アート&トラベル
自分を取り戻すための旅
アンフォルメル中川村美術館

私たちはマンネリ化した仕事と日常の繰り返しの生活を送っています。このような忙しい現代人にとって、夏休みは旅行に出かけて体と心をリフレッシュする機会でしょう。しかし高度消費社会では、観光旅行や自然とのふれあいもグローバルに均一化し、記号消費化している事実を忘れてはいけません。多くのアーティストが作品を通してその事実を私たちに伝えています。
私がすぐに思い浮かぶのが、大判カメラのチルト・シフト技法を使用した模型のジオラマのような写真で知られるオリボ・バルビエリの「The Waterfall Project」(2008、Damiani刊)。彼は自然の象徴としての滝と、その近くに人工的に隔離されて存在している観光客を対比して提示し、自然や観光も消費のシステムに組み込まれている状況を表現しています。

一方で、私たちは旅に出かけることで、普段と違う環境に身を置いて新鮮な刺激を受けることもできます。自分探しは私たちが本能的に追い求めるライフワークですが、普段は忙しくてそんなことは忘れ去っています。夏休みの旅行をきっかけにして自らをリセットして、自分らしさを今一度考えてみたいものです。
そのような時の旅先には、誰もが行くような記号消費化された有名観光地ではなく、普段は絶対に行かないような場所が良いでしょう。またドライブ旅行ならば、運転に集中するので余計なことを考えなくなります。音楽もゆっくりと聞けて、気分転換になる場合もあります。ただし渋滞がない場合ですが…。

そのような目的の旅先に適しているのが今回紹介する長野県伊那郡のアンフォルメル中川村美術館です。中川村は南信州伊那谷のほぼ中央に位置する、南北に天竜川が流れる人口5000人足らずの自然豊かな村。また養命酒発祥の地としても知られています。

この地の山間に建つ美術館は、フランス芸術文化勲章を受章した画家で詩人の鈴木崧(すずきたかし)氏の構想のもとに、建築家毛綱毅曠(もづなきこう)氏の斬新な設計によるものです。建築や施設は鈴木氏から中川村が譲り受け、多くの作品も同氏から寄贈されて1993年に開館。同館は二つの建物で構成されており、本館ではコレクション展や企画展を開催、別荘住居跡のような佇まいのアトリエ棟では、鈴木崧の作品や遺品を展示しています。
アンフォルメル(INFORMEL)とは、1951年にフランスの批評家ミッシェル・タピエ(Michel Tapie)が名付けたもので、第2次大戦後のパリで起こった前衛絵画運動のことで、流動するような表現の中に無意識から生まれる「非定型」の絵画を模索しています。

いま同館では、“開館30周年記念展「新・空間縁起」”を、2023年7月27日ー11月30日まで開催中。期間中に7名のアーティストの作品が4期に分けて展示される予定です。期間中は参加者によるアーティストトークも各種企画されています。
詳しくは公式サイトでご確認ください。
今回、ブリッツで先日に個展を開催した地元長野出身の丸山晋一が参加していることから初めて訪れました。丸山の作品は7月27日~8月21日まで本館で展示されています。

同館は予算規模が小さい中川村が運営しているので、美術館としては非常にコンパクトなサイズです。記号消費化された、いわゆる“観光アート”とは違い、特にアート史上で有名なアーティストの高額作品は展示していません。眼前に雄大な中央アルプスが見渡せる山間の自然の中に存在している、毛綱毅曠氏設計のポストモダン的な建築物自体が作品であり、また同館の一番の見どころなのだと感じました。海外のインテリア雑誌で紹介されているような、山間の超モダン別荘を訪問するような感じです。都会では存在しない空間に身を置くことができて、まちがいなく新鮮な感覚を味わえます。

私どもはブログの別カテゴリーで定型ファインアート写真の可能性を提案しています。このような旅先では、邪念が消えた素直な写真撮影が可能だと思います。たぶんここでは無意識のうちにシャッターを押す回数が増えるでしょう。

ちなみに美術館に向かう途中には、南アルプスの伏流水で醸造された地酒今錦で知られる米澤酒造株式会社があります。明治から続く、酒槽に酒袋を丁寧に並べゆっくりと一滴一滴搾るという伝統の技法で酒造りを行っており、世界酒蔵ランキング2022で669蔵中トップ10にランクインされたそうです。お酒好きなら絶対に試してみたいですね。広い直営店が併設されており、おみやげ用や自分用に各種地酒を選んで購入できます。

今回は、ブリッツのある東京目黒から中央高速を使って諏訪湖を通り松川IC経由で行きました。8月上旬の平日でしたが、夏休み期間なので車も比較的多く、時折渋滞がありました。またリニューアル工事による車線規制や、酷暑による事故車や故障車もあり、休憩を含んで約4時間かかりました。ちなみに帰りは事故渋滞にはまってしまい、5時間以上も運転することに。往復で約500キロのドライブでした。ドライブがあまり好きでない人には、東京からの日帰りは難しいかもしれません。
高速が混みあう夏休み期間は、時間に余裕を持って行きたい美術館です。普段は行かないような少し遠い場所の温泉に一泊してはどうでしょうか。

アンフォルメル中川村美術館
長野県上伊那郡中川村大草2124番地