2011年秋のオークション・プレビュー
アート写真市場のニューノーマルとは?

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欧州の債務危機が騒がれている。私も特に意識していたわけではないが、ギリシャ国債の1年物利回りが100%を超え、2年物が70%超えと聞いてさすがに驚いた。ちなみに日本国債の1年物は0.12%、2年物は0.14%くらい。ギリシャ国債の異常な高利回りは明らかにデフォルトを織り込み始めている感じだ。最近の日経の記事はそれにもかかわらず金価格が下落していると報道していた。原因は、欧州の銀行が資金繰りのために手前期日で金を売却しているからだという。銀行の資金繰りが逼迫していたリーマンショック前も同様の現象が起きていたらしい。
米国経済も厳しい状況が続いている。住宅市場は改善の見通しがたたず、雇用も失業率は高止まり、長期失業者が増加。それらの影響で消費見通しも悪化している。長期金利は、景気悪化懸念と中央銀行による低金利政策長期化の見通しから、10年債が2%割れまで低下している。株価は、経済見通しは悪いものの、金利低下によりレンジ内取引の乱高下が続いている。

さてこの厳しい市場環境下で、いよいよニューヨーク秋のアート写真オークション・シーズンが到来だ。そろそろ、オークション・ハウスからカタログが送付されてきた。
第一印象としては、厳しい経済状況のわりに各社ともにニュートラルからやや守りのスタンスかなと言う感じ。実はカタログを編集するのは入札の数ヶ月前になるので、相場環境の急変を反映させるのが難しいのだ。当然、夏場に起きたギリシャ情勢の変化とユーロ危機、米国の国債格下げなどは織り込んでいない。
全般的に、モノクロのクラシカルな作品が増えている。ファッションも同様でカラーのコンテンポラリー系はほとんどない。また、現代アート系もブランドが確立した作家の作品が厳選されている。カタログ編集も、作品価値を高めるために、イメージや、テーマの関連性を意識した配置が行われている印象だ。

今春に一番の売り上げだったクリスティーズが最も元気な感じだ。カタログ数は3冊から2冊に減少したものの、複数委託者のオークション出品数は、春の約419点から、約473点に増加している。注目作品は、アンセル・アダムスの珍しい5枚組の水墨画のような銀塩作品セット。予想落札価格は、20~30万ドル(@80、1600万円~2400万円)その他、ロバート・フランクの70年代にプリントされた複数作品、ユージン・スミスのコレクション約20点などだ。
ササビーズは今秋も複数委託者によるオークションのみの開催。出品数は、春の173点から微増の195点。目玉はこちらもアンセル・アダムス。代表作"Moonrise, Hernandez, New Mexico"の約76.5X101.6cmという巨大作品。このサイズの場合、サインが入らないことが多い。しかし本作は2回のサインされている超レア・アイテム。予想落札価格は、30~50万ドル(@80、2400万円~4000万円)
フィリップス(Phillips de Pury & Company)は、前回は好調だったが、今回は慎重な見通しの様子だ。出品数が261点から200点に減少している。現代アート系やコンテンポラリーのファッションが多いのだが、今回はクラシックな写真が目立つようになっている。不況で人気が落ちている分野を意識的に少なくしているのだろう。メインになるのは、リチャード・アヴェドンのダイランスファーによるビートルズ・ポートフォリオ。1968年1月号の雑誌LOOKマガジンの表紙になった有名作だ。予想落札価格は、35~45万ドル(@80、2800万円~3600万円)

リーマン・ショックのすぐ後に、経済界で「ニューノーマル」という表現が使われた。景気循環とは違い、危機後の経済はもはや前にはもどらない。まったく別物になるというもの。米国中心の自由化と規制緩和による市場主導型経済から、多極化した政府の役割が重要視される低成長経済へ移行するとのことだ。しかし、各国政府の財政支出により景気が盛り返し、一時期は以前のオールドノーマルに戻るかのような印象があった。しかしここにきてユーロの構造問題が顕在化して、やはりいまの状況は以前とは違うことが再認識された。
リーマン・ショック後のアート写真オークションは、上記のセンチメントが如実に反映された形で上下した。ここにきて低成長がしばらく続くことは多くの識者が認めるところ。今秋のオークションは、その本当のニュー・ノーマル時代の相場水準を探る重要なイベントになるだろう。