伝説的ロックバンド・クイーンのボーカルのフレディ・マーキュリーの半生を描き、世界的に話題になっている映画“ボヘミアン・ラプソディー”。私はまだ予告編しか見ていないのだが、映画のクライマックスは1985年にロンドンのフォットボール用のウェンブレー・スタジアムでアフリカ支援目的で開催されたチャリティー音楽イベント「ライヴ・エイド」でのライブ・パフォーマンスだという。
このイベントの発起人は、ブーム・タウン・ラッツのリーダーだったボブ・ゲルドフ。アフリカの1億人の飢餓を救う目的で、ロンドンとフィラデルフィアで複数の当時のトップ・ミュージシャンによるライブ演奏が行われ、その模様は世界中に衛星同時生中継された。
実はこのイベントの参加ミュージシャンの集合写真をテリー・オニールが撮影している。手元の写真集によると、彼のライブ・エイドの写真は2種類ある。
まず、“Terry O’Neill’s Rock ‘n’ Roll Album” (2014年、ACC Editions刊)には、17名のカラー写真が収録。
椅子に座ったティナ・タナ―を中心に、ポール・マッカトニー、エルトン・ジョン、ロッド・スチュアート、エリック・クラプトン、フィル・コリンズなどが写っている。
2枚目は、“Terry O’Neill: The A-z of Fame”(2013年、ACC Editions刊)、に“Princes Diana and Live Aids”というタイトルでモノクロの集合写真が収録されている。
こちらは、当時のチャールス王子、ダイアナ妃を中心に約40名以上の集合写真。二人の王族の横には、エリック・クラプトン、フィル・コリンズがいる。ブライアン・メイ、レオナード・コーエンなどの顔もある。
このイベントは、ロンドンとフィラデルフィアで開催されている。写真には二つのイベントに参加したミュージシャンたちがいるところから想像するに、これらはライブの前後のどこかの時期にプロモーション目的で一部参加者が集合した機会に撮影されたのだと想像していた。
実は最近になって、専門家のお客様から、これらの写真はライブ・エイドではなく、カラーが1986年、モノクロが1988年のプリンス・トラスト・コンサートの集合写真ではないかと指摘を受けた。調べてみると、上記のコンサートは、CD及び映像化されていた。ジャケットの写真はまさに今回紹介したテリー・オニールの写真だった。どうも本人が勘違いしていて、それが写真集表記につながったようだ。彼のエージェントに情報を提供するつもりだ。ご指摘に心から感謝したい。
現在開催中のテリー・オニール写真展では、モノクロ写真の方が展示されている。写真集掲載写真は長方形にトリミングされているが展示作はオリジナルのスクエアー・フォーマットでプリントされている。上部に撮影の照明機材や会場のシャンデリアも写っている。本来は仕事の写真なのだが、人物と共に現場の様子を伝えることでパーソナルなドキュメント的要素を持つ作品として展示されているのだ。写真集と比べて画像がはるかに鮮明なので、自分の好きなミュージシャンの顔探しが可能だろう。写真の中心にいるダイアナ妃は、チャリティー活動に積極的だったことで知られている。はにかんだ笑顔のダイアナ妃はもうこの世にいない。テリー・オニールはポートレート写真で戦後の民主社会の気分と雰囲気を規定した写真家として知られる。彼のキャリア上、チャリティー・コンサートの集合写真も非常に重要な時代をドキュメントした作品なのだ。
実は私はロンドンで実際の「ライヴ・エイド」を体験している。資料を調べたら当時のチケットの半券、プログラム、ポスター、当時持っていたニコンFGで撮影した写真も同時に出てきた。
チケットを確認すると、入場料は5ポンド、寄付が20ポンドの、合計25ポンド(@330円/約8250円)だったことがわかる。
ちなみに同じころに隣にあるウェンブレー・アリーナで開催されたスティングのライブが14.5ポンドだったので、「ライヴ・エイド」は当時としてはかなり高価だったと思われる。
写真を確認すると英国でプリントしたコダック・ペ―パーはかなり変色していた。何枚かの写真を見ていると、関係者が観客席に水を撒いていることがわかる。非常に暑い夏の日のライブだった記憶がある。撮影した写真とプログラムに掲載されているミュージシャンの出演リストを見比べるにどうも写真を撮っていたのは前半の部分だけのようだ。開始は昼の12時でそれが夜の9時過ぎまで約20以上のライブ演奏が続いたのだ。当然、人気者はライブの後半に出演する。リストによるとクイーンは6時40分、デヴィッド・ボウイは7時20分の出演予定となっている。残念ながら彼らを撮影したものは発見できなかった。当時は、U2などの方が勢いがあり人気が高かった記憶がある。
個人的な一般論的な分析となるが、「ライヴ・エイド」が実現できたのは、80年代は先進国の人たちの間に共通の夢や未来像のようなものがあったからだと思う。皆が明るい豊かな未来のイメージを持っていたからこそ、協力してアフリカの飢饉を救うという発想が生まれたのではないか。しかしこれは先進国側の人たちの上から目線の発想と言えないことはないだろう。21世紀の現在は先進国でも貧富の差が拡大して、自分自身の生き残りで精いっぱいの人が多くなっている。現在このような音楽を通しての世界的なチャリティー・イベントの開催は難しいだろう。音楽界にしても、当時は世界中の人が知っているスーパースターのバンドやミュージシャンが複数いた。どのような音楽を聞くかは個々人のアイデンティティーとも深く関係していた。現在の音楽やファンは本当に多種多様で、ヒットやブームはみなパーソナルで局地的になってしまった。日本では洋楽自体が廃れてしまっている。映画”ボヘミアン・ラプソディー”のヒットは、かつての古き良き時代を懐かしむ風潮の表れなのだろうか。
ちなみに今回のテリー・オニール展も、ヴィジュアルで同じような体験ができる写真展だといえるだろう。
テリー・オニール 写真展
“Terry O’Neill: Rare and Unseen”
(テリー・オニール : レア・アンド・アンシーン)
2019年1月12日(土)~3月24日(日)
1:00PM~6:00PM 月曜および火曜休廊 入場無料
Blitz Gallery