「石元泰博 生誕93年記念展」

石元泰博(1921-2012)の生誕93年記念展が、東京広尾のインスタイル・フォトグラフィー・センターで6月22日まで開催されている。主催は「石元アーカイヴ事務局」。ちなみに6月14日は本人の誕生日とのことだ。

石元は、米国サンフランシスコ生まれ。1969年に日本国籍を取得している。シカゴ・インスティテュート・オブ・デザインのニューバウハウスでハリー・キャラハンやアーロン・シスキンらに写真を学んでいる。
彼の偉業のひとつは日本建築の象徴的存在である京都の桂離宮が400年前のモダニズム住宅だったことをヴィジュアルで明らかにしたこと。彼は、1953年~1954年にかけて京都の桂離宮を大型フォーマットのカメラで集中的に撮影。一連の仕事は、写真集「Katsura:Picturing Modernism in Japanese Architecture(桂-日本建築における伝統と創造」(1960年刊)にまとめられた。写真集では桂離宮の幾何学的外見の屋根部分を切り落とし、モダニズムの絵画のようにグリッド状の構図にレイアウト。開放的な建築空間がモダニズムの直線的でシンプルな空間構成と重なることを提示しているモダニズムの視点で17世紀の日本の伝統的建築物、桂離宮の美を再発見した点が高く評価された。
初版は、バウハウスのヘルベルト・バイヤーがデザインを担当、建築家丹下健三とヴァルター・グロビウスのエッセーを収録した幻のレアブック。2010年には米国のヒューストン美術館で開催された写真展に際して約50年ぶりに新版が刊行されている。ヒューストン美術館写真部門の中森康文が石元泰博と丹下健三の関係を新たな視点から探求。建築物の写真を抽象的な部分として見せようという、丹下の意向が石元の写真のトリミングや配列順序に深くかかわっていたことを解き明かしている。
その後、石元は「ある日ある所」(芸美出版社、1958年刊)、「シカゴ、シカゴ」(美術出版社、1969年刊)などの代表作を相次いで発表している。それらのフォトブックは入手が難しいレアブックとして世界的に知られている。

いま彼の作品や資料は、出身地の高知の高知県立美術館の「石元泰博フォトセンター」に収蔵されている。東京にいるとオリジナル作品はなかなか見ることはできない。
本展は、「桂離宮」、「シカゴ、シカゴ」などの代表作から、キャリア後期に取り組んだカラーの抽象作品までをコレクターの協力で幅広く集められた写真展。作品取り扱いギャラリーのPGIの在庫からは出品されていないとのことだ。コレクターが何らかの魅力を感じ、実際に購入している作品の展示となる。写真界の錚々たる人々が石元作品をコレクションしていることがわかって興味深い。キャリアを網羅する多様な作品群を見るに、彼が写真表現のなかでのモノクロームの抽象美とファインプリントのクオリティーを追求するとともに、やがてその限界を超えることに挑戦していた事実が見えてくる。
平滑性が重要視される印画紙をあえて手を加えて、くちゃくちゃにした90年代の作品、 カラーの多重露光で色彩とフォルムで抽象美を探求した作品などは現代アートの写真表現につながると思う。しかし、それらが技法の追及や実験ではなかったことを明確化するために、どのような写真家の意図が創作の背景にあったが語られることが非常に重要だと思う。
写真史ではなくアート史の視点からの再評価が可能なのではないだろうか。今後の「石元アーカイヴ事務局」による、さらなる調査を期待したい。

アート写真の新しいトレンドになるか?注目されるイコン&スタイル系作品

先日、2014年春のロンドン・オークションのレビューを紹介したが、今年は常連のクリスティーズがオークションを行わなかった。どうもロンドンの市場があまり良い状態ではないようで、彼らは7月1日にパリでアート写真オークションを行うとのことだ。なんでロンドンでなくパリかというと、まず世界的なフォトフェアのパリフォトが秋に開催される点が重要視されているようだ。ロンドンでもフォトフェアは開催されているが、ローカル色が強く規模も小さい。ちなみに2010年11月には、クリスティーズ・パリはリチャード・アヴェドンの単独オークションを開催して大成功を収めている。ここには名作”Dovima
with elephant,1955″の、1978年のメトロポリタン美術館の展覧会時に展示された約216X166cmの1点ものの巨大作品が出品された。なんと、841,000ユーロ(当時の為替レート換算・約9671万円)という作家オークション最高金額で落札されている。今回のオークション・タイトルは、”Photographs Icons & Style”。私はこの動向を非常に興味深く見守っている。今回の特徴は、通常の複数コレクター出品によるオークションではなく、有名写真家による、ファッション、ポートレート、花などのイコン的な作品だけがセレクションされている点だ。出品数が多いのは、アーヴィング・ペン、ロバート・メイプルソープ、リチャード・アヴェドン、ヘルムート・ニュートン、デビット・ラシャペル、ホルスト、荒木経惟など。開催時期もちょうどファッション・ピープルがパリに集うコレクションと重なっているそうだ。

このオークションは、落札率を気にする大手が、いま市場で何が実際に売れているか(売れそうか)を意識したものといえるだろう。私は最近「写真に何ができるか」(窓社刊)という本の中で「デジタル革命第2ステージを迎えて」というエッセーを書いた。そこで現代アートが市場を席巻したことで、従来の写真市場の眺めがかなり変化していることを指摘している。イコン的な作品は単に知名度が高い写真家の代表作というだけではない。 つまり、現代アートでは時代の持つアイデア、コンセプトを重視するが、ファッション系(スタイルも同様の意味)は、それよりも時代の持つ気分や雰囲気が作品に反映されている点が評価されているのだ。この分野の作品に関心が集まる背景には、やはり現代アート的な視点を持つコレクターの増加があるのだろう。そしてこの分野のコレクターには不況にあまり影響を受けない富裕層が多いのが特徴なのだ。

一方で、従来のモノクロームの抽象的な美しさやファイン・プリントの美しさだけを追求したものは、アート的というよりも歴史的な工芸品的な価値しか認められないとも指摘した。実は、ロンドンの大手のオークションの後で、欧州の中小ハウスによる写真オークションが開催された。こちらの出品作は特に意識的にイコンやスタイルを意識したものではない。
中小ハウスは出品作品をエディティング(選択)してセールの方向性を明確化する余裕はない。どちらかというと、大手が取り扱わない作品を拾ってオークションを開催する傾向がある。大手では絶対に取り扱わない、無名写真家、プレス・プリント、状態の劣る作品などが出品されることもある。ここでよく取り扱われるフォトブックは、一部を除いて典型的な反イコン、反スタイルのアート写真作品になるだろう。作品の絞り込みをあまり行わないので、結果的に出品数も約240~300点とかなり多めになっている。

結果は、Grisebach(ベルリン)”Photographs”の落札率は約64%、Lrmpertz Cologne (ケルン)”Photography”の落札率は約48%、Dreweatts & Bloomsbury (ロンドン)”Photographs &
Photobook”は落札率約57%だった。トータルすると落札率は約53%、つまりほぼ半分の作品には買い手がついていない。
最近の欧州地域では、中央銀行がマイナス金利を導入したり、景気テコ入れ策が次々と実施されている。企業の経済活動はようやく回復傾向にあるようだが、一般の人が本格的な景気回復を実感するにはまだ時間がかりそうだ。つまりイコンやスタイル以外の写真作品を買っていた一般の写真コレクターは、いまだ景気回復を実感していないのだと思う。趣味的なコレクションにはまだお金が回らないのだろう。

しかし、これはアート写真コレクターの初心者には決して悪くない状況だと思う。イコンやスタイルを意識したものではなくても素晴らしい作品は数多く存在する。もしそれらが、富裕層があまり興味を示さないという理由でリーズナブルな値付けがされているのなら、絶好の買い場ではないかと思う。もし景気が本当に良くなると、そのような周辺銘柄の作品価格が上昇してくるのだ。

2014年現代アート・オークション 現代写真はどのようになっているのか?

米国の中央銀行にあたるFRBは、いまや金融緩和策の出口を模索している。しかし、金融緩和による株高や貴重な現代アート作品の高騰はまだ続いているといってよいだろう。株が高値圏にいる限りアート市場も安泰のようで、ここ数年続いている市場の2極化傾向にも変化はないようだ。

2014年5月にニューヨークで行われた一連の現代アート・オークションは凄いことになっている。クリスティーズが一晩で驚異的な
約745百万ドル(約745億円)を売り上げるなど、今シーズンに行われた4つのイーブニング・セールでなんと、前例のない約1,373百万ドル(約1373億円)の総売り上げを記録している。アンディー・ウォーホール、マーク・ロスコ、ジェフ・クーンズ、ジャン・ミチェル・バスキアなどが相変わらず高額で落札される一方で、バーネット・ニューマン、フランク・ステラ、アレクサンダー・カルダーなどがオークション落札新記録を達成している。

その中には写真が表現に使用された作品も含まれる。それらの動向を簡単に見てみよう。

写真でも市場の2極化傾向に変化がない様子だ。目立ったのはリチャード・プリンスとシンディー・シャーマンの人気の高さだろう。

クリスティーズで5月12日に開催された”If I Live I’ll See You”オークションでは、 リチャード・プリンスの初期作品”Spiritual America,
1983″が落札予想価格範囲内の3,973,000ドル(約3億9730万円)で、149 x 99 cmサイズの”Untitled (Cowboy), 1998″も3,749,000ドル(約3億7490万円)で落札。ちなみに、彼の絵画作品”Nurse of Greenmeadow”は8,565,000ドル(約8億5650万円)という高額で落札されている。ササビーズの5月14日と15日のコンテンポラリー・アート・オークションでは、シンディー・シャーマンが好調だった。”Untitled #93, 1981″が落札予想価格上限を超える3,861,000ドル(約3億8610万円)で落札されている。これは1998年に Sender collectionが、わずか96,000ドル(約960万円)で落札したものとのことだ。リチャード・プリンスも相変わらず人気が高く、”Untitled (Cowboy), 2000″が、落札予想価格上限約2倍の3,077,000ドル(約3億770万円)で落札された。

フリップスの5月15日と16日のコンテンポラリー・アート・オークションでは、全般的に写真系の目玉作品はなく低調だった。トップはシンディー・シャーマンなどに影響与えたことで知られるジョン・バルデッサリの2つのパーツからなる”Green  Gown (Death), 1989″。落札予想価格下限近くの389,000ドル(約3890万円)で落札されている。

最近、ある大手オークションハウスの写真担当者と意見交換する機会があった。私が色々なところで主張しているように、彼も現代アート、現代写真、クラシック写真などの境界線があいまいになってきていると感じているようだった。いまのオークションは、コンテンポラリー・アート、フォトグラフス、フォトブックなどのカテゴリーで分かれているが、この区分は将来的に崩れてくるという見方をしていた。実際、いまや出品される作品数の減少から19世紀写真というカテゴリーは消滅しつつある。それは20世紀のヴィンテージ・プリントにも当てはまる。将来的に、春と秋に定期的に行われているフォトグラフスは年1回になる可能性もあるようだ。その代わりに、種類別に、時代のイコン的な作品、ファッション写真などを集めた独自企画のオークションが増えてくる可能性が高いとのことだ。実際、オークションハウスの作品出品にその傾向があるのをここ数年強く感じている。
また、コンテンポラリー・アート分野では、写真表現を使うアーティストが非常に多いので、たとえばデイ・セールは写真関連だけになる可能性もあるようだ。
デジタル革命第2ステージを迎えて、ギャラリー店頭市場では写真とその他のアート作品との境界線があいまいになってきた。今後は、セカンダリー市場であるオークションでも、カテゴリーの大幅な見直しが進行していくのだろう。