写真展のカタログに、写真家の孫ナディア・ブルーメンフェルド=シャルピが興味深いコメントを書いている。
「過去の巨匠たちの視覚的な創造の産物やそれから再創造された素晴らしさに対する真の信念と、写真技術とそれに関わる実験の全てを芸術に役立てたいとの真の情熱持って、芸術を広告/ファッション写真に「こっそり持ち込んだ」」
彼が米国のファッション写真界で活躍していたのは1944年~1955年まで。その時代はまだファッション写真はアートとしては認知されていなかった。
ヴォーグ誌のアレクサンダー・リーバーマンは、優れた写真家はプライベート作品で自己表現の可能性を探求し、広告やファッションは仕事と割り切って行うものだと語っていた。しかし、私はファッション写真家は完全に割り切ってファッションに取り組んでいたとは考えていない。
この分野の優れた写真家はエディターやクライエントと戦いながらも自由な表現の可能性を目指していたのだ。
現在、ファッション写真はアートのひとつの分野として認知されている。ファッション写真の歴史を見渡してみると、アート作品としてオークションで高値で取引される作家がいる一方で、オークションどころか写真集も刊行されない人も数多くいる。
この違いの理由は何かというと、厳しい環境の中でも自由な自己表現の可能性を追求したか、それともただ依頼された通りに服を着たモデルの写真を撮影していたかの違いによるのだ。
上記のようにブルーメンフェルドはファッション写真の中にアート性を追求した戦後第一世代の写真家なのだ。ちなみに、リーバーマンはブルーメンフェルドの写真を「最もグラフィカルでアートに根ざしている」と評価している。
展示作品を見ると、彼のファッション写真が後世の非常に多くの写真家に影響を与えていることがよくわかる。顔や体に布を巻きつかせた写真などははまさにハーブ・リッツ作品そのものだ。その他、アービング・ペン、ピーター・リンドバーク、パオロ・ロベルシ、ラルフ・ギブソン、ジャンルー・シーフなどは間違いなく多大な創作のヒントをブルメンフェルドより得ているだろう。
しかし、彼の作家性が現れているのはファッション以外の作品群なのだ。実は彼はドイツ出身のユダヤ人。明確に反ファシストの立場だった。本展の「ヴィンテージ写真作品」のパートにはそれらの写真がいくつか展示されている。 作品82の、「ヒットラーの肖像」はヒットラーが総統になった1933年のフォトモンタージュ作品。死を暗示するガイコツにヒットラーのポートレートが組みつけられている。
作品83の、「ミノタウロスか独裁者か」はパリで1936年に撮影されたもの。ミノタウロスはギリシャ神話に登場する牛頭人身の怪物のこと。異端者を痛めつける象徴であることからこれもヒットラーを意識した作品だろう。
このシュールな作品にはあまり手が加えられていないという。スタジオにあった石膏のトルソーにシルクをかけ、顔には肉屋から買ってきた子牛の頭をかぶせているのだ。
これらの作品にはファッション写真からはうかが知れない彼の反骨精神が感じられる。
この2点の写真はともに「My One Hundred Best Photos」(A.Zwemmer、1981年刊)の収録作品だ。なお本展ではこの本の制作時のプリントも展示されている。彼の作家としての世界観はこの本の作品セレクションに的確に現れていると思う。この作家性を知るとファッション写真の印象が多少変わるのではないか?
展示は華やかなカラーのファッション写真から始まっている。しかし順番としては、まずヴィンテージ写真作品を見てからファッションを鑑賞した方が良いだろう。
彼のオリジナル・プリントについても見てみよう。
過去のデータを調べてみたが作品の流通量はあまり多くないようだ。ファッション写真のアート性が認められる前に亡くなっていることが影響していると思われる。またヴィンテージプリントでも、スタジオのスタンプはあるがサインがないことで知られている。最新のオークションでは、上記の「ミノタウロスか独裁者か」3万から5万ドル(約300~500万円、1ドル@100円)ハーブ・リッツ作品への影響が感じられる”Nude under Wet Silk, Paris, 1939″は2万から3万ドル(約200~300万円)の落札予想価格。
80年代にエディション50で制作されたダイトランスファー10点のポートフォリオも2万から3万ドル(約200~300万円)の落札予想価格だ。
「アーウィン・ブルーメンフェルド 美の秘密」展は、東京都写真美術館で5月6日まで開催。 ファッション写真ファンは必見です!