ケイト・マクドネルの風景写真
「はっ、ドキッ」とする瞬間の訪れ

ⓒ Kate MacDonnell “Caddis fly hatch by the Gallatin River, MT, 2014”

ケイト・マクドネルは、“Lifted and Struck”のアーティスト・ステーツメントで自作を以下のように語っている。

「見ることはなんと素晴らしいことでしょう!それでも、美の事例を捕まえるのは本質的に悲しい行為です。捉えたつかの間の閃光はすぐに消えていくからです。人生は時によって長くも短くも感じます。私は人生で努力して、これらの言い表せない瞬間の痕跡を集めるために働きます。時間をかけて、もっと近くで世の中の美しさやきらめきを見てほしい、そして不安で未知数だけど次のステップへと進んでほしい、私は皆さんにそう伝えたいのです」

マクドネルが、ネイチャー・ライティング系作家アニー・ディラードの“ティンカー・クリークのほとりで”(1974年刊)という著作に多大な影響を受けている事実は以前に紹介した。ディラードと同様に彼女は自然と対峙する。それを丹念に観察し自分との関係性を見出して、独自の宇宙や自然のヴィジョンを確立させている。それをヴィジュアルで作品として表現しているのだ。
このような説明だとアートに詳しくない人は意味が不明だと感じるだろう。それでは彼女の宇宙のヴィジョンとは何か?もう少し探求してみよう。やや難解なのだが、風景写真のアート性に興味ある人はどうか付き合ってほしい。
それはもちろん多くのアマチュア写真家のように、ただ感覚的に優雅で美しい瞬間や情景を探しているのではない。多くのアーティストは、自分の持つビジョンを自然や宇宙に探し求め、それが出現したシーンを作品化する。しかし、彼女は既存のどんなシーンにもとらわれない、というヴィジョンを持っている。まるで禅問答のようなのだが、そこには、いまの宇宙や自然界のどこかで発生しているが、誰も気付かない、見たことがようなシーンが存在するはずという認識がある。彼女の創作とはそのような現象を新たに発見して写真で表現することに他ならない。その作品制作のアプローチは、まるでビジネスでイノベーションを起こすための過程のように感じられる。
これは、上記のアニー・ディラードの語る以下の文章からの影響だと思われる。

「美しさと優雅さは私たちがそれらを感じるかどうかに関係なく出現している。 我々ができるせめてものことは、その場所に行こうとすることです」

作品制作時には、彼女は自分をニュートラルな心理状態にして、自然と対峙しながら「はっ、ドキッ」とする瞬間の訪れをひたすら待つのだ。一般的な美しい風景とは、見る側の解釈に他ならない。それは時にデザイン的要素が強い。彼女は目の前のシーンの観察に集中することで、その先入観から自由になろうとする。マクドネルは”心理学者と脳神経学者によると、混乱している状態は何か新しい知識を得ることと関連している”という引用を2017年のステーツメントで行っている。なにか自分に居心地がよくない状況こそが、宇宙での新たなシーンとの出会いにつながと認識しているのだ。普通の人は嫌な感じを避けようとする。しかし、彼女には自分の既存のフレームワークだけで世界を見ていても新たな発見がないという確信があり、あえて自分を追い込むのだ。たぶんその瞬間の訪れまでシャッターはむやみに切らないのではないか。
繰り返しになるが、それは美しいから、優雅に見えるからという認識ではなく、上記のように言葉で言い表せない「はっ、ドキッ」とする瞬間をとらえる行為だと思う。デジタルカメラ使用は、この作品コンセプトと見事に合致している。気候や光の状態や被写体の移動速度など、アナログでは再現できなかったシーンも作品として表現が可能になったのだ。

彼女は、自然風景だけでなく自分の身の回りにも同じ視線を向けている。これは自分の日常の中で作品制作を行うワイフェンバックの影響もあるだろう。被写体が異なるが、二人の対象を見つめる撮影アプローチは非常に類似している。それが今回の二人展につながるとともに、作品タイトル「Heliotropism」になったのだろう。二人の違いは、マクドネルが意識的に幅広く移動することを心がけている点だろう。それは自分を新鮮な状況に置くことが、新たな作品が生まれる可能性を高めるという考えによる。

今回の展示作の中に、2羽のフクロウと3匹の鹿の写真が含まれている。

ⓒ Kate MacDonnell “Broken winged owls, 2009”
ⓒ Kate MacDonnell “Deer corn, 2013”

これもアニー・ディラードの著作「イタチのように生きる」からの影響だろう。そこで彼女は、イタチは“必然”に生き、人は“選択”に生きる、と書いている。自らを客観視するきっかけとして、自我を持たず目的なく生きるイタチに思いをはせている。本作のマクドネルの動物たちも、人間が自然の一部である客観的な事実に気付くために意識的に収録されているのだ。写真のシークエンスのアクセントとして登場しているのではない。

マクドネルの“Lifted and Struck”は、フォトブックのフォーマットにより、より多くのヴィジュアルが紹介されることで、メッセージの強度が増すと思う。実際に来場者の多くがもっと多くの写真を見てみたいという意見を聞かせてくれる。ぜひ多くの出版関係者に見てもらい、フォトブックの可能性を検討してもらいたい。

また、本作は日本では珍しい、写真で自己表現する米国の若手アーティストの紹介となる。開催期間は8月まである。アート写真を学びたい人には絶好の教材となるだろう。ぜひ多くの人に見てもらいたい作品展示だ。

ケイト・マクドネル(Kate MacDonnell)
1975年米国メリーランド州、アッパー マールボロ出身。大学時代にワシントンD.C.移り住む。
子供のころから両親のサポートで写真を学ぶようになる。ハイスクール時代には、ヴィジュル・アートのカリキュラムの中で、絵画やドローイングと共にモノクロの暗室写真クラスを受講。1997年、コーコラン・アート・デザイン大学を卒業。自分が理想とするヴィジュアルつくりに写真が適していることに気づき、カラー写真による表現を開始する。
2000年代から、様々な研究奨励金を得て創作活動を行い、主にワシントンD.C.やニューヨークのギャラリーや美術館で作品を展示。2013年には、 ワシントンD.C.のシビリアン・アート・プロジェクツ(Civilian Art Projects)で個展「Hidden in the Sky」を開催。本展は初めて彼女の作品を日本で紹介する写真展となる。

「Heliotropism」
テリ・ワイフェンバック / ケイト・マクドネル
2018年 6月1日(金)~ 8月5日(日)
1:00PM~6:00PM
休廊 月・火曜日(本展では日曜も営業)
入場無料
ブリッツ・ギャラリー
http://www.blitz-gallery.com

 

2018年春ロンドン・アート写真オークション

5月17日~20日に行われたロンドンのサマーセット・ハウスで開催されたフォト・フェア”Photo London 2018”にあわせてアート写真オークションがロンドンで集中的に行われた。5月17日~18日にかけて複数委託者のオークションが、大手のクリスティーズ、フィリップス、ササビースで開催。

3社の実績を昨年春と比べてみよう。2017年は、総売り上げ約502万ポンド、408点が出品されて261点が落札、落札率は約63.97%だった。今年は、総売り上げ約643万ポンドに約28%増加、365点が出品されて284点が落札、落札率も約78%と改善した。全体の出品数が減少しているものの、落札予想価格が2.5万ポンド(約375万円)以上の高額価格帯、5000ポンド(約75万円)以上の中間価格帯の落札数が増えていた。
今回はクオリティーの高い希少作の出品が多く、全般的に良好な結果だったといえるだろう。

Phillips London, ULTIMATE Evening and Photographs Day Sales Catalogue

今春は、特にフィリップスの“ULTIMATE Evening and Photographs Day Sales”の好調が目立った。同社は、適切にエディティングされた複数委託者と共に、複数の優れたコレクションからの委託を獲得し、出品数は昨年の93点から172点に大幅に増加させている。売り上げは昨年比約51%も増加して約355万ポンド(約5.32億円)、落札率も平均を上回る約85%だった。これは同社のロンドンでの最高売上とのこと。
今回の目玉となったのは、1点もの“POLAROIDS from the Piero Bisazza Collection”32点と、現代アート系写真の“Michel and Sally Strauss Contemporary Photography Collection”の50点のセール。ポラロイド・コレクションは、イタリアのガラス製モザイクタイル業界をリードするメーカー「ビザッツァ」のCEOのピエロ・ビザッツァ(Piero Bisazza)のもの。彼は、モザイク・タイルとの類似性からポラロイドに魅了されコレクションを行っているとのこと。アンディー・ウォーホール、ロバート・メイプルソープ、ヘルムート・ニュートン、パオロ・ロベルシ、ピーター・ベアード、サラ・ムーン、カルロ・モリーニ、荒木経惟など、様々なアーティストが多様なアプローチでポラロイドを利用していた事実がわかって興味深い。ニュートン作品の一部は、実際に写真集“Pola Woman”制作時のオリジナル作品とのこと。有名写真家の来歴の確かで絵柄もよい1点物。コレクター人気が高いのもうなずける。ウォーホール、ニュートン、ベアードなどの人気作は落札予想価格上限を超えて落札。全体の売り上げアップに大きく貢献していた。

高額落札はファッション系が目立った。
最高額はフィリップスに出品されたヘルムート・ニュートンの“Panoramic Nude with Gun, Villa d’Este, Como, 1989”。

Phillips London, Lot 16, “Panoramic Nude with Gun, Villa d’Este, Como, 1989” ⓒ Helmut Newton

現存しているのは同作1点だけの可能性が高いという151.5 x 49.5 cmサイズの巨大作品。希少性が寄与して、落札予想価格25~35万ポンドのところ、72.9万ポンド(約1.09億円)で落札された。これはニュートンのオークション最高額での落札となる。ちなみに同作はニュートンが亡くなった直後の2004年4月のクリスティーズ・ニューヨークのオークションで、18.11万ドルで落札されている。当時の為替は約1ドル/107.70円、円貨で単純比較すると約15年間で作品の市場価値は約5.6倍になったことになる。
続くのは、同じくフィリップスのロバート・メイプルソープの“Double Tiger Lily,1977”。こちらは花の写真2点組からなる1点もの。90年代前半に日本で開催された展覧会にも何回か展示されている。落札予想価格上限を超える29.7万ポンド(約4455万円)で落札されている。

ササビーズ“Photographs”では、リチャード・アヴェドンの“AVEDON/PARIS, 1978”が、落札価格上限を超える23.7万ポンド(3555万円)で落札。本作は1978年にメトロポリタン美術館ニューヨークで開催されたファッションの回顧展の際に制作された、11点からなるパリで撮影された代表的ファッションのポートフォリオ。本作も、2010年11月にクリスティーズ・パリで16.9万ユーロで落札された作品。当時の為替は約1ユーロ/112.61円なので約1903万円、円貨で単純比較すると約8年間で作品の市場価値は約1.86倍になったことになる。ちなみにニュートン作品の希少性と比べて、こちらはエディション75点。

ファッション系がすべて好調というわけではない。今春のニューヨーク・オークションで、アーヴィング・ペンの、6万ドル以上の高価格帯作品や、キャリア後期作品などは不落札が目立ったことを報告した。
ロンドンでもフィリップスに出品されたペンの代表作“Black and White Vogue Cover (Jean Patchett), New York,1950”が不落札だった。こちらは、2012年4月のクリスティーズ・ニューヨークで43.45万ドル(@81.25/約3500万円)で落札されたプラチナ作品。今回の落札予想価格は20万~30万ポンド(3000万円~4500万円)。エディションが34点であることを考えると、前回の落札価格はやや過大評価だったということだろう。

日本人写真家では、石内都の“絶唱、横須賀ストーリー,1976-1977”の22点セットがフィリップスに出品。落札予想価格上限の9万ポンドを上回る、10.625万ポンド(約1593万円)で落札されている。こちらは11.9X16.3cmの小ぶりサイズの、1979年プリントの1点もの作品。出品作のシリーズは全体で約100点現存するうちの22点。40点はテート・モダンがコレクションしているとのことだ。

ここ数年の欧州における大手業者のアート写真オークションは、春は英国のフォトロンドンと、秋は大陸のパリフォトと同じ時期での開催が一般化してきた。春のニューヨークの大手のオークションは、AIPADフォトグラフィー・ショーと同時期の開催だ。今春の良好な結果は、欧州でもフォトフェアとオークションの同時開催が業者やコレクターの間で定着してきた証拠だろう。

(1ポンド・150円で換算)

ソール・ライター
見立ての積み重ねで評価された写真家(3)

Saul Leiter, Phillips London 2018 May “ULTIMATE EVENING & PHOTOGRAPHY DAY SALE”、”Through Boards,1957”

私どもは日本独自のアート写真の価値基準として限界芸術の写真版のクール・ポップ写真を提唱している。海外の20世紀写真家の中のクール・ポップ的な写真家にも注目している。ソール・ライターの歩んできたキャリアと、その評価過程はこの価値基準に見事に合致すると考えている。
連載3回目は、クール・ポップの視点からソール・ライターを分析してみたい。

私どもはこの分野の写真を以下のように定義している。最も重要なのは「表現の欲求」、つまりどうしても自らの表現を通して世の中に伝えたい真摯かつ強い要求を持っていること。世の中の評価、名声、お金儲けなどへの一切の執着がなく、無意識のうちに社会の問題点(視点、価値観)との接点や関わりも持っている人だ。ファイン・アート系のように、社会と関わるテーマやアイデア、コンセプトを自らが紡ぎだして提示する必要はない。また、アート作品を発表して販売して生計を立てるような職業ではなく、生きる姿勢そのものになる。
彼らが評価されるきっかけは、第3者による見立てによる。その大前提は、上記のような姿勢で作品制作を長期にわたり継続することにある。
まず作家の真摯な制作姿勢が見極められ、関係者にその存在が認められるようになる。次に、複数の人がテーマ性を見立てることにより、写真家のブランド構築につながるのだ。

もう少し詳しく説明しよう。
まず作品制作の見極めだ。これは写真家が邪念を持たずに作品制作を行っているかの見立てになる。現代アートのように、明確にテーマを提示するのではなく、何かに関心を持って積極的集中からフロー状態になって撮影を続けている人かどうかが重要となる。フロー状態は、心理学者チクセントミハイによる、無我の境地に達して「ビーイング・アット・ワン・ウィズ・シングス Being at one with things」(物と一体化する)ような心理状態のこと。これは瞑想のような行為だと以前に指摘したが、瞑想そのものではない。瞑想的に作品制作する行為は、明確な定義がなく、感情の連なりに身を任せてだらだらと写真を撮る行為と混同されがちだからだ。フロー体験を生む活動にいたるには努力がいる。いったんは入ると自分の行為にあまりに没頭しているので、他の人からの評価を気にしたり、心配したりしない。フローが終わると、反対に、自己が大きくなったかのような充足感を覚えると言われている。しかし、現実には写真家がどのような姿勢で作品を制作しているか第3者が見抜くのは容易ではない。そこに他人からの承認欲求のような邪念がないかを見極めるのはほぼ不可能だろう。
結局、作家が長期間にわたって創作を継続しているかで最終的に判断されるのだ。ただし、アマチュア写真家のように趣味で長年にわたり写真を撮影する意味ではない。

続いてテーマ性の見立てだ。この新しい日本の価値基準では、現代アートと違い作品テーマを自らが語らない。第3者が見立てるのだが、単体作品でのテーマ性の見立ては困難だ。ここでも作品制作を継続する過程で、テーマ性が顕在化して見立てが行われる。継続できるとは、何らかの社会との接点が存在することを意味するのだ。作品のテーマ性が複数の人から継続的に見立てられれば、結果的にそこに価値が生まれる。その積み重ねにより、本人の意図とは別に写真家や作品のブランド化が図られる可能性がある。日本の有名写真家のブランド化はそのように構築された場合が多い。

ではライターのケースを考えてみよう。彼は、写真や絵画などの創作を通じて何らかの社会との接点を感じていた。それが評価を求めることなく継続できた理由だろう。また自らが作品のテーマ性を語ることがなかった。そして継続の末に80歳を超えてから再評価される。
シンプルな生活を送り、邪念を持たずに世界と対峙し、自分の持つ宇宙観を世界で発見する行為に喜びを感じ、それらを写真や絵画で表現し続けてきたのだろう。作品制作の継続の長い過程で、キュレーターのジェーン・リビングストン、写真史家マーティン・ハリソン、ギャラリストのハワード・グリーンバーグ、出版人のゲルハルト・シュタイデル、映画監督のトーマス・リーチなど様々な人が彼の作品のアート性を見立てた。キャリア後期になって、彼のリアリストの生き方自体が大きな作品テーマとして認められたのだ。そしてファッション写真だけでなく、ストリート、ヌード、ポートレート写真が時代性を見事に切り取っていたことが再評価される。特に初期カラー作品は、時代の気分や雰囲気は色彩により見る側により強く伝わる事実を提示した。ライターの場合、テーマ性の見立てと作品制作の見極めが同時進行したと解釈したい。

Saul Leiter, Sotheby’s London 2018 May “Photographs” “PHONE CALL,1957”

いま写真はデジタル化が進み、色彩や構図の美しいストリート写真を撮影する人はアマチュアを含めて世の中に数多くいる。しかしライターの作品は、その清らかな生き方と共に称賛され、多くの人の見立てが積み重なって今の高い評価につながった。
エゴやお金を追及する現代社会において、彼の生き方と実践そのものが大きな作品テーマだった。すべての写真と絵画などの作品はその表現手段だったと見立てられたのだ。彼の生前のインタビューなどをみると、ジョークなどを織り交ぜた語り口に暗さはあまり感じられない。もちろん自分を評価しない世の中への恨み節もない。普通の人はこのような人生は追及できないだろう。だから彼の作品は、いまでの多くの人を魅了し続けているのだ。

最後にソール・ライターの最近の相場情報をお知らせしよう。ちょうど、2018年5月に開催された、ササビーズ・ロンドンの”Photographs”オークションに、”SHOPPER,1953″、”PHONE CALL,1957″が出品されていた。ともに落札予想価格範囲内の1万ポンド(約150万円)で落札。

Saul Leiter, Sotherby’s London 2018 May “Photographs”, “SHOPPER,1953”

同じくフィリップス・ロンドンで開催された”ULTIMATE EVENING & PHOTOGRAPHY DAY SALE”では、写真集”Early Color”表紙の有名作”Through Boards,1957″が1.125万ポンド(約168万円)、”Foot on the El,1954″が1万ポンド(約150万円)で落札されている。
これらの作品は約11X14″サイズ、サイン入り、タイプCカラー、モダンプリント。
コレクター人気はいまだに続き、相場も高値で安定している。