アート&トラベル
広島市現代美術館
アルフレド・ジャー展

今回は広島市現代美術館を紹介します。2023年5月に第49回のG7サミット(主要7カ国首脳会議)が開催され、ウクライナのゼレンスキー大統領が来日して注目された広島市。世界遺産の原爆ドーム、宮島の厳島神社、広島平和記念資料館など観光名所が数多く、また広島お好み焼き、瀬戸内の魚介類、広島牡蠣、穴子など地元グルメも充実しています。
かつては修学旅行の定番だった町に、いま多くの外国人が訪れていると報道されているのを見聞きした人も多いでしょう。私は平日に訪れましたが、まさに噂通りで、外国人旅行者がどこに行っても多いのに驚かされました。個人的には、欧米の白人が目立っていた印象で、英語以外にも、スペイン語、ドイツ語、イタリア語、フランス語などの会話が聞かれました。中国人の存在感は感じませんでした。私は主に市内循環バスを利用して市内を移動。乗客の8割が外国人のこともあり、報道されているインバウンド客で賑わっている観光地を実感しました。
地元のタクシー運転手によると、彼らは路面電車、バス、電動レンタサイクルなどを自由に使いこなし、観光を楽しんでいるそうです。まだ地元では、オーバーツーリズム的な環境客増加によるネガティブな印象は持たれてないようです。

広島市現代美術館のエントランス

さて広島市現代美術館は、1989年に開館した日本初の公立現代美術館です。建物の設計は日本を代表する建築家の黒川紀章が担当。しかし老朽化により施設の経年劣化が進み、改修工事が2020年12月から行われ、建物の総合的な補修とともに、環境を意識して展示室の照明のLED化などが行われました。そして約2年3か月振りに2023年3月18日にリニューアルオープン。市内が一望できる緑豊かな比治山公園にあり、施設は古代ヨーロッパの広場を思わせる円形の広場、日本の蔵を思わせる外観の三角屋根などで構成。割と急な通路を上がっていくにしたがい、自然石、磨き石、タイル、アルミへと人工的素材に変化し、過去から未来への文明の発展や時間の流れを表しているとのことです。

同館は以下の3つの方針に沿って各分野の優れた作品を系統的に収集保存しています。(公式サイトによる)

1.「主として第二次世界大戦以降の現代美術の流れを示すのに重要な作品」
2.「ヒロシマと現代美術の関連を示す作品」
3.「将来性ある若手作家の優れた作品」

今までに「ヒロシマ賞」受賞者の三宅一生やシリン・ネシャット、オノ・ヨーコらによる展覧会など、国内外のアート動向を意識した多彩なアート作品を紹介しています。「ヒロシマ賞」は、美術分野で人類の平和に貢献したアーティストの業績を顕彰し、世界の恒久平和を希求する「ヒロシマの心」を現代美術を通して広く世界へとアピールすることを目的として、広島市が1989年に創設したもの。3年に1回授与されます。

カフェ「KAZE」はガラス張りで、明るい光が差し込む開放的なスペース。屋外を眺めながら料理やドリンクを楽しめます。

訪問時は、2020年ハッセルブラッド国際写真賞受賞者のアルフレド・ジャーによる、「第11回ヒロシマ賞受賞記念 アルフレド・ジャー展」が開催中。2023年8月12日付の日本経済新聞の文化欄で増田有莉記者が同展を紹介していて、ジャーが「アイデアや衝動のままに作品を作る人もいるかもしれないが、私はそれを自分に禁じている。リサーチが99%、製作が1%だ。アーティストというのは物事を批判的に考え、コンテクスト(状況)を分析して、変えていこうとする人のことだ。モノを作る前に、考えて、調べて、理解することから始めるようにしている」と発言していることを知って興味を持ちました。

ジャーは、1956年、南米チリ生まれ。82年に渡米して、それ以降はニューヨークを拠点に活動中です。これまでにニカラグアの報道写真から構成され、父親の死を知った二人の娘が悲観に暮れる姿を強烈な光で抽象化して見せる「シャドウズ」(2014年)、ケヴィン・カーターという南アフリカ出身の写真家の悲劇的な人生を、1枚の有名作、テキストのビデオ、LEDライトのオブジェなどで伝える「サウンド・オブ・サイレンス」(2006年)、難民問題をテーマにした「100のグエン」(1994年)などで、現代社会の極めて複雑な社会政治問題を写真、映画、精巧なインスタレーションを通して探求してきました。同展は第11回ヒロシマ賞受賞を記念して開催されるジャーの日本初の本格的個展です。

展覧会のフライヤー、LED蛍光管による「サウンド・オブ・サイレンス」の作品

同展では上記を含むいままでの代表作とともに、ヒロシマを今日につながっている問題としてとらえることを目指した新作「ヒロシマ、ヒロシマ」を展示。これはドローンを使用して市内や原爆ドームを撮影した動画をベースに製作されたビデオ・プロジェクションで、見る側に原爆投下時の爆心地を意識させる作品。スクリーン上で、上空真上から見た原爆ドームの円形のフォルムの映像が次第に抽象画像に変化していきます。ドーム屋根の切り取られた丸い画像が次第に画面上で拡大され突然回転を開始。そして、最後にスクリーンが上がり同じような円形のフォルムの23個の産業用送風機が出現して強風が見る側に一斉に吹き付けられます。見る側は否応なしに爆風を意識し過去の記憶を呼び覚まされる仕組みなのです。ともすると時代経過により風化する過去の記憶、そしてウクライナで見られるような核戦争の脅威が今でも存在している事実をビジュアルと強風という肉体の強烈な体験を通して呼び起こさせる、思考にとらわれない五感に訴えかけるアート作品なのです。

ジャールの行動の根底にあるという「イメージの政治学」のアプローチと斬新なアイデアにより制作された展示からは、写真やビジュアルが他のメディアと組み合わされることで、まだ新しい表現が可能なのだと強く感じさせられました。

ALFREDO JAAR展の展覧会カタログ。円形のイメージは「ヒロシマ、ヒロシマ」の原爆ドームの真上から見た抽象化されたフォルム。

さて美術館へのアクセスがややわかりにくいので説明しておきます。多くのアート好きの旅行者は広島駅から同館を目指すでしょう。公式サイトの「アクセス」をみると、広島駅からは、路面電車、バス、タクシー10分、徒歩約25分だと紹介されています。地図を広げてみると、路面電車の「比治山下」駅下車、徒歩約500メートルで行くのが最短のようです。しかし、よく考えてみると同館は比治山の上に立っている事実に気付きました。つまりこれはフラットな道を歩くのではなく、登坂を500メートル上るという意味なのです。当日は気温も高かったので、観光案内からさらに詳しい情報収集を行いました。案内所で「旨い!広島・宮島」というかなり使える1冊を発見。エリアマップの最初に紹介されている、広島駅北口を起点として市内循環バスの「めいぷるーぷ」の存在を見つけます。これのオレンジルートを利用すると山上の「現代美術館前」まで行けるのです。

市内循環バス「ひろしま めいぷる〜ぷ」

改めて美術館のガイドを見ると、市内循環バス「ひろしま めいぷる〜ぷ」(オレンジルート)は下の方に紹介されていました。ただし、このバスは原爆ドーム前や、市内の観光名所を巡って最後に美術館に立ち寄るので時間がかかるのが難点です。しかし、美術館に行く途中にコンパクトに市内観光ができてしまうとも言えます。行きたい場所があれば途中下車すればよいでしょう。最終的に美術館から広島駅には直接向かうルートなので、帰りの時は極めて便利です。ただし、1時間に一本しか運行していないので、バスの到着時間を考慮して鑑賞時間を調整すればよいでしょう。時間に余裕があまりない人は、行きは駅からタクシー、帰りは市内循環バスが良いでしょう。ちなみに運賃は220円、PASMOも使えました。

東京から広島までは新幹線のぞみで約4時間程度。広島市現代美術館へのアートの旅は日帰りも可能ですが、一泊すれば観光と地元グルメも十分に満喫できるでしょう。

広島お好み焼き

「第11回ヒロシマ賞受賞記念 アルフレド・ジャー展」は10月15日まで開催、「広島市現代美術館 コレクション展 2023-I」は11月12日まで開催。

広島市現代美術館

ファインアート写真のコレクション
本源的価値の見極め方

ファインアート写真のコレクションに興味を持つ人が増加している。しかし最初にどのアーティストのどのような作品を買ったらよいか悩む人は多いようだ。

私がギャラリーを開始した20世紀後半、多くの人は自分の直感を信じてシンプルに好きな写真を気軽に買っていた。当時の写真はアートの中でも独立した分野で、価格が他のアートと比べて安かったこともあっただろう。
21世紀になり従来とは違う考え方を持ったコレクター層が登場する。また写真が現代アートの一部に組み込まれ、価値基準も以前とは大きく変わってしまった。決してカジュアルな感覚で買えるレベルではなくなった。今の若い世代の人は写真の表層の好みだけで作品購入の判断は行わない。アーティストの発するメッセージと市場価値とその将来性を自らで判断して、納得してから購入を考える。

アーティストの発信するメッセージ性の評価には様々な意見があるので今回はあえて触れないでおく。実はそれに続く作品の本源的価値の判断方法もかなり複雑でわかりにくい。ギャラリーの経営者でも正しく理解していない人もいるくらいだ。今回は経験が少ないコレクター向けに作品の本源的価値の見極め方を解説していきたい。

ロンドンの老舗写真ギャラリーのハミルトンズ

ギャラリーで個展を数回開催したキャリア初期のアーティストの作品価値はまだ相対的だ。世の中にはギャラリーはあまた存在していて、同じようなキャリアの人は数多くいる。どのギャラリーも推しのアーティストを抱えている。いくら発表されたギャラリーで評価されても、それは一部のコミュニティー内だけの主観的なものであり、その作品は広いアート界ではまだ価値が認められていないのだ。この段階では作品が好きな人や知り合い友人が購入者で、コレクタブルにかなり近いものだといえるだろう。

ではどうなれば幅広い人に本物だと評価されるようになるのだろうか。多くの人に認めてもらうためには、作品が取引されるマーケットで認められなければならない。なぜマーケットなのか。そこでは共通の価値基準を共有した参加者が集まり、作品が評価されて売買されているからだ。作品の本源的な価値が広く認識されるには、マーケットである程度の期間、アーティストの作品が継続的に売買されることが必要になる。写真作品の場合、海外のPHOTOGRAPHSオークションは1970年代中ごろから行われている。1980年代後半からは大手業者が春と秋に定期オークションを開催して現在に至っている。
残念ながら日本ではPHOTOGRAPHS専門のオークションは開催されていない。手元の資料を調べてみたら、1990年のサザビーズとクリスティーズのカタログが発見できた。

Sotheby’s / Christie’sの1990年のPHOTOGRAPHSオークションカタログ

マーケットにはコレクター以外にも幅広い層の人が様々な思惑をもって参加している。その中で特定のアーティストや分野の作品を売買して利ザヤを稼ぐディーラー/ギャラリーの存在が重要になる。オークション市場で何十年にもわたり、継続的に取り扱われることは、その作品に取引実績があり、コレクション希望者がいるはずだと業者は判断をくだす。彼らは実績のあるアーティストの作品ならば、もしコレクターの買い手がいない場合は適正な市場価値下限の水準で必ず入札してくる。つまりオークションで在庫の仕入れを行うのだ。このマーケットのメカニズムにより、作品に本源的な価値が与えられるのだ。不落札になる場合、それはオークションハウスが付けた作品評価が適正ではないと市場参加者が判断したことになる。次回のオークションでは評価の調整が行われる。私も専門がアート系のファッション/ポートレートなので、その時々の相場の下限での購入機会は常にうかがっている。このような仕組みから、セカンダリー市場で継続的に取り扱われる作品はドルなどの外貨建て資産と同様な本源的な価値を持つといえる。

「ファインアート写真の見方」(2021年、玄光社刊)で書いたが、アーティストの作品が本源的価値を持つまでの過程は以下のようになる。ここではもう少し詳しく解説したい。

1.商業ギャラリーでの取り扱い
アーティストのキャリアは商業ギャラリーで定期的に個展を行うことがスタートになる。ギャラリーで定期的に個展を開催できるのは作品に市場性がある証拠になる。つまりコレクターに作品が売れていることを意味する。写真展開催には多額の費用がかかる、作品が売れないと次回の開催は難しいのだ。だいたい10年で最低でもギャラリーでの個展3回くらいを行うのが目安になる。個展開催の継続によりアーティストの知名度が業界で広く知られるようになる。

2.フォトブックの出版
写真の場合、その表現方法の一手段だと考えられているフォトブックの出版も重要だ。自費出版でなく、専門業者から出版されるのが好ましい。フォトブックの出版実績は作品コレクションの判断の際の重要な要素になる。個展は、場所と時間の制約を受けるが、フォトブックは世界中で流通する可能性がある。これは個展開催と同じだが、フォトブックが完売すると、出版社は次作の出版に前向きになる。売れ残ると完売するまでは続刊は難しくなる。つまり今までに多くのフォトブックを出している人は作品の評価が多くの人に浸透していると判断してよいだろう。また本の取扱業者はアート作品よりもはるかに多い。フォトブックの出版歴があるアーティストの場合、名前がネット検索でヒットしやすい点も重要だ。

3.オークション市場での取り扱い
人気作のエディションが売り切れて、それでもほしい人がいる場合は次第にオクションに作品が出品されるようになる。当初は相対的な価値だったものが、創作活動の継続で時間を味方に付けることで、市場参加者の思惑に影響を与えて、多くの人に共有されるようになる。そして次第に本当の価値を持つようになるかもしれないのだ。

3.セカンダリー市場での継続的な取り扱い
オークションの出品実績ができてくるとアーティストの知名度が業界で広く知られるようになる。しかし1回から2回くらいオークションで取引されたぐらいではまだ本物と認められたわけではない。私は30年以上PHOTOGRAPHSオークションの動向をフォローしているが、数回出品されただけで消えていった人は数多くいる。
またいまプライマリーのギャラリーとセカンダリーのオークションの棲み分けがかなりあいまいになってきている。大手業社のフィリップス・ロンドンはオークション実績のない新人を取り扱うカテゴリーを設けている。オークション業者のプライマリー進出だ。この分野への出品がきっかけでブレイクする新人はまだ生まれていないようだ。
業者はビジネスでオークションを行っている。実績がない人が不落札になると次回の落札予想価格が下方修正され、さらに不落札が続くと、大手が取り扱わなくなり、中堅業者やオンラインのオークションでの取り扱いに格下げとなる。
以上から、老舗の大手業者のオークションに長期にわたり出品されているアーティストの作品には本源的価値があると広く認識されるようになる。

ニューヨークのメトロポリタン美術館

4.美術館展(グループ展/個展)
歴史と伝統がある海外有名美術館での回顧展開催はアーティストの価値に大きな影響を与える。当然のこととして、美術館がそのアーティスト作品を収蔵していることのアナウンス効果もある。開催の計画が発表されると、オークション市場に影響を与える場合が多い。ヴォルフガング・ティルマンスがMoMAニューヨークで展覧会が2022年に開催されるという情報が流れると、彼の作品がオークションで高騰したのは記憶に新しい。また美術館展開催は、マーケットで人気があり観客動員が期待できるという意味になる。アーティストの知名度が広く一般の人にも広がっていく。ここまでくると、市場価格はさらに大きく上昇している。さらに多くの人に作品の価値が認知されることになる。

さて以上からコレクションに興味ある人はどのタイミングで作品を選べばよいだろうか。最初の段階にいる、商業ギャラリーの個展経験があまりない人の場合、その作品が将来に本源的価値を持つかは不確定要素が多いのだ。この段階では、アーティストの作家性や作品の絵柄が本当に好きで、その創作活動を支援する目的だと考えて購入すべきだろう。一人のアーティストに入れ込むのではなく、幅広い人の作品をコレクションするのが良いだろう。
キャリアが長く、個展回数やフォトブックの出版数が多いアーティストの作品の場合、すでにある程度の本源的価値を持っていると解釈できる。このようなキャリアの人の選択肢はかなり狭まってくるだろう。作品価格は個展開催ごとに上昇する。これらの人の作品はすでにある程度上昇している場合が多い。だがもしアーティストの作家性が好きならば、ぜひコレクション候補にしてほしい。将来オークションでの継続的な取り扱いや美術館展につながる可能性が高く、さらなる作品価値の上昇が期待できる。いったんオークションへ作品出品され、もし高額で落札されるとその価格がそれ以降の作品相場のベースになってしまう。
また個別作品のエディションも要チェック項目だ。もし売り切れるとオークション出品の可能性が近いと判断できる。エディション数の残りが少なくなっている作品のコレクション購入は検討する価値があるだろう。最近はステップ・アップ方式といって市場に供給されるエディションが残りが少ないと販売価格が上昇する場合も多い。もし作品の選択で悩んだ場合、多少高くてもエディションが少ない作品の購入を薦めている。
またこのレベルのアーティストは、亡くなると作品が上昇するので健康状態の情報にも留意したい。1989年に亡くなったロバート・メイプルソープ、彼がAIDSに感染しているという情報が流れたら、作品相場が上昇したのは有名な話だ。だいたい作品の取り扱いギャラリーは豊富な情報を持っている。コレクションに興味ある人は気になるアーティストの情報収集を怠らないようにしたい。

作品の価値ばかり追求するのはアート・コレクションの邪道だという人もいる。しかし、超富裕層でもない限り、購入資金には限りがあるだろう。色々な情報を収集して、自らが考えて判断をくだしていくのがコレクションの醍醐味ではないだろうか。自分に美的/心理的に感動を与えるとともに、資産的にも価値を持つコレクション構築を目指したい。他分野のアートと比べて価格が安いファインアート写真ならまだそれが可能のだ。

ファインアート写真セミナー
2023年秋に少人数制で再開!

ブリッツは長年にわたりセミナー業務として、ファインアート写真に関するレクチャーやワークショップなどのイベントを行ってきました。しかし新型コロナウィルス蔓延の影響で、写真作品を中心に多くの人が集り、濃厚接触となる可能性が高いイベント開催を約2年以上にわたり自粛してきました。

今年5月に新型コロナウィルス感染症の感染症法上の位置付けが「5類感染症」に移行され、いま世の中は平時に戻ってきました。ブリッツ・ギャラリー店頭でも感染予防に気を付けつつもアクリルボードをなくして接客を行うようになりました。そしてこのたび、セミナー業務も再開を決定いたしました。
この約2年間は無駄に過ごしたわけではありません。ギャラリーの完全予約制の導入にともない時間ができたので、過去のセミナーのレジメをベースに内容を加筆して「ファインアート写真の見方」(玄光社2021年刊)を上梓することができました。実は出版に際して本の内容を解説するレクチャーなどを実施したかったのですが、新型コロナウィルスの感染予防のためにオンラインのみでの開催となり、対面では実現できませんでした。実は同書の内容はやや難解なので、前提となった考えなどの詳しい解説が必要だとずっと感じていました。実際、ギャラリーの店頭でも本の内容について多くの専門的な質問を受けました。

従いましてセミナーは、まず同書に関連した内容のレクチャーを9月に少人数向けに行うことにしました。基本は、「ファインアート写真の見方」をすでに読んだ人が対象となります。もちろん、未読の人も大歓迎で参加可能です。同書はギャラリー店頭やアマゾンで販売しています。

レクチャーでは、本ではあえて書かなかったやや専門的な文化的背景などについても触れたいと思います。また最近にこのブログで展開している「定型ファインアート写真への取り組み方」についても解説します。これも内容が複雑なので、よく質問を受けます。このアイデアは実は上記の本で明らかになった日本の写真市場の現状を踏まえて、どのような可能性があるかを考えて展開したものなのです。ぜひ多くの人と意見を交換したいと考えています。

またレクチャー参加者のうち希望者には、後日にポートフォリオ・レビューを行います。アーティストを目指す人には、本の中で明らかにした欧米のファインアート写真市場の価値基準から行うだけではなく、趣味としての写真を極めたい人には日本独自のアプローチの可能性を提案するつもりです。

その他、ファインアート写真コレクションに興味を持つ人向けにコレクター講座も開催を計画しています。

写真を通して自己表現に興味ある人、写真で自分らしさを見つけたい人、またファインアート写真コレクションに興味ある人はぜひ参加してください。

日程などの詳細はこちらに掲載しております。

アート&トラベル
自分を取り戻すための旅
アンフォルメル中川村美術館

私たちはマンネリ化した仕事と日常の繰り返しの生活を送っています。このような忙しい現代人にとって、夏休みは旅行に出かけて体と心をリフレッシュする機会でしょう。しかし高度消費社会では、観光旅行や自然とのふれあいもグローバルに均一化し、記号消費化している事実を忘れてはいけません。多くのアーティストが作品を通してその事実を私たちに伝えています。
私がすぐに思い浮かぶのが、大判カメラのチルト・シフト技法を使用した模型のジオラマのような写真で知られるオリボ・バルビエリの「The Waterfall Project」(2008、Damiani刊)。彼は自然の象徴としての滝と、その近くに人工的に隔離されて存在している観光客を対比して提示し、自然や観光も消費のシステムに組み込まれている状況を表現しています。

一方で、私たちは旅に出かけることで、普段と違う環境に身を置いて新鮮な刺激を受けることもできます。自分探しは私たちが本能的に追い求めるライフワークですが、普段は忙しくてそんなことは忘れ去っています。夏休みの旅行をきっかけにして自らをリセットして、自分らしさを今一度考えてみたいものです。
そのような時の旅先には、誰もが行くような記号消費化された有名観光地ではなく、普段は絶対に行かないような場所が良いでしょう。またドライブ旅行ならば、運転に集中するので余計なことを考えなくなります。音楽もゆっくりと聞けて、気分転換になる場合もあります。ただし渋滞がない場合ですが…。

そのような目的の旅先に適しているのが今回紹介する長野県伊那郡のアンフォルメル中川村美術館です。中川村は南信州伊那谷のほぼ中央に位置する、南北に天竜川が流れる人口5000人足らずの自然豊かな村。また養命酒発祥の地としても知られています。

この地の山間に建つ美術館は、フランス芸術文化勲章を受章した画家で詩人の鈴木崧(すずきたかし)氏の構想のもとに、建築家毛綱毅曠(もづなきこう)氏の斬新な設計によるものです。建築や施設は鈴木氏から中川村が譲り受け、多くの作品も同氏から寄贈されて1993年に開館。同館は二つの建物で構成されており、本館ではコレクション展や企画展を開催、別荘住居跡のような佇まいのアトリエ棟では、鈴木崧の作品や遺品を展示しています。
アンフォルメル(INFORMEL)とは、1951年にフランスの批評家ミッシェル・タピエ(Michel Tapie)が名付けたもので、第2次大戦後のパリで起こった前衛絵画運動のことで、流動するような表現の中に無意識から生まれる「非定型」の絵画を模索しています。

いま同館では、“開館30周年記念展「新・空間縁起」”を、2023年7月27日ー11月30日まで開催中。期間中に7名のアーティストの作品が4期に分けて展示される予定です。期間中は参加者によるアーティストトークも各種企画されています。
詳しくは公式サイトでご確認ください。
今回、ブリッツで先日に個展を開催した地元長野出身の丸山晋一が参加していることから初めて訪れました。丸山の作品は7月27日~8月21日まで本館で展示されています。

同館は予算規模が小さい中川村が運営しているので、美術館としては非常にコンパクトなサイズです。記号消費化された、いわゆる“観光アート”とは違い、特にアート史上で有名なアーティストの高額作品は展示していません。眼前に雄大な中央アルプスが見渡せる山間の自然の中に存在している、毛綱毅曠氏設計のポストモダン的な建築物自体が作品であり、また同館の一番の見どころなのだと感じました。海外のインテリア雑誌で紹介されているような、山間の超モダン別荘を訪問するような感じです。都会では存在しない空間に身を置くことができて、まちがいなく新鮮な感覚を味わえます。

私どもはブログの別カテゴリーで定型ファインアート写真の可能性を提案しています。このような旅先では、邪念が消えた素直な写真撮影が可能だと思います。たぶんここでは無意識のうちにシャッターを押す回数が増えるでしょう。

ちなみに美術館に向かう途中には、南アルプスの伏流水で醸造された地酒今錦で知られる米澤酒造株式会社があります。明治から続く、酒槽に酒袋を丁寧に並べゆっくりと一滴一滴搾るという伝統の技法で酒造りを行っており、世界酒蔵ランキング2022で669蔵中トップ10にランクインされたそうです。お酒好きなら絶対に試してみたいですね。広い直営店が併設されており、おみやげ用や自分用に各種地酒を選んで購入できます。

今回は、ブリッツのある東京目黒から中央高速を使って諏訪湖を通り松川IC経由で行きました。8月上旬の平日でしたが、夏休み期間なので車も比較的多く、時折渋滞がありました。またリニューアル工事による車線規制や、酷暑による事故車や故障車もあり、休憩を含んで約4時間かかりました。ちなみに帰りは事故渋滞にはまってしまい、5時間以上も運転することに。往復で約500キロのドライブでした。ドライブがあまり好きでない人には、東京からの日帰りは難しいかもしれません。
高速が混みあう夏休み期間は、時間に余裕を持って行きたい美術館です。普段は行かないような少し遠い場所の温泉に一泊してはどうでしょうか。

アンフォルメル中川村美術館
長野県上伊那郡中川村大草2124番地

2023年前期の市場を振り返る
アート写真オークション高額落札

アート写真オークションは、今年はパンデミックの影響もなく、2023年前半の主要スケジュールが無事に終了した。通常7月からは、アート界は夏休みシーズンにはいる。次回は秋の大手業者によるニューヨークでの定例オークションとなる。
昨年前期と比べると、私どもがフォローして集計したアート写真関連オークション数は17から21に増加。出品数は2573点から3265点に大きく増えた、落札率は66.5%から71.6%に改善している。ただし、出品数の増加はほとんどが低価格帯で、このカテゴリーだけが671点増加した。
昨年来、インフレと米国の短期金利の利上げ継続、そして今年春には金融不安による信用収縮などが発生した。金融市場で先行きの不確実の高まりは、オークション参加者に心理的な影響を与えたと思われる。特に高額価格帯の作品では、コレクターは売買に対しての慎重姿勢が続いていた。逆に、低価格帯は出品が増加した。前半の総売り上げは約42.5億円で、昨年同期比で約42%アップしている。しかしこれは5月にサザビーズ・ニューヨークで開催された単独コレクションセール「Pier 24 Photography from the Pilara Family Foundation」による1062万ドル(約14.65億円)の売り上げ貢献による。これがなければ2023年前半の売り上げは、ほぼ2022年前半並みになる。
ピア24フォトグラフィー(Pier 24 Photography)は、2010年にサンフランシスコのエンバカデロ沿いの空き倉庫にオープンした写真専門の大規模展示スペース。しかし次回の契約更新で施設の家賃が3倍に上昇する事態に直面し、同館はやむなくリース期間が切れる2025年7月に正式に施設のクローズを決め、美術館コレクションの売却を今回のセールを皮切りに行うことになったのだ。個人コレクターではないので、彼らは経済見通しとは関係なく組織の決定を粛々と実行する。皮肉にもアメリカを襲う高インフレによる影響が、前半のオークション売り上げに大きく貢献していたのだ。そして多くの高額落札も同セールから生まれている。

私どもは現代アート系と19/20/21世紀写真中心のアート写真とを区別して継続分析を行っている。厳密には、アンドレアス・グルスキー、シンディー・シャーマン、マン・レイ、ウィリアム・エグルストン、ダイアン・アーバスなどは作品評価額によって両方のオークション・カテゴリーに出品される。しかし、ここでは統計の継続性などを鑑み、出品されたオークション別ではなく、作品分野別の高額落札作品のランキングを制作している。
それではアート写真オークションでの高額落札からみてみよう。

◎19/20/21世紀アート写真部門

1.ウィリアム・エグルストン
“Untitled, 1970”
クリスティーズ・ニューヨーク、21st Century Evening Sale、5月15日
落札予想価格100万~150万ドル
100.8万ドル(約1.28億円)

2.ダイアン・アーバス
“A box of ten photographs, 197”
クリスティーズ・ニューヨーク、21st Century Evening Sale、5月15日
落札予想価格90万~120万ドル
100.8万ドル(約1.28億円)

3. ロバート・フランク
“’Charleston S. C.’, 1955”
ササビーズ・ニューヨーク、Pier 24 Photography、5月1日~2日
落札予想価格25万~35万ドル、
95.2 万ドル(約1.31億円)
*ロバート・フランクのオークション落札最高額を更新。

4. マン・レイ
“Untitled (Solarized Nude, Paris), 1929”
クリスティーズ・ニューヨーク、21st Century Evening Sale、5月11日
落札予想価格30万~50万ドル
63万ドル(約8505万円)

5.ドロシア・ラング
“Migrant Mother, Nipomo, California, 1936”
ササビーズ・ニューヨーク、Pier 24 Photography、5月1日~2日
落札予想価格20万~30万ドル
60.96万ドル(約8229万円)

5. リー・フリードランダー
“The Little Screens(suite of 52 gelatin silver prints)”
ササビーズ・ニューヨーク、Pier 24 Photography、5月1日~2日
落札予想価格50万~70万ドル
60.96万ドル(約8229万円)

◎現代アート系写真
現代アート系ではリチャード・プリンス作品が150万ドル越えで落札されている。彼の作品は写真でも主に現代アートのカテゴリーで取り扱われている。またアンドレアス・グルスキーの高額評価の作品が市場に戻ってきた。

1.リチャード・プリンス
“Untitled (Cowboy), 1999”
クリスティーズ・ニューヨーク、A Century of Art: The Gerald Fineberg
Collection Parts I and II、5月17~18日
落札予想価格150万~200万ドル
156.25万ドル(約2.1億円)

2.シンディー・シャーマン
“Untitled Film Still #48, 1979”
サザビース・ロンドン、Now Evening, Modern & Contemporary Evening and Day Auctions、6月27~28日
落札予想価格60万~80万ポンド
76.2万ポンド(約1.28億円)

3.アンドレアス・グルスキー
“Chicago, Board of Trade, 1997”
クリスティーズ・ニューヨーク、A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I and II, 5月17-18日
落札予想価格60万~80万ドル
75.6万ドル(約1.02億円)

(1ドル/135円、1ポンド/168円)

風景写真のフォトブックを分類する
定型ファインアート写真の可能性をさらに考える

いまブリッツ・アネックスにある、膨大なフォトブックの整理整頓を行っている。今まで意識したことはなかったが、その中に風景関係のものが数多くある事実に気付いた。いま提案している、定型ファインアート写真が風景系なので、このカテゴリーを意識するようになったのだろう。このような作業では、つい本の中身を見入ってしまい時間を費やしてしまう。私は「アート写真集ベストセレクション101」(2014年/玄光社刊)というフォトブック・ガイドを書いており、関連情報/資料は豊富に持っている。同書にはフォトブック・ガイド本のガイド情報まで紹介している。

今回の作業で、ブリッツの本棚には多種多様なフォトブック・ガイド本があるものの、風景やシティースケープに特化したものは存在しない事実を発見した。やや意外だったが、たぶん風景写真の定義があいまいで、分類する基準作りが難しいのだと思う。
この分野の写真ですぐに思いつくのは、自然を撮ったランドスケープ、そして都市を撮ったシティースケープ、海を撮ったシースケープなど。AIによると“「landscape」には、「ランドスケープ」、「原風景」、「車窓風景」、「錦秋風景」、「後方風景」、「田園風景」、「里山風景」、「山岳風景」、「前方風景」、「臨海都市風景」、「ビュー」、「景色」、「海中風景」、「森林風景」、「風光」、「山村風景」といった類語があります”、とのことだ。

せっかくの機会なのでブリッツの蔵書をベースにして、もし風景写真関連のフォトブック・ガイドを編集すると、どのような分類方法があるかを考えてみた。そして、私どもが最近提唱している定型ファインアート写真の居場所がそこにあるかについても検証してみた。紹介可能なスペースに限りがあるので、写真集は適当なものを限定数だけ選んで紹介している。

まず上記著作におけるフォトブックの定義を確認しておく。それらはファインアート写真の一種の“マルチプル”として制作されており、写真家が見る側に伝えたい何らかのメッセージが本の形式で写真により提示されている。日本ではきれいな自然などの写真が1冊にまとめられた本が写真集だという先入観が強い。しかしそれらは、英文ではフォト・イラストレイテッド・ブックになり、フォトブックとは明確に区別されるので注意してほしい。
したがって自然美の表現を主目的にするネイチャー系風景写真/アマチュアの風景写真、モノクロ/カラーにより自然美を抽象化する20世紀写真、またインテリア向けの販売目的に製作される、イメージのグラフィック/デザイン性や豊潤な色彩による抽象性が強調された風景写真もここでは含まれないこととする。

さて風景系フォトブックは大きく以下の2分野に分類できるのではないだろうか。
1.作品テーマが明確なもの
風景写真を通して、写真家が表現したいメッセージを見る側に伝えようとするもの。代表例は、ドイツのベッヒャー系といわれている人たちのカラーの巨大サイズの現代写真。人が変えてしまった自然風景、消えゆく西部の残り香/ネオンサイン、古き良き時代のアメリカの都市の記憶、経済グローバル化の影響により変貌する都市や郊外、特定時代の社会の空気感の表現、近代化/都市化により、町のシーンが変貌して変わりゆく状況を提示して(アジェ19世紀のパリの残像、昭和の名残を残すようなシーンのドキュメント)など。
これはファインアート系風景写真だと容易に理解できるだろう。


“Waffenruhe” Michael Schmid, 2018 Koenig Books
“Neue Welt” Wolfgang Tillmans, Taschen 2012
“ Approaching Nowhere” Jeff Brouws, WN Norton 2006
“The New West” Robert Adams, Aperture 2008
“Burtynsky Oil” Edward Burtynsky, Steidl 2009
“New Topographics ” Britt Salvesen, 2010 Steidl
“Archi Tecture” Andreas Gursky, Hatje Cantz Verlag 2008
“Sichtbare Welt: Visible World” Peter Fischli /David Weiss Verlag der Buchhandlung Walther Konig 1999

2.偶然から生まれたシーンに必然的な美を見出す
私が定型ファインアート写真のZen Space Photography的と考えるのが、偶然から生まれたシーンに写真家が必然的な美を見出した作品になる。これは世界に彫刻的な美を持った何かを発見するという趣旨と重なるだろう。
またこのカテゴリーは、さらに2種類に分類できると考える。写真撮影的に、被写体に近寄ったものと、離れてされたものになる。
Zen Space Photography の詳しい定義は、以前のブログ”定型ファインアート写真の可能性/Zen Space Photographyの提案1~4”を参照してほしい。

A.フラクタル的要素を持つシーンの発見(接写/近景)

年代を経て劣化/風化した建物の一部、壁面、ポスターなどの都市に存在するシーンのなかに、際立った色彩やグラフィカルな調和、侘び/寂び/渋みを発見して撮影するもの。「やつれ」、「風化美」という、被写体の持つ古さや使用感、経年変化などの味わい深さを見出しているものもある。

通常よりも被写体に近寄って撮影されており、平面や人工物、空間、人物などの複数要素が重なって偶然に生まれる、複雑性や規則性を持つフラクタル的な微妙な調和の美をとらえた作品だと評価してよいだろう。重要なのは、最初に画面内をデザインしようという意図はなく、空間の瞬間の調和のドキュメントを意図するもの。写真だけで区別するのは難しいが、最初からデザインの視点で撮影されている写真は除外する。

AIによると、“フラクタルとは自己相似性を持つ図形のことで、自然界に多く存在するものの一つ。フラクタルは、繰り返しの規則性を持ちながら、その形状が複雑であるため、美しいとされている。また自己相似性を持つため、どこから見ても同じような形状をしており、その形状が複雑であるため、美しいとされている”と説明されている。

“Places Aaron Siskind Photographs” Aaron Siskind, Light Gallery 1976
“Kodachrome” Luigi Ghirr,i Mack 2013
“Waiting for Los Angeles” Anthony Hernandez, Nazraeli Press 2002
“Pikin Slee” Viviane Sassen, Prestel 2014
“Tingaud Intérieurs” Jean-Marc Tingaud, Contrejour 1991

B.偶然から生まれたシーンにある必然的な美(中景/遠景)

自然が彫刻的とも呼べるような美を偶然に目の前の世界に作り出す。対象は自然や、人工的な都市や建造物、もしくはその組み合わせ。それに太陽光線、月の光、闇、霧、雨や雪、虹、雲などの天候や自然現象が関係して、美を作り出す。

“Written in the West” Wim Wenders, Schirmer Mosel 1987
“Kodachromes” William Christenberry, Harry N.Abrams 2010
“Topologies” Edgar Martin, Aperture 2008
“HENRY WESSEL” Henry Wessel, Steidl 2007
“Early Color” Saul Leiter, Steidl 2006
“Hyper Ballad: Icelandic Suburban Landscape” Takashi Homma, Switch Pub. 1997
“A Visual Inventory” John Pawson, Phaidon 2012
“Landschaften Und Gartenstucke” Simone Nieweg, Schirmer/Mosel Verlag 2003

数多くの写真家/アーティストが、様々な場所や時代に上記の二つのカテゴリーに入る写真作品を撮影している。また二つのカテゴリーにまたがる創作を行っている人も多い。いずれのフォトブックにも、様々な作品タイトルが付けられており、添えられたステーツメントは、社会と接点があると作者が考える創作理由が書かれている。実際にそのような写真集が数多く存在している事実に気付いた。それらは一般的に現代アート系の現代写真だと考えられているようだ。しかし実際のところステーツメント内容は、例えば「最近の自然風景の変動」、「21世紀の日本の風景に伝統的美意識の優美を見出す」、「気候変動による自然への影響」など、社会全体がその重要性を認識しているとても大きいテーマが提示されている場合が多い。
また、情報を収集/調査/整理しながら、その結果と写真作品との関係性が分析されたものではなく、表現者の感覚的なエッセーに近いものが多い。作品の体裁は現代写真的なのだが、テーマ性が不明確で感覚重視の風景作品になっている場合が多いのだ。感覚重視の作品ではテーマ性の見極めが難しい。感覚は人によってすべて違うので、市場で多くの人から評価されるのが極めて難しいからだ。作品のメッセージが社会の価値観と重なることで、初めてテーマが客観性を持ち、同じ価値観を持つ人に共有される可能性が出てくるのだ。
風景分野の現代写真での高額評価は、テーマ性が明確で解りやすく提示されたドイツのベッヒャー系のアンドレアス・グルスキーたちや、杉本博司の「海景」などの作品になる。
しかし今回の分類のような、隠れたテーマ性の存在が全く別の視点から認識されると、このカテゴリーの風景写真が再評価される可能性があると考えている。

なお、ブリッツのフォトブックの整理整頓は現在も進行中。 将来ガイドブックを制作したい、ファッション系と風景系を中心に行っている。今回は風景分野の一部を紹介したが、今後も調査を進めていきたい。この分野の写真に興味ある人はぜひ意見を聞かせてほしい。もちろん調査への協力者は大歓迎だ。

2023年春NYの現代アート系オークション
リチャード・プリンスなどが100万ドル越えの落札

景気停滞を示す様々な経済指標やシグナルが見られる中で、5月にニューヨークで定例の大手業者による現代アート/モダン・戦後の20世紀アートのオークションが開催された。
昨年と比べると出品数は増加したものの売上高は減少し、比較的低調な結果に推移した。今後は特に高額価格帯では良品の出品が減少するとの見通しが強くなっている。

写真関係では、2022年のオークションではマン・レイの歴史的名作“Le Violon d’Ingres, 1924”が、写真作品最高落札額の12,412,500ドルで落札された。今年は市場最高落札額更新のようなサプライズはなかったものの、クリスティーズでは100万ドル越えの高額落札が3件見られた。

Christie’s NY, Richard Prince、“Untitled (Cowboy), 1999”

最高額は、クリスティーズ・ニューヨークで開催された、「A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I」に出品されたリチャード・プリンスの“Untitled (Cowboy), 1999”だった。落札予想価格150~200万ドルのところ、1,562,500ドル(約2.15億円)で落札された。エディション2、AP1のアーティスト・プルーフ作品、サイズは152.4 x 203.2 cmのエクタカラー・プリント(Ektacolor print)になる。本作はリチャード・プリンスが1980年代に開始したタバコ広告を挑発的に使用し、西部劇をテーマにした画期的なアプロプリエーション・シリーズがさらに発展した作品。彼は現存する広告写真をもとに、シーンを操作し、リフレーミングすることで、その制作と使用の意図を私たちに問いかけている。クリスティーズのロット・エッセイには、“彼の仮面剥ぎとりと解体は、消費者イメージの背後にある空虚さを暴露する…我々は、描写されているものから何らかの形で浮遊している表現を見る。…イメージは内実のない外観である…”というロゼッタ・ブルックスによるプリンスのカウボーイ作品の解説文章が引用されている。
(R. Brooks, “Survey: Prince of Light or Darkness ? ”, Richard Prince, London: Phaidon, 2003, p. 54)

それ以外では、クリスティーズ「21st Century Evening Sale」で、ダイアン・アーバスの貴重な10点のポートフォリオとウィリアム・エグルストンの代表作である3輪車の大判作品がともに100万ドル越えで落札された。アーバスの“A box of ten photographs”は、1970年に製作が開始されたシルバー・プリントの10枚セット。エディションは50だが、アーバスが1971年に亡くなっているので、ほとんどがニール・セルカーク(Neil Selkirk)によるプリントとなる。ほとんどのポートフォリオは主要美術館に収蔵されているか、または1枚づつばらして個別販売されているために、市場に完全セットが出品されるのは極めて珍しい。本セットは落札予想価格90~120万ドルのところ、1,008,000ドル(約1.39億円)で落札されている。
カタログの資料によると、本作は2003年10月のフィリップス・ニューヨークで(Phillips de Pury & Luxembourg)で落札予想価格9~12万ドルのところ、405,000ドルで落札されている。ちなみに1年複利で、手数料など諸経費を無視して単純計算すると約20年で約4.66%の運用だったことになる。

Christie’s NY, Diane Arbus “A box of ten photographs”

エグルストンの“Untitled, 1970”は、1976年にニューヨーク近代美術館で開催された彼のカラー写真の個展の際に刊行された、写真集“William Eggleston Guide”の表紙に使用されている代表作。同作は80年代に染料を転写してカラー画像を作り出すダイトランスファーでエディション付きで販売されて完売している。本作は2012年にデジタル写真のピグメント・プリントで新たに制作されて大きな話題になった、112 x 152 cmサイズ、エディション2の作品。落札予想価格100~150万ドルのところ、こちらも1,008,000ドル(約1.39億円)で落札されている。今回の出品作は、2012年3月のクリスティーズ・ニューヨークの「Photographic Masterworks by William Eggleston Sold to Benefit the Eggleston Artistic Trust」で、落札予想価格20~30万ドルのところ、578,500ドルで落札されている。ちなみに1年複利で、手数料など諸経費を無視して単純計算すると約11年で約5.17%の運用だったことになる。

現代アートの範疇で評価されているエグルストンの大判サイズの代表作は、貴重な20世紀写真と考えられているアーバスのポートフォリオよりも、短期間で効率的なリターンを得ることができたことになる。

Christie’s NY, William Eggleston, “Untitled, 1970”

不確実な経済動向の見通しの中、現代アート/モダン・戦後の20世紀アートのオークションに出品されたハイエンド写真作品の市場動向に注目が集まっていた。結果的に3点が100万ドル越えを記録したものの、手数料などを考慮すると落札額は予想落札価格の下限近辺だった。他分野のアート作品同様に、高額な貴重作品に対する需要には底堅さはあるものの、過熱感はなく非常に落ち着いた入札状況だったといえるだろう。

(1ドル/138円で換算)

Pier 24 Photography単独オークション開催
珠玉の20世紀写真が高額落札!

写真に特化した大規模な単独コレクション・セールの“Pier 24 Photography from the Pilara Family Foundation Sold to Benefit Charitable Organizations Sale”が、5月1日~2日にサザビーズ・ニューヨークにおいて2部構成で開催された。

ピア24フォトグラフィー(Pier 24 Photography)は、コレクターのアンディとメアリー・ピララの発案により、2010年にサンフランシスコのエンバカデロ沿いの空き倉庫にオープンした写真専門の大規模展示スペース。今までに11の大規模展を企画し、約20冊の写真関連書籍を出版、500名の写真家によるや約4000点のコレクションを誇っていた。
メディア報道によると、アメリカを襲う高インフレの波は極めて酷く、なんと次回の契約更新で施設の家賃が3倍に上昇する事態に直面。同館はやむなくリース期間が切れる2025年7月に正式に施設のクローズを決め、美術館コレクションの売却を今回のセールを皮切りに行うことになったのだ。運営していたピララ基金は、ピア24フォトグラフィーを閉鎖し、医療研究、教育、芸術を専門とする団体を支援する助成財団に移行する予定と報道されている。

オークションは5月1日に55点のイーブニングセール、2日に128点のデイセールが行われた。
販売総額は1062万ドル(約14.65億円)を達成。合計183点が出品され177点が落札、不落札率は驚異的な約3%だった。ちなみに春の大手複数業者のニューヨーク定例オークションの結果は、総売り上げ約962万ドル、不落札率22.2%だった。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Robert Frank

最高額の落札作品は、ロバート・フランクの「’Charleston S. C.’, 1955」だった。写真集「The Americans」にも収録されている、アメリカ南部の人種差別をドキュメントした代表作。本作は32件の入札数を記録し、落札予想価格25万~35万ドルのところ、なんと952,500ドル(1.31億円)で落札。フランクのこれまでのオークション落札最高額を更新した。
同作カタログの作品解説では、珍しいロバート・フランクの以下のコメントが引用されている。
「初めて南部に行き、初めて本当に人種差別を目にしたのです。白人が自分の子どもを黒人の女性に預け、その女性がドラッグストアで自分のそばに座ることを許さないというのは、異常だと思った。私はこのような政治的な主張をするような写真はほとんど撮らなかった」。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Lee Friedlander

続いたのはリー・フリードランダーの52点のポートフォリオ「The Little Screens」。1961-70年に撮影され、42点が60年代のプリントになる。今セールでは本作の評価が一番高く、落札予想価格は50万~70万ドルだった。結果は609,600ドル(約8412万円)で落札。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”,Dorothea Lange

同じくドロシア・ラングの代表作「Migrant Mother, Nipomo, California、1936」も、落札予想価格20万~30万ドルのところ、609,600ドル(約8412万円)と、フリードランダーと同額で落札。もちろん同イメージの最高落札価格となる。本作は58.4X45.7cmの大判サイズで、1940年代にプリントされたヴィンテージ作品となる。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Hiroshi Sugimoto

杉本博司の「The Music Lesson、1999」も高額で落札された。同作は1999年にベルリンのグッゲンハイム美術館から依頼された「ポートレート」シリーズのひとつ。マダム・タッソー館アムステルダムは、ヨハネス・フェルメールの名作「Lady at the Virginal with a Gentleman」をモチーフにした蝋人形を制作していた。杉本は、フェルメールがイーゼルを置いたであろう場所に三脚を立て、同作を撮影。こちらは2004年制作のエディション5、135.5X106 cmサイズの作品。落札予想価格30万~50万ドルのところ、508,000ドル(約7010万円)で落札された。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Richard Avedon, 「Juan Patricio Lobato, Carney, Rocky Ford, Colorado, August 23, 1980」

生誕100周年を迎えたリチャード・アヴェドンの人気は全く衰えない。特に大判サイズ作品への需要の強さを感じる。2枚組作「Clarence Lippard, Drifter, Interstate 80, Sparks, Nevada, 29 August 1983」と、1985年プリントの142.9X114.3 cmサイズの「Juan Patricio Lobato, Carney, Rocky Ford, Colorado, August 23, 1980」が、ともに落札予想価格20万~30万ドルのところ、444,500ドル(約6134万円)の同額で落札されている。その他のいままではあまり人気がなかったアヴェドンのポートレートも再評価されており、軒並み落札予想価格以上で落札されている。

春のニューヨークの定例オークションが低調だったので、特に高額/中間価格帯中心の今回のオークションの動向には大きな注目が集まっていた。しかし心配をよそに3分の2の出品作が事前の予想価格以上で落札され、販売総額は事前予想価格の約120%にあたる1062万ドルの達成という、極めて好調な入札/落札結果だった。これは不確実な経済動向の見通しに関わらずハイエンドの貴重な作品への需要の強さを証明したといえるだろう。
サザビーズは、「世界23カ国からの入札、そしてきわめて好調だった今回の落札結果により、このコレクションが現代アートと写真の歴史的な交わりを描き、現代文化におけるイメージの力を反映させたかつてないほど充実したものであることが証明されました」と発表している。

(1ドル/138円で換算)

感動を起点にディープなテーマ探求を始動させる
丸山 晋一の写真世界

いまや写真は広い意味での現代アート表現のひとつになっている。現代アートでは表現者は作品を制作する理由や考え方を自らが語ることが求められる。いわゆる、作品のテーマ性の提示であり、これが社会でどれだけ共有されるかで評価が決まる。このような状況で、多くのアーティスト志望者は世の中を驚かすような斬新なアイデアをひねり出そうと頭でっかちになる。どうしても色々と考えすぎる傾向が強くなるのだ。
ところで、私たちは本当に誰も思いつかないようなオリジナルな何かを生み出せるのだろうか。私たち思い浮かべる考えの多くは、すでに社会で一般的に共有されているのではないか。また日本で生まれ育った人は、どうしても日本の文化/習慣や歴史の影響から逃れることはできないだろう。資本主義世界に生まれたら、微塵も疑うことなく、周りの人と競争してお金儲けを目指す。そしてそれらの思考や行動の背景にある自分の個性や自由な想像力だと思っていたものは、おおむね社会や組織での役割や関係性の中でしか存在しない。自分が気付かないだけで、子供からの成長過程に環境に影響を受けて作り上げられた私的な幻想、つまり思い込みにすぎないのだ。

だから作品作りでは、最初から何か新しいものを生み出そうと、いろいろとアイデアを考えすぎてはいけない。
美術家の杉本博司は、人類誕生前、そして人類滅亡後の世界にも存在する普遍的な風景として代表作「海景」を制作している。これは人類が存在しない、つまり「思考」が存在しない世界のシーンの表現を目指しているのだろう。頭で「思考」に依存しない作品の可能性を考えているのだ。非常に高レベルの創作だといえるだろう。

私がワークショップなどでいつも引用するのは、米国人写真家ジョエル・マイロウィッツさんの言葉だ。仕事のインタビューで若手/新人へのアドバイスを求めたとき、彼は米国の学生がテーマ性やコンセプト重視により頭でっかちになっている事例を挙げて、一番重要なのは、感動なのですと明言した。私は、米国では若手や新人アーティストは自分が作り出したテーマで見る側を説得しようとしていて、作品の説明がまるで相手を論破するディベートのようになっているのだ、と理解した記憶がある。
彼はまず頭で考えるのではなく、心で感じるのが重要だと指摘したのだ。つまり感動を起点にして思考を展開していくことで、過度の思い込みにとらわれない自由な創作の可能性が開かれるかもしれないということ。そして次に、一般的な創作の過程へと移っていくのだ。つまり表面的な関心を探究したいテーマへと展開していき、関連情報の収集・調査そして整理・分析を行い、作品制作へとつなげていくのだ。

“Ryoanji, 2010”

私は丸山晋一は、過度に思考にとらわれずに作品の課題を見つけ出し創作につなげている写真家だと理解している。彼は、“肉眼では見えない、儚すぎる、そのような隠れた美を発見し捉えたい”という撮影意図があると語っている。これまでの作品は人間の目では見られない美を写真というテクノロジーによって可視化する挑戦だったといえるだろう。
“空書”では、空間に水と墨を放つことで、肉眼では捕らえられない瞬間的に浮かび上がり消えていく造形をハイスピードストロボを駆使して写真で捉えている。
“Water Sculpture”は、空中に撒かれた水が形成する一瞬のフォルムを彫刻に見立て表現する試み。
“Nude”は、踊る女性の連続する動きとフォルムの美しさを可視化しようとした作品。
“Light Sculpture”は、虹の発生する原理を利用して、そこから生まれる美をとらえる長期プロジェクト。水玉に光が当たって色が現れる現象に注目して水滴の中の色の可視化する究極のビジュアル制作にも挑戦。その一貫として、誰も見たことがない、満月の真夜中に滝にかかるきれいな虹の風景撮影を厳密な計算と周到な準備の上でニュージーランドで行っている。

・「AIでなんでも画像が作れる時代に、あえて真夜中に虹を撮るためにニュージーランドで30時間挑戦した話

“Light Sculpture #31 Wishbone Falls, 2020”

今回の展示作品のなかで、やや趣向が違うのが小さいサイズの28点をタイポロジー的に展示している“Japanese Beer、2014”だ。他とは制作アプローチが違い、思考から作品テーマが導かれたように感じられる。しかし、ビールの作品に取り掛かるきっかけは、当時アメリカに在住していた丸山が感じた驚きにある。それは日本の成熟した消費社会の先進性、タレントを起用した商品差別化のマーケティング技術、優れた製造開発力、微妙な違いを味わうことができる日本の食文化への感嘆なのだ。アメリカには日本のような税率で区別された膨大な種類のビールは市場に存在しないのだ。

本作では、多くのブランドの多種多様のビールをグラスに注いで撮影している。丸山は、それぞれの銘柄の色味や質感の特徴や違いが可視化できるのではないかと予想して取り組んだのだと思う。様々なビール缶のパッケージを撮影してグリッド状で提示する可能性も考えたそうだが、あえて中身のビール自体を同じグラスに泡と液体を同じ比率で注いで撮影して、タイポロジー的に表現する方法を採用している。今回の展示は28点だ、総作品数はなんと80点もある。完璧な泡の比率のビールを繰り返し同じ手法で撮影し続ける行為は、一種の修行のような厳しい行為だったことが容易に想像できる。当時の撮影現場を知る人の話によると、集中している丸山の姿に狂気を感じたという。
その結果は展示作品を見てもらえば明らかなのだが、中身の色味には際立った違いが出現しなかったのだ。多くのビールは全く同じものにさえ見える。ちなみにギャラリー内では、QRコードが掲示されており、個別作品の展示画像をスキャンすると缶の画像が重なりビールの銘柄がわかるというARの仕掛けも用意されている。

あれだけ缶のパッケージデザインでは自己主張しているビールなのだが、その中身自体には大きな違いがない事実が視覚的に浮かび上がってくる。もちろん、ビール会社はそれぞれには微妙な味の違いがあると主張するだろう。しかし、多少味が違うこれだけの多くの銘柄が存在する理由を誰も明確に説明できないだろう。結果的に本作では日本という高度消費社会で、企業が商品の僅かな差別化で競い合って利益追求している状況が可視化されているのだ。
地球規模の持続可能な社会作りや環境保護問題を考えたとき、私たちは市場での過度の競争追求を問い直さなければならないという事実を直感的に思い知らされる。丸山は本作で“肉眼では見えない、隠れた社会の真実”を可視化しているのだ。このような、誰も否定できないような地球規模の大きな作品テーマを取り上げるのは極めて難しい。丸山は、本作でも感嘆を起点に実験的手法の実践を通して見事に作品メッセージを私たちに伝えてくれる。

丸山の創作では、完成した作品自体に意味を見出すのではなく、作品制作への取り組みを通して、自分発見や自分探しの追求を目指そうとする姿勢が見て取れる。“肉眼では見えない、隠れた美や真実”の可視化を目指す創作行為自体が大きなテーマとなっているのだ。また制作に取り組む際の尋常でない執念と行動力、その結果生まれる美しいビジュアルにギャラリー来場者は心動かされる。それとともに、彼が自らの感動/感嘆を起点として試行錯誤を行い、探し当てた宇宙観をもとに、思考にとらわれない科学的アプローチで創作を実践している点も見逃せないだろう。いま停滞している現代アート表現の新たな展開の可能性を秘めていると思う。彼の創作のこの部分が的確に理解されると、市場での作品評価はさらに高まっていくのではないだろうか。

日本での久しぶりの個展となる。ぜひ丸山晋一の“空書”から進化していった一連の創作の軌跡を堪能してほしい。

「Shinichi Maruyama Photographs 2006-2021」
丸山 晋一 写真展
2023年 4月22日 ~ 7月30日
1:00PM~6:00PM / 木曜~日曜
(月/火曜休廊/ ご注意 水曜予約制)/ 入場無料

https://blitz-gallery.com/exhi_096.html

2023年春ニューヨーク
写真オークションレビュー
経済見通し不確実の高まりから低迷が続く

まずアート市場を取り巻く、今の経済環境を見てみよう。
米国ではインフレの高止まりから、昨年から米国連邦準備理事会(FRB)の急速の利上げが続いていた。ついにその影響が顕在化し、3月には米国地銀のシリコンバレーバンクなど2行が財務悪化で預金が流出して経営破綻した。さらに信用不安は経営悪化が取りざたされていたスイスの大手銀行クレディ・スイスに飛び火し、同行はスイス当局の介入でUBSに買収されることになった。インフレと利上げ継続、そして金融不安による信用収縮は間違いなく実体経済にマイナスの影響をあたえるだろう。早くも不動産市況悪化の兆しも見られるようで、景気悪化が心配されている状況だ。
NYダウは2023年1月3日に33,136.37ドルだった。3月の金融不安の広がりでいったんは下落したものの、当局が適切に対応して事態はすぐに鎮静化した。また景気悪化による年後半の利下げ観測から、オークションが行われる4月上旬には34,000ドル台まで持ち直している。
金融市場での先行きの不確実の高まりは、アート・オークション参加者に心理的な影響を与えると言われている。いまのアート市場を取り巻く状況はかなり厳しいといえるだろう。

2023年春の大手業者によるニューヨーク定例アート写真オークション、今回は4月上旬から4月中旬にかけて、複数委託者、単独コレクションによる合計4件が開催された。
フィリップスは、4月4日に複数委託者による“Photographs”(311点)と、昨秋に続いて“Drothea Lannge : The Family collection, Part Two (Online)”(50点)、サザビーズは、4月5日に、複数委託者による“Photographs (Online)”(87点)、クリスティーズは、4月13日に複数委託者による”Photographs (Online)”(107点)を開催した。サザビーズの出品数が少ないのは、5月1日~2日に単独コレクションセールの“Pier 24 Photography from the Pilara Family Foundation Sold to Benefit Charitable Organizations Sale”(合計188点)が予定されているからだと思われる。

ニューヨーク/写真オークション/大手3社 春秋シーズンの売り上げ推移

さてオークション結果だが、3社合計で555点が出品され、432点が落札。全体の落札率は約77.8%に改善している。ちなみに2022年秋は出品683点で落札率64.4%、2022年春は702点で落札率70.4%だった。総売り上げは約962万ドル(約12.7億円)、昨秋の約1050万ドルより減少、ほぼコロナ禍の昨春の約978万ドル並みだった。落札作品1点の平均金額は約22,273ドルで、昨秋の約23,876ドルより微減、昨春の約19,810ドルよりは上昇している。
過去10回のオークションの落札額平均と比較した以下のグラフを見ても、減少傾向が継続、またマイナス幅が若干拡大がした。今秋と比べると経済の不透明さが影響して出品数が大きく減少する中、落札率が改善して、総売り上げは微減だったといえる。中低価格帯の落札率はそれぞれ77.8%、79.7%と好調だったものの、5万ドル以上の高額価格帯は64.3%と低調だった。
業者別では、売り上げ1位は昨秋と同じく約654万ドルのフィリップス(落札率83%)、2位は約204万ドルでクリスティーズ(落札率79%)、3位は102万ドルでサザビース(落札率56%)だった。これは昨秋、昨春と同じ順位で、売り上げと落札率でサザビーズが苦戦している。

今シーズンの最高額は、フィリップス“Photographs”に出品されたアンセル・アダムスの「Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941」だった。落札予想価格15万~25万ドルのところ38.1万ドル(約5029万円)で落札されている。

Phillips NY, Ansel Adams「Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941」

フィリップスの資料によると、本作はニューヨーク近代美術館やプリンストン大学などで約35年のキャリアを積み、写真表現をプロ写真家の間の関心から、厳密な学問分野へと変貌させたことで知られる、キュレーター、写真史家ピーター・C・バンネル(Peter C. Bunnell、1937-2021)のコレクションの一部とのこと。彼が、1959年にアンセル・アダムスから直接に入手した極めて貴重な初期の大判サイズ作品となる。
この「Moonrise, Hernandez, New Mexico」は、1941年秋に夕陽に照らされるニューメキシコの小さな村を撮影した、彼のキャリアの中で最も有名な写真で、20世紀写真を代表する1枚ともいわれている。しかし、ネガの扱いが非常に難しく、彼の高い基準を満たすプリント制作にはきわめて複雑な工程の繰り返しが必要で、アダムスはプリント依頼をほとんど断っていた。しかし制作依頼注文はやむことがなかった。1948年、彼はネガを再処理して階調を強め、完璧なプリント作りを目指すという大胆な行動を決断する。再処理は見事に成功し、彼は非常にゆっくりとプリント注文に応じるようになるのだ。しかし、いま市場に流通するプリントの大半は1970年以降に作られたもの。今回のバンネルのコレクションは、由緒正しき来歴はもちろんのこと、アダムスがこのイメージの後期の解釈を確立する前の1950年代に制作された、81.3 x 95.3 cmという大判サイズのきわめて希少な作品となる。オークションでは、作品にまつわるサイドストーリーが多いほど高額落札されるのだ。

高額落札2位も、フィリップス“Photographs”に出品されたアーヴィング・ペン「Harlequin Dress (Lisa Fonssagrives-Penn), 1950/1979」、ロバート・メイプルソープ「Man in Polyester Suit, 1980」、シンディー・シャーマン「Untitled #546,2010」で、3作が同額の355,600ドル(約4693万円)で並んだ。

Phillips NY, Cindy Sherman「Untitled #546,2010」

経済の先行きの不透明感から、特に高額価格帯作品ではコレクターはいまだに売買への慎重姿勢を崩していないようだ。日本のコレクターも動きにくい状況が続いている。為替相場は、昨秋の150円よりは円高になったものの、130円台はまだ昨春よりはドル高水準だ。対ユーロ、対ポンドでも円安水準が続いている。作品の輸送コストも高止まりしている。しかし、米国のインフレ期待の沈静化と金利低下が視野に入ると、円高に振れる可能性が高いと思われる。もしかしたら今秋のオークションには、外貨資産を持つ意味での良品コレクション購入チャンスが訪れるかもしれない。

(1ドル/132円で換算)