東京都写真美術館は、平成29年3月時点で約34,000点の作品・資料を収集しているという。本展は、2018年5月から行われている、同館コレクションを紹介する“TOPコレクション たのしむ、学ぶ”展の、第1部“イントゥ・ザ・ピクチャーズ”に続く、第2部の“夢のかけら”となる。今回の展示でも、日本人と外国人、有名と無名写真家、クラシック写真から現代写真、ゼラチン・シルバーのモノクロからカラーのダイトランスファー、大判から小さいサイズ、フォトグラムなどを含む多様な写真表現技法、ドキュメントから化学写真まで、多種多様な写真作品が、美術館が提示するテーマごとに組み合わされて展示されている。
ほとんどが、19~20世紀写真で現代アート系の写真の展示はない。ただし一部の日本人写真家の作品には現代アート的な大判サイズのものがある。
テーマは、“大人X子供+アソビ”、“なにかをみている”、“人と人をつなぐ”、“わからないことの楽しさ”、“ものがたる”、“時間を分割する/積み重ねる”、“シンプル・イズ・ビューティフル”、“時間の円環”など。そのなかに写真史上の名作がちりばめられている点も見どころになっている。
キュレーターの石田哲朗氏によると、この展示は同館の写真のスクールプログラムが発想の原点とのこと。子供に、“やわらか”、“のんびり”、“しずか”などの様々な感覚的なキーワード言葉を与えて、写真をグルーピングすることからヒントを得たとのこと。
オークションで高額に取引されている写真史上の巨匠の作品と、評価が定まっていない若手・現存写真家の作品が、多種多様なテーマごとに分類され同じ空間に展示されている。
たぶん欧米の美術館ならば、キュレーターがファイン・アート史上の新たな視点から作品を分類して展示されるだろう。本展では、被写体の種類/行為/関係性。見る側の感覚、印象、抽象的概念などで作品がグルーピングされている。いま欧米で主流の現代アートのテーマ性を重視する視点だけにとらわれず、写真による表現作品を自由に、より幅広く、かつ多様に紹介している。日本には多種多様な写真の評価軸が並存している。普段、それらは個別に独自の世界を形作っている。それぞれの価値観を取り去ってしまい、美術館空間に並列に放り込んで、全く別のキーワードで意味づけしての展示。まさに日本の写真界の現状の提示をテーマとした展覧会だと理解したい。全体の作品展示がシュールに感じるのは、戦後の日本文化が海外文化を取り込み極端に複雑化し、その結果として生まれた歴史にとらわれない自由な土壌が反映されているとも解釈できるだろう。
観客のほとんどの人は、正当なアートや写真の歴史を学ぶ機会は持たないだろう。そのような人が主要な観客であるならば、アートの歴史と関係づけられた専門的な視点でのキュレーションよりも、今回のような展示の方によりリアリティーを感じるのではないだろうか。上から目線が多い美術館展の中で、極めて観客視線の民主的な展覧会だと思う。
本展の第1部“イントゥ・ザ・ピクチャーズ”のメイン・ヴィジュアルに、ロベルト・ドアノーの“ピカソのパン,1952”が使用されていた。なんと同館のカフェ メゾン・イチでは、同作内のピカソの前に置かれたパンをイメージして焼き立てパンを手作りして販売していた。まさに全体の展示方針に符合したシュールな演出だったといえるだろう。個人的には、美術館は現在の日本の現状認識の提示を超えて、将来的にはその状況の理論化を行ってほしいと希望する。
前記のように、本展ではすべての写真が並列に並べられる中に意識的に名作が何気なくちりばめられている。それらは以下の作品だろう。
キャプション番号
27.ジョセフ・クーデルカ“Rumania, 1968”、
83.ギャリー・ウィノグランド“Albuquerque, new Mexico, 1958”、
91.ダイアン・アーバス“A Widow in Her Bedroom, NYC, 1963”、
51.ロベ-ル・ドアノー“Kiss by the Hotel de Ville, 1950”(パリ市庁舎前のキス)、
52.ジュリア・マーガレット・キャメロン“The Kiss of Peace, 1908”、
123.ハロルド・ユージン・エジャートン“Milk Drop Coronet, 1957”
また、W.ユージン・スミスの“カントリー・ドクター”シリーズからの11点、瑛九の“フォトデッサン”シリーズの一連のフォトグラム作品なども一見の価値がある。
個人的には岩宮武二の“かたち”シリーズは、人の手により作られたか「ゆらぎ」のある構造物を撮影している点が興味深かった。
これら名作展示は特に特別扱いされていない、うっかりと見逃さないようにしてほしい。
さて、名作展示は本展ではどのような意味を持つのだろうか?名作とは、オークションなどのセカンダリー市場で高く資産価値が評価されている作品でもある。しかし本展タイトルが“たのしむ、まなぶ”が表すように、市場価値の高さは写真の価値基準の一部であってそれがすべてではないということだろう。最近の欧米市場で進行している、ブランド優先傾向への疑問符とも解釈できる。
いま特に20世紀写真では、名作に人気が集中してマネーゲーム化の兆候が見られる。有名写真家でも絵柄によっては人気が極端に二分化しているのだ。
また、アートで稼ぐ政府構想である“リーディング・ミュージアム”構造に対して。全国美術館会議が反対の姿勢を鮮明にしたという、朝日新聞の記事(2018年8月3日付)も思い起こさせた。
このような展示はキュレーションする側の個性がかなり明確に表れるだろう。たぶんすでに検討しているだろうが、今後は、美術館員だけではなく、複数の写真家や各分野のアーティストがそれぞれのキーワードを選んで、TOPコレクションから写真作品を選ばせたら興味深い展示になるのではないだろうか。キュレーションした人の世界観が反映された展示になれば、それはコレクションを利用した新たなアート表現にもなるだろう。ただし、美術館による全体のキュレーション、つまり選出者選びは非常に重要になる。複数の価値基準が併存する日本の写真界の現状をできるだけニュートラルに提示することに重点を置くべきでだと考える。知名度や人気度だけで人選しないようにしてほしい。
“TOPコレクション たのしむ、まなぶ 夢のかけら”
東京都写真美術館
開催情報
8月11日(土祝)~11月4日(日)
10:00~18:00、木金は20:00まで
ただし、8/30, 8/31は21:00まで
入館は閉館30分前まで
休館日 毎週月曜日
入場料 一般500円、学生400円、中高生・65歳以上250円
http://topmuseum.jp/