定型ファインアート写真の可能性
Zen Space Photographyの提案 第5回
世界を自分の目で見る、そしてカメラを構える

若いとき、ケニア、ザンビア、ジンバブエなど通貨価値が安いアフリカの国々へ貧乏旅行でよく行った。現地では、ニコンの一眼レフ・カメラを携えて、広大なサバンナでのサファリ・ドライブによく出かけた。
ザンビアで英国人自然保護活動家のノーマン・カー(Norman Carr)に、「写真ばかりを撮るのではなく、自分の目で自然を見ろ」というお叱りに近いアドバイスを受けた。この言葉がずっと私の心に引っかかっていたのだが、やがてすっかりと忘れ去っていた。それが最近になって、当時の紙焼き写真をスキャニングしていると、望遠鏡で野生の動物を観察しているノーマン・カーの後ろ姿のカットが出てきた。

再び当時に聞いた彼の言葉が思い浮かんだので、改めて色々とその意味を考えてみた。ノーマン・カーの言葉を思い返すと、彼は自然風景の写真撮影が目的化し、ただ感覚的にカメラを向けシャッターを押しまくる旅行者のいわゆるカメラ・サファリの行為をたしなめたのだろうと、感じている。まず自分の目で風景をきちんと観察して、何か心動く発見があればカメラを構えて撮ればよいというアドバイスだったのではないだろうか、といまでは解釈している。そのような写真には、撮影者がその時に何に心動かされたかが残されている。時間が経過すると、それらの写真の蓄積は自分が何に反応して世界を見てきたかの記録の連なりになる。当時を振り返ると、感覚重視の写真も多いのだが、中には何か心が動いた結果に撮られたような写真も発見できた。私がよく撮っていたのは、目の前のまなざしの先に展開する何気ないシ-ン。そして、道具として使われつくした古い車、壁の劣化したポスターや看板、現地の人の引きの後ろ姿の写真などだ。自分が当時は何に反応していたのか、それがどのように今につながるかの思いが蘇ってくる。ただぼんやりと風景を眺めているだけだと、すぐに忘れ去っていただろう。

よく混同されるのが、日常生活のなかフィーリング任せでカメラを構え、意識的に「良い写真」を撮ろうとする行為だ。そのようなストリート写真の極みは、アレックス・ウェブの写真集「Dislocations」などで見られる。

Alex Webb「Dislocations」

目の前に展開する世界から、都市の断片、看板、サイン、光の影/反射、建造物の部分、人のファッションやジェスチャーなどのありとあらゆるビジュアルの断片や色彩の要素を1枚の写真の中に巧みに組み合わせて構成を追求する行為だ。
最近はSNSで多くの人がその巧みさを競っているように感じるが、これには経験と熟練が必要だ、下手すると陳腐なわざとらしい写真になってしまうリスクがある。
アレックス・ウェブほど巧みな写真でなく、第3者が平凡な風景写真と感じても、本人にとっては意味があるイメージであるかもしれない。それを知る手掛かりになるのは、撮影者がどのような世界観や哲学をもって生きているかによる。例えば映画監督ヴィム・ヴェンダースの風景写真。写真集「Wim Wenders:4 Real & True 2! Landscapes. Photographs」には代表作がセレクションされている。彼は人生のおける明確な生きる指針もって、映画を制作してきた。見る側がそれを意識して接すると、彼の本当に何気ない普通の風景写真が何か心に沁みて感じるようになる。

「Wim Wenders:4 Real & True 2! Landscapes. Photographs」

自分の中に何らかの基準がないと、どうしても目の前のシーンから感じるフィーリングやイメージ感覚を起点とした写真撮影になりがちだろう。ではどのような姿勢で撮ればよいか? 理想的には、ファインアート写真の作品テーマが明確にある、また人生における明確な生きる指針を持っていて、目の前に展開する世界でそのようなビジュアルを追求することだ。しかし、誰もが感動するような作品テーマなどは簡単に見つかるものではないし、確固とした人生の世界観構築も容易ではないだろう。
そこで何をどのように撮ったらよいかわからない多くの人に提案したいのが、いままでに紹介してきた定型ファインアート写真であり、Zen Space Photographyもそのひとつなのだ。興味ある人は詳しい取り組み方などは過去の一連のブログを読んでほしい。
そのようなアプローチで撮影された写真が蓄積されてくると、自分の過去から現在への意識の連なりが可視化される。これは、紙焼きの写真をアルバムなどで見てもあまり実感できないが、デジタル化された写真を、大きめのモニターを使いスライドショー形式で見ると効果的に振り返れる。写真をキーワードや、同じ感情の連なりなどの一定の方法で編集やグループ化していくと、自分が何に反応してきたのか、また何も考えていなかったなど、写真により可視化されるかもしれないのだ。もしかしたら、ファインアート写真制作のヒント、テーマが見えてきて、その先に自分が想像できなかったような視点を持った作品が生まれるかもしれない。

最近、写真を通して行うこの作業は人生の究極の暇つぶしではないかと感じている。写真は取り組み方によっては趣味を超えて、人の心を豊かにしてくれるライフワークになる可能性を持つのだ。

2023年アート写真オークション
高額落札ベスト10
高価格帯の市況が低迷する

2023年、米国では執拗なインフレ高進による米連邦準備理事会(FRB)の金融引き締め長期化が世界経済のリスクであるとの見通しから、投資家のリスク資産回避の動きが続いた。年末になり利上げ打ち止め観測から2024年の利下げ観測が徐々に市場に織り込まれる状況になり、株価が上昇し長期国債利回りは低下した。その後は、市場の2024年の過度の利下げ期待に対してFRB理事から牽制する発言が続いて金利は反転。今年の米国景気は、インフレが抑えられたうえで景気悪化を回避する「軟着陸」の見通しが強いものの、先行きはやや不透明感が増してきた。
日本では、日銀の早期のマイナス金利政策解除の観測期待があったものの、正月の令和6年能登半島地震の影響で現状維持の見通しがささやかれだした。昨年末には、約1ドル/140円付近まで円高が進んだものの、上記の2要因で再びドル安が進行している。しかし、少なくとも150円を超える為替レートがやや円高に振れているのは日本のコレクターには朗報だろう。

経済政治状況の見通しが不確かで、市場が様子見気分の時は、実は質の高い中間価格帯以下の作品が割安に購入できるチャンスでもなる。コレクターにとっては、世界的なインフレ見通しの改善見通しが強まれば、2024年は買い場探しの時期になる可能性があるかもしれない。ウクライナ戦争やイスラエル・ガザ戦争の停戦合意など市場外部環境の改善があれば様子見気分が強い相場の雰囲気が一転するかもしれない。相場の気分は急激に変化するので、コレクターは購入を検討している作品の相場動向には留意するように心がけてほしい。

さて2023年のオークションでの高額ランキングだが、2022年はマン・レイの「Le Violin d’Ingres, 1924」(1924年)が約1,240万ドル、エドワード・スタイケンの「The Flatiron, 1905」が約1,180万ドルという、写真としては異例の1000万ドル越えの超高額落札が2件あった。2023年の最高額は、これと比べるとはるかに低いリチャード・プリンスのカウボーイ作品「Untitled (Cowboy), 1999」で約156万ドルだった。これは2018年に次ぐ100万ドル台のという低い最高落札額で、2022年の超高額落札で歴史的な貴重作品の出品が続くという見通しが見事に裏切られた。
5位のエグルストン作品は、2012年3月12日にクリスティーズ・ニューヨークで行われた“Photographic Masterworks by William Eggleston Sold to Benefit the Eggleston Artistic Trust”で、57.85万ドルで落札された、約112X152cmサイズ、エディション2のピグメント・プリント。写真表現が現代アート市場に取り込まれたことが明らかになった象徴的作品。作品価値は約11年で約74%も上昇、以前も紹介したが1年複利で諸経費を無視して単純計算すると約11年で約5.17%で運用できたことになる。現代アート分野で取り扱われるエグルストンの大判代表作は、短期間で効率的なリターンを達成している。
なお5月にクリスティーズ・ニューヨークで行われた、“21st Century Evening Sale”では、ダイアン・アーバスの「A box of ten photographs, 1970」が、$1,008,000.(約1.42億円)で落札されている。しかしこれは10枚セットのポートフォリオなのでランキングからは除外した。
いま20世紀写真が、現代アート系のオークションに出品されるのは特に目新しい事例ではなくなった。作品の評価額によって、低中価格帯はデイ・セール、高額価格帯作品はイーブニング・セールに登場している。版画などを取り扱う、エディション・セールでも低価格帯の写真作品が普通に見られるようになっている。20世紀には独立したカテゴリーだった写真作品だが、 写真のデジタル化と現代アート市場の拡大により、 アーティストの一つの表現方法だという認識が着実に浸透中なのだと思う。

2023年オークション高額落札ランキング

1.リチャード・プリンス
「Untitled (Cowboy), 1999」

Christie’s New York, Richard Prince

クリスティーズ・ニューヨーク、“A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I and II”
2023年5月17-18日
$1,562,500.(約2.21億円)

2.ゲルハルト・リヒター
「Strip, 2015」

Sotheby’s New York, Gerhard Richter

サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Evening and Day Auctions”
2023年11月15-16日
$1,270,000.(約1.79億円)

3.バーバラ・クルーガー
「Untitled (Out of your mind) and Untitled (In your face), 1989」

Sotheby’S London, Barbara Kruger

サザビーズ・ロンドン、“Modern and Contemporary Art Evening and Day Sales”
2023年3月5日
GBP889,000.(約1.59億円)

4.ジョン・バルデッサリ
「Source, 1987」

Sotheby’s New York, John Baldessari

サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Evening and Day Auctions”
2023年5月15日
$1,079,500.(約1.52億円)

5.ウィリアム・エグルストン
「Untitled, 1970」

Christie’s New York, William Eglleston

クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening Sale”
2023年5月17-18日
$1,008,000.(約1.42億円)

6.シンディー・シャーマン
「Untitled Film Still #48, 1979」

Sotheby’s London, Cindy Sherman

サザビーズ・ロンドン、“Now Evening, Modern & Contemporary Evening and Day Auctions”
2022年5月10-13日
GBP762,000.(約1.36億円)

7.ロバート・フランク
「’Charleston S. C.’, 1955」

Sotheby’s New York, Robert Frank

サザビーズ・ニューヨーク、“Pier 24 Photography”
2023年5月1-2日
$952,500.(約1.34億円)

8.リチャード・プリンス
「Untitled (Fashion) 1982-84」

Sotheby’s New York, Richard Prince

サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Evening and Day Auctions”
2023年11月15-16日
$762,000.(約1.078億円)

9.アンドレアス・グルスキー
「Chicago, Board of Trade, 1997」

Christie’s New York, Andreas Grusky

クリスティーズ・ニューヨーク、“A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I and II”
2023年5月17-18日
$756,000.(約1.070億円)

10.シンディー・シャーマン
「Untitled, 1978」

Christie’s New York, Cindy Sherman

クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening and Post-War & Contemporary Art Day Sales”
2022年11月7-8日
$693,000.(約9810万円)

(為替レート/ドル円141.56円、ユーロ円153.50円、ポンド円178.86)
三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる2023年の平均為替レート