展覧会レビュー
ニューヨークが生んだ伝説の写真家
永遠のソール・ライター
@Bunkamuraザ・ミュージアム(渋谷)

渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで、「ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター」展が開催中だ。
ソール・ライター(1923-2013)は、長きにわたりモノクロ中心だった写真の抽象美を、すでに40年代からカラーにより表現していた写真家として知られている。彼は元々抽象絵画の画家で、色彩感覚が優れていた。カラーは広告やアマチュアが使用するものだと思われていた時代に、写真での抽象表現の可能性に挑戦したと思われる。また日本美術にも造詣があり、浮世絵の構図にも多大な影響を受けている。画面で被写体を中心に置いてフォーカスするのではなく、見る側の視点の動きを取り入れたような映画的なヴィジュアルも特徴だ。
2017年に同ミュージアムで開催され(その後国内各地を巡回)「ニューヨークが生んだ伝説 写真家ソール・ライター展」は、観客数約8万人を動員したという。彼の色彩豊かでグラフィカルなカラー作品は、写真を叙情的に捉えがちな日本の観客の感性との相性が良かったのだ。

ソール・ライター 《帽子》 1960年頃、発色現像方式印画 ⒸSaul Leiter Foundation
ソール・ライター 《バス》 2004年頃、発色現像方式印画 ⒸSaul Leiter Foundation
ソール・ライター 《赤い傘》 1958年頃、発色現像方式印画 ⒸSaul Leiter Foundation

ソール・ライターは89歳で亡くなっている。死後に約8万点にも及ぶ未発表のカラー写真、モノクロ写真、カラースライドなどが残されていた。2014年、彼の自宅兼アトリエにソール・ライター財団が設立され、それらの発掘調査を現在進行形で行っている。

今回の続編となる大規模展覧会は、モノクロ、カラー、ファッションなどの代表作を展示する「PartⅠソール・ライターの世界」と、「PartⅡソール・ライターを探して」の2部で構成されている。
見どころは第2部で、いままでの財団による調査結果の披露を目的とする、未発表作中心の展示内容になっている。それらは、セルフポートレート、デボラ(ライターの妹)、絵画、ソームズ(ライターのパートナー)、写真撮影時の創作の背景が垣間見えるコンタクトシート、ソール・ライター自らがプリントした名刺サイズの複数の写真をコラージュのように組み合わせた「スニペット(Snippets)」などのセクションで構成されている。


さらに2018年に開始された アーカイヴのデータベース化プロジェクトにより 、新発見のスライドによる初公開のプロジェクションも含まれる。また会場内にソール・ライターが長年住んだ、 ニューヨークのイースト・ヴィレッジの仕事場一部も再現されている。

1月9日には、ソール・ライター財団創設者でディレクターのマーギット・アープ氏とマイケル・バリーロ氏による記念講演会が開催された。マーギット・アープ氏は、もともとニューヨークのハワード・グリンバーグ・ギャラリーに勤めていた。1997年に同ギャラリーで開催されたカラー写真によるソール・ライター展以来、彼のアシスタント的な仕事を行っていた。彼の死後には財団立ち上げに関わっている。

講演では、ソール・ライター財団のミッションと今までの仕事の成果の解説が行われた。その主要目標は、残されたプリント、スライド、ネガ、絵画などのすべての作品の完全カタログ化。最終的にカタログ・レゾネ(総作品目録)を完成させ、ソール・ライターの仕事の全貌を、アート研究者、作家、キュレーター、学生に明かにしたいとのことだ。

まず実際に仕事を共に行っていたアープ氏からソール・ライターのキャラクターが語られた。洞察力があり、おかしく愛らしい、スマート、自分の意見を持っている、写真家というより基本は画家、アート史の深い知識を持つ、好奇心のかたまり、ただし仕事場はカオス状態(モノの定位置は決まっていた)という、印象が語られた。
また新しいテクノロジー好きで、早い段階からデジカメを使用していたという。本展ではキャリア初期に撮影されたカラー作品とともに、2000年代に撮影されたデジタル作品が同じ壁面に展示されている。両作のカラーのトーンが見事に揃っているので、見逃してしまいがちだ。写真撮影に興味ある人はキャプションを注意深く確認して見比べてほしい。展示作品は「発色現像方式印画(Chromogenic print)」と記載されているが、いわゆる、デジタル・タイプC・プリント。画像はヴィンテージ・プリントを目標にデータ作りが行われている印象だ。

続いてキャリアの説明が行われた。いまや広く知れ渡っているので簡単に触れておこう。詳しくは、展覧会ウェブサイトのなかの「ソール・ライターのこと」で、企画協力の㈱コンタクトの佐藤正子氏が書いているので参照してほしい。

ソール・ライターは、1923年にピッツバークのユダヤ教の聖職者の家庭に生まれた。両親は彼が宗教家の道を進むことを望んだという。16歳で絵画をはじめ、独学で美術史を徹底的に学んでいく。その後、親の意向に反して画家を目指してニューヨークに行き、抽象表現画家のリチャード・プセット・ダートとの出会いがきっかけで写真に興味を持つ。ウィリアム・ユージン・スミス(1918-1978)にカメラをもらい、ニューヨークのストリートで写真を撮り始めている。
強調されたのは、彼は基本的に画家であり、それを意識して写真も見てほしいとのこと。ソール・ライターは、そのキャリアを通して写真と絵画の両分野で表現を行っていたのが特徴だ。それは生活のためにファッションや商業写真の仕事を行っていた時期も変わらなかった。50年代後半から80年代はじめまで、彼はファッション写真家として、ハーパース・バザーやエスクアィアなどの雑誌の仕事で活躍し、経済的に比較的安定した生活を送っている。ストリートの写真と同じスタンスで野外でのファッション撮影を好んだ。野外で起こる様々な偶然性が写真にリアリティーを与えると考えていた。
ファッション写真は、自己表現を追求したい写真家と服の情報を最大限に強調したいクライエントやエディターとのせめぎあいの歴史だ。50~60年代ごろのファッション写真には、写真家に比較的多くの自由裁量が与えられた。しかし70年代以降は消費社会の拡大に伴い、クライエントやエディターの撮影への要求や指示がどんどん強くなっていく。この時期には、ファッション分野での写真によるアート表現の可能性に限界を感じて活動を休止した多く人が多くいた。リリアン・バスマンの夫のポール・ヒメール、ルイス・ファー、ギイ・ブルダン、ブライアン・ダフィーなどだ。ソール・ライターも絶望した写真家の一人だった。1981年、彼の我慢は限界に達し、5番街156番地にあった写真スタジオを突然閉鎖してしまう。その後、彼は隠遁生活に入り経済的に厳しい時期を過ごすことになる。
そして80歳を超えてから写真集「Early Color」が刊行。一気にそれまでの仕事が再評価されて人生が急展開するのだ。その後、世界中の美術館やギャラリーで数多くの写真展が開催されるようになる。バリーロ氏は、彼の亡くなるまでの最後の7年間は最も幸せな時期だっただろうと語っている。

続いて、アープ氏とバリーロ氏から以下のような最近までの発掘作業の成果が展覧会の見どころとして紹介された。

ソール・ライター財団ディレクターのマーギット・アープ氏(左)とマイケル・バリーロ氏(右)による記念講演会

・初期写真
ソール・ライターは1930年代、10代の時に母親にデトローラ社製のカメラを買ってもらいモノクロ写真の撮影を開始。母親は、写真が子供のその後の一生を変えてしまうとは思いもよらなかっただろう。財団の調査により今まであまり知られていいなかった、10代の「初期家族写真」が発見されている。主に2才違いの妹のデボラを被写体にしている。デボラは、ライターの撮影での数々の試行錯誤に協力している様子が見て取れる。また、大胆かつグラフィカルな構図やモデルの動作を写真で表現するアプローチなど、彼のその後の特徴的な写真の原点といえる作品も発見されている。絵画や写真など、デボラ関係は約100点が発見されている。本展ではそのうち23点が「デボラ」のパートで紹介されている。

・スニペット(Snippets)

ライターは名刺サイズのモノクロ写真を偏愛していたという。被写体になっているのは、家族、パートナー、友人の女性たち。プリントされた膨大な数の写真は手で破られ、またコラージュのように一つの塊としてがガラスケースの中に展示されている。自らの親しい人間関係を写真によって可視化した作品だと解釈できるだろう。アープ氏は大きな展覧会の中のミニ写真展という説明をしていた。

・コンタクトシート
今回初公開となる、彼の一連の写真撮影の流儀を垣間見ることができる作品。質疑応答時間に質問があったが、撮影時のショット数に関しては特に特徴はないとのこと。2~3ショットのこともあったが、かなりの枚数のショットの場合もあったそうだ。アナログ時代から、成功した写真は撮影時に既に認識していたということ。

・ヌード作品の発見
彼はファッション写真家として活躍する以前から、親しい女性たちのパーソナルなヌードとポートレートを撮影していた。死後にモノクロ作品約3000点見つかっている。それらは、モデルとアイデアを出し合って制作された一種のコラボ作品だと評価できるという。その中でも主要な被写体は長年にわたりパートナーだったソームズ・パントリーだった。彼女は様々な役を演じ、二人は様々な実験を行っている。本展ではソームズ・パントリーのセクションで、ストリートでのカラー/モノクロ写真やインクによる絵画など約34点が展示されている。ヌード作品は、70年代に編集者ヘンリー・ウルフにより写真集化の企画があったものの実現しなかった。2018年に、Steidl社から「In My Room」として刊行されている。

・ペインテッド・ヌード
アクリル絵の具で着色されたヌード作品も1000点以上が発見された。抽象的な絵画のような趣で、それらは本の中で発見、ブックマークとして使用されていた。

・スケッチブック

財団の人たちは「Daily meditation(毎日の瞑想)」と呼んでいる。生前のソール・ライターはそれらを最高作だと語っていた。

・カラースライド

4~6万枚のスライドが発見された。ソール・ライターは自宅で友人たちの前でスライドショーを行って作品を見せることがあったそうだ。調査およびデータベース化は現在進行形で行われている。それらの中には、例えば写真集「Early Color」表紙作品「Through Boards, 1957」の前後に撮影されたと思われるバリエーション・ショットも見つかっている。多くが初公開作品となるスライド作品のプロジェクションは本展の見どころのひとつだ。参考ヴィジュアルとして、アパート周辺のストリートシーンとアトリエのインテリア画像も同時に紹介されている。

・写真集「Early Color」の制作経緯
これは質疑応答の中で語られた。表紙作品「Through Boards, 1957」は最初から、ライターの希望で決定していた。その他の収録作品のセレクションは、すべて写真史家のマーティン・ハリソン氏が行い、ライターは全く注文を付けなかった。1997年のハワード・グリンバーグ・ギャラリーで開催されたカラー写真によるソール・ライター展以来、出版社を探し続けたとのこと。最初に決まっていたニューヨークの出版社は倒産、次に手を挙げたロンドンの出版社も動きが非常に鈍かったという。結局、ドイツのSteidl社から2006年に「Early Color」として刊行された。アープ氏は、カラー写真を取り巻く環境変化が出版につながったと分析している。90年代後半のアート写真はソール・ライター以外はすべてモノクロだったという。その後、ドイツのデュセルドルフ・クンスト・アカデミーでベッヒャー夫妻に学んだアーティストたちが登場。2000年代になってから絵画のような大判作品を制作する、アンドレアス・グルスキー、トーマス・ルフ、トーマス・シュトルートなどが活躍して、カラー写真のアート性が本格的に注目されるようになるのだ。その流れで、写真史におけるシリアス・カラー作品の本格的な再評価が開始された。


本展カタログ掲載のエッセーで、財団の二人は「私はシンプルに世界を見ている。それは、尽きせぬ喜びの源だ」というソール・ライターの言葉を締めくくりに引用している。またソール・ライターは「仕事の価値を認めて欲しくなかった訳ではないが、私は有名になる欲求に一度も屈したことがない」(”ソール・ライターのすべて”(2017年、青幻舎刊)211ページ)、別のインタビューでは「無視されることは、大きな特権です」とも語っている。今回のアーブ氏の話から、彼は写真史での正当な評価が受けられず、また金銭的に恵まれなかった時期でも、自分のために真摯に創作を継続していた事実が伝わってきた。他の多くの同じ環境の写真家のように、絶望し自暴自棄に陥ったり、周りの人に悪態をつくことはなかったようだ。ライターの関係資料には、彼が禅的な思想をもって生きていたと書かれている。たぶん浮世絵などの日本文化を研究するとともに、アメリカ社会に禅思想を広めた鈴木俊隆の「禅マインド ビギナーズ・マインド」(オリジナル版1979年刊)などを愛読して心の支えにしていたのではないだろうか。海外の宗教では、時間は過去、現在、未来と継続していて、将来に天国に行くことを目指して現在を生きるという考えがある。ライターは厳格な宗教家の家庭に生まれている。彼はそのような考え方を不自由さを感じ、強い違和感を感じていたと想像できる。写真を撮る行為、絵を描く行為は、「いまに生きる」つまり座禅のような精神を安定させる行為だったではないか。
ソール・ライターは、写真や絵画などを、評価を受けるために人に見せたりしなかった。また作品制作の意図や目的もいっさい語らなかったという。彼は今に生きる行為としてひたすら自己表現を行ってきたのだ。わたしは、資本主義の中心地である米国ニューヨークでの、このようなアーティストとしての生き方の実践自体がソール・ライター作品のメッセージだと理解している。そして結果的に、彼は多くの人たちに愛されながら幸せな人生を送ったのだ。
ソール・ライター財団の二人は、本展と講演で、そのような彼の生きざまの的確かつ丁寧な提示を心がけていると感じた。

ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター
Bunkamura ザ・ミュージアム(渋谷)
公式ページ

以下もご覧ください(当ブログの過去の関連記事)

2017年6月 写真展レビュー ソール・ライター展  Bunkamura ザ・ミュージアム

2018年4月 ソール・ライター 見立ての積み重ねで評価された写真家(1)

2018年5月 ソール・ライター 見立ての積み重ねで評価された写真家(2)

2018年6月 ソール・ライター 見立ての積み重ねで評価された写真家(3)

展覧会レビュー 「至近距離の宇宙」
日本の新進作家vol.16
@東京都写真美術館

本展タイトルのサブタイトルは「日本の新進作家vol.16」となっている。しかしその意味合いは、例えば朝日新聞社主催の「木村伊兵衛賞」などの新人写真賞とは違う。昨年の同展レビューでも書いたが、本展は東京都写真美術館の担当キュレーターが提示する、現代社会が反映されたテーマとコンセプトがあり、現在活躍中で将来性が期待される写真家がいままでに制作した作品シリーズの中から、合致したものがセレクションされている。写真家の6人による個展の集合体ではなく、全体の展示でキュレーターのパーソナルな視点が提示される複数写真家による企画展となる。毎年違うキュレーターにより様々な視点により企画されていることから、今回16回目となる継続される展示の流れを通して、現代日本における将来性が期待される写真家が提示されている。

現在は価値観が多様化した時代だといわれている。どのような新人の紹介でも、写真家を選ぶキュレーター、評論家、ギャラリスト、写真家の価値基準が多くの人に共感されることはないだろう。このような状況から、古から続く写真賞への関心が極めて低くなっている。個人的には、その存在意義がいま問われていると考えている。それゆえ東京都写真美術館の、複数のキュレーターによる継続的な企画で新人写真家の多様性をカバーするのも一つの可能性だと思う。しかし本展だけを単体で見る観客は、写真家セレクションの規準がわかり難いと感じるかもしれない。

今回の展覧会タイトルは「至近距離の宇宙」。図録の冒頭にはヘルマン・ヘッセの「クルルプ」から「人間はめいめい自分の魂を持っている。それを他と混ぜ合わせることができない。(以下略)」が引用されている。キュレーターの武内厚子氏は同展カタログで、「一般的に世の中では、家を出ないこと。遠くに行かないこと、広い世界を見ようとしないことは否定的に受け取られ、様々な国々へでかける活動的なことは肯定的にとらえられる傾向があります。その一方、近年では、インターネットで世界の隅々の風景を見ることができ、世界中のものを出かけることなく手に入れることができるほか、VTRやホームシアターなどによって家にいながらリアルな臨場感や没入感を持って映像体験ができるなど、どこかに行かずとも何でもできることを、グローバル化とともに人々は積極的に受容しています。本展では、はるか遠い世界に行くのではなく、ごく短なみのまわりに深遠な宇宙を見出し作品を制作する6名の作家を紹介します。」と開催趣旨を表している。

参加しているのは30~40歳代の6名。
相川 勝(1978-)は、写真撮影は行わず、プロジェクターやタブレット端末の画面の光を光源に写真を制作。AIがランダムに作り出し架空の人物のポートレート64枚などを展示。
井上佐由紀(1974-)は、生まればかりの新生児の瞳を撮影している。
斎藤陽道(1983-)は、暮らしの中で身の回りに起きていることや、見知った人々のスナップを壁面全体で展示。展覧会チラシにも写真が採用されている。
濱田祐史(1979-)は、アルミ箔で制作した架空の山、東京湾の海水と手作り印画紙を用いてフォトグラム作品を展示。
藤安 淳(1981-)は、双子を被写体に撮影・2枚一組だが、1枚のみの展示もある。
八木良太(1980-)は、様々なオブジェの立体作品を制作している。パンチングメタルという工業製品に使われる素材による円形の作品”Resonance of Perspective”、色覚検査表を使った作品”On the Retina”などを展示。
発色現像方式印画(Chromogenic Print)、ゼラチン・シルバー・プリント(Gelatin Silver Print)、単塩紙(Salted paper print)などで、様々な支持体に写真がプリントされており、まさに現在の写真表現が多様化している状況が提示されている。

ごく身近の身の回りに意識を向けている写真家を紹介するのは、狭いフレーミング内にとらわれ、それがすべての世界のように思いこんで閉じこもり、あまり行動しない現代人を表しているのだろう。これは非常に興味深い試みだ。一般にアーティストは、これとは逆に、思い込みにとらわれている一般の人に彼らが気付かないような斬新な視点を行動することで見つけ出し、作品提示を通して見る側が客観視するきっかけを提供する人だと考えられているからだ。
現代日本では、多くの写真家は自らの内面を志向しその先に新たな表現の可能性を探求している傾向が強いという見立てだと思われる。私も仕事柄、多くの写真家の作品を見る機会があるが、共感できるところが大いにある。
見る側がそのような作品に共感できるかは、写真家がどれだけ大きな感動を持って内面を深堀して作品制作に向かっているかによるだろう。それができていれば、方向がどちらを向いていても、結果的に作品制作の継続に繋がっていくと思われる。社会で作品が広く認知されるには普通に何10年という長い時間がかかる。表現者の創作のきっかけとなる感動が弱いとなかなか活動継続はできないのだ。その場合、どうしても自己満足の追求と押し付け、もしくは撮影の方法論が目的化している作品だとの指摘が出てくるリスクがある。彼らの本当に評価は今後の活動にかかっているといえるだろう。このように未来の活躍の可能性を見据えて新人に展示の機会を与えるのは美術館の重要な役割だと考える。

「至近距離の宇宙」日本の新進作家 vol. 16
東京都写真美術館(恵比寿)

写真展レビュー
「山沢栄子 / 私の現代」
@東京都写真美術館

山沢栄子(1899-1995)は、日本における女性写真家のパイオニア的な存在として知られている。戦前のアメリカで写真を学び、1930年代からスタジオを開設して主にポートレート写真分野で活躍し、キャリア後半には写真作家に転じている。

本展は彼女の生誕120年を記念して行われる大規模な展覧会で、現存する70~80年代の代表作を中心に、約140点を全4章で紹介。
第1章「私の現代」では、1986年の個展に展示された、彼女が「抽象写真」と呼んでいたモノクロ・カラーの長辺が最大100cmにもなる大作28点を展示。シルバーのフレームも当時に特注されたものとのこと。
第2章「遠近」では、1962年に刊行された同名写真集に収録された1943年~1962年までに撮影された77点を紹介。モノクロ、カラー、抽象写真が含まれ、ニューヨークでのドキュメントから静物など、山沢の興味の対象の流れがみてとれる。すでにプリントやフィルムが現存していないことから写真集のページを額装して展示している。
第3章「山沢栄子とアメリカ」では、山沢に大きな影響を与えた20世紀前半のアメリカ写真の代表作を、同館のTOPコレクションから紹介している。
第4章「写真家 山沢栄子」では、「私の現代」、「遠近」以前の、仕事を、「ポートレート」、「疎開中の写真」、「商業写真」の3部構成で紹介している。

山沢栄子は、2014年に開催された「フジフィルム・フォトコレクション展 (日本の写真史を飾った写真家の「私の1枚」)」でも「What I Am Doing No.24, 1982」が選出されている。私は抽象的な写真を研究しており、縁があってカタログのテキスト執筆を担当している。

数多くの古本屋を回って、「遠近」を含む4冊の写真集を執筆用資料として収集した。当時は、彼女の存在を知る人は非常に少なく、写真集探しは困難を極めたことを記憶している。作品解説では、写真という狭いカテゴリーの中でのアート性追求にとどまらず、「写真としてのアート」の幅広い可能性にいち早く挑戦している、と書いている。

さて山沢の写真を写真史/アート史のどの流れで評価可能かを考えてみよう。写真集「遠近」の収録作品には、アーロン・シスキン、ラルフ・スタイナー、エルスワーズ・ケリ―のような、自然世界の抽象性に注目した写真作品が散見される。これらは多くの表現者が行ったように、彼女も写真による絵画表現の可能性を考えた痕跡だと考える。しかし、彼女はドキュメント写真の視点で、フォルムを優先させた抽象的作品制作の追求は行わなかった。様々な、フォルムや色彩のオブジェを用いて被写体自体を作り上げて撮影する方向へと進んでいく。
山沢の写真をコンストラクテッド・フォトもしくはステージド・フォトの流れで評価が可能だと思いついた人は多いと思う。コンストラクテッド・フォトは、写真の客観的な記録性への信頼が崩壊していった1980年代にアメリカではじまった撮影に作り込む美術的要素を合体させた新分野の写真表現だ。
ちなみに写真家バーバラ・カステンが1987年に山沢のインタビューを行っている。会場内で映像が紹介されており、生前の彼女の姿を見ることができる。実はカステン自身もこのコンストラクテッド・フォト分野の代表作家だった。ちなみに同展カタログでは、キュレーターの鈴木佳子が同じく同分野の代表者ジャン・グルーヴァ―が山沢と類似する作品を制作していると指摘している。

その後、コンストラクテッド・フォトの多くの表現者たちは制作する行為自体にアート性を見出そうとする。いわゆる方法論が目的化されるようになったのだ。山沢が呼んだ「抽象写真」自体も、抽象的な雰囲気の写真を制作する行為が目的化されていると解釈される可能性はあるだろう。写真集「私の現代3」に掲載されている、京都大学教授 乾 由明のエッセーでも、「フォルムと色彩の抽象的なイメージを追求すれば、写真は余りにも絵画的な表現におちいる危険を孕んでいる。それは写真からそのメディアの固有性を失わせ、安易に現実によりかかかった芸術性に乏しい写真とは逆の意味で、写真を絵画の領域に従属する、堕落した状態に置くことになる」と指摘している。
しかし彼女の作品のアート性をこの方面から論ずるのはあまり意味がないのではないか。私は、彼女がいま再評価されているのはその生き方自体によると考えている。山沢は、明治、大正、昭和という男性優位の考えが残る時代の日本において、商業写真家、作家とし社会で自立した女性のキャリアを追求した。それを実践した彼女の人生/生き方そのものが大きな作品テーマなのだと理解し評価すべきだろう。

同展のもう一つの見どころは第3章「山沢栄子とアメリカ」で紹介されているTOPコレクション。まさに、20世紀前半のアメリカの写真史をコンパクトに紹介する教科書的な展示内容だ。アルフレッド・スティーグリッツ、ポール・ストランドなどの写真雑誌「カメラ・ワーク」に収録されたフォトグラビア作品、イモジェン・カニンガム、エドワード・ウェストン、アンセル・アダムス、ポール・アウターブリッジ・ジュニアなどの珠玉の作品も何気なく展示されている。ポール・アウターブリッジ・ジュニア(プラチナ・プリント)は小さなサイズで見過ごしがちだが、おそらく極めて貴重かつ高価なヴィンテージ・プリントだと思われる。
ファッション写真ファンは、ヴォーグ誌で活躍したジョン・ローリングスやセシル・ビートンの戦前の作品も見逃さないように。なんと山沢はジョン・ローリングスのポートレートも撮影している。

アート写真コレクションに興味ある人は、珠玉の20世紀写真が展示されたこのセクションは時間をかけて鑑賞してほしい。それぞれのプリントの質感を、近くからじっくりと味わいたい。

「山沢栄子 私の現代」
2020年1月26日まで開催
東京都写真美術館 3階展示室

イメージの洞窟 意識の源を探る
@東京都写真美術館

「イメージの洞窟 意識の源を探る」という、興味がそそられるタイトルがつけられたグループ展が東京都写真美術館で開催中だ。本展のキュレーションは、人間の意識の形成を視覚と関連付けて、テーマとして取り扱おうとする試みだと思われる。しかし、このイメージや意識の形成は、極めて学術的に専門的な大きなテーマである。畑が違うアートの感覚的な視点からの掘り下げは簡単ではないと思われる。実際のところ、来場者が持つこの分野の情報や知識量にはかなりばらつきがある。多くの人がリアリティーを感じるテーマの提示は実際的ではないだろう。しかし、大きなテーマに対しては誰もが納得するしかない。美術館は何らかの切口での作品展示を実施する必要がある、たぶん今回のテーマ提示も確信犯でのことだろう。理想的には、複数のアーティストによる踏み込んだ関連テーマの掘り下げが同時に必要だ。しかし日本では写真でのアート表現が表層的になりがちなので、候補アーティスト探しは難航すると思われる。

たぶん本展の中心コンセプトは写真表現最先端での制作アプローチの独創性と多様性の提示だと思われる。東京都写真美術館は、「写真」表現を見せる美術館であることから当然の流れといえるだろう。
展示作品は、オサム・ジェームス・中川の分割して撮影したファイルを継ぎ合わせて制作された高精細インクジェット・プリント。和紙に出力され、墨、酸化鉄がくわえられた巨大オブジェ作品。これなどは、表面の釉薬の焼き上がりの偶然性を愛でる陶芸に近い感覚だと感じた。
北野謙の新生児をモデルにした巨大なカラーのフォトグラム作品。
ゲルハルト・リヒターの写真に油彩やエナメル塗料が塗られた作品。
この3人のほかには、会場入り口に志賀理江子が1点、
フィオナ・タンが約9分30秒のビデオ作品で参加している。
特別展示としてジャン・ハ―シェルによるカメラ・ルシーダを用いて描かれたドローイング作品も鑑賞できる。これは、1839年に写真技術が発表される約20年前に制作された貴重作品となる。カメラ・ルシーダとは、プリズムを通して画用紙に目の前の風景を映す光学機器のこと。写真表現の原点を提示することで、その後の多様化していった表現方法を際立たせる意図があるのだろう。見事なセレクションだと思う。

本展の見どころは、ドイツを代表する現代アート・アーティストのゲルハルト・リヒター作品にあるだろう。世界のアート市場で高い価値が認められている別格のアーティストだ。彼は抽象絵画が有名だが、キャリア初期からフォト・ペインティングという写真をキャンパスに描き出す手法により、写真を絵画作品に取り込んでいる。リヒターの作品表現は幅広く、フォト・ペインティング、抽象絵画以外にも、風景画、海景、ポートレート、カラーチャート、グレイ・ペインティング、ミラー・ペインティング、彫刻、ドローイング、写真などがある。2002年にはニューヨーク近代美術館で、2011年にはロンドンのテート・モダンで回顧展が、2005年には日本初の回顧展が金沢21世紀美術館、川村記念美術館で開催されている。
作品はアート・オークションで高額で取引されている。ちなみに巨大な抽象絵画作品「Abstraktes Bild (1986年)」は、2015年2月10日のササビーズ・ロンドンで、約30.4百万ポンド(当時の為替レート/1ポンド@180円/約54億円)という、当時の現存作家のオークション最高額で落札されている。
またロック・ファンの人なら、米国のバンド・ソニック・ユースが、リヒターのフォト・ペインティング作品「Candle(1983年)」をアルバム「Daydream Nation(1988年)」に採用したことは知っているだろう。
フォト・ブックの分野では、「Gerhard Richter: Atlas(1997年刊)」はコレクターズ・アイテムとして知られている。同書は、彼が作品を描くために集めた膨大な、スナップ写真、スケッチ、コラージュ、カラーチャートなどを収録。それらを整理、グループ化し、格子状などに並べられたものは「ATLAS(アトラス)」と呼ばれ、リヒター自身の人生、創作アイデア、思考過程などを現している世界地図だと評価されている。

「イメージの洞窟 意識の源を探る」展覧会カタログ

本展では写真に油彩やエナメル塗料が塗られた小ぶりの作品13点が展示されている。同展カタログによると、今回展示している「Museum Visit(2011年)」シリーズは、ロンドンのテート・モダンの来場者を撮影した写真の上にエナメルで着色された作品。オーバーペインテッド・フォトグラフと呼ばれるこの手法において、エナメルが「境界」として写真のイメージと鑑賞者を隔て、鑑賞者へ「絵画と写真」「具象と抽象」「現実と仮称」の再考を促しているとのことだ。ちなみに本展カタログのカヴァーに採用されている「MV.6<Museum Visit>2011」は、日本初公開作品とのこと。
大きなサイズで知られるリヒター作品。小作品を近くによってじっくりと鑑賞するのは新鮮な体験になるだろう。

イメージの洞窟 意識の源を探る
東京都写真美術館(恵比寿)

写真展レビュー
“写真の時間(The Time of Photography)”
@東京都写真美術館

東京都写真美術館は、約35000点にもおぶ膨大な数の写真コレクションを誇っており、どのような切口でそれらを的確に展示するかの試行錯誤を常に行っている。
最近では、2018年5月に、写真を「たのしむ、学ぶ」をキーワードに展覧会を企画。同年11月には「建築写真」によるキュレーションに果敢に挑戦。2019年には「イメージを読む」という切口で、5月に第1期として「場所をめぐる4つの物語」を開催、今回の「写真の時間」はその第2期の企画となる。

本展では、写真が持つ時間性と、それによって呼び起こされる物語的要素に焦点を当てて紹介しているとのこと。写真と時間、そしてそこに横たわる物語の関係性を、「制作の時間」、「イメージの時間」、「鑑賞の時間」というキーワードでグルーピングしたと解説されている。キュレーションはやや抽象的で、展示の方向性が明確に提示されているわけではない。しかし今回はコレクション展なのでオーディエンスは特に展示の意図を意識する必要はないだろう。

展示されている20世紀写真の多くはアート写真市場で高額で取引されている希少な作品。美術館はヴィンテージ・プリントや初期プリントにこだわって作品収集する。もし、アート写真コレクションに興味を持つ人なら、それらの現物が見られるのは本当に貴重な体験である。特にインクジェットのプリントに見慣れた若い世代の人は、それらとの違いを意識して鑑賞してほしい。
現代作家の表現の場合、テーマ性やコンセプトが重要なのはいうまでもない。しかし、この価値観が多様化した21世紀では、表現の幅は本当に幅広いといえるだろう。そうなると一人の写真家の展示点数が限定されるコレクション展では、なかなか作家性をキュレーターが的確に提示するのは難しいと思われる。評価が定まっていない写真家の場合は、鑑賞者が持つ事前の情報が少ないのでどうしても中途半端な印象になってしまう。選ぶ側も、作品のテーマ性よりも、方法論が面白いものや展示映えする作品を選びがちになることも想像できる。このあたりが、現代作家のコレクション展での紹介の難しさだと感じる。

さて本展の見どころとなる作品を独断と偏見で紹介してみよう。
「決定的瞬間」で知られる20世紀写真の巨匠アンリ・カルチェ=ブレッソン。彼の代表作の1枚で、キャリア初期に撮影された「サン・ラザール駅裏、パリ,1932」(作品番号012)が展示されている。

Henri Cartier-Bresson,”Behind the Gare, St.Lazare,Paris France, 1932″ /TOP Collection:Reading Images

最近のカルチェ=ブレッソンの相場は、人気のある絵柄とそれ以外でかなり価格の幅が広くなってきている。本作は2017年10月にクリスティーズ・で行われたニューヨーク近代美術館の重複収蔵作品を売却するオンランオークションに出品されている。1964年にプリントされた約50X36cmの今回よりも大きめの作品。1.5~2.5万ドルの落札予想価格のところ8.125万ドル(@113/約918万円)で落札されている。MoMAコレクションのプレミアムが付いたのだろう。2011年11月に、クリスティーズ・パリの「HCB : 100 photographies provenant de la Fondation Henri Cartier-Bresson」には、同作の現存する最古と言われている1946年プリントの、23X35cmサイズ作品が出品されている。こちらは12万から18万ユーロの落札予想価格のところ、43.3万ユーロ(@105円/約4546万円)で落札されている。

第2章の見どころは、アウグスト・ザンダーの「20世紀の肖像」からの11点だろう。1918年にマルクス主義の現代作家たちと知り合い、芸術とは社会の構造を露わにする表現だ、との彼らの考えに影響を受ける。

August Sander, “Bricklayer, 1928” /TOP Collection:Reading Images

あらゆる階層、民族、職業のポートレートを 記録するという膨大なプロジェクトを思いつく。撮影ではモデルの実像をありのままに表現することを心がける。彼は無名な人達をありのまま表現し、職業を特徴付けるようと試みる。そのために撮影は被写体の仕事場などの日常環境で仕事着のままで行われている。平凡なポートレートのカタログに陥りがちなプロジェクトだが、彼のアーティストとしての被写体への繊細な感受性がドキュメントを芸術写真にまで高めたと、教科書では評価されている。ザンダーの写真はベッヒャ-夫妻、クリスチャン・ボルタンスキーをはじめその後の若いドイツ写真家、芸術家 に多大な影響を与えている。「20世紀の肖像」には様々な種類のプリントが存在する。スタジオが1944年に焼けたことから20年から30年代の本人制作のヴィンテージ・プリントは流通量が少なく非常に高額、2014年12月にササビーズで開催されたオークションでは今回展示されている作品リスト027の「レンガ積職人」と同じヴィンテージ作品が74.9万ドル(@119/約8913万円)で落札されている。
サンダー作品は、その他に息子が制作したモダンプリント(1万~数10万ドル)、孫が90年代に制作したエステート・プリント(5000ドル~)、有名作のインクジェット・プリントが存在している。

シンディー・シャーマンの初期代表作「Untitled Film Still」シリーズからも、1978年から1980年の4点が展示されている。

Cindy Sherman, “Untitled still #9, 1978” /TOP Collection:Reading Images

彼女はセルフ・ポートレート写真で知られる有名アーティスト。1977年、大学卒業後の23歳のときに本シリーズに取り組み始める。最初は自らがブロンドの映画女優に扮することから実験的に始め、その後、マリリン・モンローやソフィア・ローレンのなどの映画のワンシーンの架空のスティール写真を自らがヒロインとなるセルフポートレートとして製作していく。彼女はポップアート同様に映画という戦後の大衆文化を作品に取りこもうとしている。そして、ナルシシズムを感じさせる作品は、自作自演に酔うだけではなく、みずからが被写体になることでフィクションの中にリアリティーを見出そうとしている。同シリーズは1995年にニューヨーク近代美術館がAPを一括購入して相場は上昇した。展示されている作品とだいたい同サイズの約20x25cmサイズ、エディション10作品は、絵柄の人気度にもよるがだいたい12万~18万ドル程度からの評価となる。同シリーズの最高額は2015年5月にクリスティーズ・ニューヨークで取引された「Untitled Film Still#48」。エディション3、約76X101cmの巨大作品が、296.5万ドル(@120円/約3.55億円)で落札されている。

写真での現代アート表現で世界的に高い評価を得ている杉本博司(1948-)。2016年秋には東京都写真美術館の総合開館20周年記念展として「ロスト・ヒューマン」展を開催。人類と文明の終焉という壮大なテーマを、アーティストがアートを通して近未来の世界を夢想する、形式で提示している。

Hiroshi Sugimoto, “Regency, San Francisco,1992” /TOP Collection:Reading Images

今回のコレクション展に出品された「劇場(Theaters)」は、「海景(Seascapes)」と並ぶ杉本の代表シリーズ。彼は約40年間に渡り、消えゆく歴史的な劇場のインテリアを映画上映の光だけを利用して大判カメラで撮影している。カメラでの撮影は、映画の上映時間に合わせて行われる。結果的にスクリーンは輝く白い部分として残り、周囲の光が劇場内部を細部の装飾までを精緻に写し出している。彼は主に20~30年代に作られたクラシックな映画館を撮影。凝った作りのインテリアは、当時の急成長していた映画産業の文化的な証拠といえるだろう。
今コレクション展の中で杉本作品は特別扱い。「劇場(Theaters)」9点のための閉じた専用展示スペースが用意されている。423X541mmサイズ、エディション25の作品の相場は絵柄の人気度により1.5万~5万ドル。最近はやや勢いが衰えている印象だ。今回展示されている作品リスト061の“Regency, San Francisco,1992”は、2015年10月にフィリップス・ニューヨークで開催されたオークションで3.75万ドル(@120/約450万円)で落札されている。杉本の8×10″の大判カメラと長時間露光で制作された銀塩プリントは時間を凝縮した静寂の中に豊かな美しさを持っている。ぜひ近くに寄って劇場の細部まで鑑賞したい。

エドワード・ルシェの有名フォトブック「サンセット・ストリップのすべての建物,1966」も注目作品。

Edward Ruscha, “Every Building on the Sunset Strip, 1966” (フォトブックの部分画像) /TOP Collection:Reading Images

これは1963から1978年にかけてルシェにより自費出版された16冊のアーティストブックの第4冊目。ルシェはハリウッドの全長約2.4キロにおよぶサンセット通りの両側のすべての建物を車で走りながら撮影。なんと7メートルを超える長さのパノラマ状のヴィジュアルを折り畳んだ本になる。本展ではそれを横に広げて展示している。ドキュメント写真とコンセプチュアル・アートを融合した作品で、フォトブック制作を念頭に写真撮影が行われるアプローチは多くの写真家に影響を与えた。実は本書刊行の13年前の1954年に「銀座界隈」(木村荘八編、東峰書房、1954年刊)という2分冊の書籍が出版されている。別冊の「アルバム・銀座八丁」には、写真家鈴木芳一が撮影した戦後の銀座中通りの左右の店構えの景観を上下に対比して蛇腹折のページで紹介している。写真の扱いや文字内容の掲載方法は上記のルシェの本にかなり似ている。真偽のほどは定かでないが、ルシェが「アルバム・銀座八丁」に発想を得た可能性があると言われている。「サンセット・ストリップのすべての建物,1966」は、主要なフォトブックガイドには必ず紹介されている人気コレクターズアイテム。本の状態、初版(1966年、1000部)か2刷り(1970年、5000部)か、スリップケース/サインの有無などで、相場は1000ドル台から8000ドル台まで。

会場内には、その他にも国内外の有名写真家による名作が何気なく展示されている。アート写真のコレクションに興味ある人がじっくり鑑賞すると優に半日くらい時間がかかるだろう。コレクション展と聞くと、鑑賞者は地味な展示だという印象を持ちがちだろう。しかしTOPコレクション展は、展示作品のクオリティーが極めて高い東京都写真美術館の目玉企画だといえるだろう。今後どのような作品が紹介されるかとても楽しみだ。

TOPコレクション イメージを読む
写真の時間
http://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3439.html
東京都写真美術館(恵比寿)

嶋田 忠    野生の瞬間
華麗なる鳥の世界
@東京都写真美術館

嶋田 忠(1942-)は、カワセミ類を中心に、鳥獣専門として国際的にも高く評価されている自然写真家。埼玉県生まれだが、1980年以降は北海道を拠点に、いまでも第一線で国内外の自然写真を撮影している。

嶋田 忠”オウゴンフウチョウモドキ、2008年”

本展では約179点を展示し、彼の約40年にも及ぶキャリアを回顧するとともに、「世界最古の熱帯雨林」と言われているニューギニア島で撮影された貴重な野生動物の作品を初紹介している。
展示構成は、以下の通りとなる。
I. ふるさと・武蔵野 思い出の鳥たち 1971-79、
II. 鳥のいる風景・北海道 1980-2017、
III. 赤と黒の世界 1981-87、
IV. 白の世界 2009-14, 2010-17、
V. 緑の世界2000-18

“シマエナガ”

嶋田の写真撮影の流儀は、人と同じことはしない、人と同じ場所では撮影しないこと。誰も見たことのない鳥を撮るには、人がいない自然環境の中での撮影が必要となる。ときに厳しい天候や野生動物の脅威に身をさらすことになる。北海道や、熱帯雨林での撮影では、常に緊張感をもって覚悟を決めて撮影に臨むという。
嶋田によると作品制作では現場の事前観察が70%を占めるという。カメラでの撮影は一連の過程の最後の仕上げとのこと。「日本一シャツターを切らない写真家ではないか」と自身を評している。撮影の失敗はほとんどないという、徹底的に観察し、データを収集して、様々な状況を想定して、複数の撮影プランを構築する。こだわりを持たずに、上手くいかないとすぐに諦めて、次のプランの実行に移るとのこと。鳥からは約10メートルの距離で撮影する。すべて自らが隠れる場所を事前に作り込み、1週間くらい自然の中に放置しておくという。そうすると鳥も写真家の隠れ場所を意識しなくなるのだ。

“オジロオナガフウチョウ オス”

まるで、ドキュメンタリー写真家のユージン・スミスのようだと直感した。彼は最初からカメラを被写体に向けることなく、まず行動を共にする。相手が写真家とカメラを意識しなくなり、自然な態度や表情になった時に撮影するのだ。またユージン・スミスを敬愛するテリー・オニールがフランク・シナトラを撮影した時のエピソードも思い出した。彼もシナトラと行動をずっと共にするとともに、時にカーテンなどに隠れて自然な表情を切り取ったという。嶋田はまさに自然環境の中で鳥という被写体相手に完璧なドキュメントを目指しているのだ。ただ鳥を運任せに超望遠レンズを駆使して連写するのではない。自然環境にいるそのままの鳥の姿を、その羽毛の質感までもを忠実に表現しようとしている。彼の鳥の写真は非常に高いレベルの職人技にまで高められているといえよう。また写真撮影の一連の過程が一種のパフォーマンスのような自己表現にさえなっていると感じる。

Terri Weifenbach “Des oiseaux”(Editions Xavier Barral Paris、2019年刊)

ファインアート系分野の写真家は、鳥自体を撮影することはない。何らかの感動があって、それを表現する中に鳥が写されている。自然が作品テーマに関わるときには鳥が写っている場合が多い。たとえば、パリ在住の米国人写真家テリ・ワイフェンバックは、自然風景や植物を撮影対象として作品制作をしている。そこに鳥が含まれていることがある。身の回りの何気ない自然風景でも決して静止しているのではなく、風や昆虫、鳥たちの動き、光の変化で、まるで万華鏡のように常に変化している様子を、ピンボケ画面にシャープにピントがあった部分が存在する、瞑想感漂うイメージ表現している。最新刊の写真集“Des oiseaux” (Editions Xavier Barral Paris、2019年刊)では、彼女のかつてワシントンD.C.の自宅周辺で、移り変わる四季の自然風景の一部として鳥が撮影されている。

深瀬昌久の「烏」(蒼穹社、1986年刊)は、国内外で高く評価されているフォトブック。烏を不吉な存在の象徴として、戦後の工業化によりもたらされた、非人間的、環境が汚染された環境における、パーソナルな絶望を本の中で表現したと評価されている。金子隆一は、“日本写真集史 1956-1986(赤々舎、2009年刊)”で、「烏は、深瀬自身の孤独の化身である。そして写真集の最後に登場するホームレスの写真が、このシリーズのテーマを物語っている。それは社会に存在しながらも片隅でしか生きられない、人の眼に触れない存在の象徴として表されているのだ」と同書を評している。

写真には価値基準が異なる様々な分野が存在している。どの分野の写真でも、その最先端の仕事を行っている人は、アプローチは違えども、非常に高い強度を持って、また覚悟を持って被写体に接している。その姿勢には、アートの基本である何らかの感動を見る側に伝えるという作家性が意識的/無意識的に滲み出ている。ファインアート系には、それを評価する基本的な方法論が存在する。従来、その範疇だと考えられていなかった分野で活躍する写真家の作品でも、誰かがその作家性を見立てて、アート系の方法論の中での存在意義が語られれば、アート作品だと認知されるようになる。

かつてはアート性が低くみられたドキュメント、ファッション、ポートレート。いまやその中にも優れたファインアート系作品が含まれることは広く認知されている。それは本展のような自然写真の最前線で40年以上に渡り活躍している写真家の作品にも当てはまるだろう。
東京都写真美術館は今回の展覧会開催で、嶋田忠の作家性の「見立て」の第1歩を踏み出したと解釈したい。本展カタログに掲載されている学芸員関次和子氏のエッセーでは、「嶋田が作品集を制作するプロセスは、テーマやタイトルが決まると。ストーリーを考え、大量の絵コンテを描き、撮影の構図が確定すると、最後に写真撮影に取り掛かるというもので、それは現在でも変わっていない。この手法は人から学んだのではなく、自らで編み出したもので、映画製作の意プロセスに似ている」と記している。重要なのは、上記の嶋田のテーマが、いまという時代の中でどのように存在意義が語られるかだろう。
本展カタログの樋口広芳東京大学名誉教授のエッセーでは、「身近な鳥の世界を気軽に撮影することの楽しみが、多くの人に広がっていくことも、とても素晴らしいことだ。野生の鳥の世界の観察や撮影を通じて自然を愛し、理解する人の数が増えれば、今日急速に失われつつある自然環境の保全ももっと進みやすくなるに違いない」と書いている。たぶん、いま世界的に叫ばれている地球環境保護との関連や、自然の撮影と個人的生き方との関連などの見立てが可能だと思う。
本展がきっかけとなり、嶋田の作品性の評価が多方面から行われることに期待したい。

嶋田 忠 野生の瞬間 華麗なる鳥の世界
東京都写真美術館
7月23日(火)~9月23日(月・祝)10:00~18:00、
木/金は20:00まで(7/25-8/30の木金は21:00まで)
入館は閉館の30分前まで
休館日 毎週月曜日

写真展レビュー
宮本隆司 いまだ見えざるところ
@東京都写真美術館

宮本隆司(1947-)は、建築写真を通しての都市の変容、崩壊、再生などのドキュメントで知られる写真家。建築解体現場を撮影した「建築の黙示録」(1986年)、香港の高層スラムを撮った「九龍城砦」(1988年)などが評価され、1989年に第14回木村伊兵衛賞を受賞している。1996年に、第6回ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展に参加し、阪神淡路大震災により破壊された建築物の作品で金獅子賞を受章。2004年には世田谷美術館で「宮本隆司写真展」を開催。2005年、第55回芸術選奨文部科学大臣賞、2012年、紫綬褒章を受章している。2001~2005年、京都造形芸術大学教授、2005~2017年、神戸芸術工科大学教授を歴任、着実にキャリアを積み重ねている写真家だ。

本展では、会場後半の約半分の大きなスペースで、自らの出身地の奄美群島の徳之島で撮影された「シマというところ」、「ソテツ」、「面縄ピンホール2013」を展示。入口から続く前半の展示では、ネパールの標高3,789メートルの辺境地にある城壁都市を撮影した「ロー・マンタン1996」、アジアのマーケットを撮影した「東方の市」、いま東京都写真美術館の建っている旧サッポロビール恵比寿工場の解体を撮影した「新・建築の黙示録」、イタリアのシュルレアリスム画家キリコの絵画に触発されたというスカイツリーの建築過程をピンホールで撮った「塔と柱」が展示されている。
展示作品数は合計112点、全体を通して写真のドキュメント性に注目した作品の展示。しかし特にキャリア自体を本格的に回顧するものではない。自らの生まれ故郷の徳之島に残る現地住民の祭りや生活にフォーカスした、キャリアの回顧と共に自分のルーツ探し的な要素が強い作品展示となる。

私たちは、普段は自分の見たいものだけに意識を向けるという認知的な特徴があると言われている。いわゆる認知バイアスと呼ばれ、心理学の世界でよく知られている傾向だ。これは個人だけの傾向ではなく、集団や社会にも当てはまるのではないだろうか。効率化が求められる現在社会では、その流れから外れて、人々に見られなくなった多くのものが、気付かないうちにどんどん世界から忘れ去られ消えていく。歴史の必然と言えばその通りかもしれない。
本展タイトル「いまだ見えざるところ」は、色々な解釈が可能だろう。私は、「いまだ見えざるところ」を意識する重要性を示唆していると直感した。タイトルの“見えざる”は“見えていない”、もしくは“見ていない”なのだ。それは宮本自身が自らの生まれ故郷を見ていなかったという意味でもあるのだろう。
写真家である宮本は意識的に世の中を客観的、批判的に見る習慣を持っている。今回展示の一連のドキュメント作品は彼の冷徹なまなざしの存在をよく物語っている。優れた写真家は、思い込みにとらわれず、感情的にならず、自分自身をも客観視できる人なのだ。このような素養を持った写真家は案外少ない。

“面縄ピンホール2013″の展示風景と宮本隆司

宮本の両親はともに徳之島出身。しかし彼は幼少期に島で短期間だけ暮らしたものの、その記憶を持たないまま世界中で仕事を続けてきた。しかし彼の心の中には、生まれ故郷の徳之島の無意識化した記憶がひっかかっていた。キャリア後期になり、自分のルーツへの対峙を意識する。2014年に手掛けた「徳之島アートプロジェクト」以来、この島での作品制作に取り組むことになる。そこで「見えてきた」、琉球文化の影響を受ける島の特徴的な文化の存在の提示が本展の大きなテーマなのだ。
宮本が撮影した、サトウキビやソテツ、現地住民のポートレートを見ていると、本土とは全く違う時間が流れているのがわかる。しかし、これらは厳密な民俗学的ドキュメントではない。彼は自分の無意識化した幼い時の島の思い出を、現在の島に残る様々な断片的なシーンの中からパーソナルな視点で紡ぎだしたのだ。ソテツやサトウキビ畑が展示の中でフィチャーされているのは、幼少時に感じたそれらの存在感が記憶に強く残っていたからだろう。
本展には、1968年、彼が21歳の時に島を再訪した時に撮った、たぶんオリジナルはやや変色しているであろうカラー作品3点が展示されている。その他の最近に撮影されたカラー作品も、何か色のトーンが1968年作品に近いように見えてきてしまう。特に図録の図版にはそのような印象が強い。現在と過去との時間感覚が混ざりあい、まるで幼少の宮本が見たであろうシーンが現代に蘇ったようだ。

島の特徴的な文化や人々の生活風習を写真で撮影する行為は、効率重視で多様性を失っていく現代社会の是非を世に問う、より広い社会的メッセージ性も感じられる。メインビジュアルに抽象的なアナログのピンホール写真を持ってきたのは、現代社会の象徴であるデジタル技術を駆使したヴィジュアル・テクノロジーに対抗する表現だからではないか。それは現代建築技術の粋を集めて制作されているスカイツリーをピンホールカメラで撮影したのと同じアプローチだと思う。

いま時代の流れは大きく変化し始めたように感じられる。1990年代から拡大してきた貿易重視の経済のグローバル化が大きな曲がり角を迎えている。経済のナショナリズム化、ローカル化が今後の大きな流れになるような予感がするのは私だけだろうか?いままでのグローバル化の世界は効率重視で、文化の多様性にあまり寛容ではなかった。本展の「東方の市」、「建築の黙示録」などの前半展示の流れは、まさにそのような今までの世界的な流れを回顧している。最初のロー・マンタンの展示は、全体との関連はややわかり難い。しかし、世界から隔離された電気もガスも通っていない、標高3,789メートルの城壁都市のシーンは、グローバル経済から孤立した世界として象徴的に展示されていると読み取れる。それは日本に当てはめると、徳之島と同じような場所だという意味でもある。そしてメイン展示である徳之島のシリーズでは、世界の現状と変わりゆく未来を暗示していると解釈できるのではないだろうか。

宮本隆司 いまだ見えざるところ
東京都写真美術館(恵比寿)
5月14日(火)~7月15日(月・祝)
10:00~18:00、木金は20:00まで
入館は閉館の30分前まで
休館日 毎週月曜日 ただし、7月15日(月・祝)は開館
入場料:一般 700円/学生 600円/中高生・65歳以上 500円

鋤田正義 写真展 in 大分 2019
@アートプラザ

鋤田正義の展覧会が大分市のアートプラザで4月21日まで開催されている。

同展は、2018年に出身地福岡県直方市で行われた大規模な回顧展をベースに再構成されている。鋤田が学生だった1956年ごろに直方市周辺で撮影された、静物、ポートレート、風景、スナップ、自画像から、デヴィッド・ボウイ、マーク・ボラン、イギーポップ、YMOなどの代表的なミュージシャン関連ポートレート、広告・ファッション、ポートレート、風景のパーソナル・ワークなどの作品群がカテゴリーごとに分けられて展示。また大分展では地元湯布院などで撮影された新作のカラーとモノクロの風景写真が追加されている。

鋤田が最近になってテーマとして意識しているのは人間に不可欠な存在である「水」。東日本大震災の際お店からペットボトルの水が消えてなくなった時から気になっているとのこと。関心は幅広く、小惑星探査機“はやぶさ2”が小惑星リュウグウで、岩石に取り込まれた形で水が存在している事実を確認したニュースにも関心を持っている。
水のある風景写真では遅いシャッターで撮影して水の動きを表現しようとする場合が多い。鋤田はあえて高速シャッターで撮影し、水の一瞬の存在を顕在化しようとしている。ライブでミュージシャンを撮影するのと同じスタンスで風景/水と対峙しているのだ。
水、風景は、彼がライフワークだと意識している現在進行形のプロジェクト。今回の展示はその序章、今後も作品が増えていくだろう。

鋤田と言えば、彼が最初に撮影した1枚で、フジフィルム・フォトコレクション(日本の写真史を飾った写真家の「私の1枚」)に選出された、盆踊りの浴衣を着て笠をかぶった横向きの母親の姿を撮影した“母、1958”がよく知られている。本展では、鋤田の親戚の姪が同じ場所で、同様の格好の姿で、カラーで撮影された作品が、オリジナルと対で展示されている。

タイトルは“母 1957年/ 姪 2018年”となっている。2枚の写真は、笠をかぶっていることから顔はあごのラインしか見られない。しかし、時代は約60年離れているもののそのラインはまさに瓜二つだ。当然これは演出された写真となる。しかし、時代は経過しカメラはフィルムからデジタルへ移行し、ほとんどの事象は変化したものの、それとは一線を画して受け継がれていく血の流れのようなものの存在を提示している。オリジナル作はパーソナルワークだが、新作が追加されて、時代を写した広義のファッション写真とも解釈可能になった。

本展の隠れテーマは、実は会場の建物にある。会場のアートプラザは旧大分県立大分図書館で、設計したのは大分出身のポストモダン建築の旗手として知られる磯崎新(いそざき あらた、1931- )なのだ。

磯崎は、2019年に“建築界のノーベル賞”と紹介されることもあるプリツカー賞を受賞している。つくばセンタービルや水戸芸術館を設計したことでも知られている。同館3階は磯崎新の建築作品の模型や資料を常設展示する磯崎新建築展示室となっている。

実は、鋤田はかつて磯崎と美術雑誌で、各界の最先端の人物が集う対談に参加したことがあるとのこと。大分展開催に際して、いくつかの会場が候補に上がったが、アートプラザは磯崎新の設計だと聞いて鋤田本人が同会場を希望したそうだ。同館は1966年に大分県立大分図書館として開館。当時には日本建築学会賞を受賞した磯崎建築の代表作。1998年に改装されて複合文化施設のアートプラザとして再生されている。

本展の展示作の多くは、60年~80年代に撮影されている。鋤田作品のような時代性が反映された作品は、現代的で無機質なホワイトキューブ的な会場で展示されるとリアリティーが弱まることがある。何か写真がかしこまった様になり、時代が発していたエネルギーが薄まって感じられる。
しかし、磯崎新の会場に展示されると、作品と場所が共鳴しあい。当時の気分や雰囲気がとても強く蘇って感じられるのだ。建物内部はコンクリートの打ちっ放しで、天井には丸い窓がちりばめられ、豊富な自然光が作品を照らしている。

もし、昭和の時代に同じような鋤田正義の写真展が開催されていたとしたら、本展と同じような佇まいの展示になったと思われる。まるでタイムマシーンで昭和時代の展覧会会場に舞い戻ったようだった。展示の仮説壁面の設えや、一部のパネル貼りによる写真展示も館内の空気と見事にマッチしているのだ。
私は本展自体が、鋤田正義と磯崎新の一種のコラボレーションの大きな作品だと感じた。

かつてミュージシャンのポートレートやファッション写真は、演出された作り物であり、アートではないと言われていた。しかし、いまやニューヨーク近代美術館がアイスランド出身のミュージシャンのビョークの展覧会“Bjork”(2015)を開催する時代だ。デザインを専門とする英国ヴィクトリア&アルバート美術館は、“David Bowie is”を2013年に、デザイナーのクリスチャン・ディオールの“Christian Dior : Designer of Dreams”や“Mary Quant”の展覧会を2019年に開催している。いままでは大衆文化的な受け取り方が主流だったが、この分野の中にもアート的な要素を持つ幅広い表現が存在することが明らかになっている。
念のためだが、単なるブロマイド的なミュージシャンのスナップ写真や洋服を見せる目的のファッション写真も存在する。ここで紹介しているのは、それらとは一線を画する存在の作品であることを確認しておきたい。

私は、これらは権威の象徴である美術館側が、新たな視点から価値を見出した、いわゆる「見立て」を行ったのだと解釈している。
日本でのこの新たなアート分野の代表的写真家が鋤田正義なのだ。
彼は広告写真家だという人もいるが、広告の仕事で生計を立てながら自己表現をポップカルチャーの最前線で行っていたと解釈すべきだろう。
本大分展では、磯崎新とのコラボレーションを行うことで、その存在感を一層アート界にアピールしていると評価したい。

鋤田正義 写真展 in 大分 2019
会期:2019年3月15日~4月21日
会場:アートプラザ 2F アートホール
開館時間:10:00-19:00
チケット:一般 1000円、前売り800円

オフィシャルサイト
会場

ピエール セルネ & 春画
@シャネル・ネクサス・ホール

本展は、フランス人アーティスト、ピエール セルネの現代アート的作品と、浦上蒼穹堂・浦上満コレクションが収蔵する浮世絵の春画を同時展示する試み。

Pierre Sernet 作品の展示風景

浮世絵の大胆な構図、線描、色彩は、印象派などの西洋画家に大きな影響を与えたことで知られている。浦上満コレクションの春画は、鈴木春信、鳥居清長、北多川歌麿、葛飾北斎などによる作品。浦上氏によると、春画は特定の絵師が専門にしていたのではなく、すべての制作者が表現の一つのカテゴリーとして手掛けていたとのことだ。
また春画は日本ではポルノグラフィー的に認識される場合が多いが、最近の西洋ではその作品性が再評価されているとのこと。そのきっかけは、2013年にロンドンの大英博物館で開催された大規模な展覧会。浦上氏は、日本での巡回展を試みたものの、公共美術館での開催は実現しなかったという。最終的には、元首相細川護熙氏の細川家が運営する永青文庫で2015年に開催されている。記録破りの観客動員数がマスコミの話題になったのは覚えている人は多いのではないか。同展プレスリリースの紹介文をシャネルのリチャール コラス氏が担当したのがきっかけで、今回のピエール セルネとの同時展示企画が生まれたとのこと。英国で成功したように、日本でも春画の歴史的な芸術性を再評価しようという試みなのだ。
しかし、春画が海外でファインアートとして評価されたと単純に理解してはいけないだろう。西洋では、日本は彼らとは違う価値観を持つ国だという理解が前提にある。日本の伝統的な大衆文化の一つの形態として、浮世絵の春画も注目するというスタンスなのだ。

ピエール セルネの“Synonyms”は、様々なカップルを被写体として、スクリーンを通してモノクロームのシルエットでそのフォルムを表現した作品。ニューヨークのメトロポリタン美術館収蔵の19世紀日本の掛け軸の影のような肖像画に触発されて制作したという。セルネの単体の作品は、どちらかというとグラフィックデザイン的要素が強い大判サイズの抽象作品といえる。
作家のカタログ掲載の本人によるエッセーによると、本作はインクの染みを見せて何を想像するかを述べてもらう性格検査心理テストのロールシャッハ検査の無彩色の図版や、ウサギとアヒルのヴィトゲンシュタインの有名な「だまし絵」のように、どのように感じられるかは“見る人の心のあり様に左右される”とのことだ。つまり見る人が作品にどのような文脈を与えるかによって、それぞれの見え方が存在するということ。抽象作品だが、作品タイトルにはモデルとなった二人のファーストネームが書かれている。見る側は、それを通して彼らの、性別、文化的背景、国籍が推測可能となる。つまり、人類には様々な文化的な違いが存在するものの、男女のフォルムに還元してしまうと違いはない、というのが作家のコンセプト。私は文脈と見え方/感じ方との関係性を提示した方法論自体が、より興味深い作品テーマだと解釈している。

本展は、キュレーションを行ったシャネルのコラス氏の見立てが重要な役割を果たしている。浮世絵の春画のアート性については様々な意見があるのは当然承知の上での展示だろう。エロチシズムを黒白のフォルムを強調して表現する現代アート的写真作品と共に展示することで、ポルノグラフィー的に解釈する人たちの意見に確信犯で一石を投じようということだろう。ロンドンの大英博物館やフランスの老舗ブランドのシャネルなど、日本人が海外からの評価に弱い点を巧みについているとの意見もあるだろう。しかし、コラス氏はもっと大きな視点から展覧会を開催したのだと思う。それはアートは世の中の多様性を担保する存在だということ。日本では忖度や空気を読むことが成熟した大人だという風潮がいまだに強く残っている。またアートはお上から与えられて、鑑賞するものだと考える人が多いのが現実だ。アートか猥褻かは、最も論議を呼ぶであろう、そして意見の分かれるテーマだろう。あえてそれを提示したのは、日本人にアートの多様性を気付かせる仕掛けではないかと思う。
私は90年代に日本で巻き起こった空前のヘアヌード現象を思い出した。当時は、週刊誌をはじめ多くのメディアは、アートだと言い切ることによって、ヘアヌードが猥褻だと当局からお咎めを受けないと考えたのだ。今回、コラス氏が意図したのは、そのような次元のことではなく、アートとして提示された作品に対して、誰でも自由に自分の意見を述べることができるということ。それに対しての発言は誰の心も傷つけることはないのだ。主催者は、老若男女、多くの人が会場に来てくれて様々な意見を交わしてほしいのだ。そして、アートは決して美術館やギャラリーで展示される物理的なモノではなく、それは一種の考え方もしくは思想、さらに進んで生き方なのだと示したいのだろう。また日本に長く在住しているコラス氏による日本のアート界へのメッセージでもあると受け止めたい。

なお本展は“KYOTOGGRAPHIE 京都国際写真祭”にも巡回するという。古の都でも様々な議論が交わされることになるだろう。

ピエール セルネ & 春画
シャネル・ネクサス・ホール(銀座)
3月13日(水)~4月7日(日)
12:00~19:30、入場無料
3/28は展示替えのため休館

ヒューマン・スプリング
志賀理江子
@東京都写真美術館

志賀理江子(1980-)は、愛知県出身の宮城県在住の写真家。ロンドン芸術大学チェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・カレッジ・デザインを卒業。2008年に第33回木村伊兵衛写真賞を受賞している。
主催者によると、本展“ヒューマン・スプリング”の趣旨は、“現代を生きる私たちの心の奥に潜む衝動や本能に焦点を当て、日本各地のさまざまな年代、職業の人々とともに協働し制作した新作を、等身大を超えるスケールの写真インスタレーションで構成します”と紹介されている。
カタログ掲載の“人間の春”という作家本人のエッセーには、“毎年春、さくらが芽吹く数日前に、全く別人になる人がいた。頬は赤く紅葉し、夜もねむらずあたりを歩み続け、目が合う誰しもに話しかけ、よく笑い、高鳴る旨の音がこちらにもきこえてくるようだった”そして、“春になると全くの別人になる人は、まさに、その(「死」を通じた時空)裂け目からやってきた精霊のようだった。(中略)そして、その症状には「躁」という病名がついた”と記されている。志賀は、心のバランスを崩すと、生を疑うようになり、死を呼び寄せる、という発言もしていた。また精神科医の木村敏が、著書の“臨床哲学講義”(創元社、2012年)で、内因性の躁の時制について“永遠の現在”という言葉を使っているとし、それがまるで写真のようだとも語っている。また“躁はすべて鬱だし鬱はすべて躁である、と言える”という同氏の見解も紹介している。

会場内で奥から入口方面を見ると、直方体の巨大な180 X 270 cmの面に、この「春になると別人になると思われる人の」ポートレートが“人間の春・永遠の現在”と題されて繰り返し並んで展示されている。カタログにも、ほとんどすべての見開きページの左側に、この人の同じポートレートを収録。文字ページの背景にも使用されていて、裏表紙も含めて約80点が掲載されている。

都写真美術館 志賀理江子“ヒューマン・スプリング”展

志賀はカタログのエッセーで、人間が社会生活の中で多大な精神的なストレスをかかえ、“心因性かつ単極の鬱病を大量に発生させている”と記している。この辺りに本作の基本構想が生まれた背景があるようだ。しかし、これは社会生活を送っていくうちに誰しもが認識することであり、特に作品テーマとして声高に提示するような新しい視点でもないというツッコミがはいるかもしれない。
しかし、いままでに多くの世代の人が意識してきた問題意識を、今の30代後半の人も共有している点に注目したい。もはや、限られた世代や時代の問題ではなく、現代日本社会における根深い状況になっていると解釈したい。

本作で、志賀は精神的に病んでいく根本的な原因は人間と自然とのバランスが崩れたことにあると認識している。都会で人工的な社会生活を送っていると自然など意識しないだろう。しかし、長い冬からの春が訪れという自然の大きな変化を体で受け取り、全くの別人のなる人との出会いを通して、彼女はその事実に否応なしに気付かされた。また本作の作品制作の背中を押したのは、東日本大震災の体験だろう。それは普段私たちが忘れている自然の中の小さな存在を意識するきっかけになった。考え抜いた末ではなく、天変地異との遭遇から直感的に生まれてきた作品制作の衝動だったと思う。

本展は、日本古来の価値基準をもう一度見直してはどうかという提案でもある。それは、自然美に一種の神を見出し、恐れを抱きながら共に生きるというもの。いま世界の多くの人は、環境破壊や気候変動に直面し、西洋の自然を利用して経済成長するという、長らく続いた近代主義の考え方に疑問符を持つようになっている。明治以降の日本も例外ではない。
様々な考え方が議論されているが、自然に神を見出しだすような、かつての日本の美意識や地球共同体的な考えが注目されるようになっている。実際のところ、このような考えを安易にテーマとした作品は数多く存在している。21世紀の日本の山河に、古の日本の優美の美意識を見つけ出した、というような退屈な風景写真だ。残念ながら、それらの多くは、表層だけをとらえたテーマ性が後付けされた、リアリティーに欠けた写真だ。
一方で、志賀は同じ深遠なテーマを、人間の中に眠る身体性を蘇らせて、一種の祭りのような身体性を持つ写真撮影のパフォーマンスをチームで行って表現している。その延長線上に、今回の巨大写真を張り合わせた直方体のオブジェを会場全体に並べるインスタレーションが生まれたのだろう。しかし、彼女は特に古き良き時代の日本の考え方に戻れと言っているのではないと思う。そんなことは望むのはナイーブで非現実的だと当然理解しているはずだ。しかし、いま確実に進行している危うい社会状況を、ヴィジュアルで可視化させて、来場者に意識するきっかけを提示したいのだろう。

いくつかの展示作品は、米国人写真家ライアン・マッキンレーのヴィジュアル・スタイルと似ていると感じた。志賀は自然と人間との関係性の再構築の可能性に取りつかれている。アメリカ人も病的に自由であることに取りつかれているともいえるだろう。マッキンレーは不自由を強いられる現代生活の中で、かつての自由でルールがないような世界を追い求めて創作している。二人ともに今はない、かつてあったファンタジーの世界を、時間軸は違うものの作品で構築しているのだ。またチームで創作する点や演出する点も類似性を感じさせられる。
志賀は1980年生まれ、マッギンレーは1977年生まれの同年代。国は違えども、今を考えるヒントを、過去に求める共通のメンタリティーを持っているのだろう。

都写真美術館 志賀理江子“ヒューマン・スプリング”展

多くの来場者は、会場に足を踏み入れると、まず展示風景に困惑するだろう。それは全く知らない土地で、突然その地の伝統的な祭りに出くわしたときのような戸惑いと同じだ。会場内で彼らが感じる違和感、もしくはノイズも作家が意図したもう一つのテーマなのだろう。
現代社会では、私たちは自分の興味ある情報にしか触れなくなっている。社会システムから、個人が好む価値だけを与えられて、何も考えないで生かされる世界が現実化している。そこで生きる人は、違和感を無意識的に避けるようになっている。自分の狭い価値基準が全体の世界だと信じて、ぐるぐる回っているような状況だ。違和感は、自らの思い込みに気付かせてくれ、意識的に考えはじめるきっかけを提供してくれる。私は創作には違和感を避けるのではなく、意識的な対峙が必要だと考えている。本展では、上記のような、いまの社会状況をインスタレーションで表現しようとしているとも解釈可能だろう。
会場内に並べられた20個の巨大な直方体のオブジェは、私たちの表面的な社会のように整然ときちんとしているように見える。しかし、個別のヴィジュアルに目を移すと、そこには普通ではない「春になると別人になると思われる人」のようなシーンが繰り返し登場する。そして、よく表面を見ると、タイプCプリントにはたるみが出て、決してフラットではないことに気付く。一見平穏に見える世界に潜んでいるノイズがそこに表現されている。
会場内には、オブジェのスケルトンの、写真が貼られていない木材の枠組みが1点だけ置かれている。(上の画像の左奥) 製作途中で放棄されたかのような枠組みは、全体の展示物の中でのノイズであり、会場内に潜む違和感に気付く割れ目のような役割を担っている。そして、その違和感は、私たちが自然とのバランスを崩していることへの気付きにつながってくるのだ。

来場者は、違和感を拒否するのではなく、ぜひそれに対峙して味わってみてほしい。世界を理解する新しい視点が自分の中から呼び起こされるきっかけになるかもしれない。

志賀理江子 ヒューマン・スプリング
東京都写真美術館(恵比寿)