ドロシア・ラングの
ヴィンテージ作品が高額落札
NY中堅業者のアート写真オークションレビュー

2022年秋のニューヨーク・アート写真オークション。大手3社のオークションとともに、中堅業者のボナムス(Bonhams)とスワン・オークション・ギャラリース(Swann Auction Galleries)とで複数委託者による入札が10月に行われた。今期ドイル(Doyle)は、12月にオークションを開催する予定だ。
欧米のオークションでは、大手と中堅とでは業務の棲み分けがかなり明白に行われている。通常、高額落札が期待される中高価格帯作品は、優良顧客と世界的ネットワークを持つ大手業者に委託される場合が多い。中堅業者では、1万ドル以下の低価格帯の作品が中心に取引される。

Bonhams NY, Rodney Graham, 「Typewriter with Flour, 2003」

10月11日にボナムスが「Photographs」オークションを開催。88作品が出品されて落札率は約43%、総落札額は34.1万ドルにとどまった。低価格帯作品の出品が約62%だった。最高額落札は、カナダ出身でコンセプチュアルな写真作品で知られる現代アーティスト、ロドニー・グラハム(Rodney Graham)の、「Typewriter with Flour, 2003」。落札予想価格1.2~1.5万ドルのところ、46,955ドル(約680万円)で落札されている。残念ながら13点出品されたポール・ストランド作品は9点が不落札。特に注目された、1点もののヴィンテージのプラチナ・プリント「Central Park, New York,1915」は、落札予想価格5~7万ドルだったが不落札。

Swann Auction Galleries, Dorothea Lange, 「Migrant Mother, Nipomo, California (Destitute pea pickers in California. Mother of seven children. Age 32), 1936」

スワン・オークション・ギャラリースは、10月20日に「Fine Photographs」を開催。314点が出品されて落札率は約66.8%、総落札額は約115万ドルだった。 低価格帯作品の出品は約63%だった。
今回の目玉は中堅業者のオークションでは珍しいドロシア・ラングの有名作品「Migrant Mother, Nipomo, California (Destitute pea pickers in California. Mother of seven children. Age 32), 1936」の、極めて貴重なヴィンテージプリントの出品。落札予想価格10~15万ドルのところ、なんと30.5万ドル(約4425万円)で落札されている。これはニューヨーク市公立図書館ピクチャー・コレクションのキュレーターで、20世紀写真の歴史的かつ貴重なコレクションを作り上げたロマーナ・ジャヴィッツ(Romana Javitz)が所有していた由緒正しき作品。

20世紀写真では、歴史的に知名度が高い有名な絵柄の作品への需要が相変わらず強いようだ。今回のスワンで高額落札されたドロシア・ラングのアイコニック作品はまさにその好例だろう。
一方でボナムスに出品されたポール・ストランド作品の場合、貴重だが絵柄が地味で知名度が低い作品は苦戦していた。有名写真家の貴重な作品であっても、コレクターが有名作を好むという、いわゆる市場の2極化傾向は相変わらず続いているようだ。

アート写真オークションは、これから欧州、英国市場に舞台が移る。クリスティーズ・パリが10月25日~11月8日、サザビーズ・パリが11月10日~16日、フリップス・ロンドンは11月22日に相次いで開催される。

(為替 1ドル145円で換算)

2022年秋ニューヨーク写真オークションレビュー
外部環境悪化により市況が悪化

まず現在のアート市場を取り巻く外部の経済環境を見てみよう。
春以降、各国のインフレの勢いは全く衰えていない。ロシアのウクライナ侵攻でガスや食料品価格が高騰し、コロナ禍によるサプライチェーンの目詰まりも長期化した。米英では40年ぶり、ドイツでは70年ぶりのインフレの勢いだと報道されている。日本以外の、各国中央銀行は夏場にかけて一段と金融引き締めを行っている。さらに米国では11月にさらに0.75%の大幅利上げが行われるという警戒感が強まっている。9月末には米国の10年債利回りは12年ぶりに4%を超えた。値動きを示す10年の移動平均チャートでは、1980年代以降続いてきた金利低下の大きなトレンドがついに反転したと言われている。金利の急上昇は将来の景気後退につながるとの思惑から株安も進んだ。NYダウは2022年1月4日に36,799.65ドルだったのが、30,000ドルを割り込み、9月末には一時28,000ドル台まで下落、ハイテク株が多いNASDAQは、昨年11月に16,000ドル台まで上昇したものの、9月末には10,576ドルまで下落している。
また一時期ブームになって高額なデジタルアートも登場したNFT市場も取引量が急減。ブロックチェーン調査データを公開するDuneによると、2022年に入ってからNFT取引は急減し、9月末までに年初比で97%減少したという。
金融市場の動向はアート・オークションの参加者に心理的な影響を与える。いまかなり厳しい状況が続いているといえるだろう。

2022年秋の大手業者によるニューヨーク定例アート写真オークション、今回は10月上旬から10月中旬にかけて、複数委託者、単独コレクションによる合計5件が開催された。
クリスティーズは、10月1日に複数委託者による
“Photographs(Online)”を、サザビーズは、昨秋同様に10月7日に“Classic Photographs(Online)”と、“Contemporary Photographs(Online)”を開催した。フィリップスは、10月12日に複数委託者による“Photographs”、10月3~13日に“Drothea Lange:The Family collection(Online)”を開催している。
オークションハウスは新型コロナウイルスの影響により、開催時期の変更、オンライン開催などの対応を行ってきた。今秋はほぼ通常通りの開催モードに戻った印象だ。

さてオークション結果だが、3社合計で683点が出品され、440点が落札。全体の落札率は約64.4%に悪化している。ちなみに2021年秋は出品922点で落札率70.9%%、2022年春は702点で落札率70.4%。総売り上げは、約1050万ドル(約15.25億円)で、今春の約978万ドルより微増。ただし昨秋の約1484万ドルから大きく減少している。落札作品1点の平均金額は約23,876ドルで、今春の約19,810ドルより上昇している。今春と比べると落札率が悪化する中で、総売り上げが増加したのはこれが理由だ。
業者別では、売り上げ1位は約484万ドルのフィリップス(落札率69%)、2位は約312万ドルでクリスティーズ(落札率64%)、3位は253万ドルでサザビース(落札率55%)だった。これは今春と同じ順位で、売り上げと落札率でサザビーズが苦戦している。

今シーズンの高額落札は、市場での資産価値が確かな20世紀の代表作家の貴重なクラシック作品が多くを占めていた。
最高額は、クリスティーズ“Photographs(Online)”に出品されたマン・レイによる「Lee Miller, c1930」だった。落札予想価格10万~15万ドルのところ37.8万ドル(約5481万円)で落札されている。

Christie’s NY, Man Ray “Lee Miller, c1930″ 

2位は、クリスティーズ“Photographs(Online)”の、アルフレッド・スティーグリッツによるプラチナプリント「From the Back Window-‘291’,1915」落札予想価格30万~50万ドルのところ25.2万ドル(約3654万円)で落札された。

Christie’s NY, Alfred Stieglitz, “From the Back Window – ‘291’, 1915”

同額で2位は、サザビーズ“Classic Photographs(Online)”の、アンセル・アダムスの代表作「The Tetons and The Snake River, Grand Teton National Park, Wyoming, 1942/1973-1977」。落札予想価格15万~25万ドルのところ25.2万ドル(約3654万円)で落札されている。

Sotheby’s NY, Ansel Adams “The Tetons and The Snake River, Grand Teton National Park, Wyoming, 1942/1973-1977”

4位はサザビーズ“Contemporary Photographs(Online)”のウォルフガング・ティルマンズの抽象作品「Freischwimmer 117,2007」。228×170.2cmの大判サイズ、エディション1、AP1の作品。落札予想価格15万~25万ドルのところ20.16万ドル(約2923万円)で落札されている。ニューヨーク近代美術館で行われている“Wolfgang Tillmans To look without fear”展の影響もあるだろう。

Sotheby’s NY, Wolfgang Tillmans, “Freischwimmer 117, 2007”

年間ベースでドルの売上を見比べると、現在の市場の状況が良く分かる。相場環境が悪いと、特に高額作品を持つコレクターは売却を先延ばしにする傾向がある。つまり高く売れない可能性が高いと無理をしないのだ。結果的に全体の売上高が伸び悩む傾向になる。政治経済の不透明さが続く中、2022年の売り上げは約2029万ドル(落札率67.4%)で、新型コロナウイルスの感染拡大により落ち込んだ2020年の約2133万ドルを下回るレベルまで落ち込んでしまった。これはリーマンショック後の2009年の約1980万ドルをわずかに上回る数字となる。

年間の落札率も2019年70.8%、2020年71.6%、2021年71.8%から、2022年は67.4%に下落している。コレクターは売買に慎重姿勢であることが良く分かる。今秋は、私が専門としているファッション写真分野でも有名写真家の代表作品の不落札が散見された。
相場の調整期は通常は良い作品が割安に購入できるチャンスになる。しかし日本のコレクターは、約1ドル/150円が近い為替レートと、作品の運送コストの高止まりが続く中では積極的には動きにくいだろう。
来年の春には、ウクライナ戦争の停戦合意や、インフレ見通しの改善など、市場環境の改善を期待したい。

(1ドル/145円で換算)

2022年春/パリ・ロンドン・オークションレビュー
停滞する欧州/回復傾向の英国市場

春に行われる大手業者によるパリ/ロンドンの定例アート写真オークション。今年は5月に公開とオンラインによるセールが集中して行われた。複数委託者の他に、サザビーズが宇宙関連写真、クリスティーズが単独コレクションからのファッションに特化したものなど、独自の企画ものオークションを開催した。
サザビーズは、5月18日にロンドンで“Moon Shots: Space Photography 1950-1999”、23日に“Photographs”(オンライン)、クリスティーズは、5月24日にパリで“Photographies”と“Fashion Photographs from the Susanne von Meiss collection”(オンライン)、フィリップスは、“Photographs”オークションを5月29日にロンドンで開催した。

欧州のオ―クションは開催地の通貨が違うので円貨換算して昨年同期と単純比較している。大手3社の2022年春の合計売上は約6.38億円だった。コロナ禍で変則開催だったので比較の対象にならないかもしれないが、2021年春は4.42億円だった。2022年はオークション数が増え、出品作、落札作品数が増加したことにより総売り上額も上昇した。落札率は2021年が約69%に対して、2022年は約68.3%とほとんど変化がない。特にフィリップス・ロンドンは約80.7%という高い落札率で、全体売り上げの約53%を占めていた。欧州は経済的にロシアのウクライナ侵攻の影響も受けており、コロナ禍での落ち込みからの回復は弱い印象だ。一方で英国市場は、すべての価格帯で売り上げが順調に推移していた。

Phillips London, Peter Beard “Orphaned cheetah cubs @ Mweiga nr. Nyeri (KENYA) for The End of the Game / Last word from Paradise 1968”

今シーズンに注目されたのはフィリップス・ロンドンに出品された欧州のプライベートコレクターから出品された13点の「IN FOCUS: PETER BEARD」セクションのピータ―・ビアード(1938-2020)作品。不落札はわずか3点、落札率は77%だった。同オークションでは別コレクションからもビアードの代表作の“Orphaned cheetah cubs @ Mweiga nr. Nyeri (KENYA) for The End of the Game / Last word from Paradise 1968”が出品された。同作がビアード作品の落札最高額となった。サイズ 122 x 171.8 cmの1点もの作品で、落札予想価格2万~3万ポンドのところ、上限の約4倍の12.6万ポンド(約1990万円)で落札されている。2020年の死後もビアード人気は市場で全く衰えてないようだ。

今回の5つのオークションの最高額は、フィリップス・ロンドンに出品されたギュスターヴ・ル=グレイ(Gustave Le Gray)の“Souvenirs du Camp de Chalons au General Regnaud de Saint-Jean d’Angely (album of 66 albumen prints), 1857”。これは鶏卵氏プリント66点がマウントされた1点ものの写真アルバムとなる。風景が44点、ポートレートが22点が含まれる。落札予想価格10万~15万ポンドのところ、上限の約2倍の32.76万ポンド(約5176万円)で落札されている。

Phillps London, Gustave Le Gray, Souvenirs du Camp de Chalons au General Regnaud de Saint-Jean d’Angely (album of 66 albumen prints), 1857”
Christie’s Paris, Helmut Newton, “Eiffel Tower、Paris, 1974”

ギュスターヴ・ル=グレイとほぼ同じ金額で落札されたのがクリスティーズ・パリに出品されたヘルムート・ニュートンの大判作品“Eiffel Tower、Paris, 1974”。写真集「White Women」(Schirmer-Mosel、1992刊)の収録作品で、イメージサイズは109 x 159 cm、エディション 1/3、落札予想価格は30万~50万ユーロのところ、37.8万ユーロ(約5103万円)で落札された。ル=グレイとニュートンは、採用する為替レートの違いにより順位が変わるので、2作がほぼ同額1位と考えていいだろう。
ちなみにニュートン作品は、2017年4月5日にサザビーズ・ニューヨークで開催された“Photography”で落札予想価格は10万~20万ポンドのところ、34.85万ドルで落札された作品。2017年時点では、すでにニュートンの大判ファッション写真は市場で高騰していた。今回のユーロの落札額は、ドル換算すると約35.2万ドルとなる。手数料などの諸経費などを勘案すると所有期間5年間の収支は若干のマイナスになるだろう。投資の視点で写真作品をコレクションする場合も他の金融資産と同じで、未評価分野の作品の長期保有が基本になるのだ。

Phillips London, Edward Steichen, “Gloria Swanson, New York, 1924”

高額落札の第3位は、フィリップス・ロンドンに出品されたエドワード・スタイケンの“Gloria Swanson, New York, 1924”。サイズは24.1 x 19.1 cm、写真家の未亡人ジョアンナ・スタイケンのコレクションという由緒正しい来歴の作品。落札予想価格は24万~34万ポンドのところ、27.72万ポンド(約4379万円)で落札された。

今回フィリップス・ロンドンでは、野口里佳の作品が「ULTIMATE Newcomers」セクションに出品された。フリップスはこのカテゴリーで、若手、新人、中堅による、エディション数自体が少ない、もしくはエディションの残り少ない、また貴重な1点もの作品を積極的に紹介している。通常、オークション市場では取引実績のある人の、資産価値の高い作品を取り扱う。一方でギャラリーは、まだ実績のない若手/中堅アーティストの作品を取り扱う。新作を取り扱うプライマリー市場と旧作を取り扱うセカンダリー市場との違い以外にも役割分担があるのだ。フリップスの「ULTIMATE Newcomers」は、オークションハウスが通常のギャラリー業務に挑戦する試みになる。いま両者の仕事の棲み分けが益々曖昧になってきているのだ。だから、「ULTIMATE Newcomers」での落札は、作品の時間的価値の評価であり、本源的な資産価値を保証するわけではない。この点はよく誤解されるので注意が必要だ。本源的価値は、継続したオークションへの出品/落札、時間経過の中でのトラックレコードの積み重ねの中で上昇していくもの。この辺りのことは「ファインアート写真の見方」(玄光社,2021年刊)で触れているので、興味ある人は読んで欲しい。

Phillips London ULTIMATE 野口里佳”フジヤマ [Fujiyama] A Prime #1 1997″

さて今回注目したいのは、野口里佳の”フジヤマ [Fujiyama] A Prime #1 1997″の高額落札だ。同作は、作品集「鳥を見る」(2001年、P3 and enviroment刊)に収録された、101.6 x76.2 cmサイズ、エディション5の作品。落札予想価格5千~7千ポンドのところ、上限の約9倍の6.3万ポンド(約995万円)で落札された。今回の落札がきっかけとなり、野口作品が市場でどのように取り扱われていくか注視していきたい。

(1ポンド・158円、1ユーロ・135円で換算)

マン・レイ名作が1千2百万ドルで落札!
写真のオークション史上最高落札額更新

2022年5月にニューヨークで開催された現代アート系オークションでは、写真系作品の高額落札が相次いだ。

アートフォトサイトで既報のように、5月14日にクリスティーズ・ニューヨークで開催された「The Surrealist World of Rosalind Gersten Jacobs and Melvin Jacobs」オークションではマン・レイの歴史的名作”Le Violon d’Ingres, 1924″の、極めて貴重なヴィンテージ作品が、写真作品のオークション最高落札額となる12,412,500ドル(@128/約15億8880万円)で落札された。
本作は、サイズ19 x 14 3⁄4 inch (48.5 x 37.5 cm)の1点ものの銀塩写真、落札予想価格は500万ドル~700万ドルだった。
これまでの写真のオークション最高額は、2011年11月にクリスティーズ・ニューヨークで落札されたドイツ人現代アーティストのアンドレアス・グルスキーの”Rhein II”の4,338,599ドル。ちなみにいままでのマン・レイの最高額は、2017年11月9日にクリスティーズ・パリで開催された「Stripped Bare: Photographs from the Collection of Thomas Koerfer」に出品されたヴィンテージ作品“Noire et Blanche, 1926”で、2,688,750ユーロ(@135/約3.63億円)だった。今回の落札はもちろんマン・レイ作品のオークション最高落札額になる。

Christie’s NY, Man Ray “Le Violon d’Ingres, 1924”

“Le Violon d’Ingres, 1924”は、マン・レイの最も有名な写真作品。アートや写真に興味ない人でも一度は見たことがあるだろう。クリスティーズは、作品の興味深い解説を掲載している。一部を参考までに紹介しておこう。
本作は、モデルのアリス・プリン(通称キキ・ド・モンパルナス)の画像と、レイヨグラフ技法で制作されたバイオリン系の管楽器にある「F」の文字をかたどった開口部「Fホール(f-hole)」を組み合わせて作られた作品。マン・レイは、まず露光する感光紙の表面を覆う紙/ボードなどにFホールの穴を切り抜いた。そして引き伸ばし機の下に印画紙を置き、その上にFホールのテンプレートを置いて露光。すると両方のFホールの形がプリントに真っ黒に焼き付けられる。テンプレートを外した後、キキのネガを引き伸ばし機のネガホルダーに入れ、同じプリントで2回目の露光を行った。現像すると、キキの背中のイメージは、すでに印画紙に焼き付けられたFホールと魔法のように融合したのだ。
作品タイトルの“Le Violon d’Ingres, 1924”も非常に興味深い意味が含まれている。フランス語を直訳すると「アングルのバイオリン」という意味になる。これは19世紀のフランスの有名画家ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル(1780-1867)にちなんでいるという。アングルは画家としての才能だけでなく、ヴァイオリンの腕前も世間に認められていたそうだ。しかしアングルは画家として優秀であったため、ヴァイオリンの演奏は単なる娯楽や趣味だと考えられていたそうだ。この言葉はいまでは定着し「アングルのバイオリン(Ingres’s violin)」はフランス語の慣用句で、喜びやくつろぎのために行う活動、つまり趣味を意味するという。
たぶんこのころの、マン・レイにとって写真は「アングルのバイオリン」だったと思われる。写真は、自分の仕事や友人の活動を記録するためのメディアであって、自分の芸術制作での表現方法ではないと考えていたのだ。彼は写真を、モデルでありミューズだったキキとのロマンチックな関係、そして画家アングルへの憧れを表現する手段として使用したのだ。

Christie’s NY, Helmut Newton “Big Nude III (Variation), Paris, 1980”

5月10日に同じくクリスティーズ・ニューヨークで開催された「21st Century Evening」オークションで、唯一出品された写真作品のヘルムート・ニュートン(1920-2004)“Big Nude III (Variation), Paris, 1980”が、落札予想価格は80万ドル~120万ドルのところ2,340,000(@128/約2億9952万円)で落札された。196.2 x 110.8 cmサイズの大判作品で、記録上1点しか存在しないプリントで、1990年に写真家から著名なギャラリストのルドルフ・キッケン(Rudolf Kicken)に寄贈された作品とのこと。今回はニュートン作品のオークション最高落札額になる。ちなみにいままでのニュートン最高額は、2019年4月4日にフィリップス・ニューヨーク「Photographs」オークションに出品された“Sie Kommen, Paris (Dressed and Naked), 1981”。美術館などでの展示用の197.5X198.8cmと196.9X183.5cmサイズの巨大組作品で、落札予想価格60~80万ドルのところ182万ドル(@110/約2億円)で落札されている。

Christie’s NY, Richard Avedon “Blue Cloud Wright, Slaughterhouse Worker, Omaha, Nebraska, August 10, 1979”

続いて5月13日に同じくクリスティーズ・ニューヨークで開催された「Post-War and Contemporary Art Day Sales」オークションで、リチャード・アヴェドン(1923-2004)の「In The American West」シリーズの“Blue Cloud Wright, Slaughterhouse Worker, Omaha, Nebraska, August 10, 1979”が、落札予想価格は25万ドル~35万ドルのところ378,000(@128/約4838万円)で落札されている。142.2 x 113 cmサイズの大判で、エディション6/6の作品。ちなみに2016年11月3日にフィリップス・ロンドンで161,000ポンド(@130/2093万円/@1.25/約201,250ドル)で落札された作品。手数料や保管管理を無視して複利で単純計算すると約6年間で11.08%程度で運用できたことになる。
同オークションでは、シンディー・シャーマン(1954-)のカラー作品“Untitled、1981”も、落札予想価格は40万ドル~60万ドルのところ882,000(@128/約1億1289万円)で落札されている。こちらは61 x 121.9 cmサイズで、エディション1/10の作品。

今回のオークションでは、有名アーティストの貴重なヴィンテージ作品の価値がアート市場で過小評価されていた事実が明らかになった。初めての1000万ドル越えは、高額セクターの写真作品相場の新たな基準になると思われる。また特にファインアート系ファッション/ポートレートの大判写真作品の、落札予想価格上限を超える落札は、それらは20世紀写真ではなく現代アート作品だという認識が定着してきた証だといえるだろう。他の現代アート作品と比べて割安だった有名写真家の作品。ここにきて特に数が少ない大判作品の再評価の兆しが感じられる。

クリスティーズ
https://www.christies.com/en/auction/the-surrealist-world-of-rosalind-gersten-jacobs-and-melvin-jacobs-29818/browse-lots

2022年春ニューヨーク写真オークションレヴュー
高額セクターに相場調整の気配

Christie’s NY, “Photographs from the Richard Gere Collection(Online), ”František Drtikol「Temná vlna (The Dark Wave), 1926」

2022年の大手3業者によるニューヨーク定例アート写真オークションは、昨年同様に各社の判断で、オンラインとライブにより4月に集中して開催された。複数委託者による”Photographs”オークションは、クリスティーズが4月5日(オンライン)、フィリップスは、4月6日(ライブ)、サザビーズは、4月13日(オンライン)に行われた。また前回紹介したように、クリスティーズは4月7日に俳優リチャード・ギア(1949-)の写真コレクションの単独セール”Photographs from the Richard Gere Collection”をオンラインで開催した。今回は4月に行われた4つのオークション結果の分析を行いたい。
ちなみに、平常時はオークション開催時期に同じくニューヨークで行われるファインアート写真の世界的フェアのipad主催のThe Photography show。2022年は、5月20日~22日にニューヨーク市のCenter415で開催される予定だ。

さて現在のアート市場を取り巻く外部の経済環境を見てみよう。昨年までは世界的な新型コロナウイルスの感染拡大に翻弄されていた。いま世界的に注目されているのはインフレ懸念の高まりだ。新型コロナウイルス対策後の世界的景気回復により特に米国で消費が拡大した。さらにウクライナ危機による資源価格急騰、また米国では名目賃金も上昇しはじめてインフレ懸念が強まっている。コロナウイルスの感染拡大によるサプライチェーンの混乱により、効率的だった経済のグローバル化の見直しが迫れれている。これもコスト上昇要因になる。米ミシガン大の3月の消費者調査(速報)によると、人々の1年先の物価見通しを示す予想インフレ率が5.4%と約40年ぶりの高水準になったと報道されている。以上の状況により米国の中央銀行にあたるFRBは、インフレ対策のため3月には量的緩和を終了。その後は、かなり急激な複数回の利上げが予想されている。インフレによる消費者の購買力低下予想などが反映され、株価も変動が大きくなっている。NYダウは2022年1月4日に36,799.65ドルだったのが、3月8日には32,632.64まで下落、いまでも33,000前後で取引されている。
ハイテク株が多いNASDAQは、昨年11月に16,000ドル台まで上昇したもののその後は下落傾向が続き、いまは12,000ドル台まで下落している。株価動向はオークションの入札者に心理的な影響を与えると言われている。また高額評価作品の出品が控えられる傾向も強くなる。アート市場を取り巻く環境は決して良好とは言えないだろう。

さて今春のオークション結果だが、3社合計で702点が出品され、494点が落札。不落札率は約29.6%だった。ちなみに2021年秋は922点で不落札率29.1%、2021年春は557点で不落札率26.8%。
総売り上げは、約978万ドル(約11.7億円)で、昨秋の約1484万ドルから大きく減少、ほぼ2021年春の約969万ドルと同じレベルにとどまった。
落札作品1点の平均金額は約19,810ドルと、2021年秋の約22,692ドルから約12.7%下落、2021年春の23,774ドルも下回る。昨秋とは出品数が増加するなか、落札率は同水準で、総売り上げが減少したことによる。
業者別では、売り上げ1位は約393万ドルのフィリップス(落札率76%)、2位は約384万ドルでクリスティーズ(落札率73%)、3位は200万ドルでサザビース(落札率59%)だった。

厳しい外部環境の中、高額落札が期待された作品が苦戦し、5万ドル以上の高額作品の不落札率は54.4%と高かった。フィリップス“Photographs”では、シンディー・シャーマンの「Untitled #580, 2016」、落札予想価格25万~35万ドルなど、高額落札が期待された彼女の3作品が不落札、アーヴィング・ペンの「Woman in Chicken Hat (Lisa Fonssagrives-Penn) (A), New York,1949」も、落札予想価格8万~12万ドルが不落札。
サザビーズ“Photographs(Online)”では、リチャード・アヴェドンの代表作「Dovima with Elephants, Evening Dress by Dior, Cirque d’Hiver, Paris, 1955/1980」、57.4 x 45.7 cmサイズ、エディション50の作品が、落札予想価格18万~28万ドルのところ不落札。1979年プリントの同じ作品は、クリスティーズ“Photographs(Online)”で、落札予想価格15万~25万ドルのところ、なんと12.6万ドル(約1512万円)で落札されている。
サザビーズのオークションでは、高額落札が期待された、ダイアン・アーバスの本人サイン入りの代表作「Family on Lawn One Sunday in Westchester, N.Y」、イモージン・カニンガムのヴィンテージ・プリント「False Hellebore (Glacial Lily)」が不落札だった。
今春のオークションでは、入札には高値を追うような力強さが欠けており、特に高額価格帯のファッション、ドキュメンタリー系が弱い印象だった。

今シーズンの最高額は、クリスティーズ“Photographs from the Richard Gere Collection(Online)”に出品されたチェコ出身のモダニスト写真家フランチシェク・ドルチコル(František Drtikol)による希少性の高い女性ヌード作品 「Temná vlna (The Dark Wave), 1926」だった。落札予想価格10万~15万ドルのところ35.28万ドル(約4233万円)で落札されている。

2位は、サザビーズ“Photographs(Online)”の、トーマス・イーキンズ(Thomas Eakins)の19世紀写真「Untitled (Male Nudes Boxing), c1883」だった。落札予想価格3万~5万ドルのところ、なんと上限の6倍以上の32.76万ドル(約3931万円)で落札されている。ヌードの若い男性がボクシングをしている、とても小さい9.5X12.1cmサイズの鶏卵紙(albumen print)作品だ。

Sotheby’s, “Photographs(Online)”, Thomas Eakins「Untitled (Male Nudes Boxing), c1883」

3位もクリスティーズ“Photographs from the Richard Gere Collection(Online)”の、アルフレッド・スティーグリッツ(Alfred Stieglitz)によるオキーフのポートレート「Georgia O’Keeffe, 1918」。落札予想価格30万~50万ドルのところ30.24万ドル(約3628万円)で落札されている。

昨秋にジャスティン・アベルサノ(Justin Aversano/1992-)の、“Twin Flames”シリーズのNFT(Non-Fungible Token)写真作品を出品して話題をさらったクリスティーズ。今春も、複数アーティストによるNFTの12セットとなる「Quantum Art: Season One, 2021-2022」を出品させている。落札予想価格15万~20万ドルのところ16.38万ドル(約1965万円)で落札、これは同社の今シーズンの最高額落札になった。

Christie’s NY, “Photographs”, Various Artists「Quantum Art: Season One, 2021-2022」

余談になるが、最近の外国為替市場での急激なドル高/ユーロ高/円安の進行で、ギャラリーでは知名度の高い写外国人真家の作品への問い合わせが増加している。海外市場で取引されている写真家の有名作品のコレクションは、外貨資産を持つと同じ意味になる。約25年以上もそのように説明してきたが、やっと多くの人が急激な円安進行によりこの事実に気付き始めてくれた印象だ。

(1ドル/120円で換算)

リチャード・ギア写真コレクション・セール
クリスティーズでオンライン開催

2022年春の大手業者によるファインアート写真の定例オークションは、3月下旬から4月中旬にかけてニューヨークで開催された。今シーズンで注目されたのが、米国の俳優リチャード・ギア(1949-)の写真コレクションの単独セール「Photographs from the Richard Gere Collection」だった。クリスティーズが、3月23日から4月7日にかけてオンラインで開催した。

Christie’s, Diane Arbus, “Audience with projection booth, N.Y.C., 1958” Sold at $75,600.

ギアは「愛と青春の旅だち」、「プリティー・ウーマン」などの映画で主演を演じている有名俳優。実はシリアスな写真コレクターとしても業界では知られている。今回の単独オークションで、そのコレクションの全貌が初めて明らかになった。その中には、エドワード・S・カーティス、ギュスターヴ・ル・グレイなどの19世紀写真、アルフレッド・スティーグリッツ、エドワード・ウェストンといった20世紀初期作品、リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ダイアン・アーバスといった20世紀作品まで、写真メディアの巨匠たちの有名作が多数含まれていた。クリスティーズの国際写真部門責任者のダリウス・ヒメス氏は、「非常に高いレベル」のコレクションだと賞賛している。

クリスティーズのメディア資料によると、ギアは、ボーイスカウト時代に母親から贈られたコダック・ブローニーカメラがきっかけで写真表現に魅了されるようになったという。1970年代半ばにキャリアを舞台から映画へと移行したことで、彼の写真への興味はさらに深まる。複数のカメラアングルにより物語が構築されることを目の当たりにし、「それぞれの写真が異なる物語を語る」ことを実感したという。ニューヨークとロサンゼルスで過ごした若かりし時代には、本屋でアーヴィング・ペンやエドワード・カーティスなどの写真集を立ち読みしていたそうだ。
本格的に映画デビューする前のギアは、これも写真家デビュー前のハーブ・リッツ(1952-2002)とプライベートで親しくなる。2人は、それぞれが俳優とカメラマンとして成功の階段を上っていく。リッツは、巨匠ブルース・ウェバーとの出会いがきっかけで、ファッション写真家として成功をつかむことになる。そして、同じく俳優として有名になっていくギアの写真をほぼ専属カメラマンとして撮影するようになるのだ。さらにギアは、仕事先で「美しいものを見るのが目的として」展覧会に行ったり、リッツと一緒にアート・オークションに参加するなど写真の趣味を広げていく。そしてギアの言うところの「自分の目と感性を鍛えるための進化プロセス」の一部として、本格的に写真コレクションを開始する。リッツが撮影した若かりしギアの写真「Richard Gere, San Bernadine, 1979」は写真集「Herb Ritts Pictures」(Twin Palms, 1988年刊)に収録されている。

“Herb Ritts Pictures” (Twin Palms),「Richard Gere, San Bernadine, 1979」

クリスティーズが紹介しているインタビューでは、「俳優である私の基本的なツールは感情、つまりストーリーテリングです。私が反応する写真のほとんどにはストーリーがあると思います」、また「これらの写真は、私が彼らに何かを感じたからこそ、私の人生に届いたのです。これらの写真には魂があり、人間らしさがある。技術的なことは関係ない」と、ギアは自らのコレクションを語っている。彼が写真をファインアート作品と認識していた事実がよく分かるコメントだ。

さて、今回のリチャード・ギア単独オークションでは、写真史を網羅する珠玉の139点が出品され、106点が落札、不落札率は約23.7%、総売上高は約242.23万ドル(約2.9億円)という結果だった。
俳優リチャード・ギアが所有していたという輝かしい来歴を持った作品群のオ―クションだったことから、ダイアン・アーバス、サリー・マンなどの一部作品は落札予想価格上限を大きく上回る落札が見られた。しかし、全体的には落ち着いた結果だったといえるだろう。

最高額は、チェコ出身のモダニスト写真家フランチシェク・ドルチコル(František Drtikol)による希少性の高い女性ヌード作品 「Temná vlna (The Dark Wave), 1926」だった。落札予想価格10万~15万ドルのところ35.28万ドル(約4233万円)で落札されている。

Christie’s, František Drtikol, “Temná vlna (The Dark Wave), 1926”

2位は、アルフレッド・スティーグリッツ(Alfred Stieglitz)によるオキーフのポートレート「Georgia O’Keeffe, 1918」。落札予想価格30万~50万ドルのところ30.24万ドル(約3628万円)で落札されている。

Christie’s, Alfred Stieglitz,”Georgia O’Keeffe, 1918″

3位は、エドワード・ウェストン(Edward Weston)の「Nude on Sand, Oceano, 1936」。落札予想価格7万~10万ドルのところ10.71万ドル(約1285万円)で落札されている。

Christie’s, Herb Ritts, “Djimon with Octopus, Hollywood, 1989”

リチャード・ギアの友人だったハーブ・リッツ作品は12点出品され10点が落札されている。最高額は「Djimon with Octopus, Hollywood, 1989」、83.8 x 68.5 cmサイズでエディション12の作品。落札予想価格2.5万~3.5万ドルのところ4.788万ドル(約574万円)で落札されている。

Christie’s/「Photographs from the Richard Gere Collection」

2022年ニュ-ヨーク春の大手業者によるその他のオークション結果は現在集計中。次回にレポートをお届けする。

(為替レートは1ドル120円で換算)

アンセル・アダムスの
単独オークション
サザビーズ・ニューヨークで開催!

今年最初の大手業者による写真オークションが2月17日にサザビーズ・ニューヨークで開催された。これは投資家デビッド・H・アリントン・コレクションからのアンセル・アダムス(1902-1984)作品約100点の単独オークションとなる。2020年12月に行われ、約640万ドルを売り上げて大成功を収めた同コレクションからアンセル・アダムス単独の“A Grand Vision: The David H. Arrington Collection of Ansel Adams Masterworks”セールのフォローアップ・オークションとなる。
近年、来歴の良いアンセル・アダムス作品に対する需要は極めて高い。特にサイズの大きな作品は現代アートの視点から再評価が進行して高騰している。いまや彼はアナログ時代に「ゾーンシステム」などの技法を駆使して、銀塩写真の表現の可能性拡大に挑戦してきた先駆的アーティストだと考えられているのだ。今回の結果でも貴重なアダムス作品の人気の高さが改めては確認された。
100点のうち不落札は僅か2点で、落札率は驚異の98%。落札額合計は約380万ドル(約4.37億円)だった。入札も活発で、落札予想価格上限を超える落札も数多く見られた。

Ansel Adams “Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941” / Sotheby’s New York

最高額は、20世紀写真を代表する名作“Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941”。極めて貴重な1940年代にプリントされた、イメージサイズ31.1 X 40.7 cmのヴィンテージ・プリント。落札予想価格50万~70万ドルのところ、50万4,000ドル(約5796万円)で落札された。
アンセル・アダムスの同作“Moonrise”は極めて暗室でのプリントが困難なことで知られている。 かつてアダムスは、“It is safe to say that no two prints are precisely the same.”「正確に同じプリントは2つとないといってもいい」と語っている。実は彼は、1948年12月にネガの再処理という苦渋の決断をしている。それ以降のプリントは数十年にわたり次第に濃くなり、1970年代後半には空が真夜中の黒の様に変化していった。従って、今回のようなオリジナルネガによる空部分があまり濃くない初期プリントは極めて貴重で高価になっているのだ。

実は同作“Moonrise”のオークション最高落札価格は、2021年10月6日にクリスティーズ複数委託者による“Photographs”に出品されたプリント。60年代後半にプリントされた103.8 x 150.4 cmサイズの超大判作品。このサイズは15~20作品位しか存在しないと言われている。落札予想価格50万~70万ドルの上限を超える93万ドルで落札されている。
この落札価格93万ドルと、今回の50.4万ドルとの違いは現代のマーケット状況が反映されている。市場を席巻する現代アート分野のコレクターが好む大判サイズという事実が、かつての20世紀写真でのヴィンテージプリントの貴重性を上回って評価されているのだ。

ちなみにアダムス作品のオークション作家最高額は、サザビーズ・ニューヨークで2020年12月に行われた第1回目のデビッド・H・アリントン・コレクション・セールに出品された、“The Grand Tetons and the Snake River, Grand Teton National Park, Wyoming, 1942”。60年代にプリントされた、大判約98X131cmサイズの銀塩作品で98.8万ドルで落札されている。

Ansel Adams “Clearing Winter Storm, Yosemite National Park,c1937” / Sotheby’s New York

さて今回のオークションの高額落札の2位は、“Clearing Winter Storm, Yosemite National Park, c1937”だった。 やや低めの落札予想価格3万~5万ドルのところ、22.68万ドル(約2608万円)で落札されている。
3位は“The Teton Range & the Snake River,1942”で、
こちらも低めの落札予想価格5万~7万ドルのところ、20.16万ドル(約2318万円)で落札されている。

実はいまここで紹介したアダムスの名作”Moonrise”が日本で鑑賞できる。東京恵比寿の東京都写真美術館で「TOPコレクション 光のメディア」が2022年6月5日まで開催されている。同展は、同館コレクションを中心に、29人の写真家の作品を担当キュレーターがパーソナルな視点で選んで展示する企画だ。アンセル・アダムス作品も6点が紹介され、”Moonrise”も含まれている。プリント時期の詳細な情報はないが、空の部分はかなり暗い印象。 後期のプリントだと思われる。興味ある人はぜひじっくりと珠玉のプリント・クオリティーを鑑賞して欲しい。
同展は、その他にもアルフレッド・スティーグリッツの有名作
“Equivalent, 20 No.9,1929″、アンドレ・ケルテスのヴィンテージ・プリントと思われる超貴重作品”Notre-Dame, 1925″や、ヨゼフ・スデク、ポール・ストランドなど数多くの20世紀写真の傑作を見ることができる。ファインアート写真コレクションに興味ある人は必見の写真展だ。

(為替レートは1ドル115円で換算)

2021年のアート写真オークション
現代アート系で300万ドル超えの落札が続出

2020年のオークション市場は、世界的なパンデミックの影響で総売上高が2019年比で約31%も急減した。2021年も感染状況はあまり好転しなかった。しかし、各オークションハウスは、前年の経験からライブとオンラインとの組み合わせでほぼ通常期通りの開催予定を消化した。
総売り上げも約61.1億円と、2021年比で約20%増加した。出品点数は6276点から5063点に減少、落札率は約67.8%から71.6%に上昇している。落札点数の減少に関わらず、前記のように落札金額合計は約20%増加した。これは1点の単純落札単価が119万円から168万円に大きく増加したことによる。
2020年は、高額評価作品では出品の先送り傾向が見られ、中低価格帯では多数の換金売り的な売却が見られた。2021年になって、市場は一時のパニック状態から冷静になり、投げ売りが減少し、高額価格帯の出品が戻ってきたのだろう。なおオークションは、開催地の通貨が違うのですべて円貨換算して比較を行っている。

2021年は世界中の写真作品中心の38オークションをフォローした。いまや現代アート系オークションにアーティスト制作の写真作品や、高額なリチャード・アヴェドン、ダイアン・アーバス、アンセル・アダムスなどの20世紀写真が当たり前に出品されている。それらを取り出して、集計に加えるという考え方もあるが、ここでは今まで継続して行ってきた統計の一貫性を保つために除外している。ただし、総合の高額落札ランキングには現代アート系オークションの結果を反映させている。しかし、例えば11月のササビーズ・ニューヨークのContemporary Artオークションに出品されたロマーレ・ビアデン(Romare Bearden/1911-1988)の作品などは、写真素材を使ったコラージュ作品だ。写真作品に含めるかどうかの解釈は分かれると思う。今回の集計では、オークションへの出品実績が少ないことから除外している。
またオークションは世界中で開催されている。今回の集計から漏れた高額落札もあるかもしれない。また為替レートは年間を通じて大きく変動している。どの時点のレートを採用するかによって、ランキング順位が変わる場合もある。
それらの点はご了承いただくとともに、漏れた情報に気付いた人はぜひ情報の提供をお願いしたい。以上から、本ランキングは写真作品の客観的なランキングというよりも、アート・フォト・サイトの視点によるものと理解して欲しい。

「Twin Flames #83. Bahareh & Farzaneh, accompanied by Twin Flames Full Physical Collection (100 prints), 2017-2018」,Christie`s NY “Photographs”

さて2021年のオークション市場で特筆すべきは、やはりクリスティーズ・ニューヨークの秋のオ―クションに出品されたジャスティン・アベルサノ(Justin Aversano/1992-)による、“Twin Flames”シリーズの写真NFT作品だろう。本作は主要オークションハウスが写真オークションでNFT(Non-Fungible Token)写真作品を出品した最初の事例となった。出品されたのは、アベルサノの作品集のカバー作品「Twin Flames #83. Bahareh & Farzaneh」に対するNFTと、100枚の同シリーズの物理的なプリント作品が含まれる。落札予想価格10万~15万ドルが、予想をはるかに上回る111万ドル(約1.22億円)で落札された。写真オークションで初めて落札されたNFTであり、写真NFTの世界記録となる。
またクリスティーズの2021年の写真(Photographs)部門での最高額となった。知名度があまり高くない人の作品の落札価格が、ダイアン・アーバス、アンセル・アダムス、マン・レイなどの希少なヴィンテージ作品を遥かに上回ったことは大きな驚きだった。歴史的にも、オークションでの高額取引の実績は市場ルールを変えるきっかけになっている。果たして今回の落札がNFTブームが反映された特殊例なのか、それとも写真の伝統的市場がさらに流動化する兆候なのか?2022年の展開を注意深くを見守りたい。

高額落札総合ランキングでは、ここ数年の市場の低迷から特に現代アート系の高額落札件数が大きく減少していた。つまり市況が良くないので、高額評価の作品の出品が控えられていたということ。2016年以来、300万ドル越えの高額落札はなかった。2020年の最高額の落札は、現代アート系のリチャード・プリンスを差し置いて、リチャード・アヴェドン「Dovima with Elephants, Evening Dress by Dior, Cirque d’Hiver, Paris, 1955」の約1.99億円だった。(クリスティーズ、“ONE, a global 20th-cantury art auction”、2020年7月10日)
しかし2021年は、好調な現代アート市場の影響により状況が一変した。11月9日にクリスティーズ・ニューヨークで開催された“21st Century Evening Sale”で、久しぶりにシンディー・シャーマンとリチャード・プリンスの作品が300万ドル越えで落札された。特に年後半に現代アート系中心に100万ドル越えの落札が続出した。2020年1位のアヴェドン作品は、2021年では6位でしかない。

総合順位

1.シンディー・シャーマン「Untitled, 1981」
クリスティーズ・ニューヨーク、 “21st Century Evening Sale” 、
2021年11月9日
約3.46億円

Christie’s New York, Cindy Sherman

2.リチャード・プリンス「Untitled (Cowboy), 1997」
クリスティーズ・ニューヨーク、 “21st Century Evening Sale” 、
2021年11月9日
約3.33億円

3.リチャード・プリンス「Untitled (Cowboy), 2000」
クリスティーズ・ニューヨーク、 “21st Century Evening Sale” 、
2021年5月11日
約2.4億円

4.シンディー・シャーマン「Untitled, 1981」
クリスティーズ・ニューヨーク、 “21st Century Evening Sale” 、
2021年11月9日
約2.27億円

5.ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット「Henry Fox Talbot’s Gifts to his Sister: Horatia Gaisford’s Collection of Photographs and Ephemera, 1820-1824, 1844, 1845-1846」
サザビーズ・ニューヨーク、“50 Masterworks to Celebrate 50 Years of Sotheby’s Photographs”、
2021年4月21日
約2.15億円

6.シンディー・シャーマン「Untitled, 1981」
クリスティーズ・ニューヨーク、 “21st Century Evening Sale” 、
2021年11月9日
約1.74億円

7.ゲルハルド・リヒター「Strip, 2012」
クリスティーズ・ロンドン、“20th/21st Century Evening Sale and Post-War and Contemporary Art ”、
2021年10月15日
約1.4億円

8.バーバラ・クルーガー「Untitled (Your Manias Become Science), 1981」
クリスティーズ・ニューヨーク、 “21st Century Evening Sale” 、
2021年11月9日

約1.28億円

9.ジャスティン・アベルサノ「Twin Flames #83. Bahareh & Farzaneh, accompanied by Twin Flames Full Physical Collection (100 prints), 2017-2018」
クリスティーズ・ニューヨーク、“Photographs”、
2021年10月6日
約1.21億円

10.リチャード・アヴェドン「The Beatles, London, August 11, 1967」
クリスティーズ・ロンドン、“20th/21st Century Evening Sale and Post-War and Contemporary Art ”、
2021年10月15日
約1.12億円

◎出品カテゴリー別ランキング

・19/20/21世紀アート写真(Photographs)

William Henly Fox Talbot, Sotheby`s NY, “50 Masterworks to Celebrate 50 Years of Sotheby’s Photographs”

1.ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット 2.15億円

2.ジャスティン・アベルサノ 1.21億円

3.アンセル・アダムス 1.02億円

4.ダイアン・アーバス 6875万円

5.ヘルムート・ニュートン 6703万円

最高額は、4月21日にササビーズ・ニューヨークで開催された、“50 Masterworks to Celebrate 50 Years of Sotheby’s Photographs”に出品されたウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットのサルトプリントの写真とアルバムのセット作品。落札予想価格30-50万ドルが、195万ドル(約2.15億円)で落札(上記掲載画像はその1点)。

・現代アート系

1.シンディー・シャーマン 3.46億円

2.リチャード・プリンス 3.33億円

Richard Prince”Untitled (Cowboy), 1997″, Christie’s NY , “21st Century Evening Sale”

3.リチャード・プリンス 2.4億円

4.シンディー・シャーマン 2.27億円

5.シンディー・シャーマン 1.74億円

現代アート系では、上位20位のなかにシンディー・シャーマンが7点、リチャード・プリンスが5点、ジョン・バルデッサリが2点含まれる。代表作の出品がなかったアンドレアス・グルスキーは1点にとどまっている。

上記のように、いま市場での写真表現の定義は極めて複雑になっている。「ファインアート写真の見方」(玄光社/2021年刊)で詳しく触れているが、これからは「19-20世紀写真」、「21世紀写真」、「現代アート系」へと分かれていくとみている。21世紀になって制作された写真作品は、すべて現代アート系写真だという考えもある。しかし内容的には、19-20世紀写真の延長線上にある「21世紀写真」と「現代アート系」とに分かれるのではないだろうか。
オークションハウスによるカテゴリー分けでは、中期的には19-20世紀写真の貴重で高額作品、21世紀写真のサイズの大きくエディションが少ない高額作品が現代アート・カテゴリーに定着し、その他の「19-20世紀写真」、「21世紀写真」が「Photographs」カテゴリーへ分類されていくと予想している。

(1ドル/110円、1ポンド・152円、1ユーロ・130円)

2021年秋/ロンドン・パリ
アート写真オークションレビュー

例年は11月に開催されるフォトフェア「Paris Photo」。2020年はコロナウイルスの感染拡大の影響で延期になった。2021年のフェアは通常通り11月11日から14日にかけて無事に開催された。しかし大手業者によるパリ/ロンドンの定例アート写真オークションは、今年も開催時期を集中することはできず、11月中に分散して行われた。
クリスティーズは11月9日にパリで“Photographies”、ササビーズは11月16日にロンドンで“Photographs”(オンライン)、フィリップスは11月23日にロンドンで “Photographs”を 開催した。

欧州のオ―クションは開催地の通貨が違うので円貨換算して昨年同期と単純比較している。大手3社の合計売上は、2019年が約7.64億円、2020年は7.87億円だったが、2021年は7.15億円と微減だった。2021年に欧州通貨に対して円安が進んだことを考慮すると、市場規模は若干縮小したといえるだろう。落札率は2019年の約75.6%、2020年約70%に対して、2021年は約80.5%と改善した。特にフィリップス・ロンドンの約93.1%という高い数字が全体の数字を押し上げた。米国市場では今秋のニューヨーク定例オークションの売り上げが大きく回復した。それに比べて、英国/欧州市場の回復ペースはまだ緩やかのようだ。 

Phillips London “Photographs”, Irving Penn, “Milkman (A), New York, 1951”

今シーズンで注目されたのは、フィリップス・ロンドンに“ULTIMATE IRVING PENN”と題されて出品されたアーヴィング・ペンのSmall Tradesシリーズの貴重なプラチナ・パラディウム・プリント10点だった。これは1950~51年に撮影され、ペンがプラチナ・パラディウム・プロセスを完成させた1967年に自らが制作に携わってプリントされた作品。ペンは、彼の特徴的なグレーの背景の前に、作業道具を持ち、仕事着でたたずむ様々な職種の人々をヴォーグ誌用に撮影。これらの作品は時代性が反映された一種のファッション写真として制作されたのだ。彼は、世紀の変わり目にパリの職人を撮影したアジェ、そして“American Photographs”のウォーカー・エバンスに触発されてこのプロジェクトに取り組んだという。当初は市場で過小評価されていたが、2009年にJ・ポール・ゲティ美術館で開催された“The Small Trades”展以降に再評価が進み相場は大きく上昇。同展に際して刊行されたフォトブックも完売、いまではレアブック扱いになり、古書市場で値上がりして取引されている。
今回の出品作の特徴は、シートサイズが約57.5 x 46 cmと大きめ、エディション数は少なめで、他作品は世界の主要美術館がコレクションしている貴重作品であること。オークションハウスによると、10年以上にわたって同じプライベート・コレクションに所蔵されており、オークション出品は今回が初めてとのこと。

今回の落札予想価格は、作品により5万~7万ポンド(約760~1064万円)だった。結果は全作が落札、10点のうち7点が落札予想価格の上限を超えた。最高額は、“Milkman (A), New York,1951”で、なんと落札予想価格上限の5万ポンドの約3倍の15.12万ポンド(約2298万円)で落札。“Barber, New York,1951”も、13.86万ポンド(約2106万円)で落札されている。

今回の3つのオークションの最高額は、これもフィリップス・ロンドンに出品されたヘルムート・ニュートンの大判作品“Charlotte Rampling at the Hotel Nord-Pinus, Arles, France 1973”だった。イメージサイズは 161.5 x 111.9 cm、AP 1/2、落札予想価格は25万~35万ポンドのところ、44.1万ポンド(約6703万円)で落札された。ちなみに同作は、2017年10月3日にクリスティーズ・ロンドンで開催された“Christie’s, London, Masterpieces of Design & Photography”で落札予想価格は20万~30万ポンドのところ、33.275万ポンドで落札された作品。手数料などの諸経費などを勘案すると所有期間4年間の収支はだいたいとんとんだろう。

Phillips London “Photographs”, Helmut Newton, “Charlotte Rampling at the Hotel Nord-Pinus, Arles, France, 1973”

ニュートンに続いたのは、クリスティーズ・パリに出品された、2019年に亡くなったピーター・リンドバークの大判ファッション写真の“Mathilde on the Eiffel Tower (Hommage a Marc Riboud), Paris, 1989”だった。210 x 168 cmサイズのデジタル・プリント作品でエディション1/1という1点ものの貴重作。落札予想価格上限の8万ユーロの約2倍以上の20万ユーロ(約2600万円)で落札されている。

Christie’s Paris, “Photographies”, Peter Lindberg, “Mathilde on the Eiffel Tower (Hommage a Marc Riboud), Paris, 1989”

リンドバークに続いたのが、上記のフィリップスで落札されたアーヴィング・ペンの“Milkman (A), New York,1951”の15.12万ポンド、そして“Barber, New York,1951”の13.86万ポンドとなる。
高額落札が期待されたのは、ササビーズ・ロンドン(オンライン)に出品された、マン・レイの“Erotique Voilee, 1933”。落札予想価格18万~26万ポンド(約2736万~3952万円)だったが不落札だった。

パリ/ロンドンの定例アート写真オークションでは、高額落札上位にニュートン、リンドバーク、ペンなどの20世紀のファッション写真が並んだ。特にニュートン、リンドバークなのアイコニックな大判作品は、現代アート系作品だと認識されているようだ。見方を変えると、これらの有名ファッション写真家の大判作品は、アート写真市場だけ見ていると高額だが、現代アート市場の相場レベルからみるとリーズナブルだと解釈可能なのだと思う。ちなみに11月のニューヨーク現代アートオークションでは、シンディー・シャーマンの“Untitled, 1981”やリチャード・プリンスの“Untitled (Cowboy), 1997”などの写真作品が300万ドル(約3.36億円)越えで落札されているのだ。たぶん今後も、これらの20世紀ファッション写真の大判貴重作品への需要は変わらないのではないだろうか。

(1ポンド・152円、1ユーロ・130円、1ドル・112円で換算)

2021年秋ニューヨーク写真オークションレヴュー
写真NFT作品の高額落札で市場が騒然

2021年秋の大手業者によるニューヨーク定例アート写真オークション、
今回は9月下旬から10月上旬にかけて、複数委託者、単独コレクションからによる合計7件が開催された。
サザビーズは、9月29日に現代アート系作品中心のプライベート・オークションから“A Life Among Artists: Contemporary Photographs from an esteemed private collection”、10月5日に“Classic Photographs”と、“Contemporary Photographs”を開催。
クリスティーズは、10月6日に複数委託者による“Photographs”、メトロポリタン美術館コレクションからの単独セール“Photography of the Civil War: Property from The Metropolitan Museum of Art”を開催。
フィリップスは、10月7日にプライベート・コレクションからの“Reframing Beauty: A private Seattle collection”、複数委託者による“Photographs”を開催している。
昨年の春以来、オークションハウスはコロナウイルスの影響により、開催時期の変更、オンライン開催などの対応を行ってきた。今秋からほぼ通常通りの開催モードに戻った印象だ。

結果は、3社合計で922点が出品され、654点が落札。不落札率は約29.1%だった。総売り上げは、約1484万ドル(約16.32億円)で、コロナ禍で相場環境が状況が厳しかった2020年秋の約765万ドル(約約8.41億円)、2021年春約969万ドル(約10.65億円)から大きく改善。ほぼ約2020年春の約1368万ドル(約15億円)、2019年秋の約1381万ドル(約15.2億円)の売り上げレベルを回復している。
落札作品1点の平均金額は約22,692ドルと、2021年春の23,774ドルと同じレベルにとどまった。2021年秋の約16,000ドル。2020年春の約17,000ドルよりは改善しているものの、 2019年秋の26,800ドル、2019年春の約38,000ドルと比べるといまだに低い水準だ。高額セクターの動きにまだ活気がないとともに、中価格帯セクターも全般的に上値を積極的に追っていくような力強さは感じられなかった。
これで2021年のニューヨークの大手業者の総売り上げは、約2454万ドル(約26.9億円)となった。2020年の約2139万ドル(約23.47億円)より微増している。しかし、コロナ禍前だった2019年の約3528万ドルには及ばない。

NY 大手オークション会社 春/秋 シーズンの売上 推移

今シーズンの写真作品の最高額は、クリスティーズに出品されたジャスティン・アベルサノ(Justin Aversano/1992-)の、“Twin Flames”シリーズのポートフォリオ・セット。本作は主要オークションハウスが写真オークションでNFT(Non-Fungible Token)写真作品を出品した最初の事例となった。出品されたのは、アベルサノの作品集のカヴァー作品“Twin Flames #83. Bahareh & Farzaneh”に対するNFTと、100枚の同シリーズの物理的なプリント作品が含まれる。落札予想価格10万~15万ドルが、予想をはるかに上回る111万ドル(約1.22億円)で落札された。写真オークションで初めて落札されたNFTであり、写真NFTの世界記録となる。またクリスティーズの2021年の最高額の写真作品となった。

Christie’s NY, Justin Aversano, “Twin Flames #83. Bahareh & Farzaneh”

2位は、同じくクリスティーズに出品されたアンセル・アダムスの名作“Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941”。60年代後半にプリントされた103.8 x 150.4 cmサイズの超大判作品。このサイズは15~20作品位しか存在しないと言われている。落札予想価格50万~70万ドルが、予想上限を超える93万ドル(約1.02億円)で落札された。本作は1996年4月のササビーズ・ニューヨークで取引された作品。当時の落札予想価格は3万~5万ドルだった。

Christie’s NY, Ansel Adams, “Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941”

3位もクリスティーズのダイアン・アーバスの代表作“Child with a toy hand grenade in Central Park, N.Y.C., 1962”。本作は極めて貴重なダイアン・アーバス本人によるプリントされた作品。落札予想価格50万~70万ドルが、予想予想価格の範囲内の62.5万ドル(約6875万円)で落札。

Christie’s NY, Diane Arbus “Child with a toy hand grenade in Central Park, N.Y.C., 1962”

4位はササビーズに出品されたマン・レイのソラリゼーション作品“Calla Lilies, 1931”。落札予想価格30万~50万ドルが35.2万ドル(約3872万円)で落札されている。同作は、2002年10月のクリスティーズ・ニューヨークで18.55万ドルで落札された作品。約19年の利回りは各種手数料などのコストを考慮しなくて1年複利で単純計算すると約3.41%となる。

Christie’s NY, Justin Aversano, “Twin Flames”

今秋、一番話題なったのは、やはりクリスティーズに出品されたジャスティン・アベルサノによる、“Twin Flames”シリーズの写真NFT作品。落札価格が、ダイアン・アーバス、アンセル・アダムス、マン・レイなどの希少なヴィンテージ作品を遥かに上回ったことは大きな驚きだった。歴史をみても、オークションでの高額での取引実績は市場ルールを変えるきっかけになっている。
果たして今回の落札がNFTブームが反映された特殊例なのか、それとも写真の伝統的市場がさらに流動化する兆候なのか?この判断は極めて難しいだろう。実際、今後の展開を注意深くを見守りたいという、写真関係者の意見が多いようだった。

(1ドル/110円で換算)