大手オークションハウスが演出?ブランド化するアート写真

アート写真オークションでの作品評価はどのように決まるのだろうか?もちろん過去のオークションでの取引実績などが参考になる。実は作品の人気度が非常に重要な要素となる。同じ作家でも絵柄によって人気度が極端に異なることもある。ロバート・メイプルソープの場合、花は高額で取引されることが多いが、メールヌードは概して低評価なのだ。
ギャラリーの店頭では絵柄による値段の違いはないが、セカンダリー市場のオークションでは人気度により非常に大きな違いがでてくる。高人気は値段が高いとほぼ同じ意味。低人気の低価格作品の場合、大手オークションハウスは取り扱いに積極的でない。

オークションに出品される作家の顔ぶれをフォローしていると、特に最近は何十人かの特定の人気写真家の出品が半ばレギュラー化しているような気がする。ここ10年くらいは判断基準が写真史だけでなく、話題が多く知名度が高い人がレギュラー化している。自殺したダイアン・アーバス、エイズで亡くなったロバート・メイプルソープ、ハーブ・リッツ。それに最近再評価されている、これも自殺したフランチェスカ・ウッドマンを加えようとしている気配も感じる。
その他には、社交界のセレブでもあるピーター・ベアード、美術館で本格的回顧展が開催され過去の写真集が次々と復刻されているロバート・フランク、ウィリアム・エグルストン、アンリ・カルチェ=ブレッソンなどだ。リチャード・アベドン、アーヴィング・ペン、ヘルムート・ニュートンなどのファッション系の重鎮も完全にレギュラー化している。
もちろん上記のように、これらの人気作家の人気絵柄が高額で取引されているのだ。

最近はオークションで高額をつけるような珠玉のヴィンテージ・プリントの流通量が減っている。つまり美術館や有名コレクションに入った貴重な作品は2度と市場には出てこない。それでは500万円を超える高額セクターのセカンダリー市場はどんどん縮小してしまう。関係者が指摘しているのは、大手オークションハウスは、イメージがわかりやすく、流通量がある程度ある戦後作家からスターを作りあげ、新しいコレクターにアピールすることを画策しているのではないかということ。それが最近の市場における一部作家の人気に反映されているという見立て。売れ筋とその周辺をどんどん押していき実績を作り、相場を上昇させていく作戦だ。
実際、歴史的的価値が高いと思われる19世紀から20世前半の写真よりも、戦後のファッション写真のほうが遥かに高価であることはいまや珍しくない。
現代美術市場がアート写真市場に影響を与えていることから、アイデア、コンセプト面で上記の写真家を再評価して市場価値を正当化しようという流れも同時に起きている。どちらの意図が強いかは明確ではないが、たぶん市場サイド、学術サイドからともに起きている現象なのだと思う。私はこの重層的な戦略こそが欧米のアート写真市場がダイナミックに発展してきた理由だと思っている。

以上の動きのなかで、いまオークションハウスのなかで、クリスティーズ、ササビーズ、フイリップスの大手3社を頂点としての序列化が起きている。当然のことなのだが、プライマリー市場のギャラリーにも明確なブランド化の波が訪れつつある。
有力写真家が、現代アートのブランド・ギャラリーで取り扱われる傾向さえみられるようになった。かつてのアート写真市場は、その他のアート分野とくらべて誰でも参加できる民主的なところだった。90年代のオークションは価格も安く牧歌的な感じでさえあった。初期の写真ギャラリーはフレンドリーな雰囲気で敷居も非常に低かった。ビジネスよりも本当に写真好きがギャラリーを経営している感じだった。
その後、相場が一貫して上昇してきたことでその他のアート市場と同様になってきたのだ。最近の有力フォト・フェアなどはお金の匂いがムンムンする。私の概算だと、オークション規模から2012年の米国アート写真市場規模はだいたい百十億円くらいになっていると思われる(現代アート分野の写真は含まない)。
相場が上昇し市場規模が拡大したことは喜ばしいことなのだが、個人的にはやや複雑な心境だ。その間の日本は正に失われた20年と重なる。完全に欧米から取り残されてしまった。日本市場の低迷は決して経済的な理由だけではない。写真がアート作品として認知されず、作家、コレクターが育ってこなかったことにつきると思う。

大手オークションハウスは、高人気、優良来歴、優良状態のいわゆる高級品中心の取り扱いに特化する傾向だ。それら条件が揃わない低額評価作品の売買は、中堅オークションハウスを利用するしかない。ちなみに、GORDON’S Blouin Art Sales Indexによると2011年にアート写真が出品されたオークションは世界中で約416回も開催されている。
以下にそれらのなかで比較的アート写真に力を入れている中堅業者と最近の実績をわかる範囲で抜粋してみた。ほとんどが500万円以下の中間価格帯から100万円以下の低価格帯の作品の取り扱いになっている。これらのオークションの落札率は大手と比べてかなり低くなっている。欧州でのオークションは長引く経済低迷が影響しているのだろう。
また、彼らは大手とは違い特に厳密な作家と作品のエディティングを行わない。委託希望作品は、重複作や悪い状態の作品以外をほとんど受け入れているからでもあると思われる。個人的にはアート写真市場の実態がより正確に反映されているとみている。

  •  Swan Auction galleries,  New York, U.S.A. 2013年4月18日
    Fine photographs & Photobooks Auction
    総売り上げ1,191,594ドル  落札率 66.11%
  • Bonhams,  New York, U.S.A.  2013年5月7日
    Photographs Auction
    総売り上げ674,750ドル 落札率 63.7%
  • Bloomsbury Auction, London, UK  2013年5月17日
    Photographs and photo books
    落札率 57.1%
  • Kunsthaus Lempertz,  Cologne, GERMANY   2013年5月24日
    Photography and Contemporary Art
    総売り上げ471,590ユーロ 落札率 63%
  • Villa Grisebach Berlin, GERMANY  2013年5月29日
    Photographie Auction
    総売り上げ553,636ユーロ 落札率 68.9%
  • WestLicht Photographica Auctions  Vienna, AUSTRIA
    2013年5月24日  8th WestLicht Photo Auction
    落札率 76%

現代のお伊勢参り?「アートな旅」のブーム到来

いま「アートな旅」がちょっとしたブームになっているようだ。今年5月の日本経済新聞には「アート町に咲く」という、町を活性化させる手段としてのアートの有効性を考察する連載記事が掲載されていた。数年前には、「観光アート」(山口裕美著、光文社新書2010年刊)という日本全国のアート観光ガイドも刊行されている。

日本人は美術鑑賞も旅行がともに大好きな国民だ。「アートな旅」はその二つがうまく合致しているからブームになったと考えられるだろう。
これには歴史的な背景がないとは言えない。「アートな旅」は一生のうちに一度は訪れたい、といわれたお伊勢参りの現代版と言えないこともないだろう。伊勢神宮以外でも、日本では古来から神社仏閣は神聖な場所と考えられている。そのことを現代ではパワースポットというような呼び方をする。実はファイン・アートも神聖なものであると考えられている。
現代社会では全ての人間は単なる労働者で代替可能な存在だ。しかしアーティストは自らの創造性と努力の結果、世界でオンリーワンの作品を作り出す唯一無二の存在なのだ。アートは実用性から離れ、アーティストの創造性や論理性のみを愛でるもの。その面から現代社会ではアートは特別な存在で宗教的な要素を持つとも言われているのだ。多くの人々が(特に欧米では)アートやアーティストに対して高い尊敬の念を持っている。神を祀った神社仏閣や教会と、アート作品を展示するホワイトキューブの美術館とは共通する空気感があるのはこの神聖さによる。

美術館・博物館は日本全国に約1200施設あるそうだ。しかし全てが「アートな旅」の対象になっているわけではない。日本人は美術鑑賞好きだが、実は美術館を頻繁に訪れているのではない。多くの人が行くのはメディア主催で広告宣伝が盛んにおこなわれる大規模展覧会なのだ。
それらのイベントが開催されない美術館の集客は、展示作品のコンテンツの質と企画力が非常に重要になる。いくら外見が良くても優れた作品がなければ単なる箱でしかない。
最近話題の、金沢21世紀美術館、直島の地中美術館。これらはともに優れた常設展示の作品が有名建築家の設計した建物に展示されている。 それゆえ「アートな旅」の聖地になっているのだろう。
優れた企画展の開催も「アートな旅」を演出できる。例えば6月下旬まで開催されている、横須賀美術館の「街の記憶」展。一流作品が展示されている会場から私は神聖な空気を感じた。優れたアート展示なら、それを鑑賞するために旅する価値があると思う。

最近は全国で様々なアートプロジェクトが開催されている。これらも「アートな旅」の対象地になっている。2010年に開催された「瀬戸内国際芸術祭」は105日の会期中に93万人の来場者を集めたと上記の日本経済新聞の記事に紹介されていた。実際的には、多くの人はこれらのアート鑑賞は大規模展覧会や名所旧跡周りと同じようにとらえているのではないだろうか。
地方の芸術祭は何かに似ていると感じた。現在人気が高まっているNHK朝の連続ドラマ「あまちゃん」だ。これでは海女による東北の過疎地の活性化がテーマになっている。モデルの漁村は非常に行き難い場所という設定。芸術祭の会場は行き難い場所に分散してある場合が多い。ドラマの登場人物による、苦労してわざわざ行くからありがたみや感動が生まれる、という分析は芸術祭にも当てはまると思う。ローカル線、ウニ、海女さんを、芸術祭、アーティスト、アート作品に置き換えると似たような構図になる。アートは食べられないのでかわりに地元のグルメをアピールすればよい。旅、アート、グルメという3つの娯楽が揃うことになる。
そしてマーケティング的にもアートがブレンドされることにより、他の町興しイベントよりも多少は神聖な感じがして差別化が可能になるという仕組みだ。

最近は写真でも多くのイベントが地方都市中心に開催されている。日本では写真は撮影するものでアートとは考えられていない。欧米と比べてアート写真のオーディエンスも少ない。どうしてもアマチュア中心の町興しイベントになってしまう。日本には膨大な数のアマチュア写真家がいる。彼らを集めての街を活性化プロジェクトはメーカーや地方都市にとってメリットがあるだろう。
しかし、アマチュア写真は自分の為に撮られたものなので、アート性や神聖さが決定的にないのだ。 写真愛好家同志が親交を深めるために集うのにはよいだろうが、優れたアート写真を求める人には行く意味が見つからない。その点では今年春に開催された「京都グラフィー」は優れたコンテンツが魅力的な会場で展示されていた。写真での「アートな旅」を成功させた類まれなイベントだったと思う。アート志向を持った企業やアーティストが中心に行われるイベントは日本の写真界では非常に珍しい。

いま流行りの「アートな旅」現象。どうも世間一般でアートへの理解が進んだから起きているのではないようだ。メディア主催の大規模美術展に旬のイベントとして訪れるアートファンの一部が流れているのだろう。アートが地方への集客と町興しのためのマーケティングの道具になっている感が否めない。
しかしアーティストにとっては、どのようなかたちでも作品が展示されるのは自身のブランディングにとってメリットはあると思う。写真も同じで、コレクター不在の日本ではアマチュア写真家に認知、支持されることは重要だ。もし機会があるのならば、アーティストは状況判断を正しくした上で確信犯でこれらのイベントを利用すればよいだろう。

写真オークション・レビュー(ロンドン)少ないサプライズ、平均的な落札結果

5月のニューヨーク・アートシーンではとんでもないことが起きている。5月15日にクリスティーズで開催された、 「Postwar and contemporary」のイーブニングセールでなんと、4億9502万ドル(約495億円)もの売り上げを記録した。 これはアートオークションの歴史上最高売り上げ記録になる。ロットでの落札率は94%とほぼ完売状態。本セールでは12作家のオークション落札記録が樹立されている。その極めつきはジャクソン・ポロックの“Number 19, 1948”。落札予想価格上限の3500万ドル(約35億円)を遥かに超える約5836万ドル(約58億円)で落札。もちろん本セールでの最高額。
最近相場が急上昇しているジャン・ミッシェル・バスキア。彼の“Dustheads,1982”も落札予想価格上限3500万ドル(約35億円)を遥かに超える約4884万ドル(約48.8億円)で落札されている。

歌手の故アンディー・ウィリアムスと慈善家セレステ&アーマンド・バートスという、二つの優れたコレクションからの最高の来歴を持つ作品が出品されたことがコレクターに大きくアピールしたらしい。外国資本やヘッジファンドによる購入が見られたとのことだ。相次ぐ高額落札と記録的売り上げに、”アートの新しい時代の到来”や、”過剰流動性によるバブル”という報道が乱れ飛んでいた。
東証一部上場企業で年間売上が500億円前後の会社は数多くある。一回のアート・オークションでそれに匹敵する落札額を記録するのは驚異といえるだろう。お金が市場にだぶついていて、希少性と資産価値のある投資先を求めているのは間違いないだろう。
歴史的に評価の定まった有名アーティストの、優れた来歴を持つ美術館級の貴重作品はその可能性があると考える人が少なからず存在するようだ。

さてそれでは5月にロンドンで開催されたアート写真オークションはどうだったのだろうか?
複数枚作品が制作可能であることからアートの中では低価格帯と考えられているアート写真。ロンドンでは特にこの分野で大きなサプライズはなかったようだ。上記のトップエンドのアート市場の活況とは裏腹に、絵にかいたような普通の結果だった。

5月8日にフリップス・ロンドンで開催された複数委託者によるアート写真オークションはほぼ予想通りの結果だった。出品数は123点、落札率は約70%、総売上高は落札予想価格のほぼ中間値の合計の1,291,750ポンド(約2億円)。ただし、高額な作品の落札がやや弱かった。最高売り上げは、荒木経惟の77点の一括販売。落札予想価格の範囲内の110,500ポンド(約1712万円)で落札された。
続くのはアービング・ペンのダイトランスファー・プリント”Bee on Lips, New York,September 22, 1995″。落札予想価格上限を超える98,500ポンド(約1526万円)で落札されている。
ロバート・メイプルソープの”Self Portrait, 1980″も落札予想価格を超える86,500ポンド(約1340万円)で落札された。

5月15日にクリスティーズ・ロンドンでは複数委託者による108点のオークションが開催された。落札率はほぼ70%。売り上げはほぼ落札予想価格の範囲内の結果となる1,485,375ポンド(約2.3憶円)だった。
最高落札は今回15点も出品されたピーター・ベアートの中の約100X150cmサイズの大作”Tsavo National Park, founded April Fool’s Day, 1948, 1968″。落札予想価格上限60,000ポンドを大きく上回る103,875ポンド(約1610万円)で落札された。
個人的にはファッション写真の巨匠ホルストによるカラーの約50X60cmサイズの花の作品、”Narcissus, O.B., N.Y., 1992″が落札予想価格上限8,000ポンドを大きく上回る27,500ポンド(約426万円)で落札されたのが驚きだった。

ササビーズ・パリでは5月29日にアート写真221点のオークションが開催される。ヘルムート・ニュートンの巨大作品などの出品が注目されている。
なお、ニューヨークで開催された主要ハウスの現代アートオークションでは写真で表現しているアンドレアス・グルスキー、シンディー・シャーマンなどが出品されている。それらの結果については機会をあらためて紹介したい。
(1ポンドは155円で換算)

2012年のアート写真市場をレビューする

あけましておめでとうございます。皆様にとって2013年が素晴らしい年になりますようにこころよりお祈り申しあげます。

ササビーズ・ジャパンの石坂泰章社長は直近の同社ニュースレターで2012年のアート市場を振り返り、「グローバルな分野でも、質と値ごろ感に対する選別はより厳しくなっていて、人気化する作品と、そうでない作品の差がはっきりしてきた年でもあった。」と分析している。これはまさにアート写真市場にも当てはまると思う。
それを象徴していたのが12月にニューヨークで開催された二つの写真オークションだ。

12月12日、13日にササビーズで行われた、「A Show Of Hands」。これはヘンリー・ブール(Henry Buhl)の写真作品コレクション437点の一括セール。2004年に、グッゲンハイム美術館をはじめ全米9館および、欧州、アジアを巡回した質の高いコレクションだ。人間の手がモチーフの写真作品を集めたもので、19世紀の写真黎明期から現代までの写真史も網羅している。
コレクターにはまさに最高の来歴を持った高品質の作品が入手できるオークションだったことから、なんと1231万ドル(@85、約10億4700万円)もの売り上げを記録した。ちなみに恒例の秋のオークションのササビーズの売り上げは448万ドルに過ぎない。落札率は約65%と普通だったものの、レアな作品は落札予想価格上限を2倍以上超える高額落札が続出。マン・レイ、エドワード・ウェストンなど予想価格の3倍以上がついたものがなんと8ロットもあった。
また久しぶりに100万ドル超えの作品が登場。ハーバート・べイヤーとラースロー・モホリ=ナジの2作品がともに148万ドル(@85、1億2600万円)をつけた。

一方で12月11日にスワン・ギャラリーで行われた「Fine Photographs & Photobooks」オークションは低調な結果だった。フォトブックを含むトータル417の入札だったが、 普通レベルの作品が中心だったことから落札率は約55%程度とかなり厳しい結果だった。予想落札価格の下限以下での落札も多かった。写真作品よりは流通量が多いフォトブックの不調が目立っていた。ロット数が多く、また低いリザーブ価格が散見されたことは、中間層の写真コレクターによる売却が増えてきたからと予想できる。

米国の「財政の崖」問題はとりあえず解決がみられた。コレクターのアートへのパッションは増税により影響を受ける。現代美術分野では主要顧客である富裕層への増税議論が注目されていたが、アート写真では中間層への影響の方が重要だ。新聞報道によると給与税の減税措置の失効で年間所得5万ドルの中間層世帯では1000ドルの負担増になるという。消費の収縮を連想させるアート写真市場には悪いニュースだ。株価の上昇がそれらのネガティブなセンチメントを打ち消すことを期待したい。
以前の市場見通しで、2013年春のオークションでは特に高額商品の落札予想価格が見直されるだろうと記した。最近の動きをみるに、もしかしたら1万ドル以下(約90万円)の低価格帯作品についても多少下方修正されるかもしれないと感じている。リーマン・ショック前の相場高騰が一種のバブルだったとすれば、昨年の低価格帯の落札予想価格もバブル以前の相場と比べてまだ多少の割高感があるのだ。
海外の良品を物色している日本人コレクターにとっては、春のオークションは買い場探しになるのではないかと考えている。年末年初の急激な円安には驚かさせたが、2004年ころは1ドル100円を超える為替相場だった。実はいまでもまだ十分に円高レベルなのだ。しかし為替の中期トレンドが変わったことは非常に重要だ。アート写真自体の相場が底に近いとするならば、ある程度のレベルで買うと決めて市場と接することが求められる。コレクションで良いものを底値で買うのは本当に難しいのだ。

国際的なフォト・フェアに急成長 東京フォト2012・レビュー

今年の東京フォトは予想外に高いクオリティーの国際的なフォトフェアーだった。昨年とは全くの別物といっても過言でないと思う。海外ギャラリーが参加約30のうち14を占めていたのが大きな特徴。同じアジアのフォトフェアと比較しても、地元業者の参加がほとんどでローカル色が強い韓国のソウルフォトとは対照的だった。

今回は、国際市場で取引されているセカンダリー、プライマリー作品の販売を本業とするギャラリー、ディーラーの参加が中心だった。欧米の業者は以下のような優れた作品を多数出品していた。
スティーブン・ショアー、マーティン・パー、トッド・ハイド、E. J. ベロック、ギイ・ブルダン、ハーブ・リッツ、レニー・リーフェンシュタール、イネス・ヴァン・ラムスウィールド&ヴィノード・ マタディン、サラ・ムーン、ソール・ライター、リゼット・モデル、マイケル・ケンナ、ライアン・マッギンレイ、アウグスト・サンダー、スティーブ・シャピーロ、パオロ・ロベルシ、ウィーリー・ロニス、ベルナール・フォーコン、エドガー・マーティンス、マーティン・ショーラーなどだ。

国内ギャラリーも、市場性はともかく日本写真史で知られる作家の展示が中心だった。 昨年までは、企業系、イベント業者系ギャラリーや広告写真家の作品を展示するプロジェクトなどによるブースも見られた。コンテンツがやや弱い作品も散見された。今回は国内写真家による現代アート風作品の展示が少なかったことも良印象だった。長引く不況の中、コレクターは資産価値がある作品しか購入しなくなっている。ディーラーも売れない作品の展示を多数行う余裕もない。今フェアでも世界的なクオリティー追求の傾向が明らかになったと思う。

セミナーとして海外のコレクター、ディーラーのトークイベントも多数開催された。残念ながら接客に忙しく全部の人の話しは聞けなかった。コレクターでアート・フォト・サイトで写真集を紹介したビル・ハント氏の話には興味があったのだが・・・。
ニューヨークの有力ギャリスト、ジャームス・ダンジンガーとベルリンのカメラ・ワークのギャラリストのウテ・ハーティエンの「ヨーロッパとアメリカの写真市場展望」はとても参考になった。参加者はアート写真作家を目指す人にとってアートギャラリーが何を考えているかが理解できたのではないだろうか。かれらは写真史を念頭に置いてオリジナルな表現を探しているのだ。ただし、彼らは業界の世界的プロファッショナル。観客がアートの色々な考え方や写真史を理解していることを前提に話していた。日本ではそれらの知識を知らない人が多い。やや専門家向けの内容だったかもしれない。

参加者の売り上げにはかなりばらつきがあったようだ。海外ギャラリーは欧州系は売れていたものの、米国系は低調だった印象だ。全体的には資産価値が認知されている作品が売れていた。コレクター以外にも、美術館による購入や業者間の購入も散見された。Jpadsは広告宣伝を主目的に参加したのだが、予想外に多くの作品が売れた。全くの偶然なのだが、Jpadsが考えたセカンダリー中心の出品がフェアの方向とかなり重なった。上記のようにリーズナブルに値付けされていた有名写真家の作品の人気が高かった。また新規カスタマーとの出会いがあったことは予想外の嬉しい成果だった。

ブースに来てくれた人からはできるだけフェアの意見、感想を聞くように努力した。日本には全く存在しないアート写真の販売の場があることを実体験できたというアマチュア写真家の声が多数聞かれた。また広告、ファッション系の写真家には写真をアート作品として売る行為の意味が実感できるフェアだったと思う。実力差に愕然としたという素直な意見も聞かれた。作家を目指す中堅写真家にとって、自作がでていないフェアに来るのはつらいと思う。しかし、そこでの様々な実体験は必ずや自作のレベルアップにつながると思う。全ては正しい現状認識から始まるのだ。

今後は、日本人のプライマリー写真家中心の各種フェアと、国際的なセカンダリー作品中心の取り扱いを行う東京フォトとの棲み分けが起こってくる可能性が高いと感じた。前者は例えば東京フロント・ラインなどだ。Jpads主催のクリスマス・フォト・フェアもプライマリー作家中心の展示を考えている。 21世紀になり現代アート系写真の登場とともに、様々な写真が混在してカオス化していた国内マーケット。やっとフェア主導の展示作品の整理整頓が行われる兆しが感じられる。マーケットが最初にあってギャラリーがその流れに続くのでも良いと思う。

日本は世界第3位の経済大国。市場の可能性を信じてアート・フェアに参加する海外業者は後を絶たない。しかし春のアートフェア東京などの場合、期待に反して市場が薄いことに失望して1年で参加を止める業者が多いと聞く。円高とはいえフォト・フェアのブース代は欧米の主要フェアより比較的安い。彼らにはアジアでの広告宣伝と割り切って参加を継続してもらいたい。
今回の東京フォトは主催者がずっと描いていた国際的なフォトフェアのイメージにかなり近かったと思う。主催者の地道な努力の継続と実行力に敬意を表したい。また今回のフェアの内容充実が偶然だったと言われないように、実行委員会の更なる営業活動にも期待したい。

ムンクの「叫び」が96億円、
バスキアが16億円!
アート市場二極化の先にあるのは

海外のアートオークションでは高額の取引が話題になっている。その極めつきがムンクの「叫び」。今年5月ササビーズ・ニューヨークで著名投資家レオン・ブラック氏が手数料込みで約1億1992万ドル(約96億)で落札した。これはオークションでのアート作品最高額だという。
直近6月に開催されたクリスティーズ・ロンドンの「戦後・コンテンポラリー」オークションではジャン=ミシェル・バスキアの"Untitled,1981”が約1292万ポンド(約16億円)の作家レコード価格で落札されている。
現代アート系のオークションは通常、比較的低価格作品を昼間のオークションで、貴重作品を夜のオークションで売買する。関係者が最近指摘するのは、全体の売り上げはリーマンショック後の低迷から回復しつつあるが昼の部の売り上げが伸びないこと。つまり、貴重な作品には強い需要があるものの、そうでもない作品への需要が伸びない市場の二極化現象だ。真の富裕層には金融危機や不況の影響は少ないが、市場のミドル価格帯のプレーヤーだった中間層はまだダメージから立ち直ってないということだろう。

実はアート写真市場にも同様の傾向が垣間見える。高くても希少なものは売れるが、中間から安い価格帯の動きが鈍い。トップクラス作品の品揃えを誇るのは大手オークション・ハウス3社のクリスティーズ、ササビーズ、フィリップス(Phillips de Pury & Company)。大手は、コレクターが売りたい作品をすべて受け付けてくれるわけではない。どの作家の、どんな作品を出品するかは綿密なエディティングが行われる。ある程度のレベルの作品でないといくらコレクターが売りたくても取り扱ってくれない。その結果が反映されて、彼らの業績は決して悪くないのだ。

オークションの売り上げは、リーマン・ショック直後の2008年秋に売上ピークの約8250万ドルを記録し、その後2009年春に激減。2010年春以降は1600万ドルから1900万ドルの範囲内の動きが続いており、今春の売り上げ合計もほぼそのレンジ内の約1676万ドル(@80、約13.4憶円)だった。
内訳は、ササビースの売り上げは昨年秋の約475万ドルから、約378万ドル(約3.02億円)に約20%減少。ロット当たりの落札率も約71.5%から69%に悪化。
フィリップスの売り上げは昨秋の約692万ドルよりやや減少して約610万ドル(約4.88億円)、落札率はほぼ前回並みの82%。
クリスティーズは売り上げは約688万ドル(約5.5億円)で今春の売り上げトップとなった。落札率は83%だった。
今回は特にササビーズの品揃えに目新しいものがないという意見が多かった。普通作品が多い場合、売り上げ、落札率ともに低下する傾向がよくわかる。
大手が取り扱ってくれない中級から低価格作品を中心に取り扱うのが、中堅のオークションハウス。そこでは、レアブックも取引される。彼らがカヴァーする市場はずっと低調なのだ。この分野を代表するのがスワン・ギャラリー。今春の売り上げは約120万ドル(約約9600万円)、落札率は大手よりも低い約70%だった。また5月にロンドンで開催されたブルームズベリーの写真オークションも落札率は約52%と不調だった。

日本ではにわかに信じられないかもしれないが、単純平均したオークションの1点の落札価格は、いまや大手のクリスティーズで約25,000ドル(約200万円)、フィリップスで31,000ドル(約248万円)もする。他市場に比べて歴史が浅いがゆえに歴史的に価値ある作品が比較的リーズナブルに買えたのがアート写真マーケットだった。しかし、名品は不況でも値が下がらない状況になってしまった。これでは市場は高い写真と安いインテリア写真だけに二極化してしまうのだろうか?
いや、市場では新たな名品物色の動きが秘かに進行していると思う。私は、長年にわたりきちんと作家活動(個展開催、フォトブック出版)を行っているが、オークション出品がまだ少ない50~60歳代中盤くらいの人たちが狙い目だと考えている。彼らのうちから10年後の市場の注目作家がでてくるのではないか。ギャラリーではそれらの作家をお客様にすすめている。

癒しよりもサバイバルの時代 不況下で期待される本物の登場?

リーマンショック、東日本大震災、欧州財務危機などが続きアートを取り巻く状況がどんどん厳しくなっている。株価指数のトピックスは、一時バブル後最安値を更新し、昭和58年12月以来の低水準をつけている。それだけではない。全体の売上が縮小している上に、ごく一部の人たちに人気が集中し、その他大多数の人たちの売り上げは下落しているのだ。
パレートの法則とよばれるものがある。結果の大部分は、構成要素の一部が生み出しているという説。80対20の法則などと呼ばれ、ビジネス書には関係した引用が数多くあるので聞いたことのある人も多いと思う。この比率は相対的なもので、マネーやビジネスの世界になるとこれが90対10になるともいわれている。10%が儲け、90%が損をする感じだろう。
不況になるとこの傾向が強まる印象がある。アート写真の市場も例外でない。同じような厳しい変化が起きている。

このような状況下でアート写真作品制作に取り組んできた人たちの態度が微妙に変化している。すぐにお金を生まないアート作品作りの機運が急激に萎んでいる印象だ。ギャラリーに来て、意見交換や情報収集を行う余裕すらなくなっている人も増えている。
特に日本の伝統美を意識したと説明される、癒し系、禅的な写真の勢いがなくなっている。また感覚重視で撮影された写真は、はかなさとセットで語られることが多く、同じように禅や癒し的なコンセプトがあると説明されてきた。これはとても便利な言葉で、そう説明されれば否定しようがなかった。しかし、一時期流行したこれら癒し系は、経済成長のアンチテーゼとして存在してきたのだ。特に制作者が禅などの精神性を追求していたから出てきたものではなかった。どちらかというと、海外のシンプルを追求したZENインテリアなどの影響が強かったのだろう。広告写真に取り組んでいた人はその延長上に作りやすかったこともあると思う。自然、風景、抽象などをモチーフに、プラチナ、デジタル、銀塩で制作された写真類は、ギャラリーだけでなく、インテリア・ショップ、デパートでも販売されていた。実際、一時期売り上げもかなりあったと聞いている。しかし、それらはシンプル、ミニマム、禅などの表層を取り入れた一種のファッションだった。つまり、経済成長とセットで存在し、一生懸命仕事してその疲れを癒しまた仕事に立ち向かうためのものだった。
いまその前提が崩れてしまった。誰も安定的な経済成長の未来図が描けなくなった。いま多くの人にとって癒しどころでなく、生き残りが求められるようになってきたのだ。作品制作者も、コレクターにも経済的、精神的余裕がなくなり、広い意味での癒し系写真は勢いを失っていった。
だいたい、この手の写真が写真賞を獲得し、美術館で展示がされるようになるとブームが終焉するものだ。90年代のガールズ・フォトブームもそのように終わった。

皮肉なことに厳しい経済状況が制作者の真の作家志向を見分ける踏み絵になっている。この環境で、普段はなかなか読むことができない彼らの本心が見えてくる。嬉しいことに、一部に日本の伝統的美意識の本質をとらえた作品作りを行っている写真家たちの存在も見えてきた気がする。彼らは、最終的な作品ではなく制作する行為自体を重要視するのが特徴。それはまさに瞑想と同様な行為であるとともに、過去未来に囚われることなくいまこの瞬間に生きる禅の実践なのだ。例えば、はかなく思うという意味の「侘び」は、未完の美を愛でる考え。その本質はネガティブをポジティブにとらえる意識、つまり人間は死ぬから逆に現在を一生懸命に生きるような姿勢を意味する。彼らのアーティスト活動にはこの精神性が強く感じられる。それゆえこの厳しい経済状況の中、膨大な労力と資金をつぎ込んで作品制作が続けられるのだろう。

文明開化以来ずっと一環していきた経済成長優先の考え方がいま壁に当たっている。その背景にあるキリスト教的な理念の限界も意識され始めている。いま自然とともに生きるという日本の伝統文化や美意識を見直そうという動きが世界的に起きている。一部日本人アーティストの中にはその精神性が受け継がれているのではないかと期待している。実は、現在このような写真家を集めて、「侘び」をテーマにしたグループ展の今秋開催を考えている。個人的には、写真展開催で彼らの作品制作の本質を見極めたいという意図もある。実際に仕事をしてみないとなかなか本音はわからないのだ。ぜひ年末にかけての写真展をご期待ください!

2012年春のアート写真市場 ニューヨーク・オークション速報

景気の先行指標である株価。ここ数カ月に渡り、NYダウは13,000ドルを挟んで上値と下値が限られたレンジ内取引が続いている。景気回復の経済指標が続くとレンジ上限に向かうが、雇用や小売売上の改善が遅れているニュースでレンジ下限に向かう。そうなると今度は金融緩和期待が浮上し株価の下値を支える。もう一つの不安定要因は欧州情勢。短期的に状況が改善しないのは市場のコンセンサスで、スペインなどの先行き不安なニュースが出ると株価はレンジ下限に向かう。

さてニューヨーク春のアート写真オークションは4月第1週目に行われた。株価は13,000ドル超えのレンジ上限あたりの取引が続いており、市場のセンチメントは悪くはなかったと思う。主要3ハウスの売り上げは、ササビーズ約378万ドル(約3.8億円)、落札率約69%、クリスティーズ約688万ドル(約5.5億円)、落札率約82%、フィリップス(Phillips de Pury & Company)約610万ドル(約4.88億円)、落札率約81%だった。ササビーズの不落札率が上昇したことで全体の売り上げは昨年秋より減少。他2社はほぼ前回並みの数字を達成している。主要3社の総売り上げはリーマンショック後の2009年春に急減。その後、株価同様に回復トレンドが続いた。2010年春以降は1600万ドルから1900万ドルの範囲内に落ち着いている。今回のオークションもほぼそのレンジ内に収まる結果だった。

市場の売買トレンドも変わらない。質の高い希少作品へのコレクター需要は強い。しかし中級から普通レベルの作品ではコレクターは高値を追わないのだ。ただし、美術館で展覧会が開催されている作家に関しては、資産価値の再評価による上昇もみられた。
この傾向を象徴していたのが、ササビーズに出ていた、ダイアン・アーバスの”A Box of Ten Photographs”が不落札だったことだろう。これは、エディション50点の10作品入りポートフォリオ作品。作家の死後に制作され、娘のDoon Arbusによるサインがあるエステート・プリントだ。作家本人のサイン入り作品が非常に高額なことから、エステート・プリントも通常では考えられないほど値が上がっていた。今回のセットの落札予想価格は40万~60万ドル(約3200万~4800万円)。冷静に考えるに本人のサインがなく、エディション50点のエステート・プリントは決して希少作品ではない。作家人気先行によりつけられた落札予想価格が高すぎるとコレクターは判断したのだと思う。しかし、ササビーズによると同作品はオークション終了後に売れたとのことだ。落札予想価格下限以下に設定されているリザーブ価格を引き下げたのだろう。

さて今シーズンの高額落札を見てみよう。フィリップスでは、シンディー・シャーマン”Untitled Film Still #49,1979″が626,500ドル(約5012万円)で落札。これが今シーズンの最高額だった。ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催中の回顧展や現代アートオークションでの度重なる高額落札が影響していると思われる。ルイジアナ美術館で回顧展開催中のアンドレアス・グルスキーの人気も不動。”Taipei, 1999″が302,500ドル(約2420万円)で落札されている。2011~2012年にかけて全米の美術館で回顧展が開催中のフランチェスカ・ウッドマンの “Untitled, Room, 1977″が170,500ドル(約1364万円)という作家のオークション落札最高値をつけている。サリー・マンも、”Candy Cigarette, 1989″が266,500ドル(約2132万円)という、作家のオークション落札最高値で落札された。

ササビーズでは、アンセル・アダムス作品が落札上位を占めた。明らかにクラシック作品が復権している。約84X97cmの大判サイズの、”Mount McKinley and Wonder lake, Danali national Park, 1947″が266,500ドル(約2132万円)、また約101X72cmのサイズの、”White House Ruin, 1942″が122,500ドル(約980万円)で落札されている。同じくロバート・メイプルソープの美しいプラチナ・プリント”Calla Lily,1984″も、 122,500ドル(約980万円)で落札されている。

クリスティーズでは、写真集”アメリカ人”の表紙にもなっているロバート・フランクの代表作”Trolley, New Orleans, 1955″が落札価格上限の15万ドル(約1200万円)をはるかに超える434,500ドル(約3476万円)で落札されている。また、アーヴィング・ペンの代表作”Black and White Vogue Cover, 1950″も同額で落札。これは1968年にプリントされた貴重なプラチナ作品。ちなみに落札予想価格上限は30万ドル(約2400万円)だった。
ウィリアム・エグルストンのダイトランスファー作品”Untitled, 1973″は242,500ドル(約1940万円)で落札。これは落札予想価格上限は9万ドル(約720万円)の約3倍近い。明らかに3月の単独オークションの成功が影響していると思われる。
今回のクリスティーズで注目されたのはヒューストン美術館のコレクションからのセールだった。欧米の美術館は将来の作品コレクション用の資金調達のために重複作品を市場で売却することがある。一般コレクターにとってこれは最高の来歴の作品となる。予想通り、出品71点のうち67点が落札。売り上げ総額は当初予想の上限を超えたとのことだ。

さて、ニューヨークのオークション終了後、米国では雇用者数の伸び悩んでいる統計結果が発表された。欧州でも南欧財務危機問題の再燃、財政再建に反する選挙結果などが明らかになるなど、 経済、社会情勢はふたたび不安定になってきた。どうもふたたび株価も上記のレンジの下限をためすような雰囲気だ。中長期のチャートを見ていると、いまはリーマンショック後の安値からの上昇トレンドチャンネルの中にいる。しかし上限を突き抜ける力はない。個人的には何かのショックで支持線を下に抜ける可能性の方が高いのではないかと感じている。
5月写真オークションは規模は小さくなるがロンドンに舞台を移して行われる。不安定な外部状況が続く中、アート写真市場の質と希少性追求の傾向はまだ変わりそうもないだろう。

エグルストンがコレクターに訴えられる!いまも続く単独オークションの衝撃

3月クリスティーズで行われたウィリアム・エグルストンの単独オークションが大成功したことは以前に触れた。巨大なデジタル・ピグメント・プリントが落札予想価格をはるかに超えて高額落札されたことにアート写真業界は衝撃を受けた。写真集表紙になっている有名な3輪車のイメージ”Untitled, 1970″ は、約57.8万ドル(約4913万円)という作家のオークション最高落札価格された。

オークションの余波はいまでも続いている。米国のウォール・ストリート・ジャーナルなどの報道によると、ニューヨーク在住のアートコレクター、ジョナサン・ソベル氏が2012年4月4日ウィリアム・エグルストンを詐欺で訴えたとのことだ。彼はエグルストンのリミテッド・エディション作品192点を持つ有力コレクター。限定だったはずの作品が今回デジタルて再び販売され、自身のコレクション価値が棄損されたと主張。またエグルストンはリミテッド・エディションを定めるNY州法に違反すると指摘し、かつて限定作品したイメージのこれ以上の制作差し止めを主張しているとのことだ。
実際、3月のクリスティーズのセールで、エグルストン作品歴代高額落札の上位10位のうち7点までがデジタル作品となってしまった。一方でエグルストン側の主張は、新しいバージョンの作品を制作することは作家の権利だと主張している。この混乱の影響で、4月のニューヨーク・オークションでは、複数枚のエグルストンのダイトランスファー作品の出品が取りやめになっている。

最初の段階で、同じネガからサイズ違いのリミテッド・エディションを制作するのはわりと一般的な慣習だ。また作家の死後にエステート・プリントとして新たに制作される場合はよくある。たしかに、作家の生存中に完売作品の再制作はあまり記憶にない。思い起こすのは同じくニューカラーのジョエル・マイロウィッツだ。彼はタイプCプリントで一部リミテッド・エディション作品を制作していた。最近になってエグルストンと同様に大きなサイズのデジタル・ピグメント・プリントを再制作している。しかし、彼の場合は特に話題にならなかった。やはりセカンダリー市場の規模がエグルストンと比べて圧倒的に小さいから特にコレクターも問題視しなかったのだろう。

日本ではリミテッド・エディションの考え方にかなりばらつきがある。市場が非常に小さく写真に資産価値があると考えられていないのでルール順守はあまり問題にならない。通常はコマーシャル・ギャラリーの取り扱い作家が限定数を設けることができる。つまり写真家以外の第3者が厳密に枚数を管理する体制が整っていることが重要なのだ。 ギャラリー取り扱いでない写真家やアマチュアはオープン・エディションにするのが一般的だ。しかし、日本には欧米的なコマーシャル・ギャラリーが少ないので、 残念ながら仕様に一貫性がない。

本件は海外のアート界でもかなり話題になっている。識者たちのコメントを読んでみると、問題の本質はリミテッド・エディションと違うところにあるのが見えてくる。ソベル氏は長年に渡りアート写真市場でコレクションを行っていた人物だ。どうも彼は、アート写真が、巨大な現代アート市場の一部になりつつある状況への不満があるようなのだ。自分が中心的な存在だったアート写真界に、より資金力を持った現代アートのコレクターが入り込んできたことへの焦りもあるだろう。

どういうことか簡単に説明しよう。つまりソベル氏はオークション開催のことは当然事前に知っていた。かれはオークション自体の中止を求める選択肢もあったはずだ。しかし、それを行わなかった理由は、大判サイズのデジタル作品が自分の貴重なダイトランスファーのヴィンテージ・プリントよりも高額で落札されるとは想像だにしていなかったからだろう。いま思うと控えめなオークションハウスの落札予想価格も、アート写真の従来の基準で設定されていたと思う。しかし、結果は前記のとおりの驚異的な高額落札だった。ダイトランスファーのヴィンテージプリントという従来のアート写真コレクターがこだわる、プリント方法、撮影年、プリント年は一顧だにされなかったのだ。それらよりも作家性や作品自体を重視する現代アートの価値観で、モダンプリントでデジタル作品でも高額落札されてしまったわけだ。ちなみに現代アート系のアンドレアス・グルスキーやシンディー・シャーマンは、3億円以上の値がオークションで付いている。約4913万円のエグルストン作品も視点を変えれば安いといえないことはない。

また、現存作家のエグルストンがオークションハウスを通じて作品を一括販売したことも重要だ。従来は、まずギャラリーを通してコレクターが最初に作品を購入し、その後価値が上昇してオークションで販売するという図式だった。しかし、今回の方式だと、ギャラリーもコレクターも収益機会、作品価値上昇のメリットを享受できない。オークションハウスが手数料を稼ぎ、売り上げは作家が総取りしてしまうのだ。これは、現代アート界の話題の人物ダミアン・ハーストがオークションハウスと組んで初めて行った手法なのだ。このようにアート写真界の重要作家だったエグルストンが現代アート界に活動基盤を移すことへのいら立ちがソベル氏側にあったのではないだろうか。
この裁判、実は現代アートとアート写真との縄張り争い、そしてギャラリー、オークションハウス、アートフェア、有力コレクターの業界内の主導権争いが影を落としているようだ。裁判の結果は写真市場にかなり大きい影響を与えると考えられる。これからも動きをフォローして取り上げるつもりです。

ウィリアム・エグルストンのピグメント・プリント 高額落札は何を示唆するのか?

ウィリアム・エグルストン(1939-)は、シリアス・カラーの元祖として知られている。それまでのアート写真はモノクロで抽象的な美を追求するものだった。カラー写真は商業写真や個人のスナップ用として低く見られていた。エグルストンはダイトランスファーの技法を探求し、色のコントロール可能にして作品制作を行ったのだ。彼は1976年にニューヨーク近代美術館で同館写真部門ディレクターのジョン・シャーカフスキー企画による個展でデビューしている。彼の作品は米国南部の色彩豊かな情景をカラーとシャープ・フォーカスで表現しているのが特徴。モノクロでは退屈な南部のありきたりのシーンを一気に魅力的な作品にした。画家エドワード・ホッパー、チャールズ・バーチフィールドの描いた風景画や、スーパー・リアリズムの絵画作品と対比して語られることも多い。2008年にはホイットニー美術館で米国初の本格的回顧を開催。アメリカの原風景をカラーで表現してきた作家として、市場での評価は更に高まっている。

今年の3月12日にクリスティーズ・ニューヨークでウィリアム・エグルストンの単独オークションが行われた。(上記図版はカタログ)総売り上げは約590万ドル(約5億円)。これは当初の予想の2倍を超える金額だった。出品された36点は完売。最も高価だったのは写真集”William Eggleston’s Guide”の表紙になっている3輪車のイメージ”Untitled, 1970″ 。約57.8万ドル(約4913万ドル)という作家のオークション最高落札価格だった。
オークションの注目点は出品作品がすべてインクジェットによる112 x 152 cmの巨大プリントだったこと。ピグメント・プリント(カタログの表記)がコレクター、美術館に評価されるかが注目された。結果的には、高額落札が実現したことでインクジェットでも作品評価が全く変わらないことが示された。
私は、オリジナルのダイトランスファーの微妙な色合いや雰囲気を再現することにこだわって制作されたことがポイントだと考えている。つまり出品作は明確な基準があって制作されたということだ。そして、1994年にコダックがダイトランスファー製品を生産中止していることも重要だ。 それを代替するモノとしての意味づけがある。そしてアナログでは制作不可能だった112 x 152 cmの巨大プリントであることも、デジタル技術を利用する重要な理由となる。その上で、エディション数を僅か2枚に限定したことが高額落札の背景にあるだろう。
オークションの収益はEggleston Artistic Trustのものとなるそうだ。メンフィスにエグルストン・ミュージアムを設立する計画が昨年に発表されている。官民協力の上で行われ、予算規模は約15mという。今回の売り上げはそのために使われるのだろう。オークション落札者も、その事業を応援しようという寄付的な意思もあったと思う。

2011年4月8日クリスティーズでは、同じ3輪車のダイトランスファー作品が、266,500ドル(約2265万円)で落札されている。これは1980年に制作されたもので、サイズは30X44cm、エディション20。当時のクリスティーズが付けた落札予想価格は20~30万ドルだった。興味深いことに、今回のピグメント・プリントの落札予想価格も20~30万ドルとまったく同じなのだ。結果は前回26.65万ドル(約2265万円)、今回は57.8万ドル(約4913万円)。かなり大きな差がついた。
落札価格から読み取れるのは、ダイトランスファーからデジタルに変更されたことによる作品価値の評価減よりも、大きなサイズと少ないエディションという希少性の評価増が遥かに勝ったということだろう。作家の厳密な管理下で制作された少数限定作品の場合、インクジェットプリントでも決して価値を減じるわけではないようだ。
これは重要な市場センチメントの変化なのだ。彼はダイトランスファーを探求し、色のコントロール可能にした上で作品を制作した写真家。それゆえ、ダイトランスファーの技法が作品価値に非常に影響を与えていた。オークションでもタイプCプリントとダイトランスファーとはかなり価格差がある。しかし21世紀が10年以上が経過した現在、技術進歩によりデジタル写真のクオリティーが大きく向上し、またアート界の主流となった現代アートが写真をその一部にとり込んでしまった。いまや写真は長らく引きずってきた作品制作技法のしがらみから解放されつつあると考えてよいだろう。

私は2007年にペース・マクギルで開催されたアービング・ペン(1917-2009)の花の写真展を思い出す。その展示では、ダイトランスファーとともに、インクジェット作品が並列販売されていた。当時は、デジタル写真は銀塩写真の普及版で、安く買えるという認識があった。しかし、ペース・マクギルは他の技法の作品と全く同じフォーマットと値段で販売したのだ。たしか、スタートは2万ドル程度だったと記憶している。これには、かなりの賛否両論があった。銀塩時代の終わりという肯定的意見や、デジタルで高額の値段をつけるのは詐欺だ、という意見も聞かれた。
デジタルプリントをとりまく状況はこの5年で大きく変わったのだと思う。いまでは、アニー・リーボビッツのように、エディションの途中で、制作方法をデジタルプリントに変える写真家もいる。
しかし、デジタルカメラで撮影された写真は、その行為自体が作品コンセプトの一部として提示されない限りいまだ評価は確定していない。デジタル撮影では、作家が何を作品のオリジナルとするかの明確な提示が必要になる。それがなされないと、インテリア向けの大衆アート作品に陥るリスクがあるのだ。フィルムの生産中止を見込んでデジタルに移行した写真家もいた。しかしデジタルは銀塩写真の延長上に存在するものでないことが次第に意識されるようになってきた。今後も、様々な試行錯誤が行われながら共存が続くのではないだろうか。

さて海外では今週からニューヨーク春の写真オークションが主要ハウスで開催される予定だ。市場の将来を占う意味でも重要なイベントだ。株価の上昇が、レアな作品の相場を押し上げるのか?また中間価格帯の作品にどのような影響を与えるかに注目している。