写真展レビュー
TOPコレクション 時間旅行
@東京都写真美術館

私は、人間の主観的な行為はすべて広義のアート表現になりうると理解している。また写真、絵画、彫刻などの作品を制作する人だけでなく、作品をコレクションするコレクターやフォトブックの編集者もアーティストの一部だととらえている。さらにギャラリーの小規模な写真展から美術館の大規模展覧会など、作品を選んで組み合わせて展示するキュレーションや企画もアート表現に含まれると考えている。
これらの作品展示は主観的な判断で行われる、自己満足的なものが大部分なのだが、中には私たちが生きている時代の見過ごされている価値観を提示するものも含まれている。しかしながらポストモダンの現在では多くの人が同時の共感するような価値基準はなかなか存在しない。果てしなく多様化した価値観の一部に、興味を持つ人だけが局地的に反応するような状況なのだ。だから大成功するような展示企画は非常に生まれにくい構造になっている。
しかし、世の中の誰でもが問題意識を持つ、「気候変動」、「環境汚染」、「森林崩壊」などの大きなテーマを持ってくると、問題の上辺だけを提示した自己満足的な軽い企画に陥る。当たり前のことを偉そうに提示されても、オーディエンスはリアリティーを持つことができなくて、そっぽを向かれてしまう。結果的に、多額の予算がかかる美術館展の場合、どうしても人気の高いアーティストや、歴史的に有名な海外美術館やコレクションの収蔵作品であることを強調するイベント的な企画になりがちだ。商業ギャラリーも若手新人よりも、市場性がある作品を提供する人気アーティストの展示が主流になる。

今回のTOPコレクション展「時間旅行 / 千二百箇月の過去とかんずる方向から」は、この難しい課題にキュレーターのアイデアで果敢に挑戦した意欲的な企画といえるだろう。
「時間旅行」をキーワードに、そして誰もが知る詩人・童話作家の宮沢賢治の視点を取り入れながら、膨大なコレクションから各時代の写真を取り上げて多様なテーマごとにセレクションして展示している。この見せ方の評価は観客の主観にゆだねられるが、国内外の様々な時代の名作やあまり知られていない膨大な写真がまとめて鑑賞できるのは写真/美術ファンやコレクターにとってはありがたい機会だと思う。

それらの展示は、「プロローグ」、第一室「1924年ー大正13年」、第二室「昭和モダン街」、第三室「かつて ここでエビスビールの記憶」、第四室「20世紀の旅ーグラフ誌に見る時代相」、第五室「時空の旅ー新生代沖積世」で構成されている。総作品展示数は約156点におよぶ。

キービジュアルとして同展カタログの表紙およびフライヤーで使用されているのが、黒岩保美の「D51 488 山手貨物線(恵比寿)、1953」と宮沢賢治の肖像写真。同館が建つかつてのエビスビール工場の横を蒸気機関車が走る象徴的な写真が採用されている。2024年に東京・恵比寿ガーデンプレイスが開業30周年を迎えることを意識した企画なのだ。蒸気機関車が走るビジュアルは、宮沢賢治の銀河鉄道の夜を意識したものだと思われる。

TOPコレクション 時間旅行、大久保好六「東京」シリーズ

私の専門のファッション写真では、特に「第2室 昭和モダン街」で展示されていた大久保好六による「東京」シリーズが興味深かった。これは1930~1935年の東京のストリートで撮影された作品。この時期の景気は良くなったが、日本の近代化が進み新しいデザインやファッションなどの文化が花開いた時期だった。女性のファッションでは、ボブカットやワンピースが流行、男性のファッションでは、スーツやネクタイが一般的だったという。
いま放映中の110作目のNHK連続テレビ小説「虎に翼」は、ちょうどこの時代が舞台に物語がスタートしている。大久保の作品は、日本では珍しい当時の時代の気分がファッションや被写体の動きを通して見事に反映されたファインアート系ファッション写真といえるだろう。彼は朝日新聞のカメラマンで、資料によるとこれらの展示作品は「アサヒグラフ」誌上で発表された作品のようだ。
ここでは、同時に桑原甲子雄「東京昭和十一年」のストリート写真も展示されている。大久保好六の写真と対照的にこちらで撮影されているのは和装の男性ばかりなのだ。つまり東京のストリートのドキュメントなのだ。時代の雰囲気をとらえたファインアート系ファッション写真と記録の写真との違いが非常にわかりやすい展示になっている。ぜひ見比べてほしい。

本展では、「昭和モダン街」、「かつて ここでエビスビールの記憶」のセクションで多くの広告写真も展示されていた。日本ではファッション写真や広告写真のアート性はあまり研究されていない。今回写真専門の美術館が取り上げたのは非常に意義がある。かつてファッションやポートレート写真は作り物の写真でアート性は低いと考えられていた。1990年代以降、欧米の美術館はこの分野の作品の評価基準を確立させ、同時に市場も拡大した経緯がある。しかし日本では全く手が付けれれていない分野なのだ。戦前の昭和時代の調査は、戦後の高度経済成長期のファッション写真をファインアートの視点から評価する原点となる。同館の膨大なコレクションから、欧米のファッション/広告写真との同時展示を行うことで、文化の違いや共通性を幅広くに探求してほしい。

第四室「20世紀の旅ーグラフ誌に見る時代相」も見どころが多い。同館のエントランスに続く外壁にある巨大な写真作品3点のうち2点のオリジナル作品を鑑賞することができる。いずれもグラフ雑誌「LIFE」掲載作品で、ロバート・キャパによる第2次世界大戦時のノルマンディー上陸を撮影した「オマハ・ビーチ、コルヴィユ・シュル・メール付近、ノルマンディー海岸、1944」と、ロベール・ドアノーの「パリ市庁舎前のキス、1950」だ。写真が掲載された雑誌のオリジナルも同時展示されている。

ライフ誌、1950年6月12日号

ドアノー作品には数々のエピソードがあることが知られている。展示しているようにライフ誌1950年6月12日号の「パリの恋人」という企画で発表された1枚の作品で、1986年にポスターになったことで大人気となった。世界中で50万枚以上がポスターに複製されたとのこと。実は写真のモデルだった元女優のフランソワ・ボネが90年代に写真の肖像権料の支払いをドアノーに求めた裁判を起こし、この写真が純粋なドキュメントでなかったことが明らかになった。彼女によると、写真は演出して撮影されたが当時恋人だった二人のキスには偽りがなかったそうだ。実は数々の名作のコンタクトシートを収録した写真集「The Contact Sheet」(編集Steve Crist、2009年 Ammo Books刊)に、本作が収録されている。実際のコンタクトを見ると、ドアノーがカップルを様々な場所で演技させて撮影していることが分かる。

「The Contact Sheet」(2009年 Ammo Books刊)より

本作のエピソードはさらに続く。彼女は裁判では敗れるものの、2005年4月25日にパリArtcurial Briest Pulain le Fuで開催されたオークションで、彼女が所有する同作のオリジナル作品が155,000ユーロ(当時のレート@140、約2千2百万円)、落札予想価格の十倍以上でスイスのコレクターが落札されたのだ。同作は1950年に撮影された数日後にドアノーからプレゼントされた非常に貴重なヴィンテージ・プリントで、裏面にはドアノーのスタンプが押されていた。超人気イメージの来歴が確かな正真正銘のヴィンテージ・プリントだったことが高額落札の理由だった。今回の展示作品は特に記載はないので、年月経過後にプリントされたモダンプリントだと思われる。

本展は一般観客向けに用意された「時間旅行」と宮沢賢治という、大きな切口のほかにも、本当に様々な視点で作品がセレクションされて展示されている。いま写真が好きな人の興味は本当に多様化しているが、必ず自分の関心のある分野の作品に出会えるだろう。

コレクターにとっては、エドワード・ウェストン、ラースロ・モホイ=ナジ、マン・レイ、W.ユージン・スミス、フィリップ・ハルスマンなどの20世紀写真のオリジナル作品や同館収蔵の国内外の現代写真を鑑賞できる展覧会になっている。

「TOPコレクション 時間旅行」
(千二百箇月の過去とかんずる方角から)
東京都写真美術館 (担当学芸員 石田哲朗)
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