ブリッツの最新情報/今秋の予定 日比谷OKUROJI PHOTO FAIR 2022に参加

ブリッツは、10月には「日比谷OKUROJI PHOTO FAIR 2022」に参加する。
これは日比谷の奥にある高架下「日比谷OKUROJI」に7つのギャラリーと8つの出版社/書店が集結にて開催される写真に特化した新しいアートフェア。
この開催場所はまだあまりなじみがないかもしれない。東京の中心地である日比谷・銀座の「奥」にあることに加え、高架下通路の秘めたムードを「路地」という言葉に置き換えることで「日比谷OKUROJI」と命名されたとのことだ。JR東日本(山手線、京浜東北線、東海道本線)と、JR東海(新幹線)が通る鉄道高架橋の下を300メートルにわたる施設となる。この地の象徴的な煉瓦アーチは、1910年(明治43年)にベルリンの高架橋をモデルにドイツ人技師の指導のもと建設されている。
なお同フェアは同時期に東京駅付近にて行われる「T3 PHOTO FESTIVAL」と連携して開催される。  

昨今のアートフェアはだいたい高額な入場料がかかるもの。しかし、同フェアはなんと入場無料となる。ぜひ多くの写真コレクションに興味ある人やプロ/アマチュア写真家に遊びに来て欲しい。

ブリッツの展示予定作品に触れておこう。目玉になるのは、鋤田正義の初公開となる約30年以上前に本人により手焼きされた1点ものの貴重なヴィンテージ作品5点の展示となる。デヴィッド・ボウイ、マーク・ボランなどの作品が含まれる。その他作品のセレクションは現在進行形。テリー・オニール、ハーマン・レナード、ノーマン・パーキンソンや、ブリッツの人気作家テリ・ワイフェンバック、マイケル・ドウェック、珠玉のファッション写真のセレクションも持ち込む予定にしている。
また昨年に出版された鋤田正義の「SUKITA:ETERNITY」の特装版。こちらの3種類のプリントを見たことがないという顧客からの意見があるので、同フェアには現物を持ち込むつもりだ。こちらは一部のセットは残数が極めて少なくなっている。興味ある人はぜひ実際のプリントを見極めてコレクションの対象として検討して欲しい。

フォトフェア開催中は、私はだいたい会場にいる予定。可能な限りコレクションなどの質問に対応したい。遠慮なく声をかけてください。

〇日比谷OKUROJI PHOTO FAIR 2022開催概要
■会 場: 日比谷OKUROJI
東京都千代田区内幸町1-7-1
■会 期: 2022年10月7日(金)~ 2022年10月10日(月・祝)
■ギャラリー:
Blitz Gallery
BLOOM GALLERY
KANA KAWANISHI GALLERY
PGI
POETIC SCAPE
The Third Gallery Aya
和田画廊
■出版社:
ふげん社
銀座 蔦屋書店
KANA KAWANISHI ART OFFICE
リブロアルテ
PURPLE/赤々舎
青幻舎
Shelf
torch press   ※アルファベット順

■入場料: 無料
■主 催: 日比谷OKUROJIアートフェア実行委員会
■会場協力: 株式会社ジェイアール東日本都市開発
■後 援: 千代田区
■同時期開催連携イベント: T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO 2022
公式サイト

〇ブリッツ・ギャラリー今秋の予定
次回は10月14日からテリ・ワイフェンバック「Saitama Notes」展となる。今回は2つのパートに分けて、展示架け替えを行って来年まで開催する予定。開催の詳細については次回に案内したい。詳細

60歳で写真を始めたアーティスト
カッタネオ・アドルノのコロナ禍の気付き

日本では多くの人が会社に勤めて仕事を行っている。
経済評論家の加谷珪一氏が指摘しているように、この国は社会の自由度が低く、不寛容だ。いまでも多くの日本人は、人生で主体的に行動するのは難しく、選択肢の幅は狭く、そのうえで運がよくなければ成功しないと考えている。多くの人は会社にしがみつく人生を止む無く選択している。
一方で、会社人生を選択して定年をむかえた人は、社会との接点がなくなり生きる目的が希薄になったりする。そのような人が考える一つの選択肢が、アートで社会とつながり、生きがいを見つけることだろう。抑圧的な息苦しい社会で生きてきた人には、アートは夢のような響きを持った世界だろう。アート表現の中で、写真は機械を通してビジュアルを作るので、最も敷居が低い手段だと言えよう。かつてのアナログ写真は技術的な経験の積み重ねが求められたが、デジタル化によって本当に誰でも気軽に比較的低予算でも表現が可能となった。

今回はそのように考えている多くにとってあこがれの人、ブラジル出身の女性写真家サンドラ・カッタネオ・アドルノ(1954-)を紹介する。
2013年、彼女は60歳の時に写真を始めている。大学で写真を専攻する娘から、バルセロナで開催される写真家アレックス・ウェッブ氏による5日間の写真教室に一緒に参加するという誕生日祝いの誘いを受けたのがきっかけなのだ。彼女はそれまで写真をほとんど撮ったことがなく、まともなカメラを持っていなかったという。「カメラの使い方はまったくわからず、明らかにクラスで一番下手くそな生徒でした。しかしなぜか、とても面白くて魅力的に思えたのです。写真をやるなんて考えたこともなかったのに、最初のクリックで恋に落ちました」と当時を振り返っている。
趣味として始めた写真だが、すぐに彼女の日常的な活動へと発展していく。彼女は、写真を始める前から、すでに仕事で世界中を旅する環境に身を置いていた。写真という新しい情熱に没頭するにつれ、彼女は世界中の旅先で撮影を行う。そして専門知識やスキルを身につけ、編集方法を学び、インスタグラムを通して作品を発表するようになる。
彼女の写真は強い太陽が照る出身地ブラジルの影響があり、強い光と大胆な色彩が特徴。数年にわたり、彼女のオンライン・フォロワーは増えていき、他の写真家や業界の人々とつながりが構築されるのだ。そして2016年、彼女の1枚の写真がSony Awardsを受賞してロンドンのサマーセット・ハウスで展示される。これはストリート写真部門の60点のうちの1点で、なんと応募総数は15万点だった。それ以来、彼女の夢のような成功物語が始まる。彼女の存在は受賞をきっかけに広く写真界で認められるようになる。作品は「Women Street Photographers (Prestel, 2021年刊)」、「 Portrait of Humanity (Hoxton Mini Press, 2019)年刊」に収録される。 また2020年、2021年の「Julia Margaret Cameron Awards」など数々の写真賞を受賞。自らの写真集も「The Other Half of the Sky(Adorno、2019年刊)」、「Águas de Ouro (Radius Books, 2020年刊)」を相次いで発表している。彼女のインスタグラムのフォロワーはいまや5万人を超えているのだ。

Sandra Cattaneo Adorno, 写真集「Scarti di Tempo」

私が今回入手した「Scarti di Tempo」は、カッタネオ・アドルノの3冊目の写真集。タイトルは「時間の不一致」、「時間の切れ端」というような意味だという。2020年3月、パンデミックによって世界が停止したとき、彼女は時間が奇妙に動き始めたと感じるのだ。しかし、そのような違和感は保存されなければ、まるで何もなかったかのように、記憶から消えてしまうと感じた。そして、彼女はまるで自分が時間の「切れ端」を積み重ねているような感覚を覚えるようになったという。この経験を、写真が時間の断片を保存し、また再配置することができることを利用して形にしようと思い立つのだ。彼女は自分の想像力の内側を旅するようになり、自分の過去のアーカイブを掘り起こし、関連性のないイメージをコラージュすることで、現実と幻想の境界を曖昧にし、心のメタファーのような一連の新作を創り出すようになる。彼女は、時間、記憶、つながり、現実と幻想の境界が、どのように知覚されるかを作品で表現しようとしている。写真の組み合わせで、ストリート写真でまるで白昼夢のような抽象世界の表現を試みているともいえるだろう。

普段、私たちは時間は連続して、過去、現在、未来へと連なっているという世界観を持っている。タイトルの「時間の不一致」から解釈すると、彼女はコロナ禍においてそのような時間の流れの認識や、それを前提とする人間の人生が幻想だと気付いたのだ。私はいまのような世界情勢の変革期にアーティストが創作を行うときには、激しく変動する自分の外部ではなく、自分の内面と対峙することをすすめている。そして自分との対話から何らかの時代と連なるキーワードを見つけ出し、それが感情のフックとなるビジュアルを集めたり創作することが効果的だと考えている。カッタネオ・アドルノは、本書でこの難しい試みを見事に実践していると評価したい。フォトブック自体も、写真、デザイン、印刷、ページのシークエンス、装丁などが妥協なく見事にまとめられている。さらに本来の表現から離れ、抽象化された写真は、私たちを音楽や詩と共有するような別の領域へと運んでくれる。同書には、作家の夫が作曲したオリジナル楽譜にリンクするQRコードも収録。イメージとサウンドの重なり合うハーモニーを体感できる仕掛けが組み込まれているのだ。「Scarti di Tempo」は、所有することが楽しくなる、写真を使用した一種のマルチプル作品なのだ。

カッタネオ・アドルノのキャリアは、プロとして活躍し続けていたソール・ライターがキャリア後期に注目されてのでも、アマチュア写真家として長年にわたり写真を撮り続けていたヴィヴィアン・マイヤーが死後に写真界で再評価さられたのとも違う。60歳に初めて本格的に写真を始めた女性が僅か5年程度で写真界で認められるのはとても珍しい事例だろう。まるでアマチュア写真家の神話のような、自らの隠されていた創作の才能が60歳から一気に開花して社会で認められたのだ。インタビューを読んでみると彼女の成功の秘密の断片が見えてくるので少し紹介しておこう。

「イタリアで触れた多くのアート作品は、私の目を養ってくれました。そのおかげで目が鍛えられたのでしょう。私は気づかないうちに、それらを見て、観察していたのです。私の脳には、自らがカタログ化したアートが蓄積されていたのです」と冷静に分析を行っているのだ。これは彼女にはビジュアルのデータベースがすでに構築されていたとも解釈可能だろう
また興味深いのは、ビジネスウーマンとしてのスキル・アップが写真家としての目を鍛えたとの洞察だ。「私は役員会に参加するときに、参加者の表情に気を使います。その場で語られないことを読み解こうとするのです。この観察することはいまや私の一部になっています。これが写真撮影の時の観察眼を養うことになったと感じています」と語っている。彼女はそれまでのキャリアを通して、意識的に被写体と対峙してその表情や動作の背景を読み解く習慣を無意識のうちに身につけていたのだ。普段の趣味、生活、仕事において、常に意識的に生きてきたことが良く分かるエピソードだ。
そして、年齢を重ねた後になって写真を始めたことのもキャリアにプラスだったと考えているという。彼女はすでにビジネスウーマンとして、妻や家庭人としてそれなりに充実した人生を歩んできた。つまり、写真は彼女にとって人生のプラスアルファであり、若い人のようにこれで成功するかどうかに命を懸けているのではないという意味なのだ。
自分でも気づかないうちに培われていたアートのバックボーンと経験、そしてこの心の余裕こそが彼女の成功の秘訣なのだろう。世の中に対して能動的に行動し、また精神的に余裕をもった人生を歩んでいると、社会に横たわる誰も気づかないような視点が見えてくるのだろう。彼女のキャリアは、アートはライフワークであり、アーティストとは生き方そのものを意味する事実を教えてくれる。

“Sandra Cattaneo Adorno: Scarti di Tempo” Radius Books (2022年刊)
アートフォトサイトの紹介ページ
出版社のウェブサイト

2022年春/パリ・ロンドン・オークションレビュー
停滞する欧州/回復傾向の英国市場

春に行われる大手業者によるパリ/ロンドンの定例アート写真オークション。今年は5月に公開とオンラインによるセールが集中して行われた。複数委託者の他に、サザビーズが宇宙関連写真、クリスティーズが単独コレクションからのファッションに特化したものなど、独自の企画ものオークションを開催した。
サザビーズは、5月18日にロンドンで“Moon Shots: Space Photography 1950-1999”、23日に“Photographs”(オンライン)、クリスティーズは、5月24日にパリで“Photographies”と“Fashion Photographs from the Susanne von Meiss collection”(オンライン)、フィリップスは、“Photographs”オークションを5月29日にロンドンで開催した。

欧州のオ―クションは開催地の通貨が違うので円貨換算して昨年同期と単純比較している。大手3社の2022年春の合計売上は約6.38億円だった。コロナ禍で変則開催だったので比較の対象にならないかもしれないが、2021年春は4.42億円だった。2022年はオークション数が増え、出品作、落札作品数が増加したことにより総売り上額も上昇した。落札率は2021年が約69%に対して、2022年は約68.3%とほとんど変化がない。特にフィリップス・ロンドンは約80.7%という高い落札率で、全体売り上げの約53%を占めていた。欧州は経済的にロシアのウクライナ侵攻の影響も受けており、コロナ禍での落ち込みからの回復は弱い印象だ。一方で英国市場は、すべての価格帯で売り上げが順調に推移していた。

Phillips London, Peter Beard “Orphaned cheetah cubs @ Mweiga nr. Nyeri (KENYA) for The End of the Game / Last word from Paradise 1968”

今シーズンに注目されたのはフィリップス・ロンドンに出品された欧州のプライベートコレクターから出品された13点の「IN FOCUS: PETER BEARD」セクションのピータ―・ビアード(1938-2020)作品。不落札はわずか3点、落札率は77%だった。同オークションでは別コレクションからもビアードの代表作の“Orphaned cheetah cubs @ Mweiga nr. Nyeri (KENYA) for The End of the Game / Last word from Paradise 1968”が出品された。同作がビアード作品の落札最高額となった。サイズ 122 x 171.8 cmの1点もの作品で、落札予想価格2万~3万ポンドのところ、上限の約4倍の12.6万ポンド(約1990万円)で落札されている。2020年の死後もビアード人気は市場で全く衰えてないようだ。

今回の5つのオークションの最高額は、フィリップス・ロンドンに出品されたギュスターヴ・ル=グレイ(Gustave Le Gray)の“Souvenirs du Camp de Chalons au General Regnaud de Saint-Jean d’Angely (album of 66 albumen prints), 1857”。これは鶏卵氏プリント66点がマウントされた1点ものの写真アルバムとなる。風景が44点、ポートレートが22点が含まれる。落札予想価格10万~15万ポンドのところ、上限の約2倍の32.76万ポンド(約5176万円)で落札されている。

Phillps London, Gustave Le Gray, Souvenirs du Camp de Chalons au General Regnaud de Saint-Jean d’Angely (album of 66 albumen prints), 1857”
Christie’s Paris, Helmut Newton, “Eiffel Tower、Paris, 1974”

ギュスターヴ・ル=グレイとほぼ同じ金額で落札されたのがクリスティーズ・パリに出品されたヘルムート・ニュートンの大判作品“Eiffel Tower、Paris, 1974”。写真集「White Women」(Schirmer-Mosel、1992刊)の収録作品で、イメージサイズは109 x 159 cm、エディション 1/3、落札予想価格は30万~50万ユーロのところ、37.8万ユーロ(約5103万円)で落札された。ル=グレイとニュートンは、採用する為替レートの違いにより順位が変わるので、2作がほぼ同額1位と考えていいだろう。
ちなみにニュートン作品は、2017年4月5日にサザビーズ・ニューヨークで開催された“Photography”で落札予想価格は10万~20万ポンドのところ、34.85万ドルで落札された作品。2017年時点では、すでにニュートンの大判ファッション写真は市場で高騰していた。今回のユーロの落札額は、ドル換算すると約35.2万ドルとなる。手数料などの諸経費などを勘案すると所有期間5年間の収支は若干のマイナスになるだろう。投資の視点で写真作品をコレクションする場合も他の金融資産と同じで、未評価分野の作品の長期保有が基本になるのだ。

Phillips London, Edward Steichen, “Gloria Swanson, New York, 1924”

高額落札の第3位は、フィリップス・ロンドンに出品されたエドワード・スタイケンの“Gloria Swanson, New York, 1924”。サイズは24.1 x 19.1 cm、写真家の未亡人ジョアンナ・スタイケンのコレクションという由緒正しい来歴の作品。落札予想価格は24万~34万ポンドのところ、27.72万ポンド(約4379万円)で落札された。

今回フィリップス・ロンドンでは、野口里佳の作品が「ULTIMATE Newcomers」セクションに出品された。フリップスはこのカテゴリーで、若手、新人、中堅による、エディション数自体が少ない、もしくはエディションの残り少ない、また貴重な1点もの作品を積極的に紹介している。通常、オークション市場では取引実績のある人の、資産価値の高い作品を取り扱う。一方でギャラリーは、まだ実績のない若手/中堅アーティストの作品を取り扱う。新作を取り扱うプライマリー市場と旧作を取り扱うセカンダリー市場との違い以外にも役割分担があるのだ。フリップスの「ULTIMATE Newcomers」は、オークションハウスが通常のギャラリー業務に挑戦する試みになる。いま両者の仕事の棲み分けが益々曖昧になってきているのだ。だから、「ULTIMATE Newcomers」での落札は、作品の時間的価値の評価であり、本源的な資産価値を保証するわけではない。この点はよく誤解されるので注意が必要だ。本源的価値は、継続したオークションへの出品/落札、時間経過の中でのトラックレコードの積み重ねの中で上昇していくもの。この辺りのことは「ファインアート写真の見方」(玄光社,2021年刊)で触れているので、興味ある人は読んで欲しい。

Phillips London ULTIMATE 野口里佳”フジヤマ [Fujiyama] A Prime #1 1997″

さて今回注目したいのは、野口里佳の”フジヤマ [Fujiyama] A Prime #1 1997″の高額落札だ。同作は、作品集「鳥を見る」(2001年、P3 and enviroment刊)に収録された、101.6 x76.2 cmサイズ、エディション5の作品。落札予想価格5千~7千ポンドのところ、上限の約9倍の6.3万ポンド(約995万円)で落札された。今回の落札がきっかけとなり、野口作品が市場でどのように取り扱われていくか注視していきたい。

(1ポンド・158円、1ユーロ・135円で換算)

鋤田正義”SUKITA ETERNITY”展
名古屋で8月に開催!

鋤田正義は、自らの半生を振り返ったとき、ずっと「あこがれ」を追い求めてきたと語っています。その強い思いが彼のニューヨーク/ロンドン進出へと突き動かしたのです。そして彼のキャリアを本格的に回顧する集大成が、写真集「SUKITA  ETERNITY」(ACC Art Books/玄光社)なのです。この写真集刊行により、初期のプロヴォーグ的ドキュメント作やライフワーク的な風景作品が紹介され、鋤田作品の全体像がはじめて明らかになりました。被写体の内面を引き出した代表作のポートレート写真にとどまらず、その多彩な作品の作家性の再評価が始まるきっかけとなりました。
デヴィッド・ボウイは鋤田のことを“may he click into eternity”と語っています。写真集のタイトル「ETERNITY SUKITA」は、編集に携わったカンベル・ガン氏の発案によりこの言葉から取られています。これは、鋤田は悠久の時を刻むようにシャッターを切る、というような意味になります。

写真集「SUKITA  ETERNITY」が世界同時発売したのが2021年の7月でした。コロナ禍に関わらず、いままでに刊行記念の写真展や作品展示のイベントを、ブリッツ・ギャラリー、銀座蔦屋書店、六本松蔦屋書店などで行ってきました。「SUKITA  ETERNITY」のデヴィッド・ボウイ作品やプリント付き特装版は、いま美術館「えき」KYOTOで7月24日まで開催中の「時間~TIME BOWIE×KYOTO×SUKITA リターンズ 鋤田正義写真展」でも紹介されています。

発売から約1年が経過して、東京、福岡、京都を経て、ついに刊行記念写真展が名古屋で開催されます。実は、名古屋/中部地方には数多くの鋤田正義ファンがいます。2018年には、デヴィッド・ボウイを撮影した、テリー・オニール、ダフィー、などの複数写真家のグループ「BOWIE:FACES」名古屋展に鋤田は参加。参加写真家を代表して鋤田が伏見の電気文化会館で行ったトークイベントは大盛況でした。
今回の「SUKITA  ETERNITY」展も、「BOWIE:FACES」と同じ納屋橋 髙山額縁店2Fで行われます。展示作は写真集に収録された、デヴィッド・ボウイ、イギー・ポップ、マーク・ボラン、YMO、忌野清志郎などのミュージシャンの代表的ポートレート作品を中心にセレクションされました。またキャリアを通して撮影してきた風景、ストリートなどのパーソナル作品など、様々なサイズの約30点が展示予定です。

「BOWIE:FACES」展、@納屋橋 髙山額縁店

また本展でぜひ注目して欲しいのは写真集のプリント付きの限定特装版です。豪華な布張りの特製ケース付きのコレクターズ・アイテムで、付属する3点のプリント作品の現物が名古屋で初めて展示されます。
作品は“David Bowie, Dawn of Hope, 1973”、“David Bowie, from ‘Heroes’ Session, 1977”、“Tate Modern, 2008” の3種類です。これら写真作品は特装版のみでの販売となります。すべて鋤田正義の直筆サイン入り。写真サイズは8X10″(約20.3X25.4cm)。特装版は3仕様が用意されていて、コレクター向けに全作が収録される3枚セット(A)が70点、特にボウイ・ファンのために、
“David Bowie, Dawn of Hope, 1973” と “Tate Modern, 2008” の2枚セット(B)が90点、 “David Bowie, from ‘Heroes’ Session, 1977” と
“Tate Modern, 2008” の2枚セット(C)が40点用意されています。

SUKITA:ETERNITY 特装版の収録プリント

鋤田正義の約40X50cm、エディション30の作品は、約22万円(税込み)。特装版のプリントサイズは小さいですが、3枚セットが74,800円(税込み)、2種類ある2枚セットが44,000円(税込み)で購入可能。極めてお値打ちの価格設定になっています。これには、日本でも写真がファインアート作品としてコレクションの対象になってほしいという鋤田の願いが込められています。一部セットは残り僅かになっています。ぜひ会場で現物の価値を見極めてください。鋤田やボウイファンはもちろん、写真を初めて買う人にも最適な作品だと言えるでしょう。

・名古屋展開催情報
2022年8月6日(土)-14日(日)
9:00-19:00(日曜/12:00-19:00)(*ご注意 最終日は17:00まで)
会場:納屋橋 髙山額縁店2F 
〒450-0003 愛知県名古屋市中村区名駅南一丁目1-17
写真展詳細

「ファインアート写真の見方」刊行記念
著者によるトークイベントを名古屋で開催

*新型コロナウイルス感染拡大の状況を鑑み、本イベントの開催は中止となりました。何卒ご了承ください。

(ご注意)
新型コロナウイルスの感染状況によっては、写真展/イベントが中止/延期になる場合があります。予めご了承ください。

展覧会レビュー
TOPコレクション
メメント・モリと写真
@東京都写真美術館

東京都写真美術館(TOP MUSEUM)は、約36000点にも及ぶ膨大な国内外の写真コレクションを誇っている。開館が写真の市場価格高騰前の90年代前半で、また当時の東京都の財政状況が良好で購入予算が豊富だったので、いまでは高額で購入が難しい作品を多数収蔵している。定期的に開催されるTOPコレクション展は優れた収蔵品を紹介する非常に質の高い展示になる。担当キュレーターの選んだ企画テーマによりコレクションを見せる方向性が決まってくる。
幅広い分野にまたがる作品をできるだけ自由に見せるには、大きなテーマを採用したほうが都合が良いだろう。今回のキーワードは「メメント・モリ」。死を思えということ。これは、人間はいつか死ぬという、すべての写真作品に当てはめ可能な、誰も文句が言えない大きなテーマとなる。今までのコレクション展では、テーマに引きずられて、多少無理のあるような作品や作家セレクションが見られた。今回の展示では、死を表現した作品が含まれるものの、膨大なコレクションから自由に有名写真家の珠玉の作品が紹介されている印象を持った。

今回の展示にはいくつかの見どころがある。
まず藤原新也(1944-)の「メメント・モリ」(情報センター出版局、1983年刊)からの12点の展示を上げたい。その中の1点となる、“ニンゲンは、犬に食われるほど自由だ、1973”は、1981年(昭和56年)12月4日号雑誌フォーカスに連載された「東京漂流」の第6回の掲載作品。編集部が掲載内容を変更したことで連載がその号で打ち切りになり、当時は大きな話題になった。その経緯は、「東京漂流」(情報センター出版局、1983年刊)に詳しく書かれている。

同作に込められていたのが、経済成長を続ける80年代日本のコマ―シャリズムやマスコミに対する写真家の違和感なのだ。「東京漂流」を読むと、それは生産の拡大と能率のために、無駄、邪魔と考えられる世界の構成要素を汚物畏敬として排除する性向を現代のコマーシャリズムは宿命として持っている、という藤原の認識だとわかる。コマ―シャリズムの発するメッセージは人間や事物の持つ明暗の「明」の部分のみを拡大し、生命や生存の全体像を欠落させている。「死の意味」に対する認識が希薄なのだ。藤原は「ニンゲンは、犬に食われるほど自由なんだ」というコピーと、ガンジス川で野犬が人に食いついている写真作品で「死の意味」をタブー化している日本社会に一撃を加えた。日本社会は、表層は自由な世の中のようだが、実際はここで取り上げられた「死の意味」以外にも様々なタブーが存在する。彼は、政治、大新聞、差別問題、天皇問題、コマ―シャル批判などが世間のタブーになっていることを指摘している。

40年以上経過した現在の日本でも、その状況はあまり変化していないのかもしれない。しかし、変化の兆しは地域の公共美術館による藤原新也の作品展示にあるのではないか。1944年生まれで、すでに1977年には第3回木村伊兵衛賞、81年に第23回毎日芸術賞を受賞している。美術館での大規模な回顧展が既に開催されていても全くおかしくない存在といえるだろう。今回の東京都写真美術館では、“ニンゲンは、犬に食われるほど自由だ、1973”を含む、「メメント・モリ」からの12点の展示。そして2022年9月10日からは北九州市立美術館で「祈りの軌跡 藤原新也展」が開催、11月には世田谷美術館に巡回する予定だ。80年代に藤原が感じた日本社会の違和感に共感する新しい世代が増加していると解釈したい。一連の美術館での作品展示が多様な価値観を持つ社会が訪れるきっかけになることを願いたい。

現代アメリカ写真の展示にも注目したい。ロバート・フランク(1924-2019)、ダイアン・アーバス(1923-1971)、リー・フリードランダー(1934-)などだ。彼らが表現しているのは、それ以前の雑誌「ライフ」のような、世界を記録するドキュメンタリー、そして「決定的瞬間」重視ではなく、写真家のパーソナルな視点で切り取られた普通の写真だ。そこにはマスコミが吹聴するアメリカンドリームの中に埋没している一般市民の日常生活が切り取られている。それは繁栄の裏にあるアメリカ社会のダークサイドであり、市民が抱くリアルな孤独や狂気なのだ。
ロバート・フランクは5点、ダイアン・アーバスは5点、リー・フリードランダーは6点を展示。
ダイアン・アーバスの“Identical twins, Roselle, N.J. 1966”は、彼女の没後の1972年にMoMA(ニューヨーク近代美術館)で開催された回顧展のカタログ「Diane Arbus: An Aperture Monograph」の表紙作品。2018年にクリスティーズNYで開催されたオークションでは、アーバス本人が生前にプリントした極めて貴重な同作が73.2万ドル(@110円/約8052万円)で落札されている。展示作品は、本人によるプリントか、死後に制作されたエステートプリントかは不明だ。

ロバート・フランクの代表作“Trolley-New orleans, 1955”にも注目したい。本作は、1950年代のニューオーリンズに残るアメリカの人種隔離を提示した象徴的イメージ。フランクは、長期にわたる全米旅行で、大勢の人々が歩道に群がる賑やかなニューオーリンズのカナル・ストリートで通り過ぎるトローリーを撮影する。それは路面電車の乗客を囲むように窓が並んでいて、前方に白人、後方に黒人が乗っているイメージ。フランクは、ワークシャツを着た疲れた様子の黒人男性や、彼の目の前に座っている人種ごとに区分エリアを示す木製看板に手をかけている若い白人女性など、長方形の窓越しから外を見つめる個々の表情を捉えたのだ。1958年、フランクは「これらの写真で、私はアメリカの人々の断面を見せようと試みました。私が心がけたのは、それをシンプルに混乱なく表現することでした」と書いている。ニューオーリンズの路面電車とバスでは、1958年の裁判所の命令で人種差別撤廃が行われた。しかし1959年にアメリカで出版された写真集「The Americans」では、まだ差別が残っている事実を意識して、表紙にはあえて本作が採用している。アメリカにおける人種的正義のための継続的な戦いでは、本作のような写真の力が極めて重要な役割を果たしてきたのだ。
ちなみに、本作のヴィンテージ・プリントは、2021年4月フィリップスNYのオークションに出品されている。落札予想価格15万~25万ドルのところ40.32万ドル(@110円/約4435万円)で落札された。今回の展示作品のプリント年は不明。

そしてニューカラーの先駆者ウィリアム・エグルストン(1939-)の作品も必見だろう。エグルストン作品は米国南部の色彩豊かな情景をカラーとシャープ・フォーカスで表現しているのが特徴。画家エドワード・ホッパーの描いた風景画や、スーパー・リアリズムの絵画作品と対比して語られることも多い20世紀を代表する人気写真家。70年代のファインアート写真はモノクロが主流でカラーは広告分野での利用が中心だった。エグルストンは大判カメラと染料を転写してカラー画像を作り出すダイ・トランスファーという手法を使用して、レンズは絞りこんで、当時に流行していたスーパー・リアリズム絵画のようなカラー作品を制作した。1976年にニューヨーク近代美術館で開催された展覧会で華々しくデビューする。写真史では、同展が本格的カラー写真時代の到来のきっかけだとしている。エグルストンが好んで撮影したのは、出身地であるアメリカ南部の色彩豊かな何気ない日常生活や風景などだった。それはアメリカ人が無意識に持っているアメリカ原風景と重なるのだ。カラーを取り入れたことで、モノクロでは難しかった被写体表面の質感や色彩のコントラストの表現を可能にした。
本展では、高価なダイ・トランスファー・プリントによる6点を展示している。

同展では、ハンス・ホルバイン(子)、マリオ・ジャコメッリ、ロバート・キャパ、澤田教一、セバスチャン・サルガド、ウォーカー・エヴァンズ、W. ユージン・スミス、牛腸茂雄、荒木経惟、ウジェーヌ・アジェ、ヨゼフ・スデック、小島一郎、東松照明など、19世紀から現代を代表する写真約150点を4つのセクションで展示している。これだけの優れた多分野に渡る歴史的写真作品が一度に鑑賞できる機会は世界的にも珍しい。私はニューヨークで大手業者により開催される「Photographs」オークションに先立ち行われる、出品作品すべてを紹介する作品プレビュー会場のシーンを思い出した。ファインアート写真のコレクションに興味ある人、アーティストを目指す人、アマチュア写真家には必見の展覧会だ。

開催情報
TOPコレクション メメント・モリと写真 -死は何を照らし出すのか-
東京都写真美術館(恵比寿)
6月17日(金)~9月25日(日)
http://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4278.html

美術館「えき」KYOTOのボウイ展がリターンズ!
鋤田がボウイ目線で約40年後の京都を撮影

デヴィッド・ボウイは、京都をこよなく愛したことで知られている。山科区に住居を持っていたという都市伝説もあるくらいだ。その発信源だといわれているのが、鋤田正義がボウイをまるで京都で暮らしているかのように撮影した一連のスナップなのだ。1980年3月、ボウイは宝酒造(伏見区)の焼酎「純」の広告の仕事で京都を訪れている。ロケ地はボウイが指定した正伝寺だった。ボウイは鋤田をアーティストとして尊敬していたから、広告撮影はあえて彼に依頼しなかったことが知られている。日本とは違い、欧米ではアーティストは自己表現を追求する人だと考えられており、めったに広告の仕事を行わないのだ。

(C)SUKITA

ボウイは仕事が終わった後に、鋤田を京都に招待して共にプライベートな時間を過ごしている。鋤田は自らの提案で、ロックのカリスマの鎧を脱いだ普段着のボウイを、京都の街並みを背景にドキュメント風に撮影した。数々の歴史的名作がこの時の撮影から生まれている。
名盤「ジギー・スターダスト」裏カヴァーのオマージュのテレフォン・ボックスでの電話通話、町屋の並ぶ路地の散策、古川町商店街での鰻の八幡巻きの買い物、阪急電車による移動、旅館での浴衣姿などの写真は、ボウイのファンなら見覚えがあるだろう。自然なたたずまいのボウイの姿を見た人が、彼が京都に暮らしていると思ったのも納得する。

(C)SUKITA

2019年から3回にわたり、鋤田はコロナ禍の京都で約40年前にボウイを撮影した場所を再訪する。彼はボウイの新旧の写真を通して悠久の都「京都」における、時間経過の可視化に挑戦した。“京都は変わってないと思っていたが、3回撮ってみたら、変わっていた……”と鋤田は語っている。(カタログから)
展覧会ディレクションは、プロデューサー立川直樹氏。カタログに掲載されている同氏のエッセーは、とても読み応えがある。

実は2021年4月3日に開幕した写真展「時間~TIME BOWIE×KYOTO×SUKITA」は新型コロナウイルス感染拡大により、5月の大型連休前に急遽中断となってしまった。大型連休に訪問予定だった多くのファンは、残念ながら同展を見ることができなかったのだ。その後アンコール開催の声が多数寄せられたことから、同展は「時間~TIME BOWIE×KYOTO×SUKITA リターンズ 鋤田正義写真展」として、再び開催されることになった。展覧会のフライヤー中央部には黄色の文字で「リターンズ」と追加記載がされている。今回はボウイの名盤「ジギー・スターダスト」誕生50年の年でもあることから、この時代の作品が前回よりも多数展示されているとのことだ。残念ながら、本展では鋤田正義のトークイベントやサイン会は予定されていない。しかし、会場では同展カタログの他に、昨年7月に刊行された「SUKITA:ETERNITY」のサイン本やプリント付き特装版が予約販売される予定だ。

京都ではちょうどアンビエント・ミュージックの第一人者で、ボウイのベルリン3部作の制作に関わったブライアン・イーノの音と光の展覧会「BRIAN ENO AMBIENT KYOTO」が8月21日まで、京都中央信用金庫 旧厚生センターで開催中だ。鋤田はイーノが手掛けたボウイの「Heroes」のカバーを撮影している。京都は鋤田に、ボウイ、イーノとの不思議な縁をもたらしている。

展覧会を見て回って時間があったら、ぜひボウイが訪れた、画材屋「彩雲堂」、老舗蕎麦屋「晦庵 河道屋」、正伝寺なども訪れたい。

時間~TIME BOWIE×KYOTO×SUKITA リターンズ
鋤田正義写真展
美術館「えき」KYOTO(ジェイアール京都伊勢丹7階隣接)
2022年6月25日(土)~7月24日(日)

【展示作品】
出展数:約200点
①1980年3月29日、京都で撮影したボウイ=39点
②2020~2021年 京都撮りおろし作品=115点
③ボウイとの仕事、ボウイゆかりの地など=22点
④ボウイ(タペストリープリント)=4枚

開催情報

マン・レイ名作が1千2百万ドルで落札!
写真のオークション史上最高落札額更新

2022年5月にニューヨークで開催された現代アート系オークションでは、写真系作品の高額落札が相次いだ。

アートフォトサイトで既報のように、5月14日にクリスティーズ・ニューヨークで開催された「The Surrealist World of Rosalind Gersten Jacobs and Melvin Jacobs」オークションではマン・レイの歴史的名作”Le Violon d’Ingres, 1924″の、極めて貴重なヴィンテージ作品が、写真作品のオークション最高落札額となる12,412,500ドル(@128/約15億8880万円)で落札された。
本作は、サイズ19 x 14 3⁄4 inch (48.5 x 37.5 cm)の1点ものの銀塩写真、落札予想価格は500万ドル~700万ドルだった。
これまでの写真のオークション最高額は、2011年11月にクリスティーズ・ニューヨークで落札されたドイツ人現代アーティストのアンドレアス・グルスキーの”Rhein II”の4,338,599ドル。ちなみにいままでのマン・レイの最高額は、2017年11月9日にクリスティーズ・パリで開催された「Stripped Bare: Photographs from the Collection of Thomas Koerfer」に出品されたヴィンテージ作品“Noire et Blanche, 1926”で、2,688,750ユーロ(@135/約3.63億円)だった。今回の落札はもちろんマン・レイ作品のオークション最高落札額になる。

Christie’s NY, Man Ray “Le Violon d’Ingres, 1924”

“Le Violon d’Ingres, 1924”は、マン・レイの最も有名な写真作品。アートや写真に興味ない人でも一度は見たことがあるだろう。クリスティーズは、作品の興味深い解説を掲載している。一部を参考までに紹介しておこう。
本作は、モデルのアリス・プリン(通称キキ・ド・モンパルナス)の画像と、レイヨグラフ技法で制作されたバイオリン系の管楽器にある「F」の文字をかたどった開口部「Fホール(f-hole)」を組み合わせて作られた作品。マン・レイは、まず露光する感光紙の表面を覆う紙/ボードなどにFホールの穴を切り抜いた。そして引き伸ばし機の下に印画紙を置き、その上にFホールのテンプレートを置いて露光。すると両方のFホールの形がプリントに真っ黒に焼き付けられる。テンプレートを外した後、キキのネガを引き伸ばし機のネガホルダーに入れ、同じプリントで2回目の露光を行った。現像すると、キキの背中のイメージは、すでに印画紙に焼き付けられたFホールと魔法のように融合したのだ。
作品タイトルの“Le Violon d’Ingres, 1924”も非常に興味深い意味が含まれている。フランス語を直訳すると「アングルのバイオリン」という意味になる。これは19世紀のフランスの有名画家ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル(1780-1867)にちなんでいるという。アングルは画家としての才能だけでなく、ヴァイオリンの腕前も世間に認められていたそうだ。しかしアングルは画家として優秀であったため、ヴァイオリンの演奏は単なる娯楽や趣味だと考えられていたそうだ。この言葉はいまでは定着し「アングルのバイオリン(Ingres’s violin)」はフランス語の慣用句で、喜びやくつろぎのために行う活動、つまり趣味を意味するという。
たぶんこのころの、マン・レイにとって写真は「アングルのバイオリン」だったと思われる。写真は、自分の仕事や友人の活動を記録するためのメディアであって、自分の芸術制作での表現方法ではないと考えていたのだ。彼は写真を、モデルでありミューズだったキキとのロマンチックな関係、そして画家アングルへの憧れを表現する手段として使用したのだ。

Christie’s NY, Helmut Newton “Big Nude III (Variation), Paris, 1980”

5月10日に同じくクリスティーズ・ニューヨークで開催された「21st Century Evening」オークションで、唯一出品された写真作品のヘルムート・ニュートン(1920-2004)“Big Nude III (Variation), Paris, 1980”が、落札予想価格は80万ドル~120万ドルのところ2,340,000(@128/約2億9952万円)で落札された。196.2 x 110.8 cmサイズの大判作品で、記録上1点しか存在しないプリントで、1990年に写真家から著名なギャラリストのルドルフ・キッケン(Rudolf Kicken)に寄贈された作品とのこと。今回はニュートン作品のオークション最高落札額になる。ちなみにいままでのニュートン最高額は、2019年4月4日にフィリップス・ニューヨーク「Photographs」オークションに出品された“Sie Kommen, Paris (Dressed and Naked), 1981”。美術館などでの展示用の197.5X198.8cmと196.9X183.5cmサイズの巨大組作品で、落札予想価格60~80万ドルのところ182万ドル(@110/約2億円)で落札されている。

Christie’s NY, Richard Avedon “Blue Cloud Wright, Slaughterhouse Worker, Omaha, Nebraska, August 10, 1979”

続いて5月13日に同じくクリスティーズ・ニューヨークで開催された「Post-War and Contemporary Art Day Sales」オークションで、リチャード・アヴェドン(1923-2004)の「In The American West」シリーズの“Blue Cloud Wright, Slaughterhouse Worker, Omaha, Nebraska, August 10, 1979”が、落札予想価格は25万ドル~35万ドルのところ378,000(@128/約4838万円)で落札されている。142.2 x 113 cmサイズの大判で、エディション6/6の作品。ちなみに2016年11月3日にフィリップス・ロンドンで161,000ポンド(@130/2093万円/@1.25/約201,250ドル)で落札された作品。手数料や保管管理を無視して複利で単純計算すると約6年間で11.08%程度で運用できたことになる。
同オークションでは、シンディー・シャーマン(1954-)のカラー作品“Untitled、1981”も、落札予想価格は40万ドル~60万ドルのところ882,000(@128/約1億1289万円)で落札されている。こちらは61 x 121.9 cmサイズで、エディション1/10の作品。

今回のオークションでは、有名アーティストの貴重なヴィンテージ作品の価値がアート市場で過小評価されていた事実が明らかになった。初めての1000万ドル越えは、高額セクターの写真作品相場の新たな基準になると思われる。また特にファインアート系ファッション/ポートレートの大判写真作品の、落札予想価格上限を超える落札は、それらは20世紀写真ではなく現代アート作品だという認識が定着してきた証だといえるだろう。他の現代アート作品と比べて割安だった有名写真家の作品。ここにきて特に数が少ない大判作品の再評価の兆しが感じられる。

クリスティーズ
https://www.christies.com/en/auction/the-surrealist-world-of-rosalind-gersten-jacobs-and-melvin-jacobs-29818/browse-lots

フォトブック・コレクションへの誘い
Blitz Photobook Collection 2022 開催中!

ブリッツでは国内外の貴重な写真集、限定本、サイン本、プリント付き写真集を紹介する「ブリッツ・フォトブック・コレクション2022」を開催している。

5月はブリッツにとって写真集を紹介する季節だ。私どもは、1990年代から2000年代にかけて、かなり積極的に貴重な絶版写真集を取り扱っていた。特に2000年代には、いまはなき渋谷のパルコパート1のロゴスギャラリーで「フォトブック・コレクション」展を5月の連休明けに開催していた。2004年から2010年までに7回行っている。
インターネットの普及前の時代は、絶版になった人気写真集の入手はかなり困難だった。今では信じられないだろうが、海外の専門店が定期発行する在庫目録を郵送してもらい、希望する本をファックスで注文していた。決裁はクレジットカードで、荷物が届くのに早くても1か月くらいかかったものだ。
画像などないので、本の状態は受け取るまでは正確には分からなかった。「Very Good」という海外の状態表記が、日本人の感覚ではかなり傷みがある「普通」状態なのだと実体験を通して学んだものだ。その後、インターネットが一般に普及するようになり、大手のアマゾンやヤフオクでも絶版写真集を取り扱うようになる。市場での本の相場は、だれでもネット検索で調べられるようになる。その結果、利益率が大幅に縮小して、ビジネスとして成立しなくなるのだ。ブリッツは2010年代には絶版写真集の輸入販売からは撤退することになる。そして、ギャラリーでは数年に1回程度、オリジナル・プリントとともに絶版写真集を展示するイベントを開催するようになる。この辺の経緯は「ファインアート写真の見方」(玄光社2021年刊)に詳しく書いた。興味ある人はどうか読んで欲しい。

過去20年ぐらいで写真のデジタル化が進行し、写真表現は写真家以外の幅広い分野のアーティストに広く取り入れられるようになった。いまでは写真はアート表現のひとつの方法として一般化しているといえるだろう。そして多数のヴィジュアルをシークエンスで紹介する写真集フォーマットがアーティストの世界観やコンセプトを伝えるのに適していると認識されるようになった。いまでは、ファインアート系の写真を収録した写真集は、単なるコレクターの資料ではなく、それ自体が資産価値を持ったアート作品と認められているのだ。海外市場では、いま一般的な写真を多数収録したフォト・イラストレイテッド・ブックと区別されて、それらはフォトブックと呼ばれるようになった。

今年の企画では、フォトブックと写真のオリジナル・プリント作品の関係性を探求した。ブリッツが取り扱う写真家/アーティストの名作フォトブックと、収録されている写真作品を壁面で紹介するコーナーを設けている。またコレクター人気の高いファインアート系ファッション写真のコーナーも設置。多くの名作と関連フォトブック、60年代のヴィンテージ・ファッション・マガジンを紹介している。もちろん、すでに絶版になって入手が困難なレアブックも多数展示している。いま海外では、優れたフォトブックはオークションでも取り扱われるようになり、コレクション市場も拡大している。販売価格が数万円するフォトブックも数多く存在している。コレクターはそれらをコレクションの資料ではなく、フォトブック形式のエディション数が大きな写真のマルチプル作品だと考えているのだ。本としては高価だが、ファインアート作品だと認識すると非常にリーズナブルなのだ。特にコレクターは高価でもサイン本を購入する傾向が強いのだ。

ファインアート系写真のコレクションに興味を持っている人は多いだろう。しかし、有名写真家の作品は以前と比べてかなり高価になってしまった。また最近の円安傾向や輸送費高騰により、特に海外作品の価格の上昇傾向が強まっている。しかし、フォトブックのコレクションならまだリーズナブルな価格のものが数多くある。さすがに海外の有名アーティストのプリント付きのフォトブックとなると価格は決して安くはない。しかし、最近はそれらを外貨資産を持つような意識で抵抗なくコレクションする人も見られるようになった。まずはフォトブックから始めて、次第に高額な写真作品をコレクションするようになる人が日本でも増加している印象だ。フォトブック分野は、コレクター初心者にとっては、アート・コレクションが低予算で始められる最後の魅力的分野だといえるだろう。今回のイベントがそのきっかけになることを願いたい。

・写真家別のフォトブック&オリジナルプリント コーナー
テリ・ワイフェンバック
「Between Maple and Chestnuts」、「Cloud Physics」、「Instruction Manual」や過去のレアブックなど

マイケル・ドウィック
「The End: Montauk NY」(10周年記念版)、「Mermaids」など

鋤田正義
「Sukita : Eternity」、「Bowie Icons」、「Bowie X Sukita」など

テリー・オニール
「Rare and Unseen」、「Every picture tells a story」、「Terry O’Neill’s Rock ‘n’ Roll Album」など

・ファッション写真コーナー
ノーマン・パーキンソン、ホルスト、ジャンルー・シーフ、ダフィー、デボラ・ターバヴィル、ベッテイナ・ランスなどの写真作品、60年代のヴィンテージ・ファッション・マガジン、各種ファッション系フォトブックを展示

・サイン入りフォトブック
リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ウィリアム・エグルストン、メルヴィン・ソコルスキー、ジャック・ピアソン、マリオ・ソレンティ、ライアン・マッキンレイ、トッド・ハイド、シンディー・シャーマンなど

・オリジナル・プリント付フォトブック
メルヴィン・ソコルスキー、マイケル・デウィック、テリー・オニール、鋤田正義、テリ・ワイフェンバック、アレック・ソスなど

(ブリッツ・フォトブック・コレクション 2022)
2022年 5月11日(水)~ 6月26日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜 /入場無料 

2022年春ニューヨーク写真オークションレヴュー
高額セクターに相場調整の気配

Christie’s NY, “Photographs from the Richard Gere Collection(Online), ”František Drtikol「Temná vlna (The Dark Wave), 1926」

2022年の大手3業者によるニューヨーク定例アート写真オークションは、昨年同様に各社の判断で、オンラインとライブにより4月に集中して開催された。複数委託者による”Photographs”オークションは、クリスティーズが4月5日(オンライン)、フィリップスは、4月6日(ライブ)、サザビーズは、4月13日(オンライン)に行われた。また前回紹介したように、クリスティーズは4月7日に俳優リチャード・ギア(1949-)の写真コレクションの単独セール”Photographs from the Richard Gere Collection”をオンラインで開催した。今回は4月に行われた4つのオークション結果の分析を行いたい。
ちなみに、平常時はオークション開催時期に同じくニューヨークで行われるファインアート写真の世界的フェアのipad主催のThe Photography show。2022年は、5月20日~22日にニューヨーク市のCenter415で開催される予定だ。

さて現在のアート市場を取り巻く外部の経済環境を見てみよう。昨年までは世界的な新型コロナウイルスの感染拡大に翻弄されていた。いま世界的に注目されているのはインフレ懸念の高まりだ。新型コロナウイルス対策後の世界的景気回復により特に米国で消費が拡大した。さらにウクライナ危機による資源価格急騰、また米国では名目賃金も上昇しはじめてインフレ懸念が強まっている。コロナウイルスの感染拡大によるサプライチェーンの混乱により、効率的だった経済のグローバル化の見直しが迫れれている。これもコスト上昇要因になる。米ミシガン大の3月の消費者調査(速報)によると、人々の1年先の物価見通しを示す予想インフレ率が5.4%と約40年ぶりの高水準になったと報道されている。以上の状況により米国の中央銀行にあたるFRBは、インフレ対策のため3月には量的緩和を終了。その後は、かなり急激な複数回の利上げが予想されている。インフレによる消費者の購買力低下予想などが反映され、株価も変動が大きくなっている。NYダウは2022年1月4日に36,799.65ドルだったのが、3月8日には32,632.64まで下落、いまでも33,000前後で取引されている。
ハイテク株が多いNASDAQは、昨年11月に16,000ドル台まで上昇したもののその後は下落傾向が続き、いまは12,000ドル台まで下落している。株価動向はオークションの入札者に心理的な影響を与えると言われている。また高額評価作品の出品が控えられる傾向も強くなる。アート市場を取り巻く環境は決して良好とは言えないだろう。

さて今春のオークション結果だが、3社合計で702点が出品され、494点が落札。不落札率は約29.6%だった。ちなみに2021年秋は922点で不落札率29.1%、2021年春は557点で不落札率26.8%。
総売り上げは、約978万ドル(約11.7億円)で、昨秋の約1484万ドルから大きく減少、ほぼ2021年春の約969万ドルと同じレベルにとどまった。
落札作品1点の平均金額は約19,810ドルと、2021年秋の約22,692ドルから約12.7%下落、2021年春の23,774ドルも下回る。昨秋とは出品数が増加するなか、落札率は同水準で、総売り上げが減少したことによる。
業者別では、売り上げ1位は約393万ドルのフィリップス(落札率76%)、2位は約384万ドルでクリスティーズ(落札率73%)、3位は200万ドルでサザビース(落札率59%)だった。

厳しい外部環境の中、高額落札が期待された作品が苦戦し、5万ドル以上の高額作品の不落札率は54.4%と高かった。フィリップス“Photographs”では、シンディー・シャーマンの「Untitled #580, 2016」、落札予想価格25万~35万ドルなど、高額落札が期待された彼女の3作品が不落札、アーヴィング・ペンの「Woman in Chicken Hat (Lisa Fonssagrives-Penn) (A), New York,1949」も、落札予想価格8万~12万ドルが不落札。
サザビーズ“Photographs(Online)”では、リチャード・アヴェドンの代表作「Dovima with Elephants, Evening Dress by Dior, Cirque d’Hiver, Paris, 1955/1980」、57.4 x 45.7 cmサイズ、エディション50の作品が、落札予想価格18万~28万ドルのところ不落札。1979年プリントの同じ作品は、クリスティーズ“Photographs(Online)”で、落札予想価格15万~25万ドルのところ、なんと12.6万ドル(約1512万円)で落札されている。
サザビーズのオークションでは、高額落札が期待された、ダイアン・アーバスの本人サイン入りの代表作「Family on Lawn One Sunday in Westchester, N.Y」、イモージン・カニンガムのヴィンテージ・プリント「False Hellebore (Glacial Lily)」が不落札だった。
今春のオークションでは、入札には高値を追うような力強さが欠けており、特に高額価格帯のファッション、ドキュメンタリー系が弱い印象だった。

今シーズンの最高額は、クリスティーズ“Photographs from the Richard Gere Collection(Online)”に出品されたチェコ出身のモダニスト写真家フランチシェク・ドルチコル(František Drtikol)による希少性の高い女性ヌード作品 「Temná vlna (The Dark Wave), 1926」だった。落札予想価格10万~15万ドルのところ35.28万ドル(約4233万円)で落札されている。

2位は、サザビーズ“Photographs(Online)”の、トーマス・イーキンズ(Thomas Eakins)の19世紀写真「Untitled (Male Nudes Boxing), c1883」だった。落札予想価格3万~5万ドルのところ、なんと上限の6倍以上の32.76万ドル(約3931万円)で落札されている。ヌードの若い男性がボクシングをしている、とても小さい9.5X12.1cmサイズの鶏卵紙(albumen print)作品だ。

Sotheby’s, “Photographs(Online)”, Thomas Eakins「Untitled (Male Nudes Boxing), c1883」

3位もクリスティーズ“Photographs from the Richard Gere Collection(Online)”の、アルフレッド・スティーグリッツ(Alfred Stieglitz)によるオキーフのポートレート「Georgia O’Keeffe, 1918」。落札予想価格30万~50万ドルのところ30.24万ドル(約3628万円)で落札されている。

昨秋にジャスティン・アベルサノ(Justin Aversano/1992-)の、“Twin Flames”シリーズのNFT(Non-Fungible Token)写真作品を出品して話題をさらったクリスティーズ。今春も、複数アーティストによるNFTの12セットとなる「Quantum Art: Season One, 2021-2022」を出品させている。落札予想価格15万~20万ドルのところ16.38万ドル(約1965万円)で落札、これは同社の今シーズンの最高額落札になった。

Christie’s NY, “Photographs”, Various Artists「Quantum Art: Season One, 2021-2022」

余談になるが、最近の外国為替市場での急激なドル高/ユーロ高/円安の進行で、ギャラリーでは知名度の高い写外国人真家の作品への問い合わせが増加している。海外市場で取引されている写真家の有名作品のコレクションは、外貨資産を持つと同じ意味になる。約25年以上もそのように説明してきたが、やっと多くの人が急激な円安進行によりこの事実に気付き始めてくれた印象だ。

(1ドル/120円で換算)

リチャード・ギア写真コレクション・セール
クリスティーズでオンライン開催

2022年春の大手業者によるファインアート写真の定例オークションは、3月下旬から4月中旬にかけてニューヨークで開催された。今シーズンで注目されたのが、米国の俳優リチャード・ギア(1949-)の写真コレクションの単独セール「Photographs from the Richard Gere Collection」だった。クリスティーズが、3月23日から4月7日にかけてオンラインで開催した。

Christie’s, Diane Arbus, “Audience with projection booth, N.Y.C., 1958” Sold at $75,600.

ギアは「愛と青春の旅だち」、「プリティー・ウーマン」などの映画で主演を演じている有名俳優。実はシリアスな写真コレクターとしても業界では知られている。今回の単独オークションで、そのコレクションの全貌が初めて明らかになった。その中には、エドワード・S・カーティス、ギュスターヴ・ル・グレイなどの19世紀写真、アルフレッド・スティーグリッツ、エドワード・ウェストンといった20世紀初期作品、リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ダイアン・アーバスといった20世紀作品まで、写真メディアの巨匠たちの有名作が多数含まれていた。クリスティーズの国際写真部門責任者のダリウス・ヒメス氏は、「非常に高いレベル」のコレクションだと賞賛している。

クリスティーズのメディア資料によると、ギアは、ボーイスカウト時代に母親から贈られたコダック・ブローニーカメラがきっかけで写真表現に魅了されるようになったという。1970年代半ばにキャリアを舞台から映画へと移行したことで、彼の写真への興味はさらに深まる。複数のカメラアングルにより物語が構築されることを目の当たりにし、「それぞれの写真が異なる物語を語る」ことを実感したという。ニューヨークとロサンゼルスで過ごした若かりし時代には、本屋でアーヴィング・ペンやエドワード・カーティスなどの写真集を立ち読みしていたそうだ。
本格的に映画デビューする前のギアは、これも写真家デビュー前のハーブ・リッツ(1952-2002)とプライベートで親しくなる。2人は、それぞれが俳優とカメラマンとして成功の階段を上っていく。リッツは、巨匠ブルース・ウェバーとの出会いがきっかけで、ファッション写真家として成功をつかむことになる。そして、同じく俳優として有名になっていくギアの写真をほぼ専属カメラマンとして撮影するようになるのだ。さらにギアは、仕事先で「美しいものを見るのが目的として」展覧会に行ったり、リッツと一緒にアート・オークションに参加するなど写真の趣味を広げていく。そしてギアの言うところの「自分の目と感性を鍛えるための進化プロセス」の一部として、本格的に写真コレクションを開始する。リッツが撮影した若かりしギアの写真「Richard Gere, San Bernadine, 1979」は写真集「Herb Ritts Pictures」(Twin Palms, 1988年刊)に収録されている。

“Herb Ritts Pictures” (Twin Palms),「Richard Gere, San Bernadine, 1979」

クリスティーズが紹介しているインタビューでは、「俳優である私の基本的なツールは感情、つまりストーリーテリングです。私が反応する写真のほとんどにはストーリーがあると思います」、また「これらの写真は、私が彼らに何かを感じたからこそ、私の人生に届いたのです。これらの写真には魂があり、人間らしさがある。技術的なことは関係ない」と、ギアは自らのコレクションを語っている。彼が写真をファインアート作品と認識していた事実がよく分かるコメントだ。

さて、今回のリチャード・ギア単独オークションでは、写真史を網羅する珠玉の139点が出品され、106点が落札、不落札率は約23.7%、総売上高は約242.23万ドル(約2.9億円)という結果だった。
俳優リチャード・ギアが所有していたという輝かしい来歴を持った作品群のオ―クションだったことから、ダイアン・アーバス、サリー・マンなどの一部作品は落札予想価格上限を大きく上回る落札が見られた。しかし、全体的には落ち着いた結果だったといえるだろう。

最高額は、チェコ出身のモダニスト写真家フランチシェク・ドルチコル(František Drtikol)による希少性の高い女性ヌード作品 「Temná vlna (The Dark Wave), 1926」だった。落札予想価格10万~15万ドルのところ35.28万ドル(約4233万円)で落札されている。

Christie’s, František Drtikol, “Temná vlna (The Dark Wave), 1926”

2位は、アルフレッド・スティーグリッツ(Alfred Stieglitz)によるオキーフのポートレート「Georgia O’Keeffe, 1918」。落札予想価格30万~50万ドルのところ30.24万ドル(約3628万円)で落札されている。

Christie’s, Alfred Stieglitz,”Georgia O’Keeffe, 1918″

3位は、エドワード・ウェストン(Edward Weston)の「Nude on Sand, Oceano, 1936」。落札予想価格7万~10万ドルのところ10.71万ドル(約1285万円)で落札されている。

Christie’s, Herb Ritts, “Djimon with Octopus, Hollywood, 1989”

リチャード・ギアの友人だったハーブ・リッツ作品は12点出品され10点が落札されている。最高額は「Djimon with Octopus, Hollywood, 1989」、83.8 x 68.5 cmサイズでエディション12の作品。落札予想価格2.5万~3.5万ドルのところ4.788万ドル(約574万円)で落札されている。

Christie’s/「Photographs from the Richard Gere Collection」

2022年ニュ-ヨーク春の大手業者によるその他のオークション結果は現在集計中。次回にレポートをお届けする。

(為替レートは1ドル120円で換算)