
21世紀のファインアート写真では、従来の自己表現の背景にある作者の意図よりも、作品自体の社会や時代への問いかけが重視される。それは、私たちが普段は意識しない社会に横たわる、様々な前提、認知、偏見、思い込みなどを露呈させ、可視化するもの。当たり前になっている価値観や構造を組み直すような作品だ。そして作者と見る側とのコミュニケーションが機能する仕組みとして、アイデア、コンセプト、テーマが求められる。アイデア(意図)は、作品制作の基盤となる考え方。コンセプト(概念)は、アイデアを具体化するための土台。テーマ(問題点)は、社会、文化、政治などの表現分野のことだと理解すればよいだろう。それらを通して見る側は作品からストーリーを読みとり、何らかの意味を生み出すのだ。
しかし、アート作品により何らかの新しい視点が社会に展示され、それが機能するのは平時の時だ。いまは地球規模の大きなテーマがあらゆるところで顕在化している社会の激動期だ。すぐに思いつくだけでも、世界的な戦争の勃発、気候変動、脱炭素化、SDG’s、感染症、自由主義経済/グローバル化の揺れ戻し、所得/地域格差の拡大、民主主義の危機、インフレ懸念、過剰債務問題、ワクチン格差、中国の不動産バブル崩壊などが挙げられるだろう。これらの現実の前では、個人レベルでの作品の問いかけは些細なことのようにさえ感じてしまう。いま世の中では、アートがなくても誰もが容易に意識できる大きなテーマだらけなのだ。このような圧倒的な強度のリアリティーを持つ現実を前に、多くの個人は生き残りに必死で、アートを愛でるどころではないのだ。ファインアート市場でブランドが確立した人の作品に人気が集中するのは、このような状況が反映されているからではないか。
アーティストにとって、多くの人が共感するような作品の提示は極めて難しい環境だといえるだろう。また世の中の多様化、複雑化が進行する中で、新たな作品のヒントを見つけ出すためにも従来以上の長い経験と暗黙知の養成期間が必要になるだろう。いまの環境では、創作を続けてもすぐに結果は出ないので、ブランドが構築されていない、学生、若手、新人が作品作りを継続するのは極めて困難なのだ。ファインアート写真に携わる一人として、新たな才能が育たないことによる市場の将来の先細りを懸念しないわけにはいかない。そこで、写真家/アーティストが写真でファインアート作品を制作する従来とは違うアプローチはないか考えてみた。

私が提案したいのは、自分の外側に広がる、変動や不安定が当たり前の社会的、文化的な事柄への視線を持つ作品ではなく、より本源的な人間の存在に向いた作品への取り組みだ。人間は空蝉(うつせみ)のような空虚な存在と言われるが、それは幻想のように実体のない世界に生きる事実を私たちに気付かせてくれる作品になる。私はそれこそがすべてのアーティストが表現を行う究極の動機だと考えている。現代アート的表現の王道である、感動を起点に発見された新たな視点を提示するような作品作りはライフワークとして時間をかけて取り組んでもらいたい。そしていま取り組み可能な、2つの創作アプローチを提案したい。最初から既存の作品の文脈を用意し、撮影者はそれを意識したうえで創作を行う方法だ。
まず「オマージュ作品/本歌取り」。好きなアーティスト/写真家のスタイル/作品アイデアを取り入れる方法になる。
そして「定型ファインアート写真」。これもオマージュ作品の一種になる。最初に既存作品から見立てられた文脈ありきで、それを意識して、その枠の中で写真を撮る行為の提案となる。ビジュアルの定型創作のアプローチは数多くあるが、私はその中で「定型ファインアート風景写真」を推したい。詳しくは次回以降で解説していく予定だ。もともとは経験が浅い学生向けのファインアート写真制作取り組みアプローチとして考えたものだが、創作に行き詰っている人にも役に立つと思う。
(2)につづく
