海外オークション・レビュー 「Madonna x Meisel」
@クリスティーズ

2023年秋のニューヨーク・フォトグラフス・オークションでは、クリスティーズで10月6日行われたスティーブン・マイゼル撮影によるマドンナの写真集「SEX book」からのセール「Madonna x Meisel – The SEX Photographs」が大きな話題になった。1992年刊行のこの写真集はなんと世界中で150万部を販売したという。日本版は同朋舎出版から販売されている。

当時の日本はヘアヌードが解禁された時代だった。マスコミでは時代の歌姫マドンナのスキャンダラスなヘアヌードという話題性で紹介されていた。しかし、実際は超一流ファッション写真家スティーブン・マイゼルとハーパース・バザー誌米国版を刷新したアート・ディレクターのファビアン・バロンを起用した、かなりアート色が強い写真集だった。

同オークションは42点が出品され、落札16点、落札率は38.1%、総売り上げは133.45万ドル(1.97億円)だった。残念ながら26点が不落札という全くの期待外れの結果だった。落札内容もよくなく、買い手がついた作品の多くが落札予想価格の下限以下だった。ほとんどの作品は163.8 x 132.3 x 5.7 cmと巨大サイズ、マイゼルとマドンナの二人のサインが入った1点ものだった。
作品の人気度により落札予想価格は最低5万ドルから最高35万ドルと幅があった。内訳は、5~7万ドルが10点、8~10万ドルが1点、8~12万ドルが11点、10~15万ドルが10点、15~25万ドルが7点、20~30万ドルが1点、25~35万ドルが2点。写真集発売時にプレス用に利用され、幅広く流通したイメージが高額の評価だった。
最高額はロット4の「Madonna, New York, 1992」で、落札予想価格8~12万ドルのところ20.16万ドル(約2983万円)で落札されている。

Christie’s NY, Steven Meisel,「Madonna, New York, 1992」

過去のオークション・データを調べてみると、マイゼル作品のオークションでの出品数は思いのほか少なかった。今回の出品作と同様の大判サイズで、少ないエディションの作品を比べてみると、最高額は、2017年11月2日にフィリップス・ロンドンのULTIMATEオークションに出品された「CK One, New York City、1994」。これは93 x 274.3 cmという横長巨大サイズの1点もの作品が75,000ポンドで落札されている。当時は1ポンド=1.34程度だったで、約100,500ドルだったことになる。

Phillips London, 2017, Steven Meisel,「CK One, New York City、1994」

ほぼ同じサイズでは、やや古くなるがフィリップス・ニューヨークで2012年10月2日に行われたオークションで、「Walking in Paris, Linda Evangelista & Kristen McMenamy, Vogue, October 1992」がある。187 x 147.5 cmサイズの1点もので、86,500ドルで落札されている。同作は、写真集「In Vogue: The Illustrated History of the World’s Most Famous Fashion Magazine」(Rizzoli、2006年刊)の、カヴァーに採用された作品だ。

「In Vogue: The Illustrated History of the World’s Most Famous Fashion Magazine」(Rizzoli、2006年刊)

今回の一連の作品評価額とその落札結果からは、クリスティーズは写真家マイゼルの作家性、被写体マドンナと彼女のサインの価値を過大評価した可能性が高かったのではないか。同社は、本作をファインアート系のファッション写真であり、それを現代アート的なテイストの大判サイズ作品としてセールにかけた。
しかし、コレクターの多くは、本作はどちらかというとコレクション系アート作品だと認識したのではないかと思う。マドンナは、ファインアート系ファッションの世界で時代性を代表していたというよりも、ポップ・ミュージック界における時代のアイコン/セレブとして記号化され消費された存在だった。その価値は相対化されており、主観的に評価されていたのだ。つまり好きな人は好きだが、そうでない人は興味を持たないということ。今回の出品作はマドンナが大好きなファンが欲しがるコレクション系アート作品に近かったのだが、それらはファインアートとして高く評価された。残念ながら、多くの人たちには手が出なかったのだろう。

撮影したスティーブン・マイゼルは、ファッション写真家としては、時代を切り取ることに長けた優秀な表現者だった。しかし、彼が活躍したのが世の中の価値観が急激に多様化した時代だった。90年代中盤以降には、多くの人が共感するような時代性を持った作品の制作は、本人の能力と関係なく非常に困難な環境だったといえるだろう。今後のコレクションの対象になるマイゼル作品は、80年代から90年前後までの制作が中心になるのではないか。

(1ドル/148円で換算)