フォトブックのガイドブックが発売されて日本人写真家は世界的に注目されるようになった。”The Book of 101books”(Andrew Roth, 2001年刊)、”The Open Book”(Hasselblad Center,2004年刊)、”The Photobook:A History Volume 1 & 2″(Mrtin Parr &Gerry Badger,2004-2005年刊) が相次いで刊行され、いままであまり知られていなかった60年代~70年代の日本のフォトブックが欧米に紹介されたのだ。当時の好景気によるアートブームと相まってそれらの古書の相場は大きく上昇した。そして、金子隆一氏による、日本のフォトブックのガイドブック”Japanese Photobooks of the 1960s &’70s”が2009年に発売されるにいたった。
私は上記ガイドブックのセレションにやや不満があった。収録されている日本人写真家のものはアート系ばかり。当時のコマーシャル・フォト、ファッション分野の最先端で活躍していた写真家のフォトブックがほとんど含まれていないのだ。
一方で外国人の場合は、ファッション系の、アレクセイ・ブロドビッチ、リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ブルース・ウェーバーも収録されているのだ。特に”The Open Book”にはファッション系写真家が多くセレクションされている。実は、金子氏にそのことを話したことがある。彼は、日本におけるその分野の写真は歴史が語られていないことから評価軸が存在しないと指摘された。欧米のファッション写真の一部はアート作品として認められている。それは、80年代から90年代に独自の歴史が専門家により書かれたからだ。日本でも同様の歴史研究が行われないと、コマーシャル、ファッション系写真家が評価できないということ。またリサーチに必要な雑誌などの資料がなかなか揃わない事情もお話しいただいた記憶がある。
ファッション系写真家の本が選ばれない理由はもう一つあると思う。この分野は当時の日本人のあこがれをビジュアル化していた。つまり欧米的なクールでドライな感覚の写真が多かったのだ。しかしこれは欧米の写真家では当たり前のセンス。だから、欧米の評論家は日本独特の文化が反映された、ウエットな感覚のものを選んでいる。ここにも多文化主義の考えが色濃く反映されているのだ。
ファッション系写真の魅力とは何だろう。それはアートとしてのファッション写真の魅力と同じと考えている。この分野の写真家は何かの記録ではなく、自らがカッコいいと感じた瞬間にシャッターを押している。それらにはその時代独特の気分や雰囲気が色濃く反映されている。難解なアートではなく、現代に生きる一般人でも視覚的、感覚的に共感できるイメージなのだ。前述のように、欧米ではそれらはアートの一分野として認められたが、日本では基準がないので評価されていない。しかし21世紀以降は価値観が多様化した。作家に独自性があれば歴史以外の評価軸があってもよいのではないか。現代アートのように、様々な価値観をベースに過去の写真家の仕事の評価は可能だろうと思う。いまや皆が共通の夢を持っていた時代が写っている写真なら、それだけでも現在を考えるきっかけになる。
それらの優れた仕事を見つけ出し評価することが歴史を綴ることになると思う。彼らの仕事は雑誌の中や写真集として残っている。しかし、雑誌類を集めるのはかなり難しいので写真集を探して紹介することが現実的だと考えた。
日本のファッション系フォトブック・ガイドは、フォトブックを通して日本のアートとしてのファッション写真を語る試みなのだ。まとめて紹介することは永遠にできそうもないので、時間がある時に書きためていこうと決意した次第だ。
ここでは、ガイドブックに掲載されていない、コマーシャル、ファッション系写真家のフォトブックを不定期の連載で紹介していきたい。いままで、古書店を回る機会があるごとにそのような本を探し、買い集めてきた。ほとんどが、古書店の棚の隅で非常に安く売られているものばかりだ。紹介することで、それらの真の価値が再認識され相場が多少なりとも上昇することを願いたい。コレクションを続けるうちに、この分野の写真家による優れた本の多くは自費出版であることが分かってきた。儲かった写真家の中には、その資金を写真集制作につぎ込む人がいる。お金に糸目をつけずに制作されたものも数多くある。しかし、それらは少量生産で一般に出回ることはない。私の知らないところにもまだ素晴らしいフォトブックが眠っている可能性があると考えている。そのようなフォトブック情報があればぜひ教えていただきたい。
さて最初に紹介する1冊だが、色々と悩んだ末に比較的知られているものを選んだ。横須賀功光(よこすか・のりあき)(1937-2003)の「射」(1972年、中央公論社刊)だ。
楽しみにしていてください!