして憧れの地で独立する。
30歳代の中村が写真家の可能性を試すために行なったのが、当時は治安が極端に悪かったアフリカ系米国人が多く住むハーレムでの写真撮影だった。若きチャレンジ精神豊かな中村は、大胆にも誰も行なっていない8X10”の大型ビューカメラでの撮影に挑戦する。ハーレムでの撮影といえばブルース・デビッドソン(1933 – )の「East 100th Street」(1970年刊)が有名だが、彼はリンホフ・テヒニカの4X5”カメラを使用している。中村によると、ハーレムのストリートで三脚を立て、暗幕の中でピントを合わせるときは、緊張で心臓の鼓動が聞こえ、冷や汗が流れたそうだ。どこからともなくブルースが流れるハーレムの町中での撮影中、中村の頭の中では日本ブルース、演歌のメロディーが流れていたそうだ。色々な幸運に恵まれて週末のハーレムでの撮影が数年間続く。治安が悪いことを恐れて隠し撮りしなかったこと、奥さん、子供を同伴させたこと、撮影した被写体の人には後日写真をプリントしてプレゼントしたこと、などが住民の暖かい撮影のサポートが得られた理由だったかもしれない、と中村は語っている。

ⓒ Nobuo Nakamura

様々な努力の結果、彼はハーレムの住民のコミュニティーの中に見入り込むのに見事に成功している。彼の作品のモデル達は皆リラックスしている。その表情には緊張感を全く感じられないどころか、笑顔が見られる作品も多い。中村のカメラはハーレムの人々の隠された穏やかな人間性までも引き出しているのだ。当時の事情を知らない若い人は、作品を見て「笑顔が絶えないハート・ウォーミングな街ハーレム」のような印象を持つのではないだろうか。中村の作品は、当時の「危険で怖いアフリカ系米国人が住む街ハーレム」は、アップタウンに住む白人や旅行者の抱いていたイメージだった事実を明らかにしてくれる。
またハーレムに住む人々のドキュメントは、まるで綿密に何気なさが計算された高度なファッション写真のようにも見えてくる。いや1980年代のニューヨークの雰囲気、気分、スタイルをとらえた一流のアート系ファッション写真としても通用するだろう。

ⓒ Nobuo Nakamura

1980~1984年に撮影された一連の作品はニューヨークの写真界で高く評価され、ブルックリン国立博物館、ニューヨーク市立図書館ショーンバークセンター、ニューヨーク市立博物館などでコレクションされている。また中村が1984年に帰国後、1985年に写真集『ハーレムの瞳』(築摩書房刊)としてまとめられている。80年代中ごろに帰国し東京に事務所を開き、その後は広告分野で活躍。2000年に新宿コニカ・プラザで個展「MIHARU」を開催している。
ブリッツでは、アート・フォトサイト・ギャラリーで2004年に「New York City Blues」、2006年に「How’s your Life?」を開催。「Pictures of Hope」展では、中村ノブオ「ハーレムの瞳」を特別展示。代表作と貴重なヴィンテージ・プリントを特集して展示している。80年代にいち早くアフリカ系米国人の未来への「Hope(希望)」を意識して作品制作を行っていた中村の業績にぜひ再注目したい。

「Pictures of Hope」-ギャラリー・コレクション展 –
2020年9月18日(金)~ 12月20日(日)
予約制で開催/1:00PM~6:00PM/休廊 月・火曜日/入場無料
ブリッツ・ギャラリー

・来場予約は公式サイト予約フォームからどうぞ 

「Pictures of Hope」展
9月18日より予約制で開催!

ブリッツ・ギャラリーは、国内外の複数写真家による、Hope(希望)が感じられる、想像できる写真作品をコレクションしたグループ展「Pictures of Hope」を9月18日から開催する。
ギャラリーは美術館などと違い展示スペースが狭い。多くの集客を目指すような写真展は来廊者のソーシャル・ディスタンスがとりにくく、新型コロナウイルス感染が終息するまでは開催が困難だ。本展はウイルス感染防止対策を行った上で、事前の完全予約制での開催となる。

2000年代に話題になった山田昌弘の「希望格差社会」(2004年、筑摩書房刊)では、社会心理学者ランドルフ・ネッセによる「希望とは努力が報われると思うときに生じる、絶望は努力してもしなくても同じだと思うときに生じる」という定義を紹介している。同書では、ポスト工業社会への移行がさらに進み、経済格差拡大が希望格差につながり、社会の活力を大きく損なう時代の到来を予言していた。2010年代以降、それは現実となり格差社会はさらに進行。そのような状況の中、今年春に新型コロナウイルスが世界的猛威を振るい、いまだに感染が続いている。いま私たちはコロナウイルスと共に生きるという、新しい生活様式への対応を求められている状況だ。また追い打ちをかけるように、地球温暖化による猛暑や豪雨などの気候変動も多発している。
厚生労働省と警察庁の集計によると、8月の自殺者数が1849人(速報値)となり、前年同月比で246人増加したという。いま多くの人が急激な環境変化に対応できず、心が折れてしまい、希望までもなくしてしまうような状況なのではないだろうか。

左から”Norman Parkinson”,”Robert Doisneau”,”Elliott Erwitt”の作品

このような時代だからこそ、あえてベタな「Hope(希望)」を思い起こさせる写真をギャラリー・コレクションからセレクトしてみた。それらは、人間愛、愛情、協力、ハーモニー、ポジティブさを感じさせる、未来志向でダイナミックな写真。本展は、ネガティブに陥りがちな私たちの気持ちを、ひと時でも新たな視点から見直すきっかけを提供してくれるかも知れないと期待したい。

すでに亡くなった20世紀の有名写真家から、現在活躍中の写真家までのモノクロ、カラーによる珠玉の約30点を展示する。

“Rehearsal at the Hudson River, 1983” ⓒ Nobuo Nakamura

(特集) 中村ノブオ「ハーレムの瞳」

いまアフリカ系アメリカ人に対する警察の残虐行為に抗議して、非暴力的な市民的不服従を唱えるブラック・ライヴズ・マター (BLM)運動が世界中で注目されている。80年代にハーレムで暮らす人たちの日常を、社会の内側から、デアドルフ8X10”大型カメラでドキュメントした中村ノブオ「ハーレムの瞳」シリーズは、アフリカ系アメリカ人たちへの高いリスペクトが感じられる作品としていま再注目されている。作品が永久保存されているブルックリン国立博物館が最近発行した、ブラックコミュニティーと権利を主張する為に、「みなで選挙に行きましょう!」と呼び掛けるニュースレターにも、中村の作品が紹介されている。80年代、彼はいち早くアフリカ系アメリカ人の「Hope(希望)」を意識して作品制作を行っていたのだ。
「Pictures of Hope」展では、中村ノブオ「ハーレムの瞳」を特集する。代表作と貴重な当時にプリントされたヴィンテージ・プリントを展示する。80年代のハーレムのファッションも必見だ。

予約はフォームにて承ります。

(参加アーティスト)

ロベール・ドアノー (Robert Doisneau, 1912-1994)
マイケル・デウィック (Michael Dweck)
エリオット・アーウイット (Elliott Erwitt)
ケイト・マクドネル (Kate MacDonnell)
マーカス・クリンコ (Markus Klinko)
カート・マーカス (Kurt Markus)
テリー・オニール (Terry O’Neill, 1938-2019)
ノーマン・パーキンソン (Norman Parkinson, 1913-1990) 
ハーブ・リッツ (Herb Ritts, 1952-2002)
ウィリー・ロニス (Willy Ronis, 1910-2009)
ジャンル―・シーフ (Jeanloup Sieff, 1933-2000)
デボラ・ターバヴィル (Deborah Turbeville, 1932-2013)
テリ・ワイフェンバック (Terri Weifenbach)
鋤田 正義 (Masayoshi Sukita)
中村 ノブオ (Nobuo Nakamura)
ハービー・山口 (Herbie Yamaguchi)
など

「Pictures of Hope」-ギャラリー・コレクション展 –

2020年9月18日(金)~ 12月20日(日)
1:00PM~6:00PM/休廊 月・火曜日/入場無料
*予約制

ブリッツ・ギャラリー
〒153-0064  東京都目黒区下目黒6-20-29  TEL 03-3714-0552 http://www.blitz-gallery.com

2020年前半のアート写真市場
コロナ禍でもオンライン・オークションが機能する

通常は3月下旬から4月上旬にかけてニューヨークで行われる大手業者による定例公開アート写真オークション。今シーズンはコロナウイルスの影響で、メインの複数委託者による“Photographs”オークションへの対応が、開催時期の変更、オンライン開催などと各社で分かれた。また通常は夏休みに入る7月まで、単独コレクション、企画もののオンライン・オンリーのセールが複数開催される事態となった。

ちなみにメインの“Photographs”を含めて、ササビーズ4件、クリティーズ4件、フィリップスが2件を開催。3社合計で1079点が出品され、799点が落札。不落札率は約25.6%だった。最終的な出品点数は2019年春の739点(不落札率24.8%)、2018年春の761点(不落札率26.5%)から大幅に増加。不落札率はほぼ同様な水準で推移している。
一方で総売り上げは、約1381万ドル(約約15億円)。2019年春の2146万ドル、2018年春の1535万ドルからは減少。しかしほぼ2019年秋と同じレベルを確保している。従って落札作品1点の平均落札額は、2020年春は約17,000ドル(約187万円)だった。2019年春の約38,000ドル、2018年春の約27,000ドルから大きく減少している。

New York アート写真オークション3社売り上げ Spring/Autumn

今シーズンの写真作品の最高額は、既報のように7月10日にクリスティーズが実施した企画オークション「ONE, a global 20th-cantury art auction」に出品されたリチャード・アヴェドンの代表作「Dovima with Elephants, Evening Dress by Dior, Cirque d’Hiver, Paris, 1955/1979」。落札予想価格は80~120万ドルのところ、なんと181.5万ドル(約1.99億万円)で落札されている。ファインアート写真中心のオークションでの最高額は、ササビーズの“Photographs”に出品されたラズロ・モホリ=ナギの「Photogram cover for the magazine Broom, 1922」。落札予想価格40~50万ドルのところ52.4万ドル(約5764万円)で落札された。続いては、ササビーズの“Photographs from the Ginny Williams Collection”の、ティナ・モドッティ“Interior of Church Tower at Tepotzotlán, 1924”。落札予想価格20~30万ドルのところ50万ドル(約5500万円)で落札された。

Sotheby’s, Tina Modotti “Interior of Church Tower at Tepotzotlán, 1924”

同セールでは、エドワード・ウェストンの美術館での展示歴のあるヴィンテージ・プリント“DUNES, OCEANO, 1936”も、落札予想価格12~18万ドルのところ37.5万ドル(約4125万円)で落札されている。
モドッティの次は、既報のようにフィリップスの“Photographs”ではアンセル・アダムスによる壁画サイズ99.1 x 160.7 cmの“Winter Sunrise, Sierra Nevada from Lone Pine California, 1944”となる。落札予想価格30~50万ドルのところ41.25万ドル(約4537万円)で落札されている。

世界市場に目を向けると、2020年7月末までにニューヨーク、パリ、ウィーン、ベルリン、ケルンなどで17件の“Photographs”関連オークションが開催されている。合計2462点が出品され、1664点が落札。不落札率は約32.4%。円貨換算の売り上げ合計が約19.9億円。ちなみに2019年前半の結果は、欧米で18件のオークションが行われ、合計2723点が出品され、1838点が落札。不落札率は約32.5%。円貨換算の合計が約43.2億円だった。出品数、落札率はほぼ変化がないものの、売り上げが約54%減少。1点当たりの落札金額が、約234.8万円から約119.5万円へと約49%減少している。これはコロナウイルスの影響でほとんどがオンライン中心のオークションになったことで、貴重で評価の高い作品の委託が減少するとともに、中価格以下の作品の出品が増加したからだと思われる。

また今シーズンは、最低落札価格がない、もしくは極めて低いレベルに設定されていたオンライン・オークションが、ササビーズ“Legends, Landscapes, and Lovelies”、“The Ginny Williams Collection: Part II” の2件、クリスティーズ“Walker Evans: An American Master”、“From Pictorialism into Modernism: 80 Years of Photography”の2件が行われた。以前にも紹介したように、これらのセールは、19世紀/20世紀写真が多かった。全作落札されたものの、一部作品が極端に低い、やや投げ売りのような印象さえある価格で落札されているのだ。これが売り上げ総額を引き下げた一因だと思われる。
市場を取り巻く環境はコロナウイルスの影響で非常に悪いと言えよう。委託者にはオークション出品見合わせで、様子見という選択肢もあったと思う。しかし、あえて厳しい環境下で出品を強行したのは、感染の終息まで待ってもこの分野の写真作品の相場が大きく改善する可能性は高くない、またさらに悪化する可能性すらあるという判断なのかもしれない。

南半球が夏期を迎えたに関わらず、世界的にコロナウイルス感染が収まる気配がない。空気が乾燥する秋以降の第2波に対する懸念も問い沙汰されている。2020年前半、各オークションハウスの努力により、オンライン・オークションが十分に機能することは明確になった。大手各社の危機時の積極的かつ柔軟な対応が非常に印象深かった。全体的には、ニューヨークの大手業者の結果はオンライン・オークションにより昨秋並みを確保しているものの、米国、欧州の中小業者はかなり苦戦したという構図だ。秋冬も同じようなやり方が踏襲しつつも、新たな企画の試行錯誤が行われると予想される。ただし、委託者は引き続き高額評価の作品の出品を先送りすると思われる。

一方で業務の100%オンライン化が難しいギャラリーは、コロナウイルスの先行きが読めない中で、秋冬の展示企画に本当に頭を悩ませていると聞いている。多くの集客なしでも可能なビジネス企画を考えないといけないのだ。わたしどものギャラリーも他人ごとではない。

(1ドル/110円で換算)

(連載)アート系ファッション写真のフォトブック・ガイド(14)
アレクサンダー・リーバーマン関連本の紹介(Part-3)

ロシア出身のアレキサンダー・リーバーマン(1912-1999)は、1940年代初頭にニューヨークでヴォーグ誌を発行するコンデ・ナスト出版での仕事を開始する。1960年から1994年まで同社のエディトリアルディレクターを務めている。
彼は、長い伝統を持つヴォーグ誌を、斬新なヴィジュアルとデザインを取り入れ、大胆で生き生きとした現在の姿に変貌させた功績や、戦後の代表的ファッション写真家のアーヴィング・ペンを見出したことで知られている。彼はまた、写真家、アーティスト、グラフィックデザイナーとしても尊敬されていた。
リーバーマンの連載(Part-3)では、関連フォトブックを紹介する。

・”The Artist in His Studio” (Viking Press NY, 1960)
ハードカバー: 144ページ、サイズ 約24.8 x 2.5 x 33 cm、
多数の図版を収録

リーバーマンは、絵画や彫刻の分野で成功を収める前は、写真家として活躍していた。1948年から1950年代にかけて夏休みを利用して、ポール・セザンヌ、ジョルジュ・ブラック、アンリ・マティス、モーリス・ユトリロ、マーク・シャガール、マルセル・デュシャン、コンスタンティン・ブランクーシ、パブロ・ピカソ、アルベルト・ジャコメッリなど、主にエコール・ド・パリ時代に活躍した32名におよぶ画家、彫刻家たちのアトリエを訪れ、写真を撮影。当時は画家志望が強かった若きリーバーマンが、有名アーティストの創作のプロセスや秘密をアトリエ撮影で発見しようとしたのがプロジェクトのきっかけだった。1959年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で、リーバーマンが撮影したアーティストとそのスタジオの写真が展示される。これらの写真は、バイキング・プレス社から1960年に出版されたリーバーマン最初の本“The Artist in his Studio”に収録。1988年にはランダム・ハウス社から拡大判が再版されている。

・”The Artist in His Studio” (Random House NY, 1988)
ハードカバー: 292ページ、サイズ 約24.8 x 2.5 x 32.4 cm、
多数の図版を収録

1988年にランダム・ハウス社から再版された拡大判。カラー161点、モノクロ55点を収録している。表紙のカラー図版は、ピカソと共にキュービズムを始めたジョルジュ・ブラック(Georges Braque、1882-1963)のパリのスタジオ写真。カーテン・システムにより、アーティストが太陽光の強さを調節でき、また様々な場所に制作スペースがある様子を撮影している。

・”THEN / Alexander Liberman Photographs 1925-1995″
(Random House, 1995) ハードカバー、サイズ 23.5 x 30cm、約256ページ、約200点以上のモノクロ図版を収録

何気ないスナップなのだが、その中に世界的な各界の著名人のポートレートが何気なく含まれている。リーバーマンと被写体との深い関係性がこのような親しみのある写真撮影を可能にしたのだ。アート作品になりうるポートレート写真のお手本だと言えよう。1925年のフランス・シャモニーで12歳の時の学校の仲間の写真から、1995年にマイアミの自宅周辺で撮影した友人たちの写真まで、コンデナスト時代からのアーティスト、写真家、ファッションデザイナー、ライター、エディター、建築家などとの交流のドキュメント。

“Then” Page 150-151、カルチェ=ブレッソンのスナップ、撮影リーバーマン

それらには、アルベルト・ジャコメッリ、ジャスパー・ジョーンズ、パブロ・ピカソ、マルク・シャガール、リー・ミラー、ロバート・ヒューズ、ウラディミール・ホロヴィッツ、ココ・シャネル、イヴ・サンローラン、トルーマン・カポーティ、ル・コルビジェ、アナ・ウィンター、ティナ・ブラウンなど。写真好きな人には、アーヴィング・ペン、デヴィッド・ベイリー、ヘルムート・ニュートン、ブラッサイ、セシル・ビートン、写真を撮らせないことで有名なカルチェ=ブレッソンのスナップ、そしてリーバーマンの被写体とのエピソードが綴られたコメントが興味深いだろう。ペンのことを「彼は私たちの生活にモダニティをもたらした、写真と私たち人間のヴィジョンに革命を起こした」と記している。

・”It’s Modern.: The Eye and Visual Influence of Alexander Liberman” Charles Churchward (Rizzoli, 2013)
ハードカバー、サイズ 25.3 x 3.3 x 31.4 cm、約240ページ、
多数の図版を収録

リーバーマンは、世界で最もパワフルなエディトリアル・アートディレクターの一人であっただけでなく、写真家、アーティスト、グラフィックデザイナーとしても尊敬されていた。本書では、著者のファッション誌のアートディレクターとして名高いチャーチワードが、リーバーマンのヴォーグなどの商業的な仕事の実績と、アート作品を大胆にも並列に紹介。彼の両分野にまたがる創造的視点とインスピレーションを称賛。彼が、アート、写真、デザイン、雑誌の仕事、社会生活を通して、私たちの視覚文化に影響を与え、変化をもたらした事実を紹介している。本書には、個人的なアーカイブ写真、テキスト、アート作品と、重要な友人や協力者による写真を収録。パーソナルライフやインスピレーションが作品同様に魅力的であった天才リーバーマンの完全なる全体像が提示されている。マティス、ベアトン、リーボヴィッツ、ニュートン、リッツ、ブラッサイ、パークス、ホルスト、ピカソ、アヴェドン、ペンなどによる作品も収録。

つづく

海外最新オークション情報 (Part-2)
現代アート化する20世紀写真

前回は、大判サイズのアイコン的ファッション写真が市場で現代アート作品として高額で取り扱われる事例を紹介した。同様の事例は、モノクロの抽象美とファインプリントの美しさを愛でる20世紀写真でも散見される。

7月13日にフリップス・ニューヨークで「Photographs」オークションが開催された。これは春のオークションがコロナウイルスの影響で延期されたもの。最注目作品だったのが20世紀写真の代表的写真家アンセル・アダムスの壁画サイズ99.1 x 160.7 cmの「Winter Sunrise, Sierra Nevada from Lone Pine California、1944/1967」。落札予想価格は30~50万ドルのところ、41.2万ドル(約4532万円)の同オークションでの最高額で落札された。

Phillips New York “Photographs”, Ansel Adams, 「Winter Sunrise, Sierra Nevada from Lone Pine California 1944/1967」

アンセル・アダムスの壁画サイズの巨大作品は1930年代に主にパブリック・アートとして考案され制作されている。フリップスの資料によると、最初にこのサイズの写真作品が展示されたのは1932年ニューヨーク近代美術館で開催された「Murals by American Painters and Photographers」。同展カタログでアート・ディーラーのジュリアンレヴィ(Julian Levy)は、「良い壁画は、単に小さな写真を機械的に拡大したものではありません。拡大された壁画は新しい独立した作品であり、写真の最終的なスケールを事前に視覚化していない写真家は、たいていの場合、その結果に驚きと落胆を覚えるでしょう」と書いている。その後、1935年にアンセル・アダムスは、ヨセミテパーク&カレーカンパニーの依頼でヨセミテ国立公園の壁画サイズ作品を初めて製作している。主にアメリカン・トラスト・カンパニー(後のウェールス・ファーゴ銀行)やポラロイドなどの企業の依頼でこのサイズの作品を限定数制作している。本出品作品は、Schwabacher Brokerage Companyの依頼で1967年に制作依頼された作品。その後、弁護士Roger Poynerに購入され、彼の法律事務所に展示されていた。大きな特徴は保険目的で依頼された、アンセル・アダムスのサイン入り作品証明書が付いていること。通常、このサイズ作品は、当初は展示目的であり、裏打ちされることからサインは入らない。興味深いのは、この手紙には同作の1969年の価値が600ドルで、保険つまり再制作費用は、その60%の360ドルだと記していること。
本作は、約53年で約686倍、年複利で計算すると約13.1%程度で運用できた計算になる。

Christie’s, The Range of Light : Photographs by Ansel Adams”

アンセル・アダムスの同じ壁画サイズの“Winter Sunrise, Sierra Nevada from Lone Pine, California,1941”作品は、2014年4月3日にクリスティーズで行われた、アンセル・アダムス単独オークション“The Range of Light : Photographs by Ansel Adams”に出品されている。2014年の米国は穏やかな景気回復が続いており株価も堅調だった時期だ。同作はカタログ表紙を飾り、サイズはやや小さい約92X139cm。落札予想価格は30万~50万ドル(約3000~5000万円)のところ、54.5万ドル(当時は1ドル100円/約5450万円)で落札されている。
今回のウィズ・コロナ時代においてのオークション高額落札は、2014年の落札が決して偶然の競り合いによる結果でなかったことを証明しているだろう。

ちなみに、アンセル・アダムスの最高額は巨大な壁画サイズ作品ではない。ササビース・ニューヨークで2006年10月17日に開催されたオークションに出品された小さい14X19″サイズの代表作“Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941”。彼のアシスタントを勤め、生涯の友人だった写真家パークル・ジョーンズのコレクションからの出品。プリントが極めて困難だったネガを再処理する以前の1948年にプリントされた初期作品。1000枚以上プリントされたといわれる作品だが、その中でも抜群の来歴と希少性を兼ね備えていた。落札予想価格は15~25万ドルのところ、約60.96万ドル(1ドル115円/約7000万円)で落札されている。

Sotheby’s New York, Ansel Adams “Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941”

2000年代になり、アンセル・アダムスの木製パネルなどに貼られていた巨大作品の高額落札が定着してきた。1990年代には、それらはサインがないし、作品むき出しによるコンディションの問題もあり、ポスター的な作品と考えられており、市場の評価も決して高くなかった。近年の傾向は、アダムスはアナログ銀塩写真のサイズの限界に挑戦していたアーティストだったことが現代アート的視点から再評価されている証拠。いま主流の現代アート系写真の元祖的な存在で、巨大作品はその象徴だと認識されているのだ。もし状態の良い、優れた来歴の作品が市場に出てくれば今後も高値による落札が続くのではないか。

一方で、最近は現代アートの視点で作家性が再評価されない20世紀写真も顕在化している。それらは、知名度のある作家の代表作にコレクターの興味が集中する傾向がある。いま市場では、ファッション系を含む一部の20世紀写真と現代アートとの融合が着実に進行中なのだ。

(為替レートは1ドル110円で換算)

海外最新オークション情報(Part-1)
現代アート化する巨大ファッション写真

Christie’s「ONE, a global 20th-cantury art auction」

平常時の5月から6月にかけては、ニューヨーク、ロンドンで印象派、モダン、戦後アート、現代アート作品などの主要作品のライブ・オークションが開催される。しかし今シーズンは、コロナウイルスの影響で状況が一変した。大手のサザビーズ、クリスティーズ、フィリップスは、開催者、参加者の健康を考慮した、ライブ・ストリーミングなどを利用した新しい仕組み構築を短期間に求められた。多くは手探り状態で開催されたが特に大きな混乱はなかったようだ。結果をみるに、買い手の興味は、パンデミックがきっかけの景気悪化懸念の中でも大きく減速していないようだった。しかし、売り手は高額落札の可能性が薄い市場環境だとの判断から、貴重な良品を消極的に提供しようとしなかったようだ。

その中でも注目されたのが、7月10日にクリスティーズが実施した、「ONE, a global 20th-cantury art auction」。これは複数パートからなるライブ・セールが、アート界の主要ハブの、香港、パリ、ロンドン、ニューヨークを連続して移動しながら、時差を超えてリアルタイムで開催するもの。クリスティーズによると、「各地展示室のオークショナーが中心となって、イブニング・セールの興奮とドラマを、世界中の対面式とオンラインの両方の観客に向けて新たなセール体験を提供する試み。今回のグローバルセールでは、カテゴリーを超えた、国境を越えたアートが一つの究極のビジョンの中に集結し、この特別な時代とその先のための前代未聞のイベントとなります」とのこと。

Christie’s 「ONE」auction, Richard Avedon 「Dovima with Elephants, Evening Dress by Dior, Cirque d’Hiver, Paris, 1955/1979」

本セールに出品された写真作品はリチャード・アヴェドンの代表作「Dovima with Elephants, Evening Dress by Dior, Cirque d’Hiver, Paris, 1955/1979」の1点のみだった。203.2 x 161.2 cmの巨大サイズで、エディションは9/10、落札予想価格は80~120万ドルのところ、なんと181.5万ドル(約1.99億万円)で落札。これはアヴェドン作品のオークション最高価格となる。これまでの記録は、2010年11月20日に、クリスティーズ・パリで行われたアヴェドン作品の単独オークション「Photographies Provent de la Foundation Richard Avedon」で落札された同じイメージ作品の84.1万ユーロ(約115.3万ドル)だった。同作のサイズは、216.8 X 166.7cm、1978年のメトロポリタン美術館の展覧会で展示され、その後アヴェドン事務所の入り口に展示されていた極めて価値ある作品だった。モデルのドヴィマ着用のイーブニング・ドレスをデザインしたメゾン・クリスチャン・ディオールが落札している。

Christie’s Paris「Photographies Provent de la Foundation Richard Avedon」

今回の落札価格は、20世紀ファッション写真としては高額だが、数億円での落札が当たり前の現代アート作品の相場からみれば魅力的な価格といえるだろう。特にこの「ONE, a global 20th-cantury art auction」は、高額アート作品が数多く出品されたオークションだった。参加者の作品価格を判断する参照点が高くなっていたのかもしれない。ちなみに同オークションの総売上高は4.21億ドル(約463億円)、落札率は94%、最高額はロイ・リキテンスタイン「Nude with Joyous Painting (1994)」の4620万ドル(約50.8億円)だった。アヴェドンの落札価格は、同オークションの他の高額作品と比較すると心理的にとても安く感じてしまう。
ちなみに、ここ数年はファッション写真の壁画サイズ作品の高額落札が続いている。2019年の現代アート系以外の写真オークションの最高額落札は、フィリップス・ニューヨークで4月4日に行われた「Photographs」に出品されたヘルムート・ニュートンの2点組み写真「Sie Kommen, Paris (Dressed and Naked), 1981」だった。同作は、戦後社会の新しい女性像を表現したニュートンの代表作であり、197.5 X198.8cmと196.9 X 183.5cmの巨大サイズだった。落札予想価格60~80万ドルのところ182万ドル(約2億円)のニュートンのオークション最高額で落札されている。

Phillips NY, Helmut Newton 「Sie Kommen, Paris (Dressed and Naked), 1981」

2018年の最高額もヘルムート・ニュートン。フィリップス・ロンドンで5月18日に行われた「ULTIMATE Evening and Photographs Day Sales」オークションに出品された1点ものの可能性が高いという151.5 x 49.5 cmサイズの巨大作品「Panoramic Nude with Gun, Villa d’Este, Como, 1989」。落札予想価格25~35万ポンドのところ、72.9万ポンド(1ポンド150円/約1.09億円)での落札だった。

これらの作品は、従来のアート系ファッション写真の範疇というよりも、作家性と巨大サイズ作品とが現代アート的な価値基準で評価されたと考えるべきだろう。どちらにしても、いま市場では巨大サイズのファッション写真と現代アートとの融合が着実に進行中なのだ。

次回(Part-2)では、市場における20世紀写真と現代アートとの関係を分析してみたい。

(為替レートは1ドル110円で換算)

(連載)アート系ファッション写真のフォトブック・ガイド(13)
アレクサンダー・リーバーマン関連本の紹介(Part-2)

リーバーマンもファッション雑誌作りの制限の中で、できる限りの自由な表現の可能性を探求した。その姿勢はライバル誌ハ―パース・バザーのブロドビッチと全く同じだ。両者には、第2次世界大戦が終わり、社会における女性の存在が大きく変化したという確固たる認識があり、それを誌面で提示しようと考えた。大判カメラとスタジオで撮影されたセシル・ビートンやホルストのイメージは時代遅れと考え、新しい時代の女性に合致したファッション写真を世に送りたいという意思がともにあったのだ。

Irving Penn, Vogue cover, October 1, 1943 , Conde Nast

リーバーマンは自分が理想と考えるファッション写真を作り出すために、画家志望だった若きアーヴィング・ペンを写真家に転向させ、ジュニア世代のファッションが理解できる若い女性写真家のフランシス・マクラフリンを起用している。ちなみに、ペンの最初のヴォーグ誌のカヴァー写真は1943年October 1号となる。巧みにファッション小物を配置して構成されたスティル・ライフ写真は画家の視点が生かされている。また将来の可能性を感じさせる作品だ。リーバーマンは、ファッション写真の経験のないフォトジャーナリズム系写真家もファッション雑誌の撮影に起用している。なんと畑違いに感じるエルンスト・ハースやウィージ―にも撮影を依頼しているのだ。

Ernst Haas, Vogue, December 1951 / From “Appearances” by Martin Harrison, page 41

その中には、後にアフリカ系アメリカ人の最初のライフ誌のスタッフ・フォトグラファーになったことで知られるゴードン・パークス(1912-2006)も含まれる。1940年代後半、パークスはハーレムに移り住み、リーバーマンの下でヴォーグ誌の最初のアフリカ系アメリカ人フリーランスのファッション写真家となる。当時の社会には、いまとは比べ物にならない程の人種差別的な考えが蔓延していた。それにもかかわらず、リーバーマンは彼にハイ・ファッションのイブニングドレスのコレクション撮影を依頼している。パークスのファッション写真は主にストリートで撮影された。構図が非常に革新的で、モデルに動きが感じられ、またカラー作品は映画的な美しい色彩で表現されている。それらは、写真集「I AM YOU : Selected Works, 1942-1978」(Steidl、2016年刊)の「Fashion 1956-1978」セクションで紹介されている。
彼のファッション写真は財団管理下でエステート・プリントとしてエディション付きで販売されている。2020年の6月18日~25日にかけてフィリップスがオンラインで開催した「Tailor-Made: Fashion Photographs from the Collection of Peter Fetterman」オークションではパークスのエステート・プリント2点が出品、落札予想価格は5000~7000ドル(約55~77万円)。「James Galanos Fashion, Hollywood, California、1961」が7500ドル(約82.5万円)、「Untitled, New York, N.Y., 1956」が6250ドル(約68,7万ドル)で落札されている。ノーマン・パーキンソンなどと同様に、写真家死後の作品でも財団管理下で制作されたのリミテッド・エディションの相場は極めて安定している。
いまアート界ではアフリカ系アメリカ人や女性アーティストに注目が集まっている。パークスのファッションやポートレート作品も間違いなく市場で再評価されるだろう。

Gordon Parks “Untitled, NY 1956” / Phillips, Tailor-Made: Fashion Photographs from the Collection of Peter Fetterman Online Auction 18 – 25 June 2020

戦後ファッション写真史の資料を調べていると、写真家、デザイナーたちが雑誌ページ内での写真の取り扱いに不満を持っていた事実がよく記されている。洋服を中心に目立って見せて欲しいデザイナー/服飾メーカーや編集者と、それらをヴィジュアルの一部と考え、より自由な表現を目指すクリエーターとの軋轢には長い歴史がある。その後、ファッションが巨大ビジネスとなるに従い、表現の自主規制もさらに厳しくなる。お膳立てがすべて整っているファッションの撮影では、自分の感性を生かしてリスクを冒すことなどできないのだ。多くの写真家はファッション写真の先に自由なアート表現の可能性はないと失望して業界を去る。そして仕事での自己表現の限界を理解すると、自らの欲求を満たす行為を他のアート表現に求めるのだ。

リーバーマンも、ヴォーグ誌を初めとし、グラマー、バニティ・フェア、マドモアゼル、アリュールなどのコンデナスト出版の雑誌全般を率いるとともに、写真家、彫刻家、画家としてのキャリアも追求している。彼の多様なアーティストのキャリアと、特に長年にわたるコンデナスト出版での活躍を見るに、彼は仕事と自己表現のバランスがとれた類まれの人だった事実がわかる。彼は表現者にありがちな、エゴが追求するロマンチストではなく、極めてリアリスト的な生き方を追求したのだと理解したい。前回パート1で触れたように、彼は自分のフレームワークに囚われずに、変幻自在に時代の流れに聞き耳を立て、多くの才能を起用して雑誌作りを行っていた。回りくどい言い方だが、確固たるスタイルにあえて固執しないのも、一つのスタイルだといえるだろう。

ジャンルは違うが、ミュージシャンのデヴィッド・ボウイはキャリアを通して多彩な自身のヴィジュアル作りを行っている。各時代の最先端をゆく写真家を積極的に起用して、カメレオンのように自らのイメージを変化させている。
リーバーマンの創作スタンスはかなりボウイに近いと直感した。彼のファッション雑誌作り自体は一種の自己表現であり、彼はそれにある程度満足していたのではないだろうか。もちろん、彼の立場により、ほかの人と比べて格段に仕事上の自由裁量を持っていたのは明らかだろう。当時、コマーシャルと深く関わるファッション写真や雑誌作りはアート表現だとは考えられていなかった。彼は時代に横たわる気分や雰囲気を感じ取って、写真を通して社会に提示した。ファッション写真の持つアート性をいち早く見出した最初の一人だったのだ。時代が彼に追いつくのは90年代になってからだ。

“Alexander Lieberman” by Barbara Rose, Abbeville Press (1981/11/1)

以上から、リーバーマンのアーティトとしての創作は、自分のやりたいこと追及を求め、それがかなわないと去っていく他の多くの表現者とはかなり違っていたと考える。彼の巨大な彫刻作品は世界中の約40都市の公共スペースに展示されている。しかし実際のところ、彼はアーティストとしては美術評論家から高い評価は受けられなかった。アート・オークションへの出品も限定的だ。

彼が手掛けるヴォーグ誌は、ジャコメッティ、ユトリロ、マティス、ブラックなどのアート特集を掲載するとともに、デュシャンなどの重要な美術評論家によるエッセイをほぼ毎号掲載していた。執筆の仕事の依頼者がアーティストだったという極めてまれな状況だった。アートの専門家は、アートメディアを牛耳るリーバーマンによるアート作品は、利益相反から客観的評価は難しいと考えていたのだ。

わたしは、リーバーマンはその点は十分理解していて、アーティスト活動の評価については気にしていなかったと想像している。たぶん彼は雑誌作りである程度の自己実現ができて満足しており、アーティスト活動は自らの精神をバランスさせるための行為だったのだと思う。方法論の追求は趣味だと言われるが、たぶん彼にとってアートの創作はそのような位置づけだったのではないだろうか。

次回のパート3では、リーバーマン関連のフォトブックを紹介する。