“ROCK ICONS 2”
(鋤田正義/グイード・ハラリ/フレンズ)
ブリッツ次回展が4月12日スタート!

ブリッツ・ギャラリーの次回展は、昨年に開催して好評だった、鋤田正義とグイード・ハラリによる20世紀ロックの伝説的ミュージシャンたちのポートレート写真展の第2弾、“ROCK ICONS 2(ロック・アイコンズ 2) / SUKITA X HARARI X FRIENDS”となる。日本人の鋤田とイタリア人のハラリは、70年代から90年代までの20世紀ロック黄金期のミュージシャンを世界中で撮影し続けてきた。二人は、撮影スタイルは違うものの、お互いの仕事をリスペクトしあう友人でもある。ハラリは、熱心なロックファンが多い日本での自作紹介を長年にわたり夢見ていた。昨年の“ROCK ICONS / SUKITA X HARARI”展は、ハラリの希望に鋤田が答えることで実現した。

“ROCK ICONS 2”では、二人の日本での未発表作品を中心に紹介する。また今回は、ハラリが自身のイタリアのギャラリーでプロデュースしている写真家のフランク・ステファンコ、メリ・シル、ロバート・ウィテカー、アート・ケイン、カーロ・マサリーニの作品も紹介する。いずれも日本初公開の有名ミュージシャンの珠玉のポートレート作品となる。
展示される多くの作品は、ミュージシャンとの深い信頼関係の中から生まれたコラボレーション作品。それらは単なるスナップではなく、コレクションの対象になっているアート系ポートレート写真となる。

本展で紹介されるミュージシャンは、鋤田正義が、デヴィッド・ボウイ、マーク・ボラン、デヴィッド・シルヴィアン、イギー・ポップ、YMO (イエロー・マジック・オーケストラ)、忌野清志郎など。グイード・ハラリが、ピーター・ガブリエル、ボブ・ディラン、トム・ウェイツ、ルー・リード、ローリー・アンダーソン、パティー・スミス、ケイト・ブッシュ、ロバート・スミス(ザ・キュアー)、フランク・ザッパなど。アート・ケインは、クリーム、ボブ・ディラン、ザ・ローリングストーンズ、ザ・フー、ジム・モリソン。フランク・ステファンコは、ブルース・スプリングスティーン。メリ・シルは、ジェフ・バックリィ。ロバート・ウィテカーは、ザ・ビートルズ。カーロ・マサリーニはフレディー・マーキュリーなどとなる。
本展では、モノクロ・カラーのよる様々なサイズの約60点を展示する。会期途中に一部作品の入れ替えも行う予定。

今回もほとんどの作品が販売される。小さいシート・サイズの8X10″(約20X25cm)、エディション100の作品なら、あの鋤田正義でもまだ2万円台から購入可能なものがある。超有名作の、ボウイの阪急電車、渋谷公会堂のライブの作品でも、まだ約20万円~購入可能だ。

最近、20世紀写真のアート写真市場は動きが鈍くなっている。その中で人気が衰えないのが、ミュージシャンを含むアート系ポートレート写真だ。今回はその分野の写真作品を数多く取り揃えることができた。たぶんブリッツにおける最高枚数の作品展示だと思う。
好評だったグイード・ハラリのデザインによる写真展カタログも会場で限定数販売する。

“ROCK ICONS 2 / SUKITA X HARARI X FRIENDS”
鋤田 正義 / グイード・ハラリ / フレンズ
2019年4月12日(木)~ 7月14日(日)
1:00PM~6:00PM
休廊 月・火曜日/入場無料

ザ・プリンシズ・トラスト・コンサートの集合写真
テリー・オニールが紡ぎだす80年代後半の英国

1月に掲載したテリー・オニール写真展の見どころで、テリー・オニールがライブ・エイドの集合写真を撮影していたと紹介した。彼の写真集“Terry O’Neill’s Rock ‘n’ Roll Album” (2014年、ACC Editions刊)には、ミュージシャン17名のカラー写真を収録。椅子に座ったティナ・タナ―を中心に、ポール・マッカトニー、エルトン・ジョン、ロッド・スチュアート、エリック・クラプトン、フィル・コリンズなどが写っている。記載されているタイトルは“Musicians involved in Live Aid, 1985”となっている。2枚目は、“Terry O’Neill: The A-z of Fame”(2013年、ACC Editions刊)に“Princes Diana and Live Aid”というタイトルでモノクロの集合写真が収録されている。

最近、非常に当時の事情に詳しい専門家のお客様からの指摘で、それらの写真は同じチャリティー・コンサートではあるものの、ザ・プリンシズ・トラストの支援イベントであることが判明した。写真集の記載内容は間違いだった。これは英国のチャールス皇太子が1976年に失業者など弱い立場の若者世代の支援目的のために設立した財団。発足したのは、ちょうど経済が悪化して失業者が増加し、いわゆる英国病に苦しんでいた時代だ。写真集のキャプションには、“ライブエイド”との記載があり、参加者がライブエイドとかなり重なることから信じてしまった。間違った情報を提供したことを心よりお詫びしたい。

正確には、カラーの方が1986年6月20日、ロンドンのウェンブリー・アリーナで行われた、ザ・プリンシズ・トラスト10周年記念コンサートでの集合写真。その模様はLP、CD化されている。ティナ・ターナー、エルトン・ジョン、ポール・マッカートニー、ロッド・スチュアート、エリック・クラプトン、ミッジ・ユーロ、ハワード・ジョーンズ、レベル42、ポール・ヤングなどが参加している。

モノクロの方は1988年6月5~6日に同じくザ・プリンシズ・トラストのもとに集結したミュージシャンによるロンドン・ロイヤル・アルバート・ホールでのチャリティー・コンサートでの集合写真となる。参加者は、ビージーズ、エルトン・ジョン、ポール・マッカートニー、レオナード・コーエン、ジョー・コッカー、マーク・ノップラー、ピーター・ガブリエル、フィル・コリンズ、トゥパウ、エリック・クラプトン、ミッジ・ユーロ、ハワード・ジョーンズ、リック・アストリーなど。ネットを調べたら、こちらは映像がレイザーディスクで発売されていた。

同じ記事で、1985年の「ライヴ・エイド」に行ったものの、クイーンやデヴィッド・ボウイを撮った写真が見つからなかったと書いた。しかし、彼らを撮っていないわけがないので、過去の写真を今一度調べてみた。
やはり、以前紹介したのと別のフィルムで撮影していたことを発見した。登場リストによるとクイーンは6時40分、デヴィッド・ボウイは7時20分の出演予定となっている。夏場のロンドンは日没がかなり遅い。しかし、6時を過ぎるとさすがに日が陰り、ステージは照明がメインのライティングになった。当時のカメラはもちろんアナログで、それも感度の低いデイライト用のコダックのカラー・フィルムを使用して望遠レンズでの撮影だった。クィーンの時はまだ回りが明るかったので、フレディー・マーキュリーの姿は確認できる。

ピアノを弾いている写真は、たぶんボヘミアン・ラプソディーの時だと思う。

しかし、その後のボウイはもうかなり暗いなかでの動きのあるパフォーマンスだった。 存在は確認できるがかなりブレ・ボケになっている。

その他、スティング、ポール・ヤングの姿も撮影されていた。

80年代初め、クラッシュのブリクストンでのコンサートに行った。当時の全員立ち見の会場内には、社会への不満の鬱積とそれを音楽で発散しようという人たちのエネルギーが充満していた。
しかし80年代半ば以降のチャリティーコンサート、例えば私の行ったライブエイドなどでの英国人の熱狂は、パンクロックのコンサートとは全く違っていた。ちょうど当時の英国は、北海油田からの原油産出による財政赤字の削減効果が出始め、英国病克服を目指すサッチャー首相による新自由主義的な各種政策の効果が出始めていた時期だった。経済状況が急激に改善したわけではなかったが、人々が未来に対して希望を持ち始めていた。実際に90年代以降の英国は、長期にわたり経済成長を継続していくことになる。経済状況の推移を聞いてもあまりピンとこないが、時代ごとのロック・ポップ音楽の状況に置き換えてみると実感がわいてくる。
そしてテリー・オニールの50年以上に渡る写真作品も、そのような音楽とともにあった、各時代の気分や雰囲気が反映されているのだ。撮影された時代を生きた人ならば、写真から音楽が蘇り、当時の記憶が思い出されるのではないか。私はそれこそが、彼の写真集人気が非常に高く、比較的高額なのに売れている理由ではなかと思う。

テリー・オニール 写真展
“Terry O’Neill: Rare and Unseen”
(テリー・オニール : レア・アンド・アンシーン)
3月24日(日)までブリッツで開催中
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料


ブリッツ・アネックスが今春に誕生
アート写真の情報発信拠点を目指します!

今春、ブリッツ・ギャラリーの隣にブリッツ・アネックスが誕生する。現在、様々な利用方法を検討中だ。これからいくつかの具体化する可能性の高いプロジェクトを紹介していきたい。

まず洋書とレアブックの新しい情報発信拠点を考えている。
最初に、いままで20年くらいの洋書写真集の市場環境の変化を振り返ってみよう。90年代から2000年代には、写真集やCDを輸入販売するショップがまだ数多く存在していた。ところがアマゾンが登場して、一般に普及する中でそれらのショップの存在感がどんどん薄れていった。洋書写真集では、私たちの買い方が大きく変化した。かつては専門店で実物を手に取りページをめくって収録イメージと印刷の質などを確認の上で購入するのが当たり前だった。それが、ウェブ上の商品情報と限られたヴィジュアル紹介だけで判断するようになった。重い写真集が自宅まで送られてくる上に、いまやアマゾンでは送料込みでほぼ現地価格と同じ円貨で購入できるのだ。場合によっては現地以下の価格で買える場合もある。もはや貴重な輸入高級品ではなくなったのだ。かつては、内外に大きな価格差があり、海外出張時には膨大な数の写真集を持ち帰ったものだった。これでは洋書専門店が淘汰されるのは当然のことだろう。
そして次にネット書店の破壊力はレアブック市場にも波及した。いままでは業界関係者しか知らなかった個別写真集の相場情報がネットにより広く普及してしまった。一般の人でも簡単に検索可能になり、個人がネットオークションなどで相場情報をもとに値付けして販売するようになった。結果的に、人気が高いレアな写真集は、業者の仕入れ価格が大きく上昇した。また供給が世界的に増加して、定番レアブックの相場はかなり下落した。つまり業者の利益率が大きく減少したのだ。
いま思えば、2008年くらいが、ちょうどフォトブック・ブームと相まって、相場のピークだったと思う。当時に人気があったのが昭和期の日本人写真家。川田喜久治の”地図”のサイン付き初版は状態によっては500万円以上の販売価格が付いていた。ただし実際に売れたかは不明だ。
情報の民主化により誰でもレアブック売買が可能となった。レアとは貴重という意味。かつては海外の専門ショップの店頭で欲しい絶版本を見つけると、二度と出会いがないかもしれないと考えて、多少高くても購入していたものだ。しかし、今ではレアで貴重で高価な本ほどネットで検索しやすいのだ。そのレア度は従来よりもかなり低くなってきたと思う。逆に不人気本はネットに情報が上がらないので見つけにくくなっている。結果的にレアブックのディーリングは単体の商売としては成立しにくくなった。私どもも、2000年代は海外から洋書レアブックを輸入販売していた。しかし2010年代には、ギャラリーの資料用の輸入中心にシフトしていった。

さて現状はどのようになっているだろうか。
私はアート・フォト・サイトというアート写真専門サイトを長年運営している。毎週1冊アマゾンで購入できる洋書写真集を紹介し続けている。このところ感じているのは、写真集の情報量があまりにも膨大になっていること。デジタル化の進行で出版コストが劇的に下がったことによる世界的な出版数増加が大きく影響している。仕事だから行っているが、アマゾンで紹介されている本をフォローするだけでもかなり負担が大きい。それ以外に、アマゾンを毛嫌いしている独立系出版社や写真集専門サイトも多く存在する。出版社や販売業者からは、自分たちが出版したこんな素晴らしい本を買わないのは無能であるかのような文面のメールが日々送られてくる。そのような情報により実際に購入したが期待外れだったというケースも多くなってきた。一般の人だと情報量が多すぎて何を買ってよいのかが判断不能になっていると感じる。しかし、業者情報をたよりにした試し買いに失敗すると、2度目のトライにはかなり慎重になるだろう。実際に質の高いフォトブックの割合はあまり変化していないと思う。

いま流通量、情報量が増加したことで、高級品で所有することが一種のステイタスで、高い趣味性を自己表現するものだった写真集が完全に一般商品つまりコモディティー化したのだと理解している。いまや音楽CDのビジュアル版のような存在になってしまった。CDと同様で、なかなか自分の心を動かすような名作には出会えないのだ。

さてブリッツ・アネックスだが、いまやすべてのカテゴリーのフォトブックをカバーするのは事実上不可能だろう。したがって、ギャラリーと同じく、アート系ファッション写真やポートレート写真を専門とする予定だ。それだけでも、膨大なタイトルの写真集が存在する。しかし、それは広い意味でとらえているので誤解しないで欲しい。基本となるのは、人間の心と頭脳を刺激してくれるフォトブックを紹介していくこと。心への刺激とは、各時代のもつ人々の価値観を伝えるような写真、時代性を感じさせる写真。具体的には、戦後から90年代前半くらいまでに撮影された写真の中に存在しているだろう。そして人間の頭脳を刺激してくれるものとは、自分のまだ知らない価値基準を提示したり、社会や宇宙の仕組みを明らかにしてくれるコンテンポラリーの写真。それらをピンポイントで見つけ出し興味を持つ人に紹介していきたい。
またギャラリー取扱い作家のマイケル・デウィック、テリ・ワイフェンバック、テリー・オニールなどの、新刊、レアブックの品揃え、在庫は充実させる予定。

想定している顧客はアート写真やアート系写真集のコレクターとプロの販売業者だ。ただし資料的価値が高く1冊しか在庫のない写真集は閲覧可能だが販売はしない。現物の情報を提供して、ネット書店での購入アドバイスを行う。
現在、複数個所に収納していた写真集をブリッツ・アネックスに集め、整理整頓を開始している。どうかオープンを楽しみにしていてほしい。

その他の利用法だが、各種セミナーや写真展の開催などを検討中。 追ってアイデアを紹介していきたい

テリー・オニール写真展の見どころ
チャリティー・コンサートの集合写真

伝説的ロックバンド・クイーンのボーカルのフレディ・マーキュリーの半生を描き、世界的に話題になっている映画“ボヘミアン・ラプソディー”。私はまだ予告編しか見ていないのだが、映画のクライマックスは1985年にロンドンのフォットボール用のウェンブレー・スタジアムでアフリカ支援目的で開催されたチャリティー音楽イベント「ライヴ・エイド」でのライブ・パフォーマンスだという。
このイベントの発起人は、ブーム・タウン・ラッツのリーダーだったボブ・ゲルドフ。アフリカの1億人の飢餓を救う目的で、ロンドンとフィラデルフィアで複数の当時のトップ・ミュージシャンによるライブ演奏が行われ、その模様は世界中に衛星同時生中継された。

実はこのイベントの参加ミュージシャンの集合写真をテリー・オニールが撮影している。手元の写真集によると、彼のライブ・エイドの写真は2種類ある。
まず、“Terry O’Neill’s Rock ‘n’ Roll Album” (2014年、ACC Editions刊)には、17名のカラー写真が収録。

©Terry O’Neill / Iconic Images

椅子に座ったティナ・タナ―を中心に、ポール・マッカトニー、エルトン・ジョン、ロッド・スチュアート、エリック・クラプトン、フィル・コリンズなどが写っている。

2枚目は、“Terry O’Neill: The A-z of Fame”(2013年、ACC Editions刊)、に“Princes Diana and Live Aids”というタイトルでモノクロの集合写真が収録されている。

ⓒ Terry O’Neill / Iconic Images

こちらは、当時のチャールス王子、ダイアナ妃を中心に約40名以上の集合写真。二人の王族の横には、エリック・クラプトン、フィル・コリンズがいる。ブライアン・メイ、レオナード・コーエンなどの顔もある。
このイベントは、ロンドンとフィラデルフィアで開催されている。写真には二つのイベントに参加したミュージシャンたちがいるところから想像するに、これらはライブの前後のどこかの時期にプロモーション目的で一部参加者が集合した機会に撮影されたのだと想像していた。
実は最近になって、専門家のお客様から、これらの写真はライブ・エイドではなく、カラーが1986年、モノクロが1988年のプリンス・トラスト・コンサートの集合写真ではないかと指摘を受けた。調べてみると、上記のコンサートは、CD及び映像化されていた。ジャケットの写真はまさに今回紹介したテリー・オニールの写真だった。どうも本人が勘違いしていて、それが写真集表記につながったようだ。彼のエージェントに情報を提供するつもりだ。ご指摘に心から感謝したい。

現在開催中のテリー・オニール写真展では、モノクロ写真の方が展示されている。写真集掲載写真は長方形にトリミングされているが展示作はオリジナルのスクエアー・フォーマットでプリントされている。上部に撮影の照明機材や会場のシャンデリアも写っている。本来は仕事の写真なのだが、人物と共に現場の様子を伝えることでパーソナルなドキュメント的要素を持つ作品として展示されているのだ。写真集と比べて画像がはるかに鮮明なので、自分の好きなミュージシャンの顔探しが可能だろう。写真の中心にいるダイアナ妃は、チャリティー活動に積極的だったことで知られている。はにかんだ笑顔のダイアナ妃はもうこの世にいない。テリー・オニールはポートレート写真で戦後の民主社会の気分と雰囲気を規定した写真家として知られる。彼のキャリア上、チャリティー・コンサートの集合写真も非常に重要な時代をドキュメントした作品なのだ。

実は私はロンドンで実際の「ライヴ・エイド」を体験している。資料を調べたら当時のチケットの半券、プログラム、ポスター、当時持っていたニコンFGで撮影した写真も同時に出てきた。

チケットを確認すると、入場料は5ポンド、寄付が20ポンドの、合計25ポンド(@330円/約8250円)だったことがわかる。
ちなみに同じころに隣にあるウェンブレー・アリーナで開催されたスティングのライブが14.5ポンドだったので、「ライヴ・エイド」は当時としてはかなり高価だったと思われる。

写真を確認すると英国でプリントしたコダック・ペ―パーはかなり変色していた。何枚かの写真を見ていると、関係者が観客席に水を撒いていることがわかる。非常に暑い夏の日のライブだった記憶がある。撮影した写真とプログラムに掲載されているミュージシャンの出演リストを見比べるにどうも写真を撮っていたのは前半の部分だけのようだ。開始は昼の12時でそれが夜の9時過ぎまで約20以上のライブ演奏が続いたのだ。当然、人気者はライブの後半に出演する。リストによるとクイーンは6時40分、デヴィッド・ボウイは7時20分の出演予定となっている。残念ながら彼らを撮影したものは発見できなかった。当時は、U2などの方が勢いがあり人気が高かった記憶がある。

個人的な一般論的な分析となるが、「ライヴ・エイド」が実現できたのは、80年代は先進国の人たちの間に共通の夢や未来像のようなものがあったからだと思う。皆が明るい豊かな未来のイメージを持っていたからこそ、協力してアフリカの飢饉を救うという発想が生まれたのではないか。しかしこれは先進国側の人たちの上から目線の発想と言えないことはないだろう。21世紀の現在は先進国でも貧富の差が拡大して、自分自身の生き残りで精いっぱいの人が多くなっている。現在このような音楽を通しての世界的なチャリティー・イベントの開催は難しいだろう。音楽界にしても、当時は世界中の人が知っているスーパースターのバンドやミュージシャンが複数いた。どのような音楽を聞くかは個々人のアイデンティティーとも深く関係していた。現在の音楽やファンは本当に多種多様で、ヒットやブームはみなパーソナルで局地的になってしまった。日本では洋楽自体が廃れてしまっている。映画”ボヘミアン・ラプソディー”のヒットは、かつての古き良き時代を懐かしむ風潮の表れなのだろうか。
ちなみに今回のテリー・オニール展も、ヴィジュアルで同じような体験ができる写真展だといえるだろう。

テリー・オニール 写真展
“Terry O’Neill: Rare and Unseen” 
(テリー・オニール : レア・アンド・アンシーン)
2019年1月12日(土)~3月24日(日)
1:00PM~6:00PM  月曜および火曜休廊  入場無料
Blitz Gallery

新年ブリッツの予定
テリー・オニール 写真展 “Terry O’Neill: Rare and Unseen”

ブリッツの2019年は、テリー・オニール写真展“Terry O’Neill: Rare and Unseen”でスタートする。彼の写真展は、2015年の“Terry O’Neill: 50 Years in the Frontline of Fame”(テリー・オニール : 華麗なる50年の軌跡)、2016年の“All About Bond”(オール・アバウト・ボンド:テリー・オニール写真展)と、2000年代で3回目となる。
ブリッツでは、まだギャラリーが広尾にあった4半世紀前の1993年にも、“Terry O’Neill: Superstars of 70s”(テリー・オニール :70年代のスーパースター)を開催している。2015年の本人の来日時に確認してみたが、当時はロンドンのギャラリー経由で作品を取り寄せたので、彼は日本での初個展開催のことは覚えていなかった。

実は私にとって、テリー・オニールはとても思い出深い作家なのだ。
80年代、私の興味は主に現代版画だった。それが1987年2月号の雑誌ブルータスに“写真経済学”という記事が掲載され写真に興味を持つようになった。そこにはアート作品として欧米で売買されているオリジナル・プリントの情報がかなり詳しく紹介されていた。当時、住んでいたロンドンの情報を調べてみると、写真専門ギャラリーはHamilton’s、The Special Photographers Company、Zelda Cheatle、The Photographers’ Galleryくらいしかなかった。もっとあったかもしれないが、ネットがない時代、アート情報は雑誌Time Outや新聞のアート覧に頼るしかなかった。そしてロンドンのポートベロ・マーケットの近くにあったThe Special Photographers Companyで、テリー・オニールの“Bardot、Spain”という1971年に女優ブリジッド・バルドーを撮影した銀塩オリジナルプリントを185ポンドで買った。カッコいい写真だと思い、衝動買いしたのを覚えている。当時の為替は1ポンド240円くらいだったので、円貨だと約4.4万円となる。いまでは、回顧写真集”Terry O’Neill: The A-z of Fame”(2013年刊)の表紙にもなっているテリー・オニールの代表作品だ。

Brigitte Bardot, Spain, 1971.
ⓒ Terry O’Neill

当時の私は、日本で誰もやっていない海外の新しいビジネスを立ち上げたいと考えていた。同業他社がいない分野の方が成功の可能性が高いと考えたからだ。版画を取り扱うギャラリーは数多くあったし、新規に参入しても生き残り競争は相当激しそうだった。

日本でも写真専門ギャラリーが創設されつつあったが、テリー・オニールのようなアート系のファッションやポートレートを扱っている商業ギャラリーは一つもなかった。まだ、ファッションやポートレート写真のアート性が市場で認められていなかった時代だった。販売価格も20世紀の写真史を代表する人たちよりも安かった。業界では、それらはインテリア用の写真作品という低い扱いだったのだ。世界的にも、ロンドンのHamilton’sとニューヨークのStaley Wiseくらいしか、この分野の写真作品を専門的には取り扱っていなかったのだ。ブリッツの誕生も、テリー・オニール作品との出会いがあったからと言えないことはない。

さて本展は、同名写真集の刊行を記念にて開催するもの。テリー・オニールは2019年7月に80才になった。いまやダイヤモンド・ドックの撮影で知られるデヴィッド・ボウイなど、彼が親しかった多くの被写体たちは亡くなっている。関係者によると、彼は新たな視点からの過去の作品の再評価が必要だと意識するようになったと語っていたという。彼の意向により、ここ数年にわたり写真家本人と専門家により膨大な作品アーカイブスの本格的な調査と見直し作業が行われた。その過程で、20世紀後半期の音楽界や映画界の貴重な瞬間をとらえたヴィンテージ・プリントが数多く発見されたのだ。
それらにはザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、デヴィッド・ボウイ、フェイ・ダナウェイ、オードリー・ヘップバーン、ショーン・コネリー、エリザベス・テーラーなどの未発表写真が含まれていた。
2018年の秋、アーカイブスの整理が終わり、未発表作が写真集“TERRY O’NEILL : RARE AND UNSEEN”として刊行された。本書の刊行により、テリー・オニールによる戦後民主社会を象徴する数々の名作が生まれた背景が初めて明らかになったのだ。

The Beatles are leaving London from Heathrow Airport for the US ,1964
ⓒ Terry O’Neill

本展ではテリー・オニール・アーカイブスで再発見されたデヴィッド・ボウイと妻アンジーのヴィンテージ作品、80年代にプリントされたアナログ銀塩写真作品、新刊写真集に収録された重要ヴィンテージ作品から写真家により再解釈されて制作されたエディション付き作品、ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、デヴィッド・ボウイ、オードリー・ヘップバーン、ケイト・モスなどの時代を象徴する代表作があわせて展示される。展示総数はモノクロ・カラーによる合計約30点を予定している。
会場では、プリント付き限定本、サイン本、通常版、限定T-シャツなどが販売される予定だ。

テリー・オニール 写真展
“Terry O’Neill: Rare and Unseen”
(テリー・オニール : レア・アンド・アンシーン)
2019年1月12日(土)~3月24日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 入場無料

トミオ・セイケ 写真展 見どころを紹介(2)
「Street Portraits : London Early 80s」

ブリッツでは、トミオ・セイケの「Street Portraits: London Early 80s (ストリート・ポートレーツ:ロンドン・アーリー・80s)」展を開催中。今回は先週に続き、個別作品の見どころを紹介しよう。

一連のセッションで撮影された若い女性の写真が2枚展示されている。

デジタル・アーカイヴァル作品(左側)と、もう1枚は銀塩のヴィンテージ・プリント(右側)による。セイケによると、最初の写真では、女の子はストリートで異邦人の日本人に声をかけられての撮影だったので緊張気味だったという。2枚目の写真では、撮影場所をストリートではなく、白ペンキで塗られた住居の玄関ドア前に移している。女性の表情からは明らかに緊張感が薄れ、リラックスした様子に代わっている。その瞬間をセイケのカメラがとらえている。セイケによると、ストリートでこのような自然の表情を撮影できるのは奇跡的なことだという。
また2枚を比べると、20世紀のアナログ銀塩写真が黒と白の解釈であり、その中での抽象美の追求であるのがよくわかる。細部までの精緻な再現力では、デジタル・アーカイヴァル作品の方が優れている。銀塩写真は、部分的に黒はつぶれて、白はとんでいるのだ。銀塩と比べるとデジタルは中間トーンの再現力が優先されている印象だ。興味深いのは、長年にわたり写真に親しんできた年配の人は銀塩写真を好み、若い人はデジタル・アーカイヴァル作品の方が好きだという傾向があることだ。つまり、二つの写真表現を比べて優劣を語るのは全く意味がないということ。人の好みは、普段自分が見慣れた方に無意識のうちに親近感を持って形成されるのだろう。
かつてデジタル・アーカイヴァル作品で、銀塩写真っぽさを出そうとした写真家が多かった。しかしそれは意味のないことで、それぞれが全く別の表現だと考えるべきなのだ。セイケが2種類の写真を同時に展示しているのはそのような考えに至ったからだと思う。

若い男女のポートレートも人気の1枚だ。

二人の服装は男性が白系のセーターで女性がダーク系のコート、洋服のコントラストでモノクロームの抽象美を見事に強調した作品になっている。セイケは長年の習慣でファインダーをのぞくと、そこに見えるシーンが頭の中で自然にモノクロームになるという。たぶん、普通に街を歩いていても、そのようなシーンに無意識的に反応するのだろう。そしてフレーミングの絵作りで、黒と白の部分の調整をしているのだと思う。
セイケによると二人はかつてはお付き合いしていたが、ちょうど別れ話を終えたばかりの時に撮影されたとのことだ。そういわれると二人の表情に微妙な違いが見て取れる。男性は別れたことに未練を感じている風、一方で女性は妙にすっきりとした表情で既に新しい未来にわくわくしている感じに見えてくる。モノクロームの美しさと共にサイドストーリーを聞くとさらに味わいがある作品に感じてくる。

当時のファッションで最もアバンギャルドなのが、この若者の写真だろう。

アンティーク風のソフトハットをかぶり、ダブルのテーラード・ジャケットを羽織り、その下にはジギー・スターダスト時代のデヴィッド・ボウイがプリントされたT-シャツ、ボトムスにはサッカーなどの競技用と思われるややオーバーサイズのショート・パンツを合わせている。服のスタイル、デザイン、素材に統一感が全くないのだが、この若いハンサムな男性は自信に満ち溢れた堂々とした表情なのだ。伝統的なファッションは、数々の決まりごとがあり、そのルールの中でコーディネートを考えるが洗練されたセンスだと思われている。この写真のファッションはまさにその真逆なのだ。70年代後半に一世を風靡した、やりたいことをやれば良いというパンクの精神が色濃く反映されていると感じさせる。たぶんこのファッション・コーディネートの外し方は意図的で非常に高度な技なのだと思わされてしまう。

本展では、写真自体の洗練された美しさと共に、重層的なテーマ性、銀塩とデジタル・アーカイヴァル写真の対比、個別作品のストーリー性など、様々な見どころが発見できる。見る側は写真の表層だけを鑑賞するのではなく、ぜひ写真家のメッセージを意識的に読み解く努力を行ってほしい。コレクター、アート愛好家、アマチュア写真家が十分に楽しめる写真展だと思う。写真で行うアート表現のお手本だと言えるだろう。

トミオ・セイケ 写真展「Street Portraits : London Early 80s」は、12月16日まで開催。本展は日曜日もオープンしている。営業時間は午後1時~6時、月、火曜が休廊。

トミオ・セイケ 写真展 見どころを紹介 (1)
「Street Portraits : London Early 80s」

ブリッツでは、トミオ・セイケの「Street Portraits: London Early 80s (ストリート・ポートレーツ:ロンドン・アーリー・80s)」展を開催中。本展では、従来のファッションのルールを無視して、流行りの服、スポーツ・ウェアー、古着、安物アクセサリー、小物などを自由にコーディネートして楽しんでいる、80年代初めのロンドンの若者たちのポートレートを展示している。

前回その中の洗練されていない3名の若者たちの作品に触れた。MA-1っぽいフライトジャケットとロンデスデールのスウェット、フレッドペリーのポロシャツ、ローファー、ジーンズ、ジージャンを着た3人の若者が写っている。セイケがロンドンの若ものたちのファッションがカッコいいと感じたのは、当時の日本の若者のカジュアル・ファッションと比べてのことなのだと思う。
80年代初めの日本、多くの若者は自分で何が良いセンスなのか判断する基準を持っていなかったのではないか。したがって雑誌などが紹介するブランドの服を選びがちだった。大ブームになったボートハウスやデザイナー・ブランドのロゴやデザインがプリントされたスウェット・シャツ、ロゴマークがワンポイントで刺しゅうされた海外有名ブランドのポロシャツが、他人へのアピールの象徴だった。もちろん、当時の英国の若者はすべてお洒落で洗練されていたわけではなかった。日本人と同じようにブランド志向の人もいたわけだ。まさに本作の3人のファッションなのだ。私は、セイケが上記写真を展示作品にセレクションしたのには意図があると疑っている。

さて80年代初頭のロンドンの若者ファッションは、かなり今の日本の若者のファッションに近くなっていると感じるのは私だけだろうか。もしかしたら、本展のファッションを見た現代日本の若者は、それが当たり前すぎて自然に感じるかもしれない。日本人のファッションセンスが多様化、洗練化され、ロンドンのレベルに追いついたということだ。

いままでの約35年間に何が起きたかを見てみよう。80年代、ブランド志向の日本の若者は、学校を卒業すると企業に就職して、終身雇用、年功序列の、管理社会システムにがんじがらめになっていった。しかし彼らはロンドンの若者よりも自由はなかったが金銭的には安定していた。社会の大きなシステムから、消費の選択肢を与えられて、そのわずかな差異の追求が個性だと思い込まされて、企業のために働かされてきた。その典型例が、ブランド・ファッションとポップ・ミュージックなどだった。
そして21世紀の日本の若者はどのようになったのか。その後の経緯をあえて簡単なキーワードだけで語ると、バブル経済が崩壊して終身雇用は消失。グローバル化、新自由主義の浸透により、経済格差が拡大した。そしていま自国第一主義回帰の流れが世界的に起き、社会の未来像が極めて描きにくくなっている。80年代後半にかけて、一人当たりの名目GDP(米国ドル)は日本の方が大きかった。いまでは信じられないが、2000年は世界2位だったのだ。それが2017年は25位となり、24位の英国以下に順位を落としている。80年代と比べて拠り所だった経済の凋落は明らかで、多くの人は未来への大きな不安を抱えて日々暮らすようになった。まさに80年代のロンドンの若者が置かれたのと同じような状況になってきたと言えるだろう。

セイケは、80年代のロンドンの写真を21世紀の東京で見せることで、現代の日本社会についても語っているのだと思う。今や日本社会には、かつてのような安定した生き方はなくなってしまった。しかし、経済的に保証されるが管理社会の中で自分を殺して生きていくよりも、不安定でも、多少自由があり、ある程度自分で意識的にコントロールしていく人生も悪くはないというメッセージだと理解したい。

本作のロンドンの若者たちは、厳しい経済状況に関わらず決して悲観的ではなく、ポジティブな表情の人たちが多い。「Liverpool 1981(リヴァプール 1981)」展、「Julie – Street Performer(ジュリー – ストリート・パフォーマー)」展でセイケが一貫して提示してきたロンドンの若者たちの姿と同じだ。現代の日本では、80年代と違い人生の選択肢は生きている人の数だけ存在するようになった。そこには一つの正解はない。社会に共通の価値基準がなくなったいま、私たちは自分で考えて行動してその答えを探さなければならない。
本作は、そのようなことを考えるきっかけになるのではないだろうか。

“トミオ・セイケ 写真展 見どころを紹介 (2)”に続く

◎トミオ・セイケ 写真展
「Street Portraits : London Early 80s」
2018年 12月16日(日)まで開催、
1:00PM~6:00PM
休廊 月・火曜日 / 入場無料

ブリッツ・ギャラリー
http://www.blitz-gallery.com

 

見どころ満載!トミオ・セイケ 写真展
「Street Portraits : London Early 80s」

ブリッツは、10月12日からトミオ・セイケの「Street Portraits: London Early 80s(ストリート・ポートレーツ:ロンドン・アーリー・80s)」展を開催する。

ここ数年、ブリッツはセイケが1980年代初めに英国で制作した初期作品を集中的に紹介している。2016年にリヴァプールの若者グループを撮影した「Liverpool 1981(リヴァプール1981)」展、2017年には、ロンドン在住の若きストリート・パフォーマーの生き方をテーマにした「Julie – Street Performer(ジュリー – ストリート・パフォーマー)」展を行っている。
本作は、若かりしセイケが前2作に続いて1983~1984年にロンドンで取り組んだプロジェクトとなる。ちょうど代表作「ザ・ポートレート・オブ・ゾイ」に取り組み始めた時期とも重なってくる。

実は本シリーズの一点は、2007年秋に上海アート・ミュージアムで行われた「Japan Caught by Camera :Works from the Photographic Art in Japan」に展示されていた。私は同展カタログでセイケ作品を発見。本人に確認したところ、1984年にツァイト・フォトサロンで発表されたシリーズの一部であることが判明した。ツァイト・フォトサロンのコレクションが同展で展示されたのだと思われる。今回の写真展はなんと約34年ぶりの日本での本格的な公開となる。

80年代の初頭、セイケはロンドンのストリートでファッションを通して自らのアイデンティティー探しを始めた若者たちに興味を持つ。戦後から70年代後半くらいにかけて、英国を含む西洋先進国の個人は、かつての因習やタブー、家族や他人の期待から自由になる。戦前までファッションは常に階級と深く関連していた。この時代は一般大衆向けの実用的な様々なストリート・ファッションが普及して状況が激変していくのだ。しかし本作が撮影された80年代前半ごろは、大きなファッション・トレンドが存在するというよりも、まだ複数の価値基準が混在している状況だった。多くの人は何を着て、どのように暮らせばよいかの拠り所がなく、自らのスタイルを探し求めていた。このころからファッション写真も雑誌などを通して一般大衆のスタイル構築に重要な役割を果たすようになる。セイケは、このような状況下でファッションでの自己表現に目覚めたロンドンの若者たちの姿を的確にドキュメントしている。

彼らは、いままでのファッションのルールを無視して、いま流行りの服、古着、安物アクセサリー、小物などをごっちゃに取り入れていた。いろいろな時代のファッションを組み合わせ、独自のコーディネートに挑戦しているのだ。セイケは、当時の日本の若者の型にはまったカジュアル・ファッションとのセンスの違いに驚かされたという。ロンドンの若者たちの洗練されたファッション・センスは現在でも十分に通用するだろうと語っている。

注目してほしいのは、洗練されていない感じの若者たちのポートレートが展示作の中に1枚あることだ。前記した上海の展覧会のカタログ掲載作品だ。その写真には、MA-1っぽいフライトジャケットとロンデスデールのスウェット、フレッドペリーのポロシャツ、ジージャンを着た3人の若者が写っている。自分たちのセンスを表現しているのではなく、当時のブランドものファッションを着ている。私はこれこそは、80年代の日本の若者のファッションを象徴的に表している作品ではないかと疑っている。3人の若者の背格好も、白人というよりも、アジア系に近い感じだ。セイケらしい、非常に高度なウィットとユーモアを密かに仕組んだ作品ではないかと思う。80年代の日本のファッションを知っている世代の人は、ぜひ当時を思い出しながら見比べてほしい。

本シリーズは、被写体のファッションと、その背景のストリートシーンを通して、80年代初めのロンドンの気分や雰囲気を私たちに伝えてくれる。そして日本で撮影された写真はないが、日本のファッション・シーンについても語っている。これらは、時代性が反映された優れたドキュメントであるとともに、アート作品になりうる広義のファッション写真ともいえるだろう。

セイケといえば、 ライカ・カメラを使用していることで知られている。しかし、本作では、6X6cmのスクエア・フォーマットの2眼レフカメラ、ローライフレックスを使用している。70年代後半から80年代にかけては、フリークスのドキュメントのダイアン・ アーバスや有名人ポートレートのリチャード・アヴェドンのように、ローライフレックスでの作品制作がブームだった。キャリア初期のセイケも、様々なフォーマットのカメラを使用して、自らの作品スタイル構築を模索するとともに、様々な創作の可能性を探求していたのだろう。

本展では、セイケの初期作約22枚が展示される。ほとんどが、貴重な撮影当時に制作されたヴィンテージ・ゼラチン・シルバー・プリントとなる。印画紙の銀の含有量が多いためか、非常に濃厚で芳醇な印象の美しいモノクロ・プリントだ。アート写真ファンには必見の作品だろう。
毎回好評ですぐに売り切れるフレーム付きミニ・プリント。今回も4セット、各15作品のみの限定販売で用意している。非常にレアなトミオ・セイケ写真集「Paris」のサイン入りデッドストックの入札式オークションも企画している。
「Street Portraits : London Early 80s」は、見どころ満載の写真展だ。アート写真ファンはもちろん、ファッションに興味ある人もぜひ見に来てほしい。なお本展は日曜日もオープンする。

トミオ・セイケ 写真展
「Street Portraits : London Early 80s」
(ストリート・ポートレーツ : ロンドン・アーリー80s)

2018年 10月12日(金)~ 12月16日(日)
1:00PM~6:00PM
休廊 月・火曜日入場無料

ブリッツ・ギャラリー
http://www.blitz-gallery.com

 

BOWIE:FACES 名古屋展
鋤田正義 トークイベント

“BOWIE:FACES”名古屋展は、先週日曜16日に10日間の会期を無事に終了した。来場してくれた多くの人たちに心より感謝したい。

初日には同展関連イベントとして鋤田正義のトークイベントが開催された。私も、聞き手として参加した。
最近の鋤田は、自らのキャリアを紹介するドキュメント映画公開や回顧展開催などがあり、数多くのトークイベントを行っている。本人も人前で話すのに慣れてきたと語っていた。それらの多くは、音楽関係者が聞き手になって、鋤田の目を通してのミュージシャン(特に多いのはボウイ)のエピソードやその音楽性や人間関係を語ってもらう傾向が強かったと思う。私はアート写真に関わる人間だ。今回のトークでは、鋤田のポートレート写真のアート性に焦点を当てたものにしようと考えた。

世の中にはボウイを撮影した膨大な写真が存在する。それらは大きく分けて二つの種類に分類できる。ほとんどは、彼をスナップしたブロマイド的な写真。しかし、それとは別にファインアートとして認識されているボウイの写真がわずかだが存在する。以前にも述べたように“BOWIE:FACES”展では、そのような写真作品を展示しているのだ。
両者の違いは、被写体と撮影者との関係性にある。スナップには両者の一瞬の出会いがあるだけ。深い関係性は存在しない。ファインアート系では、被写体と写真家が知り合いであり、二人が互いにリスペクト持つことが重要。被写体が、自分のいままでに気付かなかった斬新なヴィジュアルを写真家に引き出してほしいという心理状態を持つ時に、奇跡のようなポートレート写真が生まれるのだ。BOWIE:FACES展では、ブライアン・ダフィー、テリー・オニールなどのファインアート系の写真作品をアイコニック・イメージのロビン・モーガン氏が取捨選択してキュレーションが行われた。そして唯一の日本人として鋤田正義が選ばれているのだ。
彼は1972年のボウイとのロンドンでの出会いから約40年以上に渡り交流を持っている。トークの中にも、ボウイが鋤田をアーティストとしてリスペクトしていた例として、1980年にボウイが出演した宝焼酎「純」のエピソードが紹介された。当時、日本人写真家でボウイと一番懇意にしていた鋤田にこの仕事の依頼は来なかったのだ。しかし、ボウイはコマーシャル撮影後に京都でのプライベートの撮影を鋤田に依頼している。当時、鋤田は仕事が依頼されなかったことを残念に感じたという。しかし、ボウイは鋤田を企業の希望する広告用の写真を撮る人ではなく、写真で自己表現を行うアーティストとしてリスペクトしていたのではないかと、かなり後になって気付いたという。それは写真集や展覧会などの主要な写真セレクションはすべて鋤田自身に一任されていることから意識したそうだ。デヴィッド・ボウイ、イギー・ポップ、YMOなどの大物でも鋤田の判断に一切口を挟まないという。それらの写真はファインアート写真としてギャラリーで取扱いができるのだ。
一方で日本のミュージシャンの写真の方が、はるかに所属事務所からの使用指示が細かいと語っていた。
日本では、写真家はアーティストだと考えられていないからこのような状況が起こるのだ。欧米ではファインアート系写真家と、広告写真家とは明確に線引きされている。前者は自己表現追及を行う人だとリスペクトされるが、広告写真家は写真でお金を稼ぐ職業人だと思われている。

今回、鋤田正義の写真流儀を聞いたとき、彼の母親の話になった。2014年に富士フィルムの創業80周年記念コレクション展“日本の写真史を飾った写真家の「私の1枚」”が開催された。日本写真界の代表写真家が自分のお気に入りの1枚を選んで展示するという企画だ。鋤田はその1枚を代表作であるデヴィッド・ボウイのポートレートと、初期作“母”のどちらにしようか悩んだ。そして、彼は“母”を選んでいる。彼は事あるごとに同作は自身の最高傑作で今でも超えることができないと語っている。
また、子供の時に母親から聞かされていた二つのメッセージを語ってくれた。
“好きこそものの上手なれ”ということわざと、“世の中寝るほど楽はなかりけり”という江戸時代の狂歌だ。私は特に前者のことわざが鋤田のキャリア形成に大きな影響を与えたと感じた。このごろ、ビジネス界では人生や仕事の成功には、生まれながらの能力や生活環境とともに、仕事を継続して“やり抜く力”が重要だといわれている。英語では“グリット”などと呼ばれている。鋤田の母親が語った“好きこそものの上手なれ”はまさにそのことで、彼はそれを実践してきた。
しかしそれは、ただ何かをやり抜くことではない点にも触れておこう。また嫌なことを歯を食いしばって継続することでもない。本当に自分に合った好きなことを見つけなくてはならないのだ。私はその部分が極めて難しいと理解している。多くの人がそれが見つからないで、また捜し求めないで不本意な人生を送ることになる。

鋤田が人生をかける写真の仕事と出会ったのは母親のおかげである事実がトークからは伝わってきた。鋤田の母親はカメラが欲しいといった鋤田少年に当時としては高価な2眼レフのリコーリフレックスを買い与えている。親ばかだったかもしれないが、そのよう大胆な決断を下せた母親が偉かったのだ。これは多くの人が納得するところだろう。

そして、二つ目の“世の中寝るほど楽はなかりけり”だ、この狂歌には“浮世の馬鹿は起きて働く”という文章が続いている。正確な解釈はないが、世の中には寝ることを惜しんで無理して働くことなどない、という意味ではないだろうか。
いま過労死などが問題視されているが、好きでもない仕事を無理して頑張る必要はないともとれる。そう解釈すると、ことわざと狂歌の暗示している意味が見事に関連しているのだ。鋤田は写真の仕事は徹夜などがあり大変だったけれど楽しんでいた、特に苦痛ではなかったと語っている。そして疲れたら、“世の中寝るほど楽はなかりけり”の部分をまさに実践していたのだろう。また、これはストレスをため込まずに生きていくとも解釈できる。鋤田は今年5月に80歳になった。今でも精力的に写真撮影や講演活動を行っている。その元気の源は母親の言葉を実践しているからではないだろうか。そしていま、それを若い人や子供を持つ人へのへのアドバイスにもしているのだ。

最後に鋤田は、いま最も美しい究極の風景写真を撮影したいと語っていた。彼は“あこがれ”を撮り続けてきたというが、80歳を迎えその対象が風景に変わりつつあるようだ。そのシーンは九州にあるはずだとイメージしているようで、いま活動拠点を生まれ故郷の九州福岡に移す計画を立てている。鋤田はポートレート写真で知られるが、キャリアを通してランドスケープやシティースケープも撮影し続けている。将来的に風景の展覧会や写真集制作の企画を温めているのだ。たぶん、その風景写真シリーズの最後を飾る1枚がまだ撮れていないのだろう。
私はそれは無駄がない非常にシンプルな写真になるのではないかとイメージしている。禅僧が一生に一度描くという、図形のマルを一筆で描いた「円相」がある。それは宇宙の心理や悟りを象徴的に表しているという。たぶん鋤田の究極の風景はその写真版のようなヴィジュアルではないかと想像している。

鋤田正義の名古屋トークイベントでは、彼の何気ない言葉の中に多くの深い意味が発見できた。今回のイベントで鋤田の話を聞いたことで、見る側がその作家性を認識できたのならば、写真作品にも特別の価値を見出せるようになったはずだ。
トーク終了後は、BOWIE:FACES名古屋展会場の高山額縁店には多くの人が来てくれた。彼らは、ただボウイのポートレートを鑑賞するだけではなく、自分の価値観を揺さぶるアート作品と対峙していたのだと思う。

BOWIE:FACES名古屋展(納谷橋高山額縁店)

“BOWIE:FACES”名古屋展
9月8日より開催
鋤田正義スペシャルトーク開催!

2017年の1~3月にかけて、東京の3会場で開催し好評だった“BOWIE:FACES”展。いよいよ今週から名古屋に巡回する。会場はJR名古屋駅からも近い納屋橋 高山額縁店。会期は9月8日(土)~16日(日)まで。

本展では、テリー・オニール、ブライアン・ダフィー、鋤田正義など7名の有名写真家による、1967年~2002年までに制作されたデヴィッド・ボウイの珠玉のポートレート、写真家とのコラボレート作品約30点を紹介する。ボウイによる9枚のアルバムのオリジナル写真、および関連するアート作品が含まれる。
参加写真家は、ブライアン・ダフィー(Brian Duffy)、テリー・オニール(Terry O’Neill)、鋤田正義(Masayoshi Sukita)、ジュスタン・デ・ヴィルヌーヴ(Justin de Villeneuve)、ギスバート・ハイネコート(Gijsbert Hanekroot)、マーカス・クリンコ (Markus Klinko)、ジェラルド・ファーンリー (Gerald Fearnley)。なお彼ら全員が、昨年春に東京展が行われたヴィクトリア&アルバート美術館企画の”DAVID BOWIE is”に協力している。

実は、”BOWIE:FACES”展の巡回先探しには非常に苦労した。本展は、2016年に亡くなったデヴィッド・ボウイとセッションを行った複数の有名写真家の珠玉のオリジナル・プリントを展示。“アラジンセイン”、“ダイヤモンド・ドック”、“ヒーロース”などの当時のLPジャケットを飾った写真のオリジナル作品が含まれる。超一流の展示コンテンツだといえよう。
ただしプロジェクトのビジネス・モデルが東京以外の地域ではなかなか理解されなかった。つまり、本展は日本の一般的な、入場料収入を主な売り上げとするものではない。入場は無料で、スポンサーの協賛金、展示作品、カタログ等の販売で経費を賄い、利益を目指すもののだ。
東京ではブリッツとテリー・オニールのエージェントである英国のアイコニック・イメージスが中心になって、主催の実行委員会を立ち上げた。会場費、輸送費(海外/国内)、フレーム、ブックマット、会場設営、カタログ製作費、広報活動、スタッフなどの経費はすべて主催者が負担しないといけない。またスポンサー探しも独自に行うことになる。ブリッツは写真作品販売の経験が豊富なのでプロジェクト全体のリスクとビジネスの可能性はすぐに把握できた。
またアイコニック・イメージスは国内の外資系中心にスポンサー探しに尽力してくれた。協賛企業にとってはボウイのヴィジュアルを使用してブランド力の向上が図れる。外資系はこの点をよく理解して協力してくれた。

私どもの決断を後押ししてくれたのが、過去に行ったテリー・オニール展の経験だ。アート・ファン以外に、写真作品の価値が判断できる非常にリテラシーが高いロック音楽ファンが顧客として存在することが確認できたのだ。お陰様で、2017年1月~4月までに3会場で開催した東京展は、予想以上のコストがかかった割に赤字を出さずに終わることができた。
しかし東京以外の地域では、自らが主催者となって写真展を実行する会場がなかなか見つからなかった。ほとんどの企画スペースは、交渉してみると実際は場所貸のレンタル・スぺースだった。日本では写真は売れないとよく言われるが、東京以外では、状況はさらに厳しいのだと思う。

名古屋巡回展が実現できたのは、ブリッツと長く付き合いがあるコピー・ライターの岡田新吾氏の協力があったからだ。実は、彼は筋金入りのアート写真コレクター。以前、好きが高じて自らのアート写真ギャラリーを名古屋市で運営していたこともあるくらいだ。もちろん、昨年の“BOWIE:FACES”東京展も見に来てくれた。この企画を持ち込んだら、すぐに名古屋の実行委員会立ち上げに動いてくれた。岡田氏の今までの経験から、これはいけると判断してくれたのだろう。彼は優秀なプロデューサーでもある。瞬く間にアートやビジネス関連のネットワークを駆使して、展示会場を提供してくれる納屋橋 高山額縁店、アートへの協賛に理解を持つ、株式会社マグネティックフィールド、諸戸の家株式会社を見つけてきてくれた。彼の実行力にはいつも驚かされる。
“BOWIE:FACES”名古屋展は、岡田氏をはじめ実行委員会のメンバーの尽力と、協賛企業の援助により開催決定までたどりつけた。心より感謝したい。

さて会場では幅広い価格帯のオリジナル・プリントを展示販売する。中心価格帯は、10~30万円。しかしお買い求めやすい作品も数多くある。憧れの鋤田正義作品も、一部の小さいサイズの作品だと、額・マット込みで約3万円から、ブライアン・ダフィーのあの有名作“アラジン・セイン”も、LPジャケットのサイズのマット付きエステート・プリントならで約2万円で購入可能。
週末には私も現地で接客に当たる予定だ。見かけたら気軽に声をかけてほしい。

また、デヴィッド・ボウイの“Heroes”のジャケット写真で知られる鋤田正義氏を招いてスペシャルトークを開催する。鋤田氏の名古屋でのトークは今回が初めてとのことだ。ボウイを含む、鋤田正義氏の数々の作品画像やミニ・ドキュメンタリー動画をプロジェクターにて紹介。鋤田正義の写真家キャリアの変遷と将来の計画、デヴィッド・ボウイ撮影にまつわるエピソード、撮影と作品制作の流儀、国内外での最近の活動などについて語ってもらう予定。ただし、鋤田氏による会場でのサインは行わない。ご本人が高齢であることと、会場の混乱を避けるためなのでどうかご理解いただきたい。
ただし鋤田氏がカヴァーにサインを入れたカタログを限定数だけ販売する。こちらは希望者が多い場合は抽選販売となる。

“BOWIE:FACES”展は、東京、名古屋に続く巡回先をまだ募集中だ。興味ある人はぜひ問い合わせてほしい。

・鋤田正義スペシャルトーク概要
日 時:9月8日(土)14:00~15:30(開場13:30)
会 場:電気文化会館イベントホール
定 員:200名 ※お申込み方法は オフィシャルサイトをご覧ください。
http://bowiefaces.com/

参加費:2,500円

・写真展の概要
開催時期:
2018年9月8日(土)-16日(日)9:00-19:00
(日曜/12:00-19:00)
最終日は18:00より撤収作業を開始します。お早めに来場ください!

開催場所: 納屋橋 髙山額縁店2F
名古屋市中村区名駅南一丁目1-17
http://nayabashi-gakubuchi.jp/publics/index/7/