鋤田正義(1938 -)と米国人写真家スティーブ・シャピロ(1934 – 2022)による二人展「SUKITA X SCHAPIRO PHOTOGRAPHS」が先週に無事に終了した。カラー/モノクロの二つのパートで開催された日米二人の巨匠による写真展に、本当に多くの人が来廊してくれた。写真コレクター、ボウイ・ファン、アート/写真愛好家の人たちから寄せられた写真展への応援/サポートに心から感謝したい。
本展は2022年に亡くなったシャピロが生前に望んでいた日本での写真展示を、同時代に活躍した鋤田正義のアイデアで二人展として実現したもの。シャピロ作品は日本初公開だった。
鋤田は本展の開催終了に際し、以下のようなコメントを寄せている。
「今回はスティーブ・シャピロさんとの写真展が開催できて本当に良かったです。シャピロ写真事務所、ギャラリー関係者、そして来場してくれた皆さま、どうもありがとうございました。シャピロさんの生前に直接関わることはありませんでしたが、同世代の写真家として、ボウイを撮影した写真家として、作品を通じてシャピロさんのことはよく知っていました。こういう形で一緒に写真展が行えて本当に光栄です。私自身は東京から福岡に拠点を移しましたが、いずれまた何かシャピロさんと一緒にやれたら良いなと思います。私もまだまだ写真家として元気に頑張ります」
(鋤田正義)
それでは会期終了に際して、本展の主要な見どころを今一度振り返っておこう。特にボウイ・ファンに注目されたのが、シャピロが1974年ロサンゼルスで撮影したデヴィッド・ボウイのポートレートだろう。本展ではシャピロによるボウイ作品の代表作で、LPジャケットに採用された「The Man Who Fell to Earth」、「Low」などが展示された。70年代のカラー作品はボウイのキャリアを語るうえで重要だが、モノクロの銀塩写真もプリントに趣があり本当に素晴らしかった。
一連の作品は、シャピロの写真集「Bowie」(powerHouse Books、2016年刊)に収録されている。同書によると、初対面だった二人は、シャピロが自分は喜劇俳優バスター・キートンを撮影したことがあるとボウイに語ったところ、二人はすぐに打ち解けたとのことだ。キートンはボウイにとって憧れの人物。パート2で展示した、ルディ・ブレッシュ著のキートンの本を顔の横に並べて撮影された作品からは、ボウイのキートン愛が伝わってくる。また同書によると、1976年のアルバム「Station to Station」発売時に行われたIsolar Tourのツアープログラムブックにはボウイの希望でシャピロ1964年撮影のキートンの写真が収録されているとのこと。
カラー作品を展示したパート1では、ボウイの1977年のLPジャケット「Low」の作品が最注目作だった。しかし上記写真集「Bowie」の表紙写真にもディープなボウイ・ファンが反応していた。この時期のボウイはオカルトに興味をもっていたことが知られている。同セッションの写真でボウイは手描きの斜めの白いストライプの入った青いスーツを着て、壁には複雑に連なった一連の円でカバラ図のような落書きをしている。それが2016年の「ラザウス」のビデオにつながってくるのだ。この死を意識した一種のお別れのメッセージで、ボウイは約40年前と同じように見える衣装で踊り、机に座り、考え、ページの余白から恍惚状態でノートに必死に走り書きをする。個人的な印象だが、1974年に始まった何らかの探求の続きを改めて行い、その答えを発見したかのようなのだ。最後に、後ろ向きにワードローブの暗闇の中に去っていく。ボウイ・ファンなら約40年の時を隔てた二つのイメージのつながりの意味を色々と考えるだろう。今回のシャピロの展示写真はその原点となるオリジナル写真2点を日本で初公開したものだった。
余談ではあるが、2024年の第96回アカデミー賞で映画『オッペンハイマー』が作品賞などを含む7部門で受賞した。主演のキリアン・マーフィーの衣装がデヴィッド・ボウイのシン・ホワイト・デューク期から影響が受けたことが明らかになった。このことから、この時代のボウイを撮影しているシャピロのパート2での展示作品があらためて注目された。
二人の写真家の活躍範囲は、ボウイのポートレートだけではない。二人の事務所は本展開催に際して、ボウイの写真展にはしたくない、幅広い分野で活躍していた写真家がボウイも撮影していたことを示すものにしたい、と 強調していた。二人の活動範囲はドキュメンタリー、ポートレート、映画のスチールにわたる。シャピロが激動する60年代に全米を旅して撮影した作品は「AMERICAN EDGE」(Arena Edition, 2000年刊)にまとめられている。鋤田も50年~60年代に、戦後混乱期の地元福岡のストリート・シーンや長崎の原爆被爆者や原子力空母入港反対デモなどの社会問題を撮影、それらは「SUKITA : ETERNITY」(玄光社, 2021年)の「EARLY WORK」の章で初めて紹介された。彼の創作の原点は、プロヴォ―クの写真家たちと全く同じだったことが明らかになったのだ。
本展では主にパート2で二人の60年代に撮影された初期ドキュメンタリー系作品が展示された。特にシャピロ作品は市場で実際に取引されている貴重なオリジナル作品だった。パーソナルな視点で撮影された、モノクロ作品はロバート・フランクやヴィヴィアン・マイヤーのように経済的な繁栄に浮かれる戦後アメリカ社会のダークサイドに注目した名作なのだ。実は欧米ファインアート写真市場では、彼のドキュメンタリー作品は非常に高く評価されており、市場価格も上昇中なのだ。いまの写真界は作品自体よりも、現代アート的なテーマ性が重視された表現が中心だが、彼の写真は銀塩写真のプリントの美しさやモノクロの抽象美が再発見できる逸品だった。特にアナログ写真を愛するアマチュア写真家にとても評判が良かった。多くの作品はエディションが進んでおり、すでに高価になっていた。作品が多く売れると、残りの供給が少なくなるので値段が上昇するのだ。昨今の1ドル150円を超えるドル高/円安の状況では、欲しいけど手が出ないというコレクターの悲鳴が聞こえた。嘘偽りなく、美術館で展示しても遜色のない写真史上でも重要な作品だったといえるだろう。写真展は終了したが、作品はもう少しの期間ギャラリーで保管する予定だ。美術館のキュレーターやシリアスなコレクターで作品に興味のある人は、事前連絡の上でぜひ見に来てほしい。
©Steve Schapiro / ©Sukita
次回 日米二人の巨匠の写真展を振り返る(2)に続く