フォトブック・コレクション指南
写真家評価リスト利用のすすめ

ゼロ年代になってからフォトブックの出版数が非常に増えている。販売チャンネルも洋書店だけでなくなった。規格品なのでネット通販と相性がよく、国内外の大小様々なオンライン・ブックショップで売られている。
新刊の情報収集は、多くの人が出版社やネット書店のメール・マガジンなどで行っているだろう。しかし、いまや発信される情報量は膨大で、忙しい日々を過ごしている個人では彼らが推薦している全てをフォローするのは不可能になっている。フォトブックもまるで新譜の音楽CDと同じような状況になってしまった。

膨大なフォトブックの中から、どのように自分の求める1冊を選んでコレクションしていくか? いままで何回も取り上げてきたテーマだが、今回は少し違う視点からアドバイスを行ってみたい。
フォトブックは、本を通して提示される写真家のテーマ、コンセプト、スタイルの創造性が、フォトブック史、写真史、アート史と照らし合わせて評価されることになる。キャリアを積んだ写真家の場合、過去に評価が繰り返し行われている。その結果、すでにある程度の順列が出来上がっている。より高評価の写真家のフォトブックの方が内容が優れている可能性が高いと想像できる。

以下に、写真家の評価レベルを推しはかるための参考基準を点数化して提示してみた。最も重要なのは、その写真家がそれまでに制作した作品やフォトブックのアート市場での評価だ。情報は写真家のプロフィールをネットで検索すれば容易に入手できる。
オークションの実績もいまやネットで調べられる。リストで算出した得点が高い人、つまり作品に市場性がある人が新作フォトブックを出版した場合は内容をチェックした方がよいだろう。

フォトブック購入時の写真家評価リスト

・主要オークション会社での取引実績がある。
(クリスティーズ、ササビーズ、フィリップス)
— 5点
・主要美術館で個展、回顧展の開催実績がある。
— 5点
・主要都市の老舗アート・ギャラリーで個展開催がある。
— 4点
・過去のフォトブックにプレミアムが付いている。
— 3点
・美術館で開催された企画グループ展の参加実績がある。
— 3点
・美術館で開催された新人グループ展の参加実績がある。
— 2点
・主要都市の中堅アート・ギャラリーで個展開催がある。
— 1点

しかしこれらの基準に当てはまる写真家はかなりの数に上る。人間は様々な価値基準を持っており、自分が好きでないものを無理して買っても興味が続かない。最終的な判断は、まず自分が好きで興味を持てるテーマを持つフォトブックを選び、その中で自分に新しい視点を与えてくれるコンセプトや、デザインが斬新と感じるスタイルのものを選べばよいだろう。

上記の基準に合致するのは、だいたい写真史、アート史で評価が定まっている写真家になる。これ以外の、新人・若手のフォトブックの場合、写真家の評価が未確定なので上記のリストに該当しないことが多い。当然、全ての人は自分が価値ある仕事をしていると思っているのだが、実際に彼らが提示しているテーマとコンセプトが時代に合致しているかどうかはその人のその後のキャリア展開を見ないと判断できない。つまり初期の仕事は、その後にその人がキャリアを積み重ねた段階で評価が確定する。 キャリア展開に失敗すれば忘れ去られてしまう。それゆえ、新人・若手のフォトブックの評価では、テーマとコンセプトは評価者の個人的好みに偏りがちになり、どうしても外見のスタイル面に目がいきがちになる。つまりポートフォリオ構築の方法論、ブック・デザインの評価に重点が傾いてしまうのだ。

したがって、新人・若手のフォトブックの評価は、将来的に歴史に残る可能性がある写真家の一人であるという評価者の予想なのだ。いま世界中で数多くのフォトブックの新人賞が企画されている。写真家が作家活動を継続する動機づけを与えるためにこのような賞は重要な意味を持つ。 しかし、若い受賞者が勘違いして、方法論の繰り返しに陥るリスクもはらんでいる。
「FIRST PHOTOBOOK」などの各種新人賞は出版界の活性化のために関係者によって行われる業界振興策的な面もあるので、くれぐれも絶対的な評価と勘違いしないでほしい。

私はアート・フォト・サイトで毎週1冊の新刊フォトブックを紹介している。候補をリストアップするときは、上記の「フォトブック購入時の写真家評価リスト」を大まかな基準にしている。 膨大なフォトブックの中から自分のための1冊を見つける参考になれば幸いだ。

アーティスト志望者の修業期間
ブランド確立に何年かかるのか?

年末年始の休みには、本棚を整理して昔に買った本を再読することが多い。今年は20年以上前に買ったビジネス書を何冊か読んでみた。
その中で気になったのが、日本の伝統的芸術や武道の修行におけるプロセスを示す「守破離(しゅはり)」という言葉だった。この言葉は千利休が詠んだ歌に原型があるとのことで、ビジネス書ではビジネスマンのキャリア形成にそれが応用できるようなことが書かれていた。
私はこれはアーティストのキャリア形成にも当てはまると直感した。アート写真のノウハウを指導するワークショップの「ファイン・アート・フォトグラファー講座」では、よくアーティストのキャリアをどのように積み上げていけばよいか、また認められるのに何年くらいかかるかという質問を受ける。その時に行うアドバイスは、まさに「守破離」と重なるのだ。

「守破離」の「守」とは修業時代の心がけで、師匠の発言や行動を100%守ること。先人たちが作り上げた歴史を学んで吸収するのもこの時期に行うべきことだろう。重要なのは、この段階ではとりあえず自分を捨てて全てを受け入れること。自分の都合のよい情報だけを選んでいては本人の創作の可能性は広がらない。「破」は次のステップで、「守」で得た様々な知識や情報を自分なりの考えで組み換えたり突然変異を起こさせたりすることだ、ステレオタイプの発想を破るという意味だろう。「離」は、それまでの型から自由になり自分独自のスタイルが確立されることだ。

より具体的に、現代アートの重要要素であるテーマ性に当てはめてみよう。「守」は過去の先人たちの作品テーマを徹底的に学ぶ、また真似て追体験してみること。 いくら自分が気に入らなくてもキュレーターやギャラリストのアドバイスをそのまま取り入れてみるのだ。そうすると自分中にニュートラルな様々な種類の情報のデーターベースが構築されていく。「破」で、この中かから自分の時代認識をベースに、気になるテーマをセレクションして、再解釈していくのだ。この段階では様々な試行錯誤がなされて、最終的に「離」で一貫した自分の作品スタイルが出来上がるということだ。
私は「守」が非常に重要だと考えている。多くの人は自分が良いと判断した情報にしか関心を示さない。未経験の新人の判断基準が世の中が求めている価値観とぴったりと一致すればよいのだが、そのような奇跡的な状況は非常に起こりにくいだろう。このような人は自分が変化し成長することはなく、ただひたすら自分を認めてくれる人を探し続けることになる。多くの人が成功しないのは、アーティストのベースとなる「守」を軽くみて、いきなり「破」、「離」を目指すからだ。破ったり、離れるベース自体が出来ていないのだから、うまくいくはずがない。アマチュアからアーティストが生まれないのも同じ理由による。

それではアーティストとして認められるのにどのくらいの時間が必要だろうか?「桃栗三年柿八年」ということわざは良く知られている。これは果樹の実がなるまでに長期間を要することから、何事も成就するまでには長い時間がかかるということ。「石の上にも3年」も同じような意味だ。色々なアーティストのキャリアを見てきたが、私はもっと長い時間を要すると感じている。ビジネス書でよく引用されるのに「一芸八年、商売十年」がある。どんな芸事でも一通りの基礎を体得するのに最低8年はかかり、その後に独立して一人立ちするのにさらに10年が必要という意味で、一つの分野の仕事で成果を上げるには約18年かかるということだ。アーティストのキャリア形成にかかる時間もかなりこれに近いのでないか。基礎を学ぶには8年くらいかかるだろう。またアーティスト・デビュー後に地位が確立するまでに10年で最低3回の個展開催が必要だと考えられている。アーティストとして作品が売れるようになるということは、自分自身のブランドが確立することだ。修業時代を含めてそれには20年くらいはかかる。自分の職務経験に照らし合わせても、ディーラーとしての明確な作品の評価基準が確立するのに10年以上かかった。最初のうちは自分の好き嫌いでしか作品を判断できなかったのだ。

こうしてみるとビジネス書にかかれている企業社会での成功の秘訣はアーティストに対しても当てはまることがわかる。どちらも自分の生き方を信じ、地道に学び、活動を継続することに尽きるのだ。そして一番の大敵は自分のエゴで、常に感謝する気持ちを持っていなければ自分のファン層は広がらない。自由奔放に生きて自己実現しているようなアーティストのイメージは幻想で、ビジネス界で成功するような人でないとアート界でも成功できないのだ。

どのようなアーティスト支援が必要だろうか?「守」の時期では、教育機関の役割が大きいだろう。日本ではやや技術的なノウハウ教育に重点が置かれすぎているように感じている。欧米のように実際のマーケットで活躍しているアーティストによる指導が必要だろう。

商業ギャラリーに求められるのは、「破」以降の時期の支援だろう。昨今のマーケット状況では、ブランドが未確立のアーティストの作品販売は難しい。しかし、世の中に向かって斬新な視点を提供しようとしている人に対しては、できる限りのサポートを行いたい。2015年に、そのような人たちとの多くの出会いがあることを願っている。