新型コロナウイルスのアート界への影響
ニューヨーク市場は機能停止状態

3月末から4月はじめはニューヨークで定例のアート写真オークションが開催される時期だ。それに合わせて、アート写真のアート・フェアや、美術館やギャラリーでの展覧会が開催される。
今年は新型コロナウイルスの影響で状況は様変わり。ニューヨーク近代美術館などの大規模美術館は閉館、早くも一部の美術館では従業員のレイオフが始まっているという。メトロポリタン美術館は従業員が感染したことから7月まで閉鎖される可能性があり、約1億ドルの損失が発生する見通しとのこと。
アートフェアでは、多くのアート写真関係者が待望していた「Paris Photo」の最初のニューヨーク市開催が延期。オークションハウスも定例のアート写真オークションの開催の延期を発表。ササビーズはオンラインのみの開催に変更している。

メトロポリタン美術館ニューヨーク

アートフェアは、コレクター、ディーラー、アーティストなどが、閉鎖空間ではないものの同じ場所でかなり混雑した中で対面で交渉や接客を行う。新型コロナウイルスの感染リスクはかなり高いと思われる。オークションは、すでに電話やオンラインでの参加がかなり一般的になっているので、システム強化の手当てができればかなり通常通りの運営は可能だと思う。また、高額作品については不特定多数の人との接触が少ないプライベート・セールにより力を入れていくと思われる。

大手オークション会社クリスティーズ・ニューヨーク

新型コロナウイルスの蔓延は、オークション市場に多大な影響を与えるだろう。株価が短期間で大きく下落している状況では相場はどのあたりに落ち着くのかは見極め難い。たぶん新しい経済環境での新レベルの相場を模索する動きがしばらく続くだろう。貴重作品を持つコレクターは、相場が安定するまで出品を見直すと思われる。高額落札作品が少なくなるので市場規模は縮小していくと予想される。ちなみに2018年のリーマンショックの後の、2019年春に開催されたニューヨーク・アート写真オークションでは、大手オークション会社3社の総売り上げが前年同期比約85%減の約582万ドルまで落ち込んでいる。

プライマリー市場では、いまニューヨークやロンドンのギャラリーは軒並み閉まっている。多くのギャラリーはオンライン・ヴューイング・ルームなどを行っている。これらはアート情報の発信にはなるが取引につながるかは不明だ。オンライン販売は資産価値のある作品の売買とは相性が良い。しかし知名度がない若手新人は、やはりコレクターが現物をみて彼らからのメッセージが伝わらないと売買は成立しないだろう。ブランド力の劣る作家や、若手新人の作品には厳しい状況が続くと思われる。
また欧米大都市の家賃は高額なので、閉鎖が長引くと中小のギャラリーの資金繰りにも影響が出てくることが懸念される。どのくらいディーラー/ギャラリーへの政府支援が行き渡るかが注目されている。

私が経済ニュースの中で気にしているのが債務返済のための資産売却の動きだ。安全資産で株価下落の時は買われるはずの長期米国債の利回りが一時上昇し、安全資産の金価格も下落している。米国債や金のドルの現金化の動きが影響しているという。米連邦準備制度理事会(FRB)の量的緩和によるドル供給でセンチメントはやや改善したものの不安定な状況は続いている。アート作品は流動性があまり高くない資産だと考えられている。状況が長引いて本当に厳しくなると、運転資金確保のためのディーラーによる在庫処分の売りが市場に出てくるかもしれない。ブルムバーグによると、株価が急落した3月の第2週目などは、アートコレクションを持つ資産家に、緊急の流動性を求めるコレクターからの大幅な割引による「パニックオッファー」が散見されたという。今後しばらくの間は、相場水準の調整とともに、流動性が低くなり、人気作家と不人気作家、そして人気作品と不人気作品の2極化はさらに進む可能性があると考える。
しかし、見方を変えると人気作家の人気作品が以前より市場で安く買えるチャンスがあるかもしれない。不安定な相場を買い場探しだと考えると違う世界が見えてくるのではないか。悩ましいのは人気作家の不人気作品だろう。個人的にはいくら安くなっても、本当に自分がその作品が好きでない限り買わない方が良いと思う。このような時は、悩んだらぜひ経験豊富な専門家に相談してほしい。

新型コロナウイルスの影響は日本のアート界にも及んでいる。大規模な美術館などの公共施設は閉館が続いていたが、いままでは小規模ギャラリーやアートスペースは営業を続けていた。しかし、感染拡大防止にむけた東京都等による先週末の外出自粛要請を受けて、ついにブリッツを含む多くのギャラリーも3月28日(土)3月29日(日)を臨時休廊とした。テリ・ワイフェンバックが参加する大宮の「さいたま国際芸術祭2020」も会期が再延期となってしまった。ここにきて、会期途中での休廊や中止のギャラリーや展示スペースも出てきた。ブリッツも今週以降の状況を総合的に見て営業方針を判断したいと思う。

日本人が普段から清潔好きな国民なので、コロナウイルスの蔓延が欧米やアジア諸国と比べて少ないことを心より願っている。

ノースウッズ─生命を与える大地─ 大竹 英洋
ネイチャー・フォトのアート性とは?

ファインアート・フォトグラファー講座を北海道で開催するときには、ネイチャー系の写真がアートになるかと聞かれることが多い。自然豊かな北海道では、この分野で作品制作している人が多いのだ。
ファイン・アート系分野の写真家は、自然やワイルドライフ自体を撮影することはない。だが自然が作品テーマに関わるとき、作家の感動を表現する過程でそれらが撮影される場合はある。アフリカのワイルド・ライフを作品に取り込んだピーター・ベアードなどだ。
しかし、私はこの分野でもアート性を持つ写真作品が存在すると考える。
ちなみに2019年には、東京都写真美術館が企画展としてネイチャー系写真の展覧会「嶋田 忠 野生の瞬間 華麗なる鳥の世界」を開催している。同展のレビューでは、私は以下のように書いている。

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写真には価値基準が異なる様々な分野が存在している。
どの分野の写真でも、その最先端の仕事を行っている人は、アプローチは違えども、非常に高い強度を持って、また覚悟を持って被写体に接している。その姿勢には、アートの基本である何らかの感動を見る側に伝えるという作家性が意識的/無意識的に滲み出ている。
ファイン・アート系には、それを評価する基本的な方法論が存在する。従来、その範疇だと考えられていなかった分野で活躍する写真家の作品でも、誰かがその作家性を見立てて、アート系の方法論の中での存在意義が語られれば、アート作品だと認知されるようになる。
かつてはアート性が低くみられたドキュメント、ファッション、ポートレート。いまやその中にも優れたファイン・アート系作品が含まれることは広く認知されている。それは、自然写真の最前線で40年以上に渡り活躍している嶋田忠にも当てはまり、東京都写真美術館は展覧会を開催することでその作家性を見立てたと解釈している。

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この認識は、今回取り上げる大竹 英洋の作品「ノースウッズ─生命を与える大地─」にも当てはまると考える。
ノースウッズは、アメリカとカナダの国境付近から北極圏にかけて、北緯45度から60度にかけて広がる森林地域のこと。カナダ初の世界複合遺産「ピマチオウィン・アキ」も含まれる。世界最大の原生林としても知られており、カリブー、オオカミ、アメリカクロクマ、ホッキョクグマなどの、様々な野生動物が生息している。
大竹英洋(1975-)は、1999年より日本では絶滅した野生のオオカミを探しに北米を訪れノースウッズに出会っている。それ以後、約20 年に渡り、森の奥に分け入り、カナディアン・カヌーを駆使して、カナダの原野を精力的に取材/撮影。2015年秋から約1年半はオンタリオ州のレッド・レイクの町で暮らしている。また、写真家のジム・ブランデンバーグ、カヌーイストのウェイン・ルイス、フクロウ研究者のジム・ダンカン博士、この地で狩猟採集の暮らしを営んできた先住民のアニシナベなど、様々な人たちとの出会いがこの写真集化された大きなプロジェクトを可能にしている。写真集のあとがきのタイトルは、まさに「出会いが開いてくれた道」となっている。
彼の作品テーマは、アニシナベの生き方/哲学に凝縮されている。彼らは自分たちをとりまく自然を「ピマチオウィン・アキ=生命を与える大地」と呼ぶ。それは、動物も、草木も、人間も、さらには、岩や水、火や風や雪といった、あらゆる存在がこの地球から命を与えられ、生かされているという考え方だ。彼は写真集に寄せたメッセージで「この写真集が、私たち人間にもう一度そのことを思い出させ、より良い未来について考えるきっかけとなることを願っています」と語っている。

本書によると、大竹は3週間も誰とも出会わない広大なフィールドをカヌーで目的地なく漕ぎ続けたりするという。これなどは、まさに死と隣り合わせの旅だといえるだろう。非常に強い目的意識、精神力、体力がないと実践できない、ネイチャー系写真分野の最先端の仕事だ。多くの人はその行為自体に驚き、感動してしまうだろう。
アート系の視点を持つ人は、ネイチャー系写真は自然を対象とした全く異なる分野の表現だと先入観を持つ場合が多い。それは上記の例として紹介したファッション写真も同じで、単に服を撮影している写真が多い中で時代性が反映されているアート系も存在する。
ポートレート写真でも、ブロマイド的な写真が多数存在する中で、被写体とのコラボレーションから生まれた時代を象徴するようなアート系もあるのだ。ネイチャー系も全く同じで、その評価は見立てる側がニュートラルに写真家の言語化できていないシャッターを押したときの感動に、時代との接点を読み取れるかによると考える。

本書は、特に表紙などを見ると典型的なネイチャー系の写真集に見える。しかし、写真でメッセージを見る側に伝えることを意図したフォト・ブック的要素がかなり含まれている。写真のシークエンスもその要素を持ち、とても好感が持てる。遠近の自然風景、動物、森林、植物、花、キャンプ・シーン、様々な静物などのクローズアップなどが巧みに配置されていて、ヴィジュアルによるリズムが伝わってくる。
アメリカクロクマ、ホッキョクグマなどの写真は、写真家の彼らへの愛情が伝わってくる。自然動物のドキュメントというよりも、撮影者のまなざしを感じるポートレートに近いと感じる。

現在は地球温暖化が進み世界中で異常気象が発生して人類の大きな脅威となっている。地球の環境保護を訴える動きが湧き上がっている。アーティストにとってこの大きなテーマを取り上げるのはかなり難題となる。多くの人は、ただ自然風景をきれいに撮影したり、逆に被害の現場や壊れかけている地球の最前線を撮影したりしている。もちろん写真家は、その場に立ち心動かされてシャッターを押したのだろう。しかし、それを写真のフォーマットで訴求するのは極めて難しい。見る側は、非常に大きなテーマの提示に感嘆することがあっても感動はしないのだ。写真家の独りよがりになりがちで、作品と見る側とのコミニィケーションが生まれ難いのだ。

本書のような、地球の果てにある人間の手があまり入っていない場所での、20年にも及ぶ継続的な自然風景とワイルドライフの撮影は一つのアート表現になりえると考える。そこには私たちの頭の中で理想化されたステレオタイプの自然像が提示されている。実際には、もはや地球上にそのようなシーンはなかなか残されていないだろう。到達するのでさえ困難だと思われる、地球の果てのノースウッドでも、探してみればどこかに環境破壊や地球温暖化の影響は見られるのではないか。あえてそのようなシーンを写さないのも写真家の解釈であり、また自然を理想化して見せるのは立派な自己表現だと思う。私たちはそれらのヴィジュアルを見るに、こんな美しい地球の風景や精一杯生きている動物たちを大切にしないといけないと、頭ではなく心で直感的に理解できるのではないか。

上記の嶋田忠は約40年間に渡り活動することで美術館に見立てられた。大竹のこれまでの活動は20年だ。かれは、あとがきで、本書掲載の地図を前にすると「いまだに足を踏み入れていない場所、訪れたことないコミュニティーの、なんと多いことか」と語っている。間違いなく今後も活動を継続していくだろう。本書の刊行がきっかけで、彼の作品のアート性の評価は今後も積み重なっていくと思う。将来的に、美術館での個展開催も十分に可能性があるだろう。

「ノースウッズ─生命を与える大地─ 」
大竹 英洋 (著)
単行本(ソフトカバー): 216ページ
出版社: クレヴィス (2020/2/22刊)
¥2,750(税込)

コロナウイルスの影響がアート写真界を襲う ギャラリーは慎重に営業継続の方針

コロナウイルスの影響が、集客が多い写真関連の様々な分野で広がっている。
東京都写真美術館は、3月15日までのあいだ、展覧会などの主催事業をすべて休止している。「森村泰昌:エゴオブスクラ東京 2020 さまよえるニッポンの私」を開催中だった原美術館も3月13日まで休館。東急文化村ミュージアムで開催されていた「永遠のソール・ライター」展も3月8日までの開催予定が、2月27日で中止になってしまった。
キャノンギャラリー(品川)、ニコンサロン(銀座・大阪)、ソニーイメージングギャラリー銀座、フジフイルムアンテナスクエア、エプサイトギャラリーなどの企業系ギャラリーもだいたい3月15日前後まで休館となっている。
3月6日から開催予定だった「塩竈フォトフェスティバル2020」 は開催延期。4月18日から開催予定だった「KYOTOGRAPHIE京都国際写真祭2020」も9月に開催延期。「さいたま国際芸術祭2020」は3月14日からの会期を2週間延期して28日からの開催となった。招待作家のテリ・ワイフェンバックの来日も中止となった。このようは幅広い分野での活動の一斉中止は、まさに前代未聞の事態だといえるだろう。
3月中旬以降もコロナウイルスの状況が急激に改善するとは思われない。開催しても来場者を集中させない工夫などが必要だとも思われる。今後の各館の対応が注目される。

しかし、多くの商業ギャラリーは通常通りの営業を行っており、また写真展開催を予定している。ブリッツも3月14日から、テリ・ワイフェンバック写真展「Certain Places」を開催する方針だ。ただし、多くの人が集まって会話を交わす機会が多いオープニング・レセプションは中止とした。
私どもが写真展を開催するのは、商業ギャラリーが多数の人を集客して入場料や物品販売で稼ぐイベント的なビジネス・モデルではないからだ。だいたいが交通の便の悪い場所にある。入場は無料だし、コレクターやその予備軍、アーティスト、美術系学生など、かなり限られた人の来場を想定している。従って、平常時でもギャラリー内は人で混雑しない。特に平日などは、来場者が合計数人ということも当たり前。
傾向として、来廊者は週末が多く平日は少なめ。また午後の早い時間が多く、遅い時間は少ない。ただし、ギャラリーに来るまでは公共交通機関を利用することになる。移動時には感染リスクはあるので、来廊を検討している人はどうか気を付けて来てほしい。ブリッツの周りには駐車場も比較的多くあるので、クルマ、バイク、スクーター、自転車での来場をおすすめしたい。また、本展は5月24日まで長期間にわたって開催する。コロナウイルスの将来の影響は不透明だが、どうか状況を見極めて来廊を検討してほしい。

テリ・ワイフェンバック写真展「Certain Places」の内容を簡単に紹介しておこう。


Saitama Notes #7859, 2019 ⓒ Terri Weifenbach

ワイフェンバックは、2020年3月28日から開催予定の「さいたま国際芸術祭2020」(5月17日まで)、三島のヴァンジ彫刻庭園美術館で3月20日から開催されるグループ展「The Sense of Wonder」展(8月31日まで)に参加を予定だ。

ブリッツの写真展は、埼玉県、静岡県で行われる作品展示に合わせて開催する。展示内容はコンパクトに彼女の約20年以上のキャリアを回顧する内容となる。「In your dreams」(1997年)、「Hunter Green」(2000年)、「Lana」(2002年)から、20X24″サイズ作品が各1点、「Hidden Sites」(2005年)から3点、「Between Maple and Chestnut」(2012年)から4点、「Another Summer」から9点。以上は貴重なアナログのタイプCプリントとなる。

デジタル・アーカイヴァル・プリント作品では、「Centers of Gravity」 (2017年)から小作品6点、「Des Oiseaux」 (2019年)から9点、「The May Sun」(2017年)から3点、そして2019年春に埼玉県で撮影された新シリーズから未発表5点を展示する。

アーティストがどのように自己表現を行ってきたか、その軌跡をコンパクトに俯瞰できる展示内容になっている。会場では昨年発売になった「Des Oiseaux」(Éditions Xavier Barral/2019年)や過去にブリッツが制作したカタログ類を販売する予定。一部にサイン本も含まれる予定。

「Certain Places」Terri Weifenbach
テリ・ワイフェンバック 写真展
2020年 3月14日(土)~ 5月24日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料

Blitz Gallery

アート写真の成功方程式とは?
直感を疑う勇気

アート・フォト・サイトで行っている講座では、よくアート写真の世界で成功する方法を教えてくれと質問される。私は、成功自体を求めないことだ、などと禅問答のようなアドバイスとを返すことが多い。

成功とは何か。たぶん多くの人は、写真作品が世の中で評価され知名度が上がり、個展開催、写真集出版、そしてオリジナルプリントが高額で売れたりするようなイメージを持っているのだろう。しかし、現実的にはそのような成功イメージが短い期間で実現する可能性は極めて低いといえるだろう。最初は自分の能力と可能性を信じて、作品制作に時間と費用をかける。しかし、評価がないどころか無視されるのが当たり前、まして販売に結び付くことなどはない。つまり、成功イメージを持っていると失望してしまい作家活動を辞めてしまう可能性が極めて高い。だから逆説的に短期的成功を求めないことが継続の基本になる。継続する限り成功する可能性がある、というのが上記の禅問答の意味なのだ。

世の中には、成功者のキャリアを分析して、同じように心構えを持って行動すれば成功するというビジネス書が溢れている。上記のような質問をしてくる人は、アート写真における同様の成功哲学を知りたいという意図なのだろう。若い時は、ある程度の能力があり、積極的に努力して頑張ればビジネスの世界で成功すると信じているもの。しかし、年齢を重ねていくと、実は社会での成功の大部分は運により決まるという認識が、長く苦い実体験を通して培われるようになる。先日に亡くなった野村克也氏の座右の銘に、江戸時代の大名松浦清の発言として知られる、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」がある。人生での成功は運によるとしても、その確率を高めるには、できる限り失敗を避ける準備を怠らないことにあるような意味だと解釈している。それはアート写真の作家活動では何に当てはまるのか?作家活動の成功確率を高めるために、絶対に踏んではいけない地雷、つまり避けなければならないことを考えてみよう。

アートの世界で一流と言われる写真家/アーティストが、私は自分の直感を信じて作品制作を心がけている、というような発言をしているのを聞いたことがあるだろう。しかし、私はあえて若手新人は直感に頼りすぎないことを心がけてほしいとアドバイスしたい。
ややわかり難いかもしれないが、既に評価されている経験豊富な一流アーティストと、経験が浅い人との「直感」の本質は全く違うという意味だ。一流写真家は、いままでに様々な作品制作を行い、膨大な過去の作品に対峙して思考している。また人生経験も豊富で、結果として幅広いスキルを持っている。彼らは、それらを通して世界を見ているともいえる。過去の先人たちの偉大な仕事の流れと、深いところで繋がっているのだ。入ってくる無数の情報は、積み重ねられたフィルターを通り、無意識の深いところで重なり合い、突然変異や新たな組み合わせがおき、結果として直感が生まれてくる。
若手新人は、当然のこととしてスキルがまったくない。かれらに自然浮かんでくる直感はどこから生まれかというと多くの場合、単に思い出しやすい、想像しやすい情報から本能的にもたらせるのだ。この二つの直感の区別は極めて難しい。また直感を信じている人は何かを学ぶ必要性を感じない。趣味のアマチュア写真家なら全く問題がない。しかしアーティストを目指す若手新人は、一流と言われるまで、様々なことを学び経験してスキルを獲得していかなければならない。

直感に頼りすぎると、次第に思い込みに囚われて柔軟な姿勢がなくなる点も指摘しておこう。非常に多くの若手新人が、自分がいったんまとめたポートフォリオに囚われてしまうのだ。そして、ひたすらそれを認めてくれる人を探しにポートフォリオ・レビューを回ったりする。またデジタル印刷普及により写真集制作の敷居が非常に低くなった。写真集というモノが出来上がると、自作への思いはさらに強化されてしまうのだ。
作品は長い時間をかけて、世の中に触れることで常にアップデートを続けなければならない。自分のメッセージが伝わらないと判断したら、作品制作を断念して、新たなテーマを世の中で再び探す勇気も必要なのだ。多くの人を感動させるようなメッセージを持った作品は簡単には制作できない。一般的な人間は、自然と湧いてきた直感とそこから持たされる思い込みに囚われやすいという心理的特徴を持つ。やや抽象的だが、突き詰めるとアーティストは、そのような一般人に新たな視点を作品で提示して、彼らが自らを客観視するきっかけを提供する人なのだ。だから創作する人は、それを意識したうえで常に自らを客観視する姿勢を持たなければならない。自分が違和感を持つことを無視せずに、あえて対峙する勇気を持つのだ。直感を信じ思い込みに囚われてしまうと、若い時点で進歩が完全に停滞してしまう。
そのような、根拠なき自信に満ちあふれた若手新人でも、中には何らかのきっかけで思い込みに気付く人がいる。誰かが、嫌われることを覚悟して、彼らがフレームの中で凝り固まった見方をしている事実を指摘しなければならないと考える。私がいつも繰り返し言っているように、「アーティストとは、社会と能動的に接する一つの生き方」だと気付いてほしい。

ギャラリー今後の写真展開催予定
テリ・ワイフェンバック「Certain Places」を開催!

ブリッツの今後の展示予定をお知らせしよう。

Munitions Workshop Building, Wendover Air Base, Utah, 2004 (C)William Wylie

現在開催中のウィリアム・ワイリー写真展はいよいよ最終週。今回は天皇誕生日の振り替え休日となる2月24日(月・祝日)まで開催する。
最先端のモノクロ・インクジェット・プリントによる、イタリアのポンペイ遺跡から米国ユタ州西部のウェンドーバーまで、世界中の建築を撮影した写真作品の展示となる。彼の作品は美術館にも収蔵されており、私は「21世紀写真」のスタンダードだと考えている。アーティストを目指す人、コレクターは、その銀塩写真とは違うプリント・クオリティーをぜひ見てほしい。

次回展は、米国人写真家テリ・ワイフェンバック(Terri Weifenbach)の写真展「Certain Places」。会期は3月14日~5月24日まで。
彼女は、日常にある何気ない自然風景のカラー作品で知られる写真家。ピンボケ画面の中にシャープにピントがあった部分が存在する写真が特徴。夢の中にいるような、瞑想感が漂う光り輝く作品には根強い人気がある。また彼女の作品は、いま世界的に広がっている自然環境保護につながるメッセージを投げかけていることでも知られている。
今回の展示は、彼女の約20年以上にわたる写真家キャリアを振り返る内容となる。2019年春に埼玉県で撮影された新シリーズからの未発表作5点を含む、タイトル名が示すように世界各地で撮影された作品約30点がセレクションされる。今や貴重なタイプCプリントとデジタル・アーカイヴァル・プリントの展示になる。

ART Signtama / さいたま国際芸術祭2020

ワイフェンバックは、2020年3月14から開催される「さいたま国際芸術祭2020」に参加。2019年春に来日し、同芸術祭のテーマ「花 / Flower」を念頭に置いて作品を撮影している。芸術祭では、それらの新作がメイン会場の旧大宮区役所で展示される。彼女はいまパリ在住、スカイプで連絡を取りながら作品の色校正などが急ピッチで進行中だ。
また彼女は、三島のヴァンジ彫刻庭園美術館で3月20日から開催されるグループ展「The Sense of Wonder」展にも参加予定。
ブリッツの写真展は、埼玉県、静岡県で行われる展示に合わせての開催となる。

ただし、「さいたま国際芸術祭2020」には、多数の人が世界中から集まる。市中感染が疑われるコロナウイルスの影響が心配される。

・ブリッツのプレスリリースは以下でご覧いただけます。

http://www.artphoto-site.com/inf_press_86.pdf

・プレス用プリントは以下でご覧いただけます。

http://www.artphoto-site.com/inf_press_86image.pdf

ウィリアム・ワイリー
“Structures and Space”
欧米社会でのアーティストの生きる道

現在、ブリッツでは米国人写真家ウィリアム・ワイリーの「Structures and Space」展を2月24日まで開催中。

ワイリーは米国ヴァージニア大学のアート部門の教授。ブリッツでは2016年に、テリ・ワイフェンバックとの二人展「As the Crow Flies」に「The Anatomy of Trees」シリーズを展示している。同展開催時に来日し、日本大学芸術学部で講演も行った。

彼のいままでのキャリアを見てみると、欧米におけるアーティストのキャリア形成方法が見えてきて興味深い。実は、世界的にも作品販売だけで生活している人はほんのわずかなのだ。少し古い資料になるが、リーマン・ショック前の景気の良い時期にドン・トンプソンより書かれた「The $12 million Stuffed Shark」(2008年刊)というアート市場を分析した本がある。それによると、ニューヨーク・ロンドンには合計約8万人のアーティストがいて、そのうち作品販売で生活している成功したアーティストは0.5%に満たないとしている。約6%は、作品販売以外に、教育者、文章執筆そして協力者の支援により生活しているという。ワイリーはこのカテゴリーに含まれると思われる。そして、その他の膨大な人数のアーティストは、他の仕事を行いながらギャラリーでの作品取り扱いを求めて活動していると書かれている。たぶん現在の状況は、当時よりも悪化していると思われる。
欧米では、たとえ貧乏に甘んじていても自己表現を追求するアーティストの存在を社会全体で支援しようという風潮がある。この思想こそがアーティスト予備軍が多数存在する背景だと私は考えている。多くの人がお金儲けに奔走する資本主義経済の中で、彼らは社会の多様性を担保する存在なのだと理解されている。日本ではアーティストは個性的な人間と思われがちだが、欧米では尊敬される存在なのだ。

日本では写真家はアーティストではない。しかし欧米では写真でアーティスト活動を行い生活しているワイリーのような人が実際に存在しているのだ。優れた活動を行っている人には、彼らの生活ベースを支援するために教育者の仕事が提供される場合が多い。そして、優れたアート・プロジェクトの場合は、各種の公共団体、個人から奨学金などの支援の手が差し伸べられる。その成果は写真集化され、美術館が作品をコレクションされるのだ。ワイリーも、それらの援助により「Riverwalk, Explorations Along the Cache la Poudre River」(2000年)、「Stillwater」(2002年),「Carrara」(2009年)、「Route 36」(2010年)、「Pompeii Archive」(2018年)などのプロジェクトを行い、実績を積み上げてきたのだ。
もちろん誰でもこのようなキャリアを歩めるわけではない。若い時から努力して高いスキルを獲得し、さらに努力を続けた人だけがその成果として、アーティストという生き方が実践できるのだ。このような人の存在が、若い人に対して社会の中のアーティストのロールモデルとして提示されているのだと思う。日本には、写真表現でのアーティストのロールモデルが存在しない、この点が決定的に違うのだ。
そして、欧米のアーティストたちは自分の仕事が社会のためになっているという目的意識を持って活動している。私たちディーラー、ギャラリストはアーティストをその作品の市場価値で評価しがちだ。しかし、アーティストは一つの生き方の実践であることをワイリーの生き方は示してくれる。そのような環境が存在する欧米社会が少しばかり羨ましく感じる。
今回の展示趣旨の一つは、彼のようなアーティストの存在を日本に紹介することにある。日本では、若手や新人支援と言っても、それぞれの組織や個人のムラ作り、派閥作りの延長線上の活動になりがちだ。それぞれのエゴを捨てて、もっと社会的に高い見地から、皆でアーティスト支援を考えてはどうか、という問題提起でもある。

さて「Structures and Space」はワイリーの日本初個展で、世界中で撮影した建築写真の展示となる。本展の重要なキーワードとして彼が挙げているのが「spatial practice」。和訳すると「空間における実践」のような意味となる。少し小難しいので、彼が何を言いたいかを考えてみよう。
ワイリーは、過去10年にわたって建築物が生み出す空間に潜む装飾性を建築物の写真を通して探求してきた。彼の自然光を用いて撮影された作品では、ドイツ、イタリア、米国西部の建築物が際立った特徴と質感を持つ魅力的な存在として提示されてきた。彼は、それらの空間は、人々がその土地に存在していて、生活や活動する場所をどのように組織して、整えるかという熟考の結果に生まれてきたと考えているのだ。作品には、遺跡や廃屋など、もはや人が住んでいないかつての建築物も多く撮影されている。彼はそこに残された空間に、かつて住民が生活していた痕跡を感じ取って作品化しているのだ。地球上で歴史の流れと共に培われてきた文化の多様性を建築写真で表現する意図があるのだろう。私たちは、作品を通してそれらの違いを目の当たりにする。人間を取り巻いていた自然環境が人間の生活に影響を与え、それが建築物の作り上げるスペースを作り上げていたであろうと想像をめぐらすのだ。
本シリーズは、彼のライフワーク的作品だ。世界中のより多くの建築を撮影し続けることで完成度は高まっていくはずだ。ワイリーは日本ひいきでも知られている。実は自身の60歳の誕生日を記念し来日、なんと徒歩で四国八十八箇所巡りを実践している。将来的に「Structures and Space」シリーズに、日本で撮影された建築写真が追加されることを期待したい。

本展にはいくつかの見どころがある。ブリッツのインスタグラムでも取り上げているが、ここでも加筆して紹介しておく。来廊前に読んでもらうと作家や作品への興味が倍増するだろう。

・ポンペイ・アーカイブ

ⓒ William Wylie

「Structures and Space」展の代表作はイタリア・ナポリ近郊にある、ヴェスヴィオ火山の噴火による火砕流で地中に埋もれた古代都市ポンペイの遺跡を約5年にわたり撮ったシリーズ。同作は2018年に「Pompeii Archive」(Yale University Press)として写真集になっている。世界遺産に登録されていることあり、撮影の許可取りが極めて困難だったという。大学教授の肩書が効力を発揮したそうだ。彼は古代イタリアの遺跡で、発掘現場、人や動物のレリーフ、出土品などを広範囲に大判カメラで撮影。今回の建築物の作品では、人々がその地に存在して、活動する場所をどのように組織して、整えてきたかを空間に潜む装飾性から探求している。全展示作の原点とも呼べるシリーズだ。

・高品位のデジタル・プリント
本展の見どころのひとつはワイリーの美しいモノクローム・プリントにある。彼は主に大判フィルム・カメラで写真撮影を行い、インクジェットでプリント制作を行っている。制作時のポイントは、スキャニング、ファイル作り、プリント制作までを専門業者が手掛けている点。彼はヴァージニア大学のアート部門の教授で、高品質の高額の機材が校内に設置されおり利用可能だ。しかし、彼はまだ60歳過ぎなのだが、作品のクオリティーの客観性を担保するために、あえて若い経験豊富な専門業者に作品制作を依頼しているのだ。実際のところ、彼のインクジェット・プリントは美術館にも認められコレクションされている。
本展では、デジタル時代における、美術館収蔵レベルのモノクロ写真のクオリティーを鑑賞することができる。また、展示の一部の「Route 36」シリーズの作品は、アナログのモノクロ銀塩写真となる。二つの新旧のプリント・クオリティーをぜひ見比べて欲しい。それらの優劣を語るのは全く無意味だと直感できるだろう。デジタルでモノクロ写真を制作している人(特に風景)は必見の展覧会といえるだろう。

・米国ウェンドーバー

ウェンドーバーは、米国ユタ州西部の都市。近くの砂漠の中に、第2次大戦時に爆撃機の訓練基地だったウェンドーバー空軍ベース跡がある。エノラ・ゲイ爆撃機(最初の原子爆弾を落とした飛行機)を隠すのに用いられたメタル製格納庫も残っている。彼はもちろん格納庫の写真も撮っているが、本展では展示していない。
ワイリーはこの地の廃墟となった寂れた感じの建物を精力的に撮影。空気が乾燥しているうえ、太陽光線が強いことから、コントラストが強調された作品となっている。本展の案内状にもなったグリッド状の廃屋のタイポロジ―作品もこの地での作品だ。

・Route 36

「Route 36」は2010年に発表されたワイリーの代表作。ルート36はアメリカ中央部を東西に走るハイウェイ、コロラドからオハイオまで距離は約2276キロもある。本作では主にカンザスで撮影が行われている。この道は市街地をバイパスするのではなく、各町中を貫いて通っているのが特徴。彼はそこで、まるで時間が止まっているようなコミュニティに遭遇。大草原の中に、古い映画館、小さなカフェ、美しい高いサイロが集約され存在している場所を発見している。そこで彼は場所特有の雰囲気や気分を感じ取り、写真で表現しようと試みたのだ。2010年にはフォトブック「Route 36」(Flood Edition)が刊行されている。今回は、”Structures and Space”展の一部として、同シリーズからアナログ銀塩モノクロ写真12点をセレクトして展示している。

・抽象作品

今回の建築写真の中で多く見られるのが抽象的な作品だ。古い建築物のクローズアップで表面の質感を表現している、いわゆる定番的な作品もある。しかし、ワイリー作品で魅力的なのは、前景と後景とが画面の中で微妙に重なり合って、3次元の世界を2次元の全く別の抽象空間として表現しているものだ。写真表現の面白さを提示している、ある意味で写真のお手本的な作品といえる。さすがヴァージニア大学の教授だと感心してしまう。また、デジタルによるプリントなので、アナログ銀塩プリントよりも細部の質感までもが的確に表現されており、ヴィジュアルの抽象感が強化されている。ぜひ美しい現物の抽象の写真世界を見てほしい。

「Structures and Space」ウィリアム・ワイリー写真展
Blitz Gallery にて開催中

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2019年オークション高額落札ランキング 20世紀写真が大健闘 ニュートンが第1位!

毎年、この時期に発表しているアート写真オークション高額落札ランキング。2019年の集計が終了したので結果をお届けしよう。ただしオークションは世界中で開催されている。わたしどもの集計から漏れた高額落札もあるかもしれない。その点はご了承いただくとともに、漏れている情報に気付いた人はぜひ連絡してほしい。

最初に、ここで取り上げるアート写真の定義を確認しておく。いま写真を取り扱う定例オークションは大きく19~20世紀写真系、現代アート系になる。前者は主に「Photographs」、後者は業者ごとに「Contemporary Art」、「20th Century & Contemporary」、「Post-War and Contemporary Art」などと呼ばれている。それ以外に、複数カテゴリーをまたがる独自企画系に写真が出品されることがある。それらは定例以外の時期に行われるオークションで、19~20世紀写真系、現代アート系、デザインなどが混在する。クリスティーズで行われた「Masterpieces of Design and Photography」などだ。
2019年はこれらのカテゴリーから、米国、欧州、英国で開催された45オークションをフォローした。2018年はオンライン・オンリーの9オークションを取り上げたが、2019年は1オークションにとどまった。低価格帯中心のオンライン・オンリー・オークションは、専門業者の開催が一般的となり、大手での開催が減少したことによる。またいまでは公開オークションも電話、オンラインと同時に行われるのが一般的。オンライン・オンリーだと、どうしてもコレクターの関心が盛り上げらない。話題性のある企画を考えようとすると定例オークションとの差別化が不明瞭になるのだ。

2019年の高額落札では、現代アート系の高額落札件数が大きく減少している。2018年の現代アート系1位は、ササビーズ・ニューヨークで11月に開催された“Contemporary Art”に出品されたリチャード・プリンスの“Untitled (Cowboy), 2013”で、約169.5万ドル(@110/約1.86億円)。同作は総合ランキングでも1位だった。2019年の現代アート系1位は、ササビーズ・ロンドンで6月に開催された“Contemporary Art”に出品されたギルバート&ジョージの”Bugger, 1977″で、約79.5万ポンド(@140/約1.11億円)だった。しかも同作は、総合ランキングでは第4位となる。
なんと2019年は、総合の高額落札ベスト10のうちの20世紀写真系が1位を含む7作品を占めた。現代アート系の高額作品のオークション出品は、1年から6か月くらい前の経済環境に大きく左右される。アート相場に影響を与える主要国の株価は、2018年末に下落してその後は回復基調を続けていた。しかし米国経済自体は比較的堅調だが、中国や欧州では弱い経済指標が発表されており、株価も景気の先行き不安を受け、頭打ち感が強くなっていた。そのような状況から、コレクターはリチャード・プリンスやアンドレアス・グルスキーなどの高額作品の出品に消極的だったと思われる。

総合順位

1.ヘルムート・ニュートン
「Sie Kommen, Paris (Dressed and Naked), 1981」
フィリップス・ニューヨーク、2019年4月4日
約2億円

2.エル・リシツキー
「Self-Portrait (“The Constructor”), 1924」
クリスティーズ・ロンドン、2019年3月6日
約1.42億円

3.アウグスト・サンダー
「70 Portraits from “Menschen des 20. Jahrhunderts”, 1912-1932」
ヴィラ・グリーゼバッハ・ベルリン、2019年11月27日
約1.25億円

4.ギルバート&ジョージ
「Bugger, 1977」
ササビーズ・ロンドン、2019年6月26日
約1.11億円

Gilbert & George “Bugger, 1977” Sotheby’s London, Contemporary Art 2019/June/26


5.シンディー・シャーマン
「Untitled Film Still #21, 1978」
ササビーズ・ロンドン、2019年3月5日
約9,225万円

6.エドワード・ウェストン
「Circus Tent, 1924」
フィリップス・ニューヨーク、2019年4月4日
約8,668万円

7.エドワード・ウェストン
「Shell(Nautilus),1927」
クリスティーズ・ロンドン、2019年3月6日
約7,728万円

8.ティナ・モドッティ
「Telephone Wires, Mexico,1925」
フィリップス・ニューヨーク、2019年4月4日
約7,612万円

9.アンドレアス・グルスキー
「May Day V, 2006」
フィリップス・ロンドン、2019年3月7日
約8,349万円

10.リチャード・アヴェドン
「Dovima with Elephants, Evening Dress by Dior, Cirque d’Hiver, Paris,1955」
クリスティーズ・ニューヨーク、2019年4月2日
約6,765万円

Helmut Newton “Sie Kommen, Paris (Dressed and Naked), 1981”, Phillips New York, Photographs 2019/April/4

2019年のトップは春のフィリップス・ニューヨーク“Photographs”オークションに出品されたヘルムート・ニュートンの“Sie Kommen, Paris (Dressed and Naked), 1981”だった。
オリジナルは、1981年のヴォーグ・フランス版に見開きで掲載。つけられたタイトルはドイツ語だったが、英訳すると“they are coming”だったとのこと。本作は2点の対作品で、4人のモデルが全く同じポーズで、1作はハイファッションに身を包み、もう1作はハイヒールのみを履いて全身ヌードで撮影されている。ニュートンは自立した女性像を既に80年代から作品で提示していた。本作は、背が高い女性モデルたちが白バックを背景に強い視線で遠くを見つめながら大胆に前進しているイメージ。ヌードでも、男性目線を意識したようなエロティシズムを強調した作品とは一線を画している。洋服を着ている作品は、社会的な女性の役割、そしてヌードはその本質を暗示しており、新時代の女性はハイファッションをまとっているが、中身は自立しているという意味で、戦後社会の新しい女性像を表現したニュートンの代表作。本作はその中でも美術館などでの展示用の197.5X198.8cmと196.9X183.5cmサイズの巨大作品。落札予想価格60~80万ドルのところ182万ドル(約2億円)で落札されている。もちろん、ニュートンのオークション最高落札額で、フィリップス写真部門での最高額記録とのことだ。
従来のアート系ファッション写真の範疇というよりも、ニュートンの作家性と巨大サイズの組作品とが現代アート的な価値基準で評価されたと考えるべきだろう。総合10位のリチャード・アヴェドン作品も124.5 x 101.6 cmサイズの巨大作品。同様の視点から評価されての高額落札だろう。いま市場では、ファッション写真と現代アートとの融合が進行中なのだ。

(1ドル/110円、1ポンド/140/150円、1ユーロ/132円で換算)

展覧会レビュー
ニューヨークが生んだ伝説の写真家
永遠のソール・ライター
@Bunkamuraザ・ミュージアム(渋谷)

渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで、「ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター」展が開催中だ。
ソール・ライター(1923-2013)は、長きにわたりモノクロ中心だった写真の抽象美を、すでに40年代からカラーにより表現していた写真家として知られている。彼は元々抽象絵画の画家で、色彩感覚が優れていた。カラーは広告やアマチュアが使用するものだと思われていた時代に、写真での抽象表現の可能性に挑戦したと思われる。また日本美術にも造詣があり、浮世絵の構図にも多大な影響を受けている。画面で被写体を中心に置いてフォーカスするのではなく、見る側の視点の動きを取り入れたような映画的なヴィジュアルも特徴だ。
2017年に同ミュージアムで開催され(その後国内各地を巡回)「ニューヨークが生んだ伝説 写真家ソール・ライター展」は、観客数約8万人を動員したという。彼の色彩豊かでグラフィカルなカラー作品は、写真を叙情的に捉えがちな日本の観客の感性との相性が良かったのだ。

ソール・ライター 《帽子》 1960年頃、発色現像方式印画 ⒸSaul Leiter Foundation
ソール・ライター 《バス》 2004年頃、発色現像方式印画 ⒸSaul Leiter Foundation
ソール・ライター 《赤い傘》 1958年頃、発色現像方式印画 ⒸSaul Leiter Foundation

ソール・ライターは89歳で亡くなっている。死後に約8万点にも及ぶ未発表のカラー写真、モノクロ写真、カラースライドなどが残されていた。2014年、彼の自宅兼アトリエにソール・ライター財団が設立され、それらの発掘調査を現在進行形で行っている。

今回の続編となる大規模展覧会は、モノクロ、カラー、ファッションなどの代表作を展示する「PartⅠソール・ライターの世界」と、「PartⅡソール・ライターを探して」の2部で構成されている。
見どころは第2部で、いままでの財団による調査結果の披露を目的とする、未発表作中心の展示内容になっている。それらは、セルフポートレート、デボラ(ライターの妹)、絵画、ソームズ(ライターのパートナー)、写真撮影時の創作の背景が垣間見えるコンタクトシート、ソール・ライター自らがプリントした名刺サイズの複数の写真をコラージュのように組み合わせた「スニペット(Snippets)」などのセクションで構成されている。


さらに2018年に開始された アーカイヴのデータベース化プロジェクトにより 、新発見のスライドによる初公開のプロジェクションも含まれる。また会場内にソール・ライターが長年住んだ、 ニューヨークのイースト・ヴィレッジの仕事場一部も再現されている。

1月9日には、ソール・ライター財団創設者でディレクターのマーギット・アープ氏とマイケル・バリーロ氏による記念講演会が開催された。マーギット・アープ氏は、もともとニューヨークのハワード・グリンバーグ・ギャラリーに勤めていた。1997年に同ギャラリーで開催されたカラー写真によるソール・ライター展以来、彼のアシスタント的な仕事を行っていた。彼の死後には財団立ち上げに関わっている。

講演では、ソール・ライター財団のミッションと今までの仕事の成果の解説が行われた。その主要目標は、残されたプリント、スライド、ネガ、絵画などのすべての作品の完全カタログ化。最終的にカタログ・レゾネ(総作品目録)を完成させ、ソール・ライターの仕事の全貌を、アート研究者、作家、キュレーター、学生に明かにしたいとのことだ。

まず実際に仕事を共に行っていたアープ氏からソール・ライターのキャラクターが語られた。洞察力があり、おかしく愛らしい、スマート、自分の意見を持っている、写真家というより基本は画家、アート史の深い知識を持つ、好奇心のかたまり、ただし仕事場はカオス状態(モノの定位置は決まっていた)という、印象が語られた。
また新しいテクノロジー好きで、早い段階からデジカメを使用していたという。本展ではキャリア初期に撮影されたカラー作品とともに、2000年代に撮影されたデジタル作品が同じ壁面に展示されている。両作のカラーのトーンが見事に揃っているので、見逃してしまいがちだ。写真撮影に興味ある人はキャプションを注意深く確認して見比べてほしい。展示作品は「発色現像方式印画(Chromogenic print)」と記載されているが、いわゆる、デジタル・タイプC・プリント。画像はヴィンテージ・プリントを目標にデータ作りが行われている印象だ。

続いてキャリアの説明が行われた。いまや広く知れ渡っているので簡単に触れておこう。詳しくは、展覧会ウェブサイトのなかの「ソール・ライターのこと」で、企画協力の㈱コンタクトの佐藤正子氏が書いているので参照してほしい。

ソール・ライターは、1923年にピッツバークのユダヤ教の聖職者の家庭に生まれた。両親は彼が宗教家の道を進むことを望んだという。16歳で絵画をはじめ、独学で美術史を徹底的に学んでいく。その後、親の意向に反して画家を目指してニューヨークに行き、抽象表現画家のリチャード・プセット・ダートとの出会いがきっかけで写真に興味を持つ。ウィリアム・ユージン・スミス(1918-1978)にカメラをもらい、ニューヨークのストリートで写真を撮り始めている。
強調されたのは、彼は基本的に画家であり、それを意識して写真も見てほしいとのこと。ソール・ライターは、そのキャリアを通して写真と絵画の両分野で表現を行っていたのが特徴だ。それは生活のためにファッションや商業写真の仕事を行っていた時期も変わらなかった。50年代後半から80年代はじめまで、彼はファッション写真家として、ハーパース・バザーやエスクアィアなどの雑誌の仕事で活躍し、経済的に比較的安定した生活を送っている。ストリートの写真と同じスタンスで野外でのファッション撮影を好んだ。野外で起こる様々な偶然性が写真にリアリティーを与えると考えていた。
ファッション写真は、自己表現を追求したい写真家と服の情報を最大限に強調したいクライエントやエディターとのせめぎあいの歴史だ。50~60年代ごろのファッション写真には、写真家に比較的多くの自由裁量が与えられた。しかし70年代以降は消費社会の拡大に伴い、クライエントやエディターの撮影への要求や指示がどんどん強くなっていく。この時期には、ファッション分野での写真によるアート表現の可能性に限界を感じて活動を休止した多く人が多くいた。リリアン・バスマンの夫のポール・ヒメール、ルイス・ファー、ギイ・ブルダン、ブライアン・ダフィーなどだ。ソール・ライターも絶望した写真家の一人だった。1981年、彼の我慢は限界に達し、5番街156番地にあった写真スタジオを突然閉鎖してしまう。その後、彼は隠遁生活に入り経済的に厳しい時期を過ごすことになる。
そして80歳を超えてから写真集「Early Color」が刊行。一気にそれまでの仕事が再評価されて人生が急展開するのだ。その後、世界中の美術館やギャラリーで数多くの写真展が開催されるようになる。バリーロ氏は、彼の亡くなるまでの最後の7年間は最も幸せな時期だっただろうと語っている。

続いて、アープ氏とバリーロ氏から以下のような最近までの発掘作業の成果が展覧会の見どころとして紹介された。

ソール・ライター財団ディレクターのマーギット・アープ氏(左)とマイケル・バリーロ氏(右)による記念講演会

・初期写真
ソール・ライターは1930年代、10代の時に母親にデトローラ社製のカメラを買ってもらいモノクロ写真の撮影を開始。母親は、写真が子供のその後の一生を変えてしまうとは思いもよらなかっただろう。財団の調査により今まであまり知られていいなかった、10代の「初期家族写真」が発見されている。主に2才違いの妹のデボラを被写体にしている。デボラは、ライターの撮影での数々の試行錯誤に協力している様子が見て取れる。また、大胆かつグラフィカルな構図やモデルの動作を写真で表現するアプローチなど、彼のその後の特徴的な写真の原点といえる作品も発見されている。絵画や写真など、デボラ関係は約100点が発見されている。本展ではそのうち23点が「デボラ」のパートで紹介されている。

・スニペット(Snippets)

ライターは名刺サイズのモノクロ写真を偏愛していたという。被写体になっているのは、家族、パートナー、友人の女性たち。プリントされた膨大な数の写真は手で破られ、またコラージュのように一つの塊としてがガラスケースの中に展示されている。自らの親しい人間関係を写真によって可視化した作品だと解釈できるだろう。アープ氏は大きな展覧会の中のミニ写真展という説明をしていた。

・コンタクトシート
今回初公開となる、彼の一連の写真撮影の流儀を垣間見ることができる作品。質疑応答時間に質問があったが、撮影時のショット数に関しては特に特徴はないとのこと。2~3ショットのこともあったが、かなりの枚数のショットの場合もあったそうだ。アナログ時代から、成功した写真は撮影時に既に認識していたということ。

・ヌード作品の発見
彼はファッション写真家として活躍する以前から、親しい女性たちのパーソナルなヌードとポートレートを撮影していた。死後にモノクロ作品約3000点見つかっている。それらは、モデルとアイデアを出し合って制作された一種のコラボ作品だと評価できるという。その中でも主要な被写体は長年にわたりパートナーだったソームズ・パントリーだった。彼女は様々な役を演じ、二人は様々な実験を行っている。本展ではソームズ・パントリーのセクションで、ストリートでのカラー/モノクロ写真やインクによる絵画など約34点が展示されている。ヌード作品は、70年代に編集者ヘンリー・ウルフにより写真集化の企画があったものの実現しなかった。2018年に、Steidl社から「In My Room」として刊行されている。

・ペインテッド・ヌード
アクリル絵の具で着色されたヌード作品も1000点以上が発見された。抽象的な絵画のような趣で、それらは本の中で発見、ブックマークとして使用されていた。

・スケッチブック

財団の人たちは「Daily meditation(毎日の瞑想)」と呼んでいる。生前のソール・ライターはそれらを最高作だと語っていた。

・カラースライド

4~6万枚のスライドが発見された。ソール・ライターは自宅で友人たちの前でスライドショーを行って作品を見せることがあったそうだ。調査およびデータベース化は現在進行形で行われている。それらの中には、例えば写真集「Early Color」表紙作品「Through Boards, 1957」の前後に撮影されたと思われるバリエーション・ショットも見つかっている。多くが初公開作品となるスライド作品のプロジェクションは本展の見どころのひとつだ。参考ヴィジュアルとして、アパート周辺のストリートシーンとアトリエのインテリア画像も同時に紹介されている。

・写真集「Early Color」の制作経緯
これは質疑応答の中で語られた。表紙作品「Through Boards, 1957」は最初から、ライターの希望で決定していた。その他の収録作品のセレクションは、すべて写真史家のマーティン・ハリソン氏が行い、ライターは全く注文を付けなかった。1997年のハワード・グリンバーグ・ギャラリーで開催されたカラー写真によるソール・ライター展以来、出版社を探し続けたとのこと。最初に決まっていたニューヨークの出版社は倒産、次に手を挙げたロンドンの出版社も動きが非常に鈍かったという。結局、ドイツのSteidl社から2006年に「Early Color」として刊行された。アープ氏は、カラー写真を取り巻く環境変化が出版につながったと分析している。90年代後半のアート写真はソール・ライター以外はすべてモノクロだったという。その後、ドイツのデュセルドルフ・クンスト・アカデミーでベッヒャー夫妻に学んだアーティストたちが登場。2000年代になってから絵画のような大判作品を制作する、アンドレアス・グルスキー、トーマス・ルフ、トーマス・シュトルートなどが活躍して、カラー写真のアート性が本格的に注目されるようになるのだ。その流れで、写真史におけるシリアス・カラー作品の本格的な再評価が開始された。


本展カタログ掲載のエッセーで、財団の二人は「私はシンプルに世界を見ている。それは、尽きせぬ喜びの源だ」というソール・ライターの言葉を締めくくりに引用している。またソール・ライターは「仕事の価値を認めて欲しくなかった訳ではないが、私は有名になる欲求に一度も屈したことがない」(”ソール・ライターのすべて”(2017年、青幻舎刊)211ページ)、別のインタビューでは「無視されることは、大きな特権です」とも語っている。今回のアーブ氏の話から、彼は写真史での正当な評価が受けられず、また金銭的に恵まれなかった時期でも、自分のために真摯に創作を継続していた事実が伝わってきた。他の多くの同じ環境の写真家のように、絶望し自暴自棄に陥ったり、周りの人に悪態をつくことはなかったようだ。ライターの関係資料には、彼が禅的な思想をもって生きていたと書かれている。たぶん浮世絵などの日本文化を研究するとともに、アメリカ社会に禅思想を広めた鈴木俊隆の「禅マインド ビギナーズ・マインド」(オリジナル版1979年刊)などを愛読して心の支えにしていたのではないだろうか。海外の宗教では、時間は過去、現在、未来と継続していて、将来に天国に行くことを目指して現在を生きるという考えがある。ライターは厳格な宗教家の家庭に生まれている。彼はそのような考え方を不自由さを感じ、強い違和感を感じていたと想像できる。写真を撮る行為、絵を描く行為は、「いまに生きる」つまり座禅のような精神を安定させる行為だったではないか。
ソール・ライターは、写真や絵画などを、評価を受けるために人に見せたりしなかった。また作品制作の意図や目的もいっさい語らなかったという。彼は今に生きる行為としてひたすら自己表現を行ってきたのだ。わたしは、資本主義の中心地である米国ニューヨークでの、このようなアーティストとしての生き方の実践自体がソール・ライター作品のメッセージだと理解している。そして結果的に、彼は多くの人たちに愛されながら幸せな人生を送ったのだ。
ソール・ライター財団の二人は、本展と講演で、そのような彼の生きざまの的確かつ丁寧な提示を心がけていると感じた。

ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター
Bunkamura ザ・ミュージアム(渋谷)
公式ページ

以下もご覧ください(当ブログの過去の関連記事)

2017年6月 写真展レビュー ソール・ライター展  Bunkamura ザ・ミュージアム

2018年4月 ソール・ライター 見立ての積み重ねで評価された写真家(1)

2018年5月 ソール・ライター 見立ての積み重ねで評価された写真家(2)

2018年6月 ソール・ライター 見立ての積み重ねで評価された写真家(3)

令和時代のアーティスト・デビュー
メッセージの明確化と継続的情報発信

2020年代を迎えたいま、写真とアートとの関係性は大きく変化した。写真がデジタル化したことで、だれでも写真が簡単に上手に撮れるようになり、同時に現代アートの市場規模が急拡大した。アナログ時代にはアート界で独立して存在していた「写真」は、現代アート表現の一つの方法となった。かつては、何かに感動して写真を撮影して、印刷で表現できない高品位のプリントを制作したものがアート写真だった。今やそれだけでは表層の情報提供に過ぎないと考えられるようになった。「写真」そのものだけではなく、その中身も問われるようになったのだ。自分が何に心動かされて作品作りに取り組んでいるかを意識して、関連情報を収集して、そこに共通項を見つけ総合化して、社会と接点を持つテーマやコンセプトとして提示することが求められるようになった。
アート・フォト・サイトで行っているアート写真の講座では、デジタル時代の現代アート的要素を含んだ作品を「21世紀写真」とよんで、それ以前の「20世紀写真」と明確に区別している。

このような環境下で、新人アーティストがデビューするにはどのような努力が求められるだろうか?まず作品で伝えたい感動にどのような社会的意味があるかを明確化しなければならない。そのコアとなるメッセージを意識して作品タイトルやアーティスト・ステーツメントとして提示することが重要となる。見る側を刺激する何らかの感情のフックがないと誰も振り向いてくれないのだ。写真表現でも、アーティストに求められる素養が変化した事実を理解しなければならない。

表現者の中には優れた感性を持つものの、自分の感動を客観視して、社会と接点を持つテーマとして展示することが不得意な人も多い。作品を制作して、その意味を後付けする人も多く見られる。これは体裁を整えるだけなので注意が必要だ。できない人は、専門家の力を借りることを検討してほしい。
私は、作品制作は企業活動のイノベーションを起こす行為に似ていると考えている。新しい発見や、道を極めるにはアドバイザーが必要なのはいつの時代も変わらないのだ。しかし、それは自分の言うことをきいて応援してくれる人探しではない。アーティスト自身が気付かない作家性を見立てて、言語化して世の中に伝える語り部となる人探しのことだ。

現代の情報社会では、この部分の理解が極めて重要になる。人間は簡単に想像できることは、現実になりやすいと感じる心理的な特性を持つ。成功しているアーティストの情報は話題性があるので数多く提供される。しかし世の中で全く認知されずに消えていく膨大な人たちの情報などはどのメディアも紹介しないのだ。また写真のデジタル技術の進歩で、いわゆる上手い写真を撮影するのが極めて簡単になった。画像の補正もアプリで簡単にできる。結果的に、多くの人が自分の感覚で好き勝手に表現するのがアーティストだと勘違いし、積極的に生きれば自分も成功すると思い込んでしまう。また情報を持たない経験が浅い人ほど、学ぶべき情報量を過小に考えがちだ。以上から、特に学生や新人やキャリアの浅いアマチュアは自らを過大評価しがちになる。思い込みに囚われると、その時点で成長や進歩が停止してしまう。できる限り自分を客観視する姿勢を持つように心がけてほしい。

21世紀になりメディア環境も大きく変化した。インターネットの普及で、誰でも簡単に情報発信が可能になった。世界的に生成されるデータ量が急増し、個別情報の価値がはるかに薄まっている。アート関連情報も同様で、いまや新人賞受賞、美術館やギャラリーでの個展やグループ展選出に対して世の中の関心度はかつてのように高くない。それだけだと単なる情報の断片でしかなく、世の中が瞬間的に注目してくれきっかけにはなりうるがキャリアが大きく変化することはない。
もはや突然の大成功は起きない、それは宝くじが当たるようなものだ。新人デビューはますます困難になっているといえるだろう。したがって新人の行うマーケティングも従来のメディアや関係者への「売り込み」のような努力だけでは効果が上がらなくなった。売り込み先だったメディア自体の影響力も低下しているのだ。さらにオーディエンスの価値基準も多様化、細分化している。アーティスト情報を求めている人まで届けるのが極めて困難な時代となった。

アーティストは、前記のように特徴を明確化した次のステップとして、自らでそのまわりに共感するコアとなる人を囲い込む地道な努力が求められるのだ。コーリー・ハフ(Cory Huff)著の「How to sell your art online」には、50対50の法則が紹介されている。アーティストは、50%の時間を作品制作に使い、残りの50%を自らのマーケティングに費やせという意味だ。このルールは今やすべての新人アーティストに当てはまるだろう。自らの特徴を伝えるために、展覧会開催、フォトブック出版などの従来の方法だけでなく、SNSなどで情報発信を続け、できるだけ多くの支持者を集めファンを固めていくのだ。繰り返しになるが、マーケティングは自分のコアのメッセージを伝える手段だ。その行為自体を目的化しないように注意して欲しい。
もし社会との接点を持つメッセージを長期にわたり提示し続けたら、キュレーター、ギャラリスト、編集者、美術評論家など、誰かが必ず見立ててくれる。複数の人からの見立てが積み重なることで情報発信が重層的になり、アーティストとしてのブランドが次第に確立していくことになる。
新規参入するギャラリー、ディーラーなどの販売業者も全く同じ努力が求められる。独自の極を作り上げるために尽力しなければならない。その特徴に合致したアーティストを見立てて情報発信を行うのだ。複数の特徴が育っていけば、共感するファンとなる顧客が集まってきて経営が成り立つだろう。

成功するかどうかは誰もわからない。アーティストもギャラリーもまずは仕事の継続に挑戦てほしい。もし続けられるのであれば、伝えたいメッセージの内容に何らかの社会との接点があるということ。独りよがりだと、社会とのコミュニケーションは成立しない。ポジティブな反応がないのでモーチベーションを保つことができないだろう。令和の時代、やり方は多少変わったものの、アート表現と情報発信の地道な努力が続けられる人が成功をつかむのだ。たぶん、同じ種類の情報発信を行うアーティストとギャラリーの、互いにリスペクトしあうコラボレーション成立が「21世紀写真」の理想の展開だと思う。
私はいつも新人に対して次のようなアドバイスを行っている。アーティストとは社会に対して能動的に接する生き方を実践している人のこと。そして、短期的な成功を求めることなく、ライフワークとして継続するのが成功の秘訣だと理解しようというものだ。

テリー・オニール追悼
相手を好きになるのが良い写真を撮る秘訣

テリー・オニールの死を惜しむ声が世界中から上がっている。

2015年来日時の写真展会場でのテリー・オニール氏

数々の仕事を一緒に行ったミュージシャンのエルトン・ジョン。彼はいま引退ワールド・ツアーを行っている。テリー・オニールが亡くなった2019年11月16日はニューヨーク・ユニオンデールのナッソー・コロシアムで公演を行っていた。ライブの途中で、テリー・オニールの死に触れて、有名な別れの歌「Don’t Let The Sun Go Down On Me(僕の瞳に小さな太陽)」を捧げている。

テリー・オニール作品の人気はキャリア後半期になって大きく盛り上がった。ここ数年は、世界中のギャラリーで展覧会が開催されるとともに、写真集も相次いで刊行。大手のアート写真オークションで、作品が頻繁に取引されるようになっていた。ポートレート写真には、ブロマイド的な写真が数多く存在している。この分野の写真はアート性が低い、という先入観を持っている人は今でも多い。なぜアート界でテリー・オニールのポートレート写真の人気が高かったのか考えてみたい。

ファッション/ポートレート写真のアート性は撮影を依頼する雑誌や新聞などと写真家との関係性による。これはどれだけ自由裁量が写真家に与えられるか、また写真家が獲得するかという撮影時の環境による。有名写真家になるほど、撮影スタイルが確立している。依頼主は完成する写真が想像できるので写真家に与えられる自由度が高くなる。テリー・オニールの活躍した60~70年代のファッション、ポートレートは比較的に自由に仕事ができたそうだ。花形のグラフ雑誌のフォトエッセーでは編集者の力が強く写真家の自由度はあまりなかった。それに比べて、まだマイナーだったロック系ポートレートでのテリー・オニールの自由度は相当に高かった。彼の名作が生まれた背景にはこのような幸運な撮影環境があったのだ。
また与えられた自由裁量の中で、写真家がどのように作家性を発揮するかも重要になる。テリー・オニールは世界的なセレブリティ―たちの自然な表情を撮影することで定評があった。その一種ドキュメンタリー性を兼ね備えた作風が広くアート界でも認識されているのだ。彼は自然な表情を撮影するためには、被写体との関係性構築と環境作りが重要だと語っていた。それが上手くいけば、あとは瞬間を切りとるだけだという。彼が最も尊敬していたのはマグナム・フォト所属のアメリカ人写真家ユージン・スミス。スミスは撮影環境作りを重視し、被写体が写真家やカメラを意識しなくなるまでシャッターを押さなかったという。テリー・オニールも、同じアプローチを実践。カメラも同じくコンパクトなライカを用いている。彼は時に被写体と長期間にわたり行動を共にし、また姿を隠したりしてシャッターチャンスを待ったという。彼は写真家として成功する秘訣は、あまり目立たないことだといっている。最初、その意味は良くわからなかった。その後に本人と話したことで、被写体にとって写真家が自然の存在になることで初めて良い写真が撮影可能になるという意味だと分かった。また被写体である相手を好きになることも強調している。写真にはすべてが出てしまう、良い写真と悪い写真の違いはすべてそこにある、とも語っている。
彼の写真作品は、セレブリティーが被写体となったドキュメンタリーで、被写体とのコラボから生み出された自己表現であり、各時代を代表する各界の顔が撮影された、当時の気分や雰囲気が反映されたアート系ファッション・ポートレート写真であることがわかる。
大手アート・オークション会社クリスティーズのスペシャリスト・ジュード・ハル(Jude Hull)氏は、彼の写真を「20世紀から時代が経過したいま、テリー・オニールの写真は過去の(時代性が反映された)重要なドキュメントと考えられるようになった」と評価している。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は TON-Frank-Sinatora-on-the-Boardwalk-Miami-1968.jpg です
Frank Sinatora on the Boardwalk, Miami, 1968/ Iconic Images

80年代以降、撮影依頼者から次第に指示や制限が加えられるようになっていく。ファッションやポートレートを取り扱うメディアがビック・ビジネスとなった。彼らが出版後の様々な事態を想定して自己規制を行うようになったのだ。健康被害を思い起こすタバコ、宗教的、人種差別、性差別などに事前に配慮したヴィジュアルが求められるようになる。その後は、自由な表現を追求したい写真家と、編集者やクライエントとの戦いが繰り返されることになる。多くの写真家は、この分野の自由な表現の可能性に見切りを捨て、業界を去ったりファインアートを目指すようになる。21世紀になりデジタル化が進行したことで、写真家に与えられる自由裁量はさらに狭まっているのは多くの人が知るところだ。最近では、写真家はクライエントやデザイナーの指示でカメラを操作するオペレーターのような存在になっている。このような不自由な状況では、かつてのようにポートレート写真から時代に残るようなアート作品が生まれ難くなってしまった。テリー・オニールがキャリア後期に撮影をしなくなった理由は、年齢のせいだけではないのだ。最後の本人が納得のいった仕事はネルソン・マンデラの撮影だったという。

テリー・オニールが異例ともいえる長期間にわたり業界最前線で活躍してきた点にも注目したい。2015年に東京で開催された写真展では、キュレーションを担当したロビン・モーガン氏は写真展タイトルを 「Terry O’Neill : 50 Years in the Frontline of Fame」(「テリー・オニール:華麗なる50年の軌跡」と意訳した)としている。文字通り、現役として業界の最前線で約50年以上にわたり活躍してきたのだ。多くの写真家は専門分野があり、活躍するのもピーク時期はだいたい10年くらいではないだろうか。特にファッション写真の場合、創造性はいくら優れた写真家でも長続きしないことで知られている。ハ―パース・バザー誌のアレクセイ・ブロドビッチは、寿命は7年くらいだと語っている。

しかし、ポートレート写真では様々な有名人を被写体として撮影することから、写真家は刺激を受けつづけ、創造性への情熱も継続ができる場合が多い。現在ブリッツで展示中のノーマン・パーキンソンも、キャリア途中でファッションからポートレートへ軸足を移して活躍し続けている。
テリー・オニールのポートレートはミュージシャンから始まる。1963年のビートルズの撮影以来、エイミー・ワインハウスまで、常に音楽業界の最前線のミュージシャンを撮影してきた。彼は、幸運にもビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、デヴィット・ボウイのヴィジュアル作りに初期段階から関わり、彼らが世界的なロック・スターへと成長していくにしたがって、オニールの写真家の名声も上がっていくのだ。しかし、音楽専門写真家は数多くいる。彼が特別にミュージシャンと親しい関係性を構築できたのは、自身がジャズドラマーでもあり、被写体から同じミュージシャンの仲間だと尊敬されていたからだと思われる。写真家というより、被写体のミュージシャンと同じ目線での撮影が、彼の魅力的な作品の背景にあるのだ。

Kate Moss English fashion model Kate Moss in a black body stocking, March 1993/ Iconic Images

そして、撮影対象の分野が多岐にわたることも大きな特徴だろう。音楽界、映画界はもちろん、なんとサッチャー首相などの英国政界の人々や、エリザベス女王など英国王室も撮影。その範囲は、スーパーモデル、スポーツ/文化界、自動車レース界まで及ぶのだ。だいたい写真家には専門分野がある。彼のような人は極めて稀なのだ。

Hepburn With Dove A contemplative Audrey Hepburn with a dove perched on her shoulder, 1966/ Iconic Images

テリー・オニールの代表作品は既に完売している。これからは、オークションでの取引が中心になると思われる。ただし、エディションが残っている作品については、その範囲内で限定エステート・プリントとして新たに販売されることが決定した。また代表作でない生前のサイン入り作品は、かなり高価になったがロンドンのギャラリーに在庫がある場合がある。興味ある人はぜひブリッツに問い合わせてほしい。

最後に冒頭に紹介したエルトン・ジョンの別れの言葉を紹介したい。「彼は本当に偉大な写真家だった。テリー、あなたの旅がどこに向かっていようとも素晴らしいものでありますように。私へのいままでのすべての仕事に感謝します。」

テリー・オニールが安らかな眠りにつかれるように、心よりお祈り申し上げたい。