エルトン・ジョン・コレクション
クリスティーズNYでオークション開催!

ポップミュージック界の伝説的人物のエルトン・ジョン(1947-)。彼は1990年代に初頭にアメリカの拠点としてアトランタに4ベットルームの豪華マンションを購入している。
彼はその場所に気に入った写真作品を含む膨大なアート作品などをコレクションしていた。しかし、彼は公演活動からの引退後は家族とともに英国の邸宅を主な住居とすることを決め、アトランタの住居を722万5000ドルで売却。それに伴い、彼がマンション内に収蔵していた膨大なアート作品と私物がクリスティーズ・ニューヨークで「The Collection of Sir Elton John Goodbye to Peachtree Road」と命名された大規模オークションで売却された。売却リストには、アンディ・ウォーホル、バンクシー、キース・ヘリンング、シンディー・シャーマン、アンドレアス・グルスキー、ハーブ・リッツなどの珠玉のアート・コレクションだけにとどまらず、クローゼット・コレクションから、カスタム・デザインのジャンプスーツ、1970年代の象徴的なプラットフォーム・ブーツ、彼のトレードマークのワイルドなサングラス、ファッション・デザインのアイコンのジャンニ・ヴェルサーチのコレクション、ロレックス/カルティエなどの時計や宝飾品、家具類、また彼が海外旅行に持参した1990年製のベントレー・コンチネンタルなどまでが含まれていた。ライブとオンラインで写真作品352点を含む合計923点が出品された。

Christie’s NY, Banksy「Flower Thrower Triptych」

ライブ・オークションは、2月21日、22日、23日にかけて「The Collection of Sir Elton John: Opening Night and The Day Sale」として開催。2月21日の「The Collection of Sir Elton John: Opening Night」では49点がオークションに出品され、ほぼすべてが落札、最高額は彼がアーティストから2017年に直接購入したというバンクシーの組作品「Flower Thrower Triptych」(2017年)で、100~150万ドルの落札予想価格に対して192.55万ドル(約2.88億円)で落札された。

Christie’s NY, Cindy Sherman 「Untitled (Film Still #39),1979」

ライブ・オークションには写真作品は187点が出品され172点が落札、落札率は約92%、総売り上げ約582万ドル(約8.73億円)と極めて好調な結果だった。写真作品の最高額はシンディー・シャーマンの「Untitled (Film Still #39),1979」、落札予想価格30~50万ドルのところ、37.8万ドル(約5670万円)で落札。
2位はアンドレアス・グルスキーの「Dior Homme、2004」、187.2 x 373.4 cmサイズの大判作品で、落札予想価格30~50万ドルのところ、30.24万ドル(約4536万円)で落札。

Christie’s NY, Andreas Grusky 「Dior Homme、2004」

3位はヘルムート・ニュートンの「Tied Up Torso, Ramatuelle, France 1980」、109.8 x 109.8 cmサイズの大判作品で、落札予想価格20~30万ドルのところ、20.16万ドル(約3024万円)で落札。

Christie’s NY, Helmut Newton 「Tied Up Torso, Ramatuelle, France 1980」

真摯なアートコレクターが参加する高額価格帯の作品は落札予想価格の範囲内での落ち着いた金額での落札がほとんどだった。上記の上位3点も落札予想価格の下限付近での取引だった。市況が落ち着いていることも一因だろうが、この価格帯にはエルトン・ジョン所有による価格のプレミアムは特に見られなかった。
しかし中低価格帯では、落札予想価格上限を超える落札が多く、特に1万ドル以下のカテゴリーにはエルトン・ジョン・コレクションのプレミアムが見られた。テリー・オニールの「Elton John (Album Cover Variant), 1974」などは、落札予想価格6000~8000ドルのところ、2.079万ドル(約311万円)で落札。

Christie’s NY, Terry O’Neill 「Elton John (Album Cover Variant), 1974」

ちなみに、ベントレー・コンチネンタルは、落札予想価2.5~3.5万ドルのところ、44.1万ドル(6615万円)で落札されている。

その他のカテゴリーでは、高級腕時計の多くが落札予想価格の上限を大きく超える金額で落札されていた。これらはエルトン・ジョンが所有していたことに多くの人が大きな付加価値を見出したのだろう。

Christie’s NY, Bentley Convertible

上記のライブ・オークションとは別に以下の日程で低価格帯を中心に扱うオンライン・オークション同時も開催された。

2月9日から27日
「The Collection of Sir Elton John: Honky Château」 124点
「The Collection of Sir Elton John: Elton’s Versace」 73点
「The Collection of Sir Elton John: The Jewel Box」 124点

2月9日から28日
「The Collection of Sir Elton John: Elton’s Superstars」 65点、
「The Collection of Sir Elton John: Love, Lust and Devotion」 120点
「The Collection of Sir Elton John: Out of the Closet」 87点

こちらにも多くの写真作品が含まれるので、後日に結果を紹介したい。

(為替レート 1ドル/150円で換算)
詳細(クリスティーズ)

定型ファインアート写真の可能性
Zen Space Photographyの提案 第5回
世界を自分の目で見る、そしてカメラを構える

若いとき、ケニア、ザンビア、ジンバブエなど通貨価値が安いアフリカの国々へ貧乏旅行でよく行った。現地では、ニコンの一眼レフ・カメラを携えて、広大なサバンナでのサファリ・ドライブによく出かけた。
ザンビアで英国人自然保護活動家のノーマン・カー(Norman Carr)に、「写真ばかりを撮るのではなく、自分の目で自然を見ろ」というお叱りに近いアドバイスを受けた。この言葉がずっと私の心に引っかかっていたのだが、やがてすっかりと忘れ去っていた。それが最近になって、当時の紙焼き写真をスキャニングしていると、望遠鏡で野生の動物を観察しているノーマン・カーの後ろ姿のカットが出てきた。

再び当時に聞いた彼の言葉が思い浮かんだので、改めて色々とその意味を考えてみた。ノーマン・カーの言葉を思い返すと、彼は自然風景の写真撮影が目的化し、ただ感覚的にカメラを向けシャッターを押しまくる旅行者のいわゆるカメラ・サファリの行為をたしなめたのだろうと、感じている。まず自分の目で風景をきちんと観察して、何か心動く発見があればカメラを構えて撮ればよいというアドバイスだったのではないだろうか、といまでは解釈している。そのような写真には、撮影者がその時に何に心動かされたかが残されている。時間が経過すると、それらの写真の蓄積は自分が何に反応して世界を見てきたかの記録の連なりになる。当時を振り返ると、感覚重視の写真も多いのだが、中には何か心が動いた結果に撮られたような写真も発見できた。私がよく撮っていたのは、目の前のまなざしの先に展開する何気ないシ-ン。そして、道具として使われつくした古い車、壁の劣化したポスターや看板、現地の人の引きの後ろ姿の写真などだ。自分が当時は何に反応していたのか、それがどのように今につながるかの思いが蘇ってくる。ただぼんやりと風景を眺めているだけだと、すぐに忘れ去っていただろう。

よく混同されるのが、日常生活のなかフィーリング任せでカメラを構え、意識的に「良い写真」を撮ろうとする行為だ。そのようなストリート写真の極みは、アレックス・ウェブの写真集「Dislocations」などで見られる。

Alex Webb「Dislocations」

目の前に展開する世界から、都市の断片、看板、サイン、光の影/反射、建造物の部分、人のファッションやジェスチャーなどのありとあらゆるビジュアルの断片や色彩の要素を1枚の写真の中に巧みに組み合わせて構成を追求する行為だ。
最近はSNSで多くの人がその巧みさを競っているように感じるが、これには経験と熟練が必要だ、下手すると陳腐なわざとらしい写真になってしまうリスクがある。
アレックス・ウェブほど巧みな写真でなく、第3者が平凡な風景写真と感じても、本人にとっては意味があるイメージであるかもしれない。それを知る手掛かりになるのは、撮影者がどのような世界観や哲学をもって生きているかによる。例えば映画監督ヴィム・ヴェンダースの風景写真。写真集「Wim Wenders:4 Real & True 2! Landscapes. Photographs」には代表作がセレクションされている。彼は人生のおける明確な生きる指針もって、映画を制作してきた。見る側がそれを意識して接すると、彼の本当に何気ない普通の風景写真が何か心に沁みて感じるようになる。

「Wim Wenders:4 Real & True 2! Landscapes. Photographs」

自分の中に何らかの基準がないと、どうしても目の前のシーンから感じるフィーリングやイメージ感覚を起点とした写真撮影になりがちだろう。ではどのような姿勢で撮ればよいか? 理想的には、ファインアート写真の作品テーマが明確にある、また人生における明確な生きる指針を持っていて、目の前に展開する世界でそのようなビジュアルを追求することだ。しかし、誰もが感動するような作品テーマなどは簡単に見つかるものではないし、確固とした人生の世界観構築も容易ではないだろう。
そこで何をどのように撮ったらよいかわからない多くの人に提案したいのが、いままでに紹介してきた定型ファインアート写真であり、Zen Space Photographyもそのひとつなのだ。興味ある人は詳しい取り組み方などは過去の一連のブログを読んでほしい。
そのようなアプローチで撮影された写真が蓄積されてくると、自分の過去から現在への意識の連なりが可視化される。これは、紙焼きの写真をアルバムなどで見てもあまり実感できないが、デジタル化された写真を、大きめのモニターを使いスライドショー形式で見ると効果的に振り返れる。写真をキーワードや、同じ感情の連なりなどの一定の方法で編集やグループ化していくと、自分が何に反応してきたのか、また何も考えていなかったなど、写真により可視化されるかもしれないのだ。もしかしたら、ファインアート写真制作のヒント、テーマが見えてきて、その先に自分が想像できなかったような視点を持った作品が生まれるかもしれない。

最近、写真を通して行うこの作業は人生の究極の暇つぶしではないかと感じている。写真は取り組み方によっては趣味を超えて、人の心を豊かにしてくれるライフワークになる可能性を持つのだ。

2023年アート写真オークション
高額落札ベスト10
高価格帯の市況が低迷する

2023年、米国では執拗なインフレ高進による米連邦準備理事会(FRB)の金融引き締め長期化が世界経済のリスクであるとの見通しから、投資家のリスク資産回避の動きが続いた。年末になり利上げ打ち止め観測から2024年の利下げ観測が徐々に市場に織り込まれる状況になり、株価が上昇し長期国債利回りは低下した。その後は、市場の2024年の過度の利下げ期待に対してFRB理事から牽制する発言が続いて金利は反転。今年の米国景気は、インフレが抑えられたうえで景気悪化を回避する「軟着陸」の見通しが強いものの、先行きはやや不透明感が増してきた。
日本では、日銀の早期のマイナス金利政策解除の観測期待があったものの、正月の令和6年能登半島地震の影響で現状維持の見通しがささやかれだした。昨年末には、約1ドル/140円付近まで円高が進んだものの、上記の2要因で再びドル安が進行している。しかし、少なくとも150円を超える為替レートがやや円高に振れているのは日本のコレクターには朗報だろう。

経済政治状況の見通しが不確かで、市場が様子見気分の時は、実は質の高い中間価格帯以下の作品が割安に購入できるチャンスでもなる。コレクターにとっては、世界的なインフレ見通しの改善見通しが強まれば、2024年は買い場探しの時期になる可能性があるかもしれない。ウクライナ戦争やイスラエル・ガザ戦争の停戦合意など市場外部環境の改善があれば様子見気分が強い相場の雰囲気が一転するかもしれない。相場の気分は急激に変化するので、コレクターは購入を検討している作品の相場動向には留意するように心がけてほしい。

さて2023年のオークションでの高額ランキングだが、2022年はマン・レイの「Le Violin d’Ingres, 1924」(1924年)が約1,240万ドル、エドワード・スタイケンの「The Flatiron, 1905」が約1,180万ドルという、写真としては異例の1000万ドル越えの超高額落札が2件あった。2023年の最高額は、これと比べるとはるかに低いリチャード・プリンスのカウボーイ作品「Untitled (Cowboy), 1999」で約156万ドルだった。これは2018年に次ぐ100万ドル台のという低い最高落札額で、2022年の超高額落札で歴史的な貴重作品の出品が続くという見通しが見事に裏切られた。
5位のエグルストン作品は、2012年3月12日にクリスティーズ・ニューヨークで行われた“Photographic Masterworks by William Eggleston Sold to Benefit the Eggleston Artistic Trust”で、57.85万ドルで落札された、約112X152cmサイズ、エディション2のピグメント・プリント。写真表現が現代アート市場に取り込まれたことが明らかになった象徴的作品。作品価値は約11年で約74%も上昇、以前も紹介したが1年複利で諸経費を無視して単純計算すると約11年で約5.17%で運用できたことになる。現代アート分野で取り扱われるエグルストンの大判代表作は、短期間で効率的なリターンを達成している。
なお5月にクリスティーズ・ニューヨークで行われた、“21st Century Evening Sale”では、ダイアン・アーバスの「A box of ten photographs, 1970」が、$1,008,000.(約1.42億円)で落札されている。しかしこれは10枚セットのポートフォリオなのでランキングからは除外した。
いま20世紀写真が、現代アート系のオークションに出品されるのは特に目新しい事例ではなくなった。作品の評価額によって、低中価格帯はデイ・セール、高額価格帯作品はイーブニング・セールに登場している。版画などを取り扱う、エディション・セールでも低価格帯の写真作品が普通に見られるようになっている。20世紀には独立したカテゴリーだった写真作品だが、 写真のデジタル化と現代アート市場の拡大により、 アーティストの一つの表現方法だという認識が着実に浸透中なのだと思う。

2023年オークション高額落札ランキング

1.リチャード・プリンス
「Untitled (Cowboy), 1999」

Christie’s New York, Richard Prince

クリスティーズ・ニューヨーク、“A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I and II”
2023年5月17-18日
$1,562,500.(約2.21億円)

2.ゲルハルト・リヒター
「Strip, 2015」

Sotheby’s New York, Gerhard Richter

サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Evening and Day Auctions”
2023年11月15-16日
$1,270,000.(約1.79億円)

3.バーバラ・クルーガー
「Untitled (Out of your mind) and Untitled (In your face), 1989」

Sotheby’S London, Barbara Kruger

サザビーズ・ロンドン、“Modern and Contemporary Art Evening and Day Sales”
2023年3月5日
GBP889,000.(約1.59億円)

4.ジョン・バルデッサリ
「Source, 1987」

Sotheby’s New York, John Baldessari

サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Evening and Day Auctions”
2023年5月15日
$1,079,500.(約1.52億円)

5.ウィリアム・エグルストン
「Untitled, 1970」

Christie’s New York, William Eglleston

クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening Sale”
2023年5月17-18日
$1,008,000.(約1.42億円)

6.シンディー・シャーマン
「Untitled Film Still #48, 1979」

Sotheby’s London, Cindy Sherman

サザビーズ・ロンドン、“Now Evening, Modern & Contemporary Evening and Day Auctions”
2022年5月10-13日
GBP762,000.(約1.36億円)

7.ロバート・フランク
「’Charleston S. C.’, 1955」

Sotheby’s New York, Robert Frank

サザビーズ・ニューヨーク、“Pier 24 Photography”
2023年5月1-2日
$952,500.(約1.34億円)

8.リチャード・プリンス
「Untitled (Fashion) 1982-84」

Sotheby’s New York, Richard Prince

サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Evening and Day Auctions”
2023年11月15-16日
$762,000.(約1.078億円)

9.アンドレアス・グルスキー
「Chicago, Board of Trade, 1997」

Christie’s New York, Andreas Grusky

クリスティーズ・ニューヨーク、“A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I and II”
2023年5月17-18日
$756,000.(約1.070億円)

10.シンディー・シャーマン
「Untitled, 1978」

Christie’s New York, Cindy Sherman

クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening and Post-War & Contemporary Art Day Sales”
2022年11月7-8日
$693,000.(約9810万円)

(為替レート/ドル円141.56円、ユーロ円153.50円、ポンド円178.86)
三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる2023年の平均為替レート

ブリッツ・ギャラリーの2024年予定
「SUKITA X SCHAPIRO展
Part-2」見どころ解説

本年のブリッツ・ギャラリーの企画展予定をお知らせしよう。

David Bowie, 1973-1989, New York ⓒ Sukita

・「SUKITA X SCHAPIRO : PHOTOGRAPHS Part-2」
鋤田正義と米国人写真家スティーブ・シャピロによる二人展パート2は、3月24日まで開催。パート1では、日米二人の巨匠による主にボウイのカラー作品を展示した。パート2では二人の原点となるドキュメンタリー系、有名人ポートレートなどのモノクロ作品を、もちろんボウイ作品も含めて展示している。パート1とは雰囲気が全く違い、ギャラリー内がとても新鮮に感じる。

Jazz, 1969
ⓒ Sukita ⓒ Delta Monde

見どころは数多くあるが、まず鋤田のキャリ初期1969年のJAZZのファッション写真には注目したい。これは、彼がシュールレアリスム画家ルネ・マグリットの作品に触発されて制作した作品。当時の日本は女性ファッションが花盛り、メンズはマイナー分野だった。逆にそれが鋤田に幸いして、表現に制限がありがちなファッション写真で写真家に多くの自由裁量が与えられたのだ。つまり本作は、仕事の写真なのだが自己表現の作品でもあるのだ。
本展には、ちょうどスティーブ・シャピロが撮影したルネ・マグリットのポートレートも展示中。二人のつながりは、デヴィッド・ボウイ、ユージン・スミスだけではないのだ。
その後のストーリーは、ボウイ・ファンの人の間ではよく知られている。鋤田はJazzのファッション写真のポートフォリオを持って当時の若者文化の中心地ロンドンに行く。その作品がきっかけでT-Rexの撮影につながり、シュールレアリスムを愛するボウイに注目されるのだ。Jazzのファッション写真がなければ、鋤田とボウイの約40年にもわたる関係は生まれなかったのだ。

Three Men, New York, 1961
ⓒ Steve Schapiro

パート2のもう一つの見どころは、シャピロの初期60年代のドキュメンタリー作品だろう。パーソナルな視点で撮影された、銀塩のモノクロの抽象美が表現された写真は必見だ。実は欧米では、彼の60年代のモノクロ写真の方がボウイ作品より高く評価されており、市場価格も高くなっている。いまの写真界は現代アート的な表現が中心だが、彼の作品にはモノクロ写真の美しさの原点が再発見できる。ロバート・フランクなど戦後の現代米国写真のファンの人にも見てほしい作品展示だ。

Andy Warhol and the Velvet Underground
at the Window, Los Angeles, 1966
ⓒ Steve Schapiro

またシャピロ作品では、ルー・リード、ニコ、アンディー・ウォーホールなどによるザ・ヴェルベェット・アンダーグラウンドの作品も含まれる。バンドは商業的には成功しなかったものの、前衛的で高い音楽性は、ボウイなどに影響を与えたことでも知られている。その他、マーロン・ブランド、モハメド・アリ、バーバラ・ストライザンド、ニコなどの珠玉のポートレートも見ることができる。

ボウイ作品では、シャピロが「The Man Who Fell To Earth, 1976」、人気の高い「Low」作品を引き続き展示。 鋤田は本展のためにHeroesセッション、「A Day In Kyoto」シリーズからセレクションした作品を展示している。
また鋤田は、時間の経過の可視化を写真で行うことを目指した、2枚組の最新プロジェクト作品も出品。(ブログの一番最初に掲載している組写真) 鋤田の、写真表現の限界を広げる挑戦は継続中なのだ。

パート2は、ボウイやミュージックファンはもちろん、写真ファン、アートファンも十分に楽しめる内容だ。また今回は、来廊者用の記念撮影スポットをドキュメント系写真の展示エリアに2か所設置。展覧会カタログもパート2用ギャラリー・カード付きで限定販売している。

・「ブリッツ・フォトブック・コレクション2024」

春にはフォトブックと写真作品を展示するイベントを不定期ながら長年にわたり開催している。原点は当時の渋谷パルコパート1の地下1階にあったロゴスギャラリーで、2000年代に5月の連休明けに毎年開催していた「レアブックコレクション」だ。写真がアート表現のひとつのカテゴリーとして一般化し、多数のヴィジュアルをシークエンスで紹介する写真集フォーマットがアーティストの世界観やコンセプトを伝えるのに適していると認識されるようになった。いまでは、アーティストが自らのメッセージを伝えるために制作した写真集は、単なるコレクターの資料ではなく、それ自体が資産価値を持ったファインアート作品だと認識されており、それらは一般的な写真集と区別されてフォトブックと呼ばれるようになった。ブリッツは長年にわたりフォトブックの啓蒙活動と新刊/レアブックの紹介を行ってきた。フォトブックガイド本も2014年に「アート写真集ベストセレクション101」として玄光社から刊行している。
今年の企画では、特に特定のテーマを設けずに、ファッション、ポートレート、ドキュメンタリー、ヌード、風景、ネイチャーなど幅広い分野のモチーフのフォトブックと写真作品をともに紹介する予定。写真作品は、ブリッツが取り扱う写真家/アーティストの名作、また多くが初公開となるギャラリー・コレクションを展示する。海外の写真オークションのプレビュー会場を意識して会場を構成する予定だ。

・「Duffy:Fashion Photographs」

PONTE VECCHIO, FLORENCE
VOGUE UK – 1961 s
ⓒ Brian Duffy

年後半には英国人写真家ブライアン・ダフィー(1933-2010)のファッション写真の展示を予定している。ダフィーは、デビット・ベイリー、テレス・ドノヴァンとともに60年代スウィンギング・ロンドンの偉大なイメージ・メーカーであるとともに、モデルと同様に有名なスター・フォトグラファーだった。彼らはそれまで主流だったスタジオでのポートレート撮影を拒否し、ドキュメンタリー的なファッション写真で業界の基準を大きく変えた革新者で、いまでは当たり前のストリート・ファッション・フォトの先駆者たちだったのだ。
彼はまた70年代にデヴィッド・ボウイ(1947.1.8 – 2016.1.10)と、ジギー・スターダスト(Ziggy Stardust、1972年)、アラジン・セイン(Aladdin Sane、1973年)、シン・ホワイト・デューク(Thin White Duke、1975年)、ロジャー(間借人)(Lodger、1979年)、スケアリー・モンスターズ(Scary Monsters、1980年)の5回の撮影セッションを行っている。特にアラジン・セインは有名で、「ポップ・カルチャーにおけるモナ・リザ」とも呼ばれている。
本展では、60年代から70年代に撮影された、ヴォーグ英国版、エル・フランス版、ピレリー・カレンダーなどに発表された作品を展示する予定だ。

以上が今までに決定している展示になる。その他、いろいろな企画の可能性を現在検討している。2024年もブリッツの活動を楽しみにしていてほしい。

NYの現代アート系オークション
写真作品2点が100万ドル超で落札

秋のニューヨーク現代アート・オークションでは、11月7日/10日にクリスティーズで「21st Century Evening and Post-War & Contemporary Art Day Sales」、11月14/15日にフリップスで「20th Century & Contemporary Art Evening and Day Sales」、11月15/16日にサザビーズで「Contemporary Art Evening and Day Auctions」が開催。

サザビーズでは、ゲルハルド・リヒターとジョン・バルデッサリの写真作品2点が100万ドル越えで落札された。しかし全般的に動きは低調で、今年5月にクリスティーズ・ニューヨークの「A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I and II」で記録した、リチャード・プリンスの「Untitled (Cowboy), 1999」の、156.25万ドルを超えることはできなかった。

気になったのが、サザビーズのデイ・オークションに、ダイアン・アーバス、ロバート・メイプルソープ、ウィリアム・エグルストン、ナン・ゴールディン、ティナ・モデッティなど、普段は「Photographs」オークション中心に出品される写真家の中間価格帯の作品が含まれていたことだ。業者の判断にもよるが、今後は、幅広い価格帯の20世紀写真が現代アート系や版画などの「Print & Edition」オークションに出品されるケースが増加していく予感がする。

以下が今シーズンの100万ドル越えの写真系作品の詳細となる。2点ともサザビーズ・ニューヨークでの取引となる。

ゲルハルド・リヒター「Strip, 2015」、落札予想価格200万~300万ドルのところ、下限を下回るの127万ドル(約1.84億円)で落札。4つのパートからなる200 X 1101cmサイズの横長のデジタル・プリント作品。

Sotheby’s NY, Gerhard Richter, “Strip, 2015”

作品解説によると本作「Photo paintings」のぼかしの装置、「Farbens」の規則正しい色彩の配置、そして感覚に没入する「Abstrakte Bilder」など、リヒターのこれまでの最も重要なブレークスルー表現を統合している重要作品。リヒターはスペクトル内の色の順序や帯の太さをランダムにするプロセスに没頭しているとのこと。このシリーズは、テート(ロンドン)、ルイジアナ近代美術館(フンレベック)、アルベルティーナ美術館(ウィーン)、国立国際美術館(大阪)などの一流美術館に収蔵されている。

Sotheby’s NY, John Baldessari, “Source, 1987”

ジョン・バルデッサリ「Source, 1987」、落札予想価格70万~100万ドルのところ107.95万ドル(約1.56億円)で落札。153 x 121.9 cmサイズ、銀塩写真にペイントされた作品、ブランド・ギャラリーのSonnabend Gallery取り扱ったという来歴だ。

その他作品では、リチャード・プリンスの「Untitled (Fashion) 1982-84」が、76.2万ドル(サザビース)、シンディー・シャーマンの「Untitled, 1978」が、69.3万ドル(クリスティーズ)、バーバラ・クルーガーの「Untitled (Our prices are insane!), 1987」が、57.15万ドル(フィリップス)が落札されている。

Christie’s NY, Cindy Sherman, “Untitled, 1978”

2022年アート写真市場では、マン・レイ作品「Le Violon d’Ingres, 1924」とエドワード・スタイケン作品「The Flatiron, 1904/1905」の2点が1000万ドル越えで落札されて大きな話題になった。それに比べると2023年の結果は見劣りするといえるだろう。

2023年を通しての外部の経済環境を見てみると、米国の労働市場は相変わらず底堅く、また財政不安も背景にあり、長期金利の上昇が続いていた。また執拗なインフレ高進による当局の金融引き締めの長期化が世界経済のリスクであるとの見通しから投資家のリスク資産回避の動きがみられた。このような見通しの中、2023年は高額評価の作品のオークション出品が手控えられ、逆に低額作品の出品が増加したのだと思われる。

なお2023年の詳しい市場分析は年初のブログで行う予定だ。

(為替レート 1ドル/145円で換算)

女性ファッション写真家の再評価が進行中
美術館展が相次いで開催!

今年の海外美術館で開催された展覧会では、以下のように女性ファッション写真家が非常に多く取り上げられていた。

デボラ・ターバビル(1932-2013)スイス・ローザンヌのエリゼ写真美術館、
シーラ・メッツナー(1939-) 米国ロサンゼルスのゲッティー・センター
エレン・フォン・アンワース(1954-) 米国アトランタのSCAD FASH Museum of Fashion + Film などだ。

美術館展の開催準備には通常は短くても数年以上の時間がかけられる。たぶん上記の展示はコロナ前の時期から企画されていたのだと思われる。ファインアート業界は男性優位社会の傾向が強く、市場で高額落札されるのも男性アーティストが比率が高い事実は広く知られている。生成AIに聞いてみたところ、以下のような回答だった。

「アートの世界において、男性が女性よりも優位であるという認識が広くあります。しかしながら、美術業界における男女比率は、国や地域によって異なります。例えば、米国の18の美術館の常設コレクションに収蔵された作家の男女比は、男性87%、女性13%であることが報告されています。美術品のオークション大手Artnetのベストセラーアーティスト100の中で女性はわずか5人と報告されています。」

世界中で起きている「ジェンダーフリー(固定的な性別による役割分担にとらわれず、男女が平等に能力を生かし自由に活動できること)」の動きがアートの世界でも進行中なのだ。これが男性写真家が圧倒的に優位だったファッション写真の世界でも起きており、女性写真家の再評価が海外の美術館中心に行われているのだろう。写真展の詳細は以下のようになる。

ブリッツ・ギャラリー/1991年の個展の案内状

◎デボラ・ターバビル展 “Deborah Turbeville – Photocollage”
@スイス・ローザンヌ「エリゼ写真美術館(Photo Elysée)」
会期:2023年11月3日~2024年2月25日

デボラ・ターバビル(1932-2013)は、マサチューセッツ州ボストン生まれ。ヴォーグ、ハーパース・バザー、ノヴァ、ニューヨーク・タイムズや、コム・デ・ギャルソン、ギィ・ラロッシュ、シャルル・ジョルダンなどの有名ファッション・ブランドでファッション写真を撮影してきた。日本では1985年に渋谷パルコで開催された「Deborah Turbeville」展、パルコの広告写真で知られている。実はブリッツでも、ギャラリーが広尾あった1991年11月に個展を開催している。

本展は、エリゼ写真美術館と彼女の作品アーカイブを収蔵するMUUSコレクションのコラボレーションにより実現。キュレーションは同館ディレクターのナタリー・エルシュドルファー(Nathalie Herschdorfer)が担当している。
ファッション写真から極めてパーソナルな作品まで、ターバビルの写真表現の探求の過程を紹介し、彼女の作品がメディアにおけるファッションの表現にどのような変化をもたらしたかを探求している。未公開作品のセレクションを公開するほか、手作りのコラージュ作品にも焦点を当て、写真史における彼女の貢献について新たな評価を提供を試みている。

同名のフォトブックもThames & Hudsonから刊行。

“Deborah Turbeville – Photocollage”、Photo Elysée

美術館の公式サイト

フォトブック

◎シーラ・メッツナー展 “Sheila Metzner : From Life”
@米国ロサンゼルス「ゲッティー・センター(GETTY CENTER)」
会期:2023年10月31日~2024年2月18日

シーラ・メッツナーは、1939年ニューヨーク・ブルックリン生まれ。1960年代にドイル・デイン・ベルンバッハ広告代理店(Doyle Dane Bernbach)で初の女性アートディレクターとして活躍。その後、子育てを行いながら写真家キャリアをスタートさせる。1978年、彼女のポートレートがニューヨーク近代美術館で開催された「Mirrors and Windows: American Photography Since 1960」展で注目される。それがきっかけで、ギャラリー展やヴォーグ誌アレクサンダー・リバーマンからの仕事依頼へとキャリアが展開していく。当時のヴォーグ誌はリチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、デニス・ピールが中心的に仕事を行っていた。その状況下で、メッツナーはヴォーグから安定的に仕事を依頼された最初の女性写真家となる。

彼女は、19世紀フランスで開発されたフレッソン・プリントという版画に近い古典的手法を採用し、1980年代にはクラシックでロマンティックな質感と美を持ったスタイルを確立させる。それらのイメージは 普通のカラー写真にない、柔らかな色味と質感を持っているのが特徴。常に芸術の境界線の拡大を探求するメッツナーの写真美学は、やがてファッション写真から、ファインアート、ポートレート、静物、風景などの分野でも地位を確立していく。写真作品は、メトロポリタン美術館、ニューヨーク近代美術館、国際写真センター、J.ポール・ゲッティ美術館、ブルックリン美術館、シカゴ美術館などがコレクション。日本では1992年に大丸ミュージアムで写真展を開催している。

本展は、ファッションと静物の分野で20世紀後半の写真史にその名を刻み、国際的に高く評価されたシーラ・メッツナーの芸術性を称えるもの。彼女のユニークな表現は、ピクトリアリズムとモダニズムの側面を融合させ、写真史の中で傑出しているだけでなく、1980年代の最高のファッション、スタイル、装飾芸術のトレンドと密接に関連する美学を作り上げている。本展では、1960年代のウッドストックでの親密な家族のポートレート、ファッションのエディトリアル、ヌード、神聖な風景など、彼女のライフワークを紹介している。

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フォトブック

◎エレン・フォン・アンワース展
“ELLEN VON UNWERTH: THIS SIDE OF PARADISE”
@米国アトランタ市「SCAD FASH Museum of Fashion + Film」
会期:開催中~2024年1月7日

エレン・フォン・アンワースは、1954年、ドイツ・フランクフルト生まれ。ドイツとフランスでモデルとしてキャリアをスタートし、その後フォトグラファーに転身している。彼女の作風は、ヘルムート・ニュートンやピーター・リンドバークと比べられることが多いが、その挑発的なエロチシズムの中にはロマンチシズムや女性らしさが感じられるのが特徴。また強く、自信に満ちた女性のパラダイムを写真世界に再構築した独自の写真スタイルを確立している。モデル出身だけに特に被写体の表情や感情の引き出し方の巧みさでも有名。孤独でタフな幼少期を過ごしたことから人間力をつけ、どんな人にも心が開けるようになった、と本人は語っている。

数十年にわたるキャリアの中で、シャネル、ディオール、ミュウミュウ、アズディン・アライア、エージェント・プロヴォケーター、ゲス、ジミー・チュウ、フェラガモ、アブソルートなど、数え切れないほどのブランドのキャンペーンを手がけ、地位を確立する。彼女の写真は、ヴォーグ、i-D、インタビュー、エル、ヴァニティー・フェア、グラムール、プレイボーイなどに頻繁に掲載。本展「This Side of Paradise」展のキュレーションは、SCAD FASH美術館のクリエイティブ・ディレクター、ラファエル・ゴメスが担当。

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欧米のファインアート写真の世界では、80年代後半まではファッション写真は作り物のイメージであることから全く評価されていなかった。巨匠のリチャード・アヴェドンやアーヴィング・ペンでもファッション写真の市場評価は低かったのだ。それが英国のヴィクトリア&アルバート美術館などがファッション写真の中に、単に洋服の情報を伝えるだけではなく、言葉にできない時代に横たわる気分や雰囲気が反映されているイメージが混在している事実を発見し、それらに新たなアート性を見出すのだ。その流れにフォトブック出版社やギャラリーが乗って、この分野のコレクターが増加したのだ。4半世紀が経過して、いまやファインアート系ファッション写真はオークション市場で最も人気のあるカテゴリーに成長した。しかし唯一いまだに過小評価されていたのが女性ファッション写真家だった。この分野の写真家は、サラ・ムーンだけではないのだ。

今年の一連の美術館展の開催は、間違いなく女性ファッション写真家の市場に影響を与えると思われる。今後はオークションへの出品も増加し、相場も適正価格になっていくのと思われる。
この流れだと、次はどこかの都市の有名美術館が、リリアン・バスマン(1917-2012)やルイーズ・ダール=ウォルフ(1895-1989)などの女性ファッション写真家を取り上げて、そのアート性を再評価するような展覧会が行われるのではないか。もしかしたらすでに企画は進行中かもしれない。ファッション写真ファンにとって今後の動向がとても楽しみだ。

海外オークション・レビュー 「Madonna x Meisel」
@クリスティーズ

2023年秋のニューヨーク・フォトグラフス・オークションでは、クリスティーズで10月6日行われたスティーブン・マイゼル撮影によるマドンナの写真集「SEX book」からのセール「Madonna x Meisel – The SEX Photographs」が大きな話題になった。1992年刊行のこの写真集はなんと世界中で150万部を販売したという。日本版は同朋舎出版から販売されている。

当時の日本はヘアヌードが解禁された時代だった。マスコミでは時代の歌姫マドンナのスキャンダラスなヘアヌードという話題性で紹介されていた。しかし、実際は超一流ファッション写真家スティーブン・マイゼルとハーパース・バザー誌米国版を刷新したアート・ディレクターのファビアン・バロンを起用した、かなりアート色が強い写真集だった。

同オークションは42点が出品され、落札16点、落札率は38.1%、総売り上げは133.45万ドル(1.97億円)だった。残念ながら26点が不落札という全くの期待外れの結果だった。落札内容もよくなく、買い手がついた作品の多くが落札予想価格の下限以下だった。ほとんどの作品は163.8 x 132.3 x 5.7 cmと巨大サイズ、マイゼルとマドンナの二人のサインが入った1点ものだった。
作品の人気度により落札予想価格は最低5万ドルから最高35万ドルと幅があった。内訳は、5~7万ドルが10点、8~10万ドルが1点、8~12万ドルが11点、10~15万ドルが10点、15~25万ドルが7点、20~30万ドルが1点、25~35万ドルが2点。写真集発売時にプレス用に利用され、幅広く流通したイメージが高額の評価だった。
最高額はロット4の「Madonna, New York, 1992」で、落札予想価格8~12万ドルのところ20.16万ドル(約2983万円)で落札されている。

Christie’s NY, Steven Meisel,「Madonna, New York, 1992」

過去のオークション・データを調べてみると、マイゼル作品のオークションでの出品数は思いのほか少なかった。今回の出品作と同様の大判サイズで、少ないエディションの作品を比べてみると、最高額は、2017年11月2日にフィリップス・ロンドンのULTIMATEオークションに出品された「CK One, New York City、1994」。これは93 x 274.3 cmという横長巨大サイズの1点もの作品が75,000ポンドで落札されている。当時は1ポンド=1.34程度だったで、約100,500ドルだったことになる。

Phillips London, 2017, Steven Meisel,「CK One, New York City、1994」

ほぼ同じサイズでは、やや古くなるがフィリップス・ニューヨークで2012年10月2日に行われたオークションで、「Walking in Paris, Linda Evangelista & Kristen McMenamy, Vogue, October 1992」がある。187 x 147.5 cmサイズの1点もので、86,500ドルで落札されている。同作は、写真集「In Vogue: The Illustrated History of the World’s Most Famous Fashion Magazine」(Rizzoli、2006年刊)の、カヴァーに採用された作品だ。

「In Vogue: The Illustrated History of the World’s Most Famous Fashion Magazine」(Rizzoli、2006年刊)

今回の一連の作品評価額とその落札結果からは、クリスティーズは写真家マイゼルの作家性、被写体マドンナと彼女のサインの価値を過大評価した可能性が高かったのではないか。同社は、本作をファインアート系のファッション写真であり、それを現代アート的なテイストの大判サイズ作品としてセールにかけた。
しかし、コレクターの多くは、本作はどちらかというとコレクション系アート作品だと認識したのではないかと思う。マドンナは、ファインアート系ファッションの世界で時代性を代表していたというよりも、ポップ・ミュージック界における時代のアイコン/セレブとして記号化され消費された存在だった。その価値は相対化されており、主観的に評価されていたのだ。つまり好きな人は好きだが、そうでない人は興味を持たないということ。今回の出品作はマドンナが大好きなファンが欲しがるコレクション系アート作品に近かったのだが、それらはファインアートとして高く評価された。残念ながら、多くの人たちには手が出なかったのだろう。

撮影したスティーブン・マイゼルは、ファッション写真家としては、時代を切り取ることに長けた優秀な表現者だった。しかし、彼が活躍したのが世の中の価値観が急激に多様化した時代だった。90年代中盤以降には、多くの人が共感するような時代性を持った作品の制作は、本人の能力と関係なく非常に困難な環境だったといえるだろう。今後のコレクションの対象になるマイゼル作品は、80年代から90年前後までの制作が中心になるのではないか。

(1ドル/148円で換算)

2023年秋ニューヨーク写真オークションレヴュー
外部環境の悪化により市況が低迷

ファインアート写真のニューヨーク定例オークションが10月上旬に開催された。外部環境を見てみると、米国の労働市場は相変わらず底堅く、また財政不安も背景にあり、長期金利の上昇が続いていた。また執拗なインフレ高進による当局の金融引き締めの長期化が世界経済のリスクであるとの見通しから投資家のリスク資産回避の動きもみられた。値動きが世界の景気の先行指標といわれる銅の国際相場も、中国の不動産市況悪化による需要低迷の連想から安値圏で推移していた。NYダウは2023年8月に35,630.68ドルだったがオークションが行われた10月上旬には一時33,002.38ドルまで下落している。経済や金融市場の動向はアート・オークションの参加者に心理的な影響を与えると言われている。オークション開催時の外部環境は、かなり厳しい状況だったといえるだろう。

さてオークションは出品者の違いにより2種類に分けられる。複数委託者の作品を1回にまとめて行うものと、単独の委託者によるコレクションを一括に販売するオークションだ。今秋は、複数委託者による「Phographs」オークション以外に、単独委託者によるオークションが複数開催された。

業者ごとのオークションをまとめると、クリスティーズは、10月3日に「A Century of Art: Photographs from The Gerald Fineberg Collection(Online)」、4日に複数委託者による「Photographs(Online)」、6日にスティーブン・マイゼルが撮影したマドンナの写真作品のセール「Madonna x Meisel – The SEX Photographs」を行っている。

サザビーズは、5日に「Photographs(Online)」、フィリップスは、10月11日に複数委託者による「Photographs」を開催した。サザビーズでは、「ピア24フォトグラフィー」閉鎖に伴う2回のオークションを春に続き開催。10月3日に「Photographer Unknown: Pier 24 Photography from the Pilara FamilyFoundation」、25日に「Pier 24 Photography from the Pilara Family Foundation」が行われている。
ただし春の売り上げをニューヨークのセールに含んでいないので、今秋の同セールも合計に含めないことにする。

さてオークション結果だが、3社合計で668点が出品され、470点が落札。全体の落札率は約70.4%で春の77.8%よりに悪化している。総売り上げは、約903万ドル(約13.27億円)で、今春の約966万ドル、昨秋の約1054万ドルからも減少。落札作品1点の平均金額は約19,217ドルで、今春の約22,273ドルより減少している。今春と比べると出品数が増加し、落札率が悪化したことから、総売り上げが減少し、落札単価も下落したことになる。不透明な経済状況から高額評価の作品の出品が控えられたことがわかる。

業者別では、売り上げ1位は約450万ドルのフィリップス(落札率78%)、2位は約346万ドルでクリスティーズ(落札率70%)、3位は106万ドルでサザビース(落札率48%)と、今春と同じ順位だった。サザビーズは複数委託者オークションの売り上げ、落札率ともに悪化している。しかし、これは特殊要因の影響による。同社は春から秋にかけて継続的に「ピア24フォトグラフィー」閉鎖に伴う4回のオークションを行い、総額1273万ドルの売り上げを記録している。
2023年、同社はセールの重点をすぐれた単独コレクションの一括セールに置いていたのだと判断できる。

Phillips NY「Photographs」、William Eggleston「Memphis, circa 1969」

今シーズンの高額落札は、フィリップス「Photographs」の、ウィリアム・エグルストンの代表作「Memphis, circa 1969」だった。1970年ごろに製作された、約30.5X 43.8cmの貴重なヴィンテージのダイ・トランスファー作品。落札予想価格25万~35万ドルのところ31.75万ドル(約4667万円)で落札された。

Phillips NY「Photographs」、Hiroshi Sugimoto「Opticks 161、2018」

2位も、フィリップス「Photographs」に出品された杉本博司の「Opticks 161、2018」だった。、118.7 X 119.4 cmサイズ、エディション1/1のChromogenic作品が落札予想価格10万~15万ドルのところ24.13万ドル(約3547万円)で落札されている。今シーズン杉本博司作品の人気は高かった。25日にサザビーズで開催された「ピア24 フォトグラフィー」で行われたセールでも、7点セットの作品「Henry VIII, Catherine of Aragon, Anne Boleyn, Jane Seymour, Anne of Cleves, Catherine Howard, and Catherine Parr、1999」が、落札予想価格40万~50万ドルのところ44.45万ドル(約6534万円)で落札されている。こちらは各149.2 X 119.4 cmサイズ、エディション5の銀塩作品。

Sotheby’s NY, Hiroshi Sugimoto 「Henry VIII, Catherine of Aragon, Anne Boleyn, Jane Seymour, Anne of Cleves, Catherine Howard, and Catherine Parr、1999」

2023年10月からロンドンのヘイワード・ギャラリーで彼の大規模回顧展「Hiroshi Sugimoto: Time Machine」がスタートしている。やはり有名美術館での展覧会開催はオークションでの相場に少なからず影響を与えているのだろう。

Christie’s NY,「Steven Meisel, Madonna, New York, 1992」

3位は、クリスティーズ「Madonna x Meisel – The SEX Photographs」の、「Steven Meisel, Madonna, New York, 1992」、163.8 x 132.3の1点もの、落札予想価格8万~12万ドルのところ20.16万ドル(約2963万円)で落札された。このオークション結果については後日に詳しく分析してみたい。

年間ベースでドルの売上を見比べると、現在の市場の状況が良く分かる。相場環境が悪いと、特に高額作品を持つコレクターは売却を先延ばしにする傾向がある。つまり高く売れない可能性が高いと無理をしないのだ。結果的に全体の売上高が伸び悩む傾向になる。政治経済見通しの不透明さが続く中、2023年のニューヨーク・セールの売り上げは約1865万ドル(落札率約73.7%)だった。ちなみに2022年の売り上げは約2029万ドル(落札率67.4%)だった。しかし、上記のように今年はサザビーズで、春から継続的に「ピア24フォトグラフィー」閉鎖に伴う4回のオークションが行われている。これを加えると2019年以来の3138万ドルの売り上げとなる。今回の一括セールを特殊要因だと判断するかで市場の現状評価が分かれるだろう。厳しい外部環境の影響で市場は調整期が続いている。しかし少なくとも新型コロナウイルスの感染拡大により落ち込んだ2020年の約2133万ドルレベルからは回復基調をたどっていると判断したい。

市場が様子見気分の時は、実は良い作品が割安に購入できるチャンスにもなる。しかし日本のコレクターは、いまの約1ドル/150円近い為替レートと、作品の運送コストの高止まりが続く中では積極的には動きにくいだろう。来春には、ウクライナ戦争やイスラエル・ガザ戦争の停戦合意や、世界的なインフレ見通しの改善など、市場環境の改善を期待したい。

(1ドル/147円で換算)

スティーブ・シャピロの写真作品を
日本初公開
同時代に活躍した鋤田正義との二人展開催

ブリッツ・ギャラリーは、10月18日から、鋤田正義(1938 -)と米国人写真家スティーブ・シャピロ(1934 – 2022)による二人展「SUKITA X SCHAPIRO PHOTOGRAPHS」を開催する。シャピロ作品の展示は日本初となる。

今回の二人の写真家の作品には個人的に強い思い入れがある。実は私のデヴィッド・ボウイのライブ初体験は、1978年12月の武道館公演だった。78年のアメリカン・ツアーの2枚組ライブアルバム「STAGE(ステージ)」を踏襲したもので、CDではオフイシャルではないが2枚組の「Stage At Budokan Live In Japan」の内容となる。時期的には、ちょうど1977年にベルリン時代の名盤、「Low(ロウ)」と「Heroes (ヒーローズ)」が発売された直後だった。ライブのオープニング曲は「Low(ロウ)」に収録されている「Warszawa」だったと記憶している。実は、この2枚のアルバム・カバーを撮影したのが今回紹介する二人の写真家で、前者がスティーブ・シャピロで、後者が鋤田正義だった。

1978年のボウイ日本公演のカタログ

鋤田とシャピロは、活動した拠点は異なるものの、ほぼ同時代に活躍した写真家だ。二人のキャリアはとても似通っており、ともに社会問題のスナップから写真家としての活動を開始している。シャピロは、アンリ・カルティエ=ブレッソンに憧れて写真家を志し、ウィリアム・ユージン・スミス(1918-1978)から写真技術や取り組み姿勢を学んでいる。ジョニー・デップ主演でユージン・スミスの後半生を映画化した「MINAMATA-ミナマタ-」が公開されたのは記憶に新しいところだろう。鋤田もユージン・スミスを、自分が影響を受けた写真家に挙げており、写真集「SUKITA ETERNITY」 プリント付き特別限定版の「Tate Modern, 2008」は、ユージン・スミスの代表作「楽園への歩み、ニューヨーク郊外、1946」のオマージュで、果てしない未来がある子供二人を、意識的に人生の残り時間が限られた老人二人に置き換えたと語っている。様々なストーリーが連想され浮かび上がってくる、とても味わい深い作品なのだ。

左がユージン・スミス作品、右側が鋤田正義作品

二人の写真家の活躍した範囲は、ともにドキュメンタリー、ポートレート、映画のスチールにわたる。シャピロが激動する60年代に全米を旅して撮影した作品は「AMERICAN EDGE」(Arena Edition, 2000年)にまとめられている。同書は絶版で、いまではプレミアム付きで売られているレアブックだ。鋤田も50年~60年代に、戦後混乱期の地元福岡のストリート・シーンや長崎の被爆者や原子力潜水艦入港反対の社会問題を撮影、それらは「SUKITA : ETERNITY」(玄光社, 2021年)の「EARLY WORK」の章で初めて公開された。

また二人は70年代にデヴィッド・ボウイと数々の重要なコラボレーションを行っている。1974年、シャピロはロサンゼルスでデヴィッド・ボウイと濃厚なフォトセッションを行い、その成果はアルバム「Station to Station」 (1976年)、「Low 」(1977年)に生かされている。鋤田は1977年にイギー・ポップとともに来日したボウイを撮影。その濃密なセッションの写真は「Heroes」 (1977年)のアルバム・カバー写真になっている。本展ではその時のアザー・カットも紹介される。  

また、映画関連の仕事では、シャピロはフランシス・フォード・コッポラ監督の「The Godfather」(1972年)や、マーティン・スコセッシ監督の「Taxi Driver」(1976年)の現場を撮影。映画ファンならだれでも見覚えがある上記作の代表的なスチール写真は実はシャピロによるものなのだ。本展でも、パート2で「The Godfather」のマーロン・ブランドの作品が展示される予定だ。

一方、鋤田は寺山修司と交流があり、長編映画「書を捨てよ町へ出よう」(1971年)の撮影監督を務めている。またジム・ジャームッシュ監督の映画「ミステリー・トレイン」(1989年)、是枝裕和監督の映画「ワンダフルライフ」(1999年)、「花よりもなほ」(2006年)のスチール撮影を行っている。

シャピロは2022年に87歳で亡くなっている。その後、残された家族により彼の遺志を継ぐSteve Schapiro Estate(スティーブ・シャピロ・エステート)が設立され活動を行っている。同エステートは、残されたシャピロの遺作を熱心な写真や映画/ロックファンが多い日本で紹介されることを強く希望。鋤田が、同世代でボウイの撮影をはじめ、自分と同様のキャリアを歩んだシャピロに共感し、自作との共同展示を発案してブリッツでの二人展開催が実現した。将来的には個展開催の可能性を模索するものの、まずは知名度の高い鋤田との二人展開催で日本での写真家シャピロの知名度浸透を図ることにしたわけだ。

 本展はボウイ・ファンや写真のコレクター/ファンにとって見どころ満載の内容だ。鋤田正義はデヴィッド・ボウイやデヴィッド・シルヴィアンとのセッションでの未発表作や代表作のアザー・カット作品、ポートレート写真で時間経過を可視化した2枚組作品、ライフワークとして取り組んでいるドキュメンタリー作品などを代表作とともに展示する。また2023年に亡くなった、鋤田と生前に親交があったミュージシャンの鮎川誠、高橋幸宏、坂本龍一を追悼するコーナーをパート1で設けて作品展示も行う。

 日本初公開となるスティーブ・シャピロ作品は、70年代の代表的なデヴィッド・ボウイ作品を中心に紹介する。しかし、ボウイの写真展にはしたくないというエステートの意向から、その他アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)、ニコ(Nico)、ルネ・マグリッド(René Magritte)、モハメド・アリ(Muhammad Ali)、バーブラ・ストライサンド(Barbra Streisand)、マーロン・ブランド(Marlon Brando)などのポートレート、写真集「AMERICAN EDGE」や「Seventy Thirty」に収録されている激動するアメリカの珠玉のドキュメント作品もパート2で展示する。コンパクトに彼のキャリアを垣間見ることができる作品セレクションとした。

 本展ではモノクロ・カラーによる様々なサイズの約60点の作品を2回に分けて展示する。年内開催のパート1では、主にボウイのカラー作品を中心に紹介。2024年開催のパート2では作品を入れ替えて、二人の原点となるドキュメンタリー系、ボウイや有名人ポートレートのモノクロ作品を中心に展示する。

 デヴィッド・ボウイや有名映画監督たちを魅了した、同時代に活躍した日米二人のアーティストの珠玉の写真表現をぜひ堪能してほしい。

SUKITA X SCHAPIRO:PHOTOGRAPHS
鋤田 正義 / スティーブ・シャピロ
Part 1 : 2023年10月18日(水)~12月24日(日)
Part 2 : 2024年1月13日(土)~3月24日(日)
1:00PM~6:00PM/ 水曜~日曜 月曜火曜は休廊  /入場無料

ブリッツ・ギャラリー
〒153-0064  東京都目黒区下目黒6-20-29  TEL 03-3714-0552
JR目黒駅からバス、目黒消防署下車徒歩3分/東急東横線学芸大学下車徒歩15分
https://blitz-gallery.com/index.html




アート&トラベル
広島市現代美術館
アルフレド・ジャー展

今回は広島市現代美術館を紹介します。2023年5月に第49回のG7サミット(主要7カ国首脳会議)が開催され、ウクライナのゼレンスキー大統領が来日して注目された広島市。世界遺産の原爆ドーム、宮島の厳島神社、広島平和記念資料館など観光名所が数多く、また広島お好み焼き、瀬戸内の魚介類、広島牡蠣、穴子など地元グルメも充実しています。
かつては修学旅行の定番だった町に、いま多くの外国人が訪れていると報道されているのを見聞きした人も多いでしょう。私は平日に訪れましたが、まさに噂通りで、外国人旅行者がどこに行っても多いのに驚かされました。個人的には、欧米の白人が目立っていた印象で、英語以外にも、スペイン語、ドイツ語、イタリア語、フランス語などの会話が聞かれました。中国人の存在感は感じませんでした。私は主に市内循環バスを利用して市内を移動。乗客の8割が外国人のこともあり、報道されているインバウンド客で賑わっている観光地を実感しました。
地元のタクシー運転手によると、彼らは路面電車、バス、電動レンタサイクルなどを自由に使いこなし、観光を楽しんでいるそうです。まだ地元では、オーバーツーリズム的な環境客増加によるネガティブな印象は持たれてないようです。

広島市現代美術館のエントランス

さて広島市現代美術館は、1989年に開館した日本初の公立現代美術館です。建物の設計は日本を代表する建築家の黒川紀章が担当。しかし老朽化により施設の経年劣化が進み、改修工事が2020年12月から行われ、建物の総合的な補修とともに、環境を意識して展示室の照明のLED化などが行われました。そして約2年3か月振りに2023年3月18日にリニューアルオープン。市内が一望できる緑豊かな比治山公園にあり、施設は古代ヨーロッパの広場を思わせる円形の広場、日本の蔵を思わせる外観の三角屋根などで構成。割と急な通路を上がっていくにしたがい、自然石、磨き石、タイル、アルミへと人工的素材に変化し、過去から未来への文明の発展や時間の流れを表しているとのことです。

同館は以下の3つの方針に沿って各分野の優れた作品を系統的に収集保存しています。(公式サイトによる)

1.「主として第二次世界大戦以降の現代美術の流れを示すのに重要な作品」
2.「ヒロシマと現代美術の関連を示す作品」
3.「将来性ある若手作家の優れた作品」

今までに「ヒロシマ賞」受賞者の三宅一生やシリン・ネシャット、オノ・ヨーコらによる展覧会など、国内外のアート動向を意識した多彩なアート作品を紹介しています。「ヒロシマ賞」は、美術分野で人類の平和に貢献したアーティストの業績を顕彰し、世界の恒久平和を希求する「ヒロシマの心」を現代美術を通して広く世界へとアピールすることを目的として、広島市が1989年に創設したもの。3年に1回授与されます。

カフェ「KAZE」はガラス張りで、明るい光が差し込む開放的なスペース。屋外を眺めながら料理やドリンクを楽しめます。

訪問時は、2020年ハッセルブラッド国際写真賞受賞者のアルフレド・ジャーによる、「第11回ヒロシマ賞受賞記念 アルフレド・ジャー展」が開催中。2023年8月12日付の日本経済新聞の文化欄で増田有莉記者が同展を紹介していて、ジャーが「アイデアや衝動のままに作品を作る人もいるかもしれないが、私はそれを自分に禁じている。リサーチが99%、製作が1%だ。アーティストというのは物事を批判的に考え、コンテクスト(状況)を分析して、変えていこうとする人のことだ。モノを作る前に、考えて、調べて、理解することから始めるようにしている」と発言していることを知って興味を持ちました。

ジャーは、1956年、南米チリ生まれ。82年に渡米して、それ以降はニューヨークを拠点に活動中です。これまでにニカラグアの報道写真から構成され、父親の死を知った二人の娘が悲観に暮れる姿を強烈な光で抽象化して見せる「シャドウズ」(2014年)、ケヴィン・カーターという南アフリカ出身の写真家の悲劇的な人生を、1枚の有名作、テキストのビデオ、LEDライトのオブジェなどで伝える「サウンド・オブ・サイレンス」(2006年)、難民問題をテーマにした「100のグエン」(1994年)などで、現代社会の極めて複雑な社会政治問題を写真、映画、精巧なインスタレーションを通して探求してきました。同展は第11回ヒロシマ賞受賞を記念して開催されるジャーの日本初の本格的個展です。

展覧会のフライヤー、LED蛍光管による「サウンド・オブ・サイレンス」の作品

同展では上記を含むいままでの代表作とともに、ヒロシマを今日につながっている問題としてとらえることを目指した新作「ヒロシマ、ヒロシマ」を展示。これはドローンを使用して市内や原爆ドームを撮影した動画をベースに製作されたビデオ・プロジェクションで、見る側に原爆投下時の爆心地を意識させる作品。スクリーン上で、上空真上から見た原爆ドームの円形のフォルムの映像が次第に抽象画像に変化していきます。ドーム屋根の切り取られた丸い画像が次第に画面上で拡大され突然回転を開始。そして、最後にスクリーンが上がり同じような円形のフォルムの23個の産業用送風機が出現して強風が見る側に一斉に吹き付けられます。見る側は否応なしに爆風を意識し過去の記憶を呼び覚まされる仕組みなのです。ともすると時代経過により風化する過去の記憶、そしてウクライナで見られるような核戦争の脅威が今でも存在している事実をビジュアルと強風という肉体の強烈な体験を通して呼び起こさせる、思考にとらわれない五感に訴えかけるアート作品なのです。

ジャールの行動の根底にあるという「イメージの政治学」のアプローチと斬新なアイデアにより制作された展示からは、写真やビジュアルが他のメディアと組み合わされることで、まだ新しい表現が可能なのだと強く感じさせられました。

ALFREDO JAAR展の展覧会カタログ。円形のイメージは「ヒロシマ、ヒロシマ」の原爆ドームの真上から見た抽象化されたフォルム。

さて美術館へのアクセスがややわかりにくいので説明しておきます。多くのアート好きの旅行者は広島駅から同館を目指すでしょう。公式サイトの「アクセス」をみると、広島駅からは、路面電車、バス、タクシー10分、徒歩約25分だと紹介されています。地図を広げてみると、路面電車の「比治山下」駅下車、徒歩約500メートルで行くのが最短のようです。しかし、よく考えてみると同館は比治山の上に立っている事実に気付きました。つまりこれはフラットな道を歩くのではなく、登坂を500メートル上るという意味なのです。当日は気温も高かったので、観光案内からさらに詳しい情報収集を行いました。案内所で「旨い!広島・宮島」というかなり使える1冊を発見。エリアマップの最初に紹介されている、広島駅北口を起点として市内循環バスの「めいぷるーぷ」の存在を見つけます。これのオレンジルートを利用すると山上の「現代美術館前」まで行けるのです。

市内循環バス「ひろしま めいぷる〜ぷ」

改めて美術館のガイドを見ると、市内循環バス「ひろしま めいぷる〜ぷ」(オレンジルート)は下の方に紹介されていました。ただし、このバスは原爆ドーム前や、市内の観光名所を巡って最後に美術館に立ち寄るので時間がかかるのが難点です。しかし、美術館に行く途中にコンパクトに市内観光ができてしまうとも言えます。行きたい場所があれば途中下車すればよいでしょう。最終的に美術館から広島駅には直接向かうルートなので、帰りの時は極めて便利です。ただし、1時間に一本しか運行していないので、バスの到着時間を考慮して鑑賞時間を調整すればよいでしょう。時間に余裕があまりない人は、行きは駅からタクシー、帰りは市内循環バスが良いでしょう。ちなみに運賃は220円、PASMOも使えました。

東京から広島までは新幹線のぞみで約4時間程度。広島市現代美術館へのアートの旅は日帰りも可能ですが、一泊すれば観光と地元グルメも十分に満喫できるでしょう。

広島お好み焼き

「第11回ヒロシマ賞受賞記念 アルフレド・ジャー展」は10月15日まで開催、「広島市現代美術館 コレクション展 2023-I」は11月12日まで開催。

広島市現代美術館