アート&トラベル
広島市現代美術館
アルフレド・ジャー展

今回は広島市現代美術館を紹介します。2023年5月に第49回のG7サミット(主要7カ国首脳会議)が開催され、ウクライナのゼレンスキー大統領が来日して注目された広島市。世界遺産の原爆ドーム、宮島の厳島神社、広島平和記念資料館など観光名所が数多く、また広島お好み焼き、瀬戸内の魚介類、広島牡蠣、穴子など地元グルメも充実しています。
かつては修学旅行の定番だった町に、いま多くの外国人が訪れていると報道されているのを見聞きした人も多いでしょう。私は平日に訪れましたが、まさに噂通りで、外国人旅行者がどこに行っても多いのに驚かされました。個人的には、欧米の白人が目立っていた印象で、英語以外にも、スペイン語、ドイツ語、イタリア語、フランス語などの会話が聞かれました。中国人の存在感は感じませんでした。私は主に市内循環バスを利用して市内を移動。乗客の8割が外国人のこともあり、報道されているインバウンド客で賑わっている観光地を実感しました。
地元のタクシー運転手によると、彼らは路面電車、バス、電動レンタサイクルなどを自由に使いこなし、観光を楽しんでいるそうです。まだ地元では、オーバーツーリズム的な環境客増加によるネガティブな印象は持たれてないようです。

広島市現代美術館のエントランス

さて広島市現代美術館は、1989年に開館した日本初の公立現代美術館です。建物の設計は日本を代表する建築家の黒川紀章が担当。しかし老朽化により施設の経年劣化が進み、改修工事が2020年12月から行われ、建物の総合的な補修とともに、環境を意識して展示室の照明のLED化などが行われました。そして約2年3か月振りに2023年3月18日にリニューアルオープン。市内が一望できる緑豊かな比治山公園にあり、施設は古代ヨーロッパの広場を思わせる円形の広場、日本の蔵を思わせる外観の三角屋根などで構成。割と急な通路を上がっていくにしたがい、自然石、磨き石、タイル、アルミへと人工的素材に変化し、過去から未来への文明の発展や時間の流れを表しているとのことです。

同館は以下の3つの方針に沿って各分野の優れた作品を系統的に収集保存しています。(公式サイトによる)

1.「主として第二次世界大戦以降の現代美術の流れを示すのに重要な作品」
2.「ヒロシマと現代美術の関連を示す作品」
3.「将来性ある若手作家の優れた作品」

今までに「ヒロシマ賞」受賞者の三宅一生やシリン・ネシャット、オノ・ヨーコらによる展覧会など、国内外のアート動向を意識した多彩なアート作品を紹介しています。「ヒロシマ賞」は、美術分野で人類の平和に貢献したアーティストの業績を顕彰し、世界の恒久平和を希求する「ヒロシマの心」を現代美術を通して広く世界へとアピールすることを目的として、広島市が1989年に創設したもの。3年に1回授与されます。

カフェ「KAZE」はガラス張りで、明るい光が差し込む開放的なスペース。屋外を眺めながら料理やドリンクを楽しめます。

訪問時は、2020年ハッセルブラッド国際写真賞受賞者のアルフレド・ジャーによる、「第11回ヒロシマ賞受賞記念 アルフレド・ジャー展」が開催中。2023年8月12日付の日本経済新聞の文化欄で増田有莉記者が同展を紹介していて、ジャーが「アイデアや衝動のままに作品を作る人もいるかもしれないが、私はそれを自分に禁じている。リサーチが99%、製作が1%だ。アーティストというのは物事を批判的に考え、コンテクスト(状況)を分析して、変えていこうとする人のことだ。モノを作る前に、考えて、調べて、理解することから始めるようにしている」と発言していることを知って興味を持ちました。

ジャーは、1956年、南米チリ生まれ。82年に渡米して、それ以降はニューヨークを拠点に活動中です。これまでにニカラグアの報道写真から構成され、父親の死を知った二人の娘が悲観に暮れる姿を強烈な光で抽象化して見せる「シャドウズ」(2014年)、ケヴィン・カーターという南アフリカ出身の写真家の悲劇的な人生を、1枚の有名作、テキストのビデオ、LEDライトのオブジェなどで伝える「サウンド・オブ・サイレンス」(2006年)、難民問題をテーマにした「100のグエン」(1994年)などで、現代社会の極めて複雑な社会政治問題を写真、映画、精巧なインスタレーションを通して探求してきました。同展は第11回ヒロシマ賞受賞を記念して開催されるジャーの日本初の本格的個展です。

展覧会のフライヤー、LED蛍光管による「サウンド・オブ・サイレンス」の作品

同展では上記を含むいままでの代表作とともに、ヒロシマを今日につながっている問題としてとらえることを目指した新作「ヒロシマ、ヒロシマ」を展示。これはドローンを使用して市内や原爆ドームを撮影した動画をベースに製作されたビデオ・プロジェクションで、見る側に原爆投下時の爆心地を意識させる作品。スクリーン上で、上空真上から見た原爆ドームの円形のフォルムの映像が次第に抽象画像に変化していきます。ドーム屋根の切り取られた丸い画像が次第に画面上で拡大され突然回転を開始。そして、最後にスクリーンが上がり同じような円形のフォルムの23個の産業用送風機が出現して強風が見る側に一斉に吹き付けられます。見る側は否応なしに爆風を意識し過去の記憶を呼び覚まされる仕組みなのです。ともすると時代経過により風化する過去の記憶、そしてウクライナで見られるような核戦争の脅威が今でも存在している事実をビジュアルと強風という肉体の強烈な体験を通して呼び起こさせる、思考にとらわれない五感に訴えかけるアート作品なのです。

ジャールの行動の根底にあるという「イメージの政治学」のアプローチと斬新なアイデアにより制作された展示からは、写真やビジュアルが他のメディアと組み合わされることで、まだ新しい表現が可能なのだと強く感じさせられました。

ALFREDO JAAR展の展覧会カタログ。円形のイメージは「ヒロシマ、ヒロシマ」の原爆ドームの真上から見た抽象化されたフォルム。

さて美術館へのアクセスがややわかりにくいので説明しておきます。多くのアート好きの旅行者は広島駅から同館を目指すでしょう。公式サイトの「アクセス」をみると、広島駅からは、路面電車、バス、タクシー10分、徒歩約25分だと紹介されています。地図を広げてみると、路面電車の「比治山下」駅下車、徒歩約500メートルで行くのが最短のようです。しかし、よく考えてみると同館は比治山の上に立っている事実に気付きました。つまりこれはフラットな道を歩くのではなく、登坂を500メートル上るという意味なのです。当日は気温も高かったので、観光案内からさらに詳しい情報収集を行いました。案内所で「旨い!広島・宮島」というかなり使える1冊を発見。エリアマップの最初に紹介されている、広島駅北口を起点として市内循環バスの「めいぷるーぷ」の存在を見つけます。これのオレンジルートを利用すると山上の「現代美術館前」まで行けるのです。

市内循環バス「ひろしま めいぷる〜ぷ」

改めて美術館のガイドを見ると、市内循環バス「ひろしま めいぷる〜ぷ」(オレンジルート)は下の方に紹介されていました。ただし、このバスは原爆ドーム前や、市内の観光名所を巡って最後に美術館に立ち寄るので時間がかかるのが難点です。しかし、美術館に行く途中にコンパクトに市内観光ができてしまうとも言えます。行きたい場所があれば途中下車すればよいでしょう。最終的に美術館から広島駅には直接向かうルートなので、帰りの時は極めて便利です。ただし、1時間に一本しか運行していないので、バスの到着時間を考慮して鑑賞時間を調整すればよいでしょう。時間に余裕があまりない人は、行きは駅からタクシー、帰りは市内循環バスが良いでしょう。ちなみに運賃は220円、PASMOも使えました。

東京から広島までは新幹線のぞみで約4時間程度。広島市現代美術館へのアートの旅は日帰りも可能ですが、一泊すれば観光と地元グルメも十分に満喫できるでしょう。

広島お好み焼き

「第11回ヒロシマ賞受賞記念 アルフレド・ジャー展」は10月15日まで開催、「広島市現代美術館 コレクション展 2023-I」は11月12日まで開催。

広島市現代美術館