カール・ラガーフェルド写真展 “太陽の宮殿 ヴェルサイユの光と影” @シャネル・ネクサス・ホール

ヴェルサイユ宮殿を撮影した作品というと、米国人女性写真家デボラ・ターバヴィル (1932-2013) の代表作”Unseen Versaille”(Doubleday、1981年刊)を思い起こす人が多いだろう。

彼女は、一般の人が立ち入って見ることのできない宮殿内部を主に撮影。絵画のような雰囲気を持つソフト・フォーカスなヴィジュアルで、この特別な場所の幻想的な雰囲気を表現しようとした。

一方で、本展はドイツ出身のデザイナーでアーティストのカール・ラガーフェルド(1933-)によるもの。彼のほとんどの被写体は宮殿の外見や庭園など。ターバヴィルとは対極のヴェルサイユ宮殿の姿を提示している。写真は本当にオ―ソドックスなモノクロ写真だ。彼は宮殿で生活していた王族が何気なくみていたようなシーンを紡ぎだしている。広大な敷地の中でそのような場所を探し出して撮影したのだろう。この特別な世界遺産の各所で、観光客がいない何気ないシーンを見つけ出すのは非常に困難だと思う。作品の中に、一部人影は発見できるがほとんどが小さいシルエットとして表現されている。彼はこの一見普通の写真を撮るために特別な許可を得て作品制作に取り組んだのだ。
写されているのは、宮殿外観、庭園の野外彫刻・花瓶、人工池、階段など。それらの中には、フランス人写真家ウジェーヌ・アジェ(1857-1927)が撮影したのと似たようなシーンも散見される。アジェは1901年ごろから約12年にわたりヴェルサイユ宮殿と庭園を撮影。それらは彼の最も美しい作品群と評価されている。ラガーフェルドは間違いなく19世紀のフランスの残り香を表現したアジェを意識していたと思う。個人的な印象だが、アジェの客観的でシュールにさえ感じるな視点での撮影と比べて、ラガーフェルドの写真の方がよりグラフィック的な要素を強く感じる。興味ある人はぜひ20世紀前半のアジェのヴェルサイユと見比べて欲しい。

ニューヨーク近代美術館が1983年に刊行した有名なアジェの4巻本”The Work of Atget”の第3巻”The Ancient Regime”に多くが紹介されている。
ラガーフェルドは、これらの写真を通して、宮殿が持つ過去、現在そして未来への歴史の流れを表現しているのではないか。17世紀後半に建造されたヴェルサイユ宮殿は、21世紀の現在はもちろんん、未来にも不変な存在であることを念頭に置いているのだろう。それはシャネルという彼がデザインを手掛けるブランドの歴史とも重ね合わせていると思う。アジェを意識しているのであれば、写真やアートの歴史も本品に取り込んでいるとも解釈できる。ラガーフェルドは、抽象的な歴史という概念を、宮殿、ブランド、写真という具体的な要素を重ね合わせて表現しているのだ。これこそが彼のヴェルサイユ宮殿に向けられたユニークかつパーソナルな視点の意味なのだ。
プリントは、羊皮紙を模した紙を使い、スクリーンプリントの古い技法によって制作されたものとのこと。時間と歴史の経過と流れを意識した作品であることから、あえて取り入れたと想像できる。作品が額なしで直接壁面に展示されているのもプリントの質感を見せたかったからだろう。決してプリント手法が目的化されたのではなく、それ自体も作品テーマの一部なのだ。

カール ラガーフェルド写真展
“VERSAILLES A L’OMBRE DU SOLEIL”
(太陽の宮殿 ヴェルサイユの光と影)

会期/2017年1月18日 – 2月26日 入場無料・無休
会場/シャネル・ネクサス・ホール 中央区銀座3-5-3シャネル銀座ビルディング4F